「はは、そりゃあ今日も入ってるよね」
靴箱の中にあるあたしのシューズ。その中には画鋲が仕掛けてあった。以前、入っていることに気づかず、そのまま履いてしまった時はイタかった。
靴下の裏は、ジンジンと少しずつ赤く滲んできて、中身を確認しないで履いたことに酷く後悔した。
でも、画鋲が入っているケースはまだ良かったのかもしれない。
悪い時は靴を隠されることだってあるし。
家にシューズを持ち帰ることを考えたこともあったけど、その分他のことでイジメられるし、めんどくさくなってやめた。
他にもたくさんのイジメをあたしは受けていた。
机の上に『死ね』と書かれて泣いてるヤツなんて、あたしにしてみれば甘い方だ。
動物の死体を引き出しの中に入れられるし、トイレにいるときは上から汚水をぶっかけられる。
今までどんなイジメを受けましたか?って聞かれたら、あなたが想像できるイジメは全部受けましたって答えられる。
まぁ、それ以前にそんなことを聞いてくれる人、相談に乗ってくれる友達もいないし、先生だって知らんぷりだ。
あたしを助けてくれる人なんていない、それが1つの結論だった。
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あたしはクラスのイジメられっ子。クラスカーストは底辺で、地味で、特にこれといった特技もない。
頭も悪い方だし、そんなあたしだから、イジメやすかったのかもしれない。
他にだって、地味な子とか、最初はあたしと喋ってくれた子だっていた。でも、そこで止めに入ったら、次は自分が標的にされるかもしれないって思っているんだと思う。
そんなことは分かってる。
でも、それでも、助けに入って欲しかった______。
そんな淡い感情もだんだんと薄れて、何もかも諦めかけていたある日の放課後。
あたしはトイレに呼び出されていた。
どうせまたイジメられるんだろうけど、行かなかったら、明日はもっとひどくなるだろうし、行かなきゃな。
そうして、呼び出されたトイレへと足を運ぶ。
しかし、そこには誰もいなかった。なーんだ、無駄足させたかったのか〜、なんてそう思った瞬間______。
バシャーン!
後ろから水を掛けられる。
外はまだ燦々と照らしている太陽が眩しい夏だとしても、制服がびしょ濡れで、肌に張り付き、とても寒い。
でも、この程度は慣れた。あたしは半ば遠い目で、何も抵抗できない自分に、自嘲気味に薄く笑っていた。
彼女たちはそんなあたしを不快に思ったのか、あたしの頬を叩いてきた。イタい。
「何ヘラヘラしてんの。まじその顔むかつくんだけど」
「それにしても軽井沢ってホントブサイクだよねー。キモすぎ」
「次は何する、顔にキズでもつくる?」
「でもそれ不味くない?さすがにみえないところの方がいいんじゃない?」
「お〜、舞の言う通りだね。それの方がいいかも」
「んじゃ軽井沢。今度楽しみにしといてね」
そう言って、彼女たちはトイレを後にする。そこに取り残されたびしょ濡れのあたし。
「ひくしっ」
身体も冷えてきたし、早く帰ろ。
あたしは鞄を取りに教室へ向かったのだった。
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普段、放課後になってから少し時間が経ったこの時間帯に教室に残ってる人はいない。
大抵の人は、部活に行くか、帰るかの二択だからだ。
稀に提出物を出していない人が残されるケースもあるが、その人たちは、視聴覚室に集められ、そこで宿題をこなさないといけないため、教室に残ってる人なんていない。いないはずだった。
だけど______、教室の隅の席に1人、本を読んでいる生徒がいた。
名前はたしか、綾小路くんだったっけ。
はぁ、こんなとこ見られるなんてサイアク。
彼にとっても、別にみたいものではないはずだ。
何でこんな時間に本を読んでるんだろ。
彼の印象は特に残っていない。あたしをイジメてくるなんてことはなかったが、いつも何を考えているか分からない。
彼が話してるとこなんてあまりみたことないし、多分陰キャなんだと思うけど。
その程度の認識だった。
彼は一度こちらに顔を向けたかと思えば、すぐに本へと視線を戻す。
さすがにその反応は傷つく。興味なんてないかもだけど、今のあたしの姿って明らかに異質じゃない!?
