けものフレンズR ~Re:Life Again~ 作:韓非子
目の前に真っ白が広がっている。一面を埋め尽くすほどの白だ。
やがてプシューという音とともに光が差し込んできた。とてもまぶしい。目が光に慣れてくるとなにやらボロボロのコンクリートの天井が目に入ってきた。
ここはどこだろう?体を起こすして辺りを見回してみる。…どうやらボロボロの廃墟のようだ。どうしてこんなところにいるんだろう…?
ふと割れたガラスの破片が目に留まった。比較的大きい破片で自分の容姿を確認してみた。左右の瞳の色が違う。髪は若干緑が勝っている。背は低めらしい。
あたしが入っていたカプセルのような容器を見てみるとカバンが入っていた。中を見てみるとスケッチブックとクレヨンとどうぶつ図鑑が入っていた。
「と…もえ…?」
懐かしさが込み上げてくる。これ…あたしの名前だったのかな…?まぁ良い。あたしの名前ということにしておこう。きっとあたしの名前のはずだ。
壁伝いに建物の中を歩くとあたしは外に出た。気持ちの良い風と日の光があたしを包み込む。
「気持ち良い…」
胸いっぱいに空気を吸い込んでリラックスする。
「よし!」
そうして気合を入れるとあたしは走り始めた。行く当てなんて決まっていない。ひたすらにあたしは走った。何もない平野を無我夢中で走る。
「はっ…!はっ…!」
しばらく走ってふと周りを見るとあたしが出た建物の後方に遊園地のようなものが見えた。
「なんだろう…あれ…」
走ってきた道を戻ってその遊園地らしきところに戻る。いろんな建物がある。洋服が置いてあるお店、カラオケ…?カフェやジェットコースターなどとりあえず賑やかそうなお店があちこちに並んでいる。
「いろんな建物があるなぁ…」
歩きながらあちこちを見て回る。けどいくら歩けど人っ子一人見当たらない。みんなどこに行ったんだろう…?もしかして閉園でもしたのかな…?
そのときだった。
ドアの開く音が聞こえた。音のした方を見ると一人の女の子がいた。薄い灰色の髪とイヌのような耳と尻尾が生えている。あたしと同じで左右で瞳の色が違うようだ。
その子は一瞬ポカーンとした表情を見せると、ワナワナした様子であたしに飛びかかってきた。
「うわあああああああああああああああ!!!もえちゃああああああああああああああああああああああん!!!!」
「ヒィッ!?」
尻尾をぶんぶんと振りながら息を荒くしてぺろぺろとあたしの顔を舐めてきた。い、いったい何なの…?何をされてるの…!?
「もえちゃんもえちゃんもえちゃん…!!」
もえ…?あたしのこと…?
それになんだか懐かしい感じがする…この声…このにおい…このもふもふ感…まさか…
「イエイヌ…ちゃん…?」
「はい!イエイヌです!もえちゃん!」
やっぱり…イエイヌちゃんだ!
「そんな…ホントにホントにイエイヌちゃんなの…?本当に本当!?」
「本当に本当です!もえちゃんんんん…!」
ぎゅううううと抱きしめられる。イエイヌちゃんの温もりと抱きしめる力を感じられる。なんだかとても落ち着くようだ。でもちょっと苦しい…
「く、苦しいよイエイヌちゃん…」
「会いたかったですぅぅぅぅ……とっても…」
消え入りそうな声でそう呟く。これはしばらくは放してくれなさそうだ。あたしはあたしでイエイヌちゃんの温もりを感じていよう…かな…?
