あと長かったので前話と分割したんですが、もう完全に初恋関係なくなってしまったのでタイトルを変更しました。
【西住まほ視点】
「……すまん、愚痴ってしまって」
「気にするな。私にも気持ちはわかるしな」
しばらくしてようやく泣き止んだ安斎は赤い目をこすりながら言った。
そう、安斎の気持ちは私には痛いほど理解できた。
みほが自殺した当時、私は未成年だったから酒は飲めなかったし愚痴る相手もいなかったが、今なら間違いなく安斎と同じ状態になっていただろう。
「西住みほか……」
新しく運ばれてきたグラスを傾けながら安斎はポツリと呟いた。
「……お前の妹に聞かれたことがある。戦車道とは何なのか、ってな」
みほが何故安斎にそんなことを聞いたのか、それはわからない。
だがそれはきっと――
「最初は何故そんなことを聞くのかと疑問に思ったけど、すぐに思い至ったよ。4年前の決勝戦は私も観ていたからな」
あの決勝戦での出来事と無関係ではあるまい。そう思い至るのと安斎の言葉は同時だった。
みほの事情を知っている人間からすればやはり真っ先にあの出来事が思い浮かぶだろうし、恐らくそれが正解なのだろう。
あるいは安斎の戦車道を見て何か感じ入るものがあったのかもしれない。安斎がアンツィオでやっていた戦車道は、勝ち負け抜きに楽しむ戦車道だった。それはきっとみほが目指していた戦車道そのものだったろうから。
「中学時代の私ならみほの行動を非難していただろう。仲間を大切に想うのはいい。だが仲間が大切だからこそ、仲間を勝利に導いてやることが指揮官の務めだと当時の私は考えていた。西住流とはまた違うが勝利至上主義という意味では共通している。
アンツィオに入ってすぐの頃はそれで他の隊員としょっちゅう衝突したもんだ。あの時の私は結果を出そうと躍起になっていて周りがまるで見えていなかった。先輩たちに噛み付いて、同級生の言葉にも耳を貸さなかった。二年に上がったら先輩は全員卒業して、数少ない同級生も全員辞めて、残ったのは私一人になってしまった。
それでも私は自分を省みなかった。自分は絶対に正しいと信じて、間違っているのは周りの方だって言い聞かせた。例え一人でもやってやるって」
あの安斎が弱小校に進学すると聞いた当時の私の心境を一言で言い表すのは難しい。
驚いたし、失望したし、悲しくもあった。
だがアンツィオ高校の戦車道を一から自分の手で立て直してやるんだ、という決意を聞いて、最終的には純粋に応援したいと思った。
そして安斎は宣言通りに見事にアンツィオの戦車道を立て直してみせた。
長年1回戦負けを続けていたチームを見事勝利に導き、2回戦進出を果たした。
結局その後にすぐ敗退したが、あの貧弱な車輌でマジノ女学院に勝てただけでも充分な成果と言えるだろう。
黒森峰のような強豪校からすれば1回戦負けも2回戦負けも大差はないと思われるだろうが、戦車も設備も人員も大きな隔たりがある以上比較するのがそもそも間違っている。
しかし勿論苦労はしただろうと思っていたが、どうやら私の想像以上に安斎の歩んだ道は険しかったらしい。
「そんな時だ、カルパッチョが来てくれたのは。たった一人とはいえ履修希望者がいてくれた、それが心の底から嬉しかったのをよく覚えている。一人でもやるなんて息巻いていたけど、私も本当は内心心細かったんだな。で、その後何やかやあってペパロニも戦車道をやることになってな。それでようやくアンツィオ高校の、私たちの戦車道はスタートしたんだ」
愛おしそうに思い出を語る安斎の様子からは仲間への、母校への愛情が伝わってきた。本当にアンツィオの仲間のことが好きなんだろう。
そしてその仲間の方も皆安斎のことを慕っている。偶に試合で顔を合わせるだけの私ですら一目見て分かる程には。
……私とは大違いだ。
「とはいえ問題は山積みだったけどな。2人入ってくれたとはいえ、人数不足には違いなかったし、経験者のカルパッチョはともかくペパロニは全くの素人で、戦車道の『せ』の字も知らない状態だった。
とりあえずは戦車に乗せてみたんだが、あいつときたらはしゃぎ回って私の話を中々聞こうとしない。『戦車に乗るのって楽しい』と言ってな。私はそれを聞いてつい怒鳴り散らしてしまったよ。そんな甘ったれた考えで戦車に乗るなって。
当時の私には戦車道が楽しいなんて考えは到底受け入れられなかった。強豪校のスカウトを蹴ってまでアンツィオに行ったのは戦車道を立て直すためだったんだ。私にはその義務がある、そう思っていたからな。求められるのはまず勝利、楽しむ余裕なんてないってさ」
昔の安斎ならいかにも言いそうな台詞だ。
それが何故今では真逆の考えに変わったのか。前々から疑問ではあったがそういえば聞いたことはなかった。
変わったと言えば私も変わった。