あー、もうこの場にこれ以上残るのは嫌だし、早く鞄取って帰ろう。
そう思ったときだった。
「その、大丈夫か」
彼はあたしに心配の言葉をかける。
途切れ途切れに言う彼の言葉に少し、嫌気がさしたのか、あたしは彼に強く当たった。
久しぶりに言葉を出したので、あたしもあまり音が安定しなかった。
「あ、アンタなんかに、心配されなくたっていい!」
そして、教室を出て行こうとする。あたしがこう言えば、彼はもう何も言ってこないだろうと思った。本に集中してたところにたまたま来たあたしに声はかけておこう的なそれぐらいの感じだと思ったからだ。
でも、彼は違った。
「お前はやられたままでいいのか」
心に刺さった。やられたままでいいのか、別にやり返したいと強く思ってるわけじゃない。ただ、友達といっぱいおしゃべりして、買い物に行って、オシャレしたいだけだった。
でも、彼のギャップっていうか、雰囲気が変わったのに少し戸惑った。
いつのまにか、彼はあたしの前に立っていた。それもとても冷たい眼差しで。彼の瞳に吸い込まれそうになるのを必死に耐えながら、あたしは言う。
「な、なにがいいたいわけ。つか、アンタにできることなんて何もないでしょ!あたしを助けてくれる人なんて1人だっていない。みんな、次にイジメの対象になるのが怖いからだって。アンタも怖いでしょ。なら関わらないでよ!」
頼りなんてものはないから、縋るものなんてないから。
あたしは殻に閉じこもるのだ。
「そうか。なら、オレがお前を助けてやろうか?」
闇に導かれそうな瞳を持つ彼はあたしの求めていたことを言った。
助けてやる______どれだけ人に言ってもらいたいと思ったか。
でも、あたしは信じられなかった。いつも本を読んで、あまりクラスに関わらない彼が止めることなんてできるのか。
「アンタにそんなことで、できるわけ」
「ああ、約束しよう。お前をイジメから救ってやると」
半信半疑で聞いているあたしだが、この男があたしを助ける理由が分からない。クラスに関わろうとしない男が普通助けるとか言うかな。
「あ、アンタの目的は何。無料ほど高いものはないって言うし、何かあんでしょ」
「いや、特にはない。ちょっとオレが頼みごとあったときに聞いてくれるぐらいでいい」
「たったそれだけ?」
「ああ。…今まであそこでは弱者はどんどん切り捨てられてたが、本当にそれが正しいのか…まぁ実験みたいなもんだ」
「ふーん?」
途中彼が何を言ったか聞き取れなかったけど、まぁそんな些細なことはどうでもいい。今は綾小路くんがあたしをイジメから助けてくれるかもしれない、その事実だけが大事。
「じゃー、LINE交換するか。何かあればこれに連絡すればいい。こちらの都合が合えば、そこに行こう」
「分かった」
「最後にひとつだけ。オレのことは詮索しないでほしい。あと、このことはオフレコでたのむ」
彼は謎だらけ。そこが不気味だった。
でも、彼なら何とかしてくれるんじゃないかって、思えたりもした。
「ひくしっ」
寒くなってきた。そう言えばずっとこの格好だったけ。
すると、彼は一度自分の机の前までいき、ゴソゴソし出したかと思うと、ジャージをもって戻ってきた。
「その格好じゃ寒いだろ。ジャージ、貸してやるよ」
心がポカポカしてくるのを感じ、あー、これが人の温もりっていうかなんていうか。
でもなんで冬でもないのにジャージなんかもってきてるんだろ?つくづく変なヤツ。
まぁ、こんな優しくされたことって、全然なかったから、ちょっと嬉しかったのかも。
かっこいいじゃん、コイツ。
「着替えないのか?」
「え?」
彼は何を言ってるのだろう。
「早く着替えないと風邪引くぞ。もう遅いかもしれないが」
「ま、まさか、ここで着替えろっていうの!?変態変態変態!!!」
やっぱり変なヤツだ!