見つけられなかった私の戦車道   作:ヒルドルブ

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ダー様の誕生日をお祝いしたり、ぱんあに参加して同人誌買い漁ったり、チョビの誕生日をお祝いしたりしていたら遅くなりました。

今回はミカさんのお話。
継続高校の隊長、一体何流なんだ……(棒)。
まあぶっちゃけるといわゆる島田ミカな訳ですが。
苦手な方はご注意ください。
しかしドリタンの会話を見る限り公式では島田ミカは無さそうかなあ……。


Who am I?

【×××ミカ視点】

 

『××流は×××に継がせます。だから貴方はもう××流の戦車道を続ける必要はありません。来年からはこの家を離れて学園艦で暮らしてもらいます』

 

 それは12歳の冬の出来事だった。

 母から呼び出しを受けた私は唐突にそんなことを告げられた。

 最初何を言われたのか理解できなかった。目の前の女が、母がそんなことを言うなんて当時の私には想像もできなかったから。

 

 母は優しい人だった。

 私が生まれた××家は戦車道の名家で、××流と言えば日本において西住流と並んで由緒ある流派だった。そんな家のそれも本家の長女として生まれた私には、当然ながら××流を継ぐ義務があるはずだった。

 けれど母は私に××流の戦車道を強制したりはしなかった。勿論物心ついた頃から戦車には乗っていたが、××流に囚われずに伸び伸びと戦車に乗らせてもらっていたと思う。

 周囲の人間がそれをどう思っていたかは分からないが、少なくとも私は幸せだった。ただ大好きな戦車に乗れて、大好きな母と一緒にいられるだけで幸せだった。

 

 けれどそんな幸せな時間は突然終わりを告げた。

 妹が生まれたことによって。いや、正確に言えば妹が戦車に乗るようになってからだ。妹は紛れもなく天才だったから。

 

 妹に戦車の才能があるとわかると、周りの大人はすぐに私を妹と比較し、こぞって妹を誉めそやした。

 妹は天才だと。

 妹こそ××流を継ぐに相応しいと。

 別に××流になんて興味はなかった。だから妹が××流を継ぐというならそれでいいと思っていた。

 それでも常に妹と比較されて貶されるのは気分のいいものではなかった。

 それが原因で妹を疎ましく思っていた時期もあった。でもあの娘は無邪気に私に懐いていたし、私が邪険にすると、とても悲しそうな顔をした。

 そんな姿が見るに堪えなくて結局私は暇があれば妹の相手をしていた。何やかや言っても妹のことは嫌いではなかったし、一緒にいると心が安らいだのも事実だった。

 

 それでも日に日に鬱憤は溜まっていった。

 それは何も妹の存在だけが原因じゃなかった。私はいつしか戦車に乗ることに息苦しさを感じるようになっていた。

 初めはただ戦車に乗れるだけで楽しかったのに、いつしか妹には負けられない、結果を出さなきゃならない、とそんな風に自分を追い込んでしまっていた。

 もうやめたいと何度も思った。それでも我慢して××流の戦車道を続けてきたのは、頑張ってきたのは母のためだった。母の期待に応えたい。その一心で私は××流の戦車道を続けてきた。

 

 でもそんな私に対して母は言ったんだ。

 

 私はいらないと。××流に私は必要ないと。

 

 それまで私がやってきたことはすべては無意味だったと、そう言われた気がした。

 

 母は優しい人だと思っていた。周りの××流の連中とは違う、才能があろうとなかろうと私のことを愛してくれる、たとえ私に戦車の才能が無くても見捨てたりしない。そう信じていたのに。

 

 あの女は、そんな私の気持ちを裏切ったんだ!

 

 私は気付けば目の前の女に掴みかかっていた。そして感情に任せて喚き散らした。

 しかしあの女は私の言葉を冷たく受け流した。

 私は母がそんな反応をするのが信じられなくて、悲しくて、そして怖かった。

 私はそのまま執務室から逃げるように飛び出して、自分の部屋に閉じ籠った。

 

『姉様……?』

 

 部屋の隅で膝を抱えて蹲っていると不意に声を掛けられた。それに反応して顔を上げて、妹の姿が視界に入った瞬間。

 私の内にどす黒い激情が湧き起こってきた。

 

 こいつだ。こいつのせいで私は……っ!

