アスコ「訴訟も辞さない」
……ごめん、アスコ。決して君の存在を忘れていた訳じゃないんだ。
けど出すタイミングがなかったんだ、許しておくれ。
しかし思ったんですが、島田ミカ説を採用するとルミさん周りの人間関係がちょいと複雑なことになりますな。
後輩の妹が隊長とか割と気まずいよね。
例によってキャラ崩壊注意。
あとヤンデレ要素ありなので苦手な方は注意。
……どうしてこうなった?
自分で書いておいて何ですが、本当にどうしてこうなった?
前回といいミカさんが原型留めていないので、ご注意ください。
【ルミ視点】
「トウコ、ミカの奴は今日も来てないのか?」
「いや~、私は見てないですね。リリは?」
「私も見てないです」
「また今日もサボりかー? もう3日だぞ。何かあったんじゃないだろうな」
「無理もないですよ。レギュラーに選ばれて初めての試合で何もできずに撃破されたんですから。それも撃破された相手が同学年となれば尚更ショックですよ」
リリに言われて先日の試合のことを思い出す。あの試合、確かにミカは一騎打ちの末に何もできずに撃破された。けどあれは相手が悪かった。
西住まほ、あれは怪物だ。正直私も一対一じゃ勝てる気がしない。それどころかあいつに勝てる奴なんて今の日本にどれだけいるかってレベルだ。それくらい今の西住まほは異常なんだ。
元々西住流の後継者として昔から高い評価は受けていたみたいだし、国際強化選手に選ばれるくらいだから実力はあったんだろう。
けど最近の彼女の強さは尋常じゃない。正直愛里寿隊長ですら万が一がありえる、そう思ってしまう程には。
一体いつからあそこまで化けたのか。
大学に入ってから?
ドイツに留学してから?
あるいは。
妹の西住みほが死んでからか。
「ミカがそんなタマかね~? 勝とうが負けようがいっつも飄々としてるイメージなんだけど。むしろ負けても『勝ち負けに拘ることに意味があるとは思えない。ポロロ~ン♪』とか言ってそうだけどね~。……あ~、でも最近はそうでもないか?」
トウコの言葉に意識を現実に引き戻される。今は西住まほのことよりもミカのことだ。
そう、以前のミカなら私もここまで心配はしない。講義をサボろうが、練習に来なかろうが、その内来るだろうと放置するだろう。
けど今のミカに対してはそんな楽観的な考えては抱けなかった。大学に入ってきたミカは以前とは別人だったから。
真面目に戦車道に取り組んでくれるのはいいけど、どうにも何かに急き立てられている印象があって心配はしていた。
トウコの言う通り高校時代のミカは勝ち負けに拘る様な性格じゃなかった。それが今では逆にとことん勝敗に、勝つことに拘るようになってしまった。
ただ純粋に戦車に乗るのを楽しんでいたあいつはどこに行ったんだ?
そういえば大学で再会してからあいつがカンテレを弾いているところを見たことがない。
私があげたチューリップハットは後輩の子にあげたということだから、カンテレもそうなのかと思ったけどそうではないらしい。
そんな状態のミカが3日も音沙汰がない。心配するなという方が無理な話だ。
とりあえず電話してみるか、と私は携帯を取り出す。
コール音が鳴る。1回、2回、3回……。
出ない。
まあ駄目で元々くらいの気持ちだったし仕方ない。然して期待していなかった私はそのまま通話を切ろうとして――
『……ルミ……?』
そこで応答があった。
突然のことに慌てながらも私はミカに声を掛けた。
「もしもし、ミカ? もう練習始まるぞ。一体今どこ――」
『ルミ』
私の言葉を遮ってミカは尚も私の名前を呼んだ。
その声音はミカが出したとは思えないくらい弱弱しかった。
『助けて……』
その一言に全身が総毛立った。
「おいミカ!? 大丈夫か、何があった!? 今どこ!?」
『……自分の、部屋……』
それだけ答えるとミカは押し黙ってしまった。代わりにすすり泣く声が聞こえてきた。
