見つけられなかった私の戦車道   作:ヒルドルブ

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この話には流血、殺人などの残酷な描写が含まれています。
苦手な方は閲覧注意です。
またアンツィオが大好きでアンツィオのキャラが不幸になるのは耐えられないという方は特に注意です。

ていうか投稿する段になって気付きましたが、よりによってペパロニの誕生日に何てモン投稿してんだ、俺は!
ペパロニファンの方、本当すみません!!


ifルート:安斎千代美はペパロニを許さない

【安斎千代美/アンチョビ視点】

 

「角谷さんが死んだのは私のせいなんです」

 

 格納庫で一人戦車の整備をしていた私に向かってペパロニはそんなことを言ってきた。

 

 大学に入ってからも私は自分の戦車は自分で整備するようにしていた。

 本来なら整備士に任せるべきなんだろうが、高校時代の癖が抜けなくて自分の戦車の整備は自分でやらないと気が済まなくなっていた。

 それに今は何かしていないと杏のことを思い出して気が滅入ってしまいそうだというのもある。

 そんな訳で、他の部員が全員帰った後も私は一人格納庫に残って戦車を整備していた。

 

 ペパロニが声を掛けてきたのはそんな時だった。

 杏が死んだのは自分のせいだと。

 自分が杏に私と別れるように言ったのが原因だと。

 自分が会ったその日の内に杏は自殺したと。

 私に向かって深々と頭を下げながら、ペパロニはそんな風に謝罪の言葉を繰り返した。

 ペパロニの言ったことを理解するのにしばしの時間を要した。理解するにつれて、自分の内でどす黒い感情が次々と溢れ出してくるのを感じた。

 

 お前か! お前か! お前のせいだったのか!!

 

 おかしいとは思っていたんだ。杏が私に何も言わずに突然自殺するなんて。朝まではいつも通りだったのに何故、と。

 何かあったんじゃないかと疑ってはいたが、最終的には私がもっと杏のことを気に掛けていればこんなことにはならなかったという結論に至った。

 だがやはり原因は別にあった。そしてその原因が今私の目の前にいる。

 

 許さない許さない許さない許さない許さない――。

 

 私の頭の中は目の前の女に対する憎悪で埋め尽くされていた。

 目の前には私から杏を奪った憎い仇が無防備にその頭部を晒していて。

 それを見て、そして私の手には先程まで整備で使っていたスパナが握られていて。

 

 気付けば私は手にしたそれを振り下ろしていた。

 

「が……っ!」

 

 鈍い音とともに硬いものを捉えた確かな手応えを感じた。

 目の前の女は呻き声を上げると、頭を押さえてその場に蹲った。私はそんな相手に構わずもう一発打撃を叩き込んだ。

 血飛沫が舞った。目の前の女は堪らず倒れ込んで悶え苦しむ。

 まだだ。まだ足りない。こんなものじゃ足りない。杏を死なせた報いはこんなものじゃ済まない!

 私は目の前の女の上に馬乗りになって相手を押さえ付けると更に殴り続ける。

 

「お前が! お前が余計なことをしなければ! お前のせいで!」

「ねえさ……ね、え……」

「ふざけるな! ふざけるなっ!! ふざけるなあああぁぁぁっ!!!」

 

 謝って済むはずがないだろう! 謝れば杏は生き返るのか!?

 

 そんな訳あるか! 杏はもう帰ってこない! 杏は二度と、私の下に帰ってくることはないんだ!

 

 私が作った料理を食べてくれることも、私に話しかけてくれることも、私に笑いかけてくれることもない!

 

 お前のせいだ! 全部全部お前のせいなんだ! 死んで償え!! あの世で杏と私に詫び続けろ!!

 

 私は怒りに任せて目の前の女を殴り続けた。何度も何度も何度も何度も――。

 

「アンチョビさん! やめてください! お願い、やめて!!」

 

 はっとして私は手を止めた。

 気付けば私はカルパッチョに羽交い締めにされていた。

 一体どういう状況だ? どうしてカルパッチョがここに? 何故私はカルパッチョに取り押さえられているんだ?

