ホワイトルームでの実験が一時的に解散されたことにより、オレは外の世界を知るキッカケができた。
去年は初めて雪に触れることができたし、かき氷の美味しさに感動することもできた。
まぁ悲しいことに一緒に遊びに出かけてくれるような友達はいないので、いつも1人なんだけどな…。
それでも、オレが平穏に暮らせていることには違いないだろう。
しかし、そんな平穏な日常の中にも癌というものは存在する。
______軽井沢恵。
彼女は正真正銘の弱者だ。
弱い者は強い者に狩られる。弱肉強食の世界では当たり前のことだ。自然の摂理ともいえる。
『いじめについて考える週間』なんてものがたまに設けられるが、先生も彼女のことに関しては関わろうとしていないのが事実だった。
ホワイトルームでも弱い者は容赦なく切り捨てられる______。
その光景は幾度となく見てきたし、今でも目に焼き付いているものだ。オレの身体にもその考え方は染み着き、それは正しいものだと信じて疑わなくなっていた。
だがこの1年と半年、彼女を見ていて、次第に1つの興味が湧いてきたのだ。
『一度地に堕ちた者が這い上がり、力を手に入れるとどうなるのか』と。
勿論、実戦では1つの過ちが弱点となり命取りとなる。
しかしここはまだ学校という舞台。
ならば、堕ちた者が這い上がるチャンスはあるとオレは思う。
ホワイトルームで切り捨てられた者たちの末路をオレは知らない。切り捨てるという行為が本当に正しいのか否か。
力に溺れるだけの傲慢な者となるのか、どん底に落ちた経験を生かし、力をコントロールできる賢き者となるのか。
軽井沢をいじめから救ってやることにより、癌の切除と一緒に1つの実験も行える。
ただそれだけのために、彼女と接触するタイミングを見計らった。
そして、軽井沢をいじめているグループが放課後彼女を呼び出すことを耳にする。
計画通りオレは彼女と接触することに成功した。
途中なぜか変態扱いされてしまったが…。別にそんな下心を持って接触したわけじゃないんだけどな。
でも、彼女の少し嬉しそうな表情を見れただけ良かったのかもしれない。
その日の夜、オレのスマホが、電話がきたことを知らせる。
オレの電話番号を知る者など1人しかいない。
何、もういじめグループから接触あったの?早くない?なんて今どきのチャラ男のような喋りが頭をよぎったが、すぐに冷静さを取り戻し、電話に出る。
「もしもし、どうした」
『あのさ、綾小路君は本当にあたしを助けてくれるの?』
なんだ、特に何かあったわけではないようだ。
人のことを信じることができなくなっているだろうし、彼女の行動は不自然なものではない…か。
彼女をあやすようにオレは言葉を選ぶ。
「ああ、そのことについては安心してくれて構わない。オレの助けがどんなに小さいものだったとしても、お前にとっては、ないよりマシだろ?」
猫の手も借りたいであろう彼女は、オレという存在が如何に望み薄でも、1つの可能性にかけるしかない。
それぐらい彼女は追い詰められ、緊迫した状態であるからだ。
『そう…だね。あのね綾小路君、多分明日も呼び出されると思うんだ。今日は、なんかあの人たち機嫌悪そうだったし。呼び出される場所分かったら、送るね』
彼女の文体は先程より優しい気がする。いじめられていたわけだし、もともとはひ弱な性格なのだろう。さっきオレと喋ったときはついムキになって口調が強くなったのだろうか。
「わかった。用件はそれだけか?」
オレからは特に掛ける言葉も思い浮かばなかったので、相手に電話を切るよう促す。しかし、彼女は何か思い出したようだった。
『うん、それだけ…あ、綾小路君、今日誕生日だったんだね。その…おめでと』
「え、なんで知ってるんだ」
つか、オレも言われるまで忘れてたぞ。
この子超能力者かなんかなの?と思ってしまうレベル。
『いや、LINEのホームのとこ、かいてあるからさ。今日だったなんて驚いちゃった。君が友達…なのかどうかは分からないけど、人の誕生日祝ったのなんて久しぶりだったな。えへへ』
「…そうか。軽井沢、ありがとな」
