けものフレンズR ~Re:Life Again~ 作:韓非子
「お前たちはクロサイたちの支援に行け。ここはあたし一人で十分だ」
「!?」
イエイヌが驚いたような顔をしている。自らビーストになるとは愚かなことをするものだ。それも少しの理性を保っているように見える。まだ自我を保てている内にともえたちの元へ帰さなくてはならない。クロサイやカラカルたちがいれば大丈夫ではあるだろうが、それでも各々が勝手に動いて回っては不安が残るというものだ。ともえを守れるのはイエイヌ一人だ。ゴマでは正直不十分としかいえない。それにあまりちょこまかと動かれるとあたしも十分に戦えない。あたしのためにもイエイヌには退いてもらわねばならない。
「聞こえなかったか?お前がいれば邪魔だからどけと言っている…」
「グゥ…!」
「あたしに迷惑をかけたいのか…!?・・・あ゛た゛し゛の゛理゛性゛が゛残゛っ゛て゛い゛る゛う゛ち゛に゛さ゛っ゛さ゛と゛行゛け゛ェ゛ッ゛!゛!゛」
少し恨めしそうな目であたしを睨んだ後、イエイヌはともえたちの元へと飛んでいった。残るはセイリュウだが…。
「…私の役目はポセイドンを倒すことだけど…。あなた一人で十分のようね。私はオイナリサマの元へ行く。アイツってば、一人でバフォメットを相手にしているようなのよね…。後は頼んだわよ、ビースト」
「…その名であたしを呼ぶな」
セイリュウは早々に去っていった。せめてビーストという忌み名であたしを呼ばなければよかったのだけど…。そんなことはどうでもいい。今は目の前の驕れる神を討つのみだ。
「フッ…フフフフ…。ビーストという業を乗り越えた獣よ…。貴様の実力…認めてやろう…。確かに貴様は強い…。だが…私とて負ける訳にはゆかぬ…!私には守るべきプライドがある!オリンポスの名に懸けて、貴様を倒してくれよう!」
全身に刻まれた青い筋が禍々しく光る。それに呼応するかのようにポセイドンは稲妻を纏うと、弾丸の如くあたしに向かって突進してきた。
「くっ…」
間断なく攻撃が繰り出される。チェーンソーのように呻るその水の刃は容赦なくあたしの体を引き裂こうとしている。
彼女の瞳は寸分の時もあたしを捉えて離さない。それどころか次の瞬間にあたしがいるところを正確に捉えているようにも見える。
「ッ…!くそっ…!」
直感を頼りにポセイドンの攻撃を寸でのところでかわしていく。セルリウムを摂っていなかったら、間違いなくあたしは切り裂かれて死んでいただろう。ビースト化したことによる身体能力と直感であたしは辛うじて彼女と渡り合っているのだ。
守勢に回ってばかりいても仕方がない。一瞬の隙を突いて攻勢に出なければスタミナであたしは負けてしまう。どうにかしてあたしの間合いに彼女を引きずり出さねば…
「ここだ…ッ!」
一歩、二歩…。そして三歩目でアイツを斬る…!ここを逃せばいつ反撃に出れるか分からない…。ここで何としてもポセイドンに致命傷を与えねば…
「甘いわ…!」
ポセイドンの周りにドーム状の稲妻が炸裂する。その攻撃を直に受けたあたしは無様にも大きな隙をさらすことになった。
「ぐううううううっ…!?」
腹部にポセイドンの槍が突き刺さる。ポセイドンはそのままあたしを壁に投げつけると、あたしの喉めがけてトドメを刺しに来た。
「ぐっ…ぎいいいいいいいい…っ!」
「ここで貴様との決着をつける…このまま私に葬られるがいい…!」
「誰が…貴様なんかに…っ!」
ポセイドンの槍を押し戻すたびに腹部に穿たれた風穴がズキズキと痛む。額から脂汗が滲むようだ。
…今のあたしはビーストとフレンズの中間に位置する存在だ。ともえを庇う時に、あたしは咄嗟に彼女を助けねばと思って本能のままに庇いに行った。あたしはそれが不思議でならなかった。思えばそれがあたしがビーストを乗り越えた瞬間なのかもしれない。
…だけど今はそれすらもあたしにとっては大きな枷となっている。やっと乗り越えた過去の自分を、あたしは自らその手で壊さなければならないのか?
