「開けろスティーブン!開けるんだ!」
ドアを叩く音が響く。丸いガラス窓の向こうに立つスティーブンに訴えかけ、ニック・カッターはドアを叩く。彼の青い瞳には尋常でない焦りの色が体現されている。叫ぶ彼とは対照的に、スティーブン・ハートは冷静そのものだった。
「それは出来ない。危険すぎる。」
この状況で、スティーブンの口元は緩んでいた。諦念からか、最期に話すニックに後味の悪いものを残さないようにか。その笑みもすぐに消え、彼は後ずさる。
「スティーブン、ドアを開けろ。」
ニックの吐く熱気のこもった息に、円形の覗き窓が白く曇り始める。
「アビーとコナーに伝えて。無茶はするなって。」
ニックの最大限の想いが届いてなお、スティーブンは歩みを止めない。もう一度だけ、わずかに表情筋を働かせる。部屋の中央へ進む彼の背後を、彼に視線を向けて通り過ぎる者がいる。ニックの脳がその猛獣の姿を捉えると同時に、空気が漏れるような身の毛のよだつ鳴き声がドアのすぐ向こうから発せられた。人類の叡智たる火薬と銃の前に倒れたはずの、遥か太古の地球の支配者。尾を揺らして目と鼻の先を動く獣脚類の奥には、悪魔とでも形容すべき存在が軽やかな身のこなしで壁を移動している。つい数時間前まで生物を封じ込めていた黄色の柱は形骸化し、捕食者を受け入れる足場に成り果てていた。
未知の存在ではない。いずれも2人がこれまでに遭遇し戦った生物たち。だからこそ、その脅威が実感できる。嵐の前の静けさとでも言わんばかりに、スティーブンの周囲を生物たちはゆっくりと円を描きながら囲んでいく。そして、静かに力を蓄えたその暴風の径は、中心点に向かって着実に縮小を続ける。
スティーブンは既に覚悟を決めていた。その覚悟とは、脅威に立ち向かうだとか、恐怖を乗り越えるだとか、そのような積極的なものではなかった。スティーブンの覚悟は死の覚悟だった。イギリスを、人類を守るための犠牲となる覚悟だった。その目はニックの方を向いていたが、視線はどこか虚空へと向けられていた。荒い呼吸とともに肩を揺らせながらその様子を見るニックの瞳には、次々に飛び掛かる生物の姿と、スティーブンの撒き散る血潮が刻み込まれた。
それから10分ほど経っただろうか、廊下に軍靴の音が響いた。レスターの派遣した特殊部隊が生物の掃討のため到着した。彼らの目に入ったのは、この世とあの世を断絶する扉、そしてその前でうずくまっているニック・カッターだった。泣き崩れるニックを介抱しつつ、彼らは小窓から部屋の様子を覗き込んだ。中には無数の生物の遺骸が転がり、おびただしい血痕が飛び散っていた。部屋の大気が変質している様子が窓越しでも感じられる。そしてたった1頭の生存者が、返り血と自らの血で紅に染まったまま、こちらを見据えていた。扉の向こうに居た者とは──