けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:こんぺし

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Ruin-11「転機」

「…………」

 

 園長さんから配られたビラを見ていた。国連軍はこのパークに対して、信じられない非人道的なことを行ったという内容の通知だった。キョウシュウエリアは壊滅、サンカイエリアは立ち入り禁止、リウキウエリアは厳格な入場規制が敷かれているという。ここ、ホッカイエリアは一部を除いて原則として自由な移動は禁じられている。

 

『続いてのニュースです…』

 

 どうやら、国際的にもこの事件は知られるようになったようだ。テレビの画面からこのパークに起きた自体が報道されている。

 私たちに配られたビラというものは、国連軍…主に、合衆国軍がパーク中にBC兵器を用いたというものだった。

 キョウシュウエリアには大量のペストと炭疽菌がばら撒かれた。サンカイエリアとリウキウエリアにはガス攻撃がされたという。内部からの垂れ込みかは分からないけど、告発者はよくやってくれたと思う。

 

「まさか、こんなことになるなんて…」

 

 ネメアさんに追い詰められた合衆国軍は、いとも簡単にパークに対してそれらの兵器を使用した。事前に通告はあったものの、こちらの声はまるで聞く耳も持たなかった。条約を守る気などさらさらないらしい。それとも、戦争ではないのだから関係ないとでもいうのだろうか。

 

「目に見えない敵に対して、ガスやウィルスを使って行動を制限させる気らしいな。ホートクやナカベも、もはや完全に落ちてしまっている。海上も合衆国の艦艇によって半ば封鎖されてしまっている状態だ。……ワシミミズクにはしてやられたが、ネメアは金羊毛をうまく使ってくれているらしい」

 

 カコの答えは実に淡々としたものだった。合衆国の無秩序な破壊行為に関して、何の感想も抱いていないようだった。

 フレンズさんたちの退避は完了しているものの、慣れない地方の暮らしや、自由が制限されているせいで、みんなストレスを抱えてしまっている。実際、フレンズさんたちはパークで何が起きているのかよく理解できていないようだった。

 

「毒ガスとかウィルスとかどうして…。私たちどうなっちゃうの…?」

「………」

 

 サーバルさんの問いに私は答えられなかった。どうなるかは私にも分からない。もしかしたら終わりなんじゃないかと、そう思わずにはいられなかった。敵は、あの覇権国家である合衆国を中心とした軍隊なのだ。それに、四方は既に包囲されていて外界と接触することすら叶わない。

 絶望だけがある。それだけは確かだった。

 

「…………」

 

 宿舎内に沈黙が流れる。人であり、この中で一番偉いはずの私が何とかしなければならないのだろうが、私一人ではどうすることもできない。

 暗く沈んだ考えだけが頭を支配している。暗く淀んだ私の頭では、合衆国に跪くことしか考えれなかった。

 外には毒ガスを散布する合衆国の航空機が大きな音を響かせて飛行している。この音を聞いただけでフレンズさんたちは怯える始末だ。私一人の力ではどうすることもできない。

 

「ネメアさん…」

「………」

 

 一つの大きな影が私の前に立つ。

 

「アレを…始末してきてもらえますか…」

「……任せておけ」

 

 影が私から立ち去る。黄金のマントをなびかせながら影は去っていく。ネメアの谷で人を食らった獅子は、この世界においては救世主となるだろう。もはや、アレに抵抗できるのは彼女一人だけだ。

 

「─────………」

 

 テレビからは国際情勢の流れを示す情報が淡々と流れている。フランスは利益のない戦いだとパークから軍を引いたらしい。

 中東と欧州の石油をめぐる戦争は依然として長引いている。中国は絶対防衛戦線を築いて、東アジアを完全に我が物としている。ロシアは国際情勢の混乱に乗じて、周辺国を呑み込んでは脈々とその勢力圏を広げている。

 この世界にかつての平穏は訪れることはない。あるのは暴力と支配と圧政のみだ。

 日本の最後もあっけないものだった。合衆国はさっさとアジアから兵を引き上げるや否や、日本も朝鮮もすぐに見放した。アジアはあっという間に中国に呑み込まれた。今、私たちが見ているテレビの映像も中国のプロパガンダという側面が強い。

 

