【アキ視点】
「あっつ~……」
照り付ける日差しの中を歩きながら、私は額から流れる汗を拭った。
熊本の夏は暑い、というか本土の夏はどこも暑い。大学入学を期に本土に移り住んでもう3年目になるけど未だに慣れない。
こういう時は継続高校の学園艦が恋しくなる。フィンランドがモチーフになっているからかは分からないけど、継続高校の夏は過ごしやすかった。夏を迎えるたびにあの頃に戻りたいなんて思ってしまう。
もっとも冬は冬で本土の方が過ごしやすいからこっちの方がいいなとか思ってしまうんだから、人間って勝手だよね。あ、でもサウナは気持ちよかったからまた久しぶりに入りたいな。
「お~い、アキ~!」
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか待ち合わせ場所に着いていたらしい。私の名前を呼びながら手を振るミッコの姿を認めて、私は手を振り返した。
「ミッコ! 久しぶり!」
「アキ、髪伸ばしたんだ。似合ってるじゃん!」
「えへへ、ありがとう! ミッコも髪型変えたんだね、格好いいよ!」
ミッコは高校を卒業後ミカと同じ大学に入って操縦士として活躍していた。
私は二人とは違う大学に進学したから会うのは久しぶりで、懐かしさから自然と会話も弾んだ。
「そういえばミッコ、大学選抜に選ばれたんだって? おめでとう!」
「ありがと! まあ、って言っても私はミカのおまけみたいなもんだけどね」
「そんなことないって。これなら卒業後はプロも夢じゃないよ」
「う~ん、どうかな~? 戦車の操縦は楽しいけど、私の腕でプロになんてなれるかね~?」
「なれるよ、ミッコならきっと」
戦車道は3年前にプロリーグが開幕した。
4年前の全国大会の後のごたごたがあって一時はプロリーグ設立を危ぶむ声もあったみたいだけど、
そして現在、世間では4年前のことなんて完全に忘れ去られてしまった。
あの戦車道の全国大会の決勝戦のことも。
大洗女子学園が廃校になったことも。
そして。
西住みほさんが亡くなったことも。
あの試合は私たちも試合会場で観戦していた。
当時大洗女子学園は戦車道では無名にもかかわらず、強豪を次々破って決勝戦にまで駒を進めたということで話題になっていて、私はどうしても実際に会場に行って試合が観たかった。
私が会場まで観戦に行こうと提案するとミッコもミカも二つ返事で了承した。
ミッコだけでなく、あのミカも、だ。
てっきりミカはあれこれと屁理屈をこねて断るだろうと思っていて、どう説得しようかとあれこれ考えていたから拍子抜けした。
何にせよ反対意見は出なかったので、私たちは3人で試合会場の東富士演習場に向かった。
そして試合は決勝戦に相応しい盛り上がりを見せた。
大洗は圧倒的な戦力差をものともせずに黒森峰相手に堂々と立ち向かってみせた。それだけでも観ていて面白くて興奮したけど、みほさんが川に取り残された仲間を助けた時には更に胸が熱くなった。私だけじゃない、観戦していた人たちは皆同じ気持ちだったと思う。
『それが君の戦車道か』
そしてそれはミカもだった。
誰に対して言ったわけでもない、ただ無意識に呟いてしまったようなそんな声を聞いて私はミカの方に振り返った。
ミカはいつも弾いていたカンテレの存在すら忘れて試合に観入っていた。
やっぱり観に来て良かった。あのミカが何かに夢中になる姿なんて滅多に見れるものじゃない。そんなミカの様子を見ていると何だか嬉しくなった。
そして試合終盤。
大洗は黒森峰とフラッグ車同士の一騎討ちに持ち込むことに成功した。
大洗のⅣ号が、黒森峰のティーガーが、お互いに砲弾を撃ち合い、お互いの意地とプライドをぶつけ合う様を私は固唾を呑んで見守った。
ここまで来たら勝ってほしい、私は祈るように試合の行方を見守って――
『大洗女子学園フラッグ車走行不能! よって黒森峰女学園の勝利!』
でもそんな私の祈りも空しく、大洗は結局負けてしまった。
