けものフレンズR ~Re:Life Again~ 作:韓非子
「そんな…アムちゃんが…」
「………」
アムちゃんが昨夜の内にあたしたちの元から去ったとかばんさんから告げられた。まるで目の前が揺らぐようだった。イエイヌちゃんもヘラジカさんも目を伏して黙っている。まるで、みんな最初から分かっていたかのようだった。
「ぼくには止めれなかった…。ぼくもサーバルちゃんが攫われたなら同じことをしてたと思う…」
「アムちゃん…。かばんさん…アムちゃんがどこへ行ったか分からないの…?」
「ロードランナーさんを助けに行ったとしか…。このエリアのどこに行ったかまでは分からない…。けど、きっと、ロードランナーさんを取り戻すまでは戻らないと思う…。それだけは確かだ…」
重い口調のままかばんさんは答える。……恐らくは、かばんさんは昨日、アムちゃんと話したのだろう。アムちゃんはひどく悔しがっていた。……アムちゃんは復讐しに行ったんだ。連れ戻しにじゃなくて、ゴマちゃんを攫ったネメアを復讐しに…。
重い沈黙が流れる。かばんさんは非力な自分を嘆いているようにも思えた。止めなければならなかった相手を止めれなかった自分を責めているようにも思えた。
そんな沈黙の中、突如サタンが口を開いた。
「かばん、そしてともえよ…。俺に付いてくる気はないか?俺は知っている。アムールトラ…そして、ネメアが向かっている場所をな…」
「え…?」
キョトンとした顔でかばんさんが答える。サタンの言い方では二人が同じ場所へと向かっているかのような口ぶりだけど…。
「ヨルムンガンド…。神々に仇名す原初の大蛇…。神々とタイタンの間に生まれた、古に伝わる大蛇の名だ。神々の時代を生き、そして人々の営みをその目で見てきた、世界蛇の名を冠する蛇の名でもある。……ネメアは、その蛇に己の生まれを、そして、ミライ…。お前の追い求めるヒトのその後を、奴は知りに行くつもりだ。……アムールトラもネメアを追って、ミズガルズの大蛇の元へと向かうだろう。俺の言葉信じるかはお前次第だ。…さて、どうする…?行ってみる価値はあると思うぞ…?」
サタンは答える。悪魔の持つ赤い目はいつでもあたしたちを見下しているようだ。まるで、すべてを見通しているかのようにも思える。
「俺に付いてくるといい。悪魔がお前を導こう…。お前の目指す先が喜劇となるか悲劇となるか…。共に見届けようではないか。我ら悪魔はいつでもお前のそばについている…。さあ、共に行こう…人の子らよ…」
悪魔に導かれ、太陽を背にあたしたちは歩みを進めていく。目の前に広がるは天高くそびえる白き山々の群れ、そして、目の前に伸びるいくつもの黒い影…。目指すはホッカイエリアの最北端、ヨルムンガンドが眠ると言われるフィヨルド地方…。……この地方の複雑に入り組んだ海岸にヨルムンガンドは眠っているとサタンは言う。あまり気乗りはしないけど、他に方法が思い浮かばない以上、サタンに頼る他はない。
大地に足跡を残してあたしたちは歩みを進めていく。また旅は始まったのだ。
「どういう経緯でここ、ジャパリパークに流れ着いたかは知らんが、奴は確かにこの地で眠っている。お前も見たであろう。裂けた岩肌と溶岩の間に踊る白い大蛇の姿を…」
「……まさか、アレがヨルムンガンドだっていうの…?」
「いかにも…。ネメアが興奮して自身に秘める神々の血を滾らせたせいで、大蛇の眠りを覚ましてしまったのだな。奴にとって神々は討つべき仇敵だ。もっとも、なぜヨルムンガンドが神々を目の敵にしているかは分からんがな」
あの時の光景を思い出す。山を裂き、溶岩を押し流しながらうねる白い大蛇の姿…。あたしたちは、今からその大蛇に会いに行くのだ。
「……怖いか?」
「そんな…怖くなんか…」
「ふふ…そうか…。俺は怖いと思ってるがな?」
「あんたが…?」
「ああ…。正直に言うと逃げ出したいくらいだ」
ヨルムンガンドが怖いとサタンは言う。あたしだって怖い。怖くないっていうのも所詮はやせ我慢だ。あたしたちの命を潰そうとした大蛇が怖くないはずがない。これからそれの元にいくだなんて、あたしだって逃げ出したいよ。
「ま、安心するといい。ヨルムンガンドはお前たちなど気にも留めてないだろう。火山で見た奴の行動も、寝起きの伸びをしたようなものでしかない。お前たちは死ぬ思いだっただろうが、奴にとってお前たちなど羽根をもがれた羽虫に過ぎん。気にも留めていないだろう。殺されると思ったのなら、それは紛うことなき誤解だ」
