けものフレンズR ~Re:Life Again~ 作:韓非子
鵺騒動が起きて数日が経ったある日、あたしたちはジャングル地方で黙祷をささげていた。この場に来たフレンズさんたちは数こそ少ないものの、真実を知る一部のフレンズさんたちだけで鵺…キマイラちゃんの安息を祈っていた。アライさんとフェネックちゃんは来なかった。アムちゃんは少し離れたところで一人静かに泣いている。少しみすぼらしいこのお墓も、少しでもキマイラちゃんに手向けることができればと思ってあたしたちで作ったものだ。
しかし驚いたものだ。あれほど悪意に満ちた禍々しい妖を作っていたのが一人の少女だっただなんて…。しかもその子は泣いていた。あたしが見た女の子は、自身を拒んだ人類に復讐するために
その力を手にしたのだ。そうして生まれたのがあたしの見た鵺という妖怪とその化身なのだ。元は周りにいじめられてきた可哀そうな一人の女の子でしかなかった。願わくば、次に生まれ変わった時は幸せな人生を歩むことができますように…
「アム…お前もこっちに来て拝もうぜ…?」
「………」
アムちゃんは反応を示さない。無理もない。鵺に手をかけたアムちゃんの目には涙が浮かんでいた。相手を斬るのに一切の抵抗を示さないアムちゃんが殺すのを躊躇っていた。恐らく自分の過去をキマイラちゃんと重ねていたんだと思う。アムちゃんはアムちゃんで鵺を助けたいと思ったんだと思う。そしてそれができなかった自分を呪っているんだと思う。
アムちゃんが泣いている。まるで初めてアムちゃんと出会ったときのようだ。
「お前は何も悪くねえ…。鵺も感謝してると思うんだぜ…?お前は自分の手で鵺を苦しみから救ってやった…。あんまり悲しんでちゃ鵺も浮かばれないはずだぜ…?だから…な?」
「……ごめん…。放っておいて…」
「……わかった。すまねえな…」
力なく震える声で答えるアムちゃん。心に負った傷はかなり深いように見えた。自身の手で救えなかった命によほど深い悲しみを感じているようだった。
その様子を見ていたオイナリサマが口を開いた。
「わたしたちにできることは鵺の魂に安寧が訪れることを祈るだけです。他にしてやれることはありません…。アムールトラさんの傷も時間が解決してくれることを願いましょう…」
少し悲しそうにオイナリサマが言う。確かにあたしたちがキマイラちゃんにしてあげれることは何もない。アムちゃんの負った傷もあたしたちがどうこうできるものでもない。時間が解決してくれることを祈るばかりだ。
ギャップの端で木にもたれかかったヤマタノオロチさんが神妙な面持ちで目を伏している。オロチさんにも何か感じるものでもあるのだろうか。
「オロチさん…?」
「……我からは何も言うまい…」
そうぽつりと一言だけ漏らすと黙りこくってしまった。その顔は少しだけ寂しそうに見えた。
「積もりに積もった積年の恨みが人を人の道から逸らさせ外道へ落とすとはな…怨讐の思いだけで鬼と化し、神にも類する力を手にするとは…人も分からんものだな」
そう独り言を漏らすとこの場を後にした。あの傲岸不遜なオロチさんが感傷的になっている。やっぱりオロチさんはオロチさんで感じるものがあったのかもしれない。戦いのさなかでキマイラちゃんから激情のようなものでものでも感じたのだろう。
「あのヤマタノオロチがあそこまで感傷的になるとは…名も無き花も平気で踏み潰すような酔っ払いもあんな顔をするんですね…」
オイナリサマが独り言のように漏らす。ちょっとひどい言い方だけど言いたいことはあたしも分かる。オロチさんがあんな顔をすること自体が珍しいのだ。それはあたしにも分かる。
キマイラちゃんが眠る墓を見下ろす。このお墓の下ではキマイラちゃんが眠っている。どういう顔で眠っているのだろうか。安らかな、穏やかな顔をしているのだろうか。四度目の生も良いものではなかっただろうけど、キマイラちゃんは自分の望む形で生を終えれたはずだ。
