けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:韓非子

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Ruin-14「復讐」

「………」

 

 任務を終えてロッジに戻ってみると、辺りはひどく混乱していた。皆の混乱ぶりから察するに、普通ではないことが起きたのは確かなようだった。この場には似つかわしくない嫌な臭いもする。車という物が吐き出すあの黒い煙の臭いだ。

 話を聞いてみない事には判断のしようがない。そう思い、外で泣いているサーバルとカラカルに話を聞こうと近寄った時だった。

 

「ネメアー!!!」

 

 オレの存在に気付いたカラカルが大声で叫んだ。涙で赤く腫らした目でオレを睨みながらズンズンと近付いて来る。

 

「今までどこ行ってたのよ!!!アンタがいない間にミライさんが…!」

「……ミライがどうした?」

「ミライが…連れ去られた…!」

「………」

 

 ……この混乱ぶりはそれに来るものだったか…。確かにガスだけでなくオレの狩っている獲物の臭いもする。それも一人や二人ではない。どうやら集団でここを襲ってはミライを連れ去ったらしい。……ミライだけでなくカコの臭いもする。カコも奴らの餌食になったか…?

 

「………」

 

 オレの中で沸々と何かが湧きあがる。怒りとも殺意とも違う奇妙なものだ。カコとミライ…。必ず連れ戻さなけらばならない。何故だかオレは強くそう感じた。仮にも二人は、このパークにおけるオレの生みの親だ。子は親を乗り越えるものだが、それは自らの手でなくてはならない。それに二人はパークにとってかけがえのない存在だ。二人の身に何かがあってはならない。必ず連れ戻して、皆を助けなければならない。

 オレは泣き崩れているサーバルに近付くと、腰を落として声をかけた。

 

「サーバル、ミライがどこへ連れ去られたか分かるか?」

「…っえぐ…。うぇぇぇぇ…」

「………」

 

 サーバルはただ泣くのみだ。オレに強く当たったカラカルも膝を崩して泣いている。言葉はなくとも、この二人の泣く姿はオレにすべきことを示していた。

 オレは立ち上がると、サーバルに強く言い放った。

 

「立て、サーバル」

「……ひぐっ…」

 

 赤く泣き腫らした目で弱々しくオレを見上げる。その目は怯えているようにも見えたが、一筋の希望をオレに向けているようにも思えた。小さな種火が消えないように、小さな体へと手を差し出す。

 サーバルは恐れるようにオレの手へとその手を差し伸ばす。

 小さな手がオレの手のひらに触れる。オレはそれを確認すると、力強くその手を引っ張った。

 

「オレはこれからミライ、そしてカコを取り戻しに行く。奪われたものがあるなら取り返す。そして傷ついたものがあるなら、それ以上の報いを受けさせる。オレはティタン神族の生んだ怪物、そして、オリンポス神族の血を引く獣だ。そして、オレは奪われた故郷を取り戻すために二人に造られた命でもある…。オレはこれからその使命をまっとうしに向かう…。……オレの元で戦う覚悟はあるか?サーバル…」

「………っ」

 

 力強く大地を踏みしめる。壊れてバラバラになったものが再び形を取り戻したようだった。死灰また燃ゆ、死した不死鳥が再び焔を纏い、神々の支配する空へ舞い上がって行くようにも思えた。

 赤く腫れあがった瞳はまっすぐオレの瞳を貫いている。覚悟はできたように思えた。

 

「さあ、どうするカラカル。サーバルは戦う準備ができたようだぞ?」

「……アタシも行くわよ。絶対、ぜったいにミライさんたちを取り返してみせるんだから…!」

「……その心意気だ。さあ、驕れる支配者を打ち破る時だ…!ティーターノマキアの再来と行こうではないか!」

 

 

…………

 

 

 遠くに国連軍の駐屯地を見る。空には哨戒ヘリがいくつも飛んでいるのが見える。オレ一人であれば、この程度の駐屯地を潰すことなど造作もないことだが、今回はカラカルとサーバルがいる。この二人を連れての正面突破など、二人を死に晒すようなものだ。

