旅の行き先はこの世のどこかか、それとも……。
例によってキャラ崩壊注意。
今回は難産でした。
本当は10月中には投稿するつもりだったんですが……。
島田さんちの家庭事情の練り込みが足りんと思って考えに考えたら時間ばかり過ぎてしまいました。
【×××××視点】
目を開けると私は暗闇の中にいた。
周りには何もない。右を向いても左を向いても、上を向いても下を向いても、どこもかしこも黒一色で塗りつぶされていた。
ここはどこだろう?
何故私はこんなところにいるんだろう?
そんなことを考えていると目の前に唐突に人影が現れた。
その人影は継続高校の制服を着て、チューリップハットを被って、亜麻色の髪を肩まで伸ばした女性の姿をしていた。
一目見て分かった。あれは私だ、と。けれど私とは決定的に違う部分が一つだけあった。
その人影は顔の部分が真っ黒に染まっていた。
どんなに凝視しても底が見えない。周りに広がっているのと同じ、ずっと見ていると引きずり込まれてしまいそうな漆黒の闇だった。
「君は誰だい?」
人影は言った。
「君こそ誰だい?」
私は相手の問いに答えることなく、そのまま鸚鵡返しに問い返した。
相手はそれに気分を害した様子もなく淡々と答えた。
「私は×××××だ」
「違う」
私は反射的に人影の言葉を否定していた。
「違う、違うだろう? 君は、×××××なんかじゃないだろう?」
それは目の前の相手に言っているというよりは自分に言い聞かせているという方が正しい台詞だった。
相手の言葉に引きずられそうになるのを堪えて、必死に絞り出した台詞だった。
「違わないよ。君がどんなに否定したって私は××流だ。その事実からは逃げられやしない。本当は君だって分かっているんだろう?」
感情的な私とは対照的に目の前の人影はどこまでも無感情に淡々と言葉を紡ぐ。
自分の言っていることは揺るぎのない事実だと言わんばかりに。
逃れようのない現実を拒絶し続ける私を諭すように。
「違う! 私は××流じゃない! ×××××じゃない! 私は! 私はっ! あいつらなんかとは違うんだ!!」
そんな相手の態度が気に食わなくて、けれど反論の言葉が思い浮かばなくて、私はただただ感情に任せて相手の言葉を否定する。
耳を塞いで、目を瞑って、相手の声を掻き消すくらいの大声で叫ぶ。
目の前の存在を、認めたくない現実を否定しようとする。
「そうかい」
それでも人影の声を遮ることはできない。まるで脳に直接届いているかのように鮮明に声を認識できてしまう。
「それなら」
それでも人影の姿を消し去ることはできない。まるで直接網膜に映り込んでいるかのように鮮明にその姿を認識できてしまう。
「私が×××××じゃないって言うなら」
その顔を覆っていた闇が徐々に薄らいでくる。
そして隠れていた顔の部分が露わになる。
……ああ、やっぱり。
「
目の前の人影は。
私と瓜二つの顔をしていた。
*
そこで私は夢から醒めた。
目に映るのは見慣れた天井、自分の部屋の天井だった。
どうやら試合の後、部屋に帰ってきてそのまま着替えもせずにベッドに寝転がって、あれこれ考えているうちにいつの間にか眠ってしまったらしい。
私はゆっくりと起き上がると先程まで見ていた夢の内容を反芻する。
……あんな夢を見るなんて、昨日まほさんに言われた言葉が余程堪えていたらしい。
そして一晩寝た今でもそれは変わらなかった。
『わたしは誰だって言うんだ?』
夢の中の最後の問い掛けが頭を廻り続ける。
『お前は自分は×××××ではないと言った。なら今のお前は一体何だ?』
昨日まほさんに言われた言葉が頭から離れない。
私は……。
私は一体、誰なんだろう?