キマイラちゃんの眠るお墓を撫でる。少し視線を下に移すとイエイヌちゃんが耳を畳んで下を向いていた。
「イエイヌちゃんも悲しいの…?」
「当然です…。わたしの大好きなヒトがあんなにも悲しい思いをしていたというのに、それに気付けなかった上に、何もしてやれなかったんです…。そんな自分の無力さと愚鈍さにとても悔しく思っています…。それに、彼女の感じていた孤独はわたしも良くわかります…。誰にも愛されず嫌われて、暴力と蔑む目を浴びせられ続けられるのは…とても…苦しいものだと思います…」
そう言って項垂れるイエイヌちゃん。ヒトの作る社会に最も身近な存在のイエイヌちゃんが言うと重みも違う。それに、イヌもヒトと同じく高度な社会性を持つ動物だ。イエイヌちゃんもイエイヌちゃんとしての孤独のつらさや寂しさを敏感に察知してしまうのだろう。
重い沈黙が流れる。とてもこのパークには似合わない重苦しい雰囲気が辺りを支配している。
「死のニオイっていうのはやっぱり嫌なものですね…。鵺から感じるニオイはやっぱりヒトの持つものです…。そのヒトから感じる死のニオイというものは悲しみを湧き立たせるようです…」
イエイヌちゃんがぽつりと漏らす。
「…行きましょう。あんまり長居をしては鵺さんも落ち着かないでしょうし。ここは彼女にとって唯一静かに眠れるところなんです」
あたしはイエイヌちゃんの提案に従ってこの場から去ることにした。ゴマちゃんやアムちゃんにも声をかけるけど、二人は後から行くという。まだ少しそっとしておいてほしいのだろう。無理強いはできない。
あたしに続いてオイナリサマやかばんさんたちもお墓を後にする。お墓を後にした道すがらオイナリサマが尋ねてきた。
「お二人とも、もう体調はよろしいのですか?」
「うん、おかげさまで」
「僕ももう平気。あのときはありがとう、オイナリサマ」
「お礼を言われるほどのことでもありません。わたしは、わたしにできることをしたまでです。けど、本当に助かってよかった…。キュウビですら解呪が難しいというのですから、わたしの力でどうにかできるのか…正直、不安だったんです」
そう言ってオイナリサマは目を伏した。オイナリサマもいっぱいいっぱいだったのだろう。自分のせいで二人の命が消えてしまうとひどくプレッシャーを感じていたはずだ。けど、奇跡的にあたしたちは助かった。あたしたちが助かったことでオイナリサマも救われたのだ。
「けど、あたしたちは助かった…。オイナリサマの助けがなかったら、今ごろあたしたちはどうなっていたか…オイナリサマが助けようって思ってくれたからこそあたしたちも助かったんだよ」
「……そう言っていただけるとわたしも嬉しいです。ありがとう、ともえさん」
そう言ってオイナリサマは微笑んだ。
「かばんちゃんもともえちゃんも助かって本当に良かったよ!けど、火傷の痕は治らないのかなあ…。見るたびに痛々しくて胸がズキズキするようだよぉ…」
「ごめんなさい…。わたしも魂の修復と一緒にやればよかったのでしょうけど気が利かなくて…」
「え?あ!別に責めてるわけじゃないよ!?ただちょっと見るたびに胸が苦しくなるっていうか…」
どうやら傷は治せるけど傷跡は治せないというのがオイナリサマの言い分らしい。確かに物語の中ではプリーストや魔法使いが勇者の傷を癒してくれるけど、整形をやるという描写はあまり見られない。それはオイナリサマも例外ではないらしい。
「サンドスターで治せるかなぁ。博士たちに取り合ってみようかな。僕意外にもひどい火傷を負ったフレンズさんもいっぱいいるし、どうにかしないとね。…バスも壊れちゃったし、どうせだからゆっくり帰ろっか、サーバルちゃん」
「…うん!」
そう言うとかばんさんはあたしたちとは別の道を歩み始めた。
「じゃあ、僕たちは図書館に行くからね。バイバイ、ともえちゃん」
「うん。またね、かばんさん、サーバルちゃん」
「うん!またね!」