 

「駐屯地はオレ一人で突破する。サーバルは敗残兵の始末をしろ。カラカルには増援の攪乱を任せるぞ。今回はオレが経験する戦闘でも一番規模の大きいものだ。生き残り、目撃し、無駄に戦闘を長引かれるのはオレにも都合が悪いというものだ。内部を制圧したらオレが叫ぶから二人は中に入ってこい。それから……」

 

 二人に作戦の概要を伝える。二人はいたって真剣にオレの話に耳を傾けている。この二人の態度からもこの作戦への本気度がうかがい知れる。

 あらかた説明し終えたころにサーバルから質問が上がった。敗残兵の始末というものに疑問があるらしい。

 

「敗残兵の始末って具体的にどうするの…?」

「喉を掻き切るか、頭に銃弾をぶち込んでやれ。今回は数も多いからオレにも討ち漏らしや殺り損ねたモノが出るかもしれん。そいつの始末をお前に任せる」

「……そのヒトたちってもう戦えないっていう事なんだよね。だったらわざわざやらなくても…」

「オレは目撃者がいたのならば、躊躇わずに殺すよう言われている。一般人であろうと、お前たちフレンズであろうとも、だ。それに生き延びて増援でも呼ばれようものなら、お前たちにも死の危険が及ぶのだぞ?奴らが勝つか、お前たちが死ぬか、だ。もっとも、オレはいくら増援が呼ばれようとかまわないのだがな」

 

 金羊毛を左目だけを出してマスクのように顔を覆う。金羊毛はあらゆる攻撃を無効化したり、はじき返すなどの防具としての側面もある。なるべく弱点を減らして、攻めの姿勢を増やすにはもってこいの道具だ。

 再び駐屯地を遠くに見る。ここからだとやや距離がある。少し近付いて二人を突撃しやすくしなくてはならない。

 横目でちらりとサーバルを見る。どうやら、もう覚悟はできたようだった。人を殺すのに躊躇する気はないらしい。

 

「奴らは攻められるとしたらオレ一人だけで攻めてきたと思うだろう。奴らはビーストが攻めてきたと思って死に物狂いでオレを始末しようとするはずだ。世に流れるビーストの噂とはオレのことだ。奴らがオレに夢中になっている隙に、生きている奴や戦意を喪失している奴を見つけて躊躇わずに殺せ。いいな?」

「……うん」

「…ふん。しっかりやれよ?」

 

 そう言ってオレは駐屯地に向かって歩き出した。…ミライ奪還戦の始まりだ。奴らは手を出してはいけない領域にまで手を出した。その報いを、受けてもらう時だ。

 

 

…………

 

 

 裏に回り込んで偵察をする。駐屯地と呼ばれるだけにそこそこの大きさがあるようだ。いったいいつの間にこんな規模の駐屯地を造ったのだろうか。これだけ広いとなると、ミライを探すにも少し骨が折れそうだ。

 柵を乗り越えて基地内に侵入する。金羊毛のおかげで誰にもバレずに入ることができた。誰もオレの存在に気付いていないようだ。奇妙な機械や小さなドローンが飛び回っているが、さほど大きな脅威ではないだろう。

 

 ピーピーピーピー!

 

 …?何の音だ…?

 

 辺りが騒がしくなる。なんと言っているか分からないが、何やら異常事態が起きたのは確かなようだ。まさか、オレが侵入したのがバレたのか?

 ドローンの赤い回転灯が忙しなく回っている。人間共は銃を手に取ってオレを探し出そうと躍起になっている。どうやら見つかったようだった。……面白い。このまま姿を晒してこいつらを驚かしてやるか。

 身体を包む金羊毛を脱ぎ、衆前に姿を晒す。

 

「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 絶叫して自らの存在を示す。突如現れたビーストの存在に、周りの人間たちはただうろたえている。……実に愉快だ。このままいたぶって奴らの喚き叫ぶ様を見てやろう。

 再び金羊毛で顔を覆い、戦闘態勢に入る。混乱から回復した幾人かの人間がオレに銃を向ける。

 

 ババババババ!!!

