けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:韓非子

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Ruin-16「Jörmungandr」

「ぁ……ぁぁぁ………」

「あ…あれが……」

 

 ホッカイエリアの大地を割って、想像を絶する巨体が姿を現した。遥か上空に上った世界蛇の頭は、決して小さくなることなく空を覆わんとしている。

 雲を突き抜け、なおもその躯は空を上っていく。山の向こうでは世界蛇の体がのたうち回っている様子が見える。

 その圧倒的な存在に、息も忘れてその姿を目に焼き付けていく。時間という存在を忘れてしまったか、それに取り残されたかのように思えた。ただ、あたしは目の前に聳える巨塔としか形容のしようがない怪物…巨人に目を奪われていた。

 

「あれが……ヨルムンガンド……」

「……ミズガルズの大蛇……星を取り巻く巨人の名でもあり、九つの世界に身を置くヨトゥンの人でもある…」

 

 何やら感慨深げにサタンが答える。

 やがて、ヨルムンガンドは静かに頭を降ろして、あたしたちにその大きな頭を見せてきた。

 降ろされた頭が大風となってあたしたちを吹き下ろす。大風に吹き飛ばされないように踏ん張るだけでも精一杯だ。ヨルムンガンドが頭を降ろしただけというのにこの威力というのだから、神話の怪物というのは恐ろしい。

 だけど、その怪物を恐れることなく見上げるのフレンズが一人いた。ネメアだ。

 

「貴様がヨルムンガンドか…。大したモノだな、ミズガルズの大蛇よ。タイタンの仲間という風に聞いてはいたが、貴様の姿を見てみるにまったく違うように思える」

 

 ヨルムンガンドは嵐のような鼻息を吐きながらネメアの質問を聞いている。いや、聞いているかは分からないけど…。しかし、呼吸の一つ一つが大きな嵐のようだ。鳴らされる鼻の音は獣の唸り声を思わせるようだ。

 

「答えよ、ミズガルズの大蛇よ。オレは一人の人間の女を探している。名をミライという。そいつがどこにいるか答えるんだ」

 

 ネメアがヨルムンガンドに問う。されど大蛇は答えず。赤い二つの眼はネメアを捉えているが、まるで質問の意味を理解していないようだった。

 鼻息か大蛇の声か分からない音が鳴っている。下水道の不快な音のようにも聞こえるそれはネメアの心を苛立たせていた。

 

「……答えぬか…。ハッ…。所詮は人の言葉を解さぬ蛇畜生か…。貴様も神々の血を引くタイタンの一人と思っていたが…。とんだ期待外れだぞ、ヨルムンガンドよ…」

 

 失望したようにネメアが答える。やがて、その右手に青い稲妻と激しく渦巻く水の刃が滾らせると、威嚇するように世界蛇へと見せつけた。ヨルムンガンドを討つ気だ。

 

「痛い目にあわせれば少しは教える気になるか!?」

 

 大蛇の返事も待たずに神々の怒りを放つ。だけど、次の瞬間には驕れるネメアの顔から表情が消える事となった。

 

「……なに…?」

 

 ネメアの放った雷霆は、世界蛇の表面に付いた雪の塊を削り落としただけだった。世界蛇の鱗には僅かな傷が入ってはいるが、アレではとてもダメージが入ったとは言えないだろう。

 

「………」

 

 恨めしそうな目で世界蛇を睨んでいる。相変わらず世界蛇は様子を見ているだけだ。

 

 ゴゴゴ…。

 

 低い音が轟く。地震ではと思い、即座に身を低くしたものの、どうやら違ったようだ。

 ふとヨルムンガンドを見てみると、自身の鱗を逆立てているのが見えた。蛇鱗の照らす先には、ネメアの姿が映し出されている。どうやらネメアを攻める気らしい。

 対するネメアは仁王立ちの姿で構えている。訝し気ともいえるような敵対的な視線を世界蛇に向けている。

 黒い渦巻き状の光が鱗の一つ一つに照らし出される。100、200…いいや、それ以上にある。それらすべてがネメアに向けられている。

 やがて、黒い渦巻き状の光は黒い光弾へと変わっていった。ネメアに撃ちだすのも時間の問題だろう。

 時が止まる。吹き付ける風だけが時が流れているのを知らせてくれる。そう思えるほどの静寂と緊張だ。

 刹那の見切りか、一つの光弾がネメアを撃ちつけた。

 

