けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:韓非子

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Ruin-9「Ekthikisi」

『……んちゃん…………ばんちゃん…!…………』

 

「……はっ!」

「ねえ!かばんちゃんってば!!!」

 

 ふと、サーバルちゃんの呼びかけに遠のいた意識を呼び戻された。どうやら長い間ボーっとしていたようだった。しかし、不思議な夢のようなものを見た気がした。……いや、あれは、明らかにただの夢ではない。あれは……恐らく、この工場の中で起きた過去の"記憶"なのだろう。理由は分からないけど、それだけは確かなような気がする。

 

「かばんちゃん!急いで逃げないと…!ネメアだよ…!」

「え…!?あ、ああ…。そうだね…。どうにかしないとだね…」

「…?」

 

 なんだか不審そうな目でぼくを見つめている。あの夢を見たせいか、なんだかネメアに親近感のようなものを感じてしまう。あの姿は、紛うことなきネメアのものだった。夢で見たネメアは、ライオンさんの体を乗っ取ったものではなく、神の時代にふさわしい神獣ともいえるものだった。それに、射貫かれた筈の左目はエメラルドに輝いていた。アレが過去の出来事であったのは間違いないだろう。

 サーバルちゃんの前に出て、手斧を片手にネメアとの戦闘に備える。ギンギツネさんは、改造したアサルトライフルを構えて今か今かとネメアの襲撃に備えている。

 野太い叫び声と鈍い音がする。声から察するに、ネメアとアムールトラさんが戦っているようだ。

 

 ガォン!!!

 

「ひっ…!」

 

 突如、壁が大きく膨らんだ。急な出来事にサーバルちゃんが短い悲鳴を漏らす。部屋の壁が鈍い音と共にどんどん膨らんできている。

 ……嫌な予感がする。てっきり通路から現れると思っていたけど、これは……。

 壁を打ち付ける音が大きくなってくる。ネメアのものと思われるケダモノのような唸る音がぼくたちの心を呑み込んでいく。

 ひとしきり大きな音が二~三度鳴ると、鉄の壁が打ち破かれると同時に二人の影が飛び込んできた。ネメアとアムールトラさんだ。

 

「ギィィィィィィ…!」

「よくもあの時はオレの目をやってくれたなァ…!ただでは済まさんぞ…!」

 

 憤怒の情に塗れたネメアの顔面がアムールトラさんを捉えている。まさしく、あの時に奪われた左目の恨みを晴らさんとしているようだ。

 対するアムールトラさんはすでにボロボロだ。治りかけていた傷も開いてしまっている。血と傷で覆われた頭と四肢を見ていると、ぼくまでもがその痛みに疼いてしまいそうだ。

 

「まずはその目を抉ってやろうかァ…!」

「やらせて…たまるか…!」

 

 アムールトラさんの左目に突き出された黒い爪を必死に抑えて抵抗している。このままでは本当に目をやられかねない。どうにかして助け出さなければ…。

 手斧を握ってネメアのうなじへと振りかざす。無駄だと分かっているけど、どうしてもやらない訳にはいかなかった。

 柔らかい感触が手斧から伝ってくる。…やはり、ぼく程度の攻撃ではネメアに傷を入れることはできない。

 ぼくの振り下ろした手斧は、なんということなくネメアの頭髪に阻まれてしまった。ネメアは手を緩めることなくアムールトラさんの左目へ手を伸ばしている。

 

「ぐわっ!?」

 

 突如放たれた衝撃波に、ぼくの体は後方に大きく飛ばされた。ネメアの思わぬ反撃を為す術無く受けてしまう。壁に打ち付けられた衝撃にぼくの呼吸は麻痺してしまった。

 

「ァッ…ハァッ…!」

「かばんちゃん!」

「ほう!こんなところに仲間がいたか!貴様を倒すのは後だアムールトラよ。まずはこいつらから始末するとしようか…」

「誰が…やらせるか…!」

 

 麻痺した横隔膜を必死に動かして体内に酸素を取り入れる。ぼやける視界には、こちらに近付いてくるネメアの姿が見える。ぼくに手をかけるつもりだ。何とかして逃げなくてはならない。

 

「うみゃみゃみゃ!」

「ふん」

「うみゃ!?」

 