…あたしの中の獣を解放させろ。理性を打ち砕け。痛みは我が憎悪であり、復讐の刃である。目の前の仇を叩き潰せ。目の前にあるのはすべてお前の敵だ…!
「ウ゛ゥ゛ッ゛!゛ク゛ゥ゛・・・!゛ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!゛!゛」
「なっ…!?」
槍を握り潰す。ポセイドンの力を象徴する海神の槍をあたしはこの手で握り潰したのだ。咄嗟にポセイドンが飛び退き距離を取る。今、彼女の飛び退いた間合いが彼女にとっての最適な距離でなのだろうが、今のあたしには関係ない。すべての距離が、すべてのレンジがあたしのキルゾーンなのだ。
「カ゛ァ゛!゛!゛」
離された分だけ距離を縮めて、その速度をあたしの力に変える。加速された分だけあたしの爪にも力が篭る。
「まずい…!」
ヒュンッ!
コンマ3ミリといったところだろうか。わずかに距離が足らなかったようでポセイドンに攻撃をかわされてしまった。だけどわずかに血を流している。あたしの爪から迸る剣圧に圧されたのだろう。
「くっ…!これを使うしかないか…!」
突如あたしの腕に鎖が巻かれた。ポセイドンから伸びるその鎖はあたしの両腕をきつく縛りあげた。
「これは冥界の奥底で鍛えられた神をも離さぬ鎖…!冥界の炎とタルタロスの淀みで鍛え上げた天と地をつなぐ鎖よ!タイタン族ですら逃れられぬこの鎖に、貴様ごときが逃れられるはずがあるまい!」
「く゛う゛う゛・・・ッ゛!゛!゛」
両腕に肉が食い込むほどの鎖が絡まる。あらゆるものを逃さない懲罰の鎖…。まるで過去のあたしを思い出すようだ。あの時もあたしは二人のフレンズによって拘束されていた。
過去の忌々しい記憶が蘇るようだ。かつてあたしはビーストと呼ばれ恐れられてきた。その時にもあたしは鎖で縛られていたんだ。
過去のあたしが憑依してくる。底知れぬ憤怒の情があたしを染め上げていく。
「またあたしを・・・し゛は゛り゛あ゛げ゛る゛か゛ァ゛ッ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」
「なにっ!?おわァッ!?」
あたしを縛る鎖をポセイドンから引きはがす。その鎖はあたしを縛り付けるかのように、あたしの両腕に乱雑に巻き付いた。まるで体の一部なったかのようだ。腕に絡みつく鎖に熱がこもる。
「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!゛!゛」
両腕に巻かれた鎖を勢いよく地面に叩きつけてポセイドンを薙ぎ払う。鎖が地面を打つたびに勢いよく地面が抉れていく。例えオリンポスの神ともいえど、これに当たってはただでは済まないだろう。
「小癪な…!」
稲妻を纏わせた水の弾丸を雨あられの如く張り巡らせる。その圧倒的な弾幕は鉄の暴風と呼ぶにふさわしいと思えるほどだ。だけど…今のあたしには見えている。
体中の全神経を集中させる。見える物だけを打ち落とせ。当たる物だけを打ち落とすんだ。
腕に当たる水の弾丸を砕く。セルリウムによって強化された外皮は痛みこそ伝えど、あたし自身のダメージには到底ならない。
