『恵……もうオレとは関わるな』
『え……な、なんで……あたし、何かやらかした……?』
『別にお前は何もしてない。よくやったと思ってる。だが……オレとの関係はもう終わりだ』
雲行きは怪しく、外はまだ夕方にもなっていないのに、太陽は厚い雲に覆われ、暗い。
その暗澹とした雲を掻き回したとしても、一向に貫通することはできないと思わせるような深さ。
そんな薄暗い空の下で彼にそう告げられる。
『そんなんじゃ、納得……できないよ。ねぇ、清隆、あたし何が悪かったの?そこをきっと……いや、絶対直してみせるから、そんな悲しいこと……言わないでよ』
『……。』
『ねぇ…何か答えてよ。……またあたしは独りぼっちになっちゃうの……?独りぼっちはいや、いや、……いやだよ!』
溜めていた水が豪雨により増水しダムが崩壊するように、つい込み上がった感情が、溢れ出て来た想いが、氾濫する。
『お前はもう虐められていた頃のお前じゃない。お前の周りにはたくさんの友達がいるじゃないか。自分で掴み取ったその結果は決して間違ったものではない。…だから、なんだ……大丈夫だ』
『大丈夫なんかじゃない!清隆がいて、今のあたしがいるの!清隆なしじゃ、もう生きられないの!それぐらいあんたに恋…しちゃってるの!』
言ってしまった。もう後戻りはできない。
清隆が行動すると決めたことは必ずその通りになるのだ。なら、もうあたしと清隆の関係が終わってしまうのも確定しているようなもの。
でも、この関係を終わらせたくなかったから、
最後ぐらい格好悪く足掻くのだ。
その選択が正しいものではないとしても、
その選択に悔いることになったとしても。
もう後ろは振り向かない。
背中を向けていた彼がこちらを振り向き、いつも感情を露わにしない彼の表情はどこか寂しげで、穏やかだった。そして、言うのだ。
『______。』
ふと、目を覚ました。
心臓がバクバクなっている。嫌な汗をぐっちょりとかいてしまったようだ。
最後の夢の中の彼の表情が頭に焼き付いて離れない。
……って、なんて夢みてんのよ!
あたしが清隆くんに恋しちゃってる?ばーかばーか!そんなわけないじゃん。
だいたい急に現れて、急にあたしを助けてくれただけで恋に落ちちゃう、なんて、チョロインも甚だしい!
あーあ、すっかり目、冴えちゃった。
太陽はまだ上がっておらず、どうも起きるのが少し早かったみたいだ。
しかし、カーテンを閉めているというのに、外はいやに明るい。どうしてこんなにも皓々としているのか気になったあたしは、カーテンを優しく開けた。
「わぁ、綺麗だなぁ」
空いっぱいを照らし、星々の光をも打ち消すような自己主張の激しい月が、そこにはあった。
その光は瞬時にあたしの部屋の中へも侵入してくる。部屋の電気を点けてもいないのに、明日の学校の準備ができるくらいだ。
天井も薄ぼんやりと窓明りによって照らされていた。
昔、中国の唐の時代に、詩聖と呼ばれた杜甫が詠んだ詩の中のことばだ。
友、李白のことを思いすぎて、李白の夢を見た彼が、目を覚ました後に詩を詠んだ。
友達のことを思う気持ちを指す言葉だけど、……今のあたしにそっくり。
あれ……そうすると、あたしが彼のことを思ってるってことになるわけで……はーい!今のなしなし!取り消しましたー!記憶消去しました〜。
まぁ、そんなことしなくても夢の記憶はいずれどこかに置き忘れられて、自然と無くなってしまうものだけどね。
それでもあたしにこんな思いさせたアイツ……、明日も放課後付き合わせてやる!!
☆ ☆ ☆
あれから、恵のイジメはぴたりと止まった。
セー君と呼ばれていたあの場にいた男子たちは顔にガーゼを当てて、見るのも痛々しい。やったのはオレだけどな。
一応、殴り合いの他の男子たち二人と喧嘩をした、ということになっているらしい。あいつらもオレの言いつけは守ったということだ。
しかし、セー君はオレと目があったとき度々睨んでくる。一度はボコボコにしたはずなのに、意外とタフなやつのようだ。恐怖の植え付け方が少々甘かっただろうか?
