けものフレンズR ~Re:Life Again~ 作:韓非子
空調の無機質な音と秒針が時を刻む音だけが聞こえる。チクタクと一定間隔で鳴るそれは、私の心を苛立たせていく。
思えば、占領軍の哨戒する戦場に素人一人と、実験体を送り込むのはあまりにも浅慮だったか。仮にも私の親友であり、パークの一スタッフでしかない彼女を送り込むというのは、思慮が足りなかったと言わざるを得ない。それも、私の独断の元で行ったのだ。こんなことがバレれば、私も首を切られかねない。
怪我はしていないか、国連軍に捕まってはいないか、目撃されてはいないか…。いろんな不安が頭をよぎっていく。
それに、ネメアーの獅子だって完璧なフレンズではない。国連軍の攻撃に返り討ちにされているかもしれない。戦っている最中に体内のサンドスターを切らして倒れているかもしれない。
…私の作り出したネメアーの獅子というのは、”ネメアーの獅子という伝説”を元に作り出した、言わば人工のフレンズでしかない。決して手を出してはいけない、悪魔の魔術と言ってもいいだろう。ライガーを作り出すのとは訳が違うのだ。私が現地で採取した、遺棄された毛皮、バーバリライオンの遺伝子、ヨーロッパホラアナライオンの化石、そして、パークのライオンを一頭…。それらを元に、サンドスターの持つ奇跡を用いて調合したフレンズ…キメラなのだ。もしくは、フランケンシュタインの怪物とでも言えようか…。ともかく、私は私の持ち得る技術をすべて費やして、怪物を生み出したのだ。
「………」
ミライはひどく反対していた。だけど、一定の理解は示してくれてた。私の長年の悲願である、失った輝きの再生…。絶滅した動物の復活…。そして私の…。
バタン!
「っ…!ミライ…!」
「カ、カコッ…!ネメアーさんが…!」
「ッ…!ネメアーがどうかしたのか…!」
「様態が変なの…!急に体調を崩したと思ったら、どんどん衰弱していって…!」
「……!分かった。すぐに治療を始める。ラボで準備をしてくれ」
「わ、分かったわ…!」
「………」
軽く様子を窺ってみる。…酷く嫌な臭いがする。全身を染めている赤黒いものは血だろうか。何やら肉片や毛髪のようなものも付着している。怪我らしきものは見当たらない。銃弾の中をかいくぐって、国連軍の兵士を斬り捨てていったのだろうか。特に負けたという感じでもなさそうだ。…まさか、本当に国連軍相手に勝利したというのだろうか。
「……私が分かるか、ネメアー」
「……カコ…博士…」
「そうだ、カコだ。…意識は残っているようだな。…しかし、よくやってくれたな、ネメアー。些か不安ではあったが、期待以上の成果を出してくれたのは間違いなさそうだ。…国連軍、引いては米軍ではあるが、本当にやっつけたのか?」
「……戦車を4台、人間は…12人だったか、全員殺した」
「………素晴らしい。期待通りの働きだ。だが、少し無茶をしたようだな。体内のサンドスターが尽きかけている」
「無茶はしていないつもりだったんだが…」
「…まだその体に慣れていないのだろう。負荷をかけ過ぎたのかもしれないな。…それを調べるためにも私のラボに行こうか」
…………
「………」
ひどい倦怠感の中、オレは目を覚ました。体中に鉛を巻かれたかのような気怠さだ。ゆっくりと体を起こして、辺りを見回してみる。
ベッドの軋む音、毛皮の擦れる音、そして、オレの吐く呼吸の音しかしない、無の空間だ。薄暗い、じめっとしたレンガに囲まれた部屋、目の前の鉄格子はオレを封じるための物なのだろうか。状況がうまく呑み込めない。
…オレはカコに命令されるがままにヒトを殺した。そして、その扱いがこれなのか。お前たちのためにこの手を汚してきたというのに…。沸々と怒りがオレの中に湧いてくる。
「………」
腕に鎖が繋がれている。……一体どういうつもりなのか。それに、オレはカコ博士のラボで検査を受けてたのではないのか。なぜ独房で鎖に繋がれているのだ?
