けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:こんぺし

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Ruin-10「Parricide」

「クソッ!!!」

 

 樹木にアムちゃんが拳を打ち付けて八つ当たりしている。かばんさんやあたしたちは何の言葉もかけられないでいた。アムちゃんのせいじゃないのは分かっている。でも、あたしたちではどうすることもできなかったんだ。あたしたちがミライさんの音声を流したことで、ネメアの逆鱗に触れてしまった。言うなれば、あたしたちが悪いんだ。アムちゃんは何も悪くないんだ。

 

「ロードランナーッ…!」

「アムちゃん…」

「あぁぁぁ…あたしのせいだ…!」

 

 アムちゃんが樹皮にガツガツと頭を打ち付けて自傷している。時折り聞こえる嗚咽のような声は悔しさからくるものか、それとも悲しさから来るものなのか…。恐らくは両方だろう。アムちゃんの感じる悔しさは、あたしたちではおおよそ計れるものではないだろう。

 

「アムちゃん…。アムちゃんのせいじゃないよ…。あれは…どうしようもなかったんだよ…」

「なんだと…!?」

「っ…!」

 

 アムちゃんの怒りを湛えた眼光があたしを捉える。アムちゃんはあたしの襟首を掴み上げると、怒鳴るように怒りをぶつけてきた。

 

「じゃあ一体誰のせいだというんだ!?あたしじゃなければ誰がアイツを救えたというんだ!!?お前たち非力なフレンズが救えたというのか!!?答えろ!!!」

「ッ…!!」

「アムールトラさん…!」

「ッ…!……ごめん…」

 

 イエイヌちゃんの呼びかけに我に返ったアムちゃんがあたしを手放した。自分がしたことに罪悪感を感じたのか、少し委縮したような顔をするとそのまま伏せてしまった。

 

「……ごめん…。一人にしてほしい…」

「……わかった…。こっちこそ…ごめん…」

 

 ゴマちゃんをネメアに攫われたダメージは想像以上に大きいものだった。…ネメアはミライさんの居場所を知りたがっていた。生きてるかすら分からないミライさんの事なんてどうやって教えろって言うのだろうか…。あたしたちは、ライオンさんもそうだけど、ミライさんを探しにこのエリアにやって来たんだ。何も知らないあたしたちに、ミライさんの事なんて教えれるわけがないんだ。

 

「しばらくそっとしておきましょう。…わたし達がこの一件で負ったダメージはあまりにも大きいです。かばんさんもアムールトラさんと同じく、ひどく打ちのめされてしまっています。……わたしたちにはどうすることもできません。時間が解決してくれるのを祈るのみです…」

「…そう…だね…」

 

 どうやら、ヘタな慰めは却って傷を深めるだけのようだった。イエイヌちゃんの言う通り、あたしたちの負ったダメージはかなり大きいようだった。あたしのアムちゃんへかけた気遣いも、アムちゃんの傷を抉るだけだった。

 この一件で、あたしたちの繋がりは瓦解する一歩手前まで来てしまったかもしれない。そう思うとすごく怖かった。……時間が解決してくれるのを祈るしかないのだろうか。

 夜も深い。ひとまず、今日は眠るとしよう。

 

 

…………

 

 

「うわぁ!」

 

 ガシャン!

 

「しばらくそこにいるといい。なに、悪いようにはしないさ」

「このぉ…!」

 

 ネメアに誘拐された私は、ホッカイエリアの中心部にある管理センターの独房に入れられていた。いったい私は何をされるのか…。目の前にいる暴力の化身の前に、私は一人の哀れなスケープゴートにしか過ぎない。

 ともえたちは大丈夫だろうか。私が攫われた時のアムの顔が忘れられない。私が非力なばかりにアムの心をひどく傷つけてしまったと思うと、胸が張り裂けそうになる。

 ネメアはドカッと椅子に腰を下ろすと、私に興味も示さない様子でまぶたを閉じた。どうやらそのまま眠る気らしい。敵の目の前だというのに舐められたものだと思う。

 一方の攫われた私はというと、ともえたちから引き離された不安と、これから何をされるかという恐怖で心がいっぱいだ。せめて、ネメアの胸の内でも聞き出さなければ不安と焦燥で押し潰されかねない。