 

 私は怒りに任せて拳を振り上げて――。

 

 目の前の妹の姿を見て、振り下ろす寸前で止めた。

 

 妹は怯えていた。

 いつも持ち歩いていたあちこちに包帯を巻いたクマのぬいぐるみ――たしかボコと言ったか――を抱き締めながら、体を震わせて俯いていた。

 

『ごめん、なさい……』

 

 震える声で呟く妹の姿を見て私の頭は急速に冷えていった。俯いていたため妹の顔は見えなかったが、見なくても分かった。

 妹は、泣いていた。

 

『……何で×××が謝るんだい?』

 

 一体何を謝ることがあるのか。むしろ謝るべきなのは私の方だ。

 妹に八つ当たりのように気持ちをぶつけて、怖がらせて、理不尽に暴力を振るおうとしていたというのに。

 

『だって……姉様、すっごく、怖い顔、してたから。私が、何か、しちゃったんじゃ、ないか、って……』

 

 しゃくりあげながら、途切れ途切れに話す妹を見て。

 私は振り上げた拳を開いてゆっくりと妹の頭に近付けた。

 妹はびくりと体を震わせたけれど、私はそれに構わずに妹の頭に手を乗せると安心させるように頭を撫でた。

 私が危害を加える気がないと分かると次第に震えも収まり、妹は恐る恐る顔を上げた。涙でくしゃくしゃになった妹の顔を見て私は途端に罪悪感に苛まれた。

 

 私は何をしているんだ。妹は悪くないのに。

 悪いのはいつも私を妹と比較してきた××流の連中だ。

 私をいらないと言ったあの女だ。

 そして。

 周りの期待に応えられなかった私自身だ。

 私はその場で妹を抱き締めて泣き止むまでずっと頭を撫で続けた。

 

 その後私は継続高校の学園艦に移り住み、××流と袂を分かち自由の身になった。

 ただし××の家を離れてからも戦車道は続けていた。

 単純に戦車自体は好きだったからというのもあるが、妹と約束したからというのも大きい。

 

『もう会えないの?』

 

 あれは××の家を出る時のことだ。

 ポロポロと涙を流しながら、私の服の裾を掴む妹の姿には胸が詰まった。私はしゃがんで妹と目線を合わせると、涙を拭ってあげながら優しく語りかけた。

 

『お互いに戦車に乗り続けていればいつかまた会えるさ。今は道が分かれてもきっとその道が交わる時が来る。だから悲しむことなんてないんだよ』

『本当に? 本当にまた会える? 姉様は戦車道をやめたりしない?』

『うん、やめたりなんかしないよ』

 

 安心させるように微笑みながら頭を撫でると、妹はおずおずと小指を差し出してきた。

 

『約束』

 

 私はその小さな指に自分のそれを絡ませて指きりをした。そうして再会を誓って私は妹と別れて××の家を出た。

 

 妹の噂は××の家を出ても自然と耳に入ってきた。

 大学に飛び級で入学しただの、大学選抜の隊長に選ばれただのと、××流の後継者に相応しい華々しい活躍ぶりだった。

 私はそんな妹の活躍を耳にするたびに劣等感に苛まれて、いつしか妹に関する情報を完全にシャットアウトするようになってしまった。

 いつかまた会える、などと言っておきながら薄情だとは思ったが、あれ以上妹との差を見せ付けられると妹のことを嫌いになってしまいそうだったから。

 特に中学まではまだ×××ミカと名乗っていたため、私が××流の関係者ということは周囲の人間には筒抜けだった。そのせいであれこれと根掘り葉掘り聞かれたことも影響しているだろう。

 

 それが嫌になって、高校に入ってからは私は名前を捨てて名無しで通すことにした。そのせいかは分からないが、高校ではありがたいことに誰も私の過去については詮索してこなかった。