見えるものすべてを打ち落とそうと鎖をうならせ、ガムシャラに腕を振るうけど、やっぱりいくつかの弾の侵入を許してしまう。胴や脚を水の弾丸が抉っていく。痛みが波紋のように全身へと広がっていく。水に纏われた稲妻が体を焼いていく。だけど、その痛みよりもあたしの闘志の方が勝っていた。怒りと闘志がみるみると湧き上がってくる。この苦しみは叫びとなり、あたしの体奮い立たせる劇薬となるのだ。
「ウ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!゛!゛」
「ぐっ…!?」
あたしの絶叫にポセイドンが怯む。一瞬みせたその隙が自分の最後とも知らずに。
「キ゛ィ゛ッ゛!゛」
左腕に巻かれた鎖をポセイドンに向けて放つ。狙い通り鎖はポセイドンの右わき腹を貫いた。すかさず左手に纏わせた水の刃をあたしに向かって振り下ろすけど、そんなものはあたしにとっては無意味だ。
右腕に巻かれた鎖をポセイドンの左腕に絡めると、あたしの元へと手繰り寄せた。必死に引きはがして逃げようと抵抗しているけど、この鎖はポセイドンが自身でも言ったように、生半可のものでは解けもしないし切れもしない。抵抗するだけ無意味というものだ。
「くそっ…!この私が…このような獣畜生に…!」
血に濡れた左腕の鎖をポセイドンの体から引き抜くと、鞭のようにしならせ、怒りに任せるままに殴打した。
ポセイドンの体が赤く染まっていく。心なしか青い筋の光も弱まっているように見える。
うまく制御できなかった鎖の一つをポセイドンの体に絡みつかせると、あたしはそのままポセイドンの体を宙に浮かせて、力のままに地面に叩きつけた。地面の大きなクレーターが穿たれる。二~三度地面に叩きつけた後に、壁に向かって勢い打ち出した。
せき込む口から赤い血が溢れている。神といえども血は赤いらしい。
「ぐっ…はァ゛…ッ!こ、この私を倒したところで…何も変わりはせん…!バフォメットが…ハクトウワシが貴様の前に立ちふさがり、貴様を倒すことだろう…」
「誰もこのあたしを倒せはしない…!命に手をかけたことのない雑魚が数多の命に手をかけたこのあたしを殺せるものか…!バフォメットも、ハクトウワシも、あたしの前に立つフレンズなどこの爪と鎖で引き裂いてくれるわ…!」
「クッ…フッフッフッ…!貴様のような殺戮の機械…アレスであればさぞ喜ぼうなあ…!」
「貴様…!」
あたしは胸倉をつかみ上げると、力の限りポセイドンに頭突きを食らわせた。追撃の手を休めることなく、次に顔面に向かって思い切り蹴りを入れた。再び壁に叩きつけられたポセイドンは両の腕で弱々しく体を支えている。自らを唯一無二の神と思いあがった傲岸不遜なあの姿はもうない。今あるのは自ら見下していた獣に返り討ちにされた惨めなボロ雑巾だ。
首を掴み上げ爪を首にめり込ませて顔面を殴打する。首を絞める手を放して地面に叩きつけると、向かいの壁に向かって投げ飛ばした。もはや抵抗する気力もないらしく、惨めに地面を這って逃げようとしている。
とどめを刺す時だ。背を向けて逃げるポセイドンを掴み上げると、あたしは爪を立てて大きく切り裂いた。
声もなく絶命する。気付けばあたしもポセイドンの返り血を全身に浴びていた。あたしはポセイドンに勝ったのだ。残るはハクトウワシとバフォメットだったか。思えばバフォメットの姿は一度も見ていない。聞くのはその名前のみだ。
「ふふ…あっははははは…!」
不意に笑い声が聞こえた。声のする方を振り返ると、全身が真っ白な馬のフレンズがそこにいた。