 

「てめえ!どういうつもりだってんだ!私を攫ってどうするつもりだ!」

「別に?どうするつもりもないさ。別にお前を殺してもいいが、そうしてはオレが困るだけだ。オレはただ、ミライ…。オレの生んだ奴の行方をを知りたいだけだ…」

「ミライの…?」

 

 ふとネメアの見せた感傷的な顔にドキッとしてしまう。ネメアの生みの親と言ったか?ミライは私たちも探している所ではあるけど、ヘタに口にしてはネメアの逆鱗に触れかねない。どうにかしてネメアから情報を引き出す必要がある。けど、どうすればいい?これはネメアの秘密に迫るチャンスでもある。生きて帰るためにも、ネメアを追い詰めるためにも一つでも多くの情報を引き出さねば…。

 

「どうしてミライを探しているんだ…?」

「お前は知らなくてもいい。オレはミライを探している…。ただそれだけだ」

「……わかんねえ…。私は、お前が何かひどくミライに固執しているように見えた。かばんは、自分以外のヒトを探すためにミライを求めていた。それは一種の探求心といってもいい。けど、お前は違う。お前のミライに求めているものは、かばんとは根底から違っているみたいだ…。執着っていうか、なんていうか…。殺戮と破壊に塗れていたお前が、こうして私を人質に取ってまでミライに固執するなんて、何かあるとしか思えねえよ…」

「………」

 

 ネメアが黙り込む。どうやら意表を突けたようだ。今まで見てきたような気色の悪い笑みからは、想像もつかないようなアンニュイな様子を見せている。

 

「……オレは、ミライによって造られた紛い物の存在だ…。オレは、俺を造った人間を憎んでいる…。オレは、復讐してやるんだ…。全てをぶっ壊して、これがお前らの望んだ世界だと見せつけてやるんだ…」

「………」

 

 ネメアは静かに語った。ネメアの口には、何か迷いがあるように思えた。復讐するためにミライを探している…。果たして本当にそうなのか、どうしても疑問に思わずにはいられなかった。

 

「そうかよ…」

 

 ひとまずはそういう事にしておこう。それが私の身の安全の為でもある。ネメアは何か特別な目的の為にミライを探している…。それが知れただけでも大した成果だろう。そう思うようにしておこう。

 

「………っ」

 

 ネメアが寝息を立てている。どうやら眠りについたようだった。あんな化け物でも睡眠が必要とは、ネメアも生物の一種なんだと思ってしまう。なんだか私も眠い。次起きた時にはどうなっているのだろうか。怖いような気もするけど、なんだか好奇心を駆り立てられてしまう。ともえたちは助けに来てくれるのだろうか。微睡みの空想の中に私はそう思いながら沈んでいった。

 

 

…………

 

 

「起きろ、ロードランナー」

「………へぁっ!?」

 

 突如感じた、ネメアのただならぬ威圧感に目を覚ました。見ると、私の頭上にはエメラルドに輝く瞳がギラギラと輝いていた。それとは対照的に鈍く白く光る左目もなんとも不気味だ。

 

「行くぞ、ゴコクエリアに行く」

「ゴコクエリア…?何だってそんなところに…」

「オレの祖父上(おじうえ)がそこにいる。これからそいつを殺りに行く」

「なっ…!?い、嫌だぞ!!私は行かねえ!!!」

「お前は見ているだけでいい。最前席で最高のショーが見られるんだ。行かない理由などあるまい」

「い、嫌だ!!!放せ!!!」

 

 ネメアは有無も言わさず私の襟首を掴むと、引きずりながら私を独房から連れ出した。私の意思もどこへやら、ずんずんと私を引きずりながら歩いていく。

 

「感じるぞ、祖父上(おじうえ)…。今、このオレが殺しに行ってやるぞ…!」

「ッ…」

 

 ビリビリと肌を刺すような殺気がネメアから放たれる。

 初めてアムに遭遇したときのことを思い出す。あの時のアムからも似たような殺気を感じたっけ…。何かに怯えて、怒っていて…。自分に害をなすであろう敵をひたすら倒していたビースト…。それを今、私は感じている。…まさか、こいつもアムと同じ類なのか…?

