けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:韓非子

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Ruin-6「vsネメア後編」

「ぐう…!」

「どうしたビーストッ…!さっきまでの覇気はどこへ行った…!」

「ギィ…!」

 

 ネメアの怪力にアムちゃんが押されている。ネメアとの激闘に疲弊しているせいか、果ては野生解放をしたネメアに押されているのか、ネメアの攻めにやや引き気味だ。

 

「ズアァッ!!!」

 

 神をも引き裂く黒い凶爪がアムちゃんへと襲い掛かる。ネメアの爪から伸びる赤黒い血の跡が尾を引いて山肌を濡らしていく。

 

「ぐっ…!」

 

 アムちゃんは、野生解放をしたネメアにまるで手を出せないといった様子だ。必死に構えを取って対抗しようとするけど、一切の隙を見せないネメアに反撃できないでいる。攻撃をかわそうとするにも、体が追い付かず傷を増やしていくばかりだ。手を打つこと叶わず、体に傷を増やすのみ。万事休すだ。

 

「さあ、どうする!?恥辱の内に死に晒すか、オレを殺すか選ぶがいい!このオレを倒さなければ、そこの人間も死ぬだけだぞ!このままオレに八つ裂きにされて死ぬか!?それともオレを殺してみせるか!?さあ、選べッ!!!ビーストォ!!!」

 

 そのときだった。

 

「ッ…!」

「うみゃあ!」

 

 不意にネメアに斬りかかるフレンズさんが現れた。

 

「サーバルちゃん…!」

「待たせたね…!」

「………」

 

 エメラルドの瞳がサーバルちゃんを睨む。一瞬たじろいだようだけど、何か策を用意してあるのか、すぐに体勢を立て直した。戦闘の構えを取って両者睨み合う。

 

「うっ…。すっごい怖いよ…。こんなのすぐにやられちゃいそうだよ…」

「ガァァ…ッ!」

「うぅ…!だめだめ…!かばんちゃんのためにも頑張らないと…!」

 

 ネメアの覇気が辺りを包み込むと、死合の開始を告げるゴングが鳴り響いた。砂煙を巻き上げて、ネメアがサーバルちゃんへとその爪を振るう。

 

「っ…!!!」

 

 黒い爪がサーバルちゃんへと振るわれる。寸でのところでかわしてみせたけど、わずかな赤い軌跡が尾を引くのが見えた。

 

「ッ…!」

 

 サーバルちゃんの右頬に赤い筋が走っているのが見える。爪圧に圧されたのか、そのリーチは見た目よりも大きいと見える。

 ネメアとサーバルちゃんとでは、あまりにも体躯に差がありすぎている。あまりにももたついては、すぐにネメアの爪の餌食になるだろう。ネメアの意表を突かなくては、ネメアの懐に入ることも叶わないだろう。攻めるに難く、守るにも難しいと来た。絶体絶命という言葉がこれ以上に似合う状況はないだろう。

 

「うぅ…。か、かばんちゃんの為にも…負けないんだから…!」

「………」

 

 ネメアは無言でサーバルちゃんを睨んでいる。足音を踏み鳴らす一歩一歩が死の宣告を告げているようだ。黒光りする爪は、血を求めて生者へとその渇望を掲げている。ネメアもその渇きを癒すために確実に獲物を仕留めようとしているのだ。

 

「オレに負けない…か…。ならやってみせな…。サーバルッ!!!」

「うっ…!」

 

 ごうと、ネメアの覇気が荒れ狂う風となってあたしたちを包み込む。一瞬にしてサーバルちゃんとの距離を縮めると、ネメアの剛腕が標的を叩き潰さんと振り上げられた。

 

「…!」

 

 サーバルちゃんは素早く後方にジャンプすると、振り下ろされたネメアの拳が地面を穿った。

 …凄まじい破壊力だ。ネメアは今まで全然本気なんて出していなかった。あたしたちに追い詰められてから、初めて本気を出したんだ。…あの鋭い眼光と、エメラルドに煌めく瞳を見ていると、それが良く感じられる。

 

「うみゃあ!!!」

 

 つるん!

