見つけられなかった私の戦車道   作:ヒルドルブ

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何故作者が書くキャラはこうネガティブな方、ネガティブな方に行くのか。
作者がネガティブだからですね、うん。
という訳で例によってキャラ崩壊注意。
あと百合要素および流血描写もあるので、そちらも注意です。


安斎千代美の初恋

【角谷杏視点】

 

 手首にカミソリを当て一気に引くと鋭い痛みが走った。

 手首に赤い線が走ったかと思うとそこから目の前の水面にジワリと赤が広がる。

 このまま放っておけばやがて私の命は尽きる。私は自分の血が流れ出ていくのを他人事のように見つめていた。

 

 不思議だ。前に死のうとした時はいくらやってもダメだったのに、こんなにあっさりとできるなんて。

 あの時との違いは何かと考えて、すぐそれに思い至った。

 なんてことはない、自分のためならダメでも大切な人のためなら勇気が出せる。ただそれだけのことなんだ。

 

『姐さんと別れてくれ。

 アンタといたら姐さんはダメになる。

 姐さんのためを思うなら、もう姐さんには近づかないでくれ』

 

 ああ、やっぱり。

 

 私なんかが千代美と一緒になろうとしたのが間違いだったんだ。

 

『最低ですね。人を一人死なせておいて罰も受けずにのうのうと生き続けて、その上今度はドゥーチェの人生まで台無しにする気なんですか』

 

 あの娘の言う通りだ。

 

 学園艦を守れず、西住ちゃんや河嶋を死なせて、みんなを不幸にして、この上千代美まで道連れにしようとする。

 

 こんな私はいなくなった方がいい。

 

『気付いたんですよ。私は生きてるだけでみんなに迷惑をかけちゃうんだって。だったら。こんな私なんてもう、死ぬしか、ないじゃないですか』

 

 西住ちゃんもこんな気持ちだったのかな。

 

 そして改めて西住ちゃんに対する罪悪感が湧いてくる。

 

 西住ちゃんのためには死ねななかったくせに、千代美のためならあっさりと死ねるなんて。

 

 自分の浅ましさに嫌気が差す。

 

 意識が朦朧としてきた。

 ああ、どうやら終わりが近いらしい。

 今までの思い出が走馬燈のように頭を過る。

 

 生まれ故郷の水戸で過ごした日々。

 

 大洗女子学園で過ごした日々。

 

 そして。

 

 千代美と過ごした日々。

 

 たった数カ月の短い時間だったけれど、今までの人生でも一番輝いていた。

 楽しい思い出のはずなのに、思い出すと同時に湧き上がってくるのは申し訳なさだった。

 千代美が無理をしているって気付いていたのに。私は目を逸らして、甘え続けて。しまいにはあれだけ真剣に打ち込んでいた戦車道を蔑ろにするまで千代美を追い詰めてしまった。

 

 千代美。

 ごめんなさい。

 きっと千代美は優しいから私が死んだら悲しむよね。

 本当はもっと早くこうするべきだったのに、私が弱かったからズルズルと先延ばしにして、結果千代美を苦しめてしまった。

 本当にごめんなさい。

 

 千代美。

 ありがとう。

 こんな私を助けてくれて、見捨てないでくれて。

 でもさ、私なんかのために自分の人生を犠牲にしなくていいんだよ。

 私にそんな価値なんてないんだから。

 だから千代美は私から自由になって自分のために生きて。

 ……なんて。今更言うことじゃないよね。

 でも私は、千代美には私の分まで幸せになってほしいから。

 

 千代美。

 

 千代み。

 

 ちよみ。

 

 すきだよ。

 

 だいすき……。

 

 

          *

 

 

【西住まほ視点】

 

「先輩、こちらが次の対戦相手のデータです」

 

 エリカからデータを受け取った私はその内容に目を通す。

 

「安斎のチームか」

 

 あいつと戦うのは6月の大会以来になるか。

 大会後はどうにも不調だったようだが、最近では調子を取り戻しつつあるようで連勝を伸ばしていると聞いている。

 本来ならそれは喜ばしいことなんだろう。

 だがここ最近の試合のデータを見ると安斎の戦い方には明らかな変化があった。

 私はその変化を見て顔を顰める。

 

「成程、たしかにこれは見るに堪えんな」

 

 傍から見るとよくわかる。

 

「先輩?」

「いや、何でもない」

 

 知らず口に出ていたらしい。私は軽く首を振って誤魔化すとすぐに作業に戻った。

 エリカはそんな私の様子を訝し気に見やっていたが、やがて一礼して離れていった。

 それを横目で確認して私は深々と溜息をついた。

 

 安斎……。

 

 お前は言っていたじゃないか。

 

 私の戦車道はただの八つ当たりだと。見るに堪えないと。

 

 そんなことを言った本人がこれか?