いくら考えても答えは出なくて。
「やあ。お帰り、アキ」
気付けば私は継続高校の学園艦に乗り込んで、アキの部屋の前に立っていた。
「……何やってんの、ミカ?」
アキの問い掛けに苦笑する。
全くだ。私は一体何をやっているんだろう? いきなり陸から学園艦に乗り込んでまでアキの部屋に押し掛けたりして。
私は何者なのか。私にはいくら考えても答えは出なかった。
それでもアキなら答えてくれるんじゃないか。そう思ったら居ても立っても居られなくなって、こうしてすぐに行動に移してしまったという訳だ。
アキは私の突然の訪問に驚きながらも部屋に招き入れてくれた。私はお言葉に甘えて部屋に入って寛ぐことにした。そしてコーヒーを淹れてくれるアキの後姿をぼんやりと眺める。
半年ぶりに会ったアキは見るからに疲れ果てていた。
無理もない。隊長を務めるとなればただ戦車に乗っていればいいというものじゃない。ただでさえ戦車道の練習はハードなのに、それに加えて雑務もこなさなければならないとなると疲労は倍以上だ。
私はそこら辺は要領よくやっていた。手を抜くところは抜いていたし、他の人間に頼める仕事は頼むようにしていたからそこまで苦労することはなかった。
サボっていただけじゃないのか、と思われるかもしれないが私は前隊長のトウコに倣っただけなので問題はない、と思う。
けどアキは真面目だから私たちのようにはできないんだろう。適度に手を抜くなんてできないし、自分でやれることは全部自分でやろうとしてしまうんだろう。
私はアキにならと思って隊長を任せた。でもそれは失敗だったかもしれない。
今のアキの様子を見る限り明らかに隊長の責務は重荷になっていた。それが原因で戦車道すら嫌になっているように感じられた。
「アキにはアキの人生がある。自分の人生を決める権利は自分にしかないさ」
だから私はアキが高校で戦車道をやめるつもりだと言われても、敢えて引き留めることも理由を聞くこともしなかった。
「……ミカはさ、私が戦車道をやめてもいいの?」
「言っただろう? 決めるのはアキ自身さ。私の意見を聞くことに意味があるとは思えない」
本音を言えばアキには戦車道をやめてほしくなかった。
どんなに離れていても、戦車に乗っていればお互いに繋がっていられると思えたから。
でもこれ以上無理に戦車道を続ければアキはきっと戦車のことを嫌いになってしまう。それだけは嫌だったから。
やめたいならやめればいい。戦車道を続けるのもやめるのもすべては自分の意思であるべきだ。誰かに強制されて嫌々やるものじゃない。
「何それ……」
呆然とした呟きを聞いてアキの方を見遣る。その顔は何の感情も映さない無表情だった。けれど次第にその顔が歪んでいく。その顔に浮かぶ感情は怒りか、悲しみか。私が今まで見たことがない表情をしていた。
「何でそんなこと言うの? 私が、何で今も戦車道を続けてると思ってるの!? 何度もやめたいって思った! 投げ出したいって思った! それでも我慢して必死に頑張ってきた! どうしてだと思う!?」
「アキ……?」
私はアキの豹変ぶりに困惑した。
今までもアキを怒らせてしまったことはあった。それが原因で喧嘩になってしまったこともあった。
それでもアキがここまで感情を露わにしているのは見たことがなかった。
「ミカのためだよ!? ミカが私を隊長に選んでくれたから! ミカの期待に応えたかったから! ミカの信頼を裏切りたくなかったから! だから私は、どんなに辛くても頑張ってきたのに! 全部無駄だったって言うの!?」
私は頭を殴られたような衝撃を受けた。
アキがこんな風になっていたのは私のせいだという事実に。
単純に隊長としての仕事が忙しいという話じゃない。私がアキの心を縛り付けてしまっていたという事実にだ。
けど私は反論したかった。
私はそんなつもりで言ったんじゃないって。ただアキが辛い思いをしているのが見ていられなかっただけなんだって。
そう言えばいいのに、言葉が出てこなかった。アキの今まで見たことがない剣幕に押されて、舌がまともに動いてくれなかった。
それでも何とかして気持ちを伝えたいと思って、私は俯くアキに手を伸ばして――。
その手を振り払われた。
「出てって」
アキの口から漏れたのは、そんな明確な拒絶の言葉だった。
アキが言ったとは思えない、温かみなんて欠片も感じられない氷のように冷たい声音だった。
「出てって! 出てってよ!!」
そんなアキの反応が信じられなくて。
信じたくなくて。
私は逃げるように部屋を出て玄関のドアノブに手を掛ける。
「ごめんね、アキ」
そこまで来てようやく言葉を絞り出すことができた。だというのに辛うじて口から出たのはありきたりな言葉だった。
「さよなら」
ただ一言、別れを告げて私は外に出て後ろ手にドアを閉める。
ガチャリとドアが閉まる音を確認すると同時に、私は堪らず走り出した。
あの場に留まっていたくなかった。何でもいいからとにかく逃げ出したかった。
そうやって走って走って走って――。
気付けば私は森の中にいた。
どこをどう走ってきたかまるで思い出せない。それでもここがどこかはすぐに分かった。
だってここはアキとミッコと3人でよく過ごした場所だから。
どうやら無意識にあの頃の思い出に縋っていたらしい。