 

 四方八方から無数の銃弾が飛んでくる。だが俺には何の効果もない。左目をのぞき、オレの体はあらゆる攻撃を通さない無敵の毛皮と金羊毛に守られている。

 ……これから行われるのは戦闘などではなく、一方的な虐殺だ。悉くを制圧してみせ、必ずミライを見つけ出してみせよう。まずは、あの人間からだ。

 

「………」

 

 人間どもは効かないと分かっていながらも、なおも銃を撃っている。まともな対抗手段がないことの証左なのだろう。実に哀れだ。

 まずは一人の人間にズカズカと近付き、胸に風穴を開けた。哀れにも、人間は絶命しなかった。だが、これでもう戦えないだろう。心臓を潰されては死ぬのも時間の問題だ。

 次の人間に標的を変える。人間どもはジワジワと後退しながらオレとの距離を取っている。

 ふと、視界の端に奇妙なものを抱えている人間を見つけた。そいつは銃ではなく、太い円筒状の物を抱えている。

 

 ドォン!!!

 

「………」

 とっさに左顔面を覆ったが、なんてことなかった。ただの子供騙しだ。

 ……それにこれは良いものだ。わざわざ金羊毛を使わなくても良い煙幕になれる。…少し目と鼻に来るが。

 おおよその狙いを付けて大きく跳ね上がる。…狙い通りだ。一機に飛びかかって爪を血と肉で濡らしていく。だが、厄介なものを着ているらしく、うまく爪が入らずに予想していたよりも深く爪が入らなかった。ジャケットに入っている道具類も邪魔だ。どうやら、文字通り八つ裂きにするつもりで斬り刻まないといけないらしい。

 

「ふ…。はははは…!アーッハッハッハッハッ…!!!」

 

 ゾクゾクとする高揚感に胸が高鳴ってくる。全身に力がみなぎってくる。オレは獣に成り果てるのだ。そして、この場にいる人間を一匹残らず虐殺するのだ。

 

「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 溢れ出る戦意と高揚感を自らの絶叫に乗せて大地を震わせる。オレの絶叫に動揺したのか人間どもの攻撃がぴたりと止んだ。……賽は投げられた。さぁ、血肉湧き踊る大狂宴の始まりだ…!

 

 

…………

 

 

 ネメアーがキャンプ地に行ってだいぶ時間が経った。絶えずパパパパと何かが弾ける音がしている。空には、いつかみたことがある変なものが飛んでいる。ヘリコプターって言うんだっけ。何やらキャンプ地に向かって変なものを投げている。ヘリコプターがそれを投げるたびに、キャンプ地では何かがパンパンといっぱい弾けている。ネメアーは大丈夫なのかな…?

 

「そろそろ行った方が良いんじゃない、サーバル」

「ぅ…。うん…。けど…」

「……こわい?」

「……うん」

 

 あのまま行ったら、間違いなく私もやられてしまうだろう。少し落ち着いてから行ってもいいんじゃ良いんじゃないかと思った。それに、あれだけの攻撃にさらされてはネメアーも無事では済まないのも確かだ。このまま退避して、隙を見てミライさんを助けるのも一つの手だろう。

 

「─────ァァァァァァ──……」

「今のって……」

 

 太い絶叫が聞こえた。理性を失くした獣の雄叫びと思えんほどの絶叫だ。

 キャンプ地が火に包まれていく。赤い炎と黒い煙がもうもうと立ち上がって、とても現実に起こっているものとは思えなかった。ネメアーはこんな戦場をいくつも経験してきたのだろうか。

 

「あ…あれ…!」

 

 カラカルが目を見開いて何かを指さした。指さす先にはくるくると回転するヘリコプターの姿があるのみだ。……いや、回っているのではない。ヘリコプターはネメアーに蹂躙されているのだ。