 金羊毛に包まれたサーバルちゃんが壁に押さえつけられた。頭だけ出したサーバルちゃんが何とか逃れようと必死に抵抗している。だけど、どういう力が働いているのか、壁に押さえつけられて逃れられないようでいる。

 

「しばらくそいつと戯れていろ。そして、こいつらがオレに殺される様を見ているんだな」

「っ…!こ、このぉ…!」

 

 必死にもがいて逃れようとするが、金羊毛がそれを許さない。焦れば焦るほど、拘束する力が強くなっていっているようだ。サーバルちゃんの顔もどんどん余裕がなくなっていっている。

 やがてネメアはぼくの前に立つと、その大きな体でぼくを見下した。怒りにも嘲りにも見えるその顔は、獲物を捕らえた捕食者そのもののように思えた。

 

「この間はよくもやってくれたな、人間。あの時、あの場所にいなかったのはお前だったな。お前がオレの左目を射止めたのだろう?」

「ッ…!」

 

 白く濁った左目がぼくを捉える。見えてはいないのだろうけど、確実にぼくを眼中に捉えているのだけははっきりと分かる。

 このままではぼくは殺される。それも、簡単には死なせないだろう。散々いたぶって仕留めるのは目に見えている。その前に、どうにかして逃れなければ…。

 

「貴様だけは簡単には死なさんぞ…。生皮を剥いでじわじわと嬲り殺しにしてくれるわ…!」

「くっ…!」

 

 ネメアがみるみると殺気を帯びていっている。体から溢れる黒いオーラはビースト固有のものだろうか。肌を刺すような鋭い殺気がぼくの皮膚を刺激する。

 

「ガァァァァァ…!」

「かばんちゃん、逃げて!!!」

「ぐっ…!」

「逃がすかよ…!」

「うわっ!?」

 

 振り返って逃げようとした道の先に、突如爆炎のようなものが弾けた。あまりもの出来事に思わず茫然としてしまう。視線をネメアに戻してみると、ネメアの右手に炎のようなものが纏われているのが確認できた。

 混乱する頭で必死に状況を整理する。ネメアは、あの火炎弾のようなものでぼくをいたぶるらしい。サーバルちゃんは金羊毛のマントで縛られて身動きが取れないでいる。ギンギツネさんは必死に銃を構えて戦闘しようとしているけど、体が震えていてまともに戦えそうにない。

 ……万事休すか。ネメアはゆっくりこちらに向かって歩いてきている。せめて一矢、ネメアに報いてやるべきか…。ネメアとの間合いをしっかり確認すると、手にしたナイフをネメアの喉に向けて鋭く突きあげた。

 

「間抜け…」

「ッ…!!」

 

 まるで見透かされていたかのようだった。あろうことか、ネメアはナイフの刃を鷲掴みにすると、そのまま握り潰してしまったのだ。

 呆気に取られて間もないまま、ネメアがぼくに語りかける。

 

「人間のやり方で殺りあおうか、人間?」

「え……」

 

 瞬間、体に衝撃が加わると同時に、体が宙に浮く感じがした。

 

「ゴハッ…!?」

 

 内臓が押し潰される感じがした。ネメアの拳がみぞおちに入ったのだ。

 

「アッ…ガッ…!」

 

 呼吸ができない。苦しみから視界がチカチカしている。

 腹部を抑えて蹲っていると、目の前にネメアの足が見えた。ネメアはそれを確認するや否や、更にぼくを蹴り上げてきた。

 

「ぐぅっ!?」

「簡単に死んでくれるなよ?人間…」

「はぁ…!ぐっ…!」

 

 迫りくるネメアを睨んで可能な限りの抵抗を模索する。どうすればネメアに抵抗できる?どうすればネメアに少しでもダメージを与えれる?……答えは分かっている。分かっているけどその方法以外を考えなくてはならない。唯一毛皮に覆われていない顔面以外の個所でダメージを与えれる方法を考えるんだ。

 

「くそっ…!どうすれば…!」

 

 ネメアの背後にちらりとギンギツネさんの姿が見える。どうやら、目の前に現れた圧倒的な暴力の化身に戦意を喪失しているようだ。手にしている改造アサルトライフルの銃口は下を向いて、小刻みに震えている。アムールトラさんは痛みに喘いだまま動けないでいる。

 

「ぎ、ギンギツネさん!!!撃って!!!」

「ッ…!!」

「……?」

 

 バババババ!!!