到底受け入れられないと安斎は言ったが、それは私だってそうだった。アンツィオでの安斎の戦車道を見た当初、私は困惑したものだ。
あの安斎千代美ともあろうものが、何を腑抜けた戦車道をやっているのか、あの頃のお前はどこに行ってしまったんだ、と思ったものだ。
それが何故受け入れられるようになったのだったかと考えて――
「けどな、そんな私に対してあいつは言ったんだ。戦車に乗るのが楽しくないのか、なら何で戦車に乗っているのかって。私はその問いに答えられなかった。そして思ったんだ。私は何のために戦車道をやっているんだろう、ってな」
安斎の言葉に心臓が跳ねた。
私にも身に覚えがある話だったからだ。むしろ現在進行形で自問していることだ。
昔は戦車を乗るのに悩むことなどなかった。
撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し。鉄の掟。鋼の心。それが西住流。
その教えに従い、修練を積み、勝利を積み重ね、迷うことなく突き進んでいた。
だがみほが死んで、西住流の在り方に反感を覚えて。そうして自分の戦車道を見失った時、ふとある疑問が浮かんできた。
私は何のために戦車道をやっているのか、と。
以前までなら考えもしないことだった。
生まれた時から戦車が身近にあった。戦車に乗ることに何の抵抗もなく、それが当たり前のような感覚すらあった。一般人が車や電車に乗るのと似たようなものだろうか。
戦車道をやることにも疑問を抱いたことなどなかった。純粋に戦車に乗るのは好きだったし、西住の家に生まれた者として当然の義務と教育されてきたから。
「戦車道を始めたきっかけなんてものは戦車が好きだからとか、そんな単純な理由だったはずなんだ。実際最初のうちは純粋に戦車に乗ることを楽しんでいたと思う。でもいつからだろうな、戦車に乗るのが楽しいと思えなくなった。いや、それどころか楽しむなんていけないとすら思うようになってしまったんだ」
自分が戦車に乗ったきっかけなんてものは覚えていない。物心つく前から乗っていたのは間違いない。気付いたら戦車に乗っていて、いつの間にかそれが当たり前になっていた。
戦車に乗るのを楽しんでいた時期は私にもあった。みほと二人で畦道を戦車で走ったあの光景は今でも脳裏に焼き付いている。
あの時の私は純粋に、西住流に縛られることなく戦車に乗れていたはずだ。だがいつの間にか私の戦車道は楽しさとは無縁になっていた。
楽しむなんてそんな軟弱な思考は許されない、そんな浮ついた考えで戦車に乗ってはいけない、まるで楽しむことが悪いことのように感じるようになっていた。
「そう思うようになったのは勝つことにこだわるようになってからだ。そして何故勝ちたいと思うようになったかと言えば、元々は一緒に戦う仲間のためだった。こいつらと勝ちたい、勝って喜びを分かち合いたい。そんな純粋な気持ちがきっかけだったはずなのに。いつの間にかそんな気持ちは消え失せていた。
次第に戦車道自体が楽しいんじゃなく、勝つことが楽しいと思うようになっていった。しまいには勝つことすら楽しいとは思えなくなった。むしろ重圧すら感じるようになっていた。勝たなきゃいけない、勝ち続けなきゃいけない。負けたらダメだ、負けてしまったらすべてが無駄になる。そんな風にな」
戦車道以外のすべてを無駄なこと、不要なものと切り捨てて。
義務感に突き動かされるままに戦車道に打ち込んで。
勝利に向かって邁進して。
気付けば戦車道が楽しいなんて全く思えなくなっていた。むしろ息苦しい、辛い、やめたいとすら思うようになっていた。勝利に対する喜びも勝利を積み重ねるごとに薄れていき、勝っても嬉しいという気持ちよりも安堵の気持ちの方が強くなっていった。
それでも私は戦車道をやめることはなかった。そしてそんな自分の有様に疑問を抱くことすらなかった。
「挙句の果てに仲間のために勝ちたいと思っていたはずなのに、いつの間にか勝つためなら仲間を犠牲にしても構わないと思うようになっていた。それに気付いた時はぞっとしたよ」
私が戦車道をやっていたのは果たして自分の意思だったのだろうか。
西住の家に生まれた以上戦車に乗るのが当たり前だ。そう子供の頃から教育されていたから、何の疑問も抱かずに戦車に乗っていただけじゃないのか。他に選択肢を与えられていなかったから、自分には戦車道しかないと決めつけていただけじゃないのか。
そんな疑問が芽生えたのはすべてを失った後だった。
「ペパロニのおかげで私は自分のことを見つめ直すことができたんだ。そうして初心を思い出すことができて、次第に私の心も解れてきてな。負けても楽しめればいい、そういう戦車道もあるって認めてもいいと思えるようになったんだ」
すべてが遅すぎた。
もっと早く疑問を抱いていれば別の道もあったのかもしれない。
だが私は既に戻れないところまで来てしまっていた。