今まで通り学校生活を過ごせるようで何より。しかし、今までの平穏な暮らしとは1つ違うことがあった。……それは今、隣に来ている恵。
最近は、恵と同じように大人しい子たちと友達になることができたようだ。まるで親が子供の成長を見ているかのよう。
……アイツはオレをどう『見ていた』んだろうな。…違うな、『観ていた』…んだろうな。
しかし、別に友達が増えるのに比例してオレに話かけてくる頻度が減る、ということはなかった。むしろどんどん右上がりに増え続けているような気がする。彼女が笑顔の時間も増えたようで実に微笑ましい。よかったな。
ちなみに、友達作りに協力するというのは、案の定、オレは無力だった。それなのに……恵は意外とコミュ力あるらしい。簡単に友達が作れたなんて、羨ましいやつだ。
なんでイジメの対象になったんだろうか?心を抉るようで、あまり好ましいものとは言えないが、気になるのは仕方のないことだ。
情報はどんだけあっても腐ることはないし、困ることもない。
……相手を知るには情報がたくさん必要だしな。
それから、月日は経ち、何事もない日々が続いた。否、続くと思っていた。
やはり、良いことと悪いことは巡り巡ってくるらしい。
冬も過ぎ、また暖かな日差しに眠気を誘われるような季節になった。
桜は未だ満開には咲いていないが、鳥たちのさえずりが聞こえ始め、今日も放課後、恵とのどかに帰っていたときだった。
「アニキ……こいつ…だけど」
それはいつもオレと目があったときは睨んできていたセー君と呼ばれた男、と高校生らしい奇抜な髪型の5人。アニキと呼ばれた男の見た目は軟派で白髪。
「はぁーてめぇか。俺の弟を随分と可愛がってくれたみてぇーじゃねーか」
「相良さん、そんなんじゃ中学生のこいつらびびっちゃっておしっこ漏らしちゃいますよw」
「そりゃあ傑作だなぁ!」
ドバっと笑いが起きる。何が面白いかはさておき、この状況は結構面倒だ。
恵も不味いと思っているのかオレの制服の袖を掴み、震えていた。
「ねぇ清隆くん。あの制服、ここら辺の高校の不良高校だよ。あんまり関わんない方がいいかも」
「そうしたいのは山々だが、多分、避けては通れないだろうな。お前は後ろで隠れとけ」
「ほぇ〜。女もいるのかお前。ちょーし乗ってるやつだ、後でまわすかw」
「おい相良。お前本当に中学生相手にリンチかますつもりか?俺はやっぱり反対なんだが」
「なんだよ智司。俺の弟の誠司を可愛がってくれたんだぞ?そのお礼ぐらいするっていうのは当たり前だろ?」
智司と呼ばれた男はthe番長というような体格を持ち、この中で一番強そうな男だ。その男が放つ威圧は、最近会った男の中でもダントツだろう。
「て、わけで済まんな。あーなんだっけ?綾小路、君だったけ?」
そうして相良はオレのところまで少しずつ歩いてくる。そして、近くまで寄ってくると、いきなり懐に隠していた短くカットされていた鉄パイプを振りかざしてくる。
「あっぶね」
もちろん、そこの違和感には気づいていたから、難なくその先制攻撃を避けることはできた。
「やるなお前。だいたいのやつはこの攻撃で落ちるんだけどな。可愛がってくれただけはあるらしいな」
「アニキ、もうやめたほうが……」
「うっせえな。じゃあまたいかせてもらうぜ!」
そこからはとりあえず相手の攻撃を避けることに集中した。反撃を返していいが、まずは相手の隙を見つけるところからだ。
さすがにしっかり避けないと鉄パイプで殴られたら軽い怪我では済まないだろうから、避けることを優先しながら相手を観察する。
「ほらほらほら!逃げてばっかじゃねーか!ククク」
なるほど。やはり道具に頼りすぎると、攻撃した後に大きな隙が出るタイプだな。
これぐらいなら不意を突くことも容易にできる。
おそらく、最初の卑怯な先制攻撃を決められなかった時点でこいつの強さは終わりだったのだろう。つまらないな。
相手が棒を振り切った直後、相手の棒を持っている方の手に蹴りを入れる。急な攻撃驚いた相良は棒を落とし、呆気にとられていた。
「ガラ空きだ」
アッパーを決め、相手は一言も喋ることができず、後ろへ吹っ飛んだ。
あまりの出来事に辺りは静まり返っていた。
しかし、状況を理解すると、智司と呼ばれた男と相良誠司以外は参戦するように飛び出してきた。
誠司は顔が真っ青になり、兄の元へと駆け寄る。
「くそっ!こいつ!」
「拳があたんねぇ」
しかしこいつらはさっきの相良以上に弱い。何しにきたんだ一体。
不良はせいぜい不良。それ以上でもそれ以下でもない。
喧嘩術を少しでも学んでいるはずなんだが、丸っきり相手にならない。
すると、智司と呼ばれていた屈強な男は大声で叫ぶ。
「おいてめぇら!一旦その拳をとめろ!」
「は、はい」
ボス猿のお出ましのようだ。
オレに攻撃していたやつらが智司の近くに近寄ると、智司の体の大きさがより引き立つ。
少しは手ごたえのあるやつだといいな。
「お前のことを俺たちは甘く見すぎていたようだ。おい、綾小路。俺とタイマンしろ」
「タイマン……か。分かった」
「俺は手加減はしなっ……!」
相良がやったように俺も先制攻撃。拳を智司の頬へとぶち込んだ。
はぁ、これで終わっただろうなと思って相手を見ると。
俺の攻撃に耐えている智司がいた。