新・世界樹じゃない迷宮 作:激遅新世界樹1ストーリークリア兄貴
恥ずかしながら帰って来ました
暗い暗い夜の森
月明かりも無い中で
影がひとつ
陽炎のようにゆらりゆらりと揺れ動く
それはゆっくりとこちらへ近づき
目の前で大きく
君は目を覚ます。それとともに体を起こすと周囲に目を運ぶ。何もいない、それがわかった上で警戒を解くことなく1分、2分と全力で気配を探り、ようやく緊張を解いて身体を横に倒し大きく息をつく。
汗が全身にまとわりつき、未だ呼吸は乱れを直せぬまま、君は夢に突然現れたそれを思い出そうとする。奴はなんだ、あの影はなんだった、見覚えはあるか。しかし、思い出そうと努力しても乱れた呼吸と激しい頭痛がそれを拒むように邪魔をする。
終ぞそれを思い出すことはできず、君はまとわりついた汗を排除するべく、月明かりすら灯らない宵闇の中、装備だけを担いでバベルへと移動を開始した。
頭の中から離れない影に悩まされながらも、シャワーを浴びてさっぱりした君だが、ちらついてしょうがない影を振り払うため、ダンジョンへと足向ける。
獣のように暴れようが、頭の中を他の思考で埋め尽くそうとしても、まるで呪いのように君の思考に絡みついて離れない。何度も何度もモンスターを屠ろうと影は振り払えない。それどころか虐殺を繰り返すたびに影は鼓動し、その影を大きく肥大させ形を変えた。
妖しく光る赤い瞳、人の脚よりも一回り太い太さを持つ4本脚
下へ下へと駆け抜けていく。冷や汗ばかりが額を、背中を、尻を伝って流れ落ちる。走る体に切り裂かれた風が凍りつくように寒い。
影は色を付ける。青い体毛に巻きつくように色付く白い線。首回りに金色のたてがみを蓄え、ツボミのように金色の毛でまとまった穂先を持つ尾。
広い草原に出た。頭痛が激しい。眩暈がする。うまく立つことができない。
枝分かれをしている茶色のツノ、人ではないことを示す長い顔
ああそうだ、ヤツをお前は知っている
おまえはーー
しかし、その名は告げられることはなく
ハイランダーの影から突き破るようにして生まれたそれはーー
「「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」」
ーーまるで殺意を具現化したような存在で
君は眼が覚めるとB10Fと思われる草原の中に居た。何故ここにいるのか、どうして装備をつけているのか、巡る自問自答に答えはないだろう。君には挨拶回りを終えた後、ダンジョンに潜ることなく一人で拠点に帰り素振りなどの鍛錬をして、ベルたちと食事を取り眠りについた記憶しかないのだから。しかし悪い夢を見ていたような覚えがあるのだ。内容は思い出せないのだが。
とにかく帰ろうと、何故か近くに落ちている相棒《アルケス》を手に取って立ち上がった。
そして次の瞬間、君の『防衛本能』が無意識に大きく回避行動をとらせた。すぐ横を駆け抜ける足音は存在を認識してからようやく鼓膜を揺らす。草つゆが軽く髪や衣服を濡らし地面を転がる。すぐに頭を起こして視界を取る。濃い霧が襲撃者を包むように隠すが、それを拒むように襲撃者は霧を振り払った。瞬時に辺り一帯の霧が晴れる。するとそこには、
青い体毛に、大地を踏みしめる4本脚や胴体には巻きつくように白いラインが入っている。まるで金色の穂を持つ筆のように細長い尾。ダンジョンの光無き中でも輝きを放つ黄金のたてがみ。血のように赤い瞳はこちらをギラリと睨みつけ、敵意も殺意も隠さない、まるで今すぐ殺してやるとでも言っているかのようだ。長い顔の先端についている鼻から大きく息を上げている。頭には1Mくらいはあるほど長く、幾重にも枝分かれしている太い角。
それは
全高2〜3M、全長4Mほどの巨大な鹿ーー
かつて君が仲間たちと一緒に迷宮で討ち倒した、大きさも特徴も何もかもが寸分違わず変わっていない。いや、抱いている殺意と敵意はあの時以上に濃く鋭い。
ーーその名は「狂える角鹿」
又の名を
《狂乱の角鹿》
迷宮を彷徨う