 戦車道の訓練が始まると、名無しでは不便ということで実の名前から二文字取って“ミカ”と呼ばれるようになった。

 誰が呼び出したかはもう忘れてしまったが、初めてそう呼ばれた時はとても嬉しかったのだけは覚えている。

 ××流なんて関係ない、ただの“ミカ”という一人の人間として認められたように感じたから。

 それに戦車に乗るのも楽しかった。××の家にいた頃はあんなに息苦しく感じていたのが嘘みたいに。

 戦車に乗っている時だけは嫌なことをすべて忘れられた。

 ××流のことも、あの女のことも、妹のことも、何もかも全部。

 

 そして継続高校に入って二年目の春。黒森峰との練習試合で私は出会った。

 西住みほさんに。

 出会った、と言っても正確には彼女と会うのは初めてではなかった。彼女とは××の家にいた頃に何度か会ったことがあったから。

 しかし残念ながら、あるいは幸いにもと言うべきか、彼女は私に気付かなったらしい。

 あるいは覚えていなかったのかもしれない。無理もない。会ったことがあると言ってもお互い小さい時に少し顔を合わせたことがあるという程度のものだ。私だってあの頃のことは正直うろ覚えだった。

 

 ただそれでもみほさんがすっかりと変わってしまったことだけは分かった。

 小さい頃のみほさんは活発で悪戯っ子な一面があり、何事にも積極的で誰とでも仲良くなれるような明るい娘だった。

 それが黒森峰では随分と大人しくなっていた。年相応に落ち着いた、と言われればそれまでだ。けれど他人の顔色を伺いおどおどする様は、そんな好意的な解釈ができる変わりようではなかった。

 もっともみほさんだけではなく周りの人間もみほさんからは一歩引いている印象を受けたが。

 

 何より一番変わったのは戦車に乗っている時の雰囲気だった。

 昔の彼女は戦車に乗るのを心から楽しんでいたというのに、黒森峰で見たみほさんにその面影は欠片も残っていなかった。ただ忠実に西住流の戦車道を実行するだけの機械に成り下がっていた。

 その様を見て私は思った。何て窮屈そうに戦車に乗っているんだろうと。まるで昔の私のようだ、××の家にいた頃の私のようだと。そんな風に彼女に自分自身を重ねてしまっていた。

 

 しかしそれは私の思い違いだった。

 私がそれに気付いたのはそれから数ヶ月後のことだった。

 

 第62回戦車道全国高校生大会決勝戦。黒森峰にとっては10連覇が懸かった大事な一戦だった。

 試合前の予想では黒森峰が有利と言われていたが、実際に試合が始まると予想に反して黒森峰は苦戦を強いられていた。

 そんな中、本隊と別行動を取っていたフラッグ車を含めた数輌が攻撃を受けて。

 

 そしてあの事故が起こった。

 

 フラッグ車の護衛の車輌が一輌、川に滑落したんだ。

 

 ただでさえ足場が悪い隘路を進んでいて、しかもあの日は雨が降っていた。そんなところに砲撃を受ければああもなるだろう。そして滑落した戦車は見る間に川の底へ沈んでいった。

 すぐに救助に向かわなければ危険だ。いやそもそもまずは試合を止めるべきじゃないのか。そんなことを考えていると予想もつかない事態が起こった。

 

 誰あろう西住みほさんが川に落ちた戦車の救助に向かったんだ。

 

 彼女はフラッグ車の車長だったにもかかわらず、だ。

 

 彼女は勝利を捨ててまで、悲願の10連覇を捨ててまで仲間を助けることを優先したんだ。

 

 その時になって私はようやく自分の勘違いに気付いた。彼女は私と似ているなんて、あまりにも失礼な思い違いだった。

 彼女は私とは違った。私なんかよりもずっと強い娘だった。西住流という鎖に繋がれながらも決して自分の道を曲げなかった。自分の想いを、自分の戦車道を貫き通したんだ。

 

 翻って私はどうだ?

 私は逃げ続けてばかりじゃないのか?