…ミライの奴に問いたださねばならない。奴はオレのことを不完全なフレンズと言っていた。それが何か関係しているのだろうか。
「ネメアーさん…」
「……ミライか」
敵意を湛えた眼でミライを睨む。ミライにも多少の後ろめたさがあるのであろう、怯えながらも気まずそうに目を逸らしている。
「これはどういうことだ…?何故オレをこんな独房で…鎖に繋いでいる?」
「……カコさんの命令です。私としても本意ではありません…。…検査の結果、貴方に異常なまでの攻撃性が認められました。通常のフレンズさんであれば、まず考えられないほどの本能というべきものです。事実、貴方はヒトを殺害することに一切の抵抗を見せませんでした。…通常のフレンズさんでは考えられない、イレギュラーな事なんです…」
「………」
言っている意味が分からなかった。オレは二人に命じらるがままにヒトを殺したまでだ。何故それが異常だと言われるのか理解できなかった。異常なまでの攻撃性?他のフレンズは違うというのか?…意味が分からない。理解できない。それだけが理由でオレをこんなところに隔離するのか?
「ミライ…」
「………」
ミライは、相変わらず気まずそうにオレから目を逸らしたままだ。…あんな弱々しい姿を見ているとイライラしてくる。何をそんなに後ろめたさを感じているのだ?オレが異常個体だからか?オレが不完全だからか?………オレがフレンズではないからなのか?
「……こっちを見てくれ、ミライ…」
「………」
怯えたような瞳でこっちに視線を向けてくる。恐怖を振り払った、自身の持ちうるすべての勇気を湛えた、最大の抵抗といった物のようだ。
バキンッ!
「ッ…!」
鎖を引きちぎり、鉄格子を裂いてミライに近付いていく。こんな脆弱なものでオレを繋ぎとめようだなど、オレも舐められたものだ。
「オレは貴様らの為にこの手を汚した…!なのにこの扱いはどういう事だ!?自分ではやりたくない事をやらせるがためにこのオレを生み出したのか!!?ヒトを殺させた挙句、それを異常だなどと宣うとはとんだお笑い種よなぁ、人間…!!このオレを誰だと思っている!!?オレは貴様らにとっての何なんだ!!?答えろッ!!!」
「ッ…!!」
ミライは顔を逸らして黙ったままだ。まるで、自分の死を受け入れたかのような怯えっぷりだ。こんなことでは話にならない。すぐさまミライを捨て去り、オレは独房へ戻っていった。
ミライはごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し呟きながら泣いている。…耳障りだ。今すぐにでも喉笛を潰して黙らせてやりたい。
「何の騒ぎだ!?」
「カコッ…!」
カコがオレの前に姿を現した。こいつがオレをこんなところにぶち込んだ張本人なのか?検査すると言いながら、こんな薄暗い牢屋にぶち込んだ張本人なのか?
ちぎった鎖の先を尻の下に隠して、ベッドにちょこんと座り込む。切り裂かれてひん曲がった鉄格子は言い訳できないけど、なんとかなるだろう。
「お前の仕業か?ネメアー…」
「……それ以外の何に見える?」
「……何をしたかは知らないが、くれぐれもこういうことはしてくれるな。お前は私たちの希望であり、不穏分子であってはならない。必要以上のことをするのであれば、それ相応の処置をさせてもらうぞ」
「ほう?面白い…」
カコ博士を睨みながら立ち上がり、歩み寄っていく。どうせ鎖の事など見破られている。別に隠す必要もないだろう。
「ッ…!ネメアー…!何をするつもりだ…!」
「さあ…なんだろうなぁ?」
一歩一歩とカコ博士たちに歩み寄っていく。カコはミライを庇ったままオレを威圧するように睨んでいる。
「オレはその気になれば、お前達など容易に殺せる。そうしないのも、オレの気まぐれだけだと覚えておくんだな。……オレは貴様らの道具などではない。次にこういう事をしてみろ。次はただでは済まさんぞ…」
二人を残して部屋を後にする。後には、ミライの咽ぶ声が木霊するだけだった。
…………
