けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:こんぺし

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Ruin-8「Origin」

 与えられた部屋の中で、オレは静かに作戦の時を待っていた。ドローンというモノが空から不審者を監視しているという事だけど、オレには関係ない。見える物すべてをぶっ壊す。それだけだ。

 ベッドに縮こまってじっとしていると、不意にオレを訪ねてくる者が現れた。茶色いコートを身に纏い、黒いまだら模様をちりばめたような茶色い髪をした鳥のフレンズだ。

 

「お前がネメアーですか」

「誰だ?貴様は…」

「初対面のフレンズに貴様とは…。傲岸不遜にして無骨なフレンズなのです。パークガイドの言う事に間違いはなかったのです」

「……用がないのなら出て行け。オレは今気が立っている」

「ふむ…。実に興味深いフレンズなのです。ヤマタノオロチやキュウビキツネもここまで不遜な態度をとることはなかったのです。ここまで敵意をむき出しにするとは…。こんなフレンズがいたのですね」

「……オレは見せ物ではないぞ、雑種ッ!!!」

「っ…。お、怒るななのです。お前に贈り物を持ってきたのですよ」

「贈り物…?」

 

 そう言って、そいつは手にしていた黄金の絨毯のようなものをオレに差し出した。

 

「これは、かつてコルキスの王が自身の王位を示したものであり、イアソンがアルゴナウタイの冒険の末に手に入れた物なのです。こいつをお前にくれてやるのです」

「……こんな物が何になる?」

「これは、かつて王の印としてアイエテスに献上された黄金の毛皮なのです。それは、女神ヘラが遣わせた神の羊の毛皮であり、絶対の王を示す象徴でもあるのです。テューポーンの子であり、神の血を引くお前であれば、これの価値を最大限に引き出せるはずなのです。……カコから勝手にくすねた物ではあるのですが、カコが持っていては宝の持ち腐れなのです。お前が使えば、これに秘めた力を最大限に引き出せるはずなのです」

「………」

 

 絶対の王の象徴…。神の遣いの羊…。それをオレが手にするのか…。

 そいつから黄金のマントをひったくり、身に着けてみる。すべすべしてて気持ちが良い。不完全なフレンズと言われた俺だが、なんだか一歩高みに上ったような気がする。

 

「そうです。それでいいのです。……我々フレンズは、パークガイドやカコ博士と同じように、お前にパークの未来を託しているのです。どうかパークを占領する悪い人間たちを追い払ってください。そして、皆が笑って暮らせる世界を取り戻すのです…」

 

 

…………

 

 

 変な夢を見た。現実感はなくて、とてもふわふわした感じだ。怒る人、悲しむ人、いろんな人…フレンズさんがいっぱいいた。かつて賑わっていた、過去のパークのようにも思えた。あたしのお父さんやお母さんもここで働いていたのだろうか。そう思うと、なんだか空しい気持ちになるような変な感じがした。

 

「何の夢だったんだろう…」

 

 ネメアに似たようなフレンズさんの姿もあった。けど、ここホッカイエリアで見かけたような凶暴さはなくて、幾分か理性的であったようにも思う。それでも、周りのフレンズさんと比べて凶暴であったことには変わりないんだけども。

 夢の内容を反芻しながら再び横になる。二度寝をしようとしたその時、不意に声をかけられた。

 

「夢を見たか、ともえよ」

「うん…?」

 

 声のする方に目を向けると、赤黒いフードを被ったフレンズ…サタンの姿があった。

 

「その夢はただの幻ではないぞ。この島で実際に起こった過去の…記憶だ」

「過去の…?」

「そうだ。忌まわしい因果の螺旋に巻き込まれた哀れな獣とヒトの物語だ。楽園だったこのパークが地獄へと変わりゆく物語と言ってもいい。お前がこの星から脱出した後だからな、お前の父や母もいずれ出てくるだろうな」

「あたしの…?お父さんとお母さんが…?」

「然り。隕石が地球に堕ちても人類…地球は滅びなかった。……むしろ、真の地獄はここから始まったのだ。あのような醜い地獄を見せなかったという点では、お前の父は賢い選択をしたともいえるな」

 

 サタンは立ち上がったと思うと、あたしの隣に腰を下ろした。

 