 

 一体お前に何があったんだ?

 

 何がお前を変えてしまったんだ?

 

 もしかして。

 

 お前も私と同じように……。

 

 考えたところで結論は出ない。所詮は私の憶測に過ぎないのだから。

 何にせよ一度安斎と話をしなければなるまい。そう決めて、私はデータの分析を続けた。

 

 

          *

 

 

 そして試合当日。

 

「エリカ、車を出してくれ」

「はい」

 

 試合前の車輌の点検や作戦の確認を終えると、私はエリカに声を掛ける。

 同じように自分の作業を終えていたエリカはすぐに車のキーを持ってきてくれた。

 

「どちらに行かれるのですか?」

「安斎のところだ」

 

 何故?

 言葉にこそしなかったが、エリカの表情はそう語っていた。

 

「試合前に対戦相手に挨拶に行くのは何もおかしいことではないだろう?」

 

 我ながららしくないことを言っているという自覚はある。私は今まで一度だって自分から相手の陣地に挨拶に出向いたことはない。

 案の定、エリカは信じられないものを見るような目で私を見詰めていたが、私はそれを無視して助手席に乗り込んだ。

 そんな私を見てエリカは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わなかった。運転中も一切口を利かなかった。もっとも何か話しかけられたところで私はまともに言葉を返す気にはなれなかっただろうが。

 

 相手の陣地に辿り着くと私は車を降りて目当ての人物を探す。

 私の姿を認めると誰も彼もが先程のエリカと同じ反応をしていたが、私はそんな周りの反応を一切無視した。

 

 いた。安斎だ。

 

 安斎は試合前の車輌の点検をしているところだった。

 私の存在に気付いた安斎はちらりと横目でこちらを確認したが、すぐに戦車の点検に戻ってしまった。

 

「西住か。何しに来た?」

「何、試合前の挨拶をと思ってな」

 

 一応会話こそしているが、安斎はこちらに視線さえ寄越さなかった。

 以前の安斎なら自分から相手のもとに出向いて挨拶をしていたというのに、今ではこの対応だ。

 その顔には対戦相手への敬意など欠片も感じられない。これから戦う相手などただの障害物としか思っていない、そんな横顔だった。

 周りの隊員たちもそんな安斎の有様に困惑しているようだ。無理もない。普段の安斎の姿を知っていればそのギャップに戸惑うのも当然だろう。

 

 だが私は違った。

 何故なら今の安斎の姿には見覚えがあったから。

 

「懐かしいな」

「何がだ?」

「今のお前を見ていると昔のお前を思い出す。アンツィオというぬるま湯に浸かってすっかり腑抜けたかと思ったが、中々どうして。鈍っていないようで安心したぞ」

 

 我ながら、らしくもない嫌味っぽい口調だと思う。だが正面から言ったところで今の安斎が聞く耳を持つとは思えない。

 それに本音も混じってはいるのだ。

 中学時代の安斎は高校時代とはまるで別人だった。笑顔などほとんど見せず、仲間にも自分にも厳しい。ただ一心に勝利を目指すその様は西住流に近いものがあった。

 

 だが西住流とは決定的に違う面があった。

 安斎の戦車道はたしかに勝利を第一とするものだ、その点は西住流と共通している。しかしそれは仲間のことを想っているからこそで、隊長として仲間を勝たせてやることが使命だと考えるからだった。以前本人がそう言っていた。

 それが今の奴はどうだ。

 勝利を第一に考えるのは同じだがとてもではないが仲間のことを想っているようには見えない。むしろ仲間など勝利を達成するための駒としか見ていない、少なくとも私の目にはそう映った。

 今の安斎の戦車道は悪い意味で西住流と酷似している。私がイラつくのはそれが理由だろうか。

 

