けものフレンズR ~Re:Life Again~ 作:こんぺし
『続いてのニュースです…』
メキシコに隕石が衝突して1ヶ月が経った。メキシコの湾岸油田は今なお炎上し続け、経済や治安は混乱を極め、メキシコ政府が非常事態宣言を出すに至ったほどだ。合衆国の方は、南部国境から押し寄せる難民に対して、州軍や国境警備隊、湾岸警備隊と共同して、押し寄せる難民に対して武力で対処しているらしい。
「ミライさん…?」
サーバルさんが不安そうに私の顔を覗き込んでくる。外の世界を知らないサーバルさんにとっては、今起きていることなんて知る由もない。けど、今テレビから流れてくる情報から普通ではないことが起きていることは、なんとなく理解できているようだった。
「ミライさん、何が起きてるの…?私怖いよ…」
連日のようにテレビ画面に映されている燃え盛る炎と黒煙にサーバルさんが怯え切っている。淡々と原稿を読み上げるニュースキャスターもなんとも不気味だ。
「…サーバルさんは知らなくても大丈夫です…。時期にこの混乱も治まることでしょうし…。今はパークのお客様の安全を優先する方が先決ですね。サーバルさん、手伝っていただけますか?」
「うん!私たちには私たちにできることをやろう!せっかくパークが開園してお客さんたちも来てくれたんだもん!嫌な思いだけはさせたくないよね!」
「ですね…!私たちがくよくよしているわけにはいきません!さあ、行きましょう!サーバルさん!」
…………
「ふわあ…おっきい…」
「これって…」
見上げるほどの大きな鉄の塊が目の前にあった。戦車だ。こんなの見間違えるはずがない。なぜ動物園に戦車があるかは分からないけど、ここ、ホッカイエリアに戦車という場違いなものが確かにあった。
「動くのかな?」
「どうだろう…。ラッキーさん、動きそう?」
「コレハ パークノモノジャ ナイネ。ウゴカセナイヨ」
「そっかぁ…。なんでこんなものが…」
そう呟くかばんさんが訝しげな顔をして考え込んでいる。ゴマちゃんやギンギツネちゃんは興味津々に戦車を観察している。
その時だった。
「ッ…!!」
「かばんさん…?」
突如かばんさんが頭を押さえて何かに苦しむ仕草を見せた。息は荒く何か苦痛に苛まれているようだ。
「かばんちゃん!どうしたの!?」
「な、なんでもない…。ちょっと…眩暈が…」
気を取り直してその場を後にする。かばんさんは少しよろめきながらも、ずんずんと前へ進んでいく。
「いろんな物が落ちてるね。何に使うんだろう?」
「………」
無邪気にサーバルちゃんが尋ねる。…身震いがしてくる。そこかしこにマスクや銃が落ちている…。戦闘でもあったのだろうか、錆びた薬莢も辺り一面に散らばっている。…嫌な考えが頭の中を駆け抜けていく。
「ともえちゃん…」
「………」
恐怖に震えるあたしの手をイエイヌちゃんがぎゅっと握りしめてきた。イエイヌちゃんは優しくあたしを抱擁すると、少しずつだけど段々と落ち着いてきた。
「大丈夫です…。大丈夫ですからね…」
「…うん…。ありがとう…。ちょっと落ち着いてきたよ…」
かばんさんも顔を顰めて出来るだけ目に入らないようにしている。かばんさんもこれらが何に使われたのか分かるのだろう。これは人殺しの道具だ。生き物を殺傷するという明確な目標のために作られた道具なのだ。あまり見ていて気持ちの良い物ではない。
「いったい何に怯えてるってんだよ。つか、何なんだよこれ?これの何が怖いんだ?」
「…何も知らないからそんなことが言えるんだよ。これは人を殺すための道具…。戦争で人が人を殺すために作った兵器なんだよ…」
「な、なんだよそれ…」
「…僕もあんまり見ていて良い気はしない。早く次へ行こう」
かばんさんに急かされて次の場所へと進んでいく。よく見ると至る所に銃やら薬莢やらが落ちている。やっぱりここも戦場になったのだろうか。ホッカイエリアに生息していたけものたちは無事だったのだろうか。犠牲になってなければいいんだけど…
しばらく進んでいると人工的に整地された広場のような所へと出た。小さな建物やかまぼこみたいな半円形の建物がぽつぽつと並んでいる。どうやら飛行場のようだ。
「ここは…?飛行場…?」
「みたいだね…。ちょっと探索してみよう」
そうしてあたしたちは、かばんさんたちと一緒に小さなコンクリ製の小屋の中に入っていった。
