けものフレンズR ~Re:Life Again~ 作:韓非子
ヨルムンガンドさんと別れ、あたしたちはホッカイエリア本島の最も北側にあるクリレスク港へとやって来た。本来であれば、ここからアークティカ地方へと行けるらしいのだけど、今では連絡船の一つもない。ドックには半壊した船がもたれかかっているのみだ。
建物の中へと入っていく。他の建物と同じく中は荒れており、屋内を彩るラックも長年の時を経て錆や埃でにまみれていた。
ふと、一台のパソコンが目に留まった。埃をぬぐって電源を付けてみようとしたけど、壊れているのか電源が入らなかった。
横からひょこっとイエイヌちゃんが首を伸ばしてきた。いくつかのファイルを手に取ってパラパラと中身を見ているようだけど、理解はできているのだろうか。
ハックションと大きくくしゃみをする。その拍子で、かしゃんと何かがファイルから零れ落ちた。
「ホロテープだ…」
「うぅ…。鼻がぐじゅぐじゅします…」
「あはは…。ケガの功名だね…」
いつものようにラッキーさんにテープを挿入して内容を再生する。そこには、ミライさんではない声でデータが録音されていた。
『えーと、あー…。テストテスト。えーと、私は、サーバルキャットのサーバル!ミライさんが記録を止めちゃったみたいだから、代わりに私が記録を残すことにしました!』
サーバルちゃんの声だ。声を聞いたサーバルちゃんが少し苦い顔をする。過去に生きていた別個体の自分の声を聞いているのだ。どんな気持ちになるかはあたしには想像できない。
テープは再生を続ける。
『ええと、相変わらず外では戦争?が続いています。ルルもセーバルも別のところに連れていかれちゃって、私たちも離れ離れになっちゃった。ミライさんもずっとぼーっとしているみたいで私の話も聞いてくれないし、ちょっと寂しいな…。カラカルも体調が良くならないみたいだし、なんだかずっとヒトの検査を受けてるみたい。カコさんは…どうなったんだろう…?アレからずっと話も聞かないし…。……死んだってことはないと思うけど…。…っと、これから私たちはアークティカ地方っていうところに行く予定です。もうすぐ船も出るみたいだし、ここで記録を終わろうかな。…ええと、どうやってテープを止めるんだろう。ここかな?ここ…』
ぶつっとテープの再生が終わる。ミライさんとは対照的に、少し落ち着いているような印象を受けた。
外に出て辺りを散策してみる。各々が好きに散策する中、かばんさんは波止場に出て何やら一人黄昏ていた。
「どうしたの?かばんさん」
「ん…。いや、ミライさんたち、どこに行ったんだろうって思ってね…。人類は滅びていないとヨルムンガンドさんは言ったけど…。その言葉に間違いはないと思う。けど、ミライさん…。ぼくたちはここに来てから、ホッカイエリアのあちこちを走り回ってミライさんを探してきたでしょ?そのミライさんも、実はホッカイエリアにはいなくて、どこか遠い所に行ったんじゃないかって、ふと思ったんだ…」
遠くに見える島影を見つめながらかばんさんは答える。あの島影が、これからあたしたちが行くアークティカ地方なのだろう。かばんさんはどこか諦めているかのような、悲しそうな目をしたままそれを見ていた。
「行こう、かばんさん。行ってみない事には始まらないよ。もしいなかったら、その時にはまたどうすればいいか考えればいいと思うし…。……あたしも今ここで逃げ出すのは嫌だし…」
「……そう、だね…。ぼくもこの10年間の努力を無駄にはしたくない…かな…」
かばんさんはそう言って帽子を深くかぶった。
「舟を作ろう。ぼくはこれから造る舟のスケッチを描くから、ともえちゃんは皆を呼び戻してほしい。ついでにアムールトラさんやサーバルちゃんにお願いして木の伐採もお願いしたい。できるかな?」
「うん!任せて!立派な舟を造ろ!かばんさん!」
「…うん!」
そうしてあたしたちの造船が始まった。まずは、木の上でサボっていたゴマちゃんを起こして、空からみんなを集合させるよう指示した。
やがて、みんなが集まってきたところで、それぞれに役割を与えた。イエイヌちゃんには容体が回復しつつあるヘラジカさんのリハビリの手伝いを任せることにした。アムちゃんとサーバルちゃんには持ち前の怪力を活かした木の伐採を、ギンギツネさんにはかばんさんの補助だ。そして、ゴマちゃんには油脂や革を探すようにお願いした。
かばんさんが造るものというのは、ロングシップという昔の海賊が用いた舟らしい。条件さえ良ければ時速50キロ以上も出せたというすごい舟だ。そんなすごいものが造れるのだろうか。