 

「ペパロニ! しっかり! しっかりして!」

 

 ペパロニ? ペパロニがどうかしたのか?

 そう思って声のした方に視線を向けると。

 

「……え?」

 

 血塗れの人間が一人、倒れていた。

 

「……ペパロニ?」

 

 一瞬誰だか分からなかった。

 だって顔が血で真っ赤に塗り潰されて見えなかったから。

 ……血? 何でペパロニが?

 ふと自分の右手に重く冷たい感触があることに気付いて私はそちらを見遣った。

 

 そこには血塗れのスパナが握られていた。

 

「ひっ!」

 

 私は思わず手に持っていたそれを放り投げると、ペパロニの体から逃げるように後退った。

 

 何で?

 

 何で何で何で?

 

 疑問符が頭を埋め尽くす。記憶が飛んでいて自分が何をしたのか思い出せない。

 でも目の前には血塗れで痙攣するペパロニがいて。

 私の手には血塗れのスパナが握られていて。

 そこから導き出される結論は――。

 

 まさか。

 

 私がペパロニを?

 

「あ……ああぁ……」

 

『たのもーー!!』

『……何だ、お前らは?』

『チームピカンテの総長様が直々に勝負を挑みに来てやったぜ! この辺りは私が片っ端から手下にした。最後はお前たちだ。負けたらお前たちはチームピカンテ戦車部だ!!』

『何だか分からんが、戦車道の履修希望者でないことだけは分かる。とっとと失せろ』

 

 嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ。

 こんなの嘘だ!!

 

『あ、ありえねえ……。この私が負けるなんて……』

『いや、戦車と自転車ならこうなるだろう? だが勝負は勝負だ。別に手下になれとは言わんから、さっさと――』

『認めねえ……こんな勝負認めねえ……。もう一回だ! 明日、もう一回勝負だ! 覚えてやがれー!!』

『二度と来るな!!』

 

 何でだ?

 何で、ペパロニが……。

 

『勝負だ!!』

『お前も毎日毎日飽きないな。しかもこんな大雨の日にまで』

『うっせえ! もう天下なんて関係ねえ。お前らに勝てれば、それでいい!』

『まあ、いいけどな。だが今日はやめておけ。戦車ならともかく自転車でこんな雨の中を走るのは危険だ』

『逃げるのか、テメ――』

『死にたいのか、お前?』

『う……』

『……分かった分かった。雨が上がったら勝負してやるからそれまで飯でも食って待っていろ』

『飯なんていらねえよ!』

『いいから。食ってけ』

『…………おお』

 

 何で?

 何を言ってるんだ。

 本当は分かっているくせに。

 ただ認めたくないだけなんだろう?

 安斎千代美(わたし)がペパロニを殺したということを。

 

『なあお前、戦車道やってみないか?』

『え?』

『……いや、すまん。忘れてくれ。私としたことが、一体何を言っているんだろうな?』

『いいっすよ』

『……何?』

『だからいいっすよ。やりますよ、その、戦車、道? とかいうの』

『何故だ?』

『何でって言われても……まあ強いて言うなら、今食わせてもらった飯がすげえ美味かったからって理由じゃダメっすかね?』

『何だそれは……』

『それにほら、負けたら手下になるって約束だったじゃないっすか』

『何度も負けを認めずに勝負を挑んできておいてよく言うな』

『細かいことはいいじゃないっすか! これからよろしくお願いするっす、姐さん!』

『誰が姐さんだ』

 

 違う!

 

 違わないさ。

 安斎千代美(わたし)はこいつが憎かった。許せなかった。

 安斎千代美(わたし)から杏を奪ったこいつを殺してやりたいと、そう思ったんだ。

 

 違う違う違う違う!!

