けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:韓非子

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Ex8話「終焉」

 立ち上がる鵺をまっすぐ見据える。崩れ落ちていく姿からは別の姿が見える。金色の瞳は赤色に、虎の手からはただの人の手が、猿の頭からは黒い髪が見えている。アレが鵺の真の姿、キマイラなのだろうか。

 

「くっ…」

 

 わずかに残る虎の爪を構えてあたしに走りかかってくる。先ほどまでとは違ってひどく緩慢だ。もはや戦えるだけの力は残っていないのだろう。黙示録の獣と呼ばれたビーストも活動を停止している。あたしは身を翻してかわすと足を掬って転ばせた。

 転んだ鵺を上から見下ろす。相手にとってこれ以上の屈辱はないだろう。鵺自身がどう感じているかは分からない。戦っている最中でも殺そうと思えばいくらでも殺せた。けどあたしは鵺を殺すつもりなど最初からなかった。彼女の目はかつてのあたしと同じ目をしている。周りの全てに怯え、憎んでいる。そんな目をしている。

 

「何故だ…なぜとどめを刺さない…私を辱める気か…?」

「あたしにお前を殺す気はない。お前はあたしと同じ目をしている」

「なんだと…?」

 

 ギロリと赤い瞳があたしを見上げる。その瞳は憎しみに濡れていた。

 

「どういう意味だ…?私を侮辱しているのか…?」

 

 その言葉に感情はない。けど、明らかに憎しみを含んでいるのは確かだった。次の言葉を放つ時にはあたしに襲い掛かってくるような気がした。

 周りに続々とフレンズたちが集まってくる。たくさんいた妖怪の鵺はもういない。フレンズたちも、もう危険はないのだろうと判断して集まってきたのだろう。

 その中の一人であるタイリクオオカミがあたしの横へ歩み寄ってきた。手には何か本のようなものを持っている。

 

「お前のことは調べさせてもらったよ。本当、字を読み進めていくたびに命が削られるような気がしてね…すべてこの本で読ませてもらったよ。……アムールトラ、ひとつお前の身の上の話でもしてやりな」

「………」

 

 あたしの過去…ビーストとして生を受けたあたしの過去だ。血に濡れた殺戮の記憶…この子はあたしと同じ過去を持っているのだろうか。

 あたしは静かに語った。

 

「……あたしは生まれた時からみんなに嫌われていた…ビーストと呼ばれて怖がられていた…あたしは気が付いたら鎖で繋がれて死を待つだけだった。けどあたしはそんなのは嫌だった…なんで生まれただけで殺されなければいけないんだって思った。あたしは許せなかった。あたしはあたしを嫌うみんなを殺して回った。けど、そんなあたしを受け入れてくれた子がいた。ビーストだったあたしをその子は認めてくれた…あたしはその子すらこの手で殺そうとしていた…けど、その子はあたしをフレンズとして認めてくれた。あたしにとってその子はとてもとても大事な人…」

「う…うああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 黙って話を聞いていた鵺が突如あたしに拳を振り上げて襲い掛かってきた。目には涙を浮かべている。泣いている…?

 

「私は!!!皆に嫌われてきた!!!一度ならず三度の生すべてだ!!!唯一見つけた居場所も人に奪われた!!!友達と思っていた子たちもみんな殺された!!!醜い私に誰も手を差し伸べてはくれなかった……!差し出されたと思った手も私を手放した!!!私は今の今までずっと一人ぼっちで……孤独だったんだあ!!!」

 

 ドスドスとあたしの胸を叩いてくる。その力はとても弱く、まるで駄々をこねる子供のようだった。やがて力なく崩れると大声をあげて鳴き始めた。

 

「うわああああああああああああああああああああああああ……うあああああああああああああああああああ……」

 

 大粒の涙が溢れ出ている。周りのフレンズたちは黙ってその様子を見守っている。静かな夜に鵺の泣き声だけが空しく響いている。遠くではビーストが砂のように崩れ落ちていっている。

 

「アムちゃん!」

 

 少し遠くからあたしを呼ぶ声がした。ともえたちだ。ビーストと戦っているときに見たときはフェネックに介抱されているように見えたけど大丈夫なのだろうか。

 

「あれ、アムちゃん…その子は…?」

「ともえ…」

 

 鵺は地面に突っ伏してわんわん泣いている。ともえは見たことのない子を見て戸惑っているようだ。まさかこの子があたしたちを脅かした鵺だと夢にも思うまい。

 

「アムちゃん…この子…」

「この子は鵺…化けの皮が剥がれたっていうものだよ。タイリクオオカミに正体を暴かれて力を失ったみたいなんだ」

「こ、この子が…!?」

 

