綾小路が中学生の軽井沢を救う話   作:bushom

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第1章episode4 期待膨らみ上昇中

「…落ち着いたか?」

 

「う、うん。ごめん汚しちゃった」

 

「別にいいさ」

 

 

ある日の放課後。それは、他の人にとっては、なんてことない普通の時間を過ごしていたかもしれない。

だが、目の前の少女にとっては______。

 

彼女は今まで自分の中に抑え込んできた闇を。

辛かった日々を吐き出すがゆえに、泣いた。

 

 

彼女は一歩前進した。

そして、オレと同じように真っ白な世界にいた彼女は、これから色づく世界の中で多くの体験をするのだろう。

楽しいこともあり、たとえ躓いてしまったとしてもそれも1つの経験、青春の一部になっていくのだろうから。

 

オレはどうしてか、それが少し、否、とても羨ましいと思った。

 

 

♡ ♡ ♡

 

 

うう……恥ずかしい……。

もう泣かないようにって、強い自分でありたいって、そう決めていたはずなのに。

でも、やっぱりあたしは弱い。すごく弱い。

少し触れられてしまうだけで崩れる砂のように、押し潰されてしまう脆いあたし。

 

そんなあたしのところに現れた一人の救世主。

一人殻に閉じこもっていたあたしに手を差し伸べ助けてくれた。

 

どういう意図であたしを助けたのかはさっぱり分からないまま。

分かることは、綾小路君がとてつもなく強いこと、そして警察官が容疑者に対して誘導尋問をするように、チェスでいう何手先まで読むのと同じように、相手を自分の描いたストーリーへと導くことができる頭のキレの良さだけ。

このことを知って尚更、普段は教室の隅で本を読んでいる静かな男子を装っているのか、気になってしまう。

道化師のような彼は、多分あたしよりも深い闇を知っている。

それが不気味で恐ろしいけど……

でも______。

 

 

外は既に黄昏時。随分と時間が立ってしまったようだ。

今日は一緒に帰ってほしいと頼んじゃったけど……あたしすごいことお願いしてない!?大丈夫!?

いやいや、成り行きでそうなっちゃったんだから、しかたないよね。

 

校門の前には彼らしき人物が立っているけど、ここからじゃはっきりとは分からない。

 

人の見分けがつきにくくなり、『誰そ彼は(あの人は誰?)』という問いかけから『黄昏』という言葉はできたのだと聞いたことがある。

ちょうど薄暮が迫った今、遠くに彼の姿が映る。

あたしはあの人のことを何も知らない。

でも、何も知らないのって、ちょっぴり寂しいことだと思うから。

相手がわざわざ秘密にしていることを探るのは酷く放逸的なもので、押し付けがましいかもしれないけど……それでも彼のことを少しでもいいから、知りたい。

 

彼をあんなところで待たせちゃうのも申し訳ない。

急いで靴に履き替えつま先をトントンとリズムよく鳴らす。

そして、軽快にステップを踏みながら、彼の元へと急ぐのだった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

帰り道、行き掛かり上、彼女を送ることになった。

 

先程まではまだ秋を思わせず、肌に汗を感じていたのだが、現在は太陽も斜めに傾き、辺りを橙色へと染め、秋風索漠としていた。

もう少しすれば、この空の色と同じような黄熟した甘いミカンの季節がやってくる。といっても、現代は技術も発達しハウス栽培をすれば年がら年中食べられるのだが、やはりミカンといえば冬の寒い日にコタツの中で食べるイメージを彷彿とさせる。

 

お世話になってる松雄の家のコタツで初めて食べた時は、オレにとって、とても感動的なものだった。

食べる前に加熱してやれば、甘みがさらに引き立つのを試したときのそれは、初めてのおつかいならぬ初めてのアイスのときと同じくらいの衝撃を受けた。

 

その日から毎日コタツの中でミカンを食べた。人ってこうやってダメになっていくんだなと、ダメ人間製造機の恐ろしさを痛感したものだ。

 

 

冬が過ぎれば三度目の春がやってくる。

そうしたら、オレは最高学年になるというわけだ。

 

……三年になってもオレはこれまで通り平穏に暮らすことはできるのだろうか?

 

もう二年もホワイトルームでの実験が中止になってからたつのだから、長くても中学生の間までしか外で自由に暮らすことはできないだろう。

 

……オレはまたあそこに戻らなければならないのだろうか?