 

『いや~、戦車に乗るのって楽しいっすね、姐さん!』

『楽しい? ……そんな甘ったれた考えで戦車に乗るな! いいか戦車道というのはだな……』

『んな小難しいこといいじゃないっすか~。やっぱ人生楽しまなきゃ損っすよ。楽しみながら天下を取るってのもいいと思うんすけどね~。ていうか姐さんは戦車に乗るの楽しくないんすか?』

『当たり前だ! いいか? 戦車道において楽しさなんてものは二の次だ。求められるのはまず勝利。勝たなければ意味がないんだ。楽しむ余裕なんてない!!』

『……』

『何だその目は? 何か言いたそうだな?』

『姐さん、何でそんな辛そうな顔してるんすか?』

『……何だと? 馬鹿を言うな。私はそんな顔してなんて――』

『してるっすよ。姐さん、私は何でそんなに姐さんが戦車道に必死なのかは分かんないっすけど、そんな顔してまでやらなきゃいけないものなんすか? 何で姐さんは戦車に乗ってるんすか?』

『何でって、そりゃ……。…………』

『姐さん?』

 

 現実を見ろよ。

 こうしてペパロニが目の前に倒れている。

 それがすべてだろう。

 

 違う! アンチョビ(わたし)は、こんなこと望んでいない!

 ペパロニは私の大事な仲間だ! それをこんな、こんな……っ!

 

『この前はすまなかったな』

『あ~、いえ。私の方こそ、何かすいません。変なこと聞いちまって……』

『いいや、お前は悪くない。お前の言ったことは正しいよ。

 そうだよな。戦車に乗るのって楽しいものなんだよな。私だって、戦車に乗るのが楽しかった、はずなんだよな。いつの間にかそんな当たり前のことすら忘れていた。お前のおかげで思い出せたよ、最初の気持ちってやつを。ありがとう』

『や、やだな~、やめてくださいよ姐さん。照れ臭いっすよ』

『いや、本当に感謝しているよ。お前にも、カルパッチョにも』

『ん? カルパッチョって誰っすか? え? 姐さんに名前を付けてもらったって? ええ~っ!? ずるいっすよ、カルパッチョだけ! 私にも名前付けてくださいよ、姐さん!』

『ダメだ。お前にはまだ早い』

『ええ~、そんな~!』

『でもそうだな……お前が一人前の戦車乗りになったら、付けてやってもいいかな』

『マジっすか!? やった! 約束っすよ!?』

『ああ。でも果たしていつになるかな?』

『この私にかかればすぐっすよ! 姐さん、バシバシ扱いてください!』

『ほう、言ったな? 言っておくが私の指導は厳しいぞ?』

『望むところっすよ、姐さん!』

 

 ああ、そうとも。

 アンチョビ(おまえ)ならペパロニを許しただろう。

 だが安斎千代美(わたし)は許さなかった。

 それだけのことだ。

 

『ね、姐さん……。ちょ、ちょい……タンマ……』

『どうした、もう限界か? この程度で音を上げるとは口程にもない』

『この程度……この程度って……。さっきからもう何時間もぶっ続けなんすけど……』

『言っておくがこれはまだ基礎の段階だ。こんなところで躓くようじゃ先が思いやられるな』

『ってこれでもまだ序の口なんすか!? 嘘だろ!? ってことはこれからもっとキツくなるってことじゃないっすか! そんなん無理っすよ、無理! 姐さんの鬼! 悪魔! 人でなし!』

『ほ~、まだそんな口を叩く余裕があるのか。じゃあもう1セット追加だな』

『うげっ!? そ、そりゃないっすよ~、姐さ~ん……』

『ほらほら無駄口を叩いている暇はないぞ。それとも諦めるか? 仮にもチームの総長を名乗っていた奴がそんな弱腰でいいのか?』

『姐さん! 人の黒歴史を掘り返さないでくださいよ! ……ああ、もう、わかりましたよ! やってやるよチクショー! 絶対認めさせてやる!!』

『その意気だ。……期待しているぞ』

 

 だが安斎千代美(わたし)アンチョビ(おまえ)でもある。

 直接手を下したのは安斎千代美(わたし)かもしれないが、アンチョビ(おまえ)安斎千代美(わたし)を止めなかった。

 安斎千代美(わたし)がペパロニを殺したというのなら、アンチョビ(おまえ)も同罪だ。

 