私は手近な木に背中を預けると、ずるずるとその場に座り込んだ。
ずっと一心不乱に走り続けたせいで息が苦しい。でも好都合だった。今は何も考えられないし、何も考えたくない。
しばらくの間私は無心になって、息を整えるのに専念した。
それからどれくらい時間が経っただろう。
呼吸は既に落ち着いている。そうなると否応なしにアキのことが頭に浮かんでくる。
アキは言っていた。今までどんなに戦車道が辛くてもやめずに頑張ってきたのは私のためだと。
そんな私にやめたければ好きにすればいいと言われて裏切られた気持ちになったんだろう。
でも私にだって言い分はある。
私はそんなつもりで言ったんじゃない。
私は、ただアキが苦しんでいるのを見たくなかっただけなんだ。
だから、自分の気持ちを、本当はアキに戦車道をやめてほしくないという本音を抑え込んでいたのに。
それなのに。
「どうして分かってくれないんだ……」
『どうして分かってくれないの……』
ふと頭の中に浮かんできたのは、××の家を出るきっかけになった日の出来事だった。
どうしてか、さっきのアキの姿が当時の私と重なって見えた。
あの日のあの女の姿と今の私の姿が重なって見えた。
……どうしてあの女のことが思い浮かぶ?
まさか。
私はよりによってあの女と同じことをアキにしてしまったのか?
違う。断じて違う。
私はあんな女とは違う。××流のことしか考えていないあの女とは。
「あの女は!」
『無理をしなくていいのよ』
無理なんてしてないよ。
私は好きでやってるだけだから。
だって私はお母さんの娘だから。
「……あの女は」
『これからは×田流に縛られなくていいの』
縛られてなんていない。
私が自分で望んでやっているだけ。
私はお母さんの娘として立派に×田流の戦車道を継いでみせるから。
「あの、人は……」
『貴方は貴方らしく戦車に乗ればいいの』
私らしさなんていらない。
私は誰よりも島×流らしくなってみせるから。
あいつらよりも、愛里×よりも。
そうしたらお母さんも私を褒めてくれるよね?
「お母さん、は……」
『せめて貴方だけでも島田流から離れて自由になって』
お願いだからそんなこと言わないで。
私、頑張るから。
もっともっと頑張るから
だから。だから。
「……ははは」
『だからお別れよ、
私を捨てないで、お母さん!
「あははははははははははははははははははははははははははははは!!」
ああ、何てことだ。アキが怒るのも無理はない。
だって私も同じだったんだから。
私もあの人のことが許せなかったんだから。
ああ、私は何て馬鹿なんだろう。
アキに拒絶されるのも仕方ない。
私は己の愚かしさがおかしくて堪らなくて、それからずっと喉が枯れるまで狂ったように笑い続けた。
一頻り笑うと、今までぐちゃぐちゃだった頭の中が嘘みたいにスッキリしていた。
「あの人もこんな気持ちだったのかな……」
今になってようやく母の気持ちが理解できた。私を島田の家から追い出した訳も。
私は今まであの人が私を追い出したのは私が島田流に相応しくない凡人だからだと思っていた。
いや、そう思い込もうとしていた。
あの人は島田流のことが大事で、愛里寿が島田流を継ぐのに私の存在が邪魔だから私を捨てたんだと。そんな風に。
しかし実際には違った
あの人は私のことを思って島田流から解放してくれようとしただけだったんだ。
きっとあの人は私が島田流の戦車道に押し潰されそうになるのが見るに堪えなかったんだろう。
私がアキの辛そうな姿を見ていられなかったように。
たしかに当時の私は島田流の戦車道を重荷に感じていた。島田の家の空気に息苦しさを感じていた。
けれどその一方で、私はいつの間にか島田流の戦車道に拘るようになっていた。
島田流の戦車道で周りの連中を見返してやる、認めさせてやると。
そうすれば母も私のことを褒めてくれる、私を愛してくれると。
そうしなければ島田風美香でいられない、あの人の娘ではいられないと。
いつの間にかそんな風に自分で自分を追い詰めていた。
だからあの人に島田の家を出ていくように言われて、島田流の戦車道を続ける必要はないと言われて裏切られたような気持ちになった。
さっきのアキと同じように。
『本当はお前自身が一番よく分かっているんじゃないのか? 自分が島田流に囚われているということを』
まほさんの言った通りだ。私はずっと島田流に囚われていたんだ。
何より救いようがないのは、島田流から自由になりたいと思っていた私が、その実自分で自分を縛っていたことだ。
そのことに今の今まで気付いていなかったことだ。
何て滑稽なことだろう。
母はそんな私を呪縛から解き放とうとしてくれていたのに。勘違いして、反発して、自分から深みにはまってしまっていた。
でも今更気付いたって遅い。
今更私は島田風美香には戻れない。
あの人の本心がどうあれ、私が島田の家から追い出された事実は変わらない。
そしてミカにも戻れない。
アキはきっと私のことを許しはしないだろう。私があの人を許さなかったように。
ならミッコに頼るべきかと考えて、私はすぐさまその考えを打ち消した。アキを傷付けておいてミッコに縋るなんてそんな恥知らずな真似は出来る訳がない。
島田風美香にもミカにもなれない。
なら私は誰にならなれるんだ?