 

「うああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 照準のロクに定まっていない銃弾が室内にばら撒かれる。床に転がる空薬莢の音、潰れた弾頭が床に転がる音、銃口から放たれるけたたましい発砲音が室内に木霊する。

 ふと、静かになった。どうやら一弾倉分の弾丸を撃ち切ったようだった。薄目で少し確認すると、茫然と立ち尽くすギンギツネさんの姿があった。ネメアは片腕で弱点を覆って防御している。やがて、攻撃が止んだと判断したのかゆっくりとその腕を降ろした。

 

「……それだけか?」

「ぁっ…」

 

 標的をぼくからギンギツネさんに変えて、ゆっくりとその歩みをギンギツネさんへ向けていく。

 

「いや…来ないで…」

「ニィ…」

 

 怯えた足取りでゆっくりと壁際まで下がっていく。やがて壁際まで追いやられると、小さく縮こまってしまった。

 

「っ…!」

 

 涙を滲ませて精一杯の抵抗を示す。あまりにも弱々しいものだけど、恐らく、誰もがあの状況に陥ってはそうしてしまうだろう。それほどの絶望的な状況なのだ。

 ふと、視界の隅でアムールトラさんの体が起き上がるのが見えた。やはり傷が疼くのか、血塗られた体は小刻みに震えている。

 黒いオーラが体から上っていく。アムールトラさんは二~三度荒々しく息を吐くと、ネメアをその目で捉え、大きく飛びついていった。

 ガラスを突き破り、製鉄場内へと落ちていく。アムールトラさんのケダモノのような叫び声とネメアの怒号が工場内に響く。二人の戦いが、今、再び始まったのだ。

 

 

…………

 

 

 ネメアの顔面を殴打する。骨と肉を砕くようなぐちゃりとした感覚が拳を伝ってくる。

 

 ガシッ!

 

「ぐっ…!」

「まだオレを殴れるだけの元気が残ってたようだな…!褒めてやるぞビースト…!」

 

 ネメアは状態を勢いよく起こすと、そのままあたしに頭突きを食らわせた。

 

 ガッ!

 

「ぐぅっ…!」

 

 視界が白黒するような感覚を覚える。鈍い痛みが額から頭の中へ広がっていく。なんとか眩暈と痛みをこらえてネメアを視界へ捉えると、間隙なく裏拳があたしを打ち付けた。

 

「ガァっ…!」

「興が乗ったぞ、ビーストよ。オレと死合おうではないか!さあ、ショータイムだ!」

 

 ゴウンと大きな音が鳴ったと思うと、工場内に眩いばかりの明かりが灯った。頭の中が揺れんばかりの熱気と轟音が辺りを支配する。工場が稼働したのだ。

 

「ズァッ!!!」

「ギッ…!」

 

 ネメアの爪があたしを斬りつける。咄嗟に腕を構えて防御するけど、肉を断つその爪は容赦なくあたしの腕を抉ってくる。

 鮮血が地面を濡らす。幾度となくネメアと対峙して、そのどれもが勝てずにいる。今までの戦闘はどれも、機転を利かせて強制的に逃れていただけに過ぎない。四方を鉄の壁に囲まれたこの場において、果たしてあたしたちは逃げる事はできるのだろうか。せめて、かばんやギンギツネ達だけでも逃がさなくてはならない。外にいるともえたちも心配ではあるけど、この場に来ない限りは逃げれるだろう。少しでも逃げれるだけの時間を稼がなくては…。

 

「ダァァッッ!!!」

 

 力いっぱい爪を振るう。しかし、ネメアには傷一つつかない。ネメアも本気を出しているのか、慢心を捨て、攻撃の入る隙を見せないでいる。あたしの振るった爪を的確に防いで、急所に入らないようにしているのだ。

 ブオンとネメアの爪が空を斬る。ビリビリと走る爪圧はそれだけでもあたしの肌を切り裂きそうだ。

 

「ぐあっ!?」

 

 突如目の前が真っ暗になった。何かがあたしの肌に纏わりついている。妙に肌触りの良いすべすべとした感触が何とも気持ちが悪い。

 

「はっ!このまま殴り殺してやろうか!?」

「ッ…!!!」

 

