けものフレンズR ~Re:Life Again~ 作:韓非子
夜、あたしたちはロビーにて三人で語り合っていた。三人とも全員がオッドアイという稀有な状況下にいる。イエイヌちゃんは同じイヌ科の動物としてすごく気が合っているらしい。狼と犬、お互い高度な社会性を築く動物であり、ヒトに家畜化されたかされていないかくらいの違いしかない。気が合わないはずがなかった。それに図鑑で見たように狼犬という狼と犬のハイブリッドがいるくらいだから尚のことだ。
「君は本当にヒトが大好きなんだね」
「はい!大好きです!特にともえちゃん!わたしの大切なご主人さまです!」
「イ、イエイヌちゃん…」
「ふふふ、良いことだ。オオカミの私には知り得ない感情ではあるが、キミの話を聞く限りとても素敵なことなことなんじゃないかと、私は思うよ」
「えへへ…」
「それに、良いマンガのネタになりそうだ。その案いただくよ」
「「えぇ!?」」
「いいじゃないか。種を超えた絆を謳うハートフルストーリー…これは良いネタになりそうだ」
「はわわ…」
なんだかあたしたちマンガのネタにされてしまった。これは恥ずかしいぞ…!
「えへへ…わたしとともえちゃんがタイリクオオカミさんの漫画として残っちゃうんですね…」
しっぽをぶんぶん足をばたばたと忙しなく動くイエイヌちゃん。なんだか嬉しそうだ。あたしはすごく恥ずかしい。
「ふふふ、けどね、ヒトという生き物はとっても怖い生き物なんだ」
「こわい?」
「そう。イエイヌくんもかつては軍用犬だと言っていたね」
「はい」
「軍用犬にも様々な種類があってね、死ぬことを前提とした地雷犬という犬がいたことを知ってるかい?かばんが乗っていたバスがあるだろう?ああいう乗り物の下に潜って自分の死と引き換えに乗り物を破壊するんだ。その時に地雷犬も一緒に死ぬ…。恐ろしいだろう?」
「…少なからずあたしはそんなことしないよ。そんなことするヒトがいたら絶対に許さない」
「ははは、その意気だよ。その気持ちがあればヒトのやましい感情なんかすべて吹き飛ばせるさ」
「してみせるよ!」
…聞かなきゃよかった。地雷犬なんて本当にいたの?乗り物を壊すのに犬も一緒に死なせるなんて…そんな残酷すぎる手法を良く思いつくものだよ。もしかしたら他にもあるのではないかと邪推してしまう。
義憤に燃えるあたしをよそにイエイヌちゃんが話を続ける。
「…他にもあったらお願いします」
「イ、イエイヌちゃん…?」
「じゃあ、こういうのはどうだい?この世で最もヒトを殺している動物の名前、なんだと思う?」
「ヒト…ですか?」
「残念、蚊だよ」
「か、か?蚊?ですか?」
蚊ってモスキートのあの蚊?確かに蚊が媒介する病気っていっぱいあるらしいけどそんなに殺してるのかな?