『何者にもなれず、何も為せずにそのまま朽ち果てる。それがお前に相応しい末路だ』
ああ、その通りだ。
私は何者にもなれやしない。
私には何も為せやしない。
私はどこへも行けやしないんだ。
……なら一体。
私はどうすればいいのかな?
もう何もかも分からない。
誰か私に教えてよ。
誰か私を助けてよ。
お願いだよ。
アキ。
ミッコ。
愛里寿。
……お母さん……。
*
【ミッコ視点】
「ミッコはさ、大学を卒業したらどうするの?」
昼食を食べ終わって食後のコーヒーを飲んでいると、アキは不意にそんなことを聞いてきた。
休日の午後の練習前、私はいつもアキの部屋で一緒にお昼を食べることにしている。
アキの部屋の方が大学に近いから、というのもある。
アキの作る料理は美味しいから、というのもある。
でも一番の理由は別にあった。
……それはともかく卒業したらどうするか、ね。と言っても悩むこともない。私の答えは決まっていた。
「私は、戦車道のプロになる。プロでいっぱい活躍して、日本代表になって、世界一の操縦手になってやるんだ」
「そっか。うん、ミッコならなれるよきっと」
「……って言っても、私の実力で指名してくれるチームがあるかは分かんないけどさ~」
「何言ってんの、大学選抜のエース様が。この前なんて月刊戦車道でもおっきく取り上げられてたよ」
「うわ、あれ読んだの? 恥ずかしいな~」
日本中の人に見られてることを考えれば今更な話だ。それでも友達に見られてると思うと何だか気恥ずかしかった。
アキはそんな私を見ておかしそうに笑った。
「けど意外。ミッコはてっきりプロになる気ないと思ってた。だって今まで一度もそんなこと言わなかったよね」
たしかに前までの私だったらこんなにはっきりとは言えなかっただろう。戦車に乗るのは好きだけど、それだけでなれる程プロは甘くないことくらい私にだって分かってたから。
単純に実力の問題もあるし、きっと今までみたいにただ楽しく乗るなんてできなくなる。それは嫌だったから。
でも今の私はそれらを全部理解した上で、プロになりたいとそう思っている。
だって今の私にはプロになりたいってそう思えるだけの理由があるから。
「私がプロで活躍して有名になったらさ、ミカの奴も私に会いに来てくれるかもしれないじゃん」
そう。
私がプロになりたいと思うようになった理由。
そしてこうしてアキと一緒にいる理由。
それはどっちもミカが絡んでいた。
「……うん、そうだね。そうだと、いいね……」
ミカの名前を出した途端、アキの顔がみるみる曇った。
それを見て、しまったと思ったけどもう遅い。さっきまでの明るい声が嘘みたいに沈んだ声で呟いて顔を伏せるアキを見て罪悪感が湧く。
「……ごめん」
謝る私に対してアキは何も言わずにただふるふると首を振るだけだった。私もそれ以上は言葉が出なくて互いに一言も喋らないまま時間が過ぎていく。
ふと時計を見るとそろそろ戦車道の練習の時間だった。
「ごめん、そろそろ行かなきゃ」
私は気まずい沈黙に耐えられなくて、慌てて部屋を出ようとして――。
「ねえ、ミッコ」
アキに服の裾を掴まれた。
「ミッコはどこにも行かないよね? 私を一人にしないよね?」
アキはまるで小さい子供が母親に置いていかれそうになるのを怖がるみたいな心細い姿をしていた。
「当たり前だろ」
私は振り向いてアキを抱き締めた。
「大丈夫。私はいなくなったりなんてしないから。だから安心しろって」
「うん……」
落ち着かせるように言って頭を撫でてもアキは中々放してくれなかった。私はそれを振りほどくことができなくて、結局遅刻するギリギリまでアキを慰め続けた。
*
「どこ行っちゃったのさ、ミカ……」
アキの部屋を出て大学に向かう途中、私は不意に空を仰いで呟いた。
ミカが行方不明になってもう4年が経つ。
最初ミカがいなくなったって話を聞いても私はまたか、としか思わなかった。