 

「っ…!」

「………」

 

 ネメアの毛皮を滑る爪にサーバルちゃんが茫然とする。大きな隙を見せているにも関わらず、ネメアはじっとサーバルちゃんを見下ろしている。

 

「ぁ…」

「…間抜け」

「あっ…!」

 

 サーバルちゃんの胴体を抱き上げると、その剛力を以ってサーバルちゃんの体を締め上げていった。背中から締め上げられる苦しみから、顔を歪ませて悶えている。

 

「ぁ…がぁぁ…!く、苦しい…!」

「だろうなぁ…!苦しまなくては意味がない…!」

 

 メキメキと音を立ててサーバルちゃんの体が潰れていく。あのままでは背骨を折られるのも時間の問題だ。なんとかしなくては、背中を折られてサーバルちゃんが死んでしまう。

 

「う…ぐううぅぅぅぅぅ…!!」

 

 ネメアの腕を引っ掻いて抵抗するも、ネメアの腕には傷一つかない。傷が入らなければダメージが入るはずもなく、締め付ける力は強くなるばかりだ。

 サーバルちゃんの額に脂汗が滲む。抵抗する腕も止まってピクピクと痙攣している。

 …もはや、あたしたちにはどうすることもできない。アムちゃんは自身の体を支えるだけで精いっぱいだ。あたしがネメアに立ち向かったって一瞬で切られておしまいだ。

 

「サーバルッ!!」

「ヘラ…ジカ…?」

「すまない!遅くなった!…サーバルを離せ!ネメアーッ!!!」

 

 バサッ!

 

「のわっ!?」

 

 助太刀に来たヘラジカさんが、翻された金羊毛に合えなく返り討ちにされてしまった。何か固いものにでも殴り飛ばされたかのように見えた。…ますます推し量りがたい不思議アイテムだ。

 

「ぐう…!まだまだあ…!」

「森の王、ヘラジカ…。此奴の持つ記憶だろうなぁ。貴様を見ていると体が疼いてしょうがない…!さあ、オレと戦えッ!!」

「…!ライオン…!貴様ァ…!…ライオンの体から出て行けええええええええ!!!」

 

 野生解放したヘラジカさんがライオンと刃を交える。この二人の戦いは、アムちゃんの戦闘スタイルとはまるで違う戦い方だ。ネメアのやる戦い方は、その大きな図体を活かした重い一撃で相手を粉砕する戦い方をしている。対するヘラジカさんは、巧みに矛を操った華麗な槍捌きで相手の攻撃を受け流す戦い方をとっている。

 

「ちょこざいなァ…!」

 

 繰り出される必殺ともいえる重い一撃を受け止めては受け流す。思い通りにいかないと、ネメアが目に見えてイライラしているのが分かる。

 ヘラジカさんに届くはずの攻撃が空ぶりし始めた。ネメアの苛立ちが攻撃を鈍くさせていっている。

 

「確かにお前の一撃はライオンの奴を遥かに上回る…。まともに喰らえば、内臓を潰されて死ぬだろう…。だが、当たらなければどうとでもない…!ガムシャラなお前の攻撃なぞ、私の前では無意味だ…!」

「ガっ…!」

 

 ヘラジカさんの矛がネメアの顎に直撃する。

 ネメアの毛皮…。即ち、元の動物の特徴を持たない唯一の箇所である顔面こそ、ネメアの最大の弱点なのだ。

 たまらず膝をついて無防備な姿を晒す。

 

「ぐっ…!本来であれば、トドメを刺す絶好の機会なのだがな…!」

 

 膝をつき、顔を伏せて無防備な姿になっているにも関わらず、ヘラジカさんは攻撃できないでいる。全身が毛皮に覆われたネメアにはあらゆる攻撃が通じない。それは膝をついた今でもそうだ。こんなに歯痒い事態はそうそうないだろう。

 ゆらりとネメアがゆっくりと立ち上がる。エメラルドに光る瞳が恨めしそうにヘラジカさんを睨む。

 

「おのれ…。おのれおのれおのれェ…!このオレが…貴様如きに膝を折るとはなァ…!」

「くっ…」

 

 ネメアが恨みの言葉をこぼしたその時、突如、何かに反応を示した。釣られてあたしも見て見ると、遠くできらりと何かが輝いているのが見えた。小さな茂みから高速で何かが飛んでくる。

 と、その時。

 

 ビュウッ!