 

「ネメアー…」

 

 ヘリコプターに飛び乗って、ヒトをめちゃくちゃに切り裂くネメアーの姿があった。中は赤く染まって、とても見ていられなかった。何が起こっているのか分からないけど、容易に想像できるようだった。カラカルはただ茫然とその様を眺めている。私も動けずただ唖然とするのみだ。

 一機、また一機と落とされていく。どうやっているのか、ヘリコプターの尻尾にぶら下がって、勢いよく地面に投げたりもしている。投げ落とされたヘリコプターは、キャンプ地から新しく煙と炎を吐き出していく。

 

「……サーバル、増援が来たわ。わたし、行くから…。あんたも頑張んなさいよ。……死んじゃ嫌だからね…」

「……うん」

「……それじゃ」

 

 そう言って、カラカルは去っていった。……私も行かなきゃいけない。私も…あの場所に…。

 

「……行かなきゃ」

 

 震える脚に力を込めて立ち上がる。今から行くところは死と暴力の世界だ。…一歩足を踏み出すごとにそれに近付いていく。

 ……こわい。今までパークで楽しく遊んできたことが嘘のように思えてくる。今まで過ごしてきた時間は嘘なのではないか?今まで私はずっと夢を見ていて、今起こっているこの惨劇こそが現実なのではないか?そう思えて仕方がなかった。現実世界のあまりもの乖離に私は混乱するようだった。

 

「っ……」

 

 キャンプ場の前に立つ。赤く燃え盛る炎に思わず身を引いてしまう。熱線と煙と血の臭いにまともに立っていられない。この中で戦うだなんてネメアーもどうかしている。私では絶対に無理だ。それにこれ…ミライさんは生きているの…?そんな疑問を思わずにはいられなかった。

 

「ぅっ……」

 

 死体だ。ヒトの形をした、かつてヒトだったもの。身を大きく切り裂かれて、変な方向に伸びている。右腕がないモノ、左脚がないモノ、首がないモノ、お腹がないモノ…。地獄という言葉は、これの為にあるのかもしれない。

 

「………」

 

 地獄の中を歩いていく。死体は動かない。動いたらそれは死体ではないという事だ。ネメアーの言う通りに、殺さなくてはならない。

 下を向いてはいけない。後ろを向いてはいけない。なるべく死体を視界から外して、歩いていく。できるだけヒトの死体を見たくない。見つけたら殺さなくてはいけない。…あぁ、頭の中がぐるぐるしてくる。

 

 ピチャ。

 

「………」

 

 血だ。血だまりを踏んでしまった。ヒトの体がから流れ出た血だまり。そばにはお腹を切り裂かれて内臓をこぼしたヒトだったものがひとつ。

 

「……あれ…?」

 

 ……生きている。生きてはいるけど死にかけだ。ネメアーがやりそこねたのだろう。

 

「……殺さなくちゃ…」

 

 そのヒトはイモムシみたいに身をよじって何かを乞うている。殺してほしいのか助けてほしいのか…。今の私には分からない。

 震える手で落ちている大きなピストルを手に取って、銃口をヒトに向ける。なるべく見ないように、顔を逸らして、もう片方の手で顔を覆って…。

 

 パンッ。

 

 引き金を引いた。

 ちらりと薄目でそのヒトを確認する。……頭に赤い穴が空いている。ヒトは動かず白目を剥いて横たわっている。恐らく死んだのだろう。

 

「私が…殺した…ヒト、を……」

 

 自分の両手を見つめて、自分のしたことを思い返す。私はヒトを殺したのだ。命じられたままに、私はヒトを…。

 

「うっ…!」

 

 びちゃびちゃと胃の中のものを吐き出す。耐えれなかった。自分のしたことが受け入れなかった。私はヒトを、殺してしまったんだ。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 一通り胃の中のものを吐き出して少し落ち着きを取り戻した。私はやらなくちゃいけないんだ。これもミライさんを救うためだと自分に言い聞かせる。