ミカの身に何があったのかは分からない。それでもあのミカが泣いているところなんて私は見たことも聞いたこともなかった。それだけで焦りを覚えるのには充分だった。
「分かった、自分の部屋だな!? 今すぐ行くから待ってろ!!」
私は通話を切るとすぐに駆け出そうとして――
「どうかしたんですか、ルミ先輩?」
トウコの真剣な表情に阻まれて、動きを止めた。
いつものおちゃらけた雰囲気は欠片もない。トウコとは高校時代からそれなりに長い付き合いだけど、こんな顔を見たのは数えるくらいしかない。
トウコも私の様子から徒事じゃないと察したんだろう。
「分からん。ともかく私はミカの家に向かうから、お前らはいつも通り練習に出てろ」
「え!? で、でも隊長たちにも知らせた方が……」
リリの言うことももっともだと思う。けどまだ何かあったと決まった訳じゃないし、あまり大事にはしたくなかった。
「何かあったらすぐ連絡するから、まだ他の奴らには何も言うなよ? 頼むよ!」
「あ、先輩!」
リリの制止の声を無視して私は走り出した。
一瞬車で行くことも考えたけど、距離を考えたらかえって走った方が早いと判断して私はミカの家までの道を一気に駆け抜けた。
そしてミカの部屋の前まで辿り着くと、私は荒い息を整えるのも惜しんでインターホンを鳴らす。
反応はない。
「ミカ! おい、ミカ! 大丈夫か!?」
近所迷惑も顧みずに私はドアをドンドンと叩いた。
返事はない。
それに焦れて乱暴にドアノブを回すと何の抵抗もなくドアは開いた。鍵は掛かっていなかった。
私は勢いよくドアを開けてそのまま部屋に踏み込んだ。
部屋の中はカーテンを閉め切って電気も点けていないため、昼にもかかわらず真っ暗だった。
そんな暗闇の中にミカはいた。
ミカはまるで世界のすべてを拒絶するようにベッドの横で膝を抱えて座り込んでいた。
「ミカ! おい、ミカ!!」
肩を掴んで揺さぶるとミカはようやく私の存在に気付いたように顔を上げた。
「ルミ……」
ミカの顔は酷い有様だった。
部屋が暗いのも相まって、見知った顔でなければ幽霊か何かと勘違いしそうな程生気のない顔をしていた。
その目が私を捉えたかと思うと、いきなりミカは私に抱き着いてきた。
「ルミ……ルミ……っ!」
私は突然のことに反応できずに勢いのままにミカ共々後ろに倒れ込んでしまった。
「いって~……。おい、ミカ! いきなり何す――」
口から出た文句はすぐに引っ込んだ。
だってミカが泣いているのを見てしまったから。
電話で泣いているのを聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると重みが違った。
あのミカがまるで子供みたいに何かに怯えるように震えている。
それを見て私は文句を言う代わりに、小さい子供をあやすみたいにミカを優しく抱きしめて頭を撫でてやった。
「よしよし、もう大丈夫だからな。私はここにいるぞ。だから安心しろ」
結局私はミカが落ち着くまでずっとそのままの姿勢で頭を撫で続けた。
*
「うん、とりあえずこっちは大丈夫だから。隊長には……まあ、適当に誤魔化しといて。うん、うん、じゃあよろしく」
トウコにミカの無事を伝えると私は電話を切って、自分の胸元に目線を落とす。
ミカは未だに私の胸の中でぐずっている。
見たところ怪我はないし、体調が悪い訳でもなさそうだ。体の方は無事だろう。
けど心の方はとても無事とは思えなかった。
「なあ、ミカ。何があったんだ?」
こんな状態のミカを問い質すのは躊躇われたけど、このままじゃ埒が明かないのも事実だ。だから私は思い切って口を開いた。
「練習にも来ないし、何の連絡も寄越さないし、心配したんだぞ。トウコも、リリも、他の皆だってそうだ。言いにくい事だったら深くは聞かないけど、せめて――」
「ねえ、ルミ……」
ミカは私の問いには答えなかった。
「私は、誰……?」
代わりに口から漏れたのはそんな意味不明な言葉だった。