 私は……。

 アンチョビ(わたし)、は……。

 

『お前が戦車道を始めてからもうそろそろ一年か。早いもんだな。最初は素人だったお前も気付けば立派な戦車乗りになったな』

『そりゃあんだけ扱かれりゃ誰だってそうなるっすよ。もう二度とやりたくねえ……って、あ。じゃあ姐さん、私ももう一人前ってことっすか?』

『ああ、そうだな。お前ももう一人前の戦車乗りだ』

『よっしゃー!』

『何だ、随分と嬉しそうだな』

『そりゃそうっすよ! 姐さん。約束、忘れてないっすよね!?』

『約束?』

『名前っすよ、名前! 私が一人前になったら付けてくれるって言ったじゃないっすか!』

『ああ、そのことか。心配するな、既に考えてある。今日からお前は“ペパロニ”だ』

『“ペパロニ”?』

『お前が前いたチーム、ピカンテだったか? たしかイタリア語で“辛い”って意味だったからな。ピリッと辛い奴だから、“ペパロニ”だ』

『いい名前じゃん! 気に入ったっす、アンチョビ姐さん!』

『“アンチョビ”?』

『ほら、姐さんの名前って“安斎千代美”っすよね? いや~、前からもっとイカした名前の方がいいと思ってたんすよ。それで考えてみたんすけど、どうっす、か、ね……』

『……』

『ね、姐さん……?』

『…………』

『す、すいません姐さん! 調子乗ってました! 今のは忘れ――』

『“アンチョビ”……、“アンチョビ”か。うん、悪くない。悪くないぞ』

『へ?』

『これでようやく私もお前たちの本当の仲間になれた気がするよ。これからもよろしく頼むぞ、ペパロニ!』

『……はい! こちらこそよろしくお願いするっす、アンチョビ姐さん!!』

 

 いい加減認めろよ。

 

 やめろ。

 

 安斎千代美(わたし)が。

 

 違う。

 

 アンチョビ(わたし)が。

 

 違う!

 

“私”が。

 

 私は!!

 

 ペパロニを。

 

 私、は……。

 

 殺したんだ。

 

「あ…………。

 

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

          *

 

 

【カルパッチョ視点】

 

 コンコンとドアを叩くノックの音が響いて私は夢から醒めた。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

 気分はいつも通り最悪だった。最近寝起きはいつもこうだ。毎度毎度同じ内容の悪夢を見させられるから。

 

 そう。ペパロニとアンチョビさんが亡くなったあの日の夢を。

 

『角谷さんが死んだのは私のせいなんです』

 

 あの日、ペパロニがアンチョビさんに謝るのを私は離れたところで見守っていた。

 

『全部正直に話して謝りましょう』

 

 角谷さんが死んだのは自分のせいだ。

 ペパロニの懺悔を聞いた私は考えた末にそう提案した。

 最初ペパロニは渋っていたけれど、私は根気よく説得を続けて最終的には折れてくれた。

 本当は私も一緒に付いていけば良かったのかもしれない。でもペパロニは一人でいいって、自分一人で行かなきゃいけないってそう言って聞かなかった。

 私はそんなペパロニの意志を尊重して陰から隠れて見守ることにした。

 

 不安はあったけれどきっと大丈夫だと、私は信じていた。

 伊達に高校から一緒にいた訳じゃない。アンチョビさんとペパロニの絆の深さを私はよく知っていたから。

 アンチョビさんがゆっくりとペパロニに近づいていくのが見えた。

 そしてアンチョビさんは――。

 

 手にしたスパナをペパロニの頭に向かって振り下ろした。

 

 一瞬何が起こったか理解できなかった。そんな私を置いてけぼりにしてアンチョビさんはなおもペパロニを殴り続けた。

 今まで見たこともないような鬼の形相で、ペパロニに対する怨嗟の声を撒き散らしながら何度も何度も――。

 

 そこで私はようやく我に返った。

 

『アンチョビさん! やめてください! お願い、やめて!!』

 