「お前がお前の父によって宇宙へと放り出された時、地球では大変な騒ぎだった。いくつかの弱小な国は滅び、油田は燃え尽き、人類は資源を求めて再び戦争を起こすようになった。ジャパリパークもそれに巻き込まれた、一つの哀れな島だったのだな。訳の分からん条約を勝手に結ばれ、自治権は剥奪され、国連統治の元勝手に進駐され…。目も当てられん惨劇が繰り広げられたものよ」

「………」

 

 言葉が出なかった。地球は滅びていなかった…?何が何だかまるで理解できない。あたしは確かにお父さんによって宇宙に送られた。どこへ向かうかも知らされずに、孤独に宇宙を彷徨っていた。あまりよくは覚えていないけど、そう知らされている。

 

「ここから先は、俺が導いてやる。お前の知りたいことも、かばんが求めているものも、俺は知っている。もちろんそれ相応の代償は頂くが、まぁ、悪い話ではないと思うぞ?」

 

 サタンから目を逸らして黙り込む。……あたしのいなかった時の地球なんて知りたくない。あたしの見た夢から察するに、ロクでもないことが起きた事は確かだろう。そんな事を知ったって、どうせつらくなるだけだ。

 

「ま、とりあえず今は寝るといい。明日もホッカイエリアを周るのだろう。アムールトラが戦えない今、奴に対抗する術はない。逃げる体力を養うためにも、今はゆっくり休む事だ」

 

 サタンの言葉に従って、あたしは再び眠りについた。

 あたしの知りたいこと…。なんだか、あたしの心の奥底を見透かされているようだ。

 ……嫌な気分になってくる。知りたい事なんてない。悪魔の良いようになんてされない。あたしはあくまでも、この島の謎とミライさんについて解き明かすだけだ。

 

 

…………

 

 

 キュラキュラと履帯を鳴らしながらハーフトラックを走らせている。ネメアやセルリアンを警戒しながら、道なき道を走っていく。

 アムちゃんは荷台に仰向けになって静かに眠っている。モルヒネが効いているのからなのか、死んでいるのではないかと錯覚するかのようだ。アムちゃんはそれくらいぐっすりと眠っている。

 

「………」

 

 トラックの荷台はとても静かだ。トラックの走る音に皆の呼吸はかき消され、皆が孤独のベールに包まれているように思える。誰一人として言葉を発することなく静かにしている。

 

「ん…?」

 

 かばんさんが何かに反応した。遠くには何か工場のような大きな建物が見える。稼働していないのか、廃墟のように静かに佇んでいる。

 

「ふむ…。あそこへ行くといい。何かお前の求める手掛かりがあるやもしれんぞ」

「ん…。分かった。ともえちゃん、ちょっとあそこに寄っても良いかな?」

「いいよ。行こ」

 

 

…………

 

 

 工場の中に足を踏み入れていく。ともえちゃんは外でアムールトラさんの看病をするらしい。ここに寄りたいと言ったのはぼくだし、外で留守番をさせておくのは少し心配だったけど、ヘラジカさんも残ると言ってくれたので、その言葉に甘えてぼくら数人だけで行くことにした。

 

「これ全部がヒトが造ったものなのかしら…。どこがどうなっているのかさっぱりだわ…」

「製鉄所か何かだろうな。……電源が落とされて何も動いていないようだな。補助電源がどこかにあるはずだ。それを動かして中に入るぞ」

 

 外を周って補助電源を探す。サタンは簡単に言ってくれるけど、補助電源がどういうモノなのかすらぼくには分かっていない。ソーラーパネルのようなものもあるけど、それを伝う電線を辿ってみるも壁に消えるだけでまるで手が出せない。

 どうしたものかと考えあぐねていると、遠くからヘラジカさんが走ってくるのが見えた。

 

「おっ。おーい!かばんよー!サーバルが補助電源を見つけたようだぞー!」

「ヘラジカさん!うん、分かった!すぐそっちに行くよ!」

 

 急いで来た道を戻ってサーバルちゃんたちの元へと向かっていく。工場に入って通路を抜けていくと、通路の照明が付いているのが分かった。自動ドアも問題なく作動しているようだ。

 通路を渡って工場の中を進んでいく。長年放置されていたせいか、いくらか埃っぽい嫌な臭いが鼻をつく。サーバルちゃんも鼻をぐじゅぐじゅと鳴らして少し苦しそうだ。フレンズさんもこういった埃に反応してしまうのだろうか。

