けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:韓非子

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第6話「深い霧の包むところ」

「不思議なところ…」

 

 ロッジ・アリツカを出発したあたしたちは森の中を歩いていた。森といっても木々はみんな枯れていて深い霧だけが立ち込めている。読んで字のごとく五里霧中である。進めど進めど前に広がるのは霧ばかり。そして霧の間から見えるの枯れた木と大きな岩だけだ。それに湿気がひどい。

 ひどい寂寥感を感じる。あたしを含むイエイヌちゃんたち四人で旅をしているけど、まるで一人で旅をしているかのような錯覚を覚えるようだった。サバンナ地方や平原地方は青々として生命の息吹を感じたものだが、ここにはそういったものは一切ない。クモとか細かな虫はいるだろうが、それすら感じさせないような一切の無だ。

 ここではすべてが停滞しているようにあたしは感じた。

 

「不思議なところだ…フレンズさんや命のにおいが全くしない…」

「本当だぜ…私もこんなところがあるなんて全く知らなかったぜ…」

 

 べちゃべちゃと不快な感触が足の裏から伝わってくる。湿度が高く日も差さないから水分が蒸発せずに地面に溜まっていくのだろう。よく見るとどの枯れ木の表面もしっとりと濡れている。こんなところで過ごすフレンズさんがいるのならぜひ見てみたいものだ。

 

「こんなところに来る物好きがいるとはな」

 

 不意に声が聞こえた。

 

「どうやら迷ったわけではなさそうだな、カタカケよ」

 

 モノクロの世界に溶け込むような真っ黒なフレンズさんが二人、そこにいた。

 

「ここはジャパリパークの最果てとも呼べる地。フレンズたちはもちろん、けものや野鳥といった生物はほとんどいない」

「そしてジャパリパークで唯一サンドスターの影響を受けない所でもあるのだ。原因は博士もわからないと言っていたが、いずれにせよ私たちのお気に入りの場所だ」

 

 そういうと二人は地上へ降りてきた。

 

「お前たちは何者だ?」

「あたしはともえ!この子はイエイヌちゃんで、この子はロードランナーのゴマちゃん!そしてこのおっきい子がアムールトラのアムちゃんだよ!」

「ほう…私はカンザシフウチョウ」

「カタカケフウチョウだ」

 

 不思議な雰囲気のするフレンズさんだ。なんだかあたしの頭の中を見抜かれているような感じがする。

 

「どうして二人はこんなところにいるの?」

「お気に入りの場所だからだ。静かで心が安らぐ」

「生命の息吹を感じさせない死せる場所。現世と隔離された非現実的とも呼べるこの場所を私たちは気に入っている」

「…フレンズとの交流も断っているように見えます。外部との交流はほとんどないのですか?」

「ない。ごくまれに迷い込んでくるフレンズを外に帰すくらいだ」

「或いはボスがじゃぱりまんを持ってこずに博士たちに無心するときくらいか」

 

 どこまでも不思議なフレンズさんだ。現世との関係を完全に立っているように見える。じゃぱりまんを無心するというのは置いといて、周囲から隔絶した環境に身を置き、周りとの交流を断って過ごしているというのはまるで世捨て人のようだ。

 

「お前たちも早く帰ることだ。ここは生命を受け入れるところではない」

「道がわかるうちに早く帰るのだ。私たちは飢えやサンドスター切れから斃れているフレンズやけものをたくさん見てきた」

「お前たちもそうなりたくなければ戻ることだな」

「ま、待って!」

 

 それだけを言うとフウチョウさんたちはどこかへ行ってしまった。深い霧のせいもありあっという間に見失ってしまった。方向感覚を失っていく。もはやどこから来たかすらもわからなかった。しかし、幸いにもあたしたちはまだ道の真ん中に立っている。この道を見失わないように歩いていくとしよう。

 

「しかし気味わりーやつらだったな。全身真っ黒だし何考えているかわかりゃあしねーぜ」

「うん。あたしも頭の中が見透かされてるような感じがした」

「それにこの白と黒の世界に馴染むかのような言動と恰好でしたね。初めからここにいたかのようです」

「み、みんな言いすぎだよっ」

 

 各々が思い思いの感想を述べている。あたしも色々と言いたいことはあるけどあたしが思う最も強いと思った感想は"不思議"ということだった。ミステリアスというかそこに"存在しない"ものが存在しているようなそんな感じがしたのだ。あの子たちには不思議な魅力がある。また会ってみたいな。

 

「!」

 

 イエイヌちゃんが何かに反応した。ぴこぴこと耳をあちこちに動かしている。

 