子供みたいに泣き出して抱き着いてきて、ようやく泣き止んだかと思ったら前置きもなくそんなことを言われたら普通は戸惑うだろう。
けど私にはミカがそんなことを言う理由に心当たりがあった。
「……島田風美香、とは答えてほしくないんだろうな」
私の答えが予想外だったのか、ミカは目を見開いて呆然としていた。
「何で……」
「あのな、仮にも私隊長だったんだぞ? 隊員の本名くらい把握してるに決まってるだろ」
サンダースみたいに500人も履修者がいたら知らない奴がいても仕方ないけど、普通は隊長なら隊員の顔と名前くらい覚えているに決まっている。
ましてやミカの場合は忘れようとしたって忘れられるはずがない。
何せあの“島田”だ。島田なんて別に珍しい苗字でもないしただの偶然だろう……なんて流石に考えられなかった。日本で戦車道をやっていて島田流の名前を知らない奴なんていない。
それにあの島田流の娘が学園艦に来たって噂は私も中学の時に耳にしたことがあったから。
もっともミカは高校では名無しで通していたし、きっと触れられたくないんだろうということで私を含めて少なくとも戦車道のメンバーは誰もそのことには触れなかったけど。
「お前が誰かって? お前はミカだよ。ていうか忘れたのか? そもそも“ミカ”って名前、私が付けてやったんだぞ?」
ミカの過去に触れる気はなかったから本名で呼ぶという選択肢はなかった。かと言っていつまでも名無しじゃ不便だということで当時の私は何か渾名を付けようと思い立った。
ミカは私の言葉が予想外だったのかしばらく呆けていたけど、次第に理解が追い付いたのかポツリと呟いた。
「私は、“ミカ”でいいの?」
「いいに決まってるだろ? 私が保証してやる」
私が力強く断言してやると、ミカはそこでようやく安心したように微笑んだ。
やっと笑ってくれた。それが嬉しくて私も自然と笑みが零れる。
けど同時に、罪悪感が芽生えた。
誰に対する罪悪感かと言えば。愛里寿隊長だ。
だってそうだろう。ミカが島田風美香であることを否定するのは、愛里寿隊長の姉の存在を否定することで、隊長を裏切ることになるんだから。
私は初めて愛里寿隊長に出会った時のことを思い返す。
大学選抜で初めて隊長と会った時は何とも複雑な心境になったもんだ。
ただでさえ飛び級で大学に入った年下の天才少女、島田流家元の娘なんて肩書きがあるってのに、それに加えてミカの妹とかもう数え役満だ。正直どう接していいか分からなかった。
そしてそれは何も私だけの話じゃなかった。
自分で言うのも馬鹿馬鹿しいが、大学選抜ってのは言ってみればエリートの集まりだ。高校時代にエースとして活躍した連中が大学に入って、その中でも更に選りすぐりの人間が集まるところだ。
そしてエリートなんてのは総じてプライドが高いものだ。そんな連中が13歳の子供に完膚なきまでに叩きのめされれば、プライドもズタボロだ。いい感情を抱けるわけがない。
隊長も隊長で周りに対して壁を作っている印象があったから、余計に溝は深まっていくばかりだった。
まあ、島田流の後継者として周りに弱みは見せられないって気を張っていたんだろうし、私たちとは歳が離れているから中々話題も合わないっていうのもあったんだろうとは思う。
『ルミ』
そんなある日のことだ。大学選抜での練習が終わって、愛里寿隊長を宿舎まで車で送り届けていた時に隊長から話し掛けられたのは。
私は大学選抜では中隊長を務めていたから他の隊員に比べれば隊長と話す機会が多かったけど、それだって訓練メニューについてだとか試合の作戦についてだとか、必要最小限の事務的な会話ばかりだった。
『ルミはたしか継続高校出身だったな?』
だから愛里寿隊長からそんな世間話みたいな話題を振られた時は面食らってしまった。
『……はい、そうですけど』
『そうか……』
『え~と、それがどうかしました?』
『…………いや、何でもない』
