けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:こんぺし

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Ruin-4「パンドラの匣」

 声が聞こえる。頭の中で、誰の物かもわからない声が延々と木霊している。

 出て行け。私の中から出て行け。仲間を傷つけるな。人殺し。ケダモノだと。

 …この体はオレのものだ。お前なんかの物ではない。

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

 オレの…体…。震える体を抱きかかえて落ち着かせる。クスリでも切れたかのように震える体はひたすらに血を欲して疼いている。今すぐにでもオレを傷つけたあの人間どもを斬り刻んでやりたい。

 血が欲しい…。アイツらの肉体はオレの渇きを癒す極上の果実に違いないのだ。

 

「ァ゛・・・ハ゛ァ゛・・・」

 

 オレの中にもう一人のオレがいる。存在自体が不確定で常にオレを責め立てている。夢か現実かも定かでない。現実味の感じないこの世界において、オレは唯一無二の存在だ。オレはこの世すべての理であり、この世すべてにおける唯一の存在だ。故にオレがこの世に存在する全ての命を断罪するのだ。

 

「ア゛ッ゛・・・カ゛ッ゛・・・」

 

 頭の中に声が響く。誰もがオレを蔑んでいる。嘲笑うかのような笑い声がオレの精神を蝕んでいく。全ての命がオレを断罪しようとしている。

 笑い声が響く。頭の中に砂嵐が流れる。洪水のように流れる情報がオレを凌辱する。

 血…。赤い血がオレの両手を濡らしている。掻きむしった髪が両手に絡まっている。

 

「ヒッ…。ヒハハハハハ…ッ!」

 

 体が震える。痛みが甘美な刺激となってオレを惑わす。自らの血で濡れたオレの手の何と魅惑的なことか。血に濡れた己の爪を見て思わず恍惚としてしまう。オレの体に流れる赤い血の何と美しいことか。もっと見てみたい気がしてきた。

 

「ウッ…!」

 

 吐き気がする。オレの中のモノが分裂していく。オレという存在が不確定になる。頭の中にノイズが走る。相変わらず声は響いている。赤い瞳はオレを捉えて離さない。体中を巡る血が沸騰しているようだ。

 

「フ…。フフフ…。楽しくなってきたじゃねえか…」

 

 オレは神だ。そしてそいつはオレたちを嫌っている。なんと下劣で下らないことか。神とは自分で作ったおもちゃを壊し、己が造った娯楽に堕落するだけの存在だ。そしてオレこそがその神なのだ。

 偉大な創造者となって、贋物を壊していく。オレに歯向かうすべての命を、壊していく。底知れぬ渇きを癒すために、オレは今日も得物を狩っていく。

 

 

…………

 

 

 声が聞こえる。ヒトの声だろうか。暗く淀んだ意識の中、くぐもった声に目を覚ます。

 

「まさか、本当にこんなことが…」

「…まだ非常に不安定な存在だ。サンドスターの供給がなければ、あっという間に死んでしまうだろう」

 

 目を開けると二人の女がいた。一人は明るい緑の髪をしたサファリジャケットを纏った女。もう一人は深い緑の髪をした白衣の女だ。

 

「目を覚ましたようね…」

「そうだな…。予想とは少し違うが、むしろ、私の求めた理想の姿ともいえる。この子であれば、パークを救えるかもしれない」

「…やっぱり、そうするつもりなのね、カコ」

「………」

 

 オレの知らないところで勝手に話が進められている。重い眩暈の中ゆっくりと立ち上がる。

 

「立てるか。早速だが、君は自分が何の動物だか分かるか?」

「オレは…」

「…ネメアーの怪物と言われた獣…。テューポーンに父を持ち、母にエキドナを持つと聞いているわ。ヘラクレスとの戦いに敗れ、その毛皮はアイアースに不死を授けたと伝えられているとか…」

 

 ネメアーの怪物…。脳の奥深くに眠るわずかな記憶に明かりが差す。怒りに塗れた在りし日のオレの姿…。怪物の子として生まれ、大英雄を屠るために送られた、かつてのオレ…。

 そして今、オレはどこにいる…?この二人はいったい…?

 おぼろげな意識の中、ゆっくりと立ち上がり、二人を見据える。

 

「…しかし、なんという見た目なのかしら…。白くなったようなバーバリライオンみたいな…。想像してたような見た目とはだいぶ違うような気がするけど…。…本当に伝説上のような無敵の毛皮を持っているのかしら」

「それは私も分かりかねる事ではあるが…。どうだ、ネメアーの獅子よ。戦いに自信はあるか?」

「…あることにはある。何人もオレを傷つけることはできん」

「そうか。では、これはどうかな?」

「カコ…!」

 

 不意にカコと呼ばれる女が黒いモノを俺に突きつけてきた。瞬間、けたたましい音が炸裂した。

 

 パン!