 ……いや違う。

 

 それもあるが原因は別にある。

 私には何故安斎がこんな有様になっているのか何となく予想がついていたから。

 

「いつかお前が私に言ったことを覚えているか?」

「さあ、忘れたな。何のことだ?」

「私の戦車道は見るに堪えないと。私のやっていることはただの八つ当たりだと。そう言ったんだよ、お前は。その言葉をそっくりそのまま返そう。見ていられないよ、今のお前は」

 

 敢えて挑発するように言ってやると、安斎は初めて私の顔を正面から見てきた。まるで悪鬼のような形相だ。普通の人間が見たら恐ろしさのあまり震え上がるだろう。

 だが私の心中に湧き上がってきたのは恐れなどではなく哀れみだった。

 私には今の安斎の顔は怒れる鬼のそれではなく、まるで親と逸れて泣いている子供の様に見えた。

 

「なあ安斎」

 

 だから私は声を掛ける。迷子の子供をあやすように。

 

 それが相手の逆鱗に触れる行為だとわかった上で。

 

「お前は一体誰を失った?」

 

 案の定、安斎は怒りで顔を真っ赤に染めて私に食って掛かった。

 

「お前に何が分かる!?」

 

 烈火の如くとはまさにこのことか。

 しかしそんな勢いもすぐに消え去り、安斎はさっきまでは赤かった顔を瞬時に青ざめさせた。赤くなったり青くなったり忙しい奴だ。

 

「あ……いや、その、ちが、今の、は……」

 

 言ってから自分の失言に気付いたとでも言うように安斎は狼狽している。

 だが手遅れだ。一度口にしたことはもう取り消せない。

 

「分かるさ」

 

 そうとも、分かるに決まっている。

 

「私も大切な人を失ったんだからな」

 

 それも他ならぬ自分の手で死なせてしまったんだ。

 

 そうだ。私は私の手で、みほを、妹を……。

 

「だからこそ見ていられないんだ」

 

 まるで鏡を見ているようで。

 

 自分の醜悪な姿を見せつけられているようで。

 

 今すぐにでも叩き割ってしまいたいと思うんだ。

 

 その後の試合の結末などもはや語るまでもないだろう。迷いのある指揮官に率いられたチームでは勝てるものも勝てはしないのだから。

 

 

          *

 

 

 繁華街にある居酒屋のチェーン店、その中の個室で私と安斎はテーブルを挟んで向かい合っていた。

 試合後、撤収作業もそこそこに私は安斎のもとを訪れた。戸惑う周囲の反応を無視して私は安斎の前に立った。

 

『……何の用だ? 無様な私を笑いに来たのか?』

『飲みに行くぞ、安斎』

 

 私は安斎の自虐めいた言葉を気にも留めずに要件を一方的に口にした。そして呆気に取られる安斎の腕を掴んで有無を言わせずにその場から強引に連れ出した。

 当然安斎のチームメイトに止められるものとばかり思っていたが、意外にも然したる抵抗もなく連れ出すことに成功した。

 いや実際に何人かは私を止めようと動こうとしていたがそれを押し止める者がいた。

 

 ペパロニだった。

 

 彼女なら真っ先に私に食って掛かると予想していただけに驚いたが、何にせよ邪魔をしないでくれるならありがたいと私はそのまま彼女の横を通り過ぎた。

 

『……姐さんのこと、頼みます』

 

 すれ違いざまに耳に届いた呟きに思わず振り返ったが、その時には彼女は既に撤収作業に戻ってしまっていた。

 何故彼女があんなことを言ったのか気にはなった。

 だがあれ以上あの場に留まっていると面倒なことになりそうだったため、私はそのまま安斎の手を引いてその場を離れた。

 安斎は最初こそ私の手を振りほどこうと抵抗していたが、次第にその力も弱まっていき、遂には諦めたのか黙って私に連れられるがままになっていた。

 そしてその後は適当な居酒屋に入って今に至る、という訳だ。

 

「……」

「……」

 