 一つのドアの前についた。ドアの隣にはセキュリティ認証をするための機械が付けられている。

 

「うーん…。これはなんなのかしら…。ピッキングだったら何とかなるんだけど…。カードか何かいるのかしら?」

「キタキツネさんピッキングできるんだ…」

「ぴっきんぐ?」

 

 疑問を呈するサーバルちゃんを他所にそれらしいものはないかと辺りを見回してみる。通路はゴミが散乱するばかりでセキュリティカードらしき物は見当たらない。クリップボードに挟んであったりしないかとも思ったけど、当然ながらそんな杜撰な管理をしているはずもなく、徒労に終わるのみだった。

 

「うーん…。アムールトラさんとかネメアだったら蹴破るだけなんだろうけど、ぼくにそんな力はないしなぁ…」

「か、かばんちゃんがそんなことを言うなんて…」

「………。ぼくだってそう考えたりすることもあるよ…」

 

 帽子を深く被ってその場を後にする。考えていたって仕方がない。出来ないものは出来ないんだ。別の道を探すか、実際にできそうな人を連れて来る他ない。

 改めて外へ出てみると、目を覚ましたアムールトラさんがともえちゃんの肩を借りてリハビリをしている場面に遭遇した。まだ目覚め切っていないのか、少しよろよろしていてやや頼りない感じがする。

 

「あれ、かばんさん?どうしたの?」

 

 ぼくに気付いたともえちゃんが話しかけてきた。

 

「あぁ、ごめん…。ええと、ヘラジカさん、アムールトラさん。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかな?」

「か、かばんさん!アムちゃんはまだ完全に復帰した訳じゃないんだよ!?もうちょっと休ませないと…!」

「だ、大丈夫、ともえちゃん…。…何を手伝えばいいの…?」

「……こっちに」

 

 二人を連れてサーバルちゃんたちの元へと戻っていく。アムールトラさんが心配なのか、ともえちゃんもぼくたちについて来た。どうせ大したことでもないし、特別危険な事という訳でもないから別にいいんだけど…。万が一のことも考えてトラックにいてほしいという思いもある。

 

「ここなんだけど…」

「…?ドアか…?」

「うん。僕やキタキツネさんでは開けきれなくてね。これを蹴飛ばしてほしいんだ」

「ふむ…。では、アムよ。ちょいと捻ってやろうではないか」

「うん…」

 

 ふんと一呼吸を置くと、二人はずかずかとドアに近付き、勢いよくドアを蹴飛ばした。まるで張りぼての木の板を蹴飛ばしたかのような、なんてこのない所作のように思えた。

 

「さ、さすがだね、二人とも…」

「これくらいなら…」

「なんてことない、だな?」

「うん…」

 

 ヘラジカさんはハハハと笑いながらアムールトラさんの背中を叩いている。得意気なヘラジカさんに対して、やや消極的なアムールトラさんとの対比がなんだか印象的だ。

 任務を終えた二人は工場の外へと戻っていく。本調子じゃないのか、アムールトラさんの足取りは未だふらふらと頼りない感じがする。それでもあの怪力というから恐ろしいものだ。

 

「すごい馬鹿力ね…」

「ほんとぉ…。一蹴りでドアを壊すなんて…」

「……行こうか、二人とも」

 

 開け放たれた部屋へと足を踏み入れていく。部屋の中を見遣ると、いくつかのコンピューターと、大きな窓が一つあった。窓から外をのぞくと、工場の内部がよく見える。一種の展望台か指令室なのだろうか。補助電源が作動していることで、工場内が明るく照らされている。

 サタンは製鉄所と言っていたか。僕が数時間かけて作り出した鉄が、ここでは数分もの間に何十トンと作り出しているのだろう。そう考えると少し空しい気持ちがした。ヒトの文明とは偉大であると同時に、少し恐ろしいと感じてしまう。

 

「かばんちゃん、これ!」

「ん…。ホロテープ…?」

「そうみたいね、さっそく再生してみましょ!」

「だね…。ラッキーさん、近くのラッキーさんを呼んでもらえるかな」

「ワカッタヨ。チョットマッテテネ」

 

 しばらくすると、ピョコピョコと音を立ててホッカイエリアのラッキーさんが現れた。……この間ぼくたちの前に現れたラッキーさんと同一の個体なのだろうか、黒いサングラスをかけた奇妙な出で立ちのラッキーさんが現れた。