 

「………」

「…噂は本当のようだな」

 

 カラカラと金属の物体が地面に転がる。微かに指で押されるような感覚を左肩に感じたけど、何かされたのだろうか。よく分からないけど、このカコという女はオレに何か試したのは間違いなようだ。

 

「いくら本当か確かめるとは言ったって、ピストルで撃つなんて…!」

「…だが、これで伝説が実証された。ネメアーの獅子一匹で、一国の軍隊一つに相当すると言っても過言ではないだろう」

「カコ…」

 

 話がまるで見えてこない。この人間たちはオレに何かさせようとしているのか?

 

「早速だがネメアー、私たちが君を呼び出したのは他でもない。私たちは君にパークを救ってもらいたいと思っている」

「オレが…パークを…」

「…やっぱり、けものを愛する一人の人間として賛成できないわ、カコ。いくら無敵のけものと言ったって、ヒトとヒトの争いに無垢なけものを送り込むだなんて、私は賛成できないわ…」

「…分かってくれ、ミライ…。私としても本望ではないんだ…。…これが、これだけが、私たちに残された唯一の希望なんだ…。…さあ、行ってくれ、ネメアーの獅子よ。私の愛するケモノたちの楽園を…希望を…その手で取り返してくれ…」

 

 

…………

 

 

 遠くに轟音を立てて走る姿を見る。ミライ曰く、アレは戦車というものらしい。

 

「アレは合衆国陸軍のM1エイブラムスと呼ばれる戦車です。恐らく、劣化ウラン弾を搭載しているでしょうから注意してください。アレをくらえば、いくらネメアーの獅子と呼ばれるあなたでも無事では済まないでしょう。それと、周りにも歩兵が潜伏しているはずです。囲い込まれて十字砲火を浴びないように注意してください」

「分かった」

 

 身を潜めてじわじわと戦車に近寄っていく。戦車の数は四両、ヒトはニオイから最低でも六人はいるように思える。

 しかし、なんと見にくいことか。ニオイである程度の位置は分かるものの、奇妙な衣服を身に着けているせいで、少し視線を外すとあっという間に見失ってしまう。

 

「───……──……─」

 

 訳の分からない言葉をしゃべっている。ミライやカコの言葉とは全く違う異質な言語だ。聞いていると無性にむしゃくしゃしてくる。

 

「…!」

 

 一両の戦車がこちらを向いた。辺りが騒がしくなってくる。どうやら見つかったらしい。

 

 ならば…。

 

 姿勢を低く保ったまま、全力で一人のヒトに向かって突っ込んでいく。オレの存在に気付いたであろうヒトの一人が大量の金属の弾をばら撒いてきた。

 腕で顔を隠して攻撃をしのぐ。痛くもなんともない。攻撃が止むと、大きく飛びあがって獲物を眼中に捉えた。間抜け面を晒してボーっと見上げている。オレは爪を振りかざすとヒトの体を大きく切り裂いた。獲物は声一つ上げることなくそのまま息絶えた。

 

 ババババババッ!!

 

 四方八方から金属の弾がオレに浴びせかかる。さすがに顔を狙われるのはまずいので、そこさえ塞いでしまえばどうという事はない。

 横目で次の獲物を確認する。少し距離はあるけど、あの程度の距離であれば五秒もあれば十分だ。

 走って距離を詰める。腕を大きく振りかざして爪を立てて、突き刺す。数刻の猶予もなく相手は絶命する。なんてこともない、慣れた動作だ。

 次の相手はあの戦車だ。実に奇妙な姿をしている。アレもヒトが造ったものなのだろうか。

 そう思っていた瞬間、オレの体に大きな衝撃が走った。

 

 パァン!

 

「つゥッ…!」

 

 炸裂した空気がビリビリと体に響く。鼓膜が破けるかのような大きな音だ。視界がぐらぐらと揺れる。耳鳴りがして周りの音が全く聞こえない。戦車の奇妙な長い筒がオレをじっと睨んでいる。あの大きな音はアレから発せられたものなのだろう。音で威圧するとは、大きな図体の割りに見掛け倒しもいい所だ。

 戦車に飛び乗り、長い筒を抱えて、力任せに戦車の首をもぎ取った。そのままそのの首を戦車の胴体に叩きつけると、戦車は勢いよく爆散した。

 ヒトが何やら大声で騒いでいる。相変わらず金属の弾が横殴りの雨のように打ち付けてくる。いい加減効かない事を学んでほしいものだ。

 

 パァン!