『合衆国は、ジャパリパークに各国間で禁止されている毒ガス、及び、致死性のウィルスを散布し、残留観光客を苦しめています…』

 

 今日も変わらず合衆国に対するプロパガンダが流れている。事実か虚実か…それすらも分からない。だけど、合衆国がパークをガスやウィルスで汚染しているのは事実だ。私たちは立ち上がらなければならない。

 

「私たちも…ただやられる訳にはいかない…!」

 

 そういって立ち上がると、宿舎の扉の前に私は立った。

 ……合衆国に反旗を翻す時だ。私たちの長い戦いが始まる。

 

 

…………

 

 

「んぅ…」

 

 変な夢を見た気がした。ミライと思わしきヒトと、それに答える黒い影…。話してた内容を思い出そうにも、言葉が変にくぐもっているようではっきりと思い出せない。

 

「なんだったんだろう…」

 

 ゆっくりと体を起こす。固い石畳の床で寝ていたせいで体の節々が痛む。

 

「いてて…。せめて寝床の一つでも寄こしてくりゃあ良いのに…」

 

 体をさすって痛みに身をよじる。相変わらず独房の中は薄暗くじめじめとしていて気持ち悪い。

 鉄格子の外ではネメアが一人椅子に腰をかけたまま眠っている。心なしか、いつになく苦しそうな顔をしながら寝ているように見える。

 

「………」

 

 目を覚ましたのか、薄目を開けて少しだけ部屋の中を見回す。

 ……なんだか少し様子がおかしい。それとも、寝起きで本調子ではないのだろうか。

 

 ドサッ!

 

 ふらふらと立ち上がったかと思うと、ネメアは膝を崩して倒れてしまった。まるで生まれたての小鹿のようだ。さながらゾンビのようにも思えてしまう。

 

「ロード…ランナー…」

「……?」

 

 絞り出すかのような声で私の名を呼ぶ。息は荒く、とても苦しそうだ。

 

「な…なんだよ…」

「だ…大丈夫…かい…?」

「は、はぁ…?」

 

 やっぱり様子がおかしい。声もいつものネメアのものではない。

 震える両手で鉄格子に縋るように掴まる。普段のネメアからは考えられないような姿にひどく心臓が高鳴る。いったい何が起きているのか…。発作でも起きているのだろうか。

 

「わ…私だよ…。ラ…ライオン…だよ…。ごめんね…。こ…こんなことに…巻きこんじゃって…」

「ラ…ライオン…?ど、どういうことだよ…。また私をからかってるんじゃないんだろうな!?」

「か…からかってなんか…ないよ…。はは…。まさか…私が群れを裏切って…みんなを傷つけるなんて…ねぇ」

「な…なに言ってんだよ…。意味が分かんねえよ…。……本当に…ライオンなのか…?」

「本当だよ…。今は…信じなくても…いいけどね…」

 

 苦しそうな声でライオンは答える。見てくれはまんまネメアだけど、答える声はあの日に聞いたライオンそのものだ。ネメアに体を乗っ取られたライオンだけど、意識は体のどこかに残っていたとでもいうのだろうか。

 

「よく聞いて、ロードランナー…。アイツに…会うんだよ…」

「アイツ…?」

「……ヨルムンガンド…。このエリアのどこかに眠っている…世界蛇のフレンズ…。そいつなら…ネメアの求めてるものも…かばんが求めてるものも…知ってるはずだから…」

「ヨルムン…ガンド…。そいつを…探せばいいんだな…?」

「あぁ…。まぁ…けど…。大丈夫だよ…。きっと…この私が…どうにかしてみせるから…」

 

 そう言うと、ライオンは目を瞑った。

 

「あぁ…ダメだ…。意識が…遠のいていく…。アイツが目を覚ますんだろうねぇ…。またしばらくお別れだよ…。じゃあね…」

「お、おい!」

 

 そう言って、ライオンは崩れ落ちるように床に伏してしまった。白く獣化した腕が私の足元に放り出される。幾度もアムの体を傷つけてきた禍々しい黒い爪だ。

 それから程なくして、ピクリとネメアの腕が動いた。僅かな呻き声と共にネメアの体が起き上がる。

 

「っ…。これは…何が起きた…?」

「よう…。お目覚めかい、ネメア」

 

 不思議そうに寝ぼけ眼のまま辺りを見回す。どうやら、さっきまで何が起きていたのか分からないようだった。

 