「ッ…!」

 

 世界蛇の射出した光弾がネメアに命中する。初弾命中だ。

 

「くっ…!これは…!」

 

 マシンガンのように光弾が発射される。攻撃を受けたネメアは光弾を受け止めるのを止め、回避に専念しだした。どうやら、それは物理的な攻撃の他にも副次的な効果があるようで、ネメアに焦りのような色が見て取れる。

 

「おのれ…!」

 

 世界蛇の放つ黒い弾幕は回避するのを許さない。逃げ場を一つ一つ潰すように、広範囲に光弾をばら撒いていく。ネメアの必死の回避も空しく、体の至る所に黒い光弾が撃ち込まれていく。

 やがて回避を諦めたのか、金羊毛を翻し自らの盾とした。

 機銃掃射の如き激しい弾幕が白い煙幕を巻き上げる。フレンズ一人を倒すには過剰ともいえるほどの激しい弾幕だ。普通のフレンズさんであれば、形すら留めていないだろう。

 攻撃の止んだ一瞬の隙に、ネメアを中心に一陣の風が舞った。僅かに見えた煙幕の隙間からネメアの眼光が覗く。

 

「虫ケラがァ…調子に乗るなァッ!!!」

 

 金羊毛を翻して光弾をはじき返す。しかし、あたしたちが見たものは光弾などではなく、思わず目を疑うようなものだった。

 黒い光弾が影となってヒトの姿を形作る。やがてそれはフレンズの姿となると、ネメアへ逆襲を始めた。

 

「…ふんっ」

「なッ…!?」

 

 そのフレンズさんは袈裟切りのようにネメアに光弾を放つと、跪くネメアの前に大きく立ちはだかった。

 

「若造が…。調子に乗っておるのはお主の方であろう…」

「貴様…ヨルムンガンドッ…!」

「いかにも、わしこそがヨルムンガンドであるぞ…」

 

 ヨルムンガンド…?あの子が…?じゃあ、あの子の後ろに聳える大きな蛇は…。

 真っ白で赤いラインの入ったフード付きのパーカーに、黄色く濁った眼、赤いような蒼いような不可思議な色をしたくすんだ瞳…身長は中ほどであろうか、不思議な出で立ちをしたフレンズさんだ。

 

「どうだ?わしのガンドの味は…」

「ふんッ、この程度…!」

「強がりも程々にしておいた方が良いぞ?」

「ぐッ…!?」

 

 ヨルムンガンドと呼ばれるフレンズさんがネメアに黒い光弾を撃つ。光弾を受けたネメアはダメージを受けたように後方へと吹き飛ばされてしまった。

 

「ネメアにダメージが入ってる…?」

 

 今まで見たことのなかったネメアの姿に思わず混乱してしまう。顔面を攻撃した訳でもないのに、ネメアにダメージが入っているのだ。なんだかとても信じられない。

 

「わしの撃ったガンドは、相手を呪うというシンプルにして低級の魔術であるが、それ故扱いやすく汎用の効くというものよ。確かにお主は物理的な攻撃はほぼ効かぬかもしれぬが、こうして呪われ、病に侵されると堪らぬであろう?」

「ぐぅ…!おのれェ…蛇畜生の分際で…!」

 

 身を引きずるように立ち上がる。しかし、その行為も空しく、ヨルムンガンド…大蛇によって蹂躙されるだけだった。

 

「わっぱよ、出直してくるのだな」

 

 大蛇がその大きな口を開く。

 

「ぐぁッ!!?」

 

 大蛇の僅かに放った一声は大きな衝撃波を生み、ネメアの体を遠くに吹き飛ばしてしまった。

 山々を超え、ネメアの姿が小さくなっていく。あたしたちが苦戦した相手を、あそこまで簡単に負かせるなんて…とんでもないフレンズさんだ…。

 

「さて…」

「っ…!」

 