 

「……もう後戻りはできないんだ…。私達は勝てる…。絶対に、ミライさんを助けてみせる…!」

 

 そう言って立ち上がった時だった。

 

「………」

 

 見慣れたジャケットを見た。アレは間違いなく、ミライさんが来ているパークのジャケットだ。

 恐る恐る近付いていく。視界が歪むようだ。

 うつ伏せになっている体を抱き起こす。そしてそのヒトの顔を見た。

 

「ごめん…。人違いだった…」

 

 ミライさんではなかった。どういう訳か、このキャンプ場にいたパークの従業員のようだった。

 

「ミライさん、待ってて…!」

 

 そして私は進んでいった。いっぱいヒトを殺した。隠れてたヒト、泣いてたヒト、真っ黒なヒト、瀕死のヒト、ケガしたヒト、自分の腕を探してたヒトもいた。それらみんな殺していった。なんだか自分が殺戮マシーンになったようだった。そんな自分が嫌だった。

 しばらく行った先に、一人のヒトが立っていた。ただそこに立って、ごうごうと音を立てる炎を見ている。生存者は殺さなくてはならない。だから撃った。

 

 パン。

 

 そのヒトは倒れなかった。だからまた撃った。

 

 パン。

 

 やっぱり倒れなかった。やがて、そのヒトはゆっくりとこっちを振り向いた。

 

「ネメアー…」

「……やるじゃないか、サーバル…」

 

 ゆっくりとネメアーがこっちに歩いて来る。両の爪からは変な繊維のようなものがぶら下がっている。

 

「躊躇いなくオレを撃ったな、サーバル。その様子だとちゃんとやることをやったようだな。どうだ?ヒトを殺した感想は…」

「……最悪だよ。今だってまだ…」

「ハッ、上出来だ。恐らくまだ何人か殺り損ねてるだろうが、問題ない。これ以上増援が来る前にさっさと終わらせるぞ。…恐らくミライはあそこにいる。そこで、だ。この中に入れ、サーバル。決着を付けに行くぞ」 

 

 そう言ってネメアーは金色のマントを外して私の前に広げた。この中に入れとは、どういうことだろう…。

 

 

…………

 

 

「作戦はこうだ。建物の中の人間共はオレがすべて片付ける。お前は中でじっとしていろ。来る時が来たら解放してやる」

「……まるで意味が分からないよ。どうすればいいの?」

「…オレが敵を引き付ける。お前は金羊毛から解放されたらミライとカコを連れて逃げるんだ。ああ、他にも捉えられているのがいたら、可能ならばそいつらも連れて逃げろ。無理ならオレに任せるんだ。その代わりどこにいるのか教えるんだぞ?」

「…分かった。絶対に成功させるんだから…!」

「…その意気だ。必ず成功する。オレを信じろ」

 

 そんな会話をしていたような気がする。頭がボーっとしてうまく思考が回らない。カラカルは大丈夫かな…。周りから聞こえる悲鳴を聞きながらそんなことを考えていた。

 たくさんの悲鳴がする。肉を裂く音がする。死ぬ瞬間の音がする。ネメアーは何のためらいもなくその命に手をかけている。それどころか殺しを愉しんでいるようだ。

 それに私の扱いもぞんざいだ。投げられたり放られたり…。マント越しとはいえ、固い地面に放り投げられるのは痛い。もう少し優しく扱ってはもらえないのだろうか。

 

「ふむ…。このニオイは…」

 

 ふとネメアーが呟いた。私には分からないけど何かにおいがするのだろうか。

 

「こっちか…」

 

 ネメアーは進んでいく。階段を上っているのか上下に揺られるような変わった感覚がする。

 どれくらい上ったんだろう。なんだか永遠のようにも思えた。相変わらずネメアーとは不似合いな、ヒトが慌てている音もする。

 

 ウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー……。

 

 急にサイレンのような音が響いた。耳をつんざくような大きなサイレンだ。

 