「オレは椅子で寝ていたはずだが…。何が起きたのだ…?」

「ひっでえ寝相だったぜ。こんなところまで転がってきやがるんだかよ。夢遊病じゃないかって恐々したぞ」

「むう…。そうか…。ところで、変なことはなかったか?ロードランナーよ」

「ヘンなこと…?」

「そうだ…。例えば…"オレ"以外の奴と話してはいないか?」

「ぅっ…」

 

 図星だった。ネメアは何があったかちゃんと理解しているようだった。それもそのはずだ。自身の身に起きていることを理解していないはずがない。ライオンの体を乗っ取っているのだから、ライオンが隙を見て何かしようとしているのだと思うのは自然の事なのだ。

 

「やはりな…。何を話したか知らんが、余計なマネはしない方が身のためだぞ?」

「別に何をするつもりもねえよ…。だけど…」

 

 少しもったいぶるように言葉を区切る。ネメアは私の言葉を他所に見下している。

 

「ライオンは言っていた…。ヨルムンガンド…。そいつに会いに行く気はないか…?」

 

 

…………

 

 

 深夜、気を紛らわすために一人で散歩していた。サーバルちゃんは気を使ってくれているのか、ぼくとは離れたところで一人静かに眠っている。

 

「………」

 

 あの時の出来事が頭によぎる。アムールトラさんの慟哭、ロードランナーさんの叫び、そして二人の涙…。すべてはぼくの誤った指示から始まった事だと思うと、壊れてしまいそうになる。

 

「ッ……」

 

 涙が溢れてくる。ぼくは弱い人間だ。こんな重荷を一人で背負いきれる程ぼくは強くはない。何とかしなきゃと思っても、こうして失敗すると自責の念で潰れてしまいそうになる。

 

「ぁ…ぁあぁぁぁぁ…!」

 

 樹木に縋りついて嗚咽を漏らす。まるで脳裏にこびり付いた悪夢のようだ。これからずっと、この悪夢にぼくは苦しむことになるのだろうか。ロードランナーさんは無事か…。ネメアから虐待は受けていないか…。頭の中がぐちゃぐちゃになっていくようだ。

 ふと、誰かが話す声が聞こえた。ぼくの他に誰かが起きているらしい。

 

「誰だろう…」

 

 涙を拭って、なるべくバレないように声のする方へ向かっていく。茂みの中に身を潜めて伺ってみると、アムールトラさんとサタンが何やら話しているのが見えた。

 

「それで、お前は俺と契約をしたいと?」

「………」

 

 契約…?確かにサタンは悪魔で、術者と契約を交わすことで人知を超えた才能や知識を授けれるはずだけど…。それでアムールトラさんは何を…?

 

「あたしは奴に勝つ…。だから、お前の力が欲しいんだ…」

「お前が代償さえ払うのであれば、知恵でも力でもなんでもくれてやる。それで…お前は俺に何を捧げる?」

「あたし、は…」

 

 アムールトラさんが黙り込む。褒賞と代償など、一人のフレンズさんであるアムールトラさんには難しいのではないか。

 しかし、アムールトラさんはどうやら違ったようだった。アムールトラさんは顔を上げると、はっきりとサタンにこう告げた。

 

「あたしの力をやる。あたしの…ビーストとしての力を…」

「ほう…。なるほど…。ならば、お前の望む力を、俺からもくれてやろう」

 

 サタンが答える。アムールトラさんは固唾を飲んでサタンの答えに頷く。

 

「だが、悪魔の俺とてネメアの毛皮を裂くだけの、神に比する力を授けることは出来ん。俺が授けるのはあくまでも戦いの才能だ。お前はビーストとしての力を失い、代わりにネメアを圧倒するだけの絶対的な才能を手に入れる…。それでいいな?」

「……ああ」

「よかろう…。貴様の願い、確かに受け入れた」

 

 二人を取り囲むように、足元から赤く淡い光が漏れるように湧き出る。禍々しくも美しような光に思わず目が奪われてしまう。

 

「さぁ、契約だ。血を捧げるのだ。貴様の血が我が魔方陣を満たす時、貴様は俺と真に結ばれ、契約が成立する」

「………」

 