ミカがふらりといなくなることなんて高校時代からよくあることだったし、しばらくしたら何事もなかったみたいに戻ってくるだろうと思ってまともに取り合わなかった。
けどあのトウコさんが血相変えて電話してきて、これは徒事じゃないってようやく私も焦り出した。
心当たりがあるところは手当たり次第に探した。アキもトウコさんも皆で探し回った。警察に捜索願も出したらしい。
けど未だにミカは見つかっていない。
ミカがいなくなってからアキは変わった。
前は人見知りが多い
私はそんなアキのことが見ていられなくて、出来る限り一緒にいるようになった。アキも私とだけは今まで通りに接してくれたから。
アキとミカの間に何があったかは私にも分からない。私も敢えて聞こうとはしなかった。あんなに辛そうな顔をしたアキを問い質すことなんて私には出来なかったから。
けど前に一度だけ、酔ったアキが話してくれたことがあった。
ミカがいなくなったのは自分のせいだって。自分がミカに酷いことを言ったのが原因だって。
正直それを聞いた時はどうしてアキがそこまで責任を感じるのか分からなかった。
アキがミカにきついこと言うのなんて別に珍しくなかったし、ミカもミカでひねくれたことばっかり言ってたからお互い様だと思ってたから。
実際高校時代も何度か喧嘩になってたけど、特に長引くこともなくすぐに仲直りしていた。
だからアキが気にすることじゃないって慰めたけど、アキは首を振った。そうじゃないんだって。たしかにミカに酷いことを言ったことは何度もあるけど、その時はいつもとは違ったんだって。
その場にいなかった私には何が違うのか分からなかったし、アキもその後すぐに眠っちゃったから詳しいことは聞けなかった。
私には難しいことなんて分からない。
ミカとアキの間に何があったのかとか。ミカがいなくなったのが誰のせいなのかとか。いくら考えても分からない。
でもこれだけは言える。
これまでも、そしてこれからも、アキは変わらず私の友達だ。
アキが本当にミカに酷いことを言っちゃったんだとしても。ミカがいなくなったのが本当にアキのせいだとしても。私はアキのことを責める気にはなれないし、アキを見捨てることなんてできない。
たしかにミカだってアキと同じくらい大切な友達だ。
でも、いや、だからこそ。
ミカがいなくなって、この上アキまでいなくなるんて耐えられないから。
私には難しいことなんて分からない。
どうすればミカが帰って来てくれるのかとか。どうすればアキが元気になってくれるのかとか。いくら考えても分からない。
私に出来るのは戦車に乗ることだけだ。
前にミカは言ってくれた、私の操縦が好きだって。私が動かす戦車ならどこまでも行ける気がするって。
だから。
私は今日もその言葉を胸に目の前の道を走り続ける。
そうしていればいつかまたきっとミカに会える。
また3人で笑い合える日が来る。
私はそう信じてこれからも走り続けるしかないんだ。
*
【アキ視点】
ミッコが出て行って静まり返った部屋の中。
私は何をするでもなくベッドに寝転がって天井を眺め続ける。
思い出すのはミッコがさっき言っていた台詞。
『私がプロで活躍して有名になったらさ、ミカの奴も私に会いに来てくれるかもしれないじゃん』
「ある訳ないよ、そんなこと……」
そうだ。ある訳ない。
4年。4年だ。それだけ待ってもミカは帰ってこなかったんだから。
私だってミカがいなくなってすぐの頃は心のどこかで期待していた。ミカのことだからある日突然何事もなかったようにひょっこり帰ってくるんじゃないかって。
……本当は分かっていたのに。そんなことはありえないんだって。ミカはもう二度と帰ってくることはないんだって。
それでも私はずっと待って、待って、待ち続けて。
いつしか期待するのをやめてしまった。
「……ああ、でもどうかな。私ならともかくミッコになら会いに来てくれるのかな?」