戸惑いながらも答える私に対して、隊長は誤魔化すように言葉を切った。
何で私の出身校のことなんて聞くのか。最初は分からなかったけどすぐにピンときた。
きっとミカのことを聞きたかったんだろうって。
『あ~、そういえば』
だから私はわざとらしく思い出したふりをして、それでもなるべくさりげなさを装いながらミカのことを口にした。
私としても中隊長としていつまでも隊長と壁を作ったままじゃまずいという思いがあったし、何でもいいから話題が欲しかったというのもある。
『高校時代の後輩で一人変わった奴がいて印象に残ってるんですよ。私が3年の時に入学してきた奴で、“フミカ”っていうんですけど』
反応は劇的だった。運転中だったから顔は見れなかったけど、明らかにこっちを凝視しているのが肌で感じられた。
私はそれに気付かないふりをして続けた。
『私は“ミカ”って渾名で呼んでたんですけどね。妙に達観してるっていうか何て言うか、いっつもひねくれたことばっかり言ってましたね。けど一度戦車に乗れば別人みたいで、うちの誰よりも戦車に乗るのが上手くて。それに何より、本当に楽しそうに戦車に乗ってましたよ』
あくまでミカが隊長の姉とは気付いていないという体で話さなきゃいけなかったから話せることにも限界があった。
果たしてこれで愛里寿隊長は満足してくれるかと内心不安だった。
『そっか……』
けど私の耳に届いた愛里寿隊長の呟きでそんなものは吹き飛んでしまった。
短い言葉だったけどその声には明らかに感情が籠っていた。隊長は私たちの前ではいつも感情を押し隠した無機質な声で喋るから、本当にこれは隊長の声かと自分の耳を疑ったくらいだ。
それを確かめるためという訳でもないけど、私はちらりと横目で愛里寿隊長の様子を窺って。
今度は自分の目を疑うことになった。
あの愛里寿隊長が笑っていた。
いつも私たちの前では無表情だったあの隊長が何かを懐かしむような、嬉しがるような、そんな表情をしていた。
その表情は大学選抜の隊長としてのそれじゃなく、年相応の一人の女の子のものだった。
何だ、そんな顔もできるんじゃん。
そう思ったら愛里寿隊長に感じていた壁があっという間に消え去ってしまった。
その日から私は何かと愛里寿隊長と話すようになった。お昼を一緒に食べたり、世間話をしたり、戦車以外の色々な話題で会話に花を咲かせた。
それをきっかけに同じ中隊長のアズミとメグミも隊長との距離を縮めて行って。
他の連中はそれを遠巻きに眺めている奴がほとんどだったけど、私たちと仲良く喋る愛里寿隊長を見て、時折年相応の表情を見せる隊長を見て、一人また一人と認識を改めていって。
いつの間にか愛里寿隊長を悪く思う奴はいなくなっていた。
そんな愛里寿隊長のことを思い出すと、心苦しくはあった。あの時の隊長の顔を見れば、隊長がどれだけミカのことを慕っているかは嫌でも分かる。
それでも今の私にとってはミカの方が大事だった。
目の前で苦しんでいるミカを見捨ててまで愛里寿隊長を優先するなんて、できる訳がなかった。
「で? 泣いてた理由はそれ?」
誰に何を言われたのかは知らないけど、ミカらしくもない。
少なくとも高校時代のミカなら他人に何か言われたくらいでここまで追い詰められるようなことなんてなかっただろうに。
しかしミカは私の言葉にふるふると首を振った。
「違う。それもある。あるけど……」
そこまで言って辛いことを思い出したのか、ミカはまた泣き出してしまった。
私は慌ててミカを抱き締めると、落ち着かせるように背中を擦った。
「焦らなくていい。ゆっくりでいいから、話せることだけ話しな。私は逃げやしないからさ」
しばらくそうしているとミカも段々落ち着いてきたのか、ポツリポツリと語り始めた。
先日の試合で西住まほに負けた後に二人で話したこと。
その時に自分は島田風美香で、それ以外の何者にもなれやしないと言われて自分が何者なのか分からなくってしまったこと。