次々と木材が運ばれてくる。ゴマちゃんも無事にラードと羊の革を見つけたようだ。これから本格的にロングシップを造る時だ。
「今日はもう遅いし休もう。みんな、お疲れ様」
「くぅぅ…。縄を造るのがこんなにもきついなんて…」
「あはは…。ともえちゃんもお疲れ様。ゆっくり休んでね」
「うん…。もうへとへと…」
指が赤く腫れてじくじく痛む。あたしの作る縄がロングシップのメインの推進機構になるというのだから、責任は重大だ。オールもいっぱい作らなきゃいけない。
まぁ、けど、それも明日からの作業だ。今はゆっくりと休もう。
…………
ふと、身の寒さに目を覚ました。隣を見ると、もふもふのアムちゃんがゴマちゃんを抱き枕のようにして寝ている。少し羨ましい。
何気なしに積まれた丸太の山に目を向けると、丸太に腰をかけるヘラジカさんを見つけた。セルリウムに汚染されていた時のような凶暴さはなく、いつもの落ち着いた様子のヘラジカさんだ。
目が覚めたついでに少しお話をしようと思い、ヘラジカさんの元へと歩いていく。その時、赤い目がこちらへ振り向いた。
「っ…」
「むっ…。ともえか」
「へ…ヘラジカさん…?」
「どうした?眠れないのか?」
普通のフレンズさんの眼と赤い眼の二つの双眸があたしを見つめる。少し怖いけど、ヘラジカさんは至って普通の様子だ。……ちょっと怖いけど。
「え、えと…。ヘラジカさん、もう大丈夫なの…?」
「うん?ああ、まだ本調子ではないけど、まあ、大丈夫だ。心配かけたな」
「そっか…。良かった…。……その眼、大丈夫なの…?」
「うん?ああ、これか…。不思議なものでな…。以前のようには見えなくなったけど、代わりにあるものが見えるようになったんだ…」
「あるもの…?」
「輝き…と、いうべきか…。セルリアンが求めるものが見えるようになったんだ…」
「輝き…?セルリアンが求めるもの…」
「ああ…。聞いたことがあるんだ…。セルリアンは輝きをコピーしてそれを模倣する存在だと…。わたしは、このセルリアンの目を手に入れてから、輝きというものが見えるようになった。けど、この目にはそれ以外のものがまったく見えないんだ。思うに、セルリアンは自分たちが見えている唯一のものを求めているように思えるんだ。わたしも…セルリウムに汚染されているときはそうだった…。たくさん見える輝きが欲しくて仕様がなかった…。それが、わたしの求める唯一の輝きに見えて仕方がなかったんだ…」
ヘラジカさんは続ける。
「だけど、それが君たちに恐怖を与えていたのは紛れもない事実だ。それは申し枠なく思っている…。怖かっただろう?気でも違えたかのように輝きを求めるわたしの姿は…。その…本当に…すまなかった…な…」
「い、いいよ…。過ぎたことだし…。それに、あたしたちを助けてくれたのも事実だし…」
「そうか…な…?ま、まぁ…そう言ってくれるのは…ありがたい…。ははは…。わたしもまだまだだな…」
そう伏し目がちに答えるヘラジカさんの姿はどこか物憂げなように思えた。どこか物悲しさを感じるその姿は、ちょっとドキッとさせられるようだ。あの傲岸不遜なヘラジカさんでもこんな姿を見せるとは、ちょっと意外だった。
「さあ、もう寝なさい。夜行性でもないのに夜更かしをするのは体に良くない。明日もまた忙しいんだろう?せっかく見つけたミライも体調がぐずぐずの君を見ては心配させてしまうかもしれない。そうならないためにも、早く寝るんだよ」
「うん…。わかった」
「よしよし、いい子だ」
そう言って、ヘラジカさんは頭を撫でてくれた。すこしひんやりとしたその柔らかい手のひらは、あたしを安心させてくれるようだった。なんというか、母親というものを連想させてくれるような、そんな感じの手つきのように思えた。あたしにはもう記憶はないけど、あたしのお母さんというものもこんな感じだったのかな。そう思うと少し悲しいような、暖かいような不思議な感じがした。
「そうだ。一緒に寝てあげようか?こんなにも冷えてるんだし、わたしのマフラーや毛皮で暖まれれば少しは眠れるようになるかもしれないぞ?こう見えても、私は寒冷地に住むけものだからね。他の子と比べても多少は暖を取る事には自信があるんだ。どうだい?ともえよ」
「う、う~ん…。そうだなぁ…。じゃぁ…お言葉に甘えて…」
「よしよし、それじゃあ、一緒に行こうか」