 一撃、二撃とネメアの拳があたしに入ってくる。動きが封じられいるせいで、ロクに受け身を取ることもできない。

 恐らくこれは、ネメアの羽織っている金羊毛なのだろう。それが、あたしの体に纏わりついて邪魔しているんだ。

 ……息が苦しくなってきた。外界との接触が断たれているせいか、うまく呼吸ができない。

 

「ぐっ…!?貴様ッ…!まだオレに抗うかァ!!!」

「っ…!?」

 

 不意にネメアの攻撃が止むと同時に、怒鳴り声が聞こえた。不意に訪れた自由と共に金羊毛を脱ぎ捨てる。そこには、ネメアと渡り合うサーバルの姿があった。

 

「よかった…!自由になったみたいだね…!任せたよ!アムールトラ!」

「ギィ…!た゛ァ゛ッ゛!゛」

 

 自らを奮い立たせてネメアに飛びつく。サーバルに気を取られていたせいか、ネメアの反応は少し遅れたようだった。

 

「小賢しい虫ケラ共がっ…!」

 

 やや姿勢が揺らいでいるのが分かる。…どんな僅かな隙も逃さない。一瞬だけでも、僅かにできた隙を突いて攻撃するんだ。

 

「ッ…!」

 

 左頬に拳を叩きこむ。怯んだネメアの顔面に間髪なく追撃を加える。右へ、左へと拳を叩きこんでいく。口から飛沫のようなものが飛んでいるのが分かる。確実にネメアにダメージが入っているんだ。

 

「くらえっ…!」

 

 左頬に痛恨の一撃が入った。ネメアの体が大きく怯む。

 

 ジャッ!

 

 左手の爪から赤黒い尾が伸びる。ネメアの右頬に4本の筋が刻まれている。ゾクゾクとした高揚感のようなものが内から湧き上がってくる。

 再びネメアを射程内に収める。ネメアの襟首を引くと、首を後ろに振って会心の頭突きを食らわせた。たまらずネメアも膝をついてダウンする。

 油断してはならない。姿勢を低く構えてネメアの次の一撃に備える。今ここで追撃を行っては却って返り討ちに合うだろう。それだけは避けねばならない。

 ふと、二つの回転している大きなローラーが目に入った。恐らくは、熱した鉄を延ばすための機械だろう。…これだ。これにネメアの奴を巻き込んで潰せれば…。

 

「ギッ…!」

 

 痛みにもがくネメアの膝を折って更に顔面を打つ。抵抗が弱くなって来たところで、二つのローラーのところへとネメアを引っ張て行く。僅かに抵抗する爪があたしの腕を傷つけるけど、そんなのは些細なことだ。

 ネメアの襟首を掴み上げる。ネメアも何をされるか分かったようだった。だが、もう遅い。ネメアをローラーの前に立たせると、そのまま頭から延厚機の中に放り込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息も絶え絶えに延圧機を見遣る。

 ……延厚機は異物を認めたように止まっている。必死にネメアを押し潰そうとしているけど、どうにもできないようだった。

 あまりもの出来事に茫然としてしまう。やっぱり、無敵の体を持つ怪物は殺すことができないのか

…。そう思わざるを得なかった。

 

「………」

 

 ゆっくりとネメアが延圧機を押し上げていく。ローラーに巻き込まれた体の一部をゆっくりと解放しているようだ。

 ふらりとネメアが延圧機の前に立つ。その姿は、まるで魂の抜けた抜け殻のようだ。

 力なく両腕をぶら下げるネメアが何か呟いている。

 

「一度ならぬ二度までもオレを追い詰めるとはな…」

 

 ぼそりとネメアが呟く。その言葉に感情はない。だが、言葉の裏には静かな怒りの炎がゆらりと燃えているようにも思えた。

 ゴウと、体に衝撃のようなものを感じた。この感じ…。この感じを、あたしはよく知っている…。あたし自身が散々やって来た事だ。相手を威圧するために、内に秘める負の感情をオーラとしてぶつけるんだ。それをこいつは…。

 

「キッ…!」

「ッ…!!」

 

 エメラルドの瞳があたしを捉える。瞬間、あたしの体は鉄柵へと向かって吹き飛ばされてしまった。

 

「ガァ…!」

 

 鉄柵の支柱があたしの背中を抉る。僅かに見える視界の中、ネメアがあたしの懐に飛び込んでくるのが見えた。……あんなものを食らっては、ただでは済まないのは目に見えている。

 

 体を横に反らして攻撃を回避する。スレッジハンマーのように勢い良く振り下ろされたネメアの両腕が鉄柵を破壊する。

 

 バキッ!