 

 ズシャッと嫌な音が聞こえた。

 

「っがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛!゛!゛!゛」

 

 ネメアが絶叫する。左目に何か棒のようなものが突き刺さっている。あれは…?

 

「オレの…オレの目があああああ…っ!おのれェ…!出てこいッッ!ぶっ殺してやるぞォッッ!!!」

 

 左目から矢を引き抜き、呪いの言葉を絶叫する。対するヘラジカさんは何やらニィっと不敵な笑みを浮かべている。

 

「作戦は成功だな…!ともえ!アムールトラ!逃げるぞ!」

「えっ!?えっ!?」

「かばんたちが奴の気をそらしている内に逃げるんだ!さあ、早く!」

「逃゛が゛す゛か゛ァ゛!゛!゛!゛」

 

 狂乱したネメアがヘラジカさんへと襲い掛かる。ミシミシと矛が悲鳴を上げて押し潰されようとしている。

 

「こ、ここはわたしが食い止める!お前たちは早く!」

「うっ…。う、うん!わかった!どうか無事で…!」

「任せとけ…!森の王は簡単なことではへばらんさ…!…さあ、ネメア!わたしと遊びたいというなら、とことん付き合うぞ!覚悟!」

「生意気なァ…!後悔するなよ…!ヘラジカ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!゛!゛」

 

 ネメアの怒号を背後に聞きながら山の斜面を下っていく。まさしく、山の怒りに触れたかのような激しい怒りだ。

 慣れない山の斜面を走りながら下っていっているせいで、時おり転びそうになる。それを見てか、イエイヌちゃんが急にあたしを抱き上げてきた。

 

「お任せを、ともえちゃん…!」

「イエイヌちゃん…!ごめん、任せたよ…!」

 

 斜面を勢いよく下っていく。山の頂上からふもとまで一直線に下っていく。このまま何事もなく逃げ切ればいいんだけど…。

 

「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 ひと際大きなネメアの絶叫が背後から響いてきた。ネメアの絶叫に交じって銃声のような音も聞こえてくる。見てみると、ギンギツネさんが遠くからアサルトライフルのようなものでネメアと応戦しているのが見える。…チーム総出でネメアと戦っているんだ。すべては、あたしたちが逃げ切るがために…。

 

「サーバルちゃん!イエイヌちゃん!こっちに!」

 

 草木でカモフラージュしたかばんさんがあたしたちへと呼びかける。あの茂みからのぞく光はかばんさんのモノだったんだ…。見てみると、大きくて物々しい弓のようなものを手にしている。アレでネメアの目を射ったんだ。…恐ろしい腕前だ。

 

「あとはヘラジカさんたちを逃がす番だ…!」

 

 矢の先端に玉のようなものを付けてネメアへと照準を定める。

 ビュウと矢が空を裂いてネメアへと飛翔する。やがて、ネメアの足元へと着弾すると、ボンと白い煙幕がネメアの体を包み込んだ。

 

「ぐう…!次から次へと小賢しい真似を…!」

「よし、チャンスだ…!」

 

 煙幕を突き破ってヘラジカさんが姿を現した。山肌を滑るように下ると、あっという間にあたしたちを追い抜かして降りていった。遠くには、ギンギツネさんも戦線から離脱していっているのが見える。

 

「ウ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 ネメアが絶叫する。今までに聞いたことのないような、激しい怒りに塗れた呪いの絶叫だ。

 

「覚゛え゛て゛お゛れ゛ェ゛!゛こ゛の゛恨゛み゛、゛必゛ず゛報゛い゛て゛や゛る゛ぞ゛ォ゛!゛!゛人゛間゛畜゛生゛共゛が゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 ネメアが呪いの言葉を叫ぶ。

 その時、足元に大きな揺れを感じた。ネメアの怒りに呼応するように揺れが大きくなっていく。

 