『あーあ、負けちゃったね……。あとちょっとだったのに』
白旗を上げるⅣ号戦車を見詰めて私はがっくりと肩を落とした。
でもまあ戦力差を考えれば妥当な結果ではあった。やっぱり最後は強いチームが順当に勝った、それだけのことなんだろう。
『勝ち負けは戦車道においてそんなに大事なことなのかな?』
そんな風に自分を納得させようとしていると、ミカは反論してきた。またいつものひねくれた物言いかと思って私は聞き流そうとした。
でもその時はいつもと様子が違った。
『戦車道は人生の大切な全てのことが詰まってるんだよ』
その言葉には力があった。ミカにしては珍しい熱の籠った言葉だった。
そんな何時に無く真剣なミカの様子に、たしかにそうかもしれない、と私は思い直した。
優勝を逃したのは残念だった。でも大洗の快進撃は戦車道をやっている人たちに希望を与えてくれた。
それまで強豪校が有利になるように作られたルールの中で、息苦しさを感じていた人は少なくなかった。強豪以外の高校はどんなに頑張ってもどうせ勝てないと諦めていた。
でもそんなことはないんだって、諦めなければ夢はきっと叶うんだって思えた。
私もみほさんのように頑張ろうって、そう思えたんだ。
みほさんの自殺、そして大洗女子学園の廃校の知らせを聞くまでは。
「そっか。あれからもう4年か……」
ミッコの沈んだ声で私は現実に引き戻された。
気付けば私たちはみほさんのお墓がある墓地にまで辿り着いていた。
最初にここを訪れたのは4年前の秋、みほさんが死んでから一カ月くらい経った日のことだった。
『お墓参りに行こう』
そう言い出したのは誰だったか。ミカだったかもしれないし、ミッコだったかもしれないし、私だったかもしれない。
誰も反対する人はいなかったけど、唯一つ問題があった。それはみほさんのお墓の場所が分からないということだった。
でもそれはすぐに解決した。ミカが道案内を買って出てくれたから。
『ミカ、みほさんのお墓の場所知ってるの?』
そう聞いても「ただ風の導きに従うだけさ」なんてはぐらかされてしまった。
本当に大丈夫かな? と不安に思う気持ちはあったけど、何となく大丈夫な気もした。それに他に手掛かりが何もない以上ミカを信じるしかないということで任せることにした。
道中の私たちは必要最低限のことしか喋らなかった。代わりにという訳じゃないけど、時折ミカの奏でるカンテレの音が響き渡った。
何の曲かはわからなかったけど、どこか悲しい音色だった。まるでみほさんの死を悼む鎮魂歌のようだと思った。
そして丸一日かけて私たちは遠く熊本まで、みほさんのお墓まで辿り着くことができた。
みほ之墓。
墓石にはそう書かれていた。
みほさんのお墓は西住家のものとは別の場所にあった。
お墓について私も詳しいルールは知らないけれど、みほさんのように次女でも結婚していない人の場合は実家のお墓に入るのが普通らしい。それをわざわざ別のお墓を建てたのはみほさんが西住家を勘当されたからで、自殺の原因もそれではないかという噂だった。
その噂を耳にした時のミカの表情はたぶん一生忘れられないと思う。
ミカがあんな怖い顔をしてるところなんて見たことがなかった。思わずミッコと抱き合って震え上がってしまった程だ。
正直何故ミカがそこまでみほさんのことを気に掛けるのか私には分からない。
以前一度だけ練習試合で顔を合わせたことはあった。私は直接話をする機会もなかったけど、ミカは試合後の挨拶でみほさんと話しているのを見掛けた。けどミカとみほさんの繋がりなんてそれくらいのはずだった。
ただ、ミカが何かとみほさんのことを話題に出すようになったきっかけは覚えている。
5年前の決勝戦だ。
あの時川に落ちた仲間を救うみほさんの姿を見てから、ミカは雰囲気が変わった気がする。
一度だけ聞いてみたことがあった。どうしてそこまでみほさんのことを気に掛けるのかって。