 

 先の尖ったアームを手にすると、ネメアは不気味な笑顔を見せながら、あたしへとにじり寄ってきた。……間違いなく、あれであたしを突き刺す気だ。……そんなことさせない。させてたまるか…!

 ブンブンと空を裂く音があたしを威圧する。振るわれるアームの動きはガムシャラでまるで動きが読めない。アレに当たったが最後、よろめいたところを心臓を突き刺されて死んでしまうだろう。そうされないためにも、どうにかしてアレを無力化しなければならない。

 

 ガシッ!

 

「っ…!」

 

 鉄棒を掴んでブイの字に折る。こうなっては使い物にならないだろう。しかし、ネメアは使い物にならないと判断するや否や、さっさと手放してあたしに掴みかかってきた。

 

「ぐっ…!」

 

 ネメアの爪と拳があたしに降りそそぐ。無敵の体を活かした、反撃を厭わない圧倒的な攻めの姿勢に思わずたじろいでしまう。

 工場は大きな音を立てて赤い鉄の塊を運んでいる。頭上の大きな釜からは赤く煮える溶鉄が溢れている。

 …体中から汗が噴き出てくる。工場が稼働したことにより、工場内の温度が上がっているのだ。口の中が渇いてくる。暑さから視界が歪んでくる。吐く息は熱く、汗が目に入りロクに前が見えない。

 対するネメアは、まったく姿勢を崩さず泰然とした様子であたしににじり寄ってきている。

 

「フン」

「ぐっ…!?」

 

 金羊毛が体に纏わりつく。刹那、体殴られたような衝撃と共に、体が後方へと吹き飛ばされた。胃の中が押し上げられるような不快な感覚を覚える。

 不意に視界が開けた。ただならぬ気配に見上げてみると、赤く熱せられた鉄棒を片手に持つネメアの姿があった。

 ……これからネメアが何をするかは目に見えている。アレであたしをいたぶる気だ。

 

「そォら、くらいなァ!!!」

 

 ガァン!!!

 

 赤い火花が飛び散る。衝撃からぐにゃりと赤い鉄棒が捻じ曲げられる。……あんなもの、ヘタに受け止めてしまえば、大やけどすること間違いなしだ。何が何でも避けねばならない。

 

 ブン!ブン!

 

 ……くそっ…。どうすればいい…!ネメアは陽炎の上り立つ鉄棒を構えながら、気色の悪い笑みを浮かべている。どんなに鉄棒が捻じ曲がっても、少し折り曲げるだけですぐに元に戻してしまう。

 奴は溶岩に沈んでも何食わぬ顔で戻ってきたのだ。1000度以上に熱せられた鉄など、ネメアには何てことないのだろう。赤く熱せられた鉄を構える手から煙が上ることがなければ、肉の焼ける臭いもしないのだ。つくづく恐ろしい化物だ。

 ふと、ネメアが左手をあたしに向けて伸ばすような構えを取った。……一体、何をしてくるというのか…。

 ゴウンゴウンと工場の唸る音が響いている。暑さのせいで集中力が持たない。頭の軋むような頭痛がする。今にも倒れてしまいそうだ。

 揺らぎ遠のく意識の中、ネメアの左手に赤い渦のようなモノが見えた気がした。

 気付いたときには、無意識に顔の前で腕を交差させていた。両腕の焼けるような感じがする。ネメアは、信じられないことに左手から火炎弾のようなものをあたしに放ったのだ。

 

「ダアアアアアアアアッ!!!」

「!!」

 

 僅かな一瞬の間に、ネメアが頭上からあたしに向かって鉄棒を振り下ろしてきた。……これは避けれない。…受け止めるしかない…!

 

 ズンッ!!!