自分が何者なのか知りたくて継続高校の学園艦まで出向いて、ミカの後輩で隊長を引き継いだアキという娘に会いに行ったこと。
隊長の重圧に押し潰されそうになっていたその娘に戦車道をやめたければやめればいいと言ったこと。
それがきっかけでその娘を怒らせてしまったこと。
どうすればいいのか分からなくて逃げ出して、ずっと部屋に引き籠っていたこと。
「私は、どうすればいいのかな……?」
ミカは最後にそう締めくくった。
西住まほに対しては言ってやりたいことが山程あるけどそれは一旦置いておこう。今考えるべきはミカと後輩の娘のことだ。
とは言え私から言えるのは一つしかない。
「謝ればいいだろ」
実際それしかない。相手に悪いことをしたと思っているなら、仲直りしたいと思っているなら、誠心誠意謝罪するしかない。少なくとも私はそう思う。
「無理だよ、許してくれる訳がない。だって私は許せなかった。きっと、アキだって……」
ミカが誰のことを許せなかったのかは敢えて聞くまい。大体予想が付くし、今は関係ない話だ。
「大丈夫だ。お前が隊長を任せてもいいって思った娘なんだろ? きっと話せば分かってくれるさ」
生憎とその後輩の娘とは入れ違いで卒業してしまったので面識はない。
でも前にミカの高校時代の試合を観戦した時にミカの車輌のメンバーは目にしたことがある。
あのミカが心から気を許しているのが一目見て分かった。ミカが隊長になったと聞いた時は正直不安だったけど、あの二人が一緒にいれば大丈夫だってそう思えた。
私ですら分かるくらい深い絆がそんな簡単に断ち切れる訳がない。だから絶対に大丈夫だ。そんな気持ちを込めて説得したらミカは最終的には頷いてくれた。
「よし、んじゃとりあえずは飯でも食いに行くか! あ~、その前に風呂か? それとも一眠りするか? 美味いもの食べて、身綺麗にして、ぐっすり眠れば気持ちも切り替えられるだろ」
「ねえ、ルミ」
立ち上がった私を見上げてミカは恐る恐るといったように聞いてきた。
「ルミはどうして私にそこまでしてくれるんだい?」
どうして、か。言われて改めて考える。
同じ高校の後輩だから?
副隊長として隊員のケアも仕事の内だから?
どちらもあるのは事実だけどそれだけじゃない。
まあ一言で言えば。
「私もお前も同じ継続だから、かな」
何を言っているのか分からない、というミカの表情に苦笑する。まあ当然だ。今のは流石に言葉が足りなかった。
継続高校の生徒は一般的に物静かだとか、人見知りだとか、忍耐強いだとか言われている。とはいえそれはあくまで一般論であって、勿論それに当てはまらない奴も多い。トウコなんかは正にその典型だろう。
けど、ただ一つ。
そのトウコを含めて
「知らなかったのか?
*
「ただいま~」
戦車道の練習終わりでクタクタになりながら私は自宅の玄関のドアを開けた。
私は大学を卒業した後戦車道のプロになった。
プロ入り当初は中々試合にも出られなくてもどかしい思いを抱えていたけど、最近ではようやくレギュラーに定着してきた。とはいえまだまだ油断はできないし、もっと上を目指したいという気持ちもある。
いずれは日本代表になって世界で活躍してやると意気込んで毎日練習に励んでいる。
「おかえり、ルミ」
そんな私を出迎えてくれたのはエプロンを身に纏ったミカだった。
そう、ミカだ。
あのミカだ。
高校時代のミカを知る人間が見たら卒倒しかねない光景だろうけど、私にとっては既に見慣れたものだった。
「お~、いい匂い。今日の晩御飯は何?」
「今日はカレリアパイを作ってみたよ」
「おっ、いいね~、懐かしい。継続にいた頃はよく食べたけど、そういや最近食べてないな」
ミカの顔には大学に入ってばかりの頃の張り詰めた雰囲気はもうない。あの日みたいな弱弱しい姿を見せることもない。
あの日。私の前でミカが大泣きした日だ。
あの後ミカは後輩のアキって娘に謝りに行った。