 ヨルムンガンドがあたしたちに振り向く。その目に敵意は感じられなかったけど、どこか深く瞳の奥を覗かれるような錯覚を覚えるようだった。

 

「お主たちは…何用かな?あの獅子の仲間ではあるまいな?」

「ち、違う!!あ、あたしたちは…あたしたちは、あなたに会いに来たの!」

「ほう…。わしにか…。この老いぼれに会いに来るとは、酔狂な者もいたものよのう…」

 

 ほっほっほっと小気味よく笑うヨルムンガンドを名乗るフレンズさん。あの実力からして本物であることは間違いないのだろうけど、いまいち信じられないでいた。ここは本物のヨルムンガンドであることを証明してもらいたいけど…。

 

「本当に…ヨルムンガンドさんなの…?」

「む…。わざわざここまで会いに来ておいて信じぬというのか?」

「ぅ…うん…。失礼だとは分かっているんだけど…。それに…後ろの大蛇は…」

「ああ…。アレはわしの分身ともいうべきものだ。いや、本来の体ともいうべきか?サンドスターも奇妙なものでな、わし本来の体とは別にこの体を作ったらしいのだ。それか、大きすぎるわしの体のすべてをおなごにできなかったのかもしれぬな」

 

 カカカとまた小気味よく笑う。

 

「いやいや愉快よ。小さきミズガルズの人の生もまた面白いものだ。さて、本題だが、お主たちはただわしに会いに来たのではないのだろう?何が目的なのだ?」

 

 ヨルムンガンドが問う。神代から生きてきた大蛇はすべてを見てきたはずだ。この大蛇はすべてを知っている。ならば、ミライさん…。ミライさんが生きていた、世界が滅亡する前の世界のことも知っているはずだ。

 あたしがそう尋ねようとしたその時、身震いがするような悪寒を感じた。あたしの本能が何かを告げている…。早く逃げなければ何かに食べられてしまうと、そう告げている。

 

「? ともえちゃん?」

「こ、この気配…。まさか…!」

「ッ!ともえちゃん、気を付けてください!セルリアン…。い、いや、ヘラジカさんです…!」

 

 ヨルムンガンドの出現によって発生したクレバスに落下したのだろうか。裂けた地面から黒い手が這い上がってきた。黒い陽炎のように昇るセルリウムを放ちながらそれはゆっくりと姿を現していく。地獄の底から這い戻ったように、ヘラジカさんもまた、深い裂け目から這い上がってきたのだ。

 

「ぁ……あぁぁ……」

「ふうむ。これはこれは……」

「あぁぁぁっ…!よ、ヨルムンガンドさん!何とかならないの…!?」

「どうって、セルリアンとフレンズの相の子なのだろう?わしにどうせよというのだ?」

「そうじゃなくって…!ヘラジカさんはセルリウムに汚染されて…!苦しんでるんだよ!」

「ほう…?と、すると?」

「……どうしたら…ヘラジカさんを救えるの…?」

 

 あたしの切実な思いを言葉にする。曰く、ヨルムンガンドは答える。

 

「ほう…。ネメアはデミセルリアンと言っていたか、てっきりそういうものの類と思っていたが…。ま、助けれんこともないが…少し試してみようか…。ええと、確か…」

「………」

「ᚫ,ᛢ,ᛅ,ᚺ...」

「…?」

 

 ヨルムンガンドさんから突如未知の言葉が飛び出してきた。何かの呪文のようにも聞こえるけど…。

 

「う…。ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁっ…!」

「へ、ヘラジカさん!?」

「ぐあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「うわぁ!?」

 

 ヘラジカさんがセルリウムを撒きながら突進してきた。赤い左目を光らせ、絶叫しながら突進してくる様は恐ろしく感じる。

 

「たわけ。静かにせい」

「ぐぃっ!?」

 

 黒い光弾…。ガンドをヘラジカさんに向けて発射した。やはり、ガンドに撃たれたヘラジカさんも、ネメアと同じく膝をついて苦しむ様子を見せている。何か呪いか病に侵されたのだろう。少し可哀そうだけど、これで少しは大人しくなってくれたら、あたしも少しは安心できる。

 

「ヘラジカ自身は呪いの効果で自由に動けないはずだ。後は、彼奴に寄生しているセルリアンをどうにかすればいいのだが…。何せ、わしもセルリアンとやらにルーンの魔術をかけるのは初めてなのでな。うまく行けるか若干心配なのだ。うまく浄化できればいいのだがな」

「ル、ルーン魔術…?」

「人間や神々らが行使する魔術の一つだ。さて…」

 

 なんだか簡単に流されてしまった。魔術とやらをさも当然のように使われてもあたしたちには何のことやらちんぷんかんぷんだけど…。魔法…?