 沈黙。

 私たちの間にはあまりにも重苦しい沈黙が横たわっていた。

 普段であれば安斎の方からあれこれと話題を振ってきて私がそれに相槌を打つことによって会話が成立するが、今日の安斎はとても会話に花を咲かせるような雰囲気ではない。

 なら私の方から話しかければいいのだろうが、元々話すのが苦手なのに加えて試合前のやり取りや無理矢理連れてきた気まずさもあって口を開くことができなかった。

 せめて酒が入れば少しは口も軽くなるだろうか。そう思ってただ黙って酒が来るのを待つことにした。

 

「すまなかった」

 

 すると唐突に安斎は私に向かって頭を下げてきた。

 

「お前の事情は知っていたのに、無神経なことを言ってしまった。本当にすまない」

 

 律儀な奴だ。試合前のことを未だに気にしていたらしい。思わず苦笑が漏れる。

 

「それについてはお互い様だ。私も随分と無遠慮なことを言った。こちらこそすまなかった」

 

 私も同じように安斎に向かって頭を下げる。それで終わりだ。元々私と安斎は別に仲が悪いわけではない。好んで険悪なムードを作る理由もないのだから。

 そもそも仲が悪いならこうして二人で飲むこともない。試合で何度も対戦したことはあるし、意見が衝突することはある。酒が入ればなおのことだ。

 だがそれが後を引くことはない。お互い根に持つ性質ではないし、酔った上でのことならすべては酒の席の上のことと割り切っていた。

 

 注文した飲み物が来るとどちらからともなくグラスを掲げて乾杯する。

 美味い。

 ビールは好きだが、特に最初の一杯の味は何度飲んでも格別だ。何故こんなに美味いのか。

 気付けば最初の一杯はすぐに空になっていた。

 私は店員を呼んでおかわりを注文する。

 

「角谷杏」

 

 そうやってしばらくお互いに無言でグラスを傾けていると、先に口を開いたのは安斎だった。

 

「私の“大切な人”だ。いや、だった、というべきかな」

 

 それが試合前の私の問いに対する答えだと理解するのにしばしの時間を要した。

 聞き覚えのある名前だ。

 そう、たしか……。

 

「……お前にとっては最愛の妹を死なせた憎い仇でしかないのかもしれないけどな」

 

 その言葉ではっきりと思い出した。

 そうだ、大洗女子学園の生徒会長だ。

 戦車道ではヘッツァーの車長だった。あのヘッツァーには随分と手を焼かされたのでよく覚えている。

 

 だが私の中で彼女について最も強烈に記憶に残っているのは、私とあの女の前で土下座する姿だった。

 みほが死んだのは自分のせいだと、自分がみほに戦車道を強制したのが原因だと。そう言ってひたすらに頭を下げる姿だ。

 仇、というのは恐らくそのことを言っているのだろう。何故安斎がそのことを知っているのか。本人から直接聞いたのかあるいは噂で聞いた話かそれはわからないが。

 

「私は彼女を恨んだことなど一度もない」

 

 それは私の偽らざる本心だった。

 成程、たしかに彼女はみほに戦車道を強制したのかもしれない。だがそれが何だというのか。結局みほに引導を渡したのが私だという事実に変わりはない。

 あるいは西住流の戦車道がみほを追い詰めたという考えもあるかもしれない。その理屈でもやはりみほを殺したのは私だということになる。何故なら私は西住流そのものであり、私は西住流の教えに則ってみほを叩き潰したのだから。

 つまりはみほを殺したのは他の誰でもない私自身であり、ならば私が恨むとしたら私自身しかありえない、ということだ。

 

 むしろ角谷さんの方こそ私を恨む権利がある。

 何せ私は大洗女子学園に引導を渡した張本人なのだから。

 角谷杏が西住まほを恨むことはあってもその逆はありえない。少なくとも私はそう考えている。

 私の言葉に嘘はないとわかったのか、安斎は「そうか」とだけ言ってタバコを取り出した。

 

「吸ってもいいか?」

「構わないが……タバコ、吸うのか?」

「ああ」

 

 私は酒はやるがタバコは一切やったことがない。安斎にしても今までに何度も飲んだことがあるが、タバコを吸っているのは見たことがない。となると吸い始めたのはここ最近ということになる。

 

「あいつの……杏の遺品だよ」

 

 私の疑問の視線を察したのか、安斎が説明してくれた。

 今吸っているタバコもライターも元は角谷さんの持ち物だという。どちらも親族に譲ってもらったものらしい。

 角谷さんの両親と会ったのは葬式の時が初めてだったが、安斎のことは角谷さんからよく聞いていたらしい。安斎の人柄もあってすぐに打ち解けたとのこと。……私にはとても真似できそうにない。