セントラルにある適当な建物に入って、一人黄昏ていた。周りの人間どもやフレンズたちはみんな奇異な目でオレを見ている。好奇心、畏怖、敵意…。様々なものが入り混じった視線がオレに向けられている。
……イライラする。みんなオレの事をバカにしているんだ。不完全な個体であるこのオレを…。
オレはヒトを殺すために、カコによって造られた生命体だ。奴らはオレをフレンズと言っているが、実のところ、オレはただの殺戮マシンでしかない。そうであるように造られたのだ。事実、カコもオレが生まれた時に祝福することをしなかった。ただ、一途の希望を託してオレを死地に送り出したのだ。ヒトを殺して来い、己が使命を果たして来いと送り出したのだ。
「ぐっ…」
頭の中がぐるぐるする。底知れぬ怒りが湧き出してくるようだ。頭を抱える指に力が入る。鈍いような、鋭い痛みが頭に走る。
……血だ。オレの指が血に濡れている。オレの指が、爪が、オレの血に濡れているんだ。
「………」
初めて見る自分の血だった。オレを殺したヘラクレスでさえも、オレの血を流すことができなかった。…そうか。オレの体はオレの肉体でないと傷を付けれないんだ。
「…ハッ…」
くだらん。実にくだらん。張り合いなんてものはない。ただただ、オレに歯向かう羽虫共を叩き潰していくだけなんだ。張り合いもやりがいもまるでない、虚無という名の殺戮だけを、奴らはオレに課したんだ。オレを生み出したあの二人を恨む。
「あっ!ここにいたんだ!」
「……?」
不意に声をかけられた。元気いっぱいな、少し掠れがかったようなハスキーな声だった。声のする方を見てみると、大きな耳をした、ネコ科の獣がそこにいた。
「……誰だ?」
「わ、私はサーバル!ガイドさんからあなたの話を聞いてやってきたの!」
「オレを探しに…?」
少し戸惑ったような、頑張って声をかけたように懸命に振舞う姿があった。どういう意図かは分からないが、オレの邪魔をするようであれば叩き切るまでだ。
「何の用だ。くだらん用であれば叩き切るぞ」
「え、えと!新しいフレンズが生まれたって聞いたから、あいさつにって思って…!」
「フレンズ…?友達…?」
「うん!私はサーバル!えっと、あなたはネメアーノシシ?って言うんだっけ…?変わった名前だよね。それにすごい強そう!バリーとどっちが強いんだろう?」
「………」
こっちの気も知らずによく喋る。相手にするのも疲れるだけだろうから、無視することにする。
「ねえねえ、こっち向いてよお。お話ししよーよー。……ん?ケガしてるの?」
「む…」
不意にサーバルがオレの前に回り込むと、血に濡れたオレの手を見てきた。嫌な予感が頭の中を駆け抜けていく。
「大変…!すぐにガイドさんに知らせなきゃ…!」
「サーバルッ!!!」
ビクッと体を跳ねさせて恐る恐る振り返る。その様は怯えた子猫のようだ。
「……余計なマネをするな。これはオレの問題だ。第一、オレは貴様と慣れ合う気など毛頭ない。……オレは貴様らとは違う。オレは、貴様らの思う"フレンズ"という存在などではない」
「………」
「とっとと失せろ。オレの気の立たない内にな」
「っ…」
オレの脅しが効いたのか、サーバルは尻尾を巻いた犬のようにさっさと逃げていった。こうして他者を制するのは実に気分がいい。…もっと踏み躙ってやりたくなる。
「………」
……まただ。また変な気持ちになっている。ミライの肩を借りた時にもこの高揚感を味わっていなかったか。そしてオレは、そのまま倒れたのではなかったか。…もっとも、カコ博士曰く、体内のサンドスターの急速な消耗による衰弱らしいが。
『ネメアー、聞こえるか。この放送を聞いたのならば、至急、セントラルのサファリ研究棟に来るように。繰り返す。この放送を……』
カコに呼ばれている。どうせ碌でもない用なんだろう。……またオレに人間を殺させる気なんだ。
イライラしてくる。奴らはオレを完全な支配下に置く気でいるのだろう。…そうはさせない。オレはオレだ。誰にも支配されることはないし、オレはオレの意志で動くんだ。
ふと園内を見回してみると、妙にざわついているのに気が付いた。騒ぎの中心を見てみると、何やら掲示板に人だかりができているのが分かる。どうやら、そこを中心に騒いでいるらしい。