『エマージェンシー、エマージェンシー。館内職員全員に通達。当基地にビーストが襲来、館内にビーストが侵入しました。館内職員は直ちに避難してください。繰り返します。館な……」

「くだらん…」

 

 バチっという音と共に館内放送の音が止んだ。どういう訳か知らないけど、ネメアーが止めたのは確実だと思った。

 再びズンズンと歩いていく。周りから人の慌てふためく音がするけど、ネメアーは気にもかけていないようだった。

 ふと、ネメアーが立ち止まった。ぼとりと私の体が地面に落ちる。何やら壁の向こうで誰かが言い争っているような声が聞こえる。

 

「ここか…」

 

 ネメアーはそう呟くと、ガンガンという鉄を殴るような音が大きく聞こえた。どうやら、壁か何かを殴っているようだ。そして、壁が破壊されたような音がすると、ネメアーは再び私を持ち上げて歩き出した。

 何やらさっきまでとは違って、何かににじり寄るようにゆっくりと歩いている。そしてネメアーは唸るような低い声で呟いた。

 

「ようやく見つけたぞ、ミライ…」

「っ…!」

 

 ミライさん…!?ミライさんがいるの…!?

 

「お前がミライを攫った犯人か…。それにこれは…」

「ぐっ…!お前がビーストか…!来るんじゃない…!来ればコイツの命はないぞ…!」

「………」

 

 もどかしさにどきまぎしてしまう。ミライさんに会いたい…。どうか…!

 

「取り引きだ。今、この包みの中にお前たちの仲間…。カレンダはソルジャーと言っていたか…?ともかく、生け捕りにしたソルジャーが1人入っている。ミライを解放すれば、こいつも返してやる」

 

 え…?もしかして…。

 ハッとした。ネメアーの交渉に男の人が乗れば、ネメアーは私を隠したまま男に明け渡す。そして、解放された瞬間に男の人を襲ってそのままミライさんを取り戻せば…。

 …できる。私ならできる…!絶対にうまくいく…!

 

「どうする?オレはこのままこいつを殺してもいいぞ?オレはこれまで何十人ものソルジャーを殺してきた。コレもその一つになるだけだ。……一人でも多く生かしたいだろう?人間が十何年もの間かけて育ててきたものをオレはたった少し裂くだけで殺すことができる。18年かけて育ててきたものを18秒で壊すんだ。お前はそれを認めることができるのか?」

「ぐっ……」

「選べ。一人の若者の命を選ぶか、そのままそいつを人質に取っておくか…。お前も愚か者ではないはずだ、男よ」

「くっ…!……いいだろう。さあ、それを放せ。ミライも返してやる」

「…ふん」

 

 ぽいと投げ捨てられて、ドンと床に転がる。ネメアーの顔は歪んでいることだろう。この中に入っているのはフレンズであって、ヒトではないんだ。少し罪悪感のようなものを感じるけど、相手はもっと悪いことをしているんだ。私は悪くないはずだ。

 視界が明るくなる。不意に開けた視界の中に、細い男の顔を見た。私はその男の人の顔を認めた瞬間に、勢いよく飛びついた。

 

「なにっ!?」

「うみゃあ!!」

「ガァ…!?」

 

 爪で思いっきり引っ掻いた。私の手が血に塗れる。

 

「貴様…!騙したな…!」

「奪われたものを取り戻しに来ただけよ。サーバル、よくやった。それにミライ…。お前…」

 

 ネメアーの言葉に釣られてミライさんを見る。……何が何だか分からなかった。ミライさんの顔は真っ白で、すごく衰弱しているように見えた。今にも倒れそうで、死にかけているようにも思えた。

 

「ネ、ネメアーさん…。私は、大丈夫です…。とにかく…急ぎましょう…」

「ミライさん…!?大丈夫なの!?顔が真っ白だよ…!?」

「…大丈夫ですよ、サーバルさん…。ぁっ…ぅっ…」

「全然大丈夫じゃないよ!?と、とにかく急いでここから出よう!?」

「逃がすか…!」

 