ヘラジカさんのマフラーに包まれて丸太の山を下りていく。大きな背のヘラジカさんに連れられて丸太の山を下るのは少し緊張するようだった。けど、暖かなヘラジカさんの毛皮…お洋服はなんだか安心する。それに少しいい匂いもする。安心するような、暖かなにおいだ。それらだけでもうつらうつらと眠気を誘われる。
みんなの眠っている焚き火のそばまで来ると、あたしとヘラジカさんは腰を下ろした。その拍子に、ふいっと力が抜けるような感じがした。ヘラジカさんの暖かな感触とにおいがあたしを夢の世界へと誘っていく。やがて、あたしはその誘惑に抗えず、夜の眠りへと落ちていくのだった。
「……ミライたちは、もうすぐそこにいる…。わたしもきっと…きっと、ライオンを…ネメアの手から、取り戻してみせる…!待っていろ、ライオン…!」
…………
トントンと、木を削る音が辺りから聞こえている。かばんさん手製の手斧がアムちゃんを始めとするフレンズさんたちに支給され、木の幹を削っているのだ。
少し目は粗いけど、かばんさん曰く舟を造るには問題ないのだそうだ。出来上がった木の板はタールで接合させ、舟の一部としていく。
羊の革にはラードを塗って舟の帆としていく。これで風を受け止めて、帆走させるというのだ。果たしてどれほどの効果があるのだろうか。ちょっと楽しみだ。
日が昇って、傾いていく。一隻の舟を造るのに丸一日かかっているのだ。夕日に照らされた舟体の影があたしたちを覆う。こうして見ると、実際に舟が出来上がっているのだと実感するようだ。
大きな丸太だったものが舟として形になっていく。本当にあたしたちで、かつて海賊たちが造っていたという舟を造っていると思うと、ちょっとドキドキしてしまう。なんだか一つの大きな事業を成しているようだ。
「ここにマストを挿して、帆を取り付けてっと…。ロードランナーさんは帆の下の両端にともえちゃんが編んだ綱を取り付けて。…これで舟を操作するんだ」
言われた通りに、舟底に設けられた挿入口にマストを挿し込んで固定する。マストの先端を縄で結んで、それぞれ船尾と船首に括り付ければそうそう動かない。後は、これに帆を取り付ければヴァイキングシップの完成だ。
「これが…あたしたちの舟…」
「す、すごいですね…」
「……これで、アークティカ地方に行くん…だよな…」
「……だね」
夕日をバックにロングシップが映える。これでアークティカ地方に行くと思うと、少しドキドキするようだ。
ふと、一つの違和感に気付いた。サタンの姿が見当たらない。どこに行ったのだろうか?
「そういえばサタンは?どこに行ったの?」
「そういえば見当たりませんね。ニオイもしませんし…」
「……昨日からいなかったように思う。昨日から姿を見ていない」
「え…?そ、そうなの…?全然気づかなかった…。……あたしたちに黙ってどこに行ったんだろう…?」
「…わかんない…。でも、いないならいないで良い。ミライに会うだけなら、いなくても問題ない」
「さ、さすがにちょっとひどいんじゃ…。でも、うーん…。心配…かなぁ…?」
さらっとひどいことを言ってのける。実にアムちゃんらしいサバサバした答えだ。
「行こう。勝手にいなくなったんだ。置いて行っても文句は言われない」
「えぇ!?で、でも…」
「文句を言うんだったらあたしが黙らせる。だから、問題ない」
「うぅ…。か、かばんさん…」
「……今日はもう休もう。出発は翌朝にする。それまでに戻ってこなかったら…それまでにしよう。……ぼくもアムールトラさんに賛成だ」
「えぇ…?」
他の子たちもどうやら同じ意見のようで、翌朝までに戻ってこなければ置いていくというのが総意のようだった。戻ってくるまで待とうと思っていたのはあたしだけだったのだ。中々にひどい話だ。
「みんなも疲れたでしょう?今日はもう休んで、明日に備えよう」
そうしてあたしたちは焚き火の準備を始めた。余った羊の革を使ってテントを立てる。これで少しは寒さをしのげるはずだ。
各々グループを作ってそれぞれくつろいでいる。明日からとうとうアークティカ地方へと行くのだ。少し緊張する。
「ともえちゃん…」
「イエイヌちゃん?」
横になったあたしの懐へと潜り込んでくる。こうしてみるといよいよわんこみたいだ。
「わたし、ちょっとこわいです…」
「こわい…?」
「なんていうか…。うまく言葉にできないんですけど…。本当にミライさんっているのかなって…。本当はずっと昔に亡くなっていて、わたしたちはそれを求めて旅してるとか…。ミライさんを見つけたらわたしたちはどうなってしまうのかって思うと…。ちょっと、こわいんです…」