それに対してミカは興味があるから、と答えた。ミカがそんなことを言うなんて珍しいからよく覚えている。
みほさんの何に興味があるのかまでは教えてくれなかったけど、ミカがみほさんのことを語る時の口調には普段に比べて熱が籠っているように感じた。
そこまで考えたところで、ふと聞き覚えのある音が耳に入った。
懐かしい音だった。これは。
ミカが奏でるカンテレの音だ。
そうしてみほさんのお墓が見えると、その目の前に佇むミカの姿が目に留まった。
「お~い、ミカ~!」
ミカはミッコの呼び声に気付くと、カンテレを弾く手を止めて振り向いた。
「やあ、ミッコ」
3年ぶりに会ったミカは随分と雰囲気が変わっていた。私やミッコと違って髪型を変えた訳じゃない、見た目が大きく変わった訳じゃないのに前より何だか大人っぽくなっていて、思わずドキッとした。
そんな私の動揺をよそにミカはミッコと言葉を交わすと、今度は私の方に向き直った。
「久しぶりだね、アキ」
「うん、久しぶり」
3年ぶりの再会だった。
あの日ミカと会ったからこそ今の私はある。今でも戦車道を続けていられる。
一時は戦車道をやめようとすら思った。事実、私は高校を卒業したら戦車道をやめるつもりだった。
そんな私が曲がりなりにも戦車道を続けていられるのは3年前、ミカと約束をしたからだった。
*
あれは私が3年生に進級して半年くらいしたある日のこと。
戦車道の練習を終えてくたくたになりながら寮に戻ると、部屋の前で意外な人物が私を待ち構えていた。
『やあ。お帰り、アキ』
大学に進学して本土にいるはずのミカだった。
『……何やってんの、ミカ?』
『見て分からないかい? アキが帰ってくるのを待っていたのさ』
『……何で?』
『友人を訪ねるのに理由が必要かい?』
『ていうかまさかずっとここで待ってたの? この季節でも夜は冷えるでしょうに』
『少し夜風に当たりたい気分だったのさ。それに夜風の冷たさを肌で感じると季節の移り変わりを実感できて、これはこれでいいものさ』
『……あー、もう!』
会話が嚙み合わなかった。
懐かしいやり取りではあったけど、あの時の私は懐かしさよりも気疲れの方が勝って溜息を吐きながら部屋の鍵を開けて中に入った。
私に続いて部屋に入ってくるミカを私は咎めることはしなかった。
本当は色々言いたいことはあったけど、ミカ相手に何を言っても無駄だってことは分かってたから。
『別に来るのはいいけどさ、連絡くらいしてよね。急に来られてもこっちにも予定ってものがあるんだから』
コーヒーを出しながら文句を言ってもミカはどこ吹く風で、すぐに自分の部屋のように寛ぎ始めた。私はそれ以上何も言わずに、座って自分の分のコーヒーを啜った。
『お疲れ様。忙しそうだね』
『そりゃ、ね。一応隊長なんだから』
ミカが引退した後、私はミカから隊長を引き継ぐことになった。
指名された時は私なんかに務まるとは思えなくて断ろうとしたけど、誰も反対する人はいなくて、むしろ私なら任せられるという雰囲気で、結局そのまま押し切られてしまった。
今思えば単に面倒事を押し付けられただけな気がしないでもない。
当時の私はというと、まあいいか、何とかなるでしょ、なんて楽観的に考えていた。
ミカとは一緒にいることが多かったけど、全然仕事をしてるイメージはなかった。だから隊長なんて言ってもそこまで大変じゃないと思ってた。
そんな甘い考えは一カ月もしないうちに消え去った。
黒森峰みたいなガチガチの強豪校ではないとはいえ、仮にも一つのチームのトップとなるとやることは多かった。ああ見えてミカも私が見てないところで仕事をしてたんだろうか。
『そういえば聞いたよ、一年でもうレギュラー入りしたって。凄いじゃん。たしかミカの大学って戦車道強いんでしょ?』
みほさんが死んでからミカは変わった。それまでとは比べ物にならないくらい戦車道に対して真剣に取り組むようになった。