 

「ぎィィィィィィィィ…!」

 

 両手の焼ける鋭い痛みがあたしを襲う。まるで両の手が沸騰しているようだ。ネメアは顔を歪ませてあたしの反応を愉しんでいるようにも思える。

 ここで痛みに負けて腕を引いては、もっと酷い目に遭うだろう。それに、ネメアは簡単にあたしを死なせないはずだ。アレはそういう生き物なのだ。散々いたぶって、皆に見せしめにした後にあたしを殺すはずだ。火山であたしにした仕打ちを思い出す限り、そうするとしか思えない。

 痛みに腕が痙攣してくる。視界が霞んで意識が朦朧とする。……このままあたしはこいつに負けて殺されるのだろうか。あたしが死んだら、誰がともえやロードランナーを守るのだろうか。

 

「イッ…ギィ…!あ゛ァ゛ァ゛ァ゛・・・!」

「は…はは…!いいぞ、苦しめ…!ビーストォ…!」

「…っ」

 

 ふと、消えかけた意識に火が灯った。……あたしはアムールトラだ。あたしには果たさなければいけない責務がある。ここで逃げ出すのはダメだ。

 今まで戦ってきたのは何の為だ。守るべきものを放り出す気か。生きて償うのではなかったのか。贖い、生きて、滅ぼした命の数以上に、皆の命を救うんだ…。

 …生きて罪を滅ぼし、皆を守る守護者になるんだ…!

 

「ぐ…はァ…!ガアアァ…!うあああああああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

「何…!?」

 

 鉄棒を握り裂き、ネメアを殴り飛ばす。心なしか、少し手応えがあるように思えた。

 悔しさに顔を歪ませたネメアがあたしを睨む。どうやら、思わぬ反撃に面食らったようだ。

 怒りを燃料にネメアに突撃する。効きもしない爪をネメアに向けてガムシャラに振り回す。効かないなんて事はあたしがよく分かっている。何回もネメアと戦って、この身で経験してきたんだ。体に刻まれた無数の傷がそれを証明している。

 だけど、やらない訳にはいかなかった。皆を守りたいという気持ちがあたしを突き動かす。怒りのままに、本能のままにネメアを斬りつける。

 傷が増えていく。床を濡らす血はあたしのものだ。ネメアは的確にあたしの攻撃を防いでは、その爪であたしの体を裂いていく。

 反撃なんてどうでもよかった。ただ一撃、どうしてもネメアに刻みたかった。あたしの友達を傷つけるネメアが許せなかった。こいつだけは生かしておけない。第二のビーストであるこいつをあたしは許せないんだ。すべての災禍はあたしが消し去るんだ。

 

「ウ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 ネメアが絶叫する。大地を許さんばかりのその絶叫は、まさしく怪物のそれといっても過言ではなかった。ネメアの目が光り、禍つ黒いオーラがその身を黒く染める。

 

「もうウンザリだッ!!!死に損ないの畜生がァ!!!さっさとケリをつけてくれるわァ!!!」

 

 ネメアの周辺がバチバチと帯電していく。空気が振動して、工場内に風が吹き荒れてくる。

 ……ネメアが何かしようとしている。事が大きくなる前に、どうにかして止めなければ…。

 

 だけど、戦いは突然終わりを迎えた。

 

「ネメア!!!」

 

 突如、戦いは終わりを告げた。血と熱と殺戮に塗れた戦場にはとても場違いともいえる声が突如響いたのだ。

 

「ミライ…!?ミライか!?どこだ!!!どこにいるんだミライ!!?」

 

 ネメアの様子がおかしい。さっきまでの戦闘衝動はどこへ行ったのか、目に見えて焦っているように見える。

 

「ミライ!!!返事をしろミライ!!!オレはここだぞォ!!!」

 

 ネメアが何かを求めるように叫ぶ。目の前のことが理解できずに呆然としてしまう。ネメアは完全に戦闘を放棄している。戦意も殺意も感じ取れない。ただひたすらに、何かを必死に求めているように叫んでいる。

 

「アムールトラさん!こっちだ!!!」

「!!」

 

 かばんがあたしを呼ぶ。どうやら撤退するようだった。

 急いで戦闘から離脱する。ネメアは尚もミライを求めて叫んでいる。

 ネメアとミライ…。いったい二人の間に何の関係があるのだろうか。如何ともしがたいもやもやを胸にこの場を後にした。

 

 

…………

 

 