 

未だ最善策は見つかっていない。またあの男を退けることなどできるのか分からないままだ。

そしてオレは整理もつかないまま、ポツポツと街灯の灯火が照らし始めた道へと歩を進めていた。

 

 

「ねぇ!綾小路君聞いてる?」

 

「……ん?ああ、風呂上がりのコーヒー牛乳は美味いって話か?」

 

「それはおいしいかもだけど……ちっがーう!全然聞いてないじゃん。あたしが話してたのはこれからのこと」

 

「これからのこと?」

 

 

彼女の瞳は全てのことを諦め、何も映していなかった以前のものとは違っていた。

それはとても人間らしいものだった。

それに比べオレは、つまらない。どこか機械じみた言動は一生染み付いてオレを離さないだろう。

 

 

「助けてもらったのに、こんなことお願いするなんてなんか図々しいやつだけどさ……あたしね、こうやって夜遅く帰って、今日は○○ちゃんと一緒に帰ったーとか、放課後寄り道してカフェ寄ったーとかそういうのしてみたかったの。そして、お母さんとおはなししたいんだ。大丈夫っていっつも言ってるんだけど、やっぱ心配かけちゃってるからさ。だからなんていうのかな、友達作りに協力してほしいといいますか、なんといいますか」

 

「え、それ友達いないオレにいうか普通」

 

多分、今日救ってやったやつより難しいやつだぞ。オレからすればNP困難な問題だ。

 

「……っ!じゃあまず綾小路君があたしと友達になってくれればいいじゃん!」

 

「友達ってそういう風につくるもんなのか。いつのまにか友達になってたっとか小説で見たりしたんだが」

 

「っもー!そういうのいいの!あたしは形から入っていくタイプなんだから!」

 

 

えーい、煩い喧しい可愛いうっとしい耳でそんなに怒鳴るな。

やれやれ。まぁ、形から入っていくのも嫌いじゃない。了承しても別に問題ないだろう。

 

 

「あーわかったわかった。んじゃこれからよろしくな恵」

 

「なっ!?なんであんたが名前よぶの!」

 

「いやいや形から入るってお前が言っただろ……」

 

「うぐっ!そ、そだね。よ、よろしくねき、清隆くん……」

 

 

なんかオレの名前知ってるやつなんていたんだ!意外!と内心嬉しく思ったのは仕方ないだろう。LINEの追加したときにオレはフルネームで『綾小路清隆』としてるのでオレの名前を知ってても別に異存ないか。

ぎこちない彼女だが、あたふたする様子を見るのはなかなか面白いものである。

 

 

「友達作りを手伝ってやれるかは微妙なところではあるが、まぁカフェぐらいには誘ってくれたら行くよ」

 

「えー、そこ誘ってくれたら、じゃなくて誘うのが普通なんですけどー。草食系男子なんですかー清隆くんは。あんたから誘いなさいよね」

 

 

何この理不尽、男子から女子を誘うのが世の中の常ってことか。それは偏見だと思うんだが。

 

 

「あ、もう家すぐそこだから。今日はほんと、ありがとね。バイバイ、清隆くん」

 

 

話にふけっていたオレたちだったが、どうやら恵の家に着いたらしい。

手元で小さく手を振り、駆けていく。その後ろ姿をしっかり見届け、オレも帰路へと着いた。

 

 

♡ ♡ ♡

 

 

「ただいまー!!」

 

「あら、おかえり。今日は遅かったねー」

 

「うん、友達とゆっくり帰ってきたんだ〜」

 

 

助けてもらったことなんかは清隆くんに他言無用されてるからお母さんにも言えない。親同士の話ってついポロって出てしまうものだって、あたしも分かってるから。

 

でも、それ以外のことはいいはずだ。言って、安心させたい。もうあたしはこれまでとは違って友達がいるんだって、そう言いたい。

 

その時、お母さんの目から一粒の涙が頬を伝った。やっぱり心配かけちゃってたよね。でも大丈夫だよお母さん。

 

 

「そっか。もうご飯の準備はできたから、手を洗ってきなさい」

 

「はーい」

 

 

いつも通りの日常がそこにはあった。

あたしはそのことが堪らなく嬉しかった。

 

あたしのことを見てくれている人がいるんだって、そのことだけが大事なことなんだって。

 

明日からは学校のことを、放課後のことを、お母さんにたくさん話そう。

 

学校が楽しみだなんてことは今までなかった。

 

でも、今日は学校に行くのが待ち遠しくて仕方ない。

 

そうだ、清隆くんにLINEしよう。

そして、寂しさを紛らわせるのだ。

そのときのあたしは既に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼に依存していた。

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