 ××流からも、母からも、妹からも。嫌なことからはすべて目を背けてばかりじゃないのか?

 私は急に自分が情けなくなった。

 

 3年生が引退すると私は戦車道の隊長に就任した。

 最初は引き受ける気はなかった。でもいつまでも嫌なことから逃げてばかりではいけない。せめて少しずつでも自分を変えたいと思ったから。

 

 あの決勝戦以降、黒森峰でみほさんの名前を聞くことはなかった。噂では敗戦の責任を取らされてどこかに転校したのではないかという話だった。

 私はその噂を聞いて無性に腹が立ったのを覚えている。

 たしかに彼女のあの行動は西住流の流儀には反するものだったのかもしれない。

 しかし戦車道という武道を学ぶものとして、一人の人間としては正しい行動だったはずだ。

 

 そんなに連覇を逃したのが許せないのか?

 

 勝利がそれ程までに大事か?

 

 人の命よりも?

 

 それが黒森峰の、西住流の戦車道だとでも言うのだろうか?

 

 西住流といい、××流といい、そんなカビが生えた時代遅れの考えをいつまで続けるつもりだ?

 

 そしてそんな骨董品を守るために、何故彼女が犠牲にならなければならない?

 

 そんな風に苛立ちが募ったが、みほさんに対して私にできることなど何もなかった。それがまた歯痒かった。

 もう彼女が戦車に乗る姿を目にすることはないと思うと寂しくもあったけれど、同時にそれもいいかもしれないとも思った。

 彼女は西住流から、戦車道から自由になれた。もう思い悩むことはない。きっとこれからは戦車とは無縁な楽しい人生を送れるに違いないとそう考えていた。

 

『大洗女子学園、8番!』

 

 全国大会の抽選会の会場でみほさんの姿を見つけるまでは。

 

 まさか彼女が戦車道を続けているとは思わなかった。それも戦車道が廃止されて久しい大洗で。

 何故彼女が転校した先で戦車道を続けているのか。それは分からなかったが、まだ彼女が戦車道を続けているという事実が私は嬉しかった。

 とはいえ一回戦の相手は強豪サンダース。恐らくは初戦で即敗退となるだろうと思っていたが、そんな予想を裏切って大洗は快進撃を続け、遂には決勝戦にまで駒を進めた。

 そして決勝戦でも大洗はそれまでの戦いがまぐれではないと証明するように、あの黒森峰を相手に互角に渡り合っていた。

 最初こそ黒森峰の奇襲に慌てふためいていたが、その混乱が収まると奇想天外な策の数々で黒森峰を翻弄した。

 

 しかしその後市街地に向かって川を渡る最中に事故は起きた。

 恐らくエンジンのトラブルだろう、一台の戦車が停止してしまったのだ。

 

 まるで前年の決勝戦の再現だった。

 放っておけば戦車が横転してしまうかもしれない。しかし後ろからは黒森峰の本隊が迫っていて、救助に向かえばその間に追い付かれてしまうかもしれない。

 味方を置き去りにするか、危険を覚悟で救助に向かうか。

 大洗は選択を迫られていた。

 

 彼女は、みほさんはどうするのだろう?

 

 勿論本心では助けたいと思っているはずだ。しかしそうして自分の心に従った結果、彼女は黒森峰で戦犯として周囲から非難の目に晒されることになった。

 勿論大洗と黒森峰では事情が全く違う。

 別に連覇が懸かっている訳ではないし、流派を背負って戦っている訳でもない。20年ぶりに戦車道を復活させた大洗からすれば準優勝でも充分過ぎる結果だ。ならば負けたところで大した問題ではないし、誰も彼女を責めはしないだろう。

 それでも自分の行動の結果、周りから受けた仕打ちを忘れられはしないだろう。それでも彼女は選べるのだろうか?