 

「少し様子を見ておこう。…時に人間よ。話を戻すが、お主たちは何を目的にわしの元へ参ったのだ?」

「……ミライさん…。ミライさんについて…教えて欲しい…」

「ふむ?ミライとな…?」

 

 かばんさんが口を開く。そうだ。あたしたちはミライさんのことを調べるためにホッカイエリアにやって来たのだ。そして、ミライさんのことを知っているであろうヨルムンガンドさんの元へと尋ねに来たのだ。

 しかし、予想に反してヨルムンガンドさんの顔は険しかった。まるで頭にはてなマークが見えるようだ。何のことやらとでも言いたそうだ。

 

「わしは巨人ユミルの死から現代に至るまでのすべてを見てきたが、ヒト一人の営みまでは見ておらん。ミライだかなんだかの事なんかは、わしは知らん!」

「そ、そうか…。ははっ…。そうだよね…。神様もヒトの一人一人までは見てないよね…」

「わしは神ではないぞ、人間」

 

 不快そうにヨルムンガンドが答える。しかし、参ったな。せっかくミライさんのことを尋ねにここまで来たのに収穫がないだなんて…。

 

「だが、人間が互いに滅ぼし合った終末戦争のことは知っておるぞ?わしの記憶、そして、この島に隠された遺物や秘密を解き明かすと、お主らの求めるモノが分かるかもしれん」

 

 ヨルムンガンドは続ける。

 

「わしについて来るか?わしの知る中で心当たりのあるものがいくつかある。その一つをお主らに紹介してやろう」

「ほ、本当かい!?ぜひ教えて欲しい!」

「よかろう。では、わしの頭に乗るといい。そこまで運んでやろう」

 

 そう言って、ヨルムンガンドの本体……大蛇が頭を地面に降ろした。猛烈な風圧があたしたちを襲う。

 

「うわぁ!」

「おっと、すまんの」

 

 ピョンピョンと跳ねながら自分の頭を上っていくヨルムンガンドさん。見上げるほどの大きな山のような大蛇の頭を上るとは、ちょっとしたクライミングのようだ。鱗一つをとってもそこら辺の建物なんかよりも遥かに大きい。

 

「んしょっ、んしょっ!んんんんんんん~~!」

「大丈夫ですか?ともえちゃん…」

「んんくっ…。た、助けて…」

「は、はい。手を伸ばしてください」

「あ、ありがとう…」

 

 どうにかこうにかして世界蛇の頭を上っていく。顎一つだけでも高層ビルのように大きいこの頭を登るだけでも丸一日かかりそうだ。

 サーバルちゃんは木登りでもするかのようにひょいひょいと登っていっている。かばんさんも斧やナイフを使って器用に登っていっている。あたしとイエイヌちゃんはビリケツだ。

 

「ひぃぃぃ…。みんな速いよ…」

「わ、わたしたちも急ぎましょう」

 

 そうこうしている内にヨルムンガンドさんがあたしたちの目の前に現れた。

 

「ほれ、早く登れい」

「そ、そんなことを言ってもぉ…!」

「まったく、仕方のない…」

 

 そう言ってヨルムンガンドさんが何かを呟き始めた。

 目の前が蒼白い光に包まれる。ふと気づいた次の瞬間には、目の前の景色が変わっていた。

 

「あ、あれ!?こ、ここは…!?」

「これ…ヨルムンガンドの頭の上ですよ…!」

「えぇ!?」

「お主たちがあまりにも遅いから転送したのよ」

 