「むっ…」
ひどい言われようだ。もっと他に言い方があったろうに…。
「さあ、旅は長いものになろう。道中、ミライとやらの手掛かりを探しながら進むといい。ヨルムンガンドは逃げはしないし、ロードランナーも死にはせん」
ハーフトラックに乗り、道なき道を往く。イエイヌちゃんやヘラジカさんたちもみんな俯いたまま重苦しい雰囲気を放っている。みんな語らないだけであたしたちと同じ気持ちでいるのだろう。
恐れ、怒り、希望、不安、焦り、緊張…。みんなそれらの感情を抱いてこの場にいる。
あたしたちは必ず、ゴマちゃんを連れ戻して、生きて、このホッカイエリアから帰るんだ。
…………
ふと、身にしみるような寒気に目を覚ました。視界は薄暗く、どうやらテントのような物の中にいるようだった。耳にはハーフトラックを動かすエンジンの音が聞こえる。
「さむ…」
外は風が吹いているのか、バタバタとテントを打ち付ける音がする。よく見てみると、このテントはハーフトラックの車体に風防カバーを取り付けた物のようだった。車体尾部に開いている穴から外を覗いてみると、どうやら雪山を超えようとしていたところのようで、あたしたちは吹雪く雪山の真っただ中にいた。
しかし、いつの間に寝ていたのだろうか。隣では少し距離を開けてイエイヌちゃんが眠っている。ヘラジカさんとギンギツネさんの姿はない。寒さに強い二人は外で見張りでもしているのだろうか。
「…!セルリアンだ!みんな!戦闘の準備を!」
車外からヘラジカさんの声が聞こえた。どうやらセルリアンが出現したようだ。外が俄かに騒がしくなる。
「こいつらフレンズの姿をしてやがる…!新種のセルリアンか…!」
新種のセルリアン…?フレンズの姿をしてるって…。
「クソッ!ちょこまかとすばしっこい奴らだ…!おい!イエイヌ!起きて一緒に戦え!」
「わふっ…!?」
イエイヌちゃんはバッと飛び起きると、何事かとあたりを見回した。外のヘラジカさんの様子に何かが起きていると察知したらしく、外が吹雪く中素早く外へと飛び出して行った。
程なくパンパンとギンギツネさんのアサルトライフルの撃発する音が聞こえてきた。どうやら相当な数がいるようだ。
「ともえちゃん!!!」
「か、かばんさん…!」
「セルリアンの襲撃だ!ともえちゃんも戦えるかい!?」
「え!?あ、あたしは…」
「あぁぁ…!問答してる場合じゃないね…!ギンギツネさんの改造したアサルトライフルがあるからこれで戦って!」
「うわっ!?お、重…!」
そう言ってずっしりとした奇妙な形のアサルトライフルのようなものを投げ渡された。ギンギツネさんが使ってるものとは大きく形が違うようだけど、これもアサルトライフルなのだろうか?普通、アサルトライフルのマガジンといったらトリガーの前にありそうなものだけど、これはトリガーの後ろについている。なんとも奇妙な形の銃だ。
銃をまじまじと見ているあたしを他所に、かばんさんはさっさと出て行くと厳つい形のロングボウで応戦し始めた。ヘラジカさんとイエイヌちゃんを避けながら、的確にその矢をセルリアンに射っている。
あたしはというと、アサルトライフルを腰の位置に構えて滅茶苦茶に乱射するだけだ。反動をうまく抑えきれず、四方八方に弾が飛び散る。それでも被弾したセルリアンは見事に散っていくのだから科学の力はすごいと思う。もっとも、これを改造したギンギツネさんのおかげなんだろうけど。
一通り打ち尽くしたら弾倉内の弾が無くなったようで、腰の位置に来ていた強い反動が無くなったのが分かった。弾切れである。
「か、かばんさん!弾が!」
「くっ…!このままじゃキリがない…!それに、こんなに吹雪いてては狙いもまともに定められやしない…!サタン!なんとかならないのかい!?」
「助けたいのは俺とて山々だが、こんなに吹雪いては俺の火炎もあっという間に消されてならん。お前らで何とかするんだな」
「そうじゃなくて!!!これを突破する良い方法はないの!?」
「さてな…。勝てんと思うのなら逃げるのが最善の策だろう。このままではじきに囲まれるぞ?」
「なに…!?ええい、くそっ…!みんな乗って!強行突破するよ!!!」