 しかし物憂げな顔でタバコを咥える安斎は何というか絵になる。退廃的な雰囲気に魅力を感じる人の心理というのはこういうものだろうか、などと益体のないことを考えてしまう。

 

「大切な人だったんだ……」

 

 そんな私の内心に構わずに、ゆっくりと紫煙を吐き出しながらポツリポツリと安斎は語り出した。

 

「最初はさ、ただ放っておけなかっただけなんだ。久しぶりに会ったあいつは見る影もなくボロボロになっていて、そんな姿を見ていられなくて、何かしてあげたいってそう思って。あいつの家に押しかけて色々世話を焼いていた」

 

 懐かしむように、愛おしむように、安斎は言葉を紡いでいく。

 

「でもいつからだろうな、そこに別の感情が混じり始めたのは。ただ純粋にあいつと一緒にいたいと思うようになったのは。私の料理を美味しそうに食べてくれて、私が何かする度に喜んでくれて、段々笑顔を見せてくれるようになって。その笑顔を見て思ったんだ。あいつの辛そうな顔は見たくない。あいつには笑っていてほしいって」

 

 そうして自然とあいつと一緒にいる時間が増えていった、と安斎は言った。

 最近付き合いが悪いと思っていたが、そういう事情だったのか。

 それならそうと言ってくれればいいものを、と思うがここで口を挟む程私も野暮ではない。

 

「あいつといる時間は楽しかった。戦車に乗っている時よりも、料理をしている時よりも、今までの人生で一番、と言ってよかったかもしれない。それぐらい幸せな時間だった。

 ……でもそんな幸せな時間は唐突に終わりを告げた」

 

 安斎は表情を曇らせたかと思うと、タバコを揉み消した。

 

「いつものようにあいつの部屋に行っても返事がなくて。風呂場の方で音がするから、風呂にでも入っているのかと思って何気なく見てみたら。あいつが手首から血を流して倒れていて。頭が真っ白になって。それで。それで……」

 

 そこまで言って安斎は言葉を詰まらせる。何かに耐えるかのように体を震わせていたかと思うと、グラスを掴んで一気に飲み干し、それを机に叩きつけた。

 

「何でだ、何で私に何も言ってくれなかったんだ? そんなに私は頼りないか? 『千代美にこれ以上迷惑はかけられない』だと!? いつ迷惑だなんて言ったんだ!? 私は一度もあいつのことを迷惑だなんて思ったことはないぞ!!」

 

 感情のままに叫んだ安斎はそのまま荒い呼吸を繰り返していた。そしてしばし息を整えると、私の目を見詰めて言った。

 

「お前の言う通りだ。私は八つ当たりをしていただけだ。あいつが死んで、自分でも何故だかわからないくらい動揺して、自分の内で荒れ狂う感情を何かにぶつけないとおかしくなってしまいそうで。私は、自分で自分がわからなくなってしまっていたんだ。

 ……でもな、今日お前に言われて気付いたんだ」

 

 安斎は寂しげに微笑む。

 見ているこちらまで胸が締め付けられるような表情だった。

 

「ああ、私は杏のことが好きだったんだ、って」

 

 涙が一滴、安斎の頬を伝った。

 それを拭いもせずに安斎は続けた。

 

「初恋は実らないって言うけど、本当だな。……何で。何で今頃になって気付くかな。いなくなってようやく気付くなんて。……遅いよな。遅すぎるよな。何で、私は……」

 

 そこまで言って安斎は顔を伏せる。しばらくするとすすり泣く声が聞こえてきた。

 私は何も言えず、ただ安斎が泣き止むのを黙って待ち続けるしかできなかった。




同情から始まる恋があってもいいじゃない! というお話。
まあ実際同情から始まる恋は普通にあるらしいです。
特に母性が強い女性に多いとのこと。
……アンチョビ姐さん、もろに当てはまってるじゃないすか。

この小説に望むのは?

  • 救いが欲しいHAPPY END
  • 救いはいらないBAD END
  • 可もなく不可もないNORMAL END
  • 誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
  • 書きたいものを書けばいいTRUE END
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