「しまった!噴火か…!ともえちゃん!サーバルちゃん!急いで山を下りよう!ロードランナーさん!先行を頼むよ!空から見て、どこへ向かっていけばいいか案内をお願い!」

「わ、わかった!ええとォ、どこへ行けばいいんだあ…!」

 

 ゴマちゃんが空へ上って道を探す。尤も、道なんてないんだけど、どこをどうやって下りればいいか探さがさなければ、あたしたちの命はない。

 揺れが大きくなっていく。山の斜面はひび割れ、所々から溶岩が溢れ出している。溢れ出した溶岩が斜面を伝って麓に流れていく。地震による恐怖と、死が迫る恐怖、溶岩に呑み込まれる恐怖があたしを呑み込んでいく。

 

「こ、怖い…!かばんさん…どうしよう…!」

「くっ…!急がなくちゃ…!でも、どうしたら…!」

 

 一瞬、すべての音が止まった気がした。揺れる地面から、山肌を裂いて、白い何かが姿を現したのだ。いや、あれは山の中に潜んでいたのか…?

 山を裂いて、溶岩を押し流しながら、うねるようにその白いモノが動いている。

 

「なに…あれ…」

「…………」

 

 茫然と、その天にも届きそうな巨体を見上げる。…巨体…?あれは…生き物なの…?

 無機質な物だったら、外的な要因でも働かない限り動かないはずだ。だけど、アレはどうして動いている?自らの意志や目的があって動いているのではないか?…あの白い巨体は明確な意思を持って動いているように見える。

 …この怪物は…生きているんだ。

 そのことに気付いた時、あたしは明確な恐怖を感じた。

 

「かばんさん!に、逃げないと…!」

「はっ…!そ、そうだ…!逃げなくちゃ…!」

 

 かばんさんが地面を蹴って滑るように降りていく。イエイヌちゃんはあたしを抱えると、かばんさんの後を追うように斜面を駆け降りていった。イエイヌちゃんも焦っているのか、かなりの速度を出している。まさに、風を切るという表現が似合うといったようだ。

 

「うわっ!?」

 

 突如、目の前の山肌が大きく盛り上がると、山頂に見えた大きな白いモノが足元から姿を現した。山頂のソレとまったく同じように見えるこの白いモノは、山頂に見えるソレと同一個体のように思える。

 急速に体が上空に持ち上げられ、強烈なGがあたしたちを押し潰していく。高空によって冷やされた空気が、あたしの肌を冷やしていく。

 遠くに動く影を見る。まるで巨大なドラゴン…蛇のようだ。

 

「ぁ………。あぁぁ………」

「…………」

 

 瞬きすることも忘れて、その姿を茫然と見つめる。イエイヌちゃんも、その姿を見て言葉を失っているようだ。

 圧倒的な存在の前に、あたしたちは凍り付いてしまっていた。息をするのも忘れるとは、まさにこのようなことを言うのだろう。まるで理解ができない。あのような大蛇が実際に存在するとでもいうのだろうか?

 その大蛇のようなモノがが動くたびに大波が発生していることがわかる。時節、ホッカイエリアの断壁に大波がぶつかって、大飛沫が舞っている。

 

「おい!何をぼさーっとしてやがる!さっさと飛び降りろ!早く逃げるんだよ!」

「はっ…!そ、そうだ…!ま、任せましたよ!ロードランナーさん!」

 

 揺れ動く大蛇の背中から助走をつけて飛び降りる。高度1kmはあろうかという高さから、イエイヌちゃんは何のためらいもなく飛び降りたのだ。風を切る音を耳に聞きながら、急接近する地面に意識を向ける。

 

「うわあああああああ!落ちるううううううう!!」

「大丈夫です!!!ロードランナーさん!!!」

「任せろおおおおおおおおおお!!!」

 

 ゴマちゃんが落ちるあたしたちの体にブレーキをかける。ズンという衝撃があたしたちにかかると、少しずつだけど落ちていく速度が弱まっていった。

 やや強引に着地したあたしたちをゴマちゃんが開放する。すかさず上空に上ると、ナビゲーターとして、あたしたちに行く道を示した。

 