かばんさんの号令に従ってトラックに飛び乗っていく。かばんさんはあたしたちの合図も待たずにエンジンを吹かすと、勢いよく発進した。目前のセルリアンを薙ぎながら包囲を突破していく。
「うわわ…!来てるよ来てるよ…!」
「……こうなったら」
ふと、ヘラジカさんが小さく言葉を漏らした。そして、迫り来るセルリアンを睨むと、勢いよくトラックから飛び出して行った。
「ヘラジカさん!?」
「シンガリはわたしが務める!お前たちはできるだけ遠くに逃げろ!」
「そんな…!ヘラジカさん!」
「………───!」
ヘラジカさんの姿が遠くなっていく。一瞬だけあたしたちの方へ振り返り、親指を立てると、そのまま白いベールの向こう側へと消えていった。
たくさんの黒くうごめく影が僅かに見える。恐らく、セルリアンたちがヘラジカさんを取り囲んだのだろう。あたしたちは黙ってそれを見ることしかできない。
「………」
やがて、セルリアンとヘラジカさんの姿は見えなくなってしまった。まるで目の前が暗くなるようだった。少し広くなった車内はあたしの心を表しているようだ。ぽっかりと空間ができている…そんな感じだ。
ヘラジカさんが下りたことを知らないかばんさんは、セルリアンの追撃を吹っ切ろうと猛スピードでトラックを走らせている。その空しさがあたしの心を凍てつかせるようだった。
…………
「………」
突如、ネメアの足が止まった。何やら俯いたまま何か思案しているようにも思える。
「にぃ…」
「な、なんだよ…。気持ちわりぃな…」
突如目を見開いて気色の悪い笑みを浮かべてきた。相変わらず不気味な奴だ。
「ヘラジカが自らを捨てて、オレの放ったセルリアンと一人で戦っているみたいだな…。愚かなものよ…」
「…はっ?」
ネメアが突然妙なことを呟いた。ヘラジカが一人で戦ってる…?何だってそんなことが分かるって言うんだ?
「な、なんだよ…。ヘラジカが一人で戦ってるって…」
「オレの放ったセルリアンが教えるんだ…。奴は、オレが放ったセルリアン共とたった一人で戦っている…。自らを捨て石にしてな…。まったく、哀れな奴よ…。人間共を逃がすために自ら犠牲になるとはな…」
「っ……」
聞き捨てならないことを聞いた。ともえたちはネメアの放ったセルリアンに襲われたんだ。そして、ヘラジカがその犠牲に…。ネメアが放ったセルリアンは優に100を、いや、1000を超える大軍だ。それをたった一人で相手にするなんて…。
「ぐっ…」
怒りや悔しさに身が震える。どれだけ怒りに身を燃やそうとも、私はネメアに歯向かえない。このまま背後から襲ったってどうせ負けるのは目に見えてる。今はただ耐えるしかないのだ。
「ふむ…。些か戦力を分散させ過ぎたか…。ヘラジカの奴め、次々とオレのセルリアンを片付けているようだな…。まぁ良い、世界蛇の元へ向かうとしよう」
「………」
世界蛇…ヨルムンガンド…。ネメアが自身の知りたいことを知れば、少しはおとなしくなるかもと思ってたけど、果たしてこのままでいいのか…。今更になって私の中で迷いが生まれる。いったいどうすればいいんだ…?
「セルリアンの情報によると、人間共とは別にアムールトラもオレたちを追っているようだな。どういう訳かは知らんが、お前たちの群れとは別に動いているようだぞ?よほどオレに攫われたのが癪に障ったようだな」
「ア、アム、が…?」
……あの時出来事を思い出す。絶対に忘れるもんか…。私がこいつに攫われた時のアムの顔…。私が無力なばかりにみんなをバラバラにしてしまったんだ。ヘラジカは皆を逃がすために自ら囮になった。アムは皆から離れて一人私を連れ戻そうとしている…。私のせいでみんながバラバラになっていく。その事実だけが私に重く圧し掛かってくる。
「ぐっ…!」
「どうした…?」
嘲笑交じりにネメアが尋ねる。
「お前なんか絶対倒してやる…!私は…私たちはぜってーお前なんかに負けねえ…!謝ったってぜってー許さねえからな…!」
「ほう…?それは面白い…。期待しているぞ、獣よ…」
クツクツと笑いながらネメアは北へと進んでいく。目指す先はヨルムンガンドの眠るホッカイエリアの最北端、フィヨルド地方だ。深い谷と氷に覆われたこの地方に、ヨルムンガンドは眠っている。そこを目指して、私たちは進んでいくのだ。
ともえ、ヘラジカ、アムールトラ、そしてミライ…。それぞれの運命が、そこで決まるのだ。