「そう、そして二番目がヒト、三番目がヘビだね。ちなみに四番目が犬になるよ」
「!!」
イエイヌちゃんの目が見開く。あたしも驚いた。ヘビはともかく犬が四番目に来るなんて…
「単純に襲われてやられるっていうのもあるだろうけど、狂犬病っていう病気に患って死んでしまう事例が多いらしいね。もっともここでは起こり得ないだろうけど…まぁ、蚊には気を付けな」
「はぁ…」
なんてことを言われてしまった。狂犬病…名前だけは聞いたことはあるけどどんな病気だっけ…とにかく狂犬病のせいで多くの人が死んでしまうという恐ろしい事実だけはなんとなく理解できた。
「狂犬病…」
ボソリと呟いた。イエイヌちゃんの体がビクリと跳ねる。怯えるような目でこちらを見ている。
「だ、大丈夫だよ!あれだけぺろぺろ舐められてもなんともないし、きっと狂犬病なんて患ってないよ!」
「あっはは!そんなことやってたのかい!」
お互いハッとする。そしてお互いに赤面してしまった。
「ふふっ、良い顔いただき」
「や、やめてよーもうー…」
なにやらかきかきと何かを描いている。恐らく恥じらっているあたしとイエイヌちゃんの似顔絵でも描いているのだろう。大変遺憾である。
満足した顔で絵を描き終えると一息ついてこう続けた。
「さて、ヒトは怖い生き物だと言ったけど、ヒトが作る怖い話というのもあってね、ちょっと聞いてみる気はないかい?」
「ヒトが作る怖い話?」
「そう、たとえばこんな話がある…」
…………
あたしの名前はともえ。ジャパリパークのセントラルに住むヒトの女の子!イエイヌちゃんとはおともだちなんだ。今日もいつもみたいにイエイヌちゃんのおうちに遊びに行った。
お日様はぽかぽかと気持ちよくて、イエイヌちゃんはもふもふで、とても落ち着く。そんな何気ない日常を楽しんでいた。
そんなある日…
「ぽ、ぽぽぽ…ぽっ、ぽっ、ぽっ…」
と、変な音が聞こえた。
音?声?フレンズさんの鳴き声にしては奇妙だ。ヒトとも動物とも男とも女ともとれない奇妙な音だった。何だろうと思っていると、少し先にある別の建物から帽子のようなものが見えた。
しばらく見ているとすーっと動いて、やがて一人の女の人が現れた。その帽子はその女の人のかぶっていたものだった。白っぽいワンピースを着た女の人だ。
あたしはその女の人の背の高さに驚いた。ゆうにアムちゃんの大きな身長を遥かに凌いでいる。あたしの倍近くの身長はあるだろう。すごくおっきなフレンズさんだな~なんて思っていると、そのフレンズさんはゆっくりと視界から消えていった。帽子も見えなくなった。"ぽぽぽ"という音もなくなっていた。そのときはすごく大きなフレンズさんくらいしか思わなかった。
そのあと、イエイヌちゃんが淹れたお茶を飲みながらイエイヌちゃんにさっきのことを話した。
「さっきすごく大きなフレンズさんを見たんだ~」
「大きなフレンズさん…アムちゃんでも近くに来たんでしょうか」
「すごく大きかったんだよ!帽子を被ってて"ぽぽぽ"って変な鳴き声で鳴いてたんだ」
瞬間、イエイヌちゃんの動きがピタッと止まった。時が止まったかのようだった。
「いつ見たんですか!?どこで見たんですか!?どれくらい大きかったんですか!?」
怒ったように質問をまくし立ててきた。あたしはその気迫に押されながらもありのままに答えた。するとイエイヌちゃんは室内にいるラッキービーストに、今あたしが言ったことを伝えるとあたしにこう言った。なんだか深刻そうな様子だ。
「今日は泊まっていってください…今日、帰すわけにはいかなくなりました…」
…イエイヌちゃんとお泊りとも考えたけどこの雰囲気から察するにそういう訳でもないようだ。事は思った以上に深刻らしい。…あのフレンズさんがいけないのだろうか。けどあたしはアレを見ただけだ。向こうから現れた訳だし別にそう騒ぐほどのことでもないと思う。
「…あなたは八尺様に魅入られてしまったようだ。けど大丈夫。必ず何とかしてみせます。心配しないでください」
以下はイエイヌちゃんが話してくれたことだ。