 

 

…………

 

 

「お前は…?」

「久しぶりだなァ、祖父上(おじうえ)よ」

 

 眼前の蒼いたてがみのフレンズを睨む。嫌味を込めた言葉を吐きながら、ネメアはそのフレンズに歩み寄っていく。

 敵対するフレンズの鋭い眼光がネメアを貫く。その者の名は、ネメアの祖父でもあり、ゼウスと並ぶ実力を持つオリンポス十二神が一柱、ポセイドンだ。私たちフレンズに組しながらも、かつて私たちと渡り合ったように、その威厳を以ってネメアと対峙している。かばんは、ポセイドンのことを神といっていた。果たしてネメアに勝てるのだろうか。

 僅かな希望が私を苦しめる。ポセイドンには勝って欲しいと願うけど、どこかポセイドンに不安を抱く私もいる。もしかしたら勝てないのではないかと、心のどこかで思っているのだ。

 軽蔑したようにネメアが歩みを進める。その言葉には、心底失望したような、哀れみすら込められたネメアの思いが吐き出されるようだった。

 

「随分と落ちぶれたものだな、祖父上。貴様の弟君は、あれほど人間というものを嫌っていたというのに、その人間に組し胡坐をかくとは…。ゼウスが今の貴様の堕落した姿を見ては、さぞや悲しもうなァ…」

「……お前には関係ないはずだ、ネメア」

「オレには関係ないと?ハッ!」

 

 ポセイドンの言葉にネメアが嘲笑する。ポセイドンの言葉にネメアが戦闘意欲を見せると、すぐさまポセイドンを挑発し始めた。

 

「面白いことを言うではないかヒッポカンポスよ!体を馬に変えられて頭の中までも馬になってしまったか!?かつて神であった貴様がこんなチンケな島に留まってどうするというのだ!?神というものも落ちぶれたモノよなァ!見下げ果てたぞ、ポセイドンッ…!」

「……それ以上愚弄するようであれば容赦はせんぞ…!ネメアッ!!」

「オレと殺り合う気か!?面白いッ!貴様のような年老いた牝馬がでどこまでオレを追い詰めれるか楽しみだ!!!さあ、死合おうかァ!!!」

 

 

…………

 

 

 ブシャア!!!

 

 ポセイドンが大地を穿つ水の弾丸をネメアに放つ。しかし、ネメアはまったくの意に介せずじわじわと距離を詰めている。ポセイドンの攻撃が通用しないと慢心しているのか、まるで弄ぶようにゆっくりと近付いていっている。

 

「くっ…。ならば…!」

 

 驕るネメアに渾身の力を込めて攻撃する。しかし、ネメアは飄々と攻撃を受け流すだけで、ポセイドンの攻撃などまったく意に介さない様子だ。事実、体は少し濡れるだけで傷の一つも付いていない。特に苦しむ様子もなく、不気味な笑みを浮かべながら少しずつ彼女との距離を詰めていく。

 

「どうした祖父上、神ともあろう者がその程度の実力ではあるまい。もっとオレを追い詰めてみせろ!プロメテウスが愛した人間でもオレの左目を奪ってみせたぞ。それとも、オリンポス十二神ともあろう者がその程度なのか!?」

「ぐっ…おのれッ…!」

 

 金羊毛を使うこともなく、ポセイドンとの距離を詰めていく。さすがのポセイドンも攻撃が通用しないと理解したのか、攻撃の手を緩めて距離を取ることに専念し始めた。

 

「どうした!?その程度か祖父上よ!!!」

「おのれ…!忌々しい力を手にしたものよなあ!テュポンの息子よ!!!」

「ハッ!!!これも貴様の選んだ道の果てよ!ポセイドンッ!!!」

 