「何の騒ぎだ?」
一人のフレンズに訊ねてみる。
「何か、パークにやって来た、いやーな兵隊たちが何人か殺されたって!怖いよねー…」
「殺された…?」
……まさか、オレの所業が明るみになったのか?詳しく話を聞いてみる。
「どういう事だ?詳しく教えてくれないか」
「それが全然分かってないんだって!いつやられたとか、誰がやられたのかっていうのは分かってるんだけど、誰がやったっていうのは何にも分かってないらしいよ。やっきょーとか実弾痕とか、やられた兵隊さんの物しか見つかってないんだってさ。じゃっくざりっぱーの再来だって話だよ」
「なるほど……」
……オレのことだ。もうニュースになっている。思わず口角が上がるような、ゾクゾクした感じが湧き上がってくる。……そうだ、そうしてみんなオレに怯えればいいんだ。
「……そうだ」
そういえばカコに呼ばれていたんだった。急いで向かわねば…。呼び出しを食らったときは嫌な気分だったが、今はとても気分が良い。どういう使命が下されるのだろうか。楽しみだ。
…………
研究棟の通路を歩いている。誰もが皆、オレを恐れ奇異の目で見つめている。オレという存在はそこまで奇異で、気を引くものなのだろうか。オレ以外のフレンズには挨拶したり談笑しているというのに。
試しに睨み返してみたら、すごすごとオレから目を逸らした。…下らん。どうやら、人間というモノは自分が観察する分には無遠慮にするらしいが、自分がされると嫌悪感を示すらしい。…この爪で引き裂きたくなってくる。
やがてオレはカコのラボの前までやって来た。挨拶もしないでずかずかと中に入っていく。
中にはカコとミライがいた。机に腰をかけて何かを話している。
「来たか、ネメアー」
「……何の用だ。またオレに人を殺せというのか?」
「いいや…。もう既に耳にしているかもしれんが、国連軍が今回の事態に気付いたようでな。まだ私たちがやったと気付かれている訳ではないが、一応君にも気を付けてもらいたいと思ったのだ」
「………」
「……容疑者不明で目撃者がいないという事からも、今回の作戦が成功したという証左になるだろう。……私からの命令だ、ネメアー。もし、作戦遂行の際に目撃者がいたのならば、躊躇わずに殺すのだ。一般人であろうと、フレンズであろうと、私たちの作戦が他所へ漏れるのは大変危険だ」
殺害の対象が増えたようだ。一般人でもフレンズでも、見られたのならば殺してもいいという許しを得た。それもそうだ。パークの一従業員がオレを使って勝手に人殺しをしているんだ。もしバレて、あのバルバル喋る人間にでも詰められたら大変だ。
常に周りを警戒して見られないようにしないとなぁ…?
「……作戦の遂行は基本的に夜に行う。私からも夜の間は外へ出ない事をフレンズたちに徹底させるが、もし、お前が夜間作戦途中にフレンズに見られるようなことがあったら…」
「……殺ってもいいんだな?」
「……ああ」
ゾクッという快感のようなものが背筋を走る。顔が歪んでいないかやや心配だが、そんな心配をよそにカコが話を続ける。
「だが、フレンズらに見られないことが大前提だ。目撃者は殺害しても構わないと言ったが、あくまでも見つかるな。分かったな?」
「……分かった」
見つかってはいけない事が前提らしい。だが、一たび戦闘になって派手に暴れ回るとなったら、嫌でも見つかってしまうだろう。もし見られたのならば、殺せばいいのだ。口封じのためにも残らずすべて、だ。死人に口なしとは良い言葉だ。死体が語る事はないのだから。
「それで、作戦の決行はいつだ?」
「気が早いな…。早速だが、作戦は今日の夜に実行する予定だ。だが、気を付けるのだぞ。国連軍は前回の教訓を受けてドローンを用いた哨戒も行っている。上空からの監視される事になる筈だから、出来ないと思ったのならばすぐに帰って来い。分かったな?」
殺戮の第二夜が始まる。引き返す事などするものか。オレの爪は血を欲している。…あの感触を再び味わえるのであれば、オレは……。