見つけられなかった私の戦車道   作:ヒルドルブ

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まほチョビは「まほ」「千代美」と呼び合うイチャイチャカップルもいいけど、「西住」「安斎」と呼び合う戦友ポジもいいと思う。
という訳で今回はそんな感じのまほチョビ。


アンチョビはペパロニを許したい

【ペパロニ視点】

 

「本当にすいませんでした!」

 

 格納庫に集まった部員たちの前で姐さんはそう言って頭を下げた。

 大学の戦車道部の練習前、皆に話があるからって姐さんは部員を格納庫に集めた。

 そして全員揃ったのを確認するなり、姐さんは言ったんだ。皆に謝らなきゃいけないって。

 

 角谷さんに構ってばかりで戦車道を疎かにしていたこと。

 

 角谷さんが死んだ後、その苛立ちをぶつけるみたいに八つ当たりのような戦い方をしていたこと。

 

 大切な仲間を駒にみたいに扱ってしまったこと。

 

 皆に迷惑を掛けたこと。

 

 全部謝りたいって、姐さんは言ったんだ。

 

 許してもらえるなんて思わないけど、どうしても謝りたかったって。

 

 ……何でそんなことを思うのか私には分からなかった。姐さんを許さないなんて言う奴がこの場にいる訳ないのに。

 実際姐さんを責める人間なんて一人もいなかった。皆笑って姐さんのことを許した。そしてまたこれからもよろしくお願いしますって逆に頭を下げた。

 そんな周りの反応に姐さんは泣きながらまた謝って、そんな姐さんを皆で慰めて、最後には皆で笑い合ってた。

 私はそんな皆の様子を離れて見てるしかできなかった。

 本当なら私が真っ先に声を上げるべきだったのに、結局私は一言も声を出せなかった。

 

 姐さんのことを許せないから、な訳がない。

 そもそも逆なんだ。謝らなきゃいけないのは姐さんじゃない、私なんだ。

 なのに何で私は姐さんに謝らせて、姐さんを泣かせてんだよ!

 そんな風に考えちまって、でも皆の前で言える訳がなくて。

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま話は終わって、そのまま皆は何事も無かったみたいに練習に移った。

 でも私は全然気持ちを切り替えられなくて、練習中も何度もミスして、隊長にも何度も叱られてと散々だった。

 

 今日はもう帰りたい。さっさと帰って寝てしまいたい。

 練習が終わると私はすぐに着替えて、着替え終わるとすぐに部室を出た。

 

「ペパロニ。ちょっといいか?」

 

 そこで姐さんに声を掛けられた。

 

 思わずドキッとして身構える私に構わず姐さんは何か言いかけて、ここじゃ何だからってことで場所を移動することになった。

 私は気が気じゃなかった。

 何を言われるのか、怖くてビクビクしながら姐さんの後を黙って付いていった。

 だって姐さんがこんな改まって私に話をしようなんて、角谷さんのこと以外ありえないじゃないか。

 

 そう思ったけどそんな私の心配は全くの無駄だった。

 

「お前にも迷惑を掛けたな。本当にすまなかった」

 

 二人きりになるなり姐さんはそんなことを言ってきた。

 一瞬何を言われたのか分からなくて、でも段々姐さんの言葉が頭に入ってきて、何を言われたのか分かった途端、私は胸が苦しくなった。

 

 何で、何で姐さんが謝るんすか。

 

 姐さんが私に謝ることなんて何もないのに。

 

 私の方こそ姐さんに謝らなきゃいけないのに。

 

 何で。

 

 何で……!

 

「お前には特にちゃんと謝らなきゃって思っていたんだ。お前は何度も忠告してくれたのに、私がそれを無視し続けたせいであんなことになってしまった。私がもっとしっかりとお前たちや杏と向き合えていれば、あんなことにはならなかったのにな。本当にダメな先輩だよ、私は」

 

 そんな風に辛そうな顔で自分を責めるみたいに言う姐さんを見て――

 

「違うんすよ、姐さん」

「え?」

 

 私は思わずそんなことを口走ってた。

 

 もう限界だった。

 やっぱり隠してなんておけない。

 これを言ったら私は姐さんに嫌われるかもしれない。

 怒鳴りつけられるかもしれないし、下手すりゃ殴られるかもしれない。

 もう二度と姐さんと一緒に戦車道ができなくなるかもしれない。

 それどころか顔を合わせることすらできなくなるかもしれない。

 

 それでも。

 