別にそれまでが不真面目だったなんてことはないけど、何と言うか、鬼気迫るとでもいうか、とにかく凄かった。
推薦で戦車道の強豪の大学に入学して1年でレギュラー入りして、現在では大学のチームでもエースとして活躍し、大学選抜にも選ばれていた。卒業後はプロ入りは確実とまで言われている程で、そんなすごい人と高校時代に一緒のチームだったことが未だに信じられない。
『試合に出られればいいってものじゃない。それに強いとか弱いとか、そんなことに拘るのに意味があるとは思えない』
『も~、またそんなひねくれたこと言って――』
『そういえば、アキは卒業したらどうするんだい?』
私の言葉を遮ってミカは露骨に話題を変えてきた。
触れられたくない話題だったんだろうか。私としてもただの雑談程度のつもりで振った話題だったので、別にミカが話したくないというならそれはそれで構わなかった。
けどミカが振ってきたのは、今度は私にとって触れてほしくない話題だった。
『とりあえずは進学かな。……でも正直戦車道は高校でやめようかなって思ってる』
ミカとは対照的に私はあの一件以来戦車道に対する熱が冷めてしまっていた。
みほさんが自殺して。
大洗が廃校になって。
結局強豪校以外の高校はいくら努力しても勝てないって、私みたいな凡人はいくら頑張っても無駄だって思い知らされたから。
そこに隊長としての激務が重なって、当時の私は戦車道に対して嫌気が差していた。
それでも戦車道を続けていたのは、隊長としての責任感というのも勿論あった。
でも一番の理由は別にあった。
ミカが私を隊長に選んでくれたからだ。
ミカの期待に応えたかったから、ミカの信頼を裏切りたくなかったからだった。
『アキにはアキの人生がある。自分の人生を決める権利は自分にしかないさ』
だからミカにそう言われた時はショックだった。
どうして理由も何も聞いてくれないのか、引き留めてくれないのかって。
どうして戦車道をやめないでって言ってくれないのかって。
ミカのために私はどんなに辛くても戦車に乗り続けたのに。それが全部無駄だったって言われたみたいで、私のことなんてどうでもいいんじゃないかって思えて、悲しかったんだ。
『ねえ、アキ』
『何?』
今思えばあれはミカなりの優しさだったんじゃないかって思えるけど、当時の私にはそんな風に考えられなかった。
あの時の私は疲れていたのもあって自分の内心を言葉にすることはしなかったけど、不機嫌さは隠しきれなくて、ぶっきらぼうな返事をしてしまった。
『私は一体誰なんだろうね?』
ミカはそんな私の様子に気付かなかったのか、あるいは気付かないふりをしていたのか、構わずに言葉を続けた。
『誰って……』
当時は毎日が忙しくて大変な時期だった。ただでさえ戦車道の隊長としての仕事が大変で、受験勉強だってある。現にあの日も疲れて帰って来て、本当だったら今すぐにでも寝たいくらいだった。そんな忙しい時にいきなり訪ねてきて何を意味不明なことを言ってるのか。
私は文句を言おうとして初めてミカの顔を正面から見て。
喉まで出掛かっていた言葉が引っ込んだ。
『……何かあったの?』
代わりに私の口から漏れたのはそんな言葉だった。
だって目の前のミカが今までに見たことがないような表情をしていたから。
いつもの落ち着き払った雰囲気なんて微塵もない、まるで何かに縋るような、そんな余裕のない表情をしていた。
ミカは私の問いには答えずに、ただ曖昧に微笑むだけだった。
私はそれ以上追及するようなことはせずに改めて考えた。ミカは何者なのか、と。
ミカには謎が多い。
そもそも“ミカ”という名前にしても本名なのかは分からない。初めて会った時も自分のことを“名無し”と言っていた。みんなから“ミカ”と呼ばれているというから私もそう呼ぶようになっただけだ。
継続高校に来るまではどこで何をしていたのかとか、自分の過去のことも一切話そうとしなかったし、あれこれと詮索する人はうちには誰もいなかった。