中は埃を被った無線機やくしゃくしゃになった書類のようなものが散らばっている。誰かが争った後なのか、机はひっくり返ったり壁に叩きつけられていたりと散々たる有様だ。
「部屋の中がぐちゃぐちゃだ…。何があったんだろう…」
「分からない…。とりあえず部屋の中を見てみよう。みんなも何か怪しいものがあったら教えてほしい」
各々が部屋の中を探索して回る。積もった埃が喉に絡んで思わずむせてしまう。イエイヌちゃんも鼻をぐじゅぐじゅと鳴らしていて苦しそうだ。
「ここにもホロテープってあったりしねえかな」
ゴマちゃんがホロテープを探している。確かにここだったらありそうな気がしないでもない。
「むっ…。かばん、これなんだが、ホロテープじゃないか?」
「ん…。だね。ありがとう、ヘラジカさん。早速再生したいけど…ラッキーさん、いいかな」
「マカセテ」
チチチチという機械的な音が鳴ったと思うと、またしても別個体のラッキーさんが現れた。…のだけど、何やら他のラッキーさんとは少し様子が違う。何故かサングラスを付けている。
「ジャパリパークへようこそおいでくださいました。私はあなたのラッキービーストです。今日はどういった用向きで?」
「…え?」
なんだか様子が他のラッキーさんとは違う。すごく流暢に日本語をしゃべっている。
「あ、あたしはともえ。このホロテープを再生したいんだけど…」
「お任せください。私の背中にそのホロテープをお挿し下さい。データを再生します」
言われるがままに背中の差込口にホロテープを挿し込む。すると、そのラッキーさんからミライさんの記録が再生された。
「○月×日、△曜日。ジャパリパークに国連の多国籍軍がやってきました。どうやら、未曽有の大災害に見舞われた世界において、ジャパリパークは希少動物の保護の元に世界、引いては国連の管理下に置かれたようなのです。私の知らないところでそんな話が進んでいたなんて…。園長の発表も国連軍がやってきた後に行われました。アンイン港にも大きな空母が停留していて、スタッフもお客様もみんな怯えてしまっています。上の方でどういう話が通っているのかわかりませんけど、あちこちで整地を始めては何か工事のようなものが行われています。…ここはあくまでも動物の保護とお客様を楽しませるテーマパークとして設立されたはずです。軍隊がいても良いような所ではありません。一刻も早く国連軍の撤退を求めましょう。園長にも話を聞いて状況を確認しなくてはなりません。いくら世界の危機だからと言って、こんなことがまかり通って良いはずがありません。…ジャパリパーク従業員、ミライ。記録を終わります」
気まずいような重い沈黙が流れる。あたしたちが見たあの戦車は国連軍の物…?じゃあ、その周りにあった銃やヘルメットは…。
…寒気がする。ラッキーさんが動かせなかったのもちゃんと理由が付く。アレはパークの所有物なんかではない。国連の人たちが外から持ち込んだ戦争の道具なんだ。どういう理由で外からやってきたかは分からない。けど、それを解明するのもあたしたちの使命なのではないか。
かばんさんが何やら頭を抱えている。ひどく何かに追い詰められているような難しい顔だ。
「かばんさん…?」
「ごめん…。ちょっと頭痛がしてね…。行こう…」
…何やらかばんさんの様子がおかしい。少し心配ではあるけど、かばんさんは大丈夫と言いながら自ら先頭に立って進んでいく。
…そうしてホロテープを回収し終えたあたしたちは建物を後にした。ホロテープ以外のめぼしいものも特になかったし、こんな物騒なところとは早くおさらばしたい。
そう思っていたところにある事に気付いた。ギンギツネちゃんがいない。いつの間にかあたしたちのパーティから姿を消していたのだ。
「あれ、そういえばギンギツネちゃんは?」
「そういや、いつの間にかいなくなってるな。どこに行ったんだ?」
「ニオイはしませんね…。いつの間にかはぐれてしまったんでしょうか。一度戻ってみま…」
唐突にイエイヌちゃんが言葉を詰まらせた。何かを警戒するように姿勢を低くして敵を探るような動きをしている。サーバルちゃんも耳をあちこちに動かして何かを探っているようだ。
「このニオイ…。セルリアンです…!それにフレンズのニオイもします…!」