 私は隠れていた物陰から飛び出してアンチョビさんを押さえ付けた。

 アンチョビさんが本気を出したら私一人じゃ止められない。それは分かった上で私は必死にアンチョビさんを止めた。

 幸いアンチョビさんは私の声で正気を取り戻したのか、すぐに止まってくれた。

 それにほっとしたのも束の間、私は今度はペパロニに向き直った。

 

『ペパロニ! しっかり! しっかりして!』

 

 ペパロニからの返事はなかったが、辛うじて息はあった。

 それを見て取って私はひとまず安堵したが、それでも危険な状態には変わりなかった。ペパロニは完全に意識を失っていたし、息も絶え絶えの状態だった。

 とにかく救急車を呼ばないと。そう思って携帯を取り出したところで――。

 

 突然アンチョビさんの叫び声が聞こえた。

 

 驚いて振り向いた私の前でアンチョビさんはゆっくりと、まるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 

『アンチョビさん!?』

 

 私は急いで駆け寄るとアンチョビさんの体を抱き起こしたが、何度呼び掛けても反応がなかった。

 

 それどころか息をしていなかった。

 

『え……?』

 

 私は呆然としながらアンチョビさんの手首に触れた。

 

 脈がなかった。

 

 どうして? 何でアンチョビさんが? だってさっきまでアンチョビさんは元気で、それが、何で?

 

 目の前の現実に頭が追い付かなかった。

 あまりに予想外のことの連続で私は頭の中が真っ白になってしまって……。

 結局騒ぎを聞きつけた先輩たちがやって来るまで、私はその場で呆然と座り込むことしかできなかった。

 

 その後病院に運ばれた二人は治療の甲斐なく亡くなった。

 そしてあの事件以降、戦車道部は無期限活動停止になった。

 部員が二人亡くなった、それだけでも十分不祥事だけれど、それが殺人事件となれば尚更だ。私という目撃者がいた上に、現場に落ちていたスパナからはアンチョビさんの指紋が検出されたらしい。

 将来的には廃部になるのではないかという噂もあった。

 

 でもそんなことはどうでも良かった。

 私にとって重要なのはペパロニとアンチョビさんが二人とも亡くなったという事実だけだ。

 それも私のせいで。

 

『大丈夫よ。アンチョビさんは優しいから、きっと許してくれる。一人で行くのが怖いなら私も一緒に行ってあげる。だから、ね?』

 

 何で。

 

 何で私はあんな無責任なことを……!

 

 私は思わず苛立ち交じりに壁を殴りつけた。

 

「ひなちゃん!?」

 

 ドアの向こうからたかちゃんの戸惑う声が聞こえたかと思うと、続いてドアを開く音が聞こえた。

 

「ひなちゃん! どうしたの!? 大丈夫!?」

「何でもない」

「何でもないって……」

「何でもないって言ってるでしょ!!」

 

 私が怒鳴って言葉を遮ると、少し間を置いてたかちゃんの「ごめん」という声が聞こえてきた。

 大学入学を期にたかちゃんは私とルームシェアをしていて、あの事件以降部屋に引き籠ってしまった私の世話をしてくれていた。

 それには感謝している。でも今はその気遣いが煩わしかった。頼むから今は一人にしてほしい。

 

「えっと、さ。お粥作ったけど、どう? 食べられそう?」

 

 ベッドの上で膝を抱えて座り込んでいる私に対して、たかちゃんは湯気を立てる土鍋をテーブルに置きながら言った。

 私はそれを一瞥してふるふると首を振る。

 たかちゃんは「そっか」と残念そうに呟いた後、「食べたくなったら食べて。一口でもいいから」と付け加えた。私はそれに対して無言で返した。

 

 もう用は済んだはずだ。早く出て行ってほしい。

 そう思っているのに、たかちゃんは一向に立ち去る気配がなかった。

 

「……まだ何かあるの?」

「その、さ。元気出して、ひなちゃん。あんなことがあったんだから無理もないけど、いつまでもそうしてる訳にもいかないでしょ? 今はまだ無理かもしれない。でもちょっとずつでいいから外に出よう? 私もできることがあったら協力するから」

「無理よ、そんなの」

 

 ペパロニもアンチョビさんも私のせいで亡くなった。

 私が無責任なことを言わなければあんなことにはならなかった。

 私は人殺しだ。

 そんな私にはこのままこの暗い部屋で朽ち果てていくのがお似合いなんだ。

 

「ひなちゃんの気持ちは分かるけど――」

「分かる?」

 

 何を言ってるの?