ジャパリパークには"八尺様"という厄介なセルリアンがいる。八尺というのは長さの単位で大きさで表すと2mと50cmくらいらしい。"ぼぼぼぼ"という不気味な笑い方をするらしくあたしが聞いたのはその八尺様の笑い声ということだった。フレンズさんによっては黒いスーツのようなものを着ていたり、和服姿の老婆だったりするそうだ。でも、異常に背が高くて頭に何か被っていることと、不気味な笑い声はどの目撃談にも共通しているそうだ。
サンドスターによって生まれたビーストとはまた違う変異種という噂もあるが定かではない。
一度八尺様に魅入られると数日のうちに取り殺されてしまう。最後に八尺様の被害が出たのはだいぶ昔とのことだ。
八尺様は四神の力によってキョウシュウエリアに封印されていて、ゴコクエリアやナカベエリアに行くことはできないのだそうだ。せめてもの被害拡大の防止のためであろうとイエイヌちゃんは言っていた。
そんなことを言われても、全然リアルに思えなかった。当然と言えば当然だ。
そのうち、博士ちゃんと助手ちゃんが訪ねてきた。
「まったく、厄介なことになったのです」
博士はそう言ってお守りをくれた。それから一緒に二階へ上がり、何か変なことをしていた。イエイヌちゃんは一緒にいてくれた。トイレをするときも付いてきて、ドアを完全に閉めさせてくれなかった。あたしは初めてこれが異常事態だと思うようになった。
しばらくして二階の一室に入れられた。
窓はすべて紙や布なんかで目張りされていて、その上にお守りやらお札みたいなものが張られていた。四隅には盛塩が置かれていてた。木でできた箱状の物があり、その上にオイナリサマの模型が置かれていた。
「もうすぐ日が暮れるのです。いいですか。明日の朝までここから出てはならないのです。博士も助手もイエイヌもお前を呼ばなければ話しかけることもないのです。明日の七時になるまで絶対に出てはいけないのです。七時になればお前の方から出すのです。良いですね?」
「博士の言うことは絶対なのです。良いですね」
あたしは黙って頷くしかなかった。
「…博士たちに言われたことは良く守ってください。お守りも肌身離さずにお願いします。もし何か起きればオイナリサマにお願いしてください。きっとあなたの助けになるはずです」
博士が作ったというおにぎりもイエイヌちゃんが淹れてくれたお茶もまったく手につかなかった。あたしは布団の中で震えるしかなかった。
…いつの間にか寝ていたようだった。時刻を見れば深夜一時を回っている。嫌な時間に起きたものだと思っていると窓ガラスをコツコツと叩く音が聞こえていた。
まるで誰かがノックするような音だ。風のせいで揺れているのではない。明らかに誰かが叩いている音だ。必死に風のせいだと思うようにしても規則正しい音がそれを許さなかった。
そのとき、イエイヌちゃんの声がドアの向こうから聞こえてきた。
「ともえちゃん、大丈夫ですか?無理しなくてもいいんですよ?」
思わず返事をしそうになったけど博士ちゃんたちの言葉を思い出した。声は続く。
「どうしたんですか?こっちに来てもいいんですよ?」
…イエイヌちゃんの声じゃない。どうしてかは分からないけどそんな気がした。そう思ったと同時に鳥肌がぶわっと立った。
ふと盛塩を見ると、上の方からジリジリと黒く変色していた。一目散にオイナリサマの前に座ると、お守りを握りしめ、助けてくださいと必死にお祈りをはじめた。
そのとき
「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ…」
あの声が聞こえ、窓ガラスがトントン、トントンと鳴り出した。アレが下から手を伸ばして窓ガラスを叩いている光景が浮かんできて仕方がなかった。あたしにできることはオイナリサマに祈ることだけだった。
…とても長い夜に感じられる。しかし朝は来るもので、目張りからは朝の光が差し込んでいた。時計を見ると七時十三分を指してる。
ガラスを叩く音も、あの"ぽぽぽ"という声も止んでいた。どうやら気絶していたらしく、盛塩は完全に黒く変色していて崩れていた。
あたしは恐る恐るドアを開けると、そこには心配そうな顔をしたイエイヌちゃんと博士と助手がいた。イエイヌちゃんは、よかった、よかったと涙を流しながらあたしに抱きついてきた。