 ネメアは金羊毛を翻したと思うと、突如、肌をも切り裂くかのような突風が吹き始めた。ネメアを中心に竜巻が吹き荒れる。眩い閃光と立ち込める暗雲にゴコクエリアが包まれていく。これがネメアの持つ力なのだろうか。それとも、ネメアの持つ金羊毛の持つ力なのだろうか。

 

「ぐっ…!ただが獅子一匹の持つ力ではないな…!貴様…一体何をした…!」

「オレはテューポーンの血を引く怪物だ…。この程度の所作などどうでもない…!さあ、大人しく跪け!オレに命乞いをするんだな!」

 

 更にネメアが挑発する。怒りに駆られるポセイドンはそんな挑発に乗るはずもなく、ネメアに抵抗する姿勢を示している。

 

「誰が貴様なんかに…!私はオリンポスの神だッ!!貴様のような怪物の息子などに負けるはずがないのだッ!!」

「良い心構えだヒッポカンポスよ!オレがそのような矮小なプライドなど、木端微塵に砕いてみせよう!このオレが力の差というものを見せつけてやる!覚悟しろッッ!!!」

 

 それは、絶望と呼ぶにはあまりにも大き過ぎた。暗雲と暴風がゴコクエリアを包み込む。バケツをひっくり返したような大雨が私たちを打ち付ける。テューポーンの力を手にしたネメアがゴコクエリアを呑み込んでいっている。空が大海を荒らし、大地を呑み込んでいく。天をも揺るがす圧倒的な力、それ程の絶対的な力が目の前に現れていた。

 

「あ…あぁぁ…」

 

 あまりもの出来事に思わずへたり込んでしまう。とても現実に起こっている事とは思えなかった。私たちはあんな怪物と戦っていたのか…?そう思うと目の前が真っ暗になるようだった。

 

「天よ、地よ、そしてエトナの地に眠る我が父よ、かの敵を打ち倒すため、今こそ目覚めよ…。あなたの声に天は揺らぎ、星々は恐れ、山々は恐怖に震えるだろう…。今、あなたの想いは叶えられん…。神々に滅ぼされた全ての恩讐が、あなたと共にあらん…!」

「ぐっ…!」

 

 風は勢いを増していく。ネメアの呼び声に応えるように、空は鳴き、雷鳴を轟かせる。

 

「さあ、今こそ復讐の時だ…!タイタンの力を、思い知れッ!!!」

 

 ネメアがポセイドンに喝を飛ばす。瞬間、空がドンと轟音を響かせた。

 雲より遥か空の果て、そこに巨人の姿を見た。黒い岩石のような黒化した頭、赤く燃え滾る双眸の眼、そして、空を覆わんばかりの圧倒的な姿…。アレが…ネメアの言うテューポーンなのか…?

 

「ぁ…………」

「まさか……本当に……テュ…テューポーン…。まさか……このような……」

 

 ポセイドンが私と同じく、その姿に絶句している。私にはどういう存在かわからないけど、ポセイドンの反応から察するに、恐らく相対してはいけない相手ということだけは分かる。

 

「くっ…!負けてはならん…ならぬのだ…!オリンポスを、アトランティスを、そしてゴコクエリアを守護する神として、決して負けるわけにはいかぬのだッ!!!」

 

 ポセイドンが海水を纏って巨人の姿を形作る。私たちがポセイドンと戦った時に見せた、あの水の巨人だ。

 

「私もただでは倒れんぞ…!せめて、貴様らタイタンに一泡吹かせてくれるわァッ!!!」

「▓▓▓▓████▓▓▓████░███▓▓▓▓█████░░░░▓▓▓▓三三三」

「なっ…!?」

 

 世界が揺れる。テューポーンの発した恐ろしい声により、私の体…もとい、この世の全てが揺れた気がした。

 

「こんな…ことが…!」

 

 ポセイドンが呻いている。見てみると、テューポーンの発した声により、ポセイドンの纏う水の体が崩壊していた。ポセイドンが召喚した水の巨人は、テューポーンのたったの一声で崩壊してしまったのだ。

 ポセイドンが膝をつく。私たちの目の前に現れた圧倒的な破壊の化身を前に、ポセイドンや私たちはもはや無力なのだ。

 

 ズン!

