最近暗い話題が多いから、という訳でもありませんが今回はケイさんifルートのHAPPY ENDです。
あと今回名前ありのモブキャラが何人か出てきます。
と言っても本当に少ししか出番はありませんが、苦手な方はご注意を。
【ケイ視点】
ソファに座って目の前のテレビから流れる映像をぼんやりと眺める。好きな映画が放送されるからとテレビを点けたはいいけど内容は全然頭に入ってこない。
明日のことを考えるとどうにも緊張して何も手につかなかった。
だって明日は待ちに待った私の戦車道のプロデビューになる試合なんだから。
リーグ戦はすでに優勝争いは終わっていて、残りは消化試合に近い。それでもこうしてレギュラーに選ばれた以上、アピールはしておきたい。来年以降のことを考えればここでしっかりと結果を出しておきたい。
気負っても仕方ないと分かっているのに、どうしても色々考えてしまう。まだ早いけどさっさとベッドに入ろうかとも考えたけど、今の状態じゃ中々寝付けそうにない。なら軽くジョギングでもしてこようかと考えていると携帯が鳴った。
こんな時間に誰だろうと思って画面を見る。電話をしてきたのはアズサだった。
『お久しぶりです、ケイさん! えと、今大丈夫でしたか?』
「ええ、大丈夫よ。久しぶりね、アズサ。今日はどうしたの?」
『はい。ケイさんが明日の試合のレギュラーに選ばれたって聞いて、どうしても直接お祝いの言葉を言いたくて。おめでとうございます!』
他の子からもメールでお祝いの言葉はもらったけど、わざわざ電話してきてくれるなんてね。何だか嬉しい。
でもお祝いというなら。
「サンクス! けどそっちこそ凄いじゃない。聞いたわよ、大学選抜に選ばれたって。おめでとう!」
『いえそんな、私なんてまだまだで……』
「謙遜しないの。アズサの悪い癖よ、そういうところは」
『は、はい! すみません!』
「大学リーグでも絶好調らしいじゃない。期待してるわよ、今年こそはサンダース大学が優勝してくれるって」
私の母校であるサンダース大学は現在リーグ戦で首位に立っている。
今年のサンダース大学はアズサ以外にも隊長であるアリサ、副隊長のナオミを筆頭に優秀な選手が揃っている。
私たちの代では結局優勝はできなかったけど、今年のサンダース大学ならきっと優勝してくれる、私たちが叶えることができなかった悲願を達成してくれる。私はそう信じている。
「大丈夫、貴方たちならできるわ。自信を持ちなさい」
『はい!』
いい返事だ。これならきっと大丈夫ね、と思ったところでアズサは無言になった。
どうしたんだろう。まだ何かあるんだろうか。疑問に思った私が声を発する前にアズサの方から口を開いた。
『その、ケイさん』
「うん? どうしたの?」
『ありがとうございます』
突然真剣な口調で言われて私は困惑した。
「どうしたの、そんな改まって」
『ずっとお礼を言いたかったんです。今まで中々言う機会が無くて、でもこの気持ちは絶対に伝えたい、伝えなきゃいけないって思ってたから。だから言わせてください。
ケイさん、本当にありがとうございます。私が今もこうして戦車道を続けていられるのはケイさんのおかげです。ケイさんの指導があったから、私はここまで強くなれたんです』
真っ直ぐに感謝の言葉を伝えてくるアズサに対して、私はすぐに返事をすることができなかった。
「……私はお礼を言われるようなことはしてないわ」
これは謙遜なんかじゃなく本心だ。
そう、私はお礼を言われるようなことはしていない。
私には、アズサにお礼を言われる資格なんてないんだから。
『お願いします、私を鍛えてください!』
私は思い出す。
5年前、戦車道の全国大会が終わって、夏休みが明けて新学期が始まって。サンダースの制服を着たアズサが私に会いに来た時のことを。
目の前に現れたアズサの姿に私は驚いた。確かに「ウチはいつでもウェルカムよ!」とは言ったけど、まさかあんなに早く転校してくるとは思わなかったから。仮に転校してくるとしても、大洗が廃校になってから、年度が変わってからのことだと思っていたから。
聞けばあの時期に転校してきたのは私に指導をしてもらいたかったかららしい。私が卒業していなくなる前にと無理をしてあの時期に転校してきたんだとか。
そこまで言われて悪い気はしなかったけど、だからと言ってYesと即答はできなかった。
サンダースには500人もの戦車道履修者がいる。そんな中で隊長である私が特定の隊員一人に付きっきりで指導なんて本来ならできるはずがない。アズサだってそれくらいのことは分かっていたはずだ。
『強くなりたいんです。西住隊長の戦車道は間違っていない、それを証明したいんです!』
私はどう答えたものか迷った。けど、誠心誠意頭を下げてお願いするアズサに対して結局Noとは言えなかった。
『OK! 任せなさい! でも私の指導は厳しいわよ。付いてこれるかしら?』
『……勿論です!』
『いい返事ね! なら善は急げよ! 早速今日から訓練開始! 行くわよ!!』
『イエスマム!!』
そしてその日から私は徹底的にアズサを鍛え上げた。映画に出てくるような鬼軍曹をイメージして、ひたすら厳しく指導した。
と言っても訓練内容自体は単純なもので、基礎を繰り返し教え込んだだけだった。
アズサには確かに才能があった。けど戦車道を始めて数カ月ということもあってまだまだ基礎が出来上がっていなかった。どんな才能も基礎という土台をしっかり作り上げないと花開くことはない。必ずどこかで行き詰るものだ。
特にアズサの場合はミホの戦い方を身近で見てきたのもあって、セオリーを無視した奇策に走る傾向があった。あるいはすぐに強くならなきゃいけない、結果を出さなきゃいけないという焦りもあったのかもしれない。