「いいわ…!よくわたくしを楽しませてくれたわね…!すごく良かったわ…!あの忌々しいポセイドンを倒すだなんて…なんて素晴らしいのかしら…!」
ペイルだ。どうやらポセイドンが倒れたことで興奮しているらしい。不気味にゆらゆらと揺れていて気味が悪い。しかし、一体どういうことなのだろうか。ポセイドンとペイルは仲間だと思っていたのだが…。
「けど、まだ死ぬ時ではないわ、ポセイドン…。貴女の役目はゴコクエリアのフレンズを駆逐して、生き残った者を選別すること…。そして、邪魔な外敵を駆除することよ…?その役目を終えずに死ぬだなんて、面白くない…。いいえ、許せないわ…。さあ、立ち上がりなさい…。そしてその使命を全うするのよ…」
「っっ…ハァッ…!」
突如ポセイドンが息を吹き返した。滞留していた肺のガスを吐いては、必死に酸素を求めて激しく呼吸をしている。開いたままの傷口が何とも痛々しい。
「ど、どういうことだ…!私は…死んだはずでは…。…まさか、ペイル…!」
「貴女の役目はまだ終わっていませんわよ、ポセイドン…。先ほどのような無様な死にようでは、貴女を召喚したバフォメットも悲しみますわ…。せめて、神を名乗るのであれば、目の前の虎を一匹葬ってから斃れなさいな…」
「何を…!ぐっ…!クソッ…!この私を誰と思っている…!私は…オリンポス十二神の一柱、ポセイドン…!貴様のようなどこぞの馬の骨とも知れぬ凡骨とは違うのだ…!」
ポセイドンは立ち上がるとペイルへと向かって斬りかかっていった。手に持つ壊れたトライデントには海水の白波と青い稲妻が纏われている。
「あら、怖いですわ…」
ひょいとポセイドンの攻撃をかわすと白い木綿のようなものがペイルの体から飛び出してきた。それはポセイドンの体へとまとわりつくと、地面へと縛り付けペイルへの供物とした。
「わざわざリベンジのチャンスを与えたというのに、どういうことなのですか…?」
「貴様に生き返らせろと頼んだ覚えはないぞ、ペイル…!…何より死者を生き返らせるなど言語道断…!私はオリンポスの神として、秩序と支配を何よりも重んじる…。死者は生者とあっては決してならぬ…!それを覆すようであれば、貴様は私の敵だ…!この私が直々に誅してくれるわ…!」
「ふふふ…。神の力を失った、ただのフレンズがわたくしを誅する…?ほんと、高慢なカミサマは面白いことを言いますわね…」
ペイルはトライデントを奪い取るとサクッとポセイドンの腹部へと突き立てた。痛みにポセイドンが苦悶の声を漏らす。
「ぐうううううううううううッ…!?」
「…よくも忌々しい権能を使ってわたくしを操ってくれましたわね…。けど、その力を失った今であれば、貴女なんて怖くも何ともありませんわ…。あんな羽虫一匹潰せないのであれば、貴女にもう用なんてありません。…後はせめて、残った命でこのわたくしを楽しませなさい…」
「ぐっ…あああああああああああっ…!」
大量の亡者の魂がポセイドンの体の中へと入っていく。まるで死体に群がる蛆虫のようだ。
ビクビクとポセイドンの体が痙攣している。ガクガクと震える脚はあたしへと向けられている。魂そのものを操りあたしたちへと仕向けたポセイドンと違って、ペイルは亡者の魂を使って無理やり肉体と精神をコントロールしようとしているのだ。なんと惨く殺生であろうか。これがフレンズと言われる生き物のすることなのか?