 ぐしゃり。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!゛!゛!゛」

 

 嫌な音と共に男の人の悲鳴が聞こえた。見ると、男の右手が無残にも潰れていた。カラカラとピストルが床を滑っていく。私たちを撃とうとした男の人の右手をネメアーが踏み潰したのだ。

 

「ぐぅぅぅぅ…!貴様ァ…!」

「そうだ、ついでにこれも返してやるよ。ここで人間共を殺してる時に偶然に見つけたものだ」

 

 そう言ってネメアーは黒い帽子を男の人に投げ渡した。

 

「これは…カレンダの…」

「カレンダ…。それがこの女の名か…。ハッ、哀れな女だったな。最後は同じ人間に犯され、そしてオレに殺された。1ヶ月もの間、ずっと工場の中で立てこもり、最後まで陽の目を見ないまま哀れにもオレに殺されたのだ。……お前の命令のせいでな、男よ」

「ぐっ…!」

 

 パン!

 

 乾いた発砲音が室内に響く。ネメアーに挑発された男がネメアーを撃ったのだ。頭に銃弾を受けたネメアーは、衝撃を受けて少し怯んだようだった。アレだけの猛攻撃を受けながらも、無傷で虐殺を繰り広げたネメアーに、拳銃の一発なんてどうとでもないのは明らかだ。

 ゆっくりと視線を男の人に戻す。私に向けられていないにも関わらず、ひどいプレッシャーを感じてしまう。男の人に向けられるプレッシャーが重い空気となって場を満たしていく。

 

「……まだ抵抗するだけの力が残っているとはな…。感心するぞ、男よ。」

「ッ…!貴様…!」

 

 男の人は拾い上げた拳銃でパンパンとネメアーを撃っていく。しかし、その行為は空しく、ネメアーの体に潰された銃弾はカラカラと床を転げるだけだ。やがて全部撃ちきったのか、銃はカチカチと音を鳴らすだけになった。

 

「ッ…!」

「もう終わりか?」

 

 嘲笑するようにネメアーが問いかける。抵抗する力が残っていないと認めると、ネメアーは男の体を力任せに床へと叩きつけた。

 

「ッ…!!?」

「ミライが受けた苦しみ…しっかりとその身で味わうんだな…!」

 

 ネメアーはガッシリと拳を握ると、渾身の一撃を男の顔面へと叩きこんだ。声にもならない悲鳴を漏らして男は苦しみに身をよじる。

 

「─────ッ…!!」

「痛いか?苦しいか?だが、ミライが受けた苦しみはこんなものではなかったはずだ。…お前が命の尽きるその瞬間まで、その身に苦痛を味わわせてやる…!」

 

 次々と重い一撃が男の顔に降りそそがれていく。口の中を切ったのか赤い飛沫が口から舞っている。

 やがてネメアーは弓を引くように大きく後方へ拳を引くと、会心の一撃を男の顔面へと叩きこんだ。

 カラカラと白いモノが床へと転がる。…歯だ。男の奥歯と思わしきものが床へこぼれ出た。これでは顔の骨も折れているかもしれない。

 もはや男は自身の体を支える事すらできず、苦痛に身をよじるだけだ。それを知ってか知らずか、ネメアーはなおも攻撃を続ける。

 

 バキッ!

 

「ヵ゛ぁ゛・・・」

 

 なおもネメアーの執拗な攻撃は続く。息も絶え絶えな男の声はもはや聞いていられない。だけど、ネメアーには至高の音色に聞こえるらしく、男の苦痛に歪む声は彼女の嗜虐心を昂らせるだけのようだった。

 

「にぃ……」

 

 黒い爪が振りかざされる。その時、私の背負うミライさんが声をあげた。

 

「もう……いいです…!ネメアーさん…!」

「………」

 

 ネメアーの手が止まる。嗜虐心に塗れた不気味な笑みは消え、せっかくの遊びが邪魔されたとばかりに白けた表情を見せている。

 