ミカと最後に会った日のことを思い出す。
あの時の私は練習と隊長としての業務で疲れ切っていて。
そこに戦車道は高校でやめるつもりだって言ったら、ミカにやめたければやめればいいなんて言われて。
私はカッとなって、つい酷いことを言ってしまった。
だって本当は引き留めてほしかったから。やめないでって言ってほしかったから。
ミカのために戦車道を続けていたのに、そのミカ自身に私の気持ちを否定された、裏切られたと思ったから。
あれはミカの優しさだったんじゃないかって、今ならそう思える。
でもあの時の私はそんな風に考えられなかった。
ミカがひねくれたことを言うのなんていつものことなのに、あの時の私は余裕がなくて、怒鳴り散らして、ミカの手を振り払って、ミカのことを拒絶してしまった。
「何であんなこと言っちゃったんだろう……」
『ごめんね、アキ』
ミカが部屋を出ていく間際の言葉が今でも忘れられない。
『さよなら』
あれがミカとの最後の会話になってしまったから。
そしてあの日を境にミカは姿を消した。
あの時私があんなことを言わなければ。
あの時私がすぐに後を追い掛けていれば。
ミカはいなくなったりしなかったのに……。
「……っ!」
そこまで考えて、私は腕で顔を覆った。
ダメだ、これ以上考えちゃいけない。これ以上考えたらまた泣いちゃう。またミッコに心配掛けちゃう。
こんな私とまだ一緒にいてくれるミッコに迷惑を掛けたくない。
ミッコにまで見捨てられたら、私は、私は……っ!
私は気分を切り替えるように頭を振ってベッドから起き上がった。
ふと視界にミカが卒業する時にくれたチューリップハットと、あの日ミカが置いていったカンテレが目に入った。
私はのそのそと起き上がるとそれらを手に取った。
ミカに貰ったチューリップハットを被って、ミカが置いていったカンテレを弾く。
でもその音色はというとミカとは全くの別物だった。
ただ一つ一つの音がバラバラに響くだけ。ミカが奏でる綺麗な旋律とは雲泥の差だった。
「あはは、全然上手く弾けないや」
ミカみたいにはいかないな。こんなことなら弾き方を教わっておけば良かったかな。
「ミカ……」
あ、ダメだ。
ミカのことが頭に浮かんだかと思うと途端に視界が滲んだ。
これ以上考えちゃいけないって。そう思えば思う程、私の頭の中には次々とミカのことが思い浮かぶ。
ミカが奏でるカンテレの音が。
ミカと一緒に戦車に乗った日々が。
ミカの笑顔が。
ミカとの思い出が全部、全部……っ!
「ミカ……ミカ……っ!」
とうとう堪えきれなくなって、私の目から涙が零れ落ちる。一度流れ出すともう止められない、次々と涙が溢れ出す。
涙と一緒に今まで抑え込んできた悲しみも一緒に溢れ出して、止めることができなくて。
私はカンテレを抱き締めて声を上げて泣いた。
ミカ……。
会いたいよ、ミカ。
ごめんなさい。
酷いこと言ってごめんなさい。
謝るから。
ミカが許してくれるなら何でもするから。
だからさ。
帰って来てよ。
……お願いだよ、ミカ。
ミカさんの名前について。
「皆からはミカって呼ばれてる」という台詞から、ミカは名前そのままよりも名前の一部という方が個人的にはしっくりきたので“フミカ”に。
漢字については“ミ”は“美”、“カ”は“香”とすぐに決まりましたが、“フ”はどうしよう? “富”? “芙”もいいか? と悩んでネットで“フ”の漢字を検索したところ、“風”の文字が目に入って「これっきゃねえ!!」と即決しました。
そしたら思いっきり被ってたというね。
他の人と被ってないかと検索したらまあものの見事に……。
しかしそうか、“カ”は“佳”という手もあるんだな、勉強になりました。
とはいえもう他の漢字が思い浮かばないので、このまま押し通させていただきます。
次回はミカさんのifルートをもういっちょ。
そういえばあの人も継続だったな、と気付いたら色々と思い浮かんできたもので。