「麓まで全力で駆け下りろおおおおお!!海岸線の森まで走るんだあああああああ!!!」」

「わかった…!」

 

 イエイヌちゃんが斜面を駆け降りていく。白い巨体が山を裂きながら、あちらこちらから姿を現していく。

 山が崩壊している。裂けた山肌からガスを吹きながら、真っ赤な溶岩を血のように流している。

 恐ろしい光景だった。崩壊する山から踊るように姿を現すソレは、大悪魔の出現を思わせるようだった。

 

「後ろを見ちゃダメですともえちゃん…!無駄に恐怖を増幅させるだけです…!」

 

 イエイヌちゃんが怯えるあたしを諫めるように言う。まるで、自分に言い聞かせているかのようにも思えた。

 前をしっかり見つめながら、全力で山を駆け降りていく。時節噴き下ろす颪のような熱風にイエイヌちゃんが苦悶の声を漏らす。あたしはイエイヌちゃんに抱えられているせいでこの熱風を感じることはないけど、まるで自分が熱風を浴びたかのような錯覚を覚える。

 

「ぐう…!だ、大丈夫ですか…!ともえちゃん…!」

「う、うん!あたしは大丈夫…!」

「っ…!なら、良かった…!このまま麓まで駆け抜けます…!」

 

 吹き下ろす風に乗じてイエイヌちゃんが加速していく。背後からは、煙のようなものがもうもうと猛りながら、あたしたちを呑み込もうとしている。

 …火砕流だ。アレに呑み込まれてしまったら、それこそ死は免れない。

 目の前に白い大蛇の体が斜面を裂いて現れた。次から次へと、まるであたしたちを妨害しているようだ。…もしかして、これもあたしたちを葬らんとしているネメアの謀略の一つなのだろうか。

 

「くっ…!しっかり掴まっててください、ともえちゃん!あれを…飛び越えてみせます!!!」

 

 より一層強く加速した後、イエイヌちゃんは白い大蛇の作り出した絶壁を大きく跳躍した。眼下には赤いマグマがあたしたちを飲み込まんと荒れ狂っている。

 

「わっ…わっ…!」

 

 溝が開いていく。イエイヌちゃんの全力の跳躍を阻止せんとしているようだ。だけど…。

 

 ダンッ!

 

 力強いイエイヌちゃんの着地の衝撃を確かに感じた。生きているという実感を全身で感じる。

 あたしの無事を確認するでもなく、イエイヌちゃんは再び駆け出した。後ろを見遣ると、あたしたちがいた山の頂は、既に火砕流に呑み込まれていた。白く踊る大蛇の巨躯が、山頂で踊っているのが見える。

 緩やかになっていく山の斜面を下っていく。ゴマちゃんが言っていた海岸線付近の森もすぐそこに見える。

 

「いいぞ!そのまま真っ直ぐだ!もたもたしてると火砕流に呑まれるぞォ!!!」

「っ…!絶対に負けるものか…!わたしの身を粉にしてでも、絶対に生き延びてみせる…!」

 

 イエイヌちゃんの体が加速していく。後ろを見遣ると、すぐそこに火砕流の波が来ていた。

 …あの波は予想以上に速い。急がなければ、あっという間にあたしたちはあの煙に呑み込まれて死んでしまうだろう。

 

「っ…!!!イエイヌ!急げェ!まっすぐ走るんだァ!」

「わ、わかりました!!!」

 

 ゴマちゃんがイエイヌちゃんに叫ぶ。だけど、その目はイエイヌちゃんの後方、火砕流ではなく、イエイヌちゃんの向かう先に向けられていた。

 ゴマちゃんの睨む先をあたしも見てみると、そこには一台のバスのような車両が止まっているのが見えた。運転席にはかばんさんがいる。そして、あたしたちに向かって何か叫んでいるのが確認できた。

 

「イエイヌちゃん!バスだよ!かばんさんがバスで待機してる!そこまで頑張って走って!」

「ッ…!!分かりました!全力で駆け抜けます!!!」

 

 イエイヌちゃんの体がグンと加速する。石を蹴る音、地面を踏む音、風を切る音が聞こえる。一直線にバスに向かっていく。バスまで残り100mを切った時だった。

 