でも一度だけ、練習試合をした時に他校の人がミカがあの島田流の関係者だと噂をしているのを耳にしたことがあった。
本当かどうかは分からないけど、同じ戦車に乗っていた私から見てたしかにミカの戦い方は島田流に似ていると感じた。だからあながち間違ってはいないのかもしれない。
でもミカが聞きたいのはそういうことじゃないんだと思った。なら何て言えばいいのか、何て言うのが正解なのか。いくら考えても分からなくて。
『……ミカは、ミカでしょ』
結局私にはそんなありきたりな答えしかできなかった。何かもっと気の利いたことが言えれば良かったのかもしれないけど、私には他に言葉が思い付かなかった。
私は気まずさから目を逸らすと、誤魔化すようにコーヒーを一口飲んだ。
『私は、“ミカ”でいいの?』
一瞬誰の声かと思った。
とてもミカが言ったとは思えない、不安に押し潰されそうなか細い声だった。
ミカの方を見ると、ミカは私の言葉に大きく目を見開いて固まっていた。
何でそんな顔をするのか私には分からなかったけど、ミカのそんな顔を見たくなくて私は言葉を続けた。
『いいも何もミカが自分で言ったんじゃん。皆から“ミカ”って呼ばれてるから、そう呼んでほしいって』
『そうか……。うん、そうだね……』
『そうだよ』
ミカらしくない弱々しい声音に私はいよいよ心配になってきた。
ミカに何があったかは分からなかった。でもそんなミカを見て私は放っておけなかった。
『ねえ、ミカ』
ミカが何者なのかなんて当時の私には分からなかった。今でもそうだ。
それでもたった一つだけ言えることはあった。
『ミカはミカだよ。いつも飄々として、素直じゃなくて、ひねくれたことしか言わない。でも本当は仲間思いで、誰よりも優しい。私の大切な友達だよ』
安心させるように手を握って、その瞳を真っ直ぐに見つめながら私は自分の素直な気持ちを口にした。
言ってから気恥ずかしさを覚えたけど、でも後悔はなかった。
だってそれは紛れもない私の本心だったから。
『…………ありがとう』
ミカは私の真っ直ぐな視線から逃げるように顔を背けながらポツリと呟いた。
顔は見えなかったからミカの表情は分からなかった。でも何となく想像はついた。
だって髪の間からちらりと覗くミカの耳は真っ赤に染まっていたから。
その後、ミカは用事を思い出したと言って慌てて部屋を出て行こうとした。照れ隠しにしても露骨すぎだった。
私はそんなミカを玄関まで見送りながら声を掛けた。
『ミカ。大学で色々大変なのかもしれないけどさ、何か辛いことがあったらまた来なよ。私で良かったら話くらいは聞いてあげられるし』
ミカは私の言葉にピタリと足を止めると、恐る恐るといった様子で振り返った。
『迷惑じゃないかい?』
『ミカが私に迷惑掛けるのなんて今に始まったことじゃないでしょ』
『そうだね……ごめんよ、アキ』
『いや、別に責めてる訳じゃないけどさ』
あのミカが素直に謝るなんて思わなくて私は慌ててフォローを入れた。
あの日のミカは本当に終始おかしかった。実は別人だったと言われたらむしろ納得してしまうくらいに。
『ミカ』
そして最後の最後。
ドアを開けて部屋を出ようとするミカを呼び止めて、私は言ったんだ。
『私さ、もう少し戦車道、続けてみるよ』
正直言うかどうか内心迷いはあった。
でも言わなきゃいけないと思った。
戦車に乗るのが辛いという気持ちは変わらなかったけど、あのままやめたらきっと後悔すると思ったから。
ミカとの繋がりが消えてしまうみたいで寂しかったから。
『そうかい……』
対するミカの返事は短く素っ気ないものだったけど、私は言って良かったって思った。
だってミカはどこか嬉しそうな微笑みを浮かべていたから。
*
お参りを済ませた帰り道。駅までの道を歩きながら私たちは他愛もない話に花を咲かせていた。まるで高校時代に戻ったみたいで、懐かしくて楽しかった。