「そういえば…。考えたこともなかったな…。確かに、どうなっちゃうんだろうね…。あたしもちょっとこわいかも…」
イエイヌちゃんを胸に抱いてそんなことを呟く。少し暖かいイエイヌちゃんの温もりが身に沁みるようで、緊張や不安が少しほぐれるような感じがする。
しばらくあたしの胸でもぞもぞしたかと思うと、イエイヌちゃんはすぅすぅと寝息を立て始めた。
なんだかあたしも眠くなってきた。明日に備えて寝るとしよう。
…………
「ぁ……ぐっ……」
鈍い痛みの中に、オレは目を覚ました。大したものではないが、オレを困惑させるには十分な痛みだ。オレは父、テューポーンとエキドナの庇護の元に生まれた神獣だ。そんなオレでも、痛覚に対する耐性に関してはヒトにも劣ると思っている。ヒトにはどうとでもない痛みでも、オレには未知の感覚だ。どう対処すればいいか、オレには分からないのだ。
未知の感覚に意識が持っていかれる。世界蛇の欠けた呪いがオレという存在を鈍らせていく。これは呪いなのか、オレの感じる錯覚か…。確実にあの世界蛇の呪いに支配されている。
体を引きずってなんとか立ち上がる。タイタンの子孫であるオレも、こうして見れば小さな存在だ。北欧の低級魔術を受けただけだというのにこのザマなのだ。ウラノスにこの姿を見られたのであれば、確実にタルタロスの懲罰を受けるに違いない。それほどの惨めな姿をしている。
「は……ぁっ……ぐっ…くそっ……」
ガンドの呪術のせいでうまく動くことができない。全身に感じる、今までに感じたことのない苦痛に身をよじらせるだけだ。我が兄、ヒュドラーの毒ほどではないが、オレを苦しめる分には十分だ。
「良い様であるな、ネメアの獅子よ」
「お前は…」
聞き覚えのある声を耳にする。この声は、かつてオレがいたずらに虐めていた者の声だ。山羊のような角に、蛇を元とする独特な赤いフードがオレを捉えている。間違いない、サタンだ。
「北欧の低級魔術に苦しむオレを見物しに来たか、ヤハウェの子よ…」
「いいや、俺はお前を助けに来たのだ、ネメアの獅子よ」
「オレを…?ハッ、さては世界蛇に言いくるめられたか?……オレは貴様なんざ低級な御子に誑かされるような凡骨ではないぞ、ルシファー…!」
崩れるような体に鞭を打ってサタンの前に立ち塞がる。オレはこのような矮小な存在に屈するような存在ではない。オレは、かつて世界を支配したタイタン族の末裔だ。このような天の召使いに屈するような存在などではないのだ。
「勘違いしているようだな、ネメアの獅子よ。俺はお前を導こうと言っているのだ」
「なにを…」
「ミライ…。そ奴に会いたいのであろう?ならば、俺の導きに従うが賢明だぞ?」
「なっ……」
ミライ…?こいつはミライの居場所を知っているというのか…?
「ミライの居場所を知っているというのか…!?言え!!!ミライはどこにいるというのだ!!?」
「騒ぐな。確かに俺はミライの居る所を知っている。故に、お前に教えてやろうと言っているのだ。だが、それには条件がいる…」
「なに…?」
こいつはミライの居場所を教えるという代わりに、オレにその対価を求めている。オレの命が欲しいとでもいうつもりか?
だが、オレはこのような矮小な存在に易々と屈するつもりはない。もし、そう言おうものなら、奴の首を掻っ捌いてオレの渇きの癒しとするだけだ。
「まず一つ…。お前の命の半分をもらおう。お前の神獣としての生を半分頂くのだ。そして、次に二つ…。……おまえの神獣としてのルーツ…出自と生い立ちを頂こう」
……やはり、こいつはオレに条件を求めてきた。悪魔である自分と契約を結べというのだ。……それも、オレのルーツをすべて捨てろと、奴は言っている…。
……受け入れがたい条件ではあった。それでも、オレは自らの生い立ちを捨ててでも、ミライに会いたいと思った。だから、サタンの提示する条件もオレは受け入れた。
「……良いだろう、サタン…。我が魂、貴様に預けよう…!」
「契約は成立という事だな、ネメアの獅子よ…」
赤い魔法陣がオレを包む。そして、自らの血で魔法陣を潤すと、オレの中の魂がサタンに呼応していくのが分かった。オレは、悪魔と契約したのだ。
「では、付いてくるとよい。悪魔が、お前を導こう…」
……とうとうオレは、ミライと会えるのだ。長年求めた、在りし日の彼女の姿…。それが今、もう一度オレの前に姿を見せるのだ…。
「………」
ミライ…。もう一度会いたい…。ミライに会って、オレは…。