 

「うっ…!?」

 

 突如、体を押し潰されるような感じがした。雲の上の遥か上空、真っ黒く褐色した巨大な隕石のような拳が、私たち目掛けて振り下ろされていた。どうやら、この島ごとポセイドンを叩き潰す気らしい。

 

「ぐうぅぅぅ…!!!うあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛」

 

 ポセイドンの背面から巨大な水の柱が伸びてくる。どうやら、あの水の柱でテューポーンの拳を押し返すようだ。二つの圧倒的な力がぶつかり合う。私はそれをただ見ることしかできなかった。

 

 ズォン!!!

 

「うわぁ!!!」

 

 二つの力がぶつかり合った衝撃で体が吹き飛ばされてしまった。見上げると、テューポーンの拳とポセイドンの水流がぶつかり合って巨大な水蒸気が上っているのが見えた。二つの力は拮抗しあっているようだった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!」

「ふはははははははは!!!いいぞ!そのまま抗って絶命しろォ!!!祖父上ェ!!!」

 

 

…………

 

 

「ぅ…が…ぁ…」

「見下げ果てたぞ、祖父上…」

「ぐ…!ぎ…ィ…ッ!」

 

 勝負はあっという間だった。ネメア…テューポーンは全然本気を出していなかった。ネメアの召喚したテューポーンは、何てこともなくポセイドンの水流を押し返して潰してしまったのだ。テューポーンの拳に潰されたポセイドンはもはや立ち上がることすらできないでいた。

 

「所詮、神もこの程度か…。がっかりだぞ祖父上…。貴様はオレを昂らせるだけで満足させることもできなかった…。さあ、我が祖父上よ、いよいよ死ぬ時だ…。何か言い残すことはあるか?」

「ぅ…あぁぁ…」

「ふん…。語る口すら持たないか…。惨めなものだ…。オリンポス十二神というものも大したものではなかったな」

「ぐっ…。はァ…!くそォ…!神でも怪物でもない獣畜生に二度も倒されるとは…!私も落ちたものだ…!ウラノスもクロノスも、このようにして自身の子にやられたというのか…!!やはり、支配者というものはこうして葬られるものなのか…。…悔しいが認めねばなるまい…。さあ、一思いにやるといい。私の命はお前の手の上にある…」

「ハッ!そうか…。なら、望み通り殺してやろうか…!」

 

 ネメアはそう言うと、ポセイドンの背中を踏みつけて呪いをかけるかのように呟いた。

 

「だが、ただでは死なさん…。貴様のオリンポスの神としての力は、オレのモノになるのだ…!」

「なっ…!?貴様…!」

 

 背中を踏みつけ、ポセイドンの首を鷲掴みにすると、ネメアは力のままにポセイドンの首を引っ張り上げた。

 

「う゛ッ・・・!あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛・・・!」

 

 思わず目を背けてしまった。メキメキと音を立てて…ポセイドンの呻き声が止んだ。

 ちらりとネメアの方を見てみる。首のないポセイドンの亡骸が一つ。血まみれのネメアが一人。その手には、苦しみに歪んだポセイドンの生首が無造作に握られていた。

 

「呆気ないものだな、祖父上…。…そうだな、こいつももらっていくか」

 

 そういって、どこからか、かつてポセイドンが使っていた歪な形のトライデントを取り出した。ポセイドンの絶対的な力の象徴であり、ポセイドンの持つ力を最大限に引き出す神器の一つだ。

 

「オレはテューポーンの息子でもあるが、同時にお前の血も引き継いでいる。これくらい使うこなすなど造作もないものよ」

 

 バチバチと槍から青い稲妻が迸る。怪物テューポーンを使役し、ポセイドンの力をも手にしたネメア…。いよいよ手を付けられなくなってきたようだ。

 

「…他にまだいたか。キマイラ…。いるのだろう?出てくるといい。久々に話そうではないか」

「ッ…!」

 

 ネメアが呼び掛けた方に目を向けると、一人のフレンズがいた。かつて私たちと一緒に戦った、トラツグミだ。

 

「久々だな、キマイラ。何やら逞しくなったようだな。あの時の臆病風に吹かれた弱虫はどこへ行った?」

「そんな…。……本当に、私の弟なのか…?」

 

 …?何の話をしているんだ?弟?こいつらは兄弟なのか?