「私にもわかるよ…!誰か戦ってるみたい…!行こう!」
そう言って二人はセルリアンたちがいるであろう方向へと走っていった。あたしたちもはぐれないように必死に二人の後を追いかける。二人は飛行場から離れてぐんぐんと森の中を突っ切っていく。
「イエイヌちゃんたちどこまで行くっていうの…!セルリアンもそうだけど、もしネメアの獅子だったら…!」
「中型サイズのセルリアンだったらサーバルちゃん一人でも大丈夫だろうけど…。ちょっと心配だね。急ごう」
「…っ!!」
唐突にアムちゃんが前へと出るとあたしたちを制止するように道を塞いだ。
「伏せて」
低い声であたしたちに命令する。何かを感じ取ったのだろうか。まだイエイヌちゃんやサーバルちゃんの姿は見えていない。それどころかギンギツネちゃんの姿もない。言いしれようのない不安感が胸の中で渦巻いている。
「アムちゃん…?」
「いる…。ネメアだ…!」
「そんな…!イエイヌちゃんは…!?」
「わからない…。血のニオイはしないから無事だとは思うけど…。…イエイヌが言ってたフレンズっていうのはネメアだったのかも…。そいつがセルリアンと戦ってたんだ」
「そんな…!助けなきゃ!」
「無茶だ!今行ったところで返り討ちに合うだけだ…!」
「けど…!」
「………」
唐突にヘラジカさんが走りだした。慌てたアムちゃんが制止に乗り出す。
「ヘラジカさん!」
「おい!無茶だ!」
「お前らが行かんというなら私がやる!付いて来てくれるな!」
急いでヘラジカさんの後を追いかける。アムちゃんの顔には焦りの色が見える。戦闘慣れしているアムちゃんの爪が全く通らなかった相手の元へ向かうのだ。アムちゃんで敵わなかった相手にサーバルちゃんやヘラジカさんが適うはずがない。急いで止めなくちゃヘラジカさんが危険だ。
「っ!ヘラジカさん!?」
何やら様子がおかしい。ぼうっと立って何か遠く一点を見つめている。釣られてあたしも見て見ると、信じられない光景が目に入った。ネメアの獅子と思われるフレンズさんがセルリアンを相手に戦って…。いや、アレは虐殺と言った方が正しい。無抵抗のセルリアンを踏みつけて背後にある石をもぎ取っているのだ。
「…なんなんだアイツは…」
「ば、バケモンじゃねえか…!」
信じられない光景だった。何一つ表情を変えることなく、ただ作業でもしているかのようにセルリアンの石をもぎ取っている。一つ、二つとまた石が引きちぎられている。その光景を目にしたヘラジカさんは完全に戦意を喪失していた。
「っ!そういえば、サーバルちゃん…!」
思い出したようにかばんさんがサーバルちゃんの姿を確認する。そういえば、あたしもイエイヌちゃんの後を追いかけていたんだった。
「サーバルならそこにいるぞ」
サタンが指をさす方を見ると、たしかにサーバルちゃんの姿があった。少し離れたところにイエイヌちゃんもいる。恐らく、セルリアンを虐殺するネメアの姿を確認してからすぐに身を潜めたのだろう。
「さあ、どうする?このままだと奴にばれるのも時間の問題だぞ。もっとも俺は逃げることを進めるが」
「っ…。そう…だね…。みんな、一旦ここは退こう」
かばんさんがそう言ったときだった。不意に遠くから声がかけられた。その声は、明確にあたしたちの心を鎖で縛り付けるかのようだった。
「あれ~?ヘラジカたちじゃん。奇遇だね~また会うなんてさ~」
「ッ…!!!」
気付かれてる…!全身に脂汗がどっと噴き出てくる。変な猫なで声を出してるけど、却ってそれが背筋を引っ掻き回すような恐怖を覚えさせられる。
ヘラジカさんも目を見開いて全身を強張らせている。矛を持つ手にも筋が走っていて緊張しているのが分かる。
場の空気が張りつめてくる。かばんさんもアックスに手をかけていつでも戦えるように臨戦態勢を取っている。アムちゃんからも並々ならぬ闘志のようなものが感じ取れる。
「珍しいね~また会うなんてさ~。でもさ~、少しくらいこれらを片付けるの手伝ってくれても良かったんじゃない?隠れてこそこそ見てるだけだなんて趣味悪いよ~?そこの二人さ~」
「ッ…!」
イエイヌちゃんとサーバルちゃんの体がビクンと跳ねる。このネメアの獅子は最初からイエイヌちゃんたちがここに来ていたのを知っていたんだ。それでいながら、わざと気付かないふりをして二人の目の前であんな悪趣味な真似を…!