 

「ジャパリパークへようこそおいでくださいました。私はあなたのラッキービーストです。今日はどういった用向きで?」

「………」

 

 相変わらず流暢に言葉を発している。奇妙な違和感をどうにか押し殺して、テープを再生するように頼んでみる。

 

「えぇと…このテープを再生したいんだけど…」

「承知いたしました。私の背中にホロテープをお挿し下さい。データを再生します」

 

 背中の挿入口がパカッと開くと、ぼくはホロテープを挿入した。いよいよ新たな真実を目にする時だ。

 

「20xx年、○月×日、△曜日」

「あれ…?」

 

 聞き覚えのない声がラッキーさんから再生された。ミライさんのような柔らかい声ではなくて、張りのある外国人のような声だ。ミライさん以外にもホロテープでデータを残した人がいるのだろうか。いずれにせよ、ぼくの追い求めるヒトの情報であることに変わりはない。ひとまず聞いてみるとしよう。

 

「私達の部隊が孤立して一ヶ月が経ったわ。外からの救援はなく、内部の食料も尽きかけている。世界に誇る合衆国のソルジャーも、度々聞こえてくるビーストの咆哮に憔悴しきっているわ。歩哨に出れば惨殺され、見えない影はドローンを壊していく…。ラジオによると、テキサスの油田が炎上して、新ペストと呼ばれる疫病が合衆国でアウトブレイクを起こしていると聞くわ。……一体何が起こってるっていうの…?母国に帰ることもできなくて、私達の研究が愛しいフレンズ達を苦しめていく…。苦しみを与えるだけで、救う方法がまるで分かっていない…。治療法も免疫能力も開発できないまま、セルリウムという毒をパークに放ってしまった…。ああ、ごめんなさい、カコ、ミライ…。こんなことになるだなんて思ってもいなかった…。ああ、神よ…。どうか私達に救いを…。……CSRSC研究員カレンダ、記録終わり」

 

 カレンダ…?初めて聞く名前だ。それにビーストって…?ビーストという存在がミライさんたちが生きていた時代から存在してたっていう事?……ますます謎が深まってしまった。それにセルリウムとは…。毒…?今のジャパリパークに関係することなのだろうか?

 遠くに叫ぶ声を聞く。叫び声を聞いたサーバルちゃんとキタキツネさんも体を強張らせて臨戦態勢をとっている。……嫌な予感がする。ネメアの襲撃だろうか。

 

 

…………

 

 

 カリカリカリ…。

 

「29日目…と」

 

 チョークで壁に線を描く。この工場に籠ってもうそんなに経つのかと思うと溜息が出てしまう。簡単な調査と6名だけで構成された私の護衛チームは、もう既に3人しかいなくなっている。初めの一人は体を大きく引き裂かれて工場の前で殺されていた。次の二人は全身を斬り刻まれ、喉を裂かれて殺されていた。うち一人は、恐怖に顔を歪ませながら死んでいた。

 

「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛・゛・゛・゛」

「っ…」

 

 まただ…。獣の咆哮が聞こえる。正確には獣ではなくフレンズ…ビーストなのだが。姿の見えない切り裂きジャック…。私達を付け纏い、徒に命を奪っていくケダモノともいうべき存在…。……そんなのがフレンズのはずがない。

 しかし、ちらりと見えたその姿は、紛うことなきフレンズの姿だった。……だけど、あんな姿のフレンズなんて見たことがない。初めはホワイトライオンとも思ったけど、あんな凶悪な目をしたホワイトライオンなんて見たことがない。それに、あの禍々しい両の腕…。長手袋ではない、体毛で覆われた腕を持つフレンズ…。……すべてが未知の存在だ。他のフレンズと区別するためにもビーストと呼ぶのが妥当だろう。

 

「………」

 

 刻々と時だけが過ぎていく。司令部からの通信によると、いくつかのヘリコプターを出しても、私たちの所に到着する前に撃墜されてしまうのだそうだ。ドローンを放って偵察を試みるにも、姿を捉える前に撃墜されてしまう。辛うじて収めることができた僅かな姿も、フレンズであることが分かるだけで、何のフレンズかも断定できない。赤外線で捉えるにも、そのフレンズはわずかな一瞬の間にしか体温を検知することができないらしい。そんな不可思議な未知の生命体の前に、私達は手も足も出せずにいた。

 