「な、なんですかこれは…?びりびりと何かを感じる…音はするのにニオイがしない…わ、わたし怖いです…なんなんですか一体!」

「お、落ち着いてイエイヌちゃん!」

 パニックになるイエイヌちゃんをなだめて落ち着かせる。何か一点をじっと見ているようだ。アムちゃんも何か認識したようで同じところをじっと見ている。

 あたしも同じところを見てみると一つの岩に一人の老人が座っていた。杖を持った頭の禿げた老人だ。

 

「ヒト…?」

「なんだありゃ…ヒトじゃねえぞ…フレンズでもねえ…気味わりいぜ…」

 

 好奇心から近づいてみる。

 

「ともえちゃ…」

 

 一瞬イエイヌちゃんが止めに入ろうとしたがその声は弱々しく消えた。やがて後数メートルというところに近付いた途端その老人は霧散したように消えてしまった。

 

「っ…!」

 

 声にならない声で驚く。それはみんな同じようだった。いったいあたしたちは何を見たというのだろうか。 

 

「物の持つ記憶を見たようだな」

「うわ!!!」

 

 カタカケさんとカンザシさんだ。いったいどこから現れたのだろうか。何もない所から突然現れたようだった。

 

「長くこの世に存在する物には記憶を持つ物がある。お前たちはまさにそれを見たのだ。私たちもこの岩がいつからあってどこから渡ってきたかはわからない。だがこの岩には道行く人が腰を掛けるという記憶が根強く残っているようなのだ」

「何も無機物が記憶を持つとは限らない。ヒトによって愛されたあまり、それを羨んだ"何か"が自分も愛されようとそれに取り憑き記憶することもあるのだ」

「人に愛されたものは何であれ思い出や愛着が深いほど記憶も強くなる。お前の持つスケッチブックやどうぶつ図鑑はどうだ?お前自身の思い出や愛着が投影されていないか?」

 

 妙なことを言ってくる。物の記憶…愛着…思い出…無いとは言い切れない。そういうものがあってもおかしくないとはなんとなく思えた。

 けどあたしのスケッチブック…?

 

「実はお前自身がスケッチブックが映し出した記憶なのかもしれないのだぞ」

「なっ…!?へ、ヘンなこと言わないで!!」

「な、なんていうことを言うんですか!!!」

「ふふふ…」

 

 再び霧のかなたへと消えていった。しかし、なんてことを言うのか。あたしがスケッチブックが生み出した記憶だなんて…

 

「ともえちゃんがスケッチブックの記憶だなんてありえません!イエイヌのわたしが言うんです!においも声も仕草もぜーんぶ正真正銘のともえちゃんです!イエイヌのわたしが保証します!」

 

 イエイヌちゃんが激高している。そして胸を張りながらドンと胸を叩く。あたしは正真正銘のともえちゃんとお墨付きをいただいた。あたしはヒトのようである。

 

 

…………

 

 

 霧が立ち込める道を行く。生命の胎動すら感じない死の大地だ。カンザシさんたちは生命を受け入れるところではないと言っていたけど本当にそうなのかもしれない。一歩ずつ奥へと足を踏み入れていくたびに確信を得ていくかのように感じていった。

 

「あの縄…」

 

 イエイヌちゃんが何かを見つけたように呟いた。見ると先が丸く結われた縄がぶら下がっている。

 

「わたし、見たことがあります…あの縄に首を括り付けて人がぶら下がっているのを…みんな死んでいた…あれはきっと人が死ぬためのものです…アレがあるところでは必ず人が死んでいた…」

「…どういうことだよそれ…わざわざ死ぬためにアレを用意したってことなのかよ?」

「…わたしもヒトの身近にいた存在とはいえ完全にヒトを知っているわけではありません。わたしがともえちゃんのお父様といっしょに行動してた時には、アレに首をくくりつけたまま死んでいるヒトをたくさん見てきました。アレもそれと同じものかはわかりませんが、あそこでヒトが死んだと考えるのは大いにあり得ると思います…」

 

 あそこでヒトが死んだ…そう考えると背筋が寒くなるような感じがした。ますますここがどんな場所か分からなくなるようだった。そしてあたしは改めてここがジャパリパークの中でも異質なところなのだと強く思った。

 しばらく歩いているとこの異質なこの世界でもさらに異質なものがあたしの目に留まった。椅子、机、花瓶、絵画、ティーセット…それらが整然とこの場所に並べられていた。まるで、たったさっきまでそこでヒトが生活を営んでいたかのようだった。周りに乱雑と転がっているたくさんの椅子がその不気味さをより一層引き立たせている。

 

「か、かふぇ???」

 

 ゴマちゃんが混乱している。明らかにカフェではないのだが。

 しかし見れば見るほど気味が悪い。誰が何のためにこんなものを用意したのか…目的すら想像できない。あの二人が用意したのだろうか。

 