……どれくらい時間が経っただろうか。イエイヌちゃんが満足したのか力を緩めてあたしを解放してくれた。ぺたんと座ったイエイヌちゃんがあたしに話しかける。
「ごめんなさい、苦しかったですか?」
少しだけ申し訳なさそうにしながらあたしに尋ねてきた。苦しかったのは苦しかったけど全身でであたしとの再会を喜んでくれたことの方が嬉しかった。
「うん、ちょっとね。でもそれ以上にあたしとの再会をこんなにも喜んでくれたことの方が嬉しかったよ。ただいま!イエイヌちゃん!」
「っ…!!!」
イエイヌちゃんのパァッと顔が輝く。
「もえちゃあああああああああああああああああああああん!!!」
再び抱きつかれた。顔中をぺろぺろと舐められる。
「く、くすぐったいよ!」
「わふぅ!わふぅ!」
これはしばらくは放してくれなさそうだ。あたしは人形みたいになぶられた。
…………
「どうぞ」
「ん、ありがとう」
この香りはとても落ち着く。香りを感じ、味を楽しむ。どちらかが欠けてもダメだ。口に含むとその味を楽しんだ。
「はぁ…とっても良いね…」
「えへへ…練習した甲斐がありました」
控えめな笑顔を見せながらしっぽをふりふりと振って喜ぶイエイヌちゃん。ほわほわとしたこの笑顔の裏には猛獣のようにぺろぺろとあたしを舐め回した過去があるのだ。顔は未だべちょべちょである。
「そういえばさっきあたしのこと、もえちゃんって言ってたよね。もしかしてあたしの名前だったりするの?」
「あっ…そ、そうですよね。急に言われてびっくりしましたよね。スケッチブックに"と"、と"もえ"の間に不自然な空白があったと思います。何かしらの理由でそこだけが消えてしまったんでしょう。あなたの本当の名前は遠坂 萌。それが本当の名前なんです」
「とおさかもえ…」
佇まいを直して真剣な表情をしながらそう告げた。
…だめだ、全然思い出せない。前にいたパークのこととあの出来事は思い出せるのに…そういえばお父さんの声と顔も思い出せないや…
「ごめん、思い出せない…もえっていうのもなんかむずむずする……今まで通りともえって呼んでもらえないかな…?」
「いいですよ!ともえちゃん!」
「えへへ…ありがとう」
ふと静寂が訪れる。とても静かだ。外で風が吹く音と遠くで何かがきしむ音だけが聞こえてくる。
「イエイヌちゃんはずっとここにいたの?」
「はい。イヌの本能なんでしょうか。誰かを待たないといけない…そんな気がしてならなかったのです」
「ずっとここで…?」
「そう、ですね…時々散歩に出かけたりフレンズさんが遊びに来たときは一緒に遊んだりっていうのはやってましたけど、基本はずっとここで待ち人が来るのを待ってました」
「そんな…どれくらい待ってたの…?」
「どれくらいでしょう…最初のうちは数えてたんですけどそのうち数えるのをやめました。ただずっと…待ってたっていうのは覚えてます」
そう言って遠くを見つめる。やがてニッコリ笑ってこう言った。
「でも待った甲斐がありました!こうしてともえちゃんとまた会えたんですから!」
「イエイヌちゃん…うん、じゃあ、待ってもらった分いっぱい遊ぼっか!」
「はい!」
そう言って帽子を取って外へ出るとフリスビーのように大きく投げた。
「そーれ!取ってこーーーい!」
「わふ!はーーーい!」
元気よく返事をすると、勢いよく駆け出して行った。その姿はきらきらと輝いている。こうして一緒に遊ぶのは初めてではない。そんな気がした。記憶にはないけど多分フレンズ化する前もこうして一緒に遊んだはずだ。イエイヌちゃんはあたしにべったりなついている。あたしがイエイヌちゃんを無下に扱っていたらこんなに元気よくじゃれてこないだろう。あたしが初めて目覚めたときどんな反応をしたか。
「あいたかったーーーーーー!!!」
それがすべてを物語っているはずだ。
「あの時もずっとあたしが目覚めるのを待ってたのかな…」
そう思うと少し切なくなった。
…………