かばんさんと別れると、あたしたちはアムちゃんたちと合流した。アムちゃんも少しは立ち直れたようだ。心なしかゴマちゃんの顔も少し柔らかくなっているように見える。
あたしたちは前へ進んでいく。立ち止まったり塞ぎこんではいけない。痛みや苦しみを乗り越えて強くなるんだ。一度膝をついたとしてもそこからまた立ち上がれば良い。あたしたちの感じる痛みこそが次を導く指標となるんだから。キマイラちゃんの死を無駄にしてはいけない。あたしたちは強くなるんだ。旅は続いていく。
…………
「一時期はどうなるかと思ったが事なきを得たようだな」
「さすがの私もどうなるかと思ったぞ」
深い霧に包まれた森の中でわたしとカタカケは静かに語り合っていた。最初は我々も介入しようかとも思ったが、どうやらそうするまでもなかったようだ。
「ヒト…フレンズの力も侮るものではないな」
「うむ。神を騙る愚かしくも傲慢なる者もヒトの力の前には無力なのだ」
「で、あるな」
枯れた木の上でくるくると舞いながらカタカケと問いかけをする。あの鵺も不幸なものだ。どんな業を背負えばあのような道を辿ることになるのか。カミサマの趣味の悪さにはほとほと辟易させられる。
「しかし、もし介入するとしてどうするつもりだったのだ?」
「ふむ…地震でも起こすか、空から流星でも落とすか…」
「できるのか?」
「まさか」
できるわけがない。できないから代わりにやってもらうのだ。我が母なる大地に。
「大地は応えてくれるのだろうか」
「まさか神頼みする気だったのか。格好悪いぞ、カンザシよ」
「ならばどうしろというのだ、カタカケよ。あのような魔獣には我々では立ち向かえぬぞ。大地の力でも借りなければどうすることもできぬ」
「それもそうだな」
よくわからないやり取りをしながらどうすればあの魔獣に立ち向かえるか二人で議論をした。結果としてフレンズの力ではどうすることもできないという結論に達した。アムールトラは魔獣とやり合っていたようだが。
「アムールトラはどうだ?あいつならあの魔獣に勝てたと思うか?」
「さあな、傷は負わせていたようだが勝てたかどうかは怪しいな」
「そうだな。私もそう思う」
結論の出ない話をしながら私たちはふわりと舞って場所を変えるために移動した。行く先はあの湖。雨が降ったことによってできたあの湖だ。未だ湧水は湧き続け、絶えず湖に水を注いでいる。
湖畔に腰をかけ、湖から吹いてくる冷たい風に身を任せる。
「ここは良い所だ。ここから新たな物語が始まると思うと心が躍るようだ」
「お前らしくないな、カタカケよ。だが、その気持ちは私も分かるぞ」
「そうだろう。いつかこの大地も目覚める時が来るのだ。喜ばしくもあるが、少し寂しい感じもするな、カンザシよ」
「だな、カタカケ」
そんないつ来るかもわからない話をカタカケと二人で語り合う。静かで生命の気配を感じないこの場所ではあるが、もしその時が来ればカタカケと二人で祝福するつもりだ。私たちはこの場所を手放すことになるのだろうか。新しい場所を求めて旅立つというのも悪くないような気もする。
ヒョー…
「うん?」
「何か聞こえたな、カンザシよ」
ヒョー…
「鵺か?」
「鵺は倒されたはずだぞ」
二人で立ち上がり鳴き声のする方へ顔を向ける。そこには見慣れないフレンズの姿があった。少し怯えたような、赤い眼をしたフレンズだ。
「見慣れないフレンズだな。さっきの鳴き声はお前のものか?」
「生まれて間もないようだな。よければ名前を聞かせてくれないか?」
少し躊躇するような素振りを見せると彼女は口を開いた。
「私…は…」
「怯えなくても良いぞ。まずは我々と友達にならないか?お前もフレンズであれば良き友になれると思うぞ」
「友…達…?」
「うむ、そうだ。友達だ」
怯えているのか中々こちらに来ようとしない。だから私たちから歩み寄った。
「友達になるには名前を知る必要がある。まずは名前を聞かせてくれ」
新しいフレンズが生まれた。新しい物語は始まったのだ。まずはこの子が生まれたことを祝福するとしよう。