序章という名の果て、終局という名の前夜   作:Tutu-sh

2 / 8
第1話『外側』

十数分前に時間は遡る。

ニックが赤いボタンをぐいと押し込むと、けたたましいサイレンがリークのかつてのアジトに鳴り響き、生物の招集が開始された。ドアを破らんと執拗に頭突きを繰り返していた水生霊長類が頭を上げ、元々自分が収容されていたエリアへ体を向ける。施設内を彷徨っていたスミロドンも首をもたげて耳を動かし、そばに放置されていた椅子を弾き飛ばして駆け出す。その背後の壁を、未来生物が追ってゆく。あらゆる地域・時代から到来した生物の声が、牙が、爪が、一か所へ集結し始める。

 

植物食性動物も例外ではなかった。コナー達の脱出に一役買ったスクトサウルスも、餌として普段機械的に配給されていたトクサを求め、重い足音を立てながら元収容エリアに向かって来ていた。しかし、生物搬入口から収容エリアを覗くと、彼──彼女かもしれないが──の期待していた食糧はそこにはなく、代わりに彼の時代には存在しえない魑魅魍魎が跋扈していた。瑠璃色の略奪者、猛った野獣、異形の猿。魔の巣窟と化した禍々しい空気を感じ取ると、彼は歩を止め、数舜の思考の末に入口へ背を向けた。

 

顔を向けた先には、巨大な硬い物体が置かれていた。否、硬質感のある生物が鎮座していた。体躯は彼に匹敵しようかというほどの巨体。キチン質の外骨格に覆われたその生物は、彼の時代から2億年近く過去の存在だった。焚火にくべられた竹の弾けるような音を立てて、サソリモドキに似たその生物が鋏を動かす。餌場への道を塞ぐんじゃあない、とでも主張するかのように。

そうは言っても、既に収容エリアは地獄絵図の一歩手前である。そのまま戻るわけにもいかず、スクトサウルスは喉を震わせて威嚇し返し、力強く床を踏み鳴らしてみせる。その体重による轟音と振動は、並大抵の肉食動物であれば十分に委縮するものだった。しかし、太古のサソリはわずかに体勢を変え、より一層鋏角を高らかに鳴らし、金切り声を上げながら卓越した触肢を振りかざし始めた。

 

この生物にとって、振動は起爆剤だった。

鋏角によるオーケストラの演奏を続行しながら、ヒトの鼓膜も破りかねない鋭い声とともにサソリが突撃する。その声を形容するなら、地獄の進軍ラッパだった。数百年の時を経て変容した彫刻が発するような雄叫び。攻撃の触肢を通路いっぱいに大きく広げ、完璧な打撃を頭に叩き込む用意を完了して特攻する。対するスクトサウルスも引くわけにはいかなかった。群れをなせばゴルゴノプスでさえ近づこうとはしない、強固な皮骨板と並外れた質量の塊。彼もまた、歴戦の捕食動物が闊歩するペルム紀の砂漠を生き抜いた強者である。サソリの触肢が直撃するポイントを見極め、逆にサソリに向かって全速力で距離を詰める。

スクトサウルスの接近を警戒してか、サソリが急激に運動の方向を変えた。壁に飛び移ったのだ。スクトサウルスの視界から刹那姿を消し、3対の歩脚を波打たせ、斜めから奇襲を仕掛ける。

巨大な質量兵器同士の衝突。不意を突かれたスクトサウルスが体勢を崩す。奥歯を極限まで噛み締めたかのような音を立てて、双方の装甲が軋んでゆく。ひずみに耐えかねて両者にヒビが入ると同時に、スクトサウルスの肩へ触肢の強力な一撃が叩き込まれた。板皮骨が破損して破片が舞い、触肢の棘が肉に食い込む。しかしスクトサウルスは飛散する血には目もくれず、そのまま通路の直進を断行する。純粋な力と力のぶつかり合いであるが、丸太のように太い脚を持つスクトサウルスが優位に立った。肢の細いサソリは押されに押され、踏み込みの効くスクトサウルスの凄まじい力に焦っていた。苦し紛れに触肢を乱れ打ちし、鋏角で皮膚を切り裂き、鞭のごとくしなる尾をスクトサウルスの頭へ執拗に叩き付ける。度重なる殴打により次々に皮骨板は粉砕され、赤色に染まった破片が血の雫とともに飛び散る。ダメージを受けるごとにスクトサウルスの勢いは一瞬衰えるが、すぐに力を発揮してサソリをズルズルと押し戻していく。サソリの歩脚のいくつかは床との摩擦に負けて今にも外れようとしており、もはや前体で攻撃を叩き込む以外の選択肢は失われていた。しかし、一方でスクトサウルスの板皮骨も短時間で相当の損壊を見せており、胸と肩に無数の切り傷を負い、ただひたすらに苦痛と流血に耐えて敵を押し出す泥仕合を強いられていた。

 