昨日は一日中遊んだ。大はしゃぎのイエイヌちゃんが泥まみれの体で抱きついてくるものだからお互い泥んこになってしまった。それに加えて自ら泥に飛び込んでいくからもう大惨事だ。それでも屈託のない笑顔であたしに笑いかけてくるからあたしも楽しくなった。お互い泥まみれなんてどうでもいいんだ。それがお互い楽しく遊んだ証拠になるのだから。イエイヌちゃんが楽しければそれでいいんだ。それだけあたしはイエイヌちゃんにつらいことをさせたんだしそれくらいさせても良いと思えた。
けどその後が大変だった。イエイヌちゃんのおうちにはお風呂がなくて簡易的なシャワーしか置いてないからちょっと困った。泥を洗い流すには十分なんだけどそれ以上のことができなくて参ってしまった。それに加えてイエイヌちゃんが中々シャワーを浴びたがらないから尚のこと参った。渋々浴びてはくれたけどお洋服まで洗いたがらないのは本当に参った。なんでも毛皮らしい。よくわからない。ちょっと強引に洗ったらいじけてしまった。
そのあとはベッドで一緒に遊んだりぐっすり眠ったりして一日を終えた。
そして今日はゴマちゃんとアムちゃんを探しに行く日だ。二人とも見つかるといいな。
「それじゃあ、行こっか!」
「はい!ともえちゃん!」
と、景気よく出発したのは良いが、実はお互いどこをどう行ったのかよく覚えていなかった。サバンナ地方を抜けた先というのは覚えているけどお互いどこを歩いて行ったのか記憶があいまいだ。その後の記憶の方が良く覚えている。
道しるべのないだだっ広いサバンナの地をあてもなく歩き続ける。
しばらく歩いているとふとイエイヌちゃんが立ち止まった。鼻を上に向けてなにやらにおいを嗅いでいるようだ。なにか覚えでもあるにおいでも嗅ぎつけたのだろうか。
「ふーむ…こっちからでしょうか…」
どうやらにおいのする方角を嗅ぎ当てたようだ。こうなったらイエイヌちゃんについて行くしかない。あの二人のにおいだったらいいな。あたしは期待を胸に膨らませた。
「汗のにおい…立ち込める砂のにおい…フレンズさんのにおい…そして間違えることないこのにおいは…ゴマちゃん…そしてアムちゃん…!ともえちゃん!あの二人です!間違いありません!早く行きましょう!」
あたしの手をとってイエイヌちゃんが走りだす。時々転びそうになりながらも懸命に後をついて行く。やっぱりイエイヌちゃんは速い。さすがフレンズさんだ。でも元となるイヌさんも速いのか。少し大変だけどはしゃぐ愛犬に連れ回されるというのも悪くないものなのかな。
やがてあたしは見覚えのある四つの影を認めた。プロングホーンさんチーターちゃん、ゴマちゃん、そして…アムちゃんだ!
「おーい!ゴマちゃーーーーーん!アムちゃーーーーーん!」
「! ともえ…!?」
「ともえちゃん…?」
あたしの声に気づいたのか二人が反応する。どうやら追いかけっこをしていたようでその動きを止めてあたしの元へ駆け寄ってきた。
「おいどうした!懐かしいなー!イエイヌも一緒かー!ははっ!」
「久しぶり…元気してた…?」
あたしの手をとってぶんぶん振り回すゴマちゃんと控えめににゃんといった感じのポーズであいさつをしてくるアムちゃん。二人とも相変わらず元気そうだ。
「元気にしてたかーおまえー!あたしはバリバリ元気だぞー!おーい!プロングホーン様ー!」
「ともえちゃん、久しぶり」
「うん、久しぶり!アムちゃんも元気そうだね!」
「うん。ゴマちゃんがあたしを取り繕ってくれたおかげで受け入れてくれた。おかげで毎日が楽しい。えへへ」
そう言って控えめに笑ってみせる。無事アムちゃんも居場所を見つけたようだ。
「おー、二人とも久しぶりではないか!元気にしていたか?」
「プロングホーンさん!うん!あたしは元気いっぱいだよ!」
「むっ、チーターのやつどこへ行ったのだ?チーター?チーター!」
「チーターのやつ、あんなところに居やがりますよ。おーい!ビビってんのか~?こっち来いよー!」
「ッ…!!」
遠くにチーターちゃんが見える。照れてるのか恥ずかしがっているのかわからないけどこっちに来る様子は見られない。
「ったくしょうがねーなー」
ゴマちゃんがチーターちゃんを捕まえに行った。チーターちゃんは特に抵抗することなくあっさりと捕まった。
「ちょっと、放しなさいよ!放しなさいってば!」