 アムールトラさんは少し逡巡した様子を見せると、意を決したように自身の爪で手のひらを傷つけ、魔法陣にその血を垂らした。

 

「良いだろう…。貴様の想い、確かに見届けた…」

「っ…!」

 

 アムールトラさんの毛皮と頭髪が風に煽られたように宙を舞う。魔法陣から放たれる淡い光がより強くなっていく。アムールトラさんは戸惑いながらも、その光に身を委ねている。

 アムールトラさんの体から黒い靄が抜けていく。恐らくは、ビーストとしての力なのだろう。

 

「あぁぁ…」

 

 黒い霧がサタンに吸い込まれていく。光はより一層強くなったと思うと、まるで破裂するかのように光の粒子となって散っていった。

 アムールトラさんが力なく跪く。何やら緊張の糸が切れたように短く肩で息をしている。対するサタンは、宙で腰をかけているような奇妙な姿勢のままアムールトラさんを見下している。

 

「契約は成立した。事、戦闘に関しては誰もお前には勝てんだろう。ま、負けることがあるとすれば、それは狂乱したビーストになったお前でも勝てん相手であろうが…」

 

 サタンは言う。それは、何か含みの在るような口ぶりのようにも思えた。事実、サタンは何か見下しながらも、何かを見透かしたような視線を彼女に送っている。

 アムールトラさんは黙ったまま肩で息をしている。サタンの声が届いているかは分からない。しかし、幾多の戦場を戦い抜いたアムールトラさんのことだ。ビーストになれないという事がどういう事かは彼女が一番よく理解していることだろう。

 

「いずれお前は後悔することだろう。だが、決して俺はお前たちを見捨てたりはせん。助けを求めるのならば、いつでも俺の元へ来ると良い。我ら悪魔がいつでもお前の助けとなろう…。我々はいつでもお前たちを見守っているぞ…」

 

 そう言うと、サタンは霧のように消えていった。後に残されたのはアムールトラさん一人だけだ。

 辺りには虫の鳴く声とアムールトラさんの荒い息遣いだけが聞こえるのみ。静かな夜だ。

 やがて、アムールトラさんは立ち上がると、こちらに向かって歩き出した。このままでは、のぞき見してたことがバレてしまう。急いで退散せねば…。

 

「……!!」

 

 そうこう悩んでいると、目の前にアムールトラさんの足が現れた。どうやら最初からバレていたようだった。アムールトラさんは静かにぼくを見下ろしている。

 

「ぁっ……」

「………」

 

 何かを思うようにしばらく僕を見下ろした後、彼女は静かにその場から去っていった。訳の分からないまま茫然とその場にするだけのぼく。何も語らずこの場から去るアムールトラさん…。

 ボーっとしている場合ではない…。はっと我に返ったぼくは、急いでアムールトラさんを呼び止めた。

 

「アムールトラさん!!!」

 

 彼女の動きが止まる。アムールトラさんは振り返ることもなく、ぼくの言葉を黙って聞くだけだ。

 

「………」

 

 どうして…。そう聞こうと思ったけど、答えは分かりきっているようなものだった。それに、ヘタに訪ねてはアムールトラさんの逆鱗に触れかねない。分かりきった答えを聞くことなど、無粋が過ぎるというものだ。

 沈黙が流れる。アムールトラさんは黙って背を向けて佇んでいる。この沈黙が意味するものは何なのか、彼女の悲壮な覚悟が感じ取れる。

 

「……あたしは必ず連れ戻す。例えこの身が滅びようとも、アイツを殺して、ロードランナーを取り返す…。邪魔は…しないで…」

 

 アムールトラさんが立ち去っていく。ぼくにはどうすることもできない。……ぼくには、とてもアムールトラさんを止めれなかった。

 悪魔に魂を売って大事な人を助ける…。ぼくだって、サーバルちゃんが攫われようものなら、同じことをしたかもしれない。彼女の気持ちはぼくにも痛いほどよく分かる。

 まるで十年前のことを思い出すようだ。サーバルちゃんを助けるために黒いセルリアンに食べられたあの日の事を…。

 夜はまだ深い。ぼくもいい加減寝るとしよう。寝不足のまま、みんなの足を引っ張って迷惑をかけたくはない。

 ぼくにはぼくの出来る事を…。必ずロードランナーさんを助けて、ネメアを倒すんだ。


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