「どうしたのさあ?ビビる必要なんてないよ~?私はただアンタたちと仲良くしたいだけなんだよ~?」
「ふざけてるんじゃないぞ、ネメア…!お前が誰なのかをわたしたちは分かってるんだぞ…!」
「ほう、ネメア…。どこでその名を知った?」
ネメアの雰囲気が大きく変わった。あの時に感じた、戦闘狂のような狩る者の目だ。その歪む口元はあたしたちを見下しているようだ。
「どうせその赤蛇の知恵なんだろう。確かにオレはネメアの獅子と呼ばれた獣だ。ハッ!だったらもう猫を被る必要もない訳だ!…オレを知ったというなら、少しはオレを追い詰める方法も分かった筈だがな?」
ネメアの獅子がじわじわとにじり寄ってくる。ゆっくりとした足取りはあたしたちを押し潰すようだ。
「くっ…!どうすれば…!倒す方法は知れても、どうやってそこまで追い詰めればいいんだ…!」
「考えるよりも腕を動かした方が良いぞ?」
ボキボキと指を鳴らしてあたしたちを威圧している。左肩にかかるマントのような金色の羊毛が風になびく。曰く、アレがネメアの獅子の不思議な力を補助しているという事なんだけど…。どういうものか分からない以上、警戒するに越したことはない。不用心に挑んでは返り討ちに合うだけだ。
「………」
「アムちゃん…?」
あたしたちの前にアムちゃんが立ち塞がる。その背中には見えない闘志が立ち込めているのが分かる。ネメアの獅子とやり合う気だ。
「アムちゃん、ここは一旦引いた方が良いよ…!まだ分からないことだらけだし、無策のまま戦うのは危険だよ…!」
「…だからこれから知りに行く。分からないままアレコレ策を立てるよりは、実戦で知る方がずっと有意義だから」
ドンと空気が張りつめる。アムちゃんから肌を刺すような殺気を感じる。どうやら本気でネメアの獅子と渡り合うらしい。
「ほう?その気迫、その血走る眼…。そこいらの馬の骨とは訳が違うらしい…。いいだろう。オレも少し本気を出してやろうか」
刹那、ネメアの獅子から押し潰されるような鬼迫が圧し掛かってきた。アムちゃんの放つ殺気を丸々と呑み込むかのような凄まじい鬼迫だ。
「ッ…!」
「この程度で圧されてはオレを退けることはできんぞ!ビーストォッッ!!!」
ネメアが理性を失くした獣の如く突進を仕掛けてきた。アムちゃんは防御の構えを取ってネメアからの攻撃を真正面から受け止める。
「ぐっ…!」
アムちゃんの両腕に赤い筋が走る。赤く走る爪痕が、よりネメアの興奮を昂らせていくのがわかる。
「そらそらそらァ!!!守ってばかりではオレは倒せんぞォ!!!」
「ギィッ…!」