 

「たかちゃんに何が分かるの?」

 

 そうだ、分かる訳がない。

 

「たかちゃんには分からないわ、私の気持ちなんて! 知ったようなこと言わないで!!」

 

 私は俯けていた顔を上げて感情に任せて叫んだ。

 そうして初めて真っ直ぐたかちゃんの顔を見て。

 

 そして後悔した。

 

 私の言葉に辛そうに顔を歪めるたかちゃんを見てしまったから。

 

「あ……ごめ……私……」

「ううん、私こそごめんね。ひなちゃんの気持ちも考えないで勝手なこと言って。本当に……っ!」

「あ、待って、たかちゃん!」

 

 私の制止する声を無視してたかちゃんは家を飛び出した。

 私も慌てて後を追い掛ける。けどずっと引き籠っていたせいで体力が落ちしまっていて追い付けない。それどころかどんどん引き離されてしまう。

 それでも私は必死に走って走って走って――。

 限界を迎えて、足が縺れて転んでしまった。

 受け身も取れずに思い切り転んだせいで体中が痛かった。それでも痛みに耐えながら何とか立ち上がる。

 顔を上げるとたかちゃんの姿は既に見えなくなっていた。

 

「……何やってるんだろう、私……」

 

 たかちゃんは私のことを心配してくれただけなのに。

 それなのに私は八つ当たりして、挙句の果てに私の気持ちなんて分からない、なんて無神経なことまで言ってしまった。

 たかちゃんだって西住さんが亡くなった時に同じように辛い思いをしたはずなのに。

 アンツィオに転校してきてからもずっと元気がなくて。戦車道もやめてしまって。

 それでも最近はようやく元のたかちゃんに戻ってくれていたのに。

 自分の身勝手さに嫌気が差す。

 

 ふと自分の姿を見下ろす。

 着替えもせずに出て来たせいで服は部屋着のままだ。その服も転んだせいであちこちが汚れていた。

 でもそれ以上に酷いのは中身の方だった。ペパロニとアンチョビさんが亡くなったあの日以来私は心も体もボロボロになっていた。

 

 あの日以来私は碌に眠れない日々を過ごしていた。眠ると悪夢を見るから。二人が死ぬ場面を延々と見させられるから。

 かと言って起きている時も二人の姿が頭から離れることはなかった。

 逃げ場はどこにも無かった。

 食事もほとんど喉を通らず、部屋から出ずに引き籠り続けた。

 たかちゃんはそんな私を心配してずっと傍にいてくれた。でも私はそんなたかちゃんにすら当たり散らしてしまった。

 そして今。私は自分が傷付けてしまったたかちゃんを追いかけることもできずに、当てもなく外を彷徨い歩いている。

 これからどうしよう。どうすればいいんだろう。いくら考えても答えは出ない。頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられない。

 そんな風にぼーっとしたまま歩き続けて。

 

 突然鳴り響いたクラクションの音に我に返った。

 

 次の瞬間やって来たのは衝撃、浮遊感、また衝撃、そして激痛。

 

 何が起きたのか分からなかった。

 頭が割れるように痛い。ううん、頭だけじゃなく体中至る所が痛くて痛くて堪らなかった。

 何で? 何があったの?