 

「ギッ…!またか…!」

 

 別の戦車がまた発砲してきた。…発砲?よく見れば、奇妙な金属の棒のようなものが転がっている。…まさか、あの戦車もヒトと同じく金属の弾をばら撒くためのモノというのか?

 

「ハッ…!大したことないな…!」

 

 もう一両の戦車に飛び乗って、爪で切り裂く。なんてことない、バターでも切り分けるかのように簡単に切り裂けた。中にはヒトが何人か乗っていたけど関係なかった。オレに仇名すのであれば切り殺す。こいつらは戦車でオレを撃ってきた。ならばオレの敵だ。だから、殺す。

 斬る。潰す。殺す。薙ぎ倒す。気付けばそこに立っていたのはオレだけになっていた。夢中になって殺した。本能の赴くままに、オレは夢中になって殺した。虐殺と言ってもいい。奴らはオレに傷の一つもつけれないまま殺された。…愉しかった。

 血と硝煙の臭いが辺りに漂っている。血に濡れた体に風が当たって少し寒く感じる。

 

「…そういえばミライの奴…。どこに行った?」

 

 血と硝煙のせいでミライのニオイを辿れない。果たしてオレはどこから来たんだったか。草と木があるだけでは戻るに戻れない。

 

「ミライ!!!どこだ!!!」

 

 大声でミライの名を叫んで呼びかける。これで答えてくれればいいのだが、どうも反応がない。まさか、あいつらの流れ弾に当たって死んでしまったか?

 

 ガサ。

 

「!」

 

 不意に草の擦れる音がした。風は吹いていない。だったら今の音は…。

 音がした方へ歩いていく。オレが近づく度にガサガサという音が激しくなっていく。この荒い息遣いは…怯えているのか?

 

「ヒッ…」

「………」

 

 そこには、ひどく怯えた様子のミライがいた。腰を抜かしてしまったのか上手く立てないようだ。息は荒く、全身をがたがたと振るわせて、まともに喋れる様子もない。

 

「何をそんなに怯えている?」

「っ…!」

 

 オレの行動や仕草にいちいちびくびくしている。…こんなのでは話にならない。用事が済んだのだから早く帰りたい。

 ミライに手を差し出す。相変わらずびくびくするばかりだし、オレが行動を起こさなければならないだろう。

 

「立て。早く帰るぞ」

「え…。あっ、は、はい…!そ、そうですね…!」

 

 目に見えて狼狽している。顔を引きつらせながらもオレの腕を握ると、ミライはよろめきながらも立ち上がった。

 

「行きましょう。カコさんに報告です」

 

 弱々しく頼りないながらも、研究所へと向かうミライの後をついて行く。…しかし、驚くほどに無防備な背中だ。

 …今ここで彼女を襲ったら…。

 

「…はっ!」

「…?どうかしましたか?」

「いや…なんでも…」

 

 平静を装って、己の内に湧く破壊衝動を隠してみる。…一体オレは何を考えているんだ?

 …血に体が疼いている。赤黒く濡れた体を見て自分の異常さを知る。

 オレは…ヒトを殺したんだ…。食うためでもなく、守るためでもなく、ただ、ヒトに命じられるがままに…。

 

「ウッ…!」

 

「…!どうしましたか…!?」

「な、なんでも…」

「なんでもないはずがありません…!急いでカコさんに診てもらわなきゃ…!やっぱりネメアーさんは不完全なフレンズさんなんだ…!」

 

 訳の分からないことを言っている。妙な破壊衝動さえなければ、オレは至って正常だ。…まぁ、この変な高揚感と破壊衝動は異常だとは思うが…。

 

「急がないと…!ネメアーさんが消えてしまう…!」

 

 ミライの肩を借りながら研究所へと戻っていく。

 …どうしてもミライに抱えられる腕に力がこもってしまう。なんとかしてこの衝動を抑えなければ、オレは取り返しのつかないことをしてしまうだろう。壊れそうな理性を必死に保ちながらオレという個を保つ。オレはオレのままでいられるだろうか。

 …道は遠い。

 

 

…………

 

 

ドラムを回す無機質な音が聞こえる。ネメアとの決戦に備えて、あたしはイエイヌちゃんたちといっしょに火山地帯まで来ていた。かばんさん曰く、いくらネメアでも溶岩にさえ落としてしまえばただでは済まないだろうという事だ。道中にいくらかセルリアンがいたけど、あたしたちの敵ではなかった。セルリアンなんかより恐ろしいものはいっぱいいる。ネメアもそうだし、サバトの黒山羊だってそうだ。いくつもの修羅場を潜り抜けたあたしたちにとって、セルリアンなんて取るに足らない存在だ。