 そんなことを考える私の目の前、試合を中継していたモニタで動きがあった。そこにはみほさんが命綱を付けて戦車から戦車へと飛び移る姿が映し出されていた。

 

『それが君の戦車道か』

 

 知らず私はそんな呟きを漏らしていた。

 

 彼女は同じように仲間を助けることを選んだ。

 人として当たり前のことをしたにもかかわらず周りから責められて深い傷を負った。それでも故郷から遠く離れた地で戦車道を続け、再び自分の道を貫き通した。

 私はそんなみほさんに対して改めて尊敬の念を抱いた。彼女の一挙手一投足に目が離せなくなっていた。

 

 その後みほさんは無事仲間を救出し、市街地へと辿り着いた。市街戦ではあのマウスを撃破し、黒森峰の戦力を分散して最終的にはフラッグ車同士の一騎討ちにまで持ち込んだ。

 どちらが勝ってもおかしくない、そんな緊迫した戦いを繰り広げて。

 そして。

 

『大洗女子学園フラッグ車走行不能! よって黒森峰女学園の勝利!』

 

 みほさんは後一歩及ばず敗北した。

 

『あーあ、負けっちゃったね……。あとちょっとだったのに』

『勝ち負けは戦車道においてそんなに大事なことなのかな?』

 

 一緒に観戦していたアキの残念そうな声を聞いて、私は即座に反論していた。

 たしかに結果だけ見れば残念だと言わざるを得ないだろう。勝利まで後一歩というところまで行ったことを考えれば尚更だった。

 しかしそんなことは些細なことだ。大した問題じゃない。彼女は、みほさんは自分の戦車道を最後まで貫き通したんだから。

 

『戦車道は人生の大切な全てのことが詰まってるんだよ』

 

 それまで私は戦車道というものに失望していた。

 ××の家にいた頃に私が受けた仕打ち。仲間を助けたみほさんに対する糾弾。そんな身勝手な大人たちが生み出す戦車道の闇ばかり見せられていたから。

 それでもこの日の試合で私はそんな闇の中に一筋の希望の光を見た気がした。 

 彼女なら私に道を示してくれる。

 彼女が巻き起こす風が私を高みへと連れて行ってくれる。

 そう思っていたんだ。

 

 みほさんが自殺したと聞くまでは。

 

 みほさんの自殺の原因については様々な噂が流れていた。その中で最も信憑性があるものとして、大洗女子学園が廃校になることに対して責任を感じたが故、というものがあった。

 大洗女子学園は廃校が決定していたが、戦車道の全国大会で優勝すれば撤回するという約束だったらしい。

 何故みほさんが大洗で戦車道を続けているのか疑問だったがそれで納得がいった。きっと彼女は大洗女子学園が廃校になるのを黙って見ていられなかったのだろう。黒森峰で川に落ちた仲間を助けた時のように。そしてまた同じように彼女一人が犠牲になってしまった。

 私はみほさんの周りの人間に対する憤りを覚えた。本来彼女は大洗女子学園とは無関係な人間だ。そんな彼女一人に責任を背負わせておいて他の連中は何をしていたのかと。

 

 でも私にとって一番許せなかった噂は別にあった。

 

 それは。

 

 みほさんが自殺したのは西住家を勘当されたから、というものだった。

 

 その噂を耳にした時、私はどんな顔をしていたんだろう。私の顔を見たアキとミッコの怯えた顔が今でも忘れられない。

 今ではよく覚えていないが、少なくとも腸が煮えくり返っていたのはたしかだ。思わず弾いていたカンテレを叩き割ってしまいたい衝動に駆られる程度には。

 

 みほさんの自殺以降、私はそれまで以上に戦車道に打ち込むようになった。

 何もかもが憎かった。

 西住流も、××流も、いっそ日本の戦車道も、何もかも全部壊してしまいたい、そんな風に考えるようになった。

 そうして戦車道に打ち込んだ結果、推薦で大学に入学して、一年でレギュラーにも選ばれた。

 

 私はやれる。××流に縛られていた頃とは違う。私は私の戦車道で必ずあいつらに引導を渡してやると勢い込んでいた。

 

 しかしそんな私の自信は完璧に打ち砕かれた。

 

 西住まほさんによって。

 