 混乱する頭を何とか落ち着かせて直前の状況を懸命に思い出して。

 

 そして理解した。自分が撥ねられたということを。

 

 理解した途端私はまるで他人事のように自分の状態を冷静に分析していた。

 私、死んじゃうのかな。頭から落ちたみたいだし、きっと助からないだろうな。そりゃ痛いに決まってるわね。割れるように痛いどころか本当に割れてるんだもの。

 これから死ぬというのに冷静にも程があるとは思う。

 私だって死ぬのが怖くない訳じゃない。

 でもこれで楽になれる、もう思い悩むこともない、悪夢に魘されることもない、やっと解放される。そう思うといっそ安らかな心持ちだった。

 こんな簡単なことに気付かないなんてやっぱり私はどうかしてた。もっと早くこうしていればよかったのに、どうしてしなかったのか。

 

 そこまで考えたところでたかちゃんの顔が頭に浮かんだ。

 

 そうだ、たかちゃんに謝らないと。

 たかちゃんは優しいから、私が死んだら悲しむだろう。あんな風に喧嘩別れしたままなら尚更。

 せめて一言謝りたい。死ぬにしても最期にそれだけは。

 そう思って起き上がろうとしても体が言うことを聞かなかった。

 辛うじて動くのは指だけだった。見るとその指は私の血で汚れていた。

 ならば、と私は最後の力を振り絞って地面に血で文字を書いた。

 

 ご

 

 め

 

 ん

 

 そこまでが精一杯だった。もう指一本動かすことすらできない。

 もっとちゃんと謝りたかったな。

 ごめんなさい、たかちゃん。

 貴方を残して死んでしまう私を許してください。

 

 心の中で謝ったところでどうしょうもないけれど、それでも謝らずにはいられなかった。

 でももうこれで思い残すことはない。

 いや、たかちゃんと仲直りできなかったのは心残りではある。たかちゃんを残して死んでしまうことに対して申し訳ない気持ちはある。

 でももう疲れてしまったんだ。

 ペパロニとアンチョビさんを死なせておきながら、一人のうのうと生き続ける罪悪感を抱えて生き続けるのにはもう耐えられない。

 

 だから。

 

 もう、休ませてください。

 

 ああ、何だろう。この所全然眠れなかったからかな、すごく眠い。先程まで感じていた痛みももう全く感じない。これなら久しぶりにぐっすり眠れる気がする。

 そして私は眠気に誘われるままに瞼を閉じた。

 

 最期に脳裏を過ったのはアンツィオ高校で過ごした日々だった。

 

 アンチョビさんがいて、ペパロニがいて、皆がいて。今までの人生の中でも一番楽しかった日々の思い出だった。……って言ったら、たかちゃんは嫉妬しちゃうかな。

 ……死後の世界なんてものが本当にあるのかは分からないけれど。

 あったらいい、あってほしいと切に願った。

 だってそうすればまた二人に会えるんだから。

 

 ごめんなさい、ペパロニ。

 

 ごめんなさい、アンチョビさん。

 

 今、会いに行きます。




別名「アンツィオ高校隊長陣全滅ルート」です。
あれです、ノベルゲームで言うところの選択肢ミスった結果のBAD ENDというかDEAD ENDルートです。
分岐条件は「ペパロニの懺悔を聞いたカルパッチョがペパロニにアンチョビに謝るよう促す」ことと、「安斎千代美が格納庫で整備中にペパロニが己の罪を告白する」の二つです。

アンチョビの死因はいわゆる発狂死です。
正確には発狂死という死因はないらしいので、過度なストレスによるアドレナリンの急激な上昇が原因の心停止とかそういう感じでしょうか。
生憎と専門家ではないので詳しいことは分かりませんが。
逮捕された後に獄中で自殺とかも考えましたが、何かしっくりこなかったのでこういう形に。

それと今回思うところがありましてアンケートを設置しました。
ご回答いただければ幸いです。
当小説は何の救いもないBAD END or DEAD ENDを迎える人もいますが、救える人はできるだけ救いがあるHAPPY ENDを迎えられるようなTRUE ENDを目指しています。
ただし今回のアンケートの結果次第では、今回のようなifルートという形で他のエンディングも投稿していこうかと思いますのでよろしくお願いします。

この小説に望むのは?

  • 救いが欲しいHAPPY END
  • 救いはいらないBAD END
  • 可もなく不可もないNORMAL END
  • 誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
  • 書きたいものを書けばいいTRUE END

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