「もう…いいです…!さっさと行きましょう…!その男はもう抵抗できないはずです…!……やるなら…一思いにしてあげてください…」

「………」

 

 しばらくの沈黙が流れる。ネメアーは振りかざした右腕を降ろし、何やら男を見下して何か物思いに耽っているように見える。やがて、何か決心したのか、男を無理やり立たせると…。

 

 ザシッ。

 

 両腕が宙を舞う。白い骨が男の両腕からのぞいている。ネメアーはあろうことか、男の両腕を斬り飛ばしたのだ。

 

「ッ…!!」

 

 もはや男は悲鳴すら漏らさない。瀕死の体には、もはやその体力すら残っていないのだろう。

 両腕を斬り落とされた男の体が壁へと蹴り飛ばされる。ネメアーは私情を挟まずただ男に歩み寄っていく。まるで理解できなかった。ある種の処刑なのか、何かの儀式を思わされる感じがした。

 

「………」

 

 壁に叩きつけられた男の顔を両手で掴む。もはや男は抵抗する気力すら残していない。ただただ目の前にある絶望に身を伏しているような有り様だ。

 ふと、ネメアーの口角が上がったような気がした。そう思った次の瞬間だった。

 

「ああ…!あぁぁああぁああああぁぁぁああああぁぁああああっっ…!!!」

 

 悲鳴を上げなかった男から悲鳴が上がった。ネメアーの後ろ姿のせいでうまく見えないけど、ネメアーが男に加虐していることだけは確かにわかった。

 やがてゴミでも捨てるかのように男の体が投げ捨てられた。その男の顔は…とても見ていられなかった。

 

「ぁっ……」

 

 目から血を流していた。白いはずの目は黒く、赤く染まっていた。ネメアーは…男の目を潰したのだ。

 男は口をあんぐりと開けたままピクリとも動かない。恐らくは…死んだのだろう。可能な限りの苦痛と絶望を前に、男は殺されたのだ。

 

「先に行け…。オレはまだやることがある…」

「……うん…。わかった…」

 

 先に行けと、ネメアーはそう呟いた。私は素直に従った。出来るだけこの場にいたくないと思った。それに、ミライさんを連れてできるだけ安全な場所に行きたいと思った。……ミライさんにひどいことをしたヒトたちがいる場所に長く居たくなかった。

 ネメアーさんを残して早々と逃げるように退避していく。もうみんな逃げた後なのか、建物の中にヒトの姿はなかった。

 建物から抜け出して背後を見遣る。建物の屋上、そこにネメアーがいた。赤い火炎に照らされて浮きだすその影に、一つの恐怖を覚えるようだ。やがてネメアーは息を大きく吸い込むと、大きな絶叫をあげた。その響きは、大気中全ての元素を震わせるようだった。

 

「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 ネメアーは続ける。

 

「オ゛レ゛の゛名゛は゛ネ゛メ゛ア゛の゛獅゛子゛だ゛ッ゛!゛!゛こ゛の゛オ゛レ゛に゛敵゛う゛者゛は゛い゛な゛い゛ッ゛!゛!゛!゛こ゛の゛オ゛レ゛か゛貴゛様゛ら゛人゛類゛を゛皆゛殺゛し゛に゛し゛て゛や゛る゛そ゛ォ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 絶叫は遠く木霊する。ネメアーは本気のつもりだ。この声が届いたかはわからない。だけどその響きは、言葉の意味を理解させるのに十分だった。

 ネメアーはこれからもヒトを殺していくのだろう。パークから軍隊がいなくなるまで、際限なく殺していくのだろう。そして、その果てに何を見るのだろうか。狩るべき獲物がいなくなった怪物の末路は…。

 ……考えたくない。知りたくない。どうしてネメアーは生まれてきたのか…。ヒトを殺すためなのか、護るためなのか…。

 サイレンが鳴り響いている。終わりの時が近いのだろう。

 きっとみんな死ぬんだ。

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