「グ…ォォオオオォオオオォォオォオ…!」
「クフフ…アッハハハハハ…!愉快だわ!ポセイドン!そのままあのコをやってしまいなさい!」
青い筋に光がともる。亡者の力を使って無理やり回路を広げているのだろう。どこまでも悪趣味なフレンズだ。あの性格が生まれつき、生来の性格なのだとしたらオリンポスの神以上に軽蔑するしかない。
「そこまでにしておけ、ペイルよ」
「あら、バフォメット…?」
突如、黒い影がペイルの背後に現れた。それは背中に鳥のような羽を生やした、ヤギのような姿をしたフレンズのように見えた。鵺とは違う妙な禍々しさを感じる姿をしている。普通、鳥のフレンズであれば頭に羽根を生やしているが、こいつは背中に羽根を生やしている。それにフレンズのケガワらしきものが全く見当たらない。上半身はもはや裸と言ってもいい。脚はもはや鳥そのものだ。頭には燃える第三の角が生えている。アレはフレンズと言っても良いものなのか…?
「もはやあれは死に体…。黙って死なせてやれば良いものを無碍に生き返らせるとは…。そこまで命じた覚えはないぞ、ペイルホースよ…」
「気に障ったのでしたらお許しくださいませ、バフォメット。計画は順調に進んでおります故、どうかお慈悲を…」
「で、あれば良い…。して、アムールトラよ…。そちの働きも見事よ…。まさか、余のポセイドンをも倒してしまうとは…。まったく、あっぱれよ…」
「何が言いたい…?」
「褒めておるのだ。その武勇、見事余を楽しませてくれた。褒めて遣わすぞ…」
「何だと…?」
こいつは今何と言った?余を楽しませた…?こいつは味方を使って己の娯楽に興じているとでもいうのか?己のために戦っている戦士を闘鶏でも見ているような感覚で見ていたとでもいうのか?
ポセイドンに目を配る。亡者の魂に抵抗しているのか激しく体を震わせながらあたしに歩み寄ってきている。少し前までは倒すべき暴君と思っていたが、今では救うべき英雄のように思える。
…ペイルを倒してポセイドンを救わなければならない。真に倒すべきはバフォメットとペイルホースだ…!ポセイドンはアイツらに操られていた犠牲者でしかないんだ…!
「殺す…!」
あたしの中のビーストを解放してペイルに突撃する。間合いは十分だ。あたしの跳躍と振り下ろす腕の中にペイルはいる。あたしの間合いにさえいればペイルは物の数秒で死に絶えるだろう。
「あらあら、怖いですわ…」
ふらりと体をそらすとペイルはあたしの攻撃をかわした。ふらふらと揺れるだけのものだと思っていたけど、どうやらある程度の場数はこなしているらしい。伊達に享楽にふけっているわけではないらしい。
「ギィ…!」
歯を噛みしめて倒すべき蒼白い馬を睨む。相変わらず枯れたすすきのように揺れている。
「やっておしまいなさい、ポセイドン…。貴女の戦いはまだ終わっていなくてよ…?」
「あ…あぁぁああああああああああああ!!!」
全身からから異常なまでの電撃を放ちながら猪のように突進してくる。あの様子では自爆してくるのかもしれない。なんとかして死なないように、動けなくしてからペイルを止めなければならない。まずはポセイドンを救ってからペイルを倒す。そしてともえの元へと帰るんだ。
「フッ…!」
ポセイドンの肉体はとっくに限界を超えている。全身に刻まれた青い筋はもう光ってはいない。それなのにあの異常なまでの放電だ。肉体が崩壊してもおかしくないというものだ。一刻も早く倒して開放しなければならない。
「ああッ…!ぐぁぁ…。ぅ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ッ゛!!」
繰り返しポセイドンの体にあたしの爪痕を刻んでいく。こうして着実にダメージを与えていけばポセイドンも死なない程度に倒すことができるはずだ。古典的なやり方ではあるけど、今はこの方法が一番だろう。
「あっ…」
突然ペイルが間抜けな声をあげた。見ると、イエイヌがペイルに斬りかかっている。一撃、二撃、三撃と着実にペイルにダメージを与えていっている。これは嬉しい誤算だ。あたしはポセイドンとの戦いに集中できる。余計な雑念を振り払っていかに生かして倒すかだけを考えるんだ。
「バフォメット、どうにかしてくださいませんこと…?わたくしにはあの犬はとても手に負えませんわ…」
「今の余にはとても叶えられぬ…。女狐めが余を縛る限り、新たに駒を召喚せぬ限りな…」
念仏を唱えるような独特なイントネーションでバフォメットが囁く。どうやら別のフレンズがバフォメットを封印して動けなくしているらしい。だったらあそこにいるバフォメットは一体何だ?あの不気味な存在感を放つ幻影は何なんだ?