だから私は自分の在り方を変えられず、未だに西住流の戦車道を続けている。
……おかしいな。
何故私と安斎とでこうも違ってしまったんだろうか。
いや、何ということはない。
安斎にはペパロニがいた。
私には誰もいなかった。
きっとそれだけのことなんだろう。
そこまで考えて私はようやく思い出した。何故私が安斎の今の戦車道を受け入れられるようになったかを。
単に自分の浅ましさに気付いたからだ。
安斎のことを腑抜けたなどと思っていたが、私は単に羨ましかっただけなんだ。
安斎を勝手に自分の同類だと決め付けて、まるで裏切られたような気持ちになって拗ねていただけなんだ。
それに気付いてからは安斎の新しい戦車道を認めることができた。安斎は私とは違う。安斎は自分の道を行くべきだとそう思ったんだ。
そして何故気付けたかと言えば。
みほの戦車道を、みほが大洗で見つけた戦車道を目にしたからだった。
……本当に。
私という人間はつくづく遅すぎる。
「……お前には理解も共感もできない考えだろうけどな」
「3年前までの私ならそうだったろうな」
中学時代から私を知っている安斎からすればそう思うのも当然だろう。
事実まだ西住流を信奉していた頃の自分なら、安斎の戦車道を惰弱の一言で切って捨てていただろう。勝つために仲間を犠牲にして何が悪い、犠牲なくして大きな勝利を得ることはできない、西住流にとっては勝利こそがすべてだ、と。
だが。
「勝負事である以上勝利を目指すのは当然のことだ。そのための努力も尊いものだ。だが勝利だけを追い求め、他のすべてを犠牲にしたところでその果てに何が残るというんだ?」
少なくとも私には何も残らなかった。
西住流の教えに従ってただただ勝利を渇望し、たとえ実の妹であろうと敵対するなら叩き潰した。
その結果一番無くしてはいけないものを無くした。今まで信じていた西住流も信じられなくなった。今ここにあるのは何もかも失ったただの搾り滓にすぎない。
そんな様を見て誰が私に憧れる? 誰が私のようになりたいと思うんだ?
私に付けられた様々な渾名を見れば分かる。
「戦闘機械」、「氷の女王」、「鋼鉄の処女(アイアンメイデン)」、あるいはもっとストレートに「鬼」だの「悪魔」だの「死神」だのと呼ばれたこともあった。
どれもこれも畏怖、嫌悪、侮蔑といった負の感情を込められた渾名だ。
対戦相手どころかチームメイトにすらそう言われていると知った時は軽くショックだったが。
「今日の試合」
これ以上考えると気が滅入りそうだったため、私は話題を変えることにした。
「確かに勝ったのは私だ。だがそれは私の方がお前よりも優れていたからではない」
一車長としてなら私は安斎よりも優れている自信がある。
だが指揮官としてなら私では安斎には及ばない。
総合的に見てどちらが上かと問われれば、負けるつもりはないが勝てるとも言えない、少なくとも簡単に優劣をつけられる関係ではない、といったところか。
「私の戦車道はただの八つ当たりに過ぎないのかもしれない。だがな、少なくとも私はそれを自覚している。その点では今のお前よりも私の方が勝っている。戦いは迷いがある方が負ける。お前は迷い、私は迷わなかった。勝敗を分けたのは所詮その程度の差だ」
今思えば3年前の決勝戦で私がみほに勝てたのも結局はそういうことなのかもしれない。
あの時の私には迷いはなかった。
例え相手が妹であろうとも敵はただ打ち倒すのみ、それが西住流だと信じていたから。実にシンプルな思考でそれ故に迷いもなかった。
だがそれに対してみほはどこか迷いがあったように思う。
恐らくみほは自分の戦車道が何なのか、あの時はっきりと自覚できていなかったのではないか。
川に取り残された仲間を助けたのも、明確な意志の下での行動ではなく状況に流されていただけだったのではないか。
その迷いがなければ、自分の戦車道を信じていれば、みほは勝てていた。
そうすれば――
いや。そんな仮定は無意味だ。現実としてみほは敗北した。それがすべてなのだから。
「だがそれは私の方がお前よりも優れているということではない。むしろ自覚した上でなお改める気がないという点では私の方が余程救いようがない」
そうだ。全くもってその通りだ。私という人間は本当に救いようがない。
勝ってはいけない試合に勝ち、妹を殺しながら今ものうのうと生き続けている。あまつさえ妹を苦しめ、追い詰め、死に追いやった西住流の戦車道を未だに続けている。
我ながら恥知らずにも程がある。
「私とお前は違う。お前はまだ間に合う。お前のチームの連中を見たか? 誰もが皆お前のことを心配していた。あいつらのためにも、何よりもお前自身のためにも、お前はやり直すべきだ。……きっと角谷さんもそれを望んでいるさ」
最後の一言は余計だったかもしれない。だがきっと彼女もそう思っているに違いないと、そう思ったから。