「おもしろい所に目を付けたな」

 

 またあの二人だ。

 

「ここは私たちのお気に入りの場所だ。お前もきっとこんな死んだ世界になぜこんなものがあると思っているのだろう。それはもっともな疑問だ」

「私たちもなぜこれらがここにあるのかわからない。だが、私たちはこの異物に一つの美を感じたのだ」

「誰がいつ何のためにここに持ってきたのか、いつどこから来たのか。そんな事を考えるのは無駄なことだ。私は美しいと思ったものは何であれ愛でる。これもその一つに過ぎない」

 

 そう言うとカンザシさんは椅子に腰かけた。

 

「お前の見た記憶の岩もその一つだ。アレは見るたびに座っている人物が違っている。たまに被っていることもあるが概ね違う人物が映し出されているのだ。得体の知れない物とお前たちは思うのだろうが私たちはそれをも美しいと感じる」

 

 そう言うとカタカケさんはふわりと飛んだ。

 

「行こう、カンザシよ。この者たちにはまだ見てもらいたいものがたくさんある」

「そうだな、カタカケよ。待っているぞ、ともえよ」

 

 行ってしまった。この奇妙な空間にはあたしたち四人しかいない。静寂が訪れる。

 あたしはカンザシさんが座っていた椅子に腰を掛けた。じっとりとした不快な感触がお尻から伝わってくる。視界を机に落とす。特別目新しくも古くもないらしいがやや粗い表面が目立つ。椅子にしても特に腐っているというわけでもない。

 目を閉じて想像してみる。ここでは異物とでも呼ぶべきこの椅子たちだけど、これらも人によって作られた人工物だ。これらにもヒトの歴史とか思い出があるはずだ。

 

「…おかしい…だめ…何にも思い浮かばないや…本当にヒトが使ってたものなのかな…」

 

 この机や椅子が使われたという想像が全くできない。そもそも使われるために作られたのかすらわからない。最初からここに捨てられるために作られたのではないのかとあたしは思った。

 立ち上がって机を見下ろす。この霧の深い枯れ木の森に机と椅子だけがある。なんだかそれがとてもシュールなように思えた。やはり最初からここにあるために作られたのではないか。とてもここにあるべきではないようなこれらも、ここにあることによって存在の意義を生じているような、そんな気がした。

 あたしたちはこの異質な世界の異質な空間を後にした。

 

 霧の立ち込める道を行く。目的も何もないけどひたすら霧のかかる道を辿っていく。しばらく歩いていると少し傾斜がかかる道に差し当たった。どうやら峠か山に入ったようで傾斜が急になっていく。相変わらず周りの木々は枯れているままだが、それに入ったのは間違いないらしい。

 イエイヌちゃんたちは無言のままだ。話すネタもなく死の大地の雰囲気に呑まれているかのようだった。事実あたしもそうだ。深い霧があたしの心の中にまで広がっているかのようだった。じめっとした大気はあたしたちを深く包み込んでいる。

 道端には獣の死体が転がっている。この獣もかつてはフレンズさんだったのだろうか。ひどくやせ細っている。飢えて死んだことは間違いなさそうだ。しかしかなり奥の方まで来ているように見える。この霧と枯れ木の世界に足を踏み入れてサンドスターが尽きるまでさまよい続けたのだろうか。サンドスターが尽きたフレンズは元の動物に戻ると聞く。サンドスターが尽きた後もさまよい、歩き続けたのだろうか。そして獲物や食物にたどり着くことなく飢えて死んだのだろうか。無常である。生命の存在を許さない。死んだ世界。世界そのものが死んでいる。そしてすべての生物が死に絶える場所。それがこの世界だ。

 

「自分を見失うな」

 

 声が聞こえた。見るとカンザシさんとカタカケさんが立っていた。

 

「世界に呑まれているぞ。お前がここに来るのは早かったみたいだな」

「この世界に呑まれるモノは戻れなくなる。お前もいずれこの獣みたいに死ぬことになるかもしれないぞ」

「そしてこの蟲に喰われて地獄に落ちるのだ。慈愛の日に照らされる喜びを忘れ、一人地獄に落ちるのだ。それでも良いのか?」

「…あなたたちはどうなんですか?長いことここに住んでいるようですし、あなたもその地獄に落ちるのではないのですか?」

「私たちはもう既に地獄に落ちている。ヒトでなくけもの…フレンズの時点で天国になんて行けないのだ。あるのは深い深い深淵のみ。コキュートスの深い底に沈んでいくだけだ」

「そんな…」

「…あんなものに耳を貸したらダメ。どうせでたらめ言ってる」

 