だから私はそんなアズサを落ち着かせる意味も込めてひたすらに基本的な訓練を繰り返し行わせた。
アズサは最初明らかに不満そうにしていたけど、その基礎の段階で何度も失敗していくうちに不満を言うこともなくなった。
当時のアズサはあの黒森峰のエレファントやヤークトティーガーを撃破したことで知らず知らずのうちに慢心しているように感じた。だからその鼻っ柱をへし折る必要があった。
とはいえやり過ぎれば潰れる可能性もあった。
事実、訓練を始めたばかりの頃はアズサは毎日のように泣いていた。少しでも早く結果が欲しいところに基礎ばかりの練習、しかもそれすら満足にできない自分自身の不甲斐なさに落ち込んでいたんだと思う。
『ギブアップかしら、アズサ?』
そんな時私は決して優しい言葉で励ましたりはしなかった。
『ならやっぱりミホの戦車道は間違ってたってことかしらね』
代わりに投げ掛けたのはそんな挑発めいた言葉だった。下手な慰めの言葉よりもその方が効果があると思ったからだ。
『訂正してください』
効果は覿面だった。アズサはそれまでの落ち込みようが嘘のように怒りを両目に滾らせながら私を睨み付けてきた。
『私はともかく西住隊長を馬鹿にするのは許せない!』
そんなアズサの顔を見て私は心が痛んだ。私自身酷いことを言った自覚はあったから。
『ならガッツを見せなさい! 落ち込んでる暇なんてないわよ!』
でも私はそんな内心を表に出すことはせずに笑顔で指導を再開した。
そんなことが何度もあって、私はアズサが潰れてしまわないか、私が卒業した後はやっていけるのかと心配したこともあった。
『あそこまで厳しくする必要ないんじゃないですか?』
そんな風にアリサにやんわりと諫められたこともあった。けど私はアズサに対する指導方針を変えることはなかった。
そもそも私がアズサの指導を引き受けたのは彼女の熱意に心を打たれたからだ。ミホの戦車道を受け継ぐ、その正しさを証明する、そのためならどんな困難だって乗り越えてみせる。そんな想いに応えてあげたいと思ったからだ。
そして引き受けたからには半端な真似は許されない。だから私は心を鬼にして指導を続けた。
結果として私の心配は杞憂だった。アズサは訓練を続けていくうちに次第にミスも減っていき、年が明ける頃には基礎は完全に出来上がっていた。
そんなアズサの成長ぶりを見て私は指導者として誇らしい気持ちになった。
その一方で心のどこかで暗い炎が灯るのを感じていた。
有体に言って当時の私はアズサの才能に嫉妬していた。戦車道を始めて一年ですでにサンダースの二軍の子たちと同じかそれ以上の実力を身に付けていた。はっきり言ってあの成長速度は異常だった。
アズサがどれだけ頑張ってきたかは指導した私が一番分かっていた。でもあれは努力だけでどうにかなるレベルを超えていた。
これが才能ってものなんだろう、そしてきっとこういう才能溢れる子が将来プロになって、代表に選ばれて、世界で活躍するんだろう、とそう思った。
そして不意に疑問が芽生えた。
そんなアズサと比較して自分はどうだろう。
私にあの子のような実力があるだろうか、才能があるだろうか。
私もプロになって、世界で活躍することができるだろうか。
私はそれまでは周りからの評価はそこまで気にしていなかった。けど、改めて考えると自分の評価が大して高いものではないことに気付いた。
強豪サンダースの隊長としてそれなりに評価はされていたと思う。けど私に向けられる称賛の言葉は、人柄だとか人望だとかフェアプレイの精神だとか、実力とは別の事柄に対するものばかりだった。
違う! 私だってやれる、私だってきっとプロになれる、いつか世界で戦える!
私はそう自分に言い聞かせて黒い気持ちを押し隠した。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま過ごしていたある日のこと。
アズサの指導を終えて帰り支度をしていた私はアリサとナオミの二人に呼び止められた。私に相談があると言って。その内容はというと、アズサを一軍入りさせるかどうか、というものだった。
あの時の私はアズサの指導のために戦車道の練習に顔を出してはいたけどほぼ引退したと言っていい状態だった。引き継ぎも終わっていたし、誰を一軍に上げるかは隊長であるアリサが決めればいいことのはずだった。
そう言うとアリサは渋い顔をした。
『私としてはあの子はまだ一軍に上がるのは早いって思うんですけどね……』
そこで言葉を区切るとアリサはちらりと隣に立つナオミを見遣った。
『私は梓を一軍に上げてもいいと思ってる』
ナオミはアリサの意見に真っ向から反論した。
『実力は充分だし、あの子がどれだけ努力してきたかは皆知ってる。アリサだってそうでしょう?』
『それはそうだけど……。けどあの子は戦車道を始めてまだ一年よ? サンダースに編入してきてからはまだ半年しか経ってない。いずれは一軍入りするにしても、今すぐってのは時期尚早じゃないかしら。もう少し経験を積んでからでもいいと思うけど』
隊長と副隊長で意見が見事に真っ二つに割れていた。しかもそれはアリサとナオミだけの話じゃなくて、隊員たちの中でも同様だったらしい。
どちらを選んでも角が立つということで二人ともほとほと困り果てて、前隊長であり、アズサの指導を担当していた私の意見を聞きに来たということだった。
事情は理解したけど私としてもどう答えたものか迷った。アリサの言うことも、ナオミの言うことも理解できたし、どちらが正解とも言い難かった。
それに仮に私がどちらかを支持したとしてもそれはそれで角が立つだろうし、引退した身であれこれと口出しするのもどうかとも