 それでも言わなきゃいけないんだ。

 

 今言わなきゃもうこの先死ぬまで言えなくなる、一生後悔することになる。

 

 だから、私は――

 

「角谷さんが死んだのは、私のせいなんです」

 

 

          *

 

 

【西住まほ視点】

 

 戦車道の練習も終わり、すっかり暗くなった道を一人歩く。

 週末だけあって繁華街は大学生や仕事帰りの会社員でごった返していた。そんな喧騒を横目に私は目的地を目指して一直線に進む。そう、安斎が待つ場所まで。

 私が自宅から離れた繁華街まで足を延ばしているのは安斎と飲む約束をしているからだった。しかも今回は珍しいことに安斎からのお誘いだった。

 今までも何度も二人で飲んだことはあるが、基本的に誘うのは私からだった。試合後の飲みはほぼ恒例行事だが、それ以外は私が気が向いた時に安斎に連絡して、安斎の予定が合えば一緒に飲むというパターンだった。

 私としては断る理由はないので二つ返事で了解したのだが、後になって違和感を覚えたものだ。もしかして何かあったのだろうか。

 そんなことを考えているうちに待ち合わせ場所の店の前に到着していた。そこでは既に安斎が待っていた。

 

「待たせたか?」

「いや、私もついさっき来たところだよ」

 

 気のせいだろうか、今日の安斎はどうも元気がないように見える。しかしこちらが口を開く前に安斎は店の扉を開けてさっさと中に入ってしまったため、私も後に続いた。

 予約していた個室に案内されて注文を済ませるともう問い質す空気でもなくなってしまい、そのままいつも通りにグラスを合わせて乾杯した。

 そして酒を飲んで、つまみを食べて、安斎が他愛もない話を振ってきて、私がそれに相槌を打つ、そんないつも通りの雰囲気のまま時間は過ぎて行った。

 

 そう、あまりにもいつも通りだ。

 私はてっきり何か特別な話があると思って身構えていたのだが、肩透かしを食らった気分だ。

 まあ、私個人としては別にこのまま取り留めのない雑談を続けてもまったく構わないのだが。

 

「そういえばあの後部活の連中とはどうだ? ちゃんと和解できたのか?」

 

 ふと先日のやり取りを思い出して私はその話題を口にした。

 気になったので聞いてはみたが、安斎とその仲間たちなら心配はいらないと思っている。だからこれはあくまで確認のための言葉だった。

 

「ん? ……ああ、まあ、な」

 

 しかし安斎の返事はどうにも歯切れが悪かった。まさか何かトラブルでもあったのだろうか。

 

「いや、別にそういう訳じゃないんだ。まあ、私も許してもらえるか最初は不安だったんだけどな。でも私が皆の前で頭を下げて、今まで迷惑を掛けたことを謝って、そうしたら皆笑って許してくれて。それで終わりさ。特に蟠りもなく、今ではすっかり元通りの関係だよ」

 

 安斎の様子に一瞬心配したものの、やはり無用な心配だったらしい。

 しかしなら何故あんな反応をするのか。

 そんな私の疑問の視線に対して安斎は迷う様な素振りを見せた後、グラスを一気に呷ってから意を決して口を開いた。

 

「でも、な。一人だけ……一人だけ元通り、とはいかない奴がいたんだ。ペパロニの奴が、な……」

 

 安斎の口から出た意外な人物の名前に私は驚きを隠せなかった。

 私もそれほど彼女と深い付き合いがあるわけではないが、安斎を慕っている者たちの中でも一際懐いている印象だった。失礼かもしれないがまるで主人に尻尾を振る忠犬というイメージだ。

 そんな彼女なら真っ先に安斎のことを許しそうなものだが。

 

「いや、別にペパロニが私のことを許してくれなかったという訳じゃないんだ。むしろ逆というかな。私の方があいつから謝られたんだ」

「謝られた?」

 

 一体何を、という私の疑問に対して安斎は一拍置いてから答えた。

 

「杏が自殺したのは自分のせいだ、って」

 

『みほが死んだのは私のせいなんです』

 

 ……どこかで聞いたような話だ。

 しかも私と同じく戦車道の後輩から言われたものとは。偶然とは恐ろしい。

 しかし成程、元気がないと思っていたがそれが原因か。

 ということは。

 

「今日私を誘ったのはそれが理由か?」

「どうだろうな。自分でもよく分からん。……でも誰かに話を聞いてほしかったのかもな」

 

