「お待たせしました」
帰りの準備を素早く済ませた後、足早に店の入り口に向かう。店の入り口の横では慧音先生が待ってくれていた。まぁ、帰りの準備といっても、着替えて財布や貴重品が入ってるショルダーバックを背負うだけなのだが。
「それでは行こうか」
慧音と横並びに歩き、慧音宅に向かう。
向かっている間、たわいも無い雑談をして歩いた。
寺子屋の子供達の事や、昔あった異変の事、最近噂されている事、そして昔あった異変の話とかを。
「その紅魔館側が起こした異変は、所謂宣伝みたいな事だったんですか?」
「あぁ、そうだ。八雲紫が弾幕ルールを広めるための異変。いや、出来レースだ。そもそも、弾幕ルールが広まれば、ある程度の事件なんて彼女の掌で収まるレベルになるだろう。だから、この時点で幻想郷は八雲紫の頂点だ」
「しかし、彼女は何をしたいんですかね。俺にはさっぱりわからないんですが」
「私にも分からないが、ただ幻想郷を良いものにしようとしているのは、確かだ」
俺をここに連れてきた元凶であり、俺の自殺を阻止した犯人、八雲紫。
何故彼女は俺を延命させたのか、未だに分からないことばかりだった。もしかしたら、見ず知らずの俺を延命させる理由なんてなかったのかもしれない。ただ気まぐれに行ったのかもしれない。
なんだかそう思うと、こう、イラッとくる。
よし、会ったら一発殴ろう。そうしよう。
俺が考えふけってるうちに、目的地に着いたらしく、俺の目の前には少し大きい敷地の慧音宅が広がっていた。
「上がってくれ」
「お邪魔します」
「私は少し私室に用事があるから、先に居間の方に行っててくれ」
分かりました、と告げると慧音は私室の方に向かっていった。
俺もすぐそこの居間の方に足を向ける。視界に居間が広がると、と先客がくつろいでいた。
「お、寄人じゃんか、慧音に呼ばれたのか?」
「あぁその通りだ。お前こそどうなんだ?」
「私も呼ばれてきたんだが、その感じだと慧音は今私室か」
白髪の少女が胡座をかいて座っている。口調は男っぽく、へんなもんぺを着ている。藤原妹紅、不老不死の蓬莱人であり、慧音先生の友人だ。
俺も妹紅の対面側に座る。妹紅は新聞をばらりとめくる。
この世界にはテレビという文明の利器が無いせいか、誰も喋らないでいると物静かになる。が、ここに来るとそうにはならない。
「なぁ、あっちの世界じゃどういう娯楽があったんだ?」
「ん?あぁ、娯楽か?」
娯楽と言われてすぐにおもいついたのが、スマホゲームだった。
「あー、スマホゲームとか、テレビゲームとか、あと人生ゲームみたいなのとか、まぁ娯楽に富んではいたよ」
「へぇ、そのすまほげーむ?ってのはどういうのがあるんだ?」
「そうだなぁ...人理を守るゲームとかサーヴァントと一緒に戦うゲームとか、色々あるな」
「...なんか壮大なスケールだな」
半笑いというか苦笑いというか、少し引きつったような笑顔を見せる妹紅。それもそのはず、このゲームは未来を取り戻す話なのだから。
廊下と方からトントントンと足音が近づいてくる。
「なんだ、妹紅来てたのか」
「来てたのかって、呼んだのは慧音だろ?」
「ははは、すまないすまない。さて、晩御飯を作りたいのだが、妹紅手伝ってくれないか?」
呼ばれた妹紅はわかった、と答え慧音先生と共に台所に消えていった。
俺以外誰もいなくなった居間は少し寂しく空虚な感じがする。俺の瞼も少し重く感じる。仕事の疲れが影響しているのか、確かに仕事は頑張っているけど、現代社会人はもっと過酷な労働環境で頑張っているはずだ。
でも、ここは幻想郷だ。あの劣悪な世界では無い。
なら、少しの睡眠をとってもいいのではないか?
うん、いいと思う。少しだけ、少しだけだ。
そして少年は眠りについた。
「寄人は?」
私は右手に包丁を握りながら、目線をまな板に下ろしたまま、妹紅に彼の状態のことについて聞く。
「寝てるよ。ぐっすりとな」
「そうか、寝ているのか」
とんとんとん、と私は順調にキャベツを切っていく。が、思考はすでに野菜のことなど考えておらず、他のことを思考していた。
「今日も寄人は一生懸命に働いていた」
「そりゃそうだ、仕事ってのは一生懸命やるものだからな。って、それがどうしたんだ?」
そう妹紅に言われると、一番最初に会った時の寄人を思い出す。
居場所のない、お金もない少年の癖に不幸な空気を隠して、しかし目の奥には何か濁ったようなものを抱えていて、まるで生き甲斐を探しすがりつくだけのゾンビのような少年だった。
それが今は仕事という生き甲斐を得たお陰か、少しだけ本当に生き生きとしている。
微笑ましいばかりだ。
「いや、今の寄人を見ると微笑ましいんだ」
「ん?...あ、あぁ成る程。まぁ初めて会った時よりは、だいぶましになったからな。ただ、まだ完全には取りきれていないようだが」
取りきれない眼の奥に在る何か。
いつかはそんなものもひっくるめて全て癒してやりたい。なんて思ってしまう。
これはへんな夢だ。
真っ暗で、なんの明かりさえもなくて。だけど周りには何もないことがわかっていて。まるで、暗くて明るい部屋に俺は立っていた。
何もないのにこの夢は何をしろというのだろう。
いや、夢というものは何か意味があって見るものじゃないか。
そんな言葉を考えていると、体の一部が次第に熱くなっていく。体の芯から、ポカポカと、ポカポカと。熱が高まると同時に、周囲の闇が俺を中心にして薄れていく。
なんだこれ?
闇が薄れていき、やがて鏡のような白い床が見える。床にはうっすらと俺の姿が反射している。しているはずだった。
...これは、なんていうか、嫌がらせか?
そこには醜い××が写っていた。
一番俺が嫌いな人類で、一番憎い生き物で、一番長く一緒に過ごした何かが写っていた。
何笑ってんだよ
それを見ていると、無性にイライラしてきて、だんだん悲しさも湧き出てくる。
それをずっと眺めていると、不意に白い床の上に赤い液体が垂れた。
...なんだ?
垂れてくる場所を見ると、そこは自分の腹からだった。自分の腹がぽっかり空いていたのだ。
ぐらりと自分の体が崩れ落ちる。
視界がぼやけて何も見えなくなっていく。
こん、こん、こん、と音が、近づいてくる。
ついに、なにも、かんじなく、なった。
そこで目は覚めた。