安斎は痛ましいものを見るかのように私を見詰めていたが、やがて顔を俯けてただ一言、「わかった」とだけ呟いた。
その後は話は終わりとばかりに互いに言葉少なに飲み食いを続けた。
そして店員からラストオーダーの知らせを聞いて、最後にもう一杯ずつ注文を済ませる。そろそろお開きかと思ったところで安斎はまた一本タバコを吸い始めた。「これで最後だ」と言って。
「酒はまだしもタバコはやめた方がいいんじゃないか?」
体に悪いというのもそうだが、最近は喫煙者は相当肩身が狭い印象を受ける。私は気にしないが同席している人間によっては快く思わない者もいるだろう。臭いに関しては日頃から鉄と油の臭いに塗れている身としては今更だが。
「もう少しで杏が備蓄していた分が尽きる。そうしたらやめるさ」
「……そんな簡単にやめられるものなのか?」
偏見かもしれないが、タバコというのは一度吸い始めたらやめられないというイメージがある。まあ今日の様子を見るに安斎はいわゆるヘビースモーカーというわけではなさそうだが。
「やめるさ」
安斎は決意を秘めた表情で言った。
「……やめなきゃいけないんだ」
それを文字通りタバコをやめる決意と受け取るほど私も鈍くはない。
つまりは安斎はタバコと一緒に角谷杏への気持ちを吹っ切るつもりなのだろう。
それこそ簡単にできることではあるまい。私はみほが死んでからもう3年も経つというのに未だにみっともなく引きずっている。
私と違って安斎の場合は自分のせいで相手が死んだというわけではないが、喪失感という点においては違いはあるまい。
だが安斎ならできるのかもしれない。
そう、安斎は私とは違うのだから。
「……お前はどうだ、やめられそうか?」
何を、とは聞かなかった。
「いや」
代わりに私はただ首を横に振って、否定の言葉を返すだけだ。
「しばらくはやめられそうにない」
「……そうか」
それっきり安斎は何も言葉を発することはなかった。私も同様だ。そしてそのままお開きとなり、それぞれの帰路に就くことになった。
「……やめられるものならやめたいさ」
一人夜道を歩きながらポツリと呟く。
やめられるものなら今すぐにでもやめてしまいたい、楽になりたい。結局のところそれが私の本心だ。
安斎にやめられそうか、と聞かれて大いに心が揺らいだ。私もいい加減自分の気持ちに区切りをつけるべきじゃないのか? そんな迷いが生まれた。
あるいは私も安斎のようになれるんじゃないか。やり直すことができるんじゃないか。そんな希望を抱いてしまった。
それは何とも甘美な誘惑だった。私の弱い心を侵す甘い毒だった。思わず身を任せてしまいたい、そんな衝動に駆られるほどに。
否。
断じて否だ。
身を任せてしまえるならどんなに良かったか。
何もかも投げ出してしまえるならどんなに良かったか。
だがそれはできない。それだけは決して。
私はまだ“答え”を見ていない。
みほを死なせたことに対する贖罪も、みほを殺した奴への復讐も終わっていない。
少なくとも西住流に復讐するまでは私は止まるつもりはない。止まれるわけがない。
……だがいつか。
いつか私にもやめられる日が来るのだろうか。
今の私には想像もつかなかった。
この小説を書いていて思うのです。
読者の方々の中には、もっとダークな展開を期待している方も少なからずいるんじゃなかろうかと。
でもそんな方々には申し訳ないのですが、この小説はそこまでダークな方向には行かない予定です。
ただ作者もダークな話は好きなので、ifルートという形でダークな話を書いてもいいかもしれないと思ったり。
あるいは他に思い付いた話で結構ダークな話があるので、それを投稿してもいいかもとか。
ただこの小説の完結を優先したいので、書くとしても当分先になりそうですが。
次回はアンチョビとペパロニのその後のお話です。
この小説に望むのは?
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救いが欲しいHAPPY END
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救いはいらないBAD END
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可もなく不可もないNORMAL END
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誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
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書きたいものを書けばいいTRUE END