 レギュラーに選ばれて初めての大会で私のチームはまほさんのチームと対戦することになった。まほさんは私と同じように一年生ながらレギュラーに選ばれていた。そんなまほさんの車輌と私は試合中に一騎討ちになり。

 

 そして私は手も足も出ずに負けた。

 

 それまで積み上げてきたものが一瞬で崩れ去ったような気がした。

 私は妹とは違う、才能なんてないただの凡人だ。そんなことは分かっていた。それでも自分なりに努力してきたつもりだったし、結果を出してきたつもりだった。

 けれどまるでそんなものは無意味とでも言わんばかりに、完膚なきまでに叩き潰された。力の差を見せつけられた。

 私はそんな現実を受け止められなくて、認めたくなくて。

 試合が終わるまでの間、白旗を上げる戦車の中で蹲り続けるしかなかった。

 

 試合後、私はチームの輪から離れて一人試合会場になった森の中で佇んでいた。

 気持ちを整理するためにも一人になりたかった。チームメイトの中には心配して声を掛けてくれる人もいたが、私はそれを一切無視した。口を開けば何を言ってしまうか分からなかったから。

 そうして何をするでもなく目を閉じて心を落ち着けようとしていると、背後から近付く足音に気付いて振り返った。

 やって来たのは、まほさんだった。

 

『久しぶりだな、×××ミカ』

 

 何故彼女がここにいるのか。身構える私に対して、まほさんは平然と爆弾を投下してきた。

 どうやらみほさんと違いまほさんは私のことを覚えていたらしい。……できれば忘れていてほしかったが。

 周りに人がいなくてよかったと心底思った。その名前で呼ばれるのを誰かに聞かれたくはなかったから。

 

『私は×××ミカじゃない』

 

 その名前で呼ばれたのは久しぶりだったが、私の胸の内に湧き上がってきたのはどうしようもない嫌悪感だった。

 

『その名前はもう捨てたよ。私は×ミカじゃない。××流じゃない。そもそも名前なんてものは個人を定義する一要素に過ぎない。そんなものに拘ることに意味はあるのかな?』

『あるさ』

 

 ××流の話題には触れられたくなくて私は話をはぐらかそうとしたが、まほさんはそれを許さなかった。

 

『お前が××流であるという逃れられない事実を証明するためにはな』

『……聞いていなかったのかい? 私は××流じゃない。私は――』

『どれだけ否定しようが、お前が××の人間であることは変えられない。お前の戦い方は××流そのものだ。お前は××流とは違う、自分なりの戦い方をしているつもりなんだろう。だがその根本には××流がある。お前はどこまで行っても××の人間なんだよ』

 

 私の反論を遮ってまほさんは捲し立てた。

 私が最も触れてほしくない部分に土足で上がり込んでくることに私は苛立ちを隠せなかった。

 

『人それぞれ風の流れは違う。まったく同じなんてことはないさ』

 

 私は××流とは違う。あんな連中と同じになんてならない。

 そんな思いを籠めた言葉だったが、まほさんはそんな私の言葉を鼻で笑った。

 

『そうやって話をはぐらかして相手を煙に巻いたところで、相手を誤魔化すことはできても自分を誤魔化すことはできないぞ。本当はお前自身が一番よく分かっているんじゃないのか? 自分が××流に囚われているということを』

 

 まほさんの言葉を私は否定できなかった。

 そうだ、本当は自分でも分かってはいた。

 ××の家を出て、関係を断って、名前を捨てて。それで自分は××流から自由になれた。そう思い込もうとした。

 けれど何気ない日常の中でも、ふとした瞬間に××の名が頭の中にちらついた。××のことは忘れたつもりでも、心のどこかで自分は××の人間だと思い知らされた。

 名前は捨てた、なんて斜に構えたところで結局のところ私は××流に縛られているんだ。でもそれを認めるのは癪だった。

 

『随分と絡むじゃないか。それもわざわざこんなところまで追い掛けてきて。何故そうまでして私に関わろうとするんだい?』

 

 それは話を逸らす意味もあったけれど純粋な疑問でもあった。まほさんは無駄話を好むタイプとは思えない。ましてや相手のところに出向いてまで嫌味を言いに来るなんてイメージができなかった。