私は現場に立ち会うことはなかったけど、後輩の娘に謝って許してもらえたらしい。
いや、許してもらったというのは正確じゃない。相手の娘もミカに酷いことを言ったことを気にしていたらしく、お互い様ということですぐに仲直りできたらしい。
それだけじゃなく島田流家元との関係も今ではすっかり修復できて、愛里寿隊長ともしょっちゅう連絡を取り合っていると本人の口から聞いた。
『姉様から聞いたよ。お母様と姉様が仲直りできたのは全部ルミのおかげだって。本当に、ありがとう』
顔を赤らめながらお礼を言う愛里寿隊長の姿は、可愛らし過ぎて思わず昇天しそうになった。背中に突き刺さるアズミとメグミの嫉妬交じりの視線が心地よかった。
……流石にその後、島田流家元にまで頭を下げられた時には別の意味で昇天しそうになったけど。
そんなこんなでミカの周りの人間関係のトラブルは全部無事解決、めでたしめでたしという訳だ。
ただ一つだけ問題があるとしたら、私と違ってミカは大学卒業を期に戦車道をやめてしまったことだ。
ミカの実力だったらきっとプロにだってなれただろうに。というか実際スカウトも来ていたみたいだけど、ミカは断ったらしい。
『母さんや愛里寿に迷惑は掛けられないからね』
その一言で私はすべてを察した。
一学生に過ぎない私ですらミカの本名を知っていたくらいだ。ちょっと調べればミカが島田流の人間だってことくらいすぐに分かる。
そして島田流の家元の娘が何で本名を隠して、島田の家を離れて戦車道をやっているのかという疑問に行き着くだろう。
西住みほの一件以来落ち目の西住流に代わって日本戦車道を牽引する島田流にとって、そんなスキャンダルは御免被るだろう。ミカはそれを理解していたんだ。
ただ、戦車をやめたのはいいがそうなるとどこにも行く当てがないという問題が発生した。
今更島田の家に住むというのも気が引けるし、自分に真っ当に働くなんてできそうもない、などと宣うミカに呆れながらも、「だったら家政婦代わりに雇ってやろうか?」なんて冗談交じりで言ってみた。
そうしたらまさかの二つ返事でOKしてきて、その結果今では二人で同じ部屋に暮らしている、という訳だ。
最初はミカに家事をやらせるのは不安だった。事実何度か失敗することはあったけど、致命的なミスは一回もなかったし、今では手慣れてきて本当の家政婦みたいに完璧に仕事をこなしてくれている。
何よりミカは毎日幸せそうだった。
私としてもミカと一緒にいる時間は嫌いじゃない。
料理、掃除、洗濯と家事は全部やってくれるから助かっているのも事実だ。
だから不満なんてあるはずがない。
けどただ一つだけ、気になっていることがある。
「なあ、ミカ」
「ん? 何だい、ルミ?」
「…………いや、何でもない」
誤魔化すようにコーヒーを飲む私に対して、ミカは特に追求せずに洗い物に戻った。その背中を眺めながら考える。
私が唯一気になっていること。それは私の存在がミカのことを縛ってしまっているんじゃないかということだ。
ミカは元々何かに縛られるのを嫌っていた。今も本当は自由に羽ばたくことを望んでいるんじゃないのか、私がそれを妨げているんじゃないか。そんな疑問はずっとあった。
けど未だに言えずにいる。今だってそうだ。
何故かと言えば……怖いからだ。
それを口に出してしまったら、何かが決定的に壊れてしまうんじゃないかって。そう思うと言い出せなかった。
……ああ分かっている、こんなのは問題の先送りに過ぎないってことくらい。そして後回しにすればするほど事態は悪化する一方だってことも理解している。
それでも。
私は今の幸せを壊したくない。
ミカと一緒いられるこの時間を失いたくないと、そう思っている。
『ルミはどうして私にそこまでしてくれるんだい?』
あの日の問い掛けが脳裏に浮かぶ。
どうして、か。私は改めて考える。
同じ高校の後輩だから?
副隊長として隊員のケアも仕事の内だから?