 予想に反して安斎の反応は何とも煮え切らないものだった。そんな安斎に対して私は敢えてぶっきらぼうに言った。

 

「話したいなら話せ。本当に聞くだけしかできないがそれでもいいというのならな」

 

 私の物言いに対して安斎は苦笑しつつも事の顛末を語った。

 要約するとペパロニが角谷さんに安斎と別れるように言ったその日の内に角谷さんは自殺した。そのことをペパロニはずっと気に病んでいた、ということらしい。

 

『……姐さんのこと、頼みます』

 

 不意にあの日ペパロニに言われた言葉が脳裏に甦る。

 安斎があんな状態になっていたら本来ならペパロニこそが率先して何とかしようとするはずなのに、私に任せるなどおかしいとは思っていた。

 大方自分にはそんな資格はないとでも思っていたのだろう。実際話を聞く限りでは責任を感じて当然だと思う。

 

「それで、どうしたんだ?」

 

 私の場合はエリカのことを許した。いや、許す許さない以前の問題だ。私はみほの死について自分以外の誰かを責める気はなかったから。

 だが安斎はどうだろうか。

 安斎は言っていた。角谷さんのことが好きだったと。初恋だったと。

 そんな相手が死ぬ原因を作った人間がいるとなれば、流石の安斎でも心中穏やかではいられまい。

 

「許したよ」

 

 だが安斎の返答は実にあっさりとしたものだった。

 

「いや許すも何もそもそもペパロニのせいだとは思っていない、これは本心だ。ペパロニは私のためを思って行動しただけだろうし、あいつの言葉は結局のところただのきっかけに過ぎなかった。いつか来る終わりが早いか遅いかの違いだよ。

 今にして思えばあの頃の私は酷い状態だった。杏の世話にかまけてばかりで他のことを疎かにしていた。勉学も戦車道も手を抜くつもりはなかったが、それでも掛ける時間は確実に減っていた。

 それでも6月の大会や7月の大学の試験が終わるまではまだよかった。だがそれらが終わって夏休みに入って、一緒にいる時間が長くなると杏は更に私に依存していった。私もそんな杏を突き放すことができずにずるずると関係を続けて。しまいには戦車道の練習まで休むようになってしまった。

 あのまま行けば私も杏も揃ってダメになっていた。そうなればもっと酷い結果になっていたかもしれない。だからむしろ悪いのは私の方だ。ペパロニが謝ることなんてない」

 

 安斎の言葉に嘘はないように見える。

 

 その一方で本音をすべて語っている訳でもないように思えた。

 

「でもな」

 

 果たして安斎の言葉には続きがあった。新しいグラスの中身をグイっと呷ると、己の内に溜まった毒を吐き出した。

 

「そこまでわかっていながらそれでも割り切れない自分がいるんだ。あいつは悪くないって分かっているのに、『お前が余計なことをしなければ』ってつい言いそうになった。ははっ、我ながら最低だな。自分の不甲斐なさを棚に上げて後輩に当たろうなんてさ」

「そんなことはない」

 

 自虐的に笑う安斎だが、私は笑う気にはなれなかった。

 

「“大切な人”の死をそんな簡単に割り切れるわけがない。そこで簡単に割り切れてしまうなら、その人のことを本当に大切だとは思っていなかったということだ。少なくとも私はそう思う」

 

 私の場合は事情が単純だった。みほを殺したのは私自身であり、他の人間を恨みようがなかった。だから私はエリカを責めなかった。

 だが思いが燻ぶっていたのも事実だ。

 みほが死んだのはエリカのせいではないと本心から思っているにもかかわらず、心のどこかで微かな苛立ちを感じていた。

 

 思えばエリカはみほが黒森峰にいた頃から何かとみほに食って掛かっていた。

 それを見て思うところはあった。だが何だかんだ言いながらもエリカがみほのことを認めていたのを私は知っていた。

 そしてだからこそ黒森峰を去ったみほが転校先で戦車道を続けている姿に裏切られた気持ちになったのだろう。そう考えれば文句の一つや二つ言いたくなるのも仕方のないことだと思える。

 ……それでも相手の学園艦に乗り込んでまでというのは流石にやり過ぎだが。

 何にせよエリカの気持ちも分からないでもないし、仮にみほの死に対してエリカに責任があったとしても、直接手を下した私にエリカを責める資格はない。そう自分を納得させた。    

 