アムちゃんの血がネメアの爪に絡まり宙を舞う。血を得るために駆り出される凶爪は容赦なくアムちゃんへと襲い掛かる。ギラギラに輝くネメアの眼はもはや狂気と言ってもいい。滅茶苦茶に繰り出される攻撃は着実にアムちゃんを追い詰めていっている。
「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛!゛!゛」
「…っ」
アムちゃんが叫んだ。あの咆哮はアムちゃんの中に眠る獣の本能を呼び起こすものだ。アムちゃんが理性を捨ててネメアと戦おうとしている。
「殺゛し゛て゛や゛る゛そ゛ォ゛!゛!゛」
黒い爪がネメアへと襲い掛かる。しかし、その攻撃も空しく、爪はネメアの体を滑るのみだ。
「愚かなッ!学習しない奴だ!何人たりともこのオレの体は傷つけられんッッ!!!」
腰の乗った会心の一撃がアムちゃんの胸に入る。
「ゴハァッ!?」
殴られた衝撃からアムちゃんの体が吹き飛ばされる。崖に叩きつけられたアムちゃんが苦しそうに咳きこみながら赤い血を吐いている。
「ハァ…ハァ…」
「さあ、どうするかなビースト?このままではオレに殺されるのも時間の問題だぞ」
「ぐゥ…ッ!」
ネメアがアムちゃんへとにじり寄っていく。どうにかして体勢を立て直そうとするも、体に広がる痛みからか立ち上がるにも一苦労といった様子だ。
「さあ、立て!このオレを殺してみろ!それとも恥辱の内に死に晒すかァ!!」
その時だった。
ダダダダッ!
「つっ…!」
「サーバルちゃん!」
「うみゃあ!」
サーバルちゃんが戦場に躍り出る。サーバルちゃんは素早くアムちゃんを抱きかかえると、そのまま戦場から離脱した。
「おのれ小癪な…!どこだァ!出てこいッッ!!殺り合うなら正々堂々と姿を表せェ!!」
ネメアが吠える。その言葉には怒りの感情が混じっている。今鳴った銃声のような音は、もしかするとかばんさんの物なのだろうか。
…顔にわずかに赤い傷跡ができている。一体どうしたのか知りたいところだけど…。
「ともえちゃん!みんな!こっちに!」
「えっ!?あっ、うん!!」
「逃がすかァ!!」
ネメアがあたしたち目がけて猛突進を仕掛けてきた。あの動きを見るに、もう既にあたしたちをキルゾーンへと捉えているだろう。このままでは死は免れない。
ダダダダッ!
「ぐぅ…!」
金羊毛を翻してかばんさんの弾丸を防ぐ。サタン曰く、アレはネメアの無敵の体を補助するものと言っていたけど…。自身では防ぎきれないものをカバーするために使っているのだろうか。
ボンッ!
「うわっ!?」
「ちょっと臭うけどがまんしてね…!さあ、離脱するわよ!」
突如煙のようなものがあたしたちを包み込んだ。鼻を刺すような嫌な臭いに涙が出そうだ。それにこの声は…?