 

「いかにも貴様の弟だ。オレのあまりもの変わりように驚いたか?」

「……私の知ってる獅子はもっと正義感に溢れていて、無益な殺生を好まない気高い戦士だった。なのに、お前は…」

「オレの知っているキマイラは親にも見放される弱虫だったはずだが?それがどうしてまあ、こんなところで祖父上と隠遁しているのか…。いつの間にオリンポスの神と肩を並べるようになったのだ?自身が偉くなったと勘違いしているのではないか?」

 

 ネメアがトラツグミを挑発している。仮にも兄弟であるのなら、こんなにギスギスした会話があるだろうか。

 

「勘違いなどしているつもりはない…。私は自分の居場所を見つけ、そこで皆と静かに暮らしたいだけなんだ…。紆余曲折を経て、我が祖父…ポセイドンと暮らすことになった…。それを…それをお前は…!なぜ自分の家内を殺せるんだ…!」

「子が親を殺すのは当然の事であろう?ゼウスはクロノスを殺し、クロノスはウラノスを殺した。人の子であるペルセウスでさえ父君であるアルゴス王を殺した!子が親を葬るとは世の常なのだ、キマイラ…」

「そんな…間違ってる…」

 

 トラツグミはワナワナとした様子でネメアの言葉を必死に拒否している。子が親を殺すなど…。ネメアはそんな異常を当然のことだと肯定している。トラツグミは実の弟に嘲笑されながらそれを諭されているのだ。

 

「なにが…なにが貴方をそんなに変えたんだ…。私は…信じられない…」

「さあ…?何だろうな…?そんなこと考えたこともなかったぞ?」

「ッ…!!」

 

 トラツグミは顔を強張らせると、怒りとも絶望ともいえる鋭い眼差しをネメアに向けた。

 

「お前は…お前は私の知る獅子なんかではない!!!私の知る獅子はもっと穏やかで気高い戦士だった!!!これ以上私の家族を騙るというのなら容赦はせんぞ!獅子よ!!!」

「ハッ!愚かな…」

 

 蒼い稲妻がトラツグミを焼く。鋭い痛みに襲われたトラツグミはそのまま倒れてしまった。

 

「ぐぁっ!グっ…!なぜだ…!どうして…!」

「考えるだけムダだ。神々の世から人の世に変わったように、オレたちも変わっていくんだ。それが受け入れられんというのなら、そうやって嘆き苦しむといい。……行くぞ、ロードランナー。この島にもう用はない。こんな島とはさっさとサヨナラだ」

 

 襟首を掴まれてホッカイエリアへと戻っていく。後には、首のないポセイドンの亡骸と、地面に伏せ涙するトラツグミの姿だけがあった。変わり果てた弟の姿を見て悲しんだか、それが受け入れられない自身の弱さに涙したか。それは誰にも分からない。

 ネメアの顔に笑みはなかった。ここに来た目的であるポセイドンはネメアによって殺された。そして、自身の兄というトラツグミとも決別した。

 自ら振り払った手をネメアはどう思うのだろうか。果たしたはずの目的に満足できないままネメアは去るのか。泣き咽ぶトラツグミ…キマイラとネメア、そして自身の手で殺めたポセイドン。すべてはネメアが自ら選んだ道だ。

 この結果をネメアはどう思うかは分からない。すべてはネメアの考えあってのこと…。私はただネメアに振り回されるだけだ。

 

「これで満足なのかよ」

「………」

 

 ネメアは語らない。血塗られたケダモノは海を往く。ゴコクエリアで神を堕とした英雄は、殺戮を求めてホッカイエリアへと戻っていく。

 私はこの目でともえたちが殺されるのを目にするのか。それとも、神の力を手にしたネメアが討たれるのを目の当たりにするのか…。結末は分からない。


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