「姿も見えず、体温も感知できないフレンズ…。そんな生物がいるのかしら…」

 

 ぼそりとそんなことを呟く。生物ではない、何かクリーチャーのようなそんなものを相手にしているかのようだった。生命活動にエネルギーを消費することなく、熱を発しない生き物がいるだなんて、そんなことは考えられない。それとも、わずかに見せる一瞬の間にだけ外殻のようなものを解放して、真の姿を見せているとでもいうのだろうか。そんな非効率極まりない生物がいるのだとしたら、ぜひ見てみたいものだ。

 通信も補給もままならなくなった護衛の兵士達は既に憔悴しきっている。撤退を許されないこの状況と、いつ殺されてもおかしくないこの状況に精神が壊されているのだ。時節聞こえるビーストの咆哮がより一層精神を蝕んでいく。

 時刻は午前2時33分。夜行性のフレンズでさえなければ既に寝静まっているのだろうが、あろうことかあのフレンズ…ビーストはいつの時もお構いなしに絶叫をあげては、私達の精神をすり減らしていく。

 

「あああ…。もう嫌だ…。どうして俺はこんな…こんな目に遭わなくちゃいけないんだ…」

「国の為でも何かを守るためでもなく、こんな無益な戦争に駆り出されて死ぬだなんて…なんだってこんな目に…」

「………」

 

 無論、私だって同じ気持ちだ。私達には、動物たちの保護、調査という明確な目的があったはずだ。それが、まさかこんな事態を引き起こすだなんて…。

 

「フリッキー…」

 

 亡きフリッキーの遺したメモリーを手に見る。フリッキーの遺したデータは絶対に司令部に提出しなくてはならない。それが、私がフリッキーにできるせめてもの手向けになるだろうから。

 フリッキーの得た情報は、実に興味深いものだった。あのビーストの活動した後には、微量なセルリウムの残滓が確認されたのだ。セルリアンの活動やフレンズには影響を及ぼさないだろうが、あのビーストの手掛かりを掴む情報であることには間違いないはずだ。

 

「フリッキー…。っ…。必ず…!」

 

 ババババ!!!

 

「ッ…!」

 

 突如銃声が鳴り響いた。それも工場内でだ。工場内を見回りしている兵士が一人いたはずだけど、何か……。何か見てしまったのだろうか。

 

 ババババババ!!!

 

「来るな化け物!!!来るな!!!来るなあああああッッ!!!」

 

 異常なまでの銃声と叫び声だ。何かにひどく怯えている感じがする。それに、あんなに撃っているというのに銃声が止むことはない。…異常だ。何かがおかしい。考えられるとすれば…。

 

 ………

 

 銃声が止んだ。さっきまでの狂乱が嘘のように静かになった。

 

「死んだ…」

 

 ぽつりと呟いた。思ってもいないことを口にした。…いいや、理解したくなかったのかもしれない。先に亡くなった3人の兵士も同じようにして亡くなったんだろう。そう思うと簡単に説明がつくというものだ。あの化け物…ビーストがこの建物の内部に入ってきたのだろう。……急いで逃げなくては殺される。今がチャンスだと思った。

 

「っ!?な、何!?」

 

 突如護衛の兵士の一人に襲われた。なんだかひどく興奮している。

 

「一発ヤらせろよ…。どうせ逃げられないんだ。俺はお前のせいで殺される…。…少しくらい良い思いをさせろよ!!!なぁ!!?」

「っ…!」

 

 何も言い返せなかった。私も憔悴しきっていた。この人たちは私の護衛を任されてここに来ていたんだ。間接的と言っても、私に原因があるのならば私にも非がある…。そう思うと何も言い返せなかった。

 服に手をかけられ、犯されようとしたその時だった。

 体に熱いものを感じる。兵士の目は見開き、脂汗を滲ませている。シャツが濡れていく。何が起きているのか理解できなかった。

 ふわりと男の体が持ち上がっていく。その体の腹部が血に濡れているのが見える。

 ……何故体が宙に浮いているのだろうか。背後に見える女の姿は何なのか。

 ……理解できない。理解したくない。まさか、あれがビーストというのだろうか。

 恐怖と絶望が私に圧し掛かってくる。このような恐怖を味わうのであれば、あのまま犯されていた方が良かったのではないか。そう思う程の絶望がそこにはあった。

 

「ビ、ビースト…」

 

 エメラルド色の瞳が私を見下ろしている。その目は、ひどく私を軽蔑しているようにも思えた。

 

 バババババ!!!