 今ではもうエリカに対する蟠りも無くなったが、そうなるまではしばらく時間が掛かった。

 ましてや安斎の場合私よりも事情が複雑だ。

 安斎は角谷さんの死に直接責任があるわけではない。だから自分を責めるにしても限界がある。

 なら他者を恨めばいいかというとそう単純にも行かない。

 これが全く関係のない赤の他人であればそいつを憎めば済む話だ。だがペパロニもまた安斎にとっては大事な後輩だ。彼女とて安斎のためを思って行動しただけで、角谷さんに対して悪意があったわけではないだろう。恨むに恨めない、というのが辛いところだ。

 

「ペパロニか……」

 

 安斎はグラスを傾けながら、昔を懐かしむように遠い目をしていた。

 

「あいつの第一印象は最悪だったな。いきなり戦車道準備室に乗り込んできて勝負しろだの、負けたら手下になれだのと言ってきてな。最初は追い返そうとしたんだが、逃げるのかって言われて私もついカチンときちゃってさ。それであいつの乗る自転車と私が乗る戦車でレースで勝負することになったんだ」

 

 口出しせずに黙って安斎の話を聞いていようと思っていた私だったが、聞き捨てならない部分があって思わず口を挟む。

 

「自転車で戦車に挑んできたのか?」

「ああ」

「……正気か?」

 

 思わず呟いた私を責められる者はいないだろう。少なくとも戦車道を学んだ者ならそれがどれだけ無謀なことか分からないはずがない。

 

「私も勝負にならないって言ったんだがあいつは聞きやしなかったよ。こっちとしては手加減する理由もないから遠慮なく叩きのめしてやったんだが、あいつときたら負けを認めようとしなくて、その後も性懲りもなく何度も勝負を挑んできてな。しまいには土砂降りで雷まで鳴っている日までやって来て、その時は流石に止めたよ。

 それでもやるって聞かなくてどうしたものかと思ったんだが、腹を空かせているみたいだったから私が作った料理を食べさせてやったんだ。これで少しは落ち着くかと思って。そうしたらそれを偉く気に入ってくれてな。それがきっかけであっという間に打ち解けて、私のことを姐さんと呼び出して、戦車道を履修してくれることになったんだ。その後のことは……この前も少し話したっけな」

 

 ペパロニのおかげで初心を思い出すことができた。先日安斎がそう語っていたことを思い出す。

 

「その後もまあ色々あったんだが。素人だったあいつも指導の甲斐あってか、一年も経つと一人前の戦車乗りと言っていいレベルまでは成長したよ。そのご褒美、って訳でもなかったんだが名前を付けてやったら、お返しのつもりか私のことをアンチョビって呼んできたんだ。安斎千代美だからアンチョビ。安直な名前だろ?」

 

 そう言って安斎は苦笑した。その表情も声音も台詞に反して馬鹿にするような印象は全くなく、むしろ慈しむようなものだった。

 

「でも嬉しかったよ。これで私もようやくあいつの、アンツィオの仲間になれたって実感できた。やっと私の新しい戦車道を始められる。そう思ったんだ」

 

 大切な宝物を、壊れないようにそっと包み込むようなそんな優しい声だった。安斎は嬉しそうに、本当に嬉しそうに言葉を紡いだ。

 

「今の私があるのは、私の戦車道があるのはあいつのおかげなんだよ。いや、ペパロニだけじゃない。カルパッチョや、アマレットや、パネトーネや、ジェラートや、アンツィオの皆のおかげなんだ。

 だから私はアンチョビと名乗るんだ。安斎千代美じゃない。アンチョビでなきゃいけないんだ。あの日思い出した初心を忘れないためにも、な」

 

 いつからか安斎は自分を“アンチョビ”と名乗るようになっていた。

 中学時代から安斎を知っている私からすれば何故そこまでその名に拘るのか分からなかったが、そんな理由があったとはな。

 

「なら……私も今後はお前のことは“アンチョビ”と呼ぶべきかな?」

 

 安斎が望むなら、そう呼ぶのも吝かではない。

 ただ何となく寂しい気もする。

 安斎の今の戦車道を認めてもいいという気持ちに嘘はない。だが過去の安斎の戦車道を、中学時代に共に競い合ったあの日々を、無かったことにはしたくなかった。

 とはいえこれは私個人の我儘に過ぎない。安斎がアンチョビと名乗ると決めたのならその意志を尊重すべきではないか。

 

「好きに呼べばいいさ。“アンチョビ”でも、今まで通り“安斎”でも、お前が好きなように呼べばいい」

 