 

「これ…なんでしょう…?」

 

 奇妙な装置を見てイエイヌちゃんが尋ねる。

 

「これ、あたしたちの施設にもあるわ。確か…地震計って言ったかしら?」

「ジシンケイ…?」

「ええ。読んで字の如く、地震を観測するための装置よ。他にも、使い方次第では地震の予兆を読んで、避難する準備ができたりするのよ。ここにあるってことは、火山活動でも計測しているのかしら?」

「へ~…。ギンギツネさん、物知りだね」

「まあ…ちょっとね」

 

 照れ臭そうに耳をピコピコ動かしてもじもじしている。かわいい。

 

「けど、火山っていうのも嫌なところだよな。くせえし、暑いしで、あんま長居するとおっちんじまいそうだぜ」

「あながち間違いでもないわ。火山も種類によるけど、毒ガスを出しているところもあるからね。下見が終わったら早く下山した方が良いわ」

「げっ、マジかよ。おいともえ、早く降りようぜ。私も頭痛くなってきたぞ」

「う、うん。そうだね。けど、失敗したときの脱出ルートも調べとかなくちゃ…。どこか良い道ないかなぁ…」

「失敗なんて考えんな!絶対成功させるんだよ!じゃないと私ら冗談抜きで死ぬんだぞ!」

「そ、そうだけど!万が一ってこともあるし…!」

 

 そうゴマちゃんと口論していたところに、ラッキーさんを通じて通信が入ってきた。

 

「あれ、なんだろう。はーい」

「あ、ともえちゃん?ギンギツネさん良いかな?」

「うん。はい、ギンギツネさん」

「ん、どうも。どうしたの?手伝いがいるのかしら?」

「うん。ちょっと僕では調整できないところがあってね。ギンギツネさんの力を借りたいんだ」

「わかったわ。すぐそっちに行くから待っててちょうだい」

「了解。悪いね、ギンギツネさん。道中気を付けて」

 

 そして通信を終えたギンギツネさんはあたしたちのパーティーから外れることになった。後に残ったのはいつもの四人だ。なんだか少し寂しい感じがする。

 そういえば、いつからあたしたちは大きなパーティーになっていたんだろう。気付けば、かばんさんを始めとして色んな仲間に囲まれていた。それが今、みんないなくなって初めのころのパーティーに戻っていた。あたしたち四人というのは、こんなにも少なかったんだなって今になって初めて知ったような気がした。

 

「不思議な感じだなぁ」

「?」

 

 イエイヌちゃんが不思議そうな顔をしながらあたしの顔を覗き込んでくる。何とも無邪気なその顔が、何だか愛おしく感じた。イエイヌちゃんのこういう表情も久しぶりに見た気がする。束の間の平穏というやつだ。

 

「えへへ…。ちょっとね」

「???」

 

 イエイヌちゃんのもちもちなほっぺを揉みしだく。照れ臭そうに控えめに笑う姿にちょっとドキドキしてしまう。思えば、キョウシュウエリアに帰ってからはあまり遊んでいない気もする。イエイヌちゃんも心の奥底ではいっぱい遊びたいと思っているのではないか。

 

「なーにイチャイチャしてんだコノヤロー。外ではアムがネメアが来ないか見張ってんだぞー。脱出路とやらを探すならさっさと探せってんだ」

「あっ!そ、そうだね!ごめんごめん…」

 

 そう言って外に出た時だった。

 

「あれ…?」

 

 あるはずの姿がない。アムちゃんの姿が見当たらないのだ。辺りを見回してみるけど、どこにもアムちゃんの姿はない。

 

「あれ…?アムちゃん…?」

「あ?ありゃ、アムの奴どこに…」

「ニオイは下の方に続いています。ギンギツネさんのニオイも同じ方向からしますし、送っていったのでしょうか…?」

「あ~、かもな~。てっきりネメアの奴にやられたのかと…」

 

 不意にゴマちゃんが言葉を切った。酷く顔が強張っている。本能的に何かを感じたようだ。

 ひどく寒気がする。温暖な火山地帯に似合わない不気味な寒々しさだ。恐怖からくる寒気というのか、何かに睨まれているような感じがする。

 

「ともえちゃん…」

 

 イエイヌちゃんがぎゅっと左手を握りしめてくる。イエイヌちゃんも敵のことに気付いているらしい。この気配は間違いない。このただならぬ気配は…。

 

「ネメア…」

 

 恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、エメラルド色の瞳をしたライオンの姿をしたフレンズがいた。


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