「跳びます!しっかり掴まっててください!!!」

「う、うん!分かった…!」

「よしっ…!せーの…!」

 

 助走をつけて、小さく跳ねた後、身を屈めて跳躍の構えを取った。

 

「ダァッ!!!」

 

 バネのように大きく体を伸ばして、かばんさんのいるバスにめがけて大きく飛び跳ねた。眼下にはバスの姿が見える。バスというよりも、戦車とトラックが合体したような、奇妙な見た目をした乗り物だ。

 バスに向かって落下していく。着地点の座標はバッチリだ。トラックの荷台に向けて着地の体勢を取ると、ドンという大きな音と共にバスを大きく揺らした。

 

「よし!サーバルちゃん、アムールトラさん、ヘラジカさんたちもみんないるね!?出すよ!!」

 

 バスのエンジンが大きく唸りをあげる。ジャリジャリと後部のキャタピラが僅かに空転すると、バスは勢いよく発進した。

 

「ハァッ…!ハァッ…!ハァッ…!」

「イ、イエイヌちゃん…大丈夫…?」

「す、少し休ませてください…。は、肺が、裂けそうです…」

 

 胸を大きく上下させながら、体全体を使って激しく呼吸している。どうやら、かなり無茶をしていたようだった。それもそのはずだ。山頂からこのバスまでノンストップで駆け下りてきたんだ。それも、あの大蛇のようなモンスターの妨害を突破しながら、全速力でだ。もう、なんと労えばいいか分からなかった。

 

「来てるよ来てるよ…!」

 

 火砕流が麓まで到達して尚、あたしたちを飲み込まんと迫ってきている。山は完全に崩落し、大きな白い大蛇が溶岩と黒煙の間で踊っているのみだ。まるで、この世の終焉を告げているかのような、そんな光景のように思えた。

 

 

…………

 

 

「う~ん…」

 

 ふと、目が覚めた。どうやら、いつの間にか寝ていたようだ。辺りはすっかり暗くなって、周りも寝息を立てている。

 イエイヌちゃんもゴマちゃんもぐっすりと眠っている。アムちゃんといえば、全身に包帯を巻いていて、見ていてとても痛々しい。包帯に滲む血を見ていると、今回の戦いの激しさをより深く思い知らされる。

 ふと、明かりに目が留まった。その方向を見てみると、ひとり焚き火に当たっているかばんさんの姿があった。

 

「かばんさん…?」

「ん…。起きたかい?」

 

 パチパチと一人で焚き火に当たっているかばんさんに声をかける。昼間のような鬼気迫るようなものはなく、それはとても穏やかな表情に見えた。

 

「おいで、寒いでしょう?」

「う、うん。失礼します…」

「ははは、今更そんなにかしこまる必要なんてないよ」

 

 少し遠慮がちに、かばんさんの隣にちょこんと座る。すると、かばんさんが、普段いつも身に纏っている黒い外套をあたしに掛けてくれた。あたしには少し大きいちょっとぶかぶかな外套だ。

 

「アムールトラさんは、モルヒネとビタミン剤の投与で幾分か少し落ち着いている。痛みを誤魔化しているだけだから、根本的なことは何もできてないけど…。アムールトラさんは、数日もすれば治るって言ってるけど…。サンドスターの供与もないし、消耗も激しすぎる。あの様子じゃ、しばらくの間は戦線復帰は無理かもしれない…。彼女一人に負担をかけ過ぎたかもしれないね…」

 

 気まずい沈黙が流れる。なんと反応すればいいか分からない。アムちゃん一人に負担をかけ過ぎているのは、あたしも十分わかっている。

 ふと横眼でかばんさんを見る。普段は外套に隠れて見えなかったけど、思ったよりもほっそりとした体をしている。確かに少し筋肉質ではあるんだけど、女の子らしいというか、女の子の体をしているのが初めて分かった。

 

「どうしたの?」

「え!?あ、いや、なんでも…」

「…ふふっ。ともえちゃんにこの格好を見せるのは初めてだったかな。元々はこの格好でサーバルちゃんと一緒に旅をしてたんだよ」

「そ、そうなの…?なんかそんなイメージ全然ないんだけど…」

「かもね…。…いつからだったかな、この外套を纏うようになったのは…」

 