 その驚きはもっともだ。鵺と呼ばれたこの子には虎の手足や蛇の尻尾なんてなくて、一部奇怪なところを除けばただの人の子供にしか見えないんだから。

 ともえは泣き叫ぶ鵺を見ておどおどしている。どうして泣いているのか分からないといった様子だ。あの狂ったように笑う姿はどこへ行ったのか、あの怒り叫ぶ姿はどこへ行ったのか、そしてどうしてこの姿になっているのか、皆目見当もつかないだろう。

 

「ねえ…キミ…」

「っ…!?」

 

 ビクッと鵺の体が跳ねる。怯えたような顔つきでともえの顔を見上げている。

 

「鵺…ちゃん…?ねえ、一体どうしたのかな?」

「あ…あぁぁ…嫌だ…」

 

 怯えるような瞳で尻もちをついたまま後ずさりをする。もはやあの面影は残っていない。今ここにいる鵺は昔ヒト達に虐げられてきたであろう哀れな少女なのだろう。昔の自分の姿と重なるようでとても他人とは思えなかった。どうにかしてこの子を救いたい…そうあたしは強く思った。

 

「大丈夫…怖くないよ…?あなたもフレンズさんなんでしょ?だったらお友達になれるよ」

「フレンズ…?」

 

 キョトンとした顔でともえの顔を見つめ返している。フレンズというものがわからないといった様子だ。

 

「この子はギリシアというところで生まれた半人半獣の怪物と巨人との間にできた子でね、忌子、鬼の子として不当な差別を受けてきたんだよ。しかも一回だけじゃなくて、二回三回と転生してもその扱いは変わらずにさ、いじめられている内にとうとう壊れてしまったんだろうね。復讐の鬼と化してヒトに危害をなすようになったんだ。そしてその存在を知ったクトゥルーという神に気に入られて、彼から復讐するだけの力を得て、世界の人々を恐怖の渦に陥れて彼の復活を目論んだというわけさ。可哀そうな子だよ。それにこの子はフレンズじゃない。このネクロノミコンによって新しく生を受けた生身の…ヒトさ」

「そんな…それに…ヒト…?」

 

 簡単にまとめられた鵺の生前を聞いてともえが衝撃を受けている。しかし鵺は気に入らないようだ。

 

「黙れ…!貴様らに私の何が分かる…!私がどれだけの苦しみを味わってきたか貴様たちに想像できるのか!?私は憎い…!私を否定してきた人類が憎い…!私はこの手で人類に復讐を…!」

「ダメなのだ!」

 

 アライさんが突然口を開いた。

 

「憎しみに憎しみを返しても負の連鎖を生むだけなのだ!お前は悪いやつではないのだ!アライさんにはわかるのだ!だから悪いことは止めてみんなと仲良くなるのだ!」

「なんだと…!?私が過去に受けた行いを全て水に流して仲良くしろというのか!?」

「大丈夫なのだ!アライさんに任せるのだ!!ここにはお前を否定する者なんていないのだ!もしお前をいじめる悪いやつがいたらアライさんに教えるのだ!そのときはアライさんがそいつをお仕置きしてやるのだ!」

「ッ…!!止めろ止めろヤメロッッ!!みんなそう言って私を貶めようとするんだ!!!私はもう騙されない…もう二度と貴様らに屈したりしないッ!!!二度と屈辱など受けてなるものかッ!!!」

 

 アライさんの真っ直ぐな姿勢に鵺はひどく警戒している。感じたことのない人の温もりに混乱しているのだろう。あたしも最初はそうだった。初めて感じる人の温もりには未知の恐怖を感じるものだ。

 

「…ッ」

 

 アライさんが握手をしようと鵺に手を差し出した。鵺は警戒するような面持ちでアライさんの手を睨んでいる。アライさんはめげずに鵺に手を差し出している。

 

「お友達になるのだ!どんなことがあろうとアライさんはお前の味方なのだ!」

 

 ニカッと大きく笑顔を作ってみせる。屈託のない笑顔を作るアライさんに突き動かされたのか鵺の心境も変わったように見えた。恐怖と怒り、憎しみに濡れていた顔からは救いを求める表情が見て取れる。アライさんはお友達になろうと言っている。鵺はその提案に迷っているのだ。

 

「私…は…」

「大丈夫なのだ。アライさんを信じるのだ!アライさんはみんなを笑顔にするのが大得意なのだ!今までつらかったのだろう?だったらアライさんにお任せなのだ!今までつらかった分幸せになれるのだ!お前が笑えるようになれるまでアライさんがとことん付き合ってやるのだ!だからアライさんに付いてくるのだ!」

 

 アライさんは鵺の手をがっしり掴むと鵺の体を無理やり起こした。その細い体はあたしたちを脅かすようなものではなく、ただの華奢な少女のように思えた。その細い体でどれだけの責め苦を味わってきたのだろうかと思うと胸が締まるようだった。