「か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛!゛!゛」
イエイヌがペイルの身に着けているアクセサリーの一つを破壊した。すると、砕けたそれのようにバフォメットの体も砕け散った。
「おや、油断したわ…」
ゆらゆらと陽炎のように揺らめくと、霧散するようにバフォメットは消滅した。どうやら実際にその場にいたわけではないらしい。
「あらあら、追い詰められてしまいましたわ…。ポセイドンも役立たずね…。良いでしょう。勝てない勝負にはさっさと逃げてしまうのが一番ですわ。それではみなさん、さようなら…」
ペイルはふわっと浮き上がると、空へ向かって霧のように消えてしまった。後には四つん這いになって激しく肩で息をしているポセイドンが残っている。イエイヌが追撃を加えようと攻撃の姿勢をとったので適当にいなしておいた。
「こ、この私に情けをかけるのか…?どこまでも舐められたものよ…。見下げ果てるぞ、ビーストよ…」
「お前に情けをかけるつもりはない。…秩序と支配を何よりも重んじるのであれば、敗者は勝者に従うのも通りのはずだ。お前にはあたしたちに協力してもらうぞ、ポセイドン」
「…ふん、よく言うわ…。…バフォメットは、小高い丘にある廃教会の地下…黒ミサの祭壇にいるはずだ。お前の行った地下ラボは、それを欺くための装置に過ぎん。通常であれば、バフォメットの妖術と私の神力で空間ごと歪められて入れないのだが…私の力を失った分、入るのは容易になっているはずだ。どうやって黒ミサの祭壇に入るかはお前たち次第だ。空間転移で移動していた故にあそこがどういう風に繋がっているかは私には分からん。精々頑張って探すことだな…」
「………」
妙なことにバフォメットの居場所や、行き方…内部の秘密と思われる事柄を簡単に吐いた。どういうつもりなのだろうか。
「…勘違いするな。貴様らに協力するのはあくまでも私自身の為だ…。私を捨て駒にしたばかりか、死して尚私を操り、からくり人形の如く私を使ったのだ…!貴様だけは決して許してはおけん、バフォメット…!」
その怒りは確かなもののように思えた。目が怒りで血走っている。神の力を失ったのか、体中に走る筋は黒く変色して光らないままだ。
「セイリュウと言ったか。オイナリサマの元へ向かうと言っていたな。私も黒ミサの祭壇に入る怪しい力を感じて奴と接触を図ったことがある。まずはセイリュウを諭して祭壇と廃教会の地下を繋げるぞ。内と外で空間を連結させるのだ。人間たちへの指示は任せたぞ、ビースト」
「…あたしはアムールトラだ。お前の言い分、信じるぞ、ポセイドン」
「…ふん。貴様の名前、覚えたぞ、アムールトラ…。私を打ち負かしたその名前…決して忘れんはせんぞ」
負け惜しみとも捨て台詞とも言えないようなことを言ってポセイドンは飛んでいった。ポセイドンの言うことが本当であれば、これに従わない手立てはない。まずはともえたちを説得して廃教会に向かわせねばならない。
既に奴らの尻尾は掴んだ。後は隠れる獣を引きずり出して、その喉首を掻き切るだけだ。ペイルホース、バフォメット、ハクトウワシ…。後は奴らをこの手で切り裂くまでだ。