 さも当然のようにヨルムンガンドは答える。そう言いながら、自らの頭の上から自らの顔を這うフレンズさんたちを見下ろす。あたしたちにはとても想像できないけど、いったいどんな感覚なのだろうか。

 

「ほぅれ。早く上がってこーい」

 

 尻尾をパタパタと振りながら眼下のかばんさんたちを急かす。遠くでは退屈そうに世界蛇の尻尾も大きく揺れている。揺れる尻尾の動きに合わせて雲も動いているのだから恐ろしい。大気が引っ掻き回されているのだろう。

 

「ふあぁぁぁ…」

 

 退屈そうな大あくびだ。釣られてあたしたちもあくびをしそうになる。

 その時だった。

 

「うわぁ!なに!?」

「な、何したんですか!?」

 

 足元が急に持ち上がっていく。崖下からはかばんさんたちの悲鳴が聞こえてくる。

 

「おおっと、すまんな。あくびをしてしまったようだ」

「あくび!?これが!?」

 

 瞬間、世界蛇の顔からかばんさんたちが勢いよく飛んできた。どうやら、急激に持ち上げられた頭に引っ張られるような形で上に投げられたようだ。

 

「いだっ!」

「あぐぅっ!」

「だ、大丈夫…?」

 

 心配するあたしを他所にヨルムンガンドさんは特に悪びれる様子もなく飄々としている。

 ゴマちゃんは飛ぶことで先に着いていたようで、あたしたちの騒ぎに何だ何だと世界蛇の身体の方から飛んできた。

 

「これで一通りそろったようだな。それでは、私のねぐらに向かうとしようか」

「ま、待ってよ!アムちゃんは!?」

「あのビーストの事か?そいつならわしの口元で休憩しているようだぞ。ついでにヘラジカの奴を見張っているようだな。ま、しっかりしがみ付いてれば落ちはせんだろうさ。それに、奴もそう簡単に振り払われるようなヤワな奴ではないのだろう?」

「そ、そうかもだけど…!」

「なら、問題なかろう?さあ、出るぞ」

 

 そう言って、世界蛇は動き出した。足元の頭が大きく揺れる。

 

「うわわわわ…!ああ、もう!」

「何が不満なのだ?」

「なんでもないよぉ!もう!」

 

 半ばやけくそになってそう叫ぶ。果たしてアムちゃんは大丈夫なのだろうか。

 あたしの心配をよそにヨルムンガンドさんは話す。まるであたしの気持ちなど意に介していないようだ。

 

「時に、お主たちの名を聞いていなかったな。何というのだ?」

「……ともえ。この子はイエイヌちゃんで、青いシャツを着てるあの子がロードランナーちゃんで、みんなゴマちゃんって呼んでる」

「ほう」

「…ぼくはかばん。この耳が大きい子はサーバルちゃん。あの青いブレザーを着ているのがギンギツネさんだ」

「なるほど。して、お主が異界の大悪魔、サタンであるな?」

「むっ!?」

「お主のような高名な者の存在、知らぬ訳がなかろう。天の主であるヤハウェに敵対し、そして地に落ちた…。神々を嫌うわしにも姿が被るというものよ」

 

 そう言い、ほっほっほっと小気味よく笑っている。対するサタンは照れ臭そうに体をくねらせて笑っている。

 

「はっ…ははっ…。そ、そうかよ…!お、お前の住まう遠く離れた異国の地にも俺様の名が伝わってるとはな…!」

「うむ。遥か遠く離れた異国の地にて、一人の天使が天に反旗を翻した…。人を愛し慈しみ、遍く地上の人々を救済するために立ち上がったという…。驕れる神に立ち向かったお主は、十二翼の美しい翼を穢され、大天使の名を剥奪され、悪魔として語られることとなった…。あの時、わしやフェンリルがいれば、また結果が変わっていただろうに…。まったく、惜しいモノよのう…」

 

 ……いったい何の話をしているのか…。まったく話がちんぷんかんぷんだ。どうしてヨルムンガンドが異教の話を知っているのか。サタンが人々を助けるために立ち上がった?あたしの知ってる話とは全然違うけど…どういうことだろう?