下に降りるとゴマちゃんやかばんさんたちが来ていた。いつになく険しい表情をしている。
外に止めてあるジャパリバスを見ると早く乗るように促した。訳も分からずバスに乗ると、あたしを中心にいろんなフレンズさんが乗ってきた。よく見るとアムちゃんやサーバルちゃんの姿もある。バスはぎゅうぎゅう詰めだ。九人は乗っていたと思う。
「大変なことになったな…気になるかもしれないけど、ここからは目を閉じて下を向いていろ。私たちには何も見えないけど、ともえには見えてしまうかもだからな。私が良いっていうまで目を開けるんじゃないぞ」
ゴマちゃんがそう言った。
かなりゆっくりと進んでいる。まるで遊覧でもしているかのようだ。
ここが踏ん張りどころですと助手ちゃんが言うと、博士が何かぶつぶつと呟き始めた。
「ぽ、ぽぽぽ、ぽっ、ぽぽ…」
またあの声が聞こえてきた。
博士ちゃんからもらったお守りを握りしめ、言われた通りに目を閉じて下を向いた。でも気になって薄目を開けて少しだけ外を見てしまった。
目に入ったのは白っぽいワンピース。それが大股でバスにぴったりと付いてきている。頭は外に見切れて見えないけど車内をのぞき込もうとするように上半身が傾き始めた。
「見ちゃだめ」
低い声でアムちゃんが呟く。
コツコツとバスを叩く音が聞こえてきた。周りから"ヒッ"と声をあげたり咳払いをするような音が聞こえる。姿は見えなくても、声は聞こえなくても音は聞こえてしまうようだ。博士ちゃんのぶつぶつ言う声も力が入る。とても気が遠くなるような時間が過ぎていった。
…どれくらいの時間が過ぎただろうか。音と声が途切れた時、博士ちゃんがやりましたと声をあげた。助手ちゃんやゴマちゃんも安堵の声を漏らしている。
助手ちゃんが"お守りを見せるのです"と言うので握りしめていたお守りを見せると真っ黒になっていた。念のためと言うので代わりのお守りをいただくことになった。
ここにいるみんなはあたしのために集まってくれたのだという。でもさすがに一晩で集まるということもできるはずがなく、また、夜よりも昼の方が安全だろうと思われたため、一晩中部屋に閉じ込められたというのである。最悪イエイヌちゃんが犠牲になる覚悟だったとか。
そうしてあたしはかばんさんの元、ゴコクエリアへと行かされた。もう二度とキョウシュウエリアに来てはならないと言われた。あたしは八尺様に魅入られたのだ。ゴコクエリアから出る前、イエイヌちゃんにあの晩あたしに声をかけたか聞いてみたけど、そんなことはしていないと断言された。改めて背筋が寒くなった。
それからしばらく経ったある日、かばんさんからある話を聞かされた。あたしは全身から血の気が引くのを感じた。
「八尺様を封じている四神の守りが誰かに壊された。八尺様がキョウシュウエリアから出てしまったかもしれない…」
あの時の恐怖がよみがえる。八尺様はあたしの元へ来ているのだろうか。気が気ではない。あの声が聞こえるようだ。
「ぽぽぽ…」
本当の恐怖はすぐそこにある。
…………
あたしはイエイヌちゃんと抱き合っていた。恐ろしく怖い話を聞かされたものだ。八尺様…?本当にいるのかな…?
イエイヌちゃんは恐怖で歯をかちかちと鳴らしている。あたしは恐怖で半泣きだ。
「ふふふ。そんなに怖がってくれるならこちらとしても話した甲斐があるというものだ。いやあ、良い顔をしているね。マンガのネタにできそうだ」
「もー!止めてったらー!」
またさらさらとキャンバスあたしたちの絵を描き始める。完全に遊ばれているようである。
「まあ、でも怖がる必要はないよ。私が話した八尺様は遠い昔にヒトが作ったおとぎ話だからね。もしいたとしてもこんな僻地に来ないだろうさ」
「ほ、ほんとう…?」
「ホントホント。私は嘘は吐かないよ」
「「よ、よかった~…」」
「私も初めてこの話を見たときは心の底から震えが止まらなかったものだよ。そうそう、この話には続きがあってね…」
タイリクオオカミさんはそこで言葉を切った。
「…この話を聞いた者には八尺様が枕元に立つという…」
あたしの意識はそこで途切れた。