「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛!゛!゛」
背後から怒りに塗れた、この世すべてを呪うかのような絶叫が轟く。
「覚゛え゛て゛お゛れ゛ェ゛!゛人゛間゛ど゛も゛ォ゛!゛こ゛の゛オ゛レ゛を゛コ゛ケ゛に゛し゛て゛く゛れ゛た゛こ゛と゛を゛必゛ず゛後゛悔゛さ゛せ゛て゛や゛る゛そ゛ォ゛!゛!゛」
呪いの言葉が響く。あまりもの鬼気迫る絶叫に身震いがしてくる。
あたしたちを抱える青黒いブレザーを着たフレンズさん…ギンギツネさんに連れられてこの場所を後にする。背後にネメアの轟きを残してあたしたちは退避した。
…………
無事にネメアから逃げきることができたあたしたちは、適当な場所を見つけると、そこを野営地とした。かばんさんを中心に作戦会議を始める。
「うっ…ぐっ…」
「アムちゃん…」
「大丈夫…。すぐに治るから…」
胸を押さえながら苦しみに喘ぐアムちゃんを他所にかばんさんが粛々と準備を進めている。やがて準備が整うと、かばんさんが会議の開始を宣言した。
「今から、対ネメアに関する作戦会議を開始する。今回はアムールトラさんの果敢な活躍もあっていくつかの大きな成果を得ることができた。戦術的勝利と言っても良いと思う」
「………」
ピリピリとした奇妙な緊張が走っている。みんなの顔もとても険しい。
「まずはギンギツネさん、今回の撤退戦はギンギツネさんの活躍なしでは成し得なかった。とても感謝しているよ」
「ま、まぁ、あのガラクタが役に立ったっていうなら良かったわ。でも、まだ簡単な修理しかしてないから、取り扱いには注意してちょうだい。弾もあまりないし、本格的に使えるようになるにはもう少し時間がかかると思うわ」
「分かった。…それでなんだけど、まず一つ分かったことは、ネメアの体…。毛皮の覆ってない部分には傷を入れることができるっていうこと。それが分かっただけでも大きな成果だ」
「あたしにも見えた。赤い傷が頬についてるのが分かったよ」
「…俺の言った通りだろう?腕、首、脚…。少ないようで意外と弱点は多いぞ。もっとも金羊毛を羽織っているせいで、そううまくはいかないだろうがな」
「だね…。まずはそれが課題の一つだ」
どこからか拾ってきたであろう紙とペンを使って何かを書いている。議事録でもつけているのだろうか。
「サタン、ネメアの行動パターンっていうのは分かるかい?多分、この島に現れてそう長くはないだろうけど、何か知っていることでもあれば教えてほしい」
「…正直言って何もわからん。奴は俺を見つけるなり襲ってきやがって、それからずっと追いかけ回されてたんだ。それと、奴には少なからず火は通用しねえ。俺もテンパってうまく攻撃できなかったっていうのもあるが、奴の毛皮と金羊毛の前に火は無力だ。それどころか、興奮させるだけになる」
「…なるほど。ありがとう。…いくらか分かったとは言っても、まだ作戦を練るには不十分かな…。サタン、君の知識がまだ必要かもしれない。ギンギツネさんも銃の改良の他にもやってもらうことがある。ともえちゃんたちにも追々やってもらうことがあるから、その時には頼むね」
「う、うん…」
そう言って立ち上がると、かばんさんはサタンとギンギツネちゃんを連れて奥へと行ってしまった。
「…久しぶりにあんな顔のかばんちゃん見たな…」
「サーバルちゃん…?」
「ゴコクエリアにいた時もずっとあんな調子だったんだ。なんでも一人で抱え込んで、解決しようとするんだよ。…また、あの頃みたいな孤独なかばんちゃんに戻ったりしないかな…。また一人ぼっちになっちゃいそうで怖いよ…」
「………」
サーバルちゃんが、かばんさんとの間に再び溝を感じ始めている。かくいうあたしも、言いしれようのない不安な気持ちを感じている。
「ともえちゃん…?」
「イエイヌちゃん…」
後ろから不安げな声色をしたイエイヌちゃんが姿を見せた。あたしも不安な気持ちが隠しきれていなかったのだろう。なんだか変に感化されてしまっている。この非常時に、この寒さの中で心が弱っているのだろうか。場の雰囲気に流されて、あたしまでいらない不安を抱えているようだ。
…イエイヌちゃんの顔を見てたら、どうしてあたしまでしょげているのか分からなくなってきた。みんなに頼りっぱなしのあたしにも出来る事はあるはずだ。あたしは自分を奮い立たせると、声を張り上げてサーバルちゃんに激励を送った。
「大丈夫だよ!もし、かばんさんがまたサーバルちゃんをひとりぼっちにさせるようだったら、あたしからガツンと言ってあげるよ!サーバルちゃんを置いていくなーって!ね!イエイヌちゃん!」
「え!あ、はい!もちろんです!」
「…ありがとう。後ろ向きな気持ちじゃだめだよね…。うん!私もかばんちゃんに頼られるようにしなくっちゃね!ありがとう!ともえちゃん!」
「よぉし!その意気だよ!ネメアなんかに負けないようにあたしたちも頑張ろう!」
「「「おー!」」」