 

 突如、銃声が響いた。最後の兵士がビーストに銃を乱射しているのだ。手にした兵士の体を投げ捨て、銃声のした方へゆっくりとビーストが振り向く。

 ……信じられなかった。ビーストの体には傷一つない。兵士の血で手が濡れているだけだ。

 

「ひっ…!あああああああああああああああ!!!来るなああああああああああ!!!」

 

 ……先ほどの悲鳴を思い出す。やはり、あの時に聞こえた銃声もこのビーストによるものだったのだ。ビーストが兵士に遭遇して殺したのだ。銃声が止んだのも、このビーストが殺したからなんだ。

 

「あっ…」

 

 ぐしゃりと嫌な音がした。思わず目を逸らしてしまった。薄目で見てみると、壁には血の模様と一緒に肉片のようなものが見える。……振り向いたビーストがこっちに歩み寄ってきている。私を殺すつもりなんだ。

 

「ひっ…!」

 

 必死に後ずさりして距離を取る。だけど、そんな抵抗も空しく、あっという間に壁際に追いやられてしまった。

 かしゃりと手に何かが触れた感じがした。見てみると、拳銃がそこに転がっていた。必死に手に取って、安全装置を解除してビーストに銃口を向ける。ビーストは馬鹿にしたように口元を歪めて見下ろしている。

 

「く、来るな!これ以上近付いたら撃つわよ…!」

「はっ…。やってみろよ」

 

 私の忠告も空しく、一笑に付されてしまった。米軍のアサルトライフルですら傷つけられない体に、ただの拳銃弾が効くはずもない。ビーストはそれが分かっているのだ。ビーストは目の前まで来ると、その大きな体で私を見下ろした。

 

「ッ…!」

「………」

 

 失望したかのような、ひどく軽蔑した目だ。自分の期待に応えないペットを見るような、蔑んだもののように思える。

 

「あっ…!」

 

 拳銃を私の両手ごと無理やり引っ張り立ち上がらせると、そのまま自分の腹部へと突きつけた。どうやら撃てという事らしい。

 ……私にはそんな事できない。撃つと言って脅したけど、あくまでも私自身の保身のためだ。実際に撃つだなんて、満足に生き物を殺したことのない私にできるはずがない。

 

「どうした?撃つんじゃなかったのか?」

「……嫌……」

「…何故だ?何故嫌がる…?お前のその英雄的な行為で、忌々しい殺人鬼を殺すことができるやもしれんのだぞ?何故それを拒む?」

 

 ビーストが顔を近付けて私の両目を睨みつける。エメラルドの瞳は、悪意を湛えた瞳で私に殺せと言っているようだ。

 

「嫌……。止めて…。そんなことしたくないの…」

「何故だ…?お前たち人間が散々してきたことだろう…?それとも、人は殺せてもオレはやれないというのか…?…さあ、やれ…!撃てッ!!殺せェ!!!」

 

 ビーストが叫ぶ。恐怖から強張った指先が、ピストルの引き金を引いた。

 

 パン。

 

 乾いた銃声が部屋に響く。私はフレンズに向かって引き金を引いたのだ。

 

「ぁ…」

 

 一瞬のことだった。たったそれだけのことだった。かしゃんとピストルが地面に転がる。

 火薬の臭いがする。ビーストは平然と何食わぬ顔で私を見下ろしている。……それを理解するのにそう時間はかからなかった。

 ……そうだ。この子は不死身なんだ。誰もこの子を傷つけることは出来ないんだ。私たちはこの子には勝てない。いかなる武器を以ってしても、この子には傷一つつけられない。そう理解した瞬間、私の中で何かが弾けた。

 

「はっ…。はははっ…。そっかぁ…。私もここで死ぬんだぁ…」

 

 涙が溢れてくる。いろんな感情が洪水となって頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。全身の力が抜けていくと同時に、絶望ともいえるような、悲しみのような感情が私を支配していった。

 

「ぁ…あぁぁ…」

「………」

 

 ビーストは依然として無言で私を見下ろしている。何故かビーストは私を殺さず生かしている。丸腰の私を哀れんでいるのだろうか。確かに無抵抗の生物を見かけたら様子を窺うこともあるのだろうが、ビーストもそうしているのだろうか。…いっその事、さっさと殺してしまった方が楽にもなれるのだろうが、ビーストはそれを許さないらしい。