 そういって悲しそうな顔をして俯くかばんさん。何か思いつめたように自分の手を見ながらぽつぽつと独り言のように呟き始めた。

 

「みんなの姿は変わらないのに僕だけが変わっていく…。この外套も、僕の知らないうちに身に着けてたんだ…。…変わっていく僕の姿を見ていると、僕はヒトであって決してけものやフレンズではないって、次第に思うようになっていってね…。何かに夢中になってこの思いを消そうと躍起にもなった。自己嫌悪に溺れる日々さ…。こんな自分が嫌になって、消えてしまいたいと思うことも何度もあった…。けど、消えたいと思うと本当に消えてしまう気がして、無性に怖くなるんだ…」

 

 かばんさんは続ける。

 

「ヒトに会いたいって思ったのも、まだ見ぬ知らない世界を見たいからっていうのが最初の理由だったっけ…。ヒトに会って、ヒトというモノに当てはめて安心したかったのかもしれないね…。いつの間にか理由が変わってたんだよ。本当ダメダメだ、僕は…」

 

 そう言って、膝を抱えてうずくまってしまった。

 気まずい沈黙があたしたちを包み込む。そんなことないと、かばんさんを慰めようにも逆効果かもしれない。…誰にも見せなかったであろう、自分の弱い心をかばんさんが見せているんだ。普段のかばんさんであれば、こうやって弱音を吐き出そうとはしないだろう。壊れそうなかばんさんの弱い心に寄り添う…。あたしがその役目を担うんだ。

 

「…………」

 

 うつむいて沈黙したままのかばんさんに寄り添う。…微かなかばんさんの息遣いを感じられる。少し息が震えているのだろうか。思った以上にかばんさんは追い詰められているのかもしれない。かばんさんはかばんさんで、ギリギリのところで戦っているんだ。

 

「………」

 

 ふとかばんさんが横目であたしを覗き込んだ。少し驚いてのけぞってしまう。

 

「…ごめんね。急に変なこと言って…」

「ううん。何もできないあたしが唯一出来る事だから…。気にしないで、いっぱい話していいんだよ。一人で抱える必要なんてないんだから…。つらいことがあったらあたしも悲しむし、嬉しいことがあったらあたしも一緒に喜ぶ。つらいことがあっても、半分こにしたらちょっとは気持ちも楽になるはずだよ」

「ともえちゃん…」

 

 かばんさんの目に涙が浮かぶ。かばんさんの目に映る焚き火の火が歪んでいく。

 

「っ…!」

「わわっ!」

 

 急にかばんさんがあたしの体にしがみ付いてきた。あたしの体に顔をうずめて、嗚咽を漏らして泣いているのだ。あたしよりもずっと体の大きな人が、こんな姿を見せるとはちょっと予想外だった。

 お腹に熱い涙がしみ込んでいるのが分かる。かばんさんが泣いているんだ。今まで誰に見せなかったであろう涙を、初めて見せたんだ。

 

「よしよし。大丈夫だよ。偉いよかばんさんは…。誰にも知られないように一人で頑張ってきたんだよね。けど、それもかばんさんが歩んできた一つの道なんだよ。サーバルちゃんを守るためにも、必死に思いを堪えて頑張ってきたんだよね。えらいえらい…」

 

 風が木々を揺らす中、静かに時間が過ぎていく。やがて満足したのか、まぶたを赤く腫れあがらせたかばんさんが顔をあげた。

 

「えへへ…。ごめんね、みっともない所見せちゃって…。恥ずかしい所見せちゃったな…」

「ううん。いいんだよ。…こんなことだけでも喜んでくれたなら、あたしも嬉しい」

 

 かばんさんがまぶたを拭った後、少しだけ微笑んであたしを散歩に行かないかと提言した。

 

「ちょっと…そこまで歩かないかい?少し…君とお話ししたいんだ」

「うん、いいよ。行こ」

 

 かばんさんと二人で夜の森を行く。ちょっとしたデートのような、甘酸っぱい感じがした。

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