『ううん、じゃあおやすみ』
「ああ、おやすみ」
そうして、オレは電話を切る。
LINEの誕生日入力なんてしていたことさえ覚えていなかった。
そして、彼女のLINEのホームをみてみる。
3月8日、なんだな。
ちょっと早い、いや、かなり早いが、明日はアイツにとって、オレからの誕生日プレゼントになればいいなと思った。
軽井沢は祝ったのは久しぶりだ、なんて言っていたが、オレは祝われたことなんてあっただろうか。
ちょっとした電話のやりとり。
たわいもない少しの時間の出来事だったが、ふと、このことは忘れたくないな、そう思ったのだった。
♡ ♡ ♡
「はぁー、明日どうなるんだろ」
彼との電話はひと段落つき、あたしは1人で明日のことについて考えていた。
綾小路君は本当にあたしを助けてくれるかもしれない、そんな淡い期待を抱いているあたしだが、事はそう上手くいくものなのかな。
いや、考えても仕方ないよね。
んー!と伸びをして、あたしは考えるのをやめて、ベットに飛び込み、そのまま死骸のようにぐっすり眠りについたのだった。
次の日、学校に着くと、彼はいつものように本を読んでいた。少しも視線を合わせてくれようとしない。無愛想なヤツ。
こうしてみると、アイツの学校生活もあんま面白くなさそう。アイツははしゃいだりとか人とバカやったりしないのかな。
そんなことを考えていると、いつもあたしをイジメてくるグループが近づいてきた。
「おはよー軽井沢。今日放課後、別棟3階の特別教室集合ね〜。今日はセー君たちも来るから楽しいかもよ〜?」
セー君とは明るくノリのいい性格でクラスカーストトップに位置する男子。でも実は喧嘩も強くて、他校の生徒と殴り合いをしたとか何とか。
…アイツそんな相手に勝てんのかな。
LINEでアイツに場所を教え、今日という日が平和に過ぎることをただ祈る。
男子グループまで来るってことは一筋縄では終わらない。アイツはどうあたしを助けてくれるっていうのだろう。
そして、1日の授業も終わり、あっという間に放課後。
あたしはビクビクしながら別棟の3階へと足を運ぶ。
今日の天気は午後から雨の予報だったはずけど、清々しいほどに晴れていた。こんなことなら、折り畳み傘にしておけばよかったなぁなんて思っていると、目的地の教室まで着いていた。
「よし」
心を整え、扉を開ける。中には、男子女子合わせて6人が談笑していた。
「お、きたきた軽井沢ちゃん。今日は俺たちもお邪魔してまーす!」
そんなことを言ってきたのはセー君と呼ばれていた男子。
そして、あたしをイジメてくる男子の筆頭でもある。
あたしも高校に上がったら、イジメられないようにクラスカーストの上に上がれるようにがんばらないとな…、そもそもあたしのことを知っている人がいないような高校に行かなきゃだけど。
「今日はセー君がいいもの持ってきたんだってー。喜びなさいよー軽井沢」
いいものって何だろう、あたしにとっていいものなはずはないのだが、そのいいものとは、あたしの予測していたものを上回っていた。
_____カッターナイフ。
「いっちょ切ってみよーぜ」
「最近、軽井沢の反応面白くないしねー。ここらでちょっとスリルあることしてみよーよ」
腕を掴まれる。あたしの逃げ道はもうない。
嫌。それであたしに何するつもり。イヤイヤイヤ!やめて!
彼が助けてくれるっていうのはやっぱり嘘だった…?
そか、当たり前だよね。特に目立ってもなかった彼が助けてやるって励ましてくれただけでも嬉しいことだし。
人を頼るなんて厚かましいことをしたあたしが悪い。
現実にそんなヒーローみたいな人物がいて、あたしがそのヒーローに助けられる悲劇のヒロイン、なんてありえないものだった。
あたしはただのイジメられっ子。それ以上でもそれ以下でもない。
なら、受け入れるしかない。
今回はタダでは済まないかもしれない。
それでも、ただ黙って目を瞑ることしか
______あたしにはできないのだ。
そう、何もかも諦めかけていたあたし。
刹那、扉が音を立てて開いた。
そこに立っていたのは綾小路君だった。