熾烈な争いの音を聞きつけたのであろう、押されているサソリの背後にはいくつかの影が佇んでいた。コウモリから進化した未来生物。音を視ることのできるこの生物が、サソリの金切り声やスクトサウルスの足音を聞き逃すはずがなかった。しかし彼らが数頭集まったとて、巨人が殴り合っている場にしゃしゃり出ていくのは得策ではない。いずれかの圧倒的な力で潰されるのがオチだからだ。従って、彼らは大方の決着がつくまで待機する。その光景は上官から待機を命令された軍人のようであるが、その本質はまるで違う。戦争という極限状態でヒトとしてのタガが外れるよりも、数段凶悪で残虐な性質。地球上で目に付く動物を片っ端から絶滅に追いやる危険因子。彼らが待っているのは、敗北者の選出である。サソリとスクトサウルスのいずれかが致命的な傷を負うまで待ち、敗者が決まった瞬間に判決を下す。あわよくば辛勝した勝者もこの場で仕留められるかもしれない。そしてその目的は捕食ではなく、単に道中の邪魔者の排除。命を糧にするのではなく、ただシンプルに放逐する。争う2頭も、言語としてではなく、本能としてそれを感じ取った。

 

スクトサウルスが短期決戦に動く。直進からわずかに右へ進路を動かした。微細な変化であったが、通路を塞ぐような大型動物にとってはそれで十分だった。サソリの体が壁へ押し付けられる。突如発生した摩擦に甲殻が悲鳴を上げる。コンクリートにガラス片を突き付けて疾走するかのように削れる音が響き、サソリの装甲があれよあれよと言う間に擦り減ってゆく。左の歩脚の1本が壁に接触し、黄色い体液を飛ばしてあえなく吹き飛んだ。このままスクトサウルスの進撃が止まらなければ、壁とスクトサウルスの間に挟まれたサソリの体はそのうち完全に破壊され、一面に汁と破片を巻き散らして残骸と化すだろう。

 

ここでサソリも動いた。既に鋏角と触肢はスクトサウルスへの攻撃で使用済み。尾も気休め程度の速度減衰に使ってしまっている。残っているのは歩脚だった。1対目の歩脚を力の限り伸ばし、スクトサウルスの肩甲骨へ脚をかける。戸惑いを見せるスクトサウルスをよそにサソリはなおもその巨体へ乗り上げていく。そのままほぼ完全にマウントを取ると、サソリによる集中砲火が開始された。全身を揺さぶって触肢に初速をつけ、強化された運動エネルギーを次々に爬虫類の背中へ砲撃していく。その光景は空爆と呼んで差し支えないほどの暴走状態にあった。あまりのエネルギーに触肢自体の棘も破損して飛んでいくが、皮骨板もあえなく剥げ落ちていき、刺突のたびに鮮やかな血が噴き出した。

 

このまま一方的に攻撃を受けるだけのスクトサウルスではない。かつて建築物の解体に用いられていた鉄球のように、大きく体を揺すってサソリを振り落とそうとする。

 

しかし、それこそがサソリに勝機を与えた。

 

莫大な遠心力を生み出さんとするスクトサウルスを蹴りつけ、自らの体を大きく投げ出したのだ。右に体を振っていたスクトサウルスはその重心が傾いていた。そこへサソリの体重が加わり、完全に踏切板にされる。ロケットのごとく飛び立つサソリの反対側に、スクトサウルスは派手に横転して頭部を壁へ激突させた。サソリを押しやっていた慣性はいまだ生きており、壁との摩擦で食い止められた頭部を置き去りにして胴体だけが前進する。ボクッとこもった音が生じ、壁や床で跳ね返った巨体が空中に放り出される。傍観を決め込んでいた捕食者たちはその突発的な躍動に巻き込まれた。うち2頭が半壊した装甲に覆われた肉に押し潰され、なす術もなく絶命する。とっさに回避した捕食者たちも、その想像だにしない事故を前にして状況を飲み込めずにいた。

 

サソリは振り返って数秒ほど彼らの様子を見つめていたが、触肢で風切り音を立てると、鋏角を鳴らしながら収容エリアに向かって行った。わざわざ生き残りのコウモリたちをかいくぐってスクトサウルスにとどめを刺すよりも、彼らに任せた方が圧倒的に労力を消費しない。コウモリたちにとってもそれはありがたい判断だった。群れの力で体格差を覆すことも不可能ではないが、ここはサソリを見送ることにした。

 

少なくとも、今のところは。

 

コウモリの関心はサソリからスクトサウルスへ向いた。スクトサウルスは全身から血を流して横たわり、弱弱しい呼吸を辛うじて続けている。必死に肺に酸素を送り込むが、意識を保つには不十分らしく、目から光が失せてゆく。心臓の鼓動にも時間がかかり、音を視ることのできる彼らの目をもってしても、脈動は亡霊のように消えかけていた。紛うことなき瀕死。気味の悪い音を立てながら1頭のコウモリが腕を上げ、沈黙して横たわった獲物の首を貫いた。

 

 

 

 

 

【残存生物】

スクトサウルス1頭

アースロプレウラ1頭

ラプトル2頭

スミロドン2頭

水棲霊長類2頭

サソリ2頭

コウモリ12頭

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。