そんな中、「そういえば」と唐突にミカが口を開いた。
「アキは卒業したらどうするんだい?」
それはあの日と同じ質問だった。
単に進路のことだけを聞いてる訳じゃないことは分かった。
これからも、大学を卒業してからも戦車に乗るのか。
ミカが聞きたいのはそういうことなんだろう。
「どうかな。まだ分かんないよ」
ミカやミッコと違って私の実力じゃプロになんてなれっこない。
今までずっと戦車道を続けてきたけど、言ってしまえばそれは所詮学校のクラブ活動に過ぎない訳で。大学を卒業したら就職して、もう戦車道はやめてしまうのが普通なんだろう。
でも。
「でも、できれば戦車道は続けたい、かな」
プロは無理でも、どんな形でもいいから戦車に関わりたい。私はいつしかそう思うようになっていた。
ミカとの繋がりを断ちたくないと思って大学に入ってからも戦車道を続けることにしたけど、今私が戦車道を続けているのはそれだけじゃない、もっと単純な理由からだった。
戦車に乗るのが楽しいからだ。
私はあの日の約束通り大学に入っても戦車道を続けていた。
ミカたちと違ってうちの大学は戦車道の強豪でもなんでもなかったから、戦車道と言っても普通のサークル活動だった。
でもそれがかえって良かった。サークルの皆は全員楽しそうに戦車に乗っていて、それを見て私は忘れていた気持ちを思い出した。
戦車に乗るのって楽しいものなんだってことを。
そうして私は久しぶりに純粋な気持ちで戦車に乗ることができた。あの日戦車道を続けると決めて良かったって思えた。
みほさんと大洗の件で戦車道が嫌になった時期もあった。でも今ではそんな気持ちは微塵もなかった。
それにみほさんの件で私は気付かされた。今当たり前にあるものもいつ目の前から消えてしまってもおかしくないんだって。私が毎日大好きな戦車に乗れているのは本当に幸せなことなんだって。
いつまで戦車に乗れるかなんて分からない。いつ戦車に乗れなくなってもおかしくない。なら乗れるうちに行けるところまで行ってみたい。この道がどこまで続いているのか見てみたい。そう思うようになった。
「そうかい……」
ミカはあの日と同じように言葉少なに微笑むだけだった。
その反応が何だか堪らなく嬉しかった。
「な~に、二人でいい雰囲気になってんのさ!」
私を仲間外れにすんな~! とミッコは飛びつくように私とミカの肩に腕を回してきた。
「よ~し決めた! 私絶対プロになる! 3人ともこれからもずっと戦車に乗ろう! そんでさ、いつかまた3人で戦車に乗ろうよ!」
「いいね! ね、ミカもいいでしょ?」
「ああ、勿論さ」
私たちは顔を見合わせて3人で笑い合った。
私たちの進む道はそれぞれ違う。
こうして3人で会える日が次にいつ来るかは分からない。もしかしたらまた何年も先のことになるかもしれない。
でも寂しいとは思わなかった。
だって離れていても私たちは戦車を通じて繋がっているから。
ミカが奏でる音が私たちを導いてくれるから。
それはとても素敵なことだって思えるから。
ねえ、ミカ。
何だい?
戦車道には本当に人生の大切なことが詰まってるね。
だろう?
作者が書いたとは思えないHAPPY ENDっぷり。
あまりのいい話っぷりに後輩に「病院行ってください」と本気で心配されたほどです。
……嘘です。
いえ、病院行けって言われたのは本当ですがこの小説は関係ありません。
ちょいと健康診断で引っ掛かっただけです。
……ガルパンが完結するまでは死なん! 死んでたまるか!
ってこれはフラグってやつでしょうか。
それはともかくミカアキでございます。
ミカのカップリングでは一番好きです。
島田ミカを採用するならミカありになるのが自然ではなかろうかとも思いますが、この二人はあくまで姉妹という関係で行きたい所存。
次回はifルート。
ミカさんのBAD ENDルートを投稿予定です。
DEADではなくBADなので人は死にません。
死には、しません。