 

『お前を見ているとイラつくからだ』

 

 まほさんの口から飛び出たのは予想外の言葉だった。その表情にも口調にも明らかな怒気が籠っていた。

 

『……何か君の気に障るようなことをしてしまったかな?』

 

 覚えはなかったが、私自身ひねた言動で周りをイラつかせることがあるのは自覚していた。高校時代はよくそれでアキに文句を言われていたものだ。それでもここまで怒りを露わにされたことは一度もなかったが。

 

『気に入らない。ああそうだ、気に入らないな。お前の在り方が、お前の存在そのものが。××流に生まれながら××流を否定するお前が、私は気に入らない』

 

 私の言葉に対する返答、のように見えてそうではなかった。まほさんは私の言葉など聞こえていない、ただ己の内に蟠る感情を吐き出しているだけだった。

 

『お前がどんなに否定しようがお前は××流だ。誰も生まれからは、流派からは逃げられやしないんだ。私も、お前も。……みほもな』

『彼女は私とは違う』

 

 まほさんが私の言うことを聞く気がないなら、私も同じように何を言われようが聞き流すつもりだった。

 しかし聞き捨てならない台詞に思わず反論していた。

 まほさんが私を嫌おうが、罵ろうが、それは一向に構わなかったが、みほさんを貶めるのだけは断じて許せなかった。

 

 私の憧れを、私の希望を、私の夢を、汚すのだけは絶対に許せなかった。

 

『当然だ。みほは私たちなんかとは違う。……そうだ、違うんだ。違ったのに……』

 

 まほさんは泣きそうに顔を歪めて、拳を握り締めていた。ギリッと歯を軋ませる音が私の耳にまで届いた。

 そんな姿に私はそれまで感じていた苛立ちが一瞬で霧散していくのを感じた。そして代わりに湧き上がってきたのは申し訳なさだった。

 

 てっきりまほさんは他の西住流の連中と同じだと思っていた。西住流に反する行いをしたみほさんを疎んでいると思っていた。

 しかし目の前のまほさんの姿を見ればそれが甚だしい思い違いなのは一目瞭然だった。

 まほさんはみほさんの、実の妹の死を心から悼んでいた。その悲しみは、赤の他人に過ぎない私なんかよりも余程重いに違いなかった。

 

 まほさんに対して何か言わないといけないとは思ったが、何と声を掛けるべきか分からなかった。それでも迷いながらも私は声を発しようとして。 

 姿が見えないために探しに来たのだろう、私とまほさんを呼ぶ声が聞こえてきて口を噤んだ。

 どうやらそろそろ撤収するらしいと知って、まほさんは私に背を向けて立ち去ろうとした。

 しかし数歩歩いた所で足を止めた。

 

『最後に聞かせろ。お前は自分は×××ミカではないと言った。なら今のお前は一体何だ?』

 

 私は一体何者なのか?

 少なくとも×××ミカじゃない。×××ミカになんてなりたくない。それだけはたしかだった。

 

『私はただの名無しの戦車乗りさ』

 

 だから私としてはそう答えるしかなかった。けれどはっきり言ってそれは苦し紛れに言ったに過ぎなかった。

 

『つまりお前は何者でもない、何者にもなれない半端者という訳か』

 

 そんな私の迷いを見透かしたようにまほさんはせせら笑った。

 

『言ったはずだぞ、×××ミカ。いくら名前を偽ろうが、××流の戦車道を否定しようが、お前は××流からは逃げられないと。

 私は西住流から逃げられないし、みほも逃げられなかった。それなのにお前が、お前なんかが逃げられるはずがないんだ』

 

 まほさんは振り返ると真っ直ぐに私を睨み付けてきた。その視線には怒りを通り越して殺意すら籠っていた。その迫力に気圧されて私は無意識に後退っていた。

 

『せいぜい足掻いて見せろ。無様に足掻いて足掻いて、そして何者にもなれず、何も為せずにそのまま朽ち果てる。それがお前に相応しい末路だ』

 