「アムちゃん!!!良かった…!無事だったんだね…!」

「っつ…。ともえ…痛い…」

「ご、ごめん…!でも、良かったよ…!本当に心配だったんだよ…!」

「…ごめん。心配かけた…」

 

 血で汚れる事も厭わずにともえがあたしに抱きつく。傷口が開くようで痛かったけど、ともえが本気で心配してくれてるようで少し嬉しかった。

 

「再会を喜ぶのは後だ!!!急いでこの場から逃げるよ!!!」

「う、うん!お願い、かばんさん!」

 

 かばんがエンジンを始動させようとキーを回す。だけど、いっこうにエンジンのかかる様子はなく、ただキュルキュルと点火プラグが鳴るのみだ。かばんの姿に焦りの色が見えてくる。

 

「くそっ!なんでこういう時に…!」

 

 かばんの口から焦りの言葉が漏れる。その時、背後にぞくりとする気配を感じた。ネメアだ。

 後ろを振り向くと、怒りに顔を歪ませたネメアの姿があった。そのオーラから、ただならぬ怒りを感じることができる。

 

「貴様ら…。ミライをどこへやった…!」

「ミライさんだって…?そんなの知るもんか…!ぼくだって知りたいくらいだ!」

「何を…!オレを愚弄するようであれば容赦はせんぞ…!」

「くっ…!」

 

 ネメアを近付けさせまいと前に立ち塞ぐ。だけど、そんな抵抗も空しく一蹴されてしまった。

 

 バチッ!

 

「ぎぁッ!」

「アムちゃん!!!」

 

 体に電流が走る。全身の傷口に焼きごてを当てられたようにひどくジクジクと痛む。

 

「答えろ、かばん…」

「ぐっ…」

 

 低くドスの効いた声でかばんを凄んでいる。あたしたちだってミライを探しているのに知る訳がないのだ。なのに、それを知らないネメアは知りもしないミライの所在を聞いてきている。これではどうしようもない。

 

「……いいだろう。答えないというのならば、そいつを頂いて行こうか…」

「なっ…!?」

 

 ネメアから妙な言葉が聞こえた。そいつを頂いていくだって…?

 

「止めろ!!!その子は何の関係もない!!!」

「お前らが隠すというのなら、オレもこいつを人質に取るまでよ。お前らが教えるというのなら、すぐにでも返してやるぞ?」

「デタラメな…!」

 

 ネメアとかばんが何やら揉み合っている。痛みに悶えるあたしは、首を起こすだけでも精一杯だ。

 何とか首を起こして見てみると、ロードランナーに近付くネメアの姿があった。頂いていくというのはロードランナーをもらっていくという事なのか…?

 

「ゴマちゃん!逃げて!!!」

「っ…!」

「逃がすかよ…」

「ッ…!!」

 

 ロードランナーが金羊毛に包まれてしまった。……取り返さなくては…。あたしの友達を拉致するだなんて…させない…!命に代えてでも…刺し違えてでも助けてやる…!

 

 バチッ!

 

「ギッ…!?」

 

 再び体に電流が流れる。全身が麻痺して動けなくなってしまう。…このままでは目の前でロードランナーがさらわれてしまう。

 ……体が動かない。……止めてくれ…。どうか、どうかあたしの友達を許してくれ。後生のお願いだ…。どうか…。

 

「嫌だ…。来るな…」

 

 絞り出すような声で懇願している。目の前にいるのに助けてやれない悔しさと、非力で惨めな自分に涙が溢れてくる。ネメアがロードランナーに近付いていく。あたしはただ黙ってその様子を見ることしかできないのか。

 

「あばよ。教える気になったらオレの元へ訪ねるといい。そうしたらお仲間を返してやるよ」

「嫌だ!!!放せ!!!うわあああああああ!!!アム!!!ともえええええ!!!うわあああああああああああああああああああ!!!」

「あぁぁぁ…!」

 

 ロードランナーの姿が遠くなっていく。目の前の出来事に視界が暗くなるような錯覚を覚える。ロードランナーが…攫われてしまった。

 

「あ…あああぁぁぁぁぁぁ…!」

 

 あたしは大切な友人を救えなかった。その事実だけがあたしに重く圧し掛かってくる。

 目の前が真っ暗になる。崩れる体に身を任せて、あたしは声をあげて泣いた。

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