どれも正解だけど、どれも外れだ。
……ああ、今頃になって分かったよ。
何てことはない、私はミカのことが好きなんだ。
あの日愛里寿隊長よりもミカを優先した時点で気付くべきだった。
そうだ。あの日私の胸の中で泣きじゃくるミカを見て私は思ったんだ。
こいつを守ってやりたい、私が守ってあげなきゃ駄目なんだって。
そして気付けばその思いは更に大きくなっていた。
一生傍にいたい。一生離れたくない。一生放したくない。
一生傍にいてほしい。一生離れないでほしい。一生放さないでほしい。
そんな風に考えている自分がいる。
だから私はこれからもミカを手元に置き続ける。
たとえそれが砂上の楼閣に過ぎないと理解していても。
*
【ミカ視点】
ルミの存在を背後に感じながら私は洗い物を続ける。
ああ、今日もルミの役に立てた。
ルミが私が作ったご飯を美味しそうに食べてくれた。
ルミが私に話し掛けてくれた。
ルミが私に笑い掛けてくれた。
ルミが傍にいてくれる。それだけで私はこんなにも幸せなんだ。
何物にも縛られずに生きていきたい。そんな風に考えていた時期もあった。
あの頃の私は何て愚かだったんだろう。
自由? そんなものに何の価値があるんだ?
私にはルミだけいればいい。
私はルミだけ見ていればいい。
ルミの言うことだけ聞いていればいい。
ルミのことだけ考えていればいい。
それが私の幸せでそれ以外は何もいらないんだ。
ルミ。
名前をくれてありがとう、ルミ。
ルミのおかげで私は私でいられるんだ。
助けてくれてありがとう、ルミ。
ルミのおかげでアキは私を許してくれた。
お母さんや愛里寿とも仲直りできた。
全部ルミのおかげだよ。
ルミは私に欲しいものをすべて与えてくれたんだ。
ルミ。
好きだよルミ。
大好きだよルミ。
愛しているよルミ。
ルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミルミ――
君に私のすべてを捧げる。
一生傍にいる。一生離れない。一生放さない。
一生傍にいて。一生離れないで。一生放さないで。
もうルミがいない人生なんて考えられないんだ。ルミがいない人生に価値なんてないんだ。ルミがいない人生なんて耐えられないんだ。
だからルミ。
ずっとずっと一緒にいようね。
もしルミがいなくなったりしたら。
私。
どうなっちゃうか分からないよ。
ミカさんのifルート第二弾。
別名「ミカヤンデレルート」
ミカさんはアキとちゃんと仲直りして、母親とも妹とも関係を修復して、大好きなルミ先輩と一緒にいられる。
うん、HAPPY ENDだな!
……ルミは犠牲になったのだ。
ミカのHAPPY END……その犠牲にな。
……となる予定だったけど、書いているうちにルミさんもミカのこと大好きになったので正真正銘のHAPPY ENDですね。
大丈夫です。ヤンデレってのは手綱さえちゃんと握ってればただの一途な可愛い女の子で済みますから。
ただし一つでも選択肢ミスればnice boat一直線ですが。
ちなみにルミさんはこの話の時点では大学のチームでは副隊長です。
大学選抜で中隊長を務めていたルミなら、隊長では? とも思います。
しかしミカと面識があって、アキとミッコとはないということはルミはミカより2学年上。
つまり原作時点でアキとミッコが高校2年、ミカが3年、そしてルミは大学2年。
この話は原作の1年後なのでルミは大学3年。なので年功序列ということで副隊長に。
というか2年で大学選抜の中隊長と考えるとルミさん相当優秀ですよね。
アズミとメグミは同学年なんでしょうか?
そうなると中隊長は全員2年ということになるんですが、3年と4年の連中は何やっているんでしょうか。
……いやまあ隊長が飛び級の13歳という時点で今更な話ではありますが。
あと三人とも2年の場合一番気になるのは全員20歳になっているのかということ。
ドラマCDで3人とも普通にお酒飲んでいたけど大丈夫か?
ちゃんと全員誕生日を迎えていたんだろうか?
お酒は20歳になってから……いや、よそう、俺の勝手な推測でみんなを混乱させたくない。
さて、次の話は澤ちゃんか西さんにしようかと思っています。
澤ちゃんの話は前からずっと書きたいと思っていたし、西さんは最終章で株爆上がり中なのでこちらも書きたくて堪らない。
どちらを先に投稿するかはもう少し考えます。