 

「さて、次はわしの話だな。お主たちも知っている通り、わしの名はヨルムンガンドという。大いなるガンド…。精霊という意味だ」

「せ、精霊!!?」

「なんだその反応は。言いたいことがあるのなら言うと良い」

「い、いや、なんでも…」

「失礼な奴め」

 

 顔を顰めながらもヨルムンガンドは続ける。

 

「わしはロキとヨトゥンの巨人、アングルボザの間に生まれた。わしは生まれてすぐに、オーディンによって連れ去られ、ミズガルズ…即ち、お主たちの住む世界に捨てられた。そして、長い間わしは復讐の時を待ったのだ。わしを父と母から引き離した奴を打ち倒すためにな。だが、それは叶わなかった。忌々しいトールめ…。我が父と共に神々の黄昏に臨む時、奴はわしにミョルニルを投げつけ、わしを倒したのだ。それからわしは幾万年もの間海中で眠り続け、その夢の中でお主たち、ミズガルズの民を見てきたのだ」

「……へぇ…」

 

 遠くを見つめながら、ヨルムンガンドさんは続ける。

 

「父も母も亡くなった。夢か現かもしれぬ中で、わしは夢を見てきた。母が暮らしていたヨトゥンヘイムも今はどこにあるか定かでない。……かつて、わしは一度だけ目を覚ました。首をもたげて、宙を見た時、一つの大岩がわしの体に降りてくるのを見た。その時、わしは悟った…。アース神族の生き残りが未だわしを亡き者にしようとしているとな…。そしてわしの…ミズガルズの大蛇の…ヨトゥンの巨人としての生が終わった…」

「………」

 

 信じられなかった。かつての世界の記憶を持つ者があたしとイエイヌちゃんの他にいたのだ。それも、かつての神代の時代の生き残りというのだ。

 質問したいことが泡のように湧いてくる。かつての大事件を経験したという神代の生き残りが、目の前にいるのだ。

 

「あ……あ……!」

「言いたいことは分かる。これからそれを知りに行くのだ。安心してわしに任せると良い」

 

 大蛇はホッカイエリアを往く。そして、ある一つの小さな洞窟の前にあたしたちは降ろされた。

 

「ここは…?」

「たまにわしが寝泊まりしている所だ。ほれ、これらを見てみると良い」

 

 そう言って、ヨルムンガンドは洞窟の隅に安置されてた、あるモノを渡してきた。

 薄緑色の髪の毛を束ねたもののようだ。それと一緒にボロボロになったホロテープのようなものもある。かばんさんの顔がみるみると険しくなっていく。やがてそれを認めるや否や、ヨルムンガンドさんに食って掛かった。

 

「ヨルムンガンドさん!これって…!」

「何か思い当たるものがあるのか?」

「うん…!サーバルちゃん、これ…!」

「……ミライさんの…なのかな…」

 

 かばんさんの体が震えている。まるで、認めたくない現実を突きつけられたかのように思えた。今、かばんさんが手にしているのはミライさんの物と思わしき髪の毛の束と、そのホロテープだ。

 いくらか落ち着きを取り戻したのか、やがて意を決したようにラッキーさんに声をかけた。

 

「ラッキーさん…お願い…」

「ワカッタヨ」

 

 かばんさんの手首についているレンズがチチチチと音を立てて点滅する。しばらくして、いつものサングラスをかけたラッキービーストがぴょんぴょんと跳ねながらやって来た。

 

「ジャパリパークへようこそおいでくださいました。私はあなたのラッキービーストです。今日はどういった用向きで?」

「このホロテープを…再生したい」

「承知いたしました。私の背中にホロテープをお挿し下さい。データを再生します」

 

 パカッと開かれた背中にホロテープを挿し込む。ガーガーと機械的な音が鳴ったと思うと、ラッキーさんがテープの内容を再生し始めた。

 

「○月×日、△曜日。記録者、ミライ」

 

 これまでとは違う、疲れた様子のミライさんの声が再生された。記録の形式もいつもと違う。

 

「………」

 

 暗い声色にミライさんの息遣いとノイズだけが流れる。ただならぬ様子にあたしたちは固唾を飲んでそれを見守る。

 

「パークに…核攻撃警報が発令されました…」

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