 

「あぁ、神よ…」

「………」

 

 不意にビーストから敵意が消えた。まさかとは思うけど、ふと漏らした祈りの言葉が天に届いたのだろうか。

 

「くっ…ふふふ…あっはははははは!!!」

 

 急にビーストが大声をあげて笑い出した。あまりもの出来事に茫然としてしまう。…理解が追い付かない。一体どうしてしまったのだろうか。

 

「神に命乞いをするとはなァ!ただの一度も人間を助けることのなかった神に命乞いとは…!あっはっはっはっはっはっ…!」

「………」

 

 何がおかしいのだろうか。私が神に祈ったことに笑っているのか?このビーストは他のフレンズとは違っているとは思ってたけど、ここまでとは思ってもいなかった。

 

「聞いたか神々よ!?今、この哀れな女は貴様に助けを求めているぞ!さあ、どうする!?ここでオレに殺される様を指を咥えて見ているか!?あーはっはっはっはっはっ…!」

 

 ひとしきり叫び倒した後、ビーストは私を見下ろし不敵な笑みを浮かべた。……いよいよ私を殺す気なんだ。

 

「残念だったな、女。神々はお前を救わないことにしたそうだ」

「……元からあてにはしてないわ。…それより聞かせてちょうだい。あなたは…何の獣なの…?」

「オレか…?ハッ。どうせすぐ死ぬ命だ。冥土の土産に聞かせてやろう。オレは…」

 

 ごくりと固唾を飲み込む。何の獣にも当てはまらない特徴を持つ獣…。その獣の名は…。

 

「オレは……父テューポーンと母エキドナの元に生まれた……獅子だ。人は、オレをネメアーの獅子と呼んでいる…」

 

「ネ、ネメアーの獅子…!?」

 

 ……ネメアーの獅子…。道理で体に傷がつかなかったわけだ。ヘラクレスに与えられた十二の試練の内、最初に与えられた試練に出てくる怪物だ。剣も矢も棍棒も効かない強靭な体を持つ怪物の獣…。防御を完璧なものにするために、ライオンのフレンズにはない獣のような体毛を四肢に生やしている。はじめっから勝てっこなかったんだ。そう思うとなんだか泣けてきた。

 

「……最後にもう一つだけ聞かせてちょうだい。どうして…どうして私たちを襲うの…?どうして意味もなく私たちを殺して回るの…?」

「どうしてだと…?」

 

 ビーストの顔から表情が消える。相変わらず見下してあることには変わらないけど、無表情で生気のない顔が私の目の奥を睨んでいる。

 

「…お前たちを快く思わなかった奴らがいるのさ。オレはそいつらに造られただけの仮初の命だ。……カコ、そしてミライ…。恨むならそいつらを恨みな」

「え…?」

 

 聞いてはいけない名前を聞いた気がした。カコ?ミライ…?その二人が私たちを排除するために…?

 

「ちょっと待って!まだ聞きたいことが…!」

「……お前に話すことはもうない。黙って死ね」

 

「あ…!」

 

 視界に電撃のようなものが走る。痛みはなかった。徐々に意識が遠のいていく感じがする。腹部が血で濡れていくのが分かる。視線を向けた先には遠ざかっていくビーストの背中があるのみだ。

 ……私はここで死ぬ。親友だと思っていたミライが送ってきた刺客に殺されたんだ。初めから私は歓迎されていなかったという事だろうか。

 ……いいや、理由は分かっている。ミライが本当にしたかったこと…。

 

「ごめんなさい、ミライ…。私…何もできなかった…。私の母国はジャパリパークを穢した…。セルリウムも…」

 

 後悔してもしきれない。無垢な命を誑かした私は地獄に落ちるだろう。そして、そこで永遠に償い続けるのだ。それこそが私に残された唯一の道であり、救いなのだ。

 

「………」

 

 視界が暗くなっていく。呼吸が浅くなり、体が重くなっていく。死というものを初めて実感する。楽しかったパークでの思い出…。すべてが紛い物であり、パークの獣たちを苦しめるための物だったと思うと、遣る瀬無い気持ちになる。一体…なんのために頑張ってきたのだろうか…。

 ああ、眠い…。私の命はここで終わる…。地獄でサタンの責め苦にあうとしよう…。


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