 言うだけ言ってまほさんは再び踵を返して、今度こそ私の前から去っていった。私は何も言い返すことができずに黙ってその背中を見送るしかなかった。

 散々に扱き下ろされたというのに不思議と怒りは微塵も湧いてこなかった。代わりに私の胸に去来したのはどうしようもない痛ましさの念だった。

 そして同時に恐ろしくもあった。まほさんの変わり果てた姿を見て、あれが私の成れの果てかと思うと、怖くて仕方がなかった。

 

 ……いや、あるいは既にそう成り果てているのだろうか。

 

 自室のベッドで横になっている今も、頭の中ではまほさんに言われた言葉がずっと反響している。

 

『何者にもなれず、何も為せずにそのまま朽ち果てる。それがお前に相応しい末路だ』

 

 私に何ができるんだろう?

 

 私には妹のような才能はない。

 西住流も××流も私の手で壊してやるなどと息巻いておきながら、今日はまほさんに何もできずに完敗した。

 そんな私に何が為せるというのか。

 

 私は何者だ?

 

 私は××流との関係を断ちたくて名前を捨てて、名無しを気取ってきた。

 でもまほさんは言った。私は何者にもなれないと。

 そんなことはない、と否定するのは簡単だけれど。

 

 ならば。

 

 私は一体誰なんだろう?




Who are you?

お前は誰だ(フー・アー・ユー)……。
名無しか、×××ミカか。
我流か、××流か。
答えろミカよ。
お前は誰だ(フー・アー・ユー)。

う……

う……
うう……

            Who are you?

  Who are you?
                         Who are you?

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        Who are you?  ?

何故タイトルが英語なのかと言えば、「聖闘士星矢」のこのシーンを思い出したからです。
何故かこのシーンは妙に印象に残っているんですよね。

しかし気付けばまほがミカに対してものすんげえ辛辣になっていた。
この頃のまほは、みほが死んでから一年くらいでまだ酒も覚えていないために毒を吐き出すこともできずに内に溜め込みまくっていた、そんな最も荒んでいた時期なのもありますが、それにしてもやりすぎた……。
何か書いているうちに筆が乗りまくってこんなことに。
作者はまほミカも嫌いじゃないはずなんですけどね……。

あと正直ミカの一人称を入れるかは迷いました。
何を考えているのか分からないミステリアスなキャラが何を考えているのか書くというのは無粋では? と思ったからです。

……嘘です。
いえ、全くの嘘ではありませんが半分以上は言い訳です。
単純に何を考えているのか分からないキャラが何を考えているのか考えるのがしんどかっただけです。

島田ミカを採用した理由の一つがこれだったりします。
作者の力量的に何かとっかかりがないとまるで話が思い付かなかったのです。
ちなみに島田ミカ説を採用した他の理由としては、単純に作者の好みというのもありますし、愛里寿を何としても出したかったというのがあります。

劇場版の展開がないのでみほを始めとした原作キャラとほとんど絡みがないため、誰かしら繋がりを持たせたかったのです。
ただこの小説の独自設定で決勝戦より前にみほと出会っていた、という展開もいいかな、と思ったり。
あれだけのボコフリークのみほならボコミュージアムの存在を知っていてもおかしくない、むしろ知っていた方が自然だと思うし、寄港日に行ってみたら偶然愛里寿と出会って意気投合したというのもありかなと。
もっともその場合、愛里寿が闇落ちしそうですが。

そしてアンケートの回答、誠にありがとうございました!
ハーメルンでもPixivでも半数以上の方々から「作者の書きたいものを書けばいいんやで」と言っていただけました。
これからも書きたいものを書いていこうと思います。

それはそれとして。
TRUE以外ですが、やはりというかBADが多めという結果になりました。
しかしHAPPYを望む声も意外に多くて驚いております。
という訳で今後もちょくちょくifルートは書いていこうと思います。
差し当たってはミカのifルートを書きますかね、次の次あたりに。
BAD多めになりますがHAPPYなのも書ければ、いいな~。

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