 アムちゃんがあたしたちを制する。ぎゅっとイエイヌちゃんの手を握りしめてあたしたちはその場を後にした。

 …地獄に落ちるかはわからない。けどカンザシさんたちの言葉は落ちかけていたあたしを救ってくれた気がした。

 あたしは再び深い霧に呑まれないようにイエイヌちゃんの手を強く握った。イエイヌちゃんもぎゅっと握り返してくる。

 

「ゴマちゃんも呑まれないようにね」

 

 見るとアムちゃんもゴマちゃんの手を握っているようだった。お互いが呑まれないように必死に引き止め合っている。あたしたちは地獄に堕ちないようにこの道を進んでいくんだ。

 

 しばらく登っていたら一つの開けた場所にたどり着いた。霧はやや薄く、遠くに一つの山が見える。深い緑色をしており霞がかったその姿はどこか朧気だ。

 風が吹く。どこかで木の枝が折れる音がした。遠くその音がこだまする。しばらくの残響が霧の中で響いていた。

 あたしは一つの小石を拾い上げると遠くに向かって投げた。かつんと岩に当たる音が聞こえた。遠く、音が反響する。しばらくの残響の後、静寂が訪れた。

 

「こだま…やまびことも呼ばれるものだ」

 

 カンザシさんとカタカケさんがそばに立っている。

 

「山には様々な精霊や物の怪がいると言われている。ヒトの中にも山に関する様々な噂や言い伝えがある」

「ヒトは山を恐れ、山に感謝していた。ヒトからモノを奪い、同じくヒトに恵みを与えてきた」

「それをヒトは山岳信仰と呼んでいた」

 

 遠く山を見つめる。

 

「私たちはここが好きだ。ここにいると自然の偉大さを感じることができる。死せるこの世界ではあるが、ここでは大地の息吹を感じることができる」

「遠く呼ぶ木霊の声も、私たちの言霊を運んでくれる。私たちの言葉を返すその魂が、幽玄の彼方に消えるその瞬間が、たまらなく美しいと感じるのだ」

 

 二人は腕を前に広げ、山に向かい目を閉じている。

 風が吹く。風は二人の呼び声に応えているようだった。

 

「山は生きている。枯れた山であろうとこうして私たちに答えてくれる」

「姿はなくとも確かに存在する。時たま寝ているときに気配を感じるのだ。山の精が私たちに会いに来るのだ」

「ヒトでもフレンズでもない山の精霊がいたずらをするのだな」

 

 そう言って二人は山の麓を見下ろす。

 

「見るがいい。あの湖を」

 

 あたしたちも二人に倣ってそれを見遣る。

 

「あの湖はこの付近で降った雨によってできたものだ。枯れた山を寂しく思ったのだろう。雨を降らせて湖を作ったのだ」

「今は死んだこの世界ではあるが、霧の深いこの世界もあの湖から新しく生まれ変わるやもしれんな。獣の死体ばかりではあったが、最近ではあの湖付近で生きた獣やフレンズを見かけるようになった」

「あの湖を中心にこの世界も生まれ変わるのだろうな」

 

 しばらくの沈黙の後二人はふわりと宙へ飛んだ。

 

「じゃぱりまんが切れた。私たちは博士のところに無心しに行く」

「お前たちも早く行くといい。飢えて斃れるかもしれないし、腹を空かせた獣が襲い掛からないとも限らないからな」

 

 そう言うと二人はどこかへ飛んで行ってしまった。

 四人で山を下っていく。相変わらず獣の死体はそこにある。しばらく下っていくと見慣れた広場に出た。

 遠くからカツンと音が聞こえてきた。

 

「なんだろう…」

 

 イエイヌちゃんの手を引いて音のする方へ歩いていく。しばらく歩くとまた遠くからカツンと音が聞こえてきた。再び音がする方へ歩みを進める。それを繰り返していくうちに徐々に霧が晴れてきた。やがてあたしたちは元いたジャパリパークへ戻ってきた。

 最後にカツンと音が聞こえた。それは霧の立ち込めるあの森の向こうからだった。

 

「木霊…本当にいるのかもしれませんね」

「かもね…」

 

 あたしたちは枯れ木の森を後にした。不思議なところだったな。木霊…山の精霊だっけ。あたしたちがジャパリパークで遭遇した初めてのフレンズさん以外のものだった。カンザシさんたちが言うことから察するに、ヒトが大好きでちょっと寂しがりやなのかもしれない。いつかあたしたちの元にも現れてくれるかな。普段は見えないようだけど様々な方法でアプローチをかけてくる。気付かないだけで実はいろんなやり方であたしたちに話しかけているのかもしれない。そう思うとちょっとほっこりした。

 次はどこに行こうかな。風の導くままにあたしたちは次の地方を目指した。

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