なんだか控えめに暴れている。こうして連れられるのもまんざらでもないといった様子だ。やがてあたしの前まで連れてこられると顔を赤くしながらあたしに語りかけてきた。
「ひ、久しぶりね。よく来たじゃない」
「なーに照れてんだよ!いつもならツンツンするか適当にあしらうってのによー!」
「う、うるさい!ホント誰に似たのかしら…ったく」
「はっはっは!いやーよく成長したものだ!わたしも嬉しいぞ!期待通りだな!」
「いや~、そんな~…」
なんだか照れ照れしながらくねくねしている。まるでイエイヌちゃんのようだ。
「お前も行って来たらどうだ?お前もこいつのように成長できるかもしれんぞ」
「あ、あたしはいいわよ!あまり縄張りから出たくないし…」
「そうか。無理強いはできんな。ゴマちゃんよ、お前はどうだ?」
「いいんですか!?」
「おうとも。ジャパリパークは広いからな。まだまだ見てないところもたくさんあるだろう。行ってくるといい。わたしはここで待っているからな。帰ってきたらお前の武勇伝をぜひ聞かせてくれ」
「は、はい!」
元気よく返事をするゴマちゃん。
「お前ら、よろしくな!」
「うん!」
ニカッと笑って改めてあたしにあいさつをした。
見るとアムちゃんもあたしの方を見て何やらモジモジしている。言いたいことはわかっている。言うべきことはひとつだ。
「…いっしょに行こ!アムちゃん!」
「うん…!」
嬉しそうに笑顔を作る。アムちゃんもこんな顔ができるようになったんだ。たったこれだけなのに弱いながらもイエイヌちゃんにも負けない輝きが見て取れるようだ。仲間の力というものはすごい。つつけば壊れるような存在だったアムちゃんがこんなに笑えるようになったんだ。あたしは改めて友達の尊さを認識させられたようだった。
「じゃあ、行ってきます!プロングホーン様!」
「うむ、行ってくるといい。おまえなら気持ちよく送り出せる。さあ、行ってこい!」
そうしてあたしたちは再び四人となり冒険の続きを始めた。なんだかとってもわくわくする!前は全然冒険できなかったもんね。今回はいっぱい冒険してやるんだ。どこへ行こうかなぁ。ゴコクエリアっていうところにも行ってみたいな。けど今はまだこのエリアを踏破してやるんだ。そして他のエリアに旅立つ。うーん、楽しみだ!イエイヌちゃんにゴマちゃん、そしてアムちゃん。みんな心強いあたしの仲間だ。どんな脅威にだって立ち向かっていける。あたしたちは最強のパーティーなんだ!さぁ、どこへ行こうかな…
…………
行ってしまったか。風が鳴く。ちょっとした寂寥感がわたしたちを包み込む。
「また寂しくなるな」
「そうね…」
「あいつが戻ってきたときはびっくりしたな。まるで別人になったようだった。なによりビーストと戻ってきたことが一番の驚きだったが」
「アムールトラね。あたしも何事かと思ったわ。…あたしにもべたべた絡んできちゃって…あんたの腰巾着さんはどこへ行っちゃったのかしらね」
「そうだな…なんだか寂しい感じがするな」
彼女の成長した姿は何事にも代え難いほど嬉しいものだったが、同時にわたしの知るロードランナーがいなくなってしまったようで寂しさを感じた。あいつは常にわたしのそばにいておだてていものたが、それもなくなった。そのかわりチーターにも絡むようになって、ちょっとした嫉妬を覚えたものだった。
「もしかして妬いてた?」
「かもな。失って気付くものもあるのだなと思い知らされたよ」
正直な感想を言う。実際その通りだ。たまに鬱陶しいと思ったりもしたが、それは恵まれていた故の感想なのだ。実際はどうであろうか。実際に寂しいと思っている。妬んだりもしている。ロードランナー一人でこれだけの感想を思わせたのだ。たまげたものだ。
「…帰ろうか。またしばらく静かになるな」
「そうね。しばらく二人でくだらないことでもしてましょ」
二人でいつもの道を戻っていく。そこにいつもの賑やかさはない。またしばらく物足りなさを感じる日が始まるのだろう。最初こそ歓迎していたものの、今は何とも言えない寂しさがあるだけだ。わたしもいつの間にかあの子に追い抜かされていたのだな。その思いを噛みしめながらわたしたちは帰路についた。