 そんな私の葛藤を知ってから知らずか、安斎はあっさりと言った。

 

「でも出来れば、お前にはこれからも“安斎”って呼んでほしい。矛盾しているのは分かっている。でもな、お前と競い合ったあの日々を無かったことにはしたくないんだ。我ながら勝手な話ではあるが……」

「いや」

 

 安斎の言葉に私は首を振る。

 安斎も私と同じ気持ちでいてくれた。あの日々を同じように大切に思ってくれていた。それがとても嬉しかった。

 

「私も同じ気持ちだよ」

 

 だから私はその思いを素直に口にした。

 安斎は私の言葉に目を見開いて固まっていたが、目を逸らすと「そうか」とだけ呟いて口を噤んだ。

 そのまま私たちはしばらくの間無言だったが、それに耐えきれなくなったのか安斎はわざとらしく咳払いをした。

 

「あ~、話が逸れたな。え~と、何だっけ? そうそうペパロニのことだったよな。……うん、だから、まあ、私はペパロニには感謝しているんだ。杏が自殺した責任がペパロニにあるとしてもだ。あいつが私の大切な仲間だっていう事実は変わらない。それにあいつも杏に対して悪意があった訳じゃない、私のためを思ってのことだってことも分かる。

 だから私としては、統帥アンチョビとしてはペパロニのことを許したいと、そう思っている。……思っているんだけどな……」

 

 ペパロニのことを許したい。だがどうしても割り切れない。結局は先程と同じ結論に行き着く。堂々巡りだ。

 

 アンツィオ高校の戦車道隊長、統帥アンチョビとしては許したい。

 

 だが角谷杏に恋をした安斎千代美としては許せない。

 

 どちらの気持ちを優先すべきなのか。

 

 そんな安斎の葛藤は私には心から理解できる。そして理解した上で何も言わなかった。

 何と言えばいいのか、何が正しいのかわからないというのもある。

 だがこれは安斎が自分で答えを出すべき問題だ。私があれこれと口出しすべきことではない。そう思ったから。

 安斎も私の助言を期待していた訳ではなかったのか、それ以上は何も言わなかった。

 代わりにタバコを取り出して封を開ける。

 

「まだやめてなかったのか」

「最後の一箱だよ」

 

 安斎はそう言いながら箱から取り出した一本を咥えてライターで火を点した。

 

「……これでやめられるかな?」

 

 私にはわからない。少なくとも安易に答えられることではないのはたしかだ。

 タバコにしても、角谷さんに対する思いにしても、ペパロニに対する思いにしても。そんな簡単に断ち切れるものではあるまい。

 

「やめた方がいい。健康に悪いからな」

 

 だから私は当たり障りのない言葉でお茶を濁す。

 

「手遅れになる前にやめられるならそれに越したことはない」

 

 私のようになる前にやめられるならその方がいいに決まっている。

 いや、絶対にやめるべきだ。

 私はすでに手遅れだが安斎はまだやり直せるはずだし、実際にやり直すことができたんだから。

 

「……ああ、そうだな」

 

 安斎はゆっくりと紫煙を吐き出しながら頷いた。

 

「けどな、西住。お前だってまだ遅くない。私はそう思うぞ」

 

 安斎の言葉に私はグラスを傾けるだけで答えを返すことはなかった。

 

 安斎もそんな私に対してそれ以上何も言わなかった。

 

 その後はこの前と同じようにお互いに特に言葉を交わすこともなく、それぞれの帰路に就いた。

 

 安斎と酒を飲み交わすのは楽しい。

 だが同時に辛くもあった。

 かつては同じ道を歩んでいたはずの私たちの道は、もう二度と交わることはないと思い知らされるから。

 

 分かってはいる。こんなことを考えるのは筋違いだということくらい。

 安斎はこんな私に今でも手を差し伸べてくれる。一緒の道を行こうと言ってくれる。それを振り払ったのは私なんだから。

 

 分かっている。分かっているのに。

 

 それでも一人で歩く帰り道は暗くてどこか心細くて。

 

 それがどうしようもなく悲しかった。




次回はまほと話す前の安斎千代美状態の時にペパロニが告白していた場合のifルートを投稿予定です。
タイトルは「安斎千代美はペパロニを許さない」です。

この小説に望むのは?

  • 救いが欲しいHAPPY END
  • 救いはいらないBAD END
  • 可もなく不可もないNORMAL END
  • 誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
  • 書きたいものを書けばいいTRUE END

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