 

「アライ…さん…」

「そうなのだ!アライさんはアライさんなのだ!さあ、アライさんと大きく笑うのだ!笑わないことには幸せになれないのだぞ!ほら、恥ずかしくないのだ!アライさんと一緒に笑うのだ!ふっはっはっはっはっはー!」

「あ……」

 

 鵺の前で大きく笑ってみせるアライさんを見てポカーンとしている。

 

「私は……」

「どうしたのだ?」

 

 鵺が何か言いたそうしながら口を紡いでいる。やがて口を開くとアライさんにこう言った。

 

「私は…あなたたちとは友達になれない…」

「!? なぜなのだ!?もう誰もお前をいじめたりなんてしないのだ!アライさんが守ってやるのだ!今までいじめられてきた分幸せになれないとダメなのだ!」

「怖いの…!友達になるのが…友達と思ってた子もみんな私から離れていった…それに私の体と魂は全部クトゥルーに売ってしまった…私は身も心も全部汚れてしまっている…私は…もう…!」

「関係ないのだ!アライさんが全部受け止めてやるのだ!」

「ッ…!」

 

 汚れてしまった自身を全部アライさんが受け止めると言っている。まるで初めてアライさんと遭遇したときのことを思い出すようだ。あたしの血に濡れた過去もアライさんはすべて受け入れてくれた。そういう人々が持つ過去に犯した罪過をすべて許して友達になろうとするところがアライさんの持つ魅力なのだと思う。

 鵺がアライさんの発言にたじろいでいる。アライさんの発言に戸惑っているのだろうか。

 

「……アライさんの言ってくれることは嬉しい…。けど、やっぱりできない」

「どうしてなのだ…?」

 

 鵺がアライさんに背を向けた。その姿はとても寂しげに見えた。

 

「私はアムールトラみたいにはなれない。…正直アライさんを信じるのもとても怖い…。私はやっぱり鵺として死ぬべきだったんだ。あのままアムールトラに裂かれて死ねたら怪物・鵺として死ぬことができた。それで良かったんだ…」

「……全然良くなんかないのだ…」

 

 アライさんが小さく震えている。

 

「私は知るべきじゃなかった。三度も人に否定された私にとって人の持つ温もりはとても強力な劇薬だ…。アライさんの提案は私にとっても嬉しいものだよ。私も友達にはなりたいって思う…」

「だったら…!」

「…私みたいな怪物を友達って思ってくれるならどうか放っておいてほしい…。私にはあなたは眩しすぎるんだ…」

「そんな…」

 

 鵺の言葉にアライさんが失望するような表情を見せた。そんなアライさんに鵺はくるりと振り向くと少し寂し気な笑顔を見せてこう言った。

 

「…ありがとう、アライさん。実は私にお友達になろうって言ってくれたのはあなたが二人目なんだ」

「お前にもお友達になろうって言ってくれたのがアライさんの他にもいたのか…?」

「…うん。その子は私の元からいなくなっちゃったけど…」

「アライさんはそんなことしないのだ!!」

 

 少しの沈黙が流れる。少し間を置いて鵺がアライさんに訊ねた。

 

「アライさん…あなたを信頼して少しお願いがあるの」

「…なんなのだ?」

「もし…私がすべての記憶を失ってなにもかもまっさらな状態で生まれ変わったとして…そうしたらアライさんは私とお友達になってくれる…?」

「もちろんなのだ!お友達にならないはずがないのだ!」

「…分かった。ありがとう」

 

 少し悲しそうな微笑みを見せるとアライさんから離れてあたしの元へ歩み寄ってきた。その顔には覚悟のようなものが見て取れる。

 

「アムールトラ、お前にしかできない頼みがある」

「…なに?」

 

 ……嫌だ。したくない…。私はこの子を救いたい。あたしと同じ境遇にあるこの子を救いたい。この子はあたしと同じく皆に嫌われてきた悲しい子なんだ。あたしは皆に救われた。だからこの子も救えるはずだ。お願いだから希望を捨てないでほしい。少しでも良いからあたしたちを信じてみてほしい。けど…あたしは…。

 

「…私はこの世界に希望を持てない。人を信じたいけど信じることができない。人を信じるのがとても怖い…。そして一人で死ぬことすらできない臆病者だ…。だから…お前の手で私を…楽にしてくれないか…」

 

 ああ、言ってしまった…。この子は自分を殺してくれとあたしにお願いしてきた。どうしてあたしに断ることができようか。この子の気持ちはあたしも自分のことのように理解できてしまう。あたしがビーストでなくなったときもこの子と同じ気持ちになったものだ。血と殺戮にまみれた自身の姿をどれだけ嫌って消えてしまいたいと願ったことか。あたしは殺さなくてはならない。断ることなんてできない。この子にとって自身の死こそが救いになるのだ。ならば、あたしはすべきことは…

 

「後悔はしないか…?」

「………」

 

 鵺は黙って頷いた。だったらあたしにしてやれることは一つだけだ。あたしは鵺の首へと手を伸ばすと首を締めあげた。

 

「…っ」

 

 苦しそうな顔をしている。できることなら一瞬で楽にしてあげたいけど殺したくないという感情がそれの邪魔をしてくる。アライさんが首を絞めて殺そうとするあたしを止めようと飛び出してきた。

 

「何をするのだアムールトラ!?止めるのだ!ぬえは救われなきゃダメなのだ!!!止めるのだ!!!」

「ダメだ…!この子は死こそが唯一の救いなんだ…!あたしが救ってやるんだ…!」

 

 心を鬼にして鵺の首を絞める手に力を込める。爪が鵺の首に食い込んでいく。…嫌だ…殺したくない…助けを求めてくれ…そうすれば今すぐにでも力を緩めてお前を解放してやる…!

 

「あ…がっ…」

「フーッ…!フーッ…!」

「止めるのだ!お願いなのだアムールトラ!!!」

 

 涙が溢れてくる。涙で視界が歪んでいく。鵺の姿はあたしの過去を映しているかのようだ。鵺を殺すことは救いを求めていた過去のあたしを殺すことと同義だ。自身を乗り越える事とはこんなにもつらく惨たらしいものなのかと現実を呪いたくなるようだった。

 

「あたしがお前を救ってやる…!苦しまなくてもいいように今楽にしてやる…!負の連鎖を断ち切って、今、この苦しみを乗り越える時だ…!」

「ダメなのだァ!!!」

 

 首を絞める手に精いっぱいの力を込めると鵺の首はあっけなく折れた。わずかに抵抗していた手もだらんと力なく垂れ下がった。希望の言葉を残すことなく鵺は死んでしまった。あたしはこの手で鵺を殺してしまった。

 できれば救いたいと思っていた。あたしは鵺を救ったのかもしれない。けど、それはあたしの望む形ではなかった。鵺には生きていてほしかった。けど、鵺はそれを望まなかった。あたしは鵺の望みを叶えて、あたしはそれを実行したに過ぎない。あたしは鵺を救ったのだ。

 

「…………」

 

 鵺を殺した自身の手を見つめる。あたしは生まれて初めて自身の手で生ける者を殺したという感覚を覚えた。今まであたしのしてきたことは、あたしを拒む障害を壊していたに過ぎない。あたしはそれを殺害と認識していたはずだ。あたしは何人ものフレンズを殺してきた。けど、今感じているそれは何か。してはいけないことをやったようなこの感覚は何か。これが殺しというものなのか。分からない。分からないけどとても悲しい。あたしは何をやったのか。あたしは何を…。

 

「っ……」

 

 涙が溢れてくる。彼女もあたしと同じく生きたいと思ったはずだ。彼女は心のどこかで救いを求めていたはずだ。生きてみんなと笑いたいと思ったはずだ。あたしはなぜそれに気付かなかった?彼女はあたしと同じ存在のはずなのに…。

 

「ぬえ!ぬえ!!」

 

 アライさんがこと切れた鵺に必死に呼びかけている。救えたはずの命に必死に呼びかけている。けど、あたしは自らその手で壊してしまった。救うと決めたはずの命を自ら壊してしまった。あたしはその事実がどうしようもなく悲しかった。

 

「どうしてなのだ!!!どうしてぬえを殺したのだぁ!!!」

「あたし…は…」

「お前もぬえを救いたいと思ったはずなのだ!!!なのにどうして…!!!」

「アライさん…アムールトラは鵺の望みを叶えたに過ぎないんだよ…」

「けど…!」

 

 アライさんがぽろぽろと涙を流しながらあたしに訴えかけてくる。フェネックがあたしをフォローしてくれているけどそれも空しいだけだった。

 

「お前は何も悪くないぜ…お前は鵺を救ったんだ…お前は嫌な仕事を自ら買って出てくれた…それだけでも偉いと私は思うぜ…」

「ゴマ…ちゃん…」

 

 ゴマちゃんがあたしを慰めてくれている。あたしは悲しさやら空しさやらで涙が止まらなかった。何もしなくても涙だけが溢れてくる。あたしの中の何かが決定的に欠けたようだった。鵺は苦しみを乗り越えて救われた。あたしはビーストと鵺を倒し過去のあたしを乗り越えた。けど、そこにあるのは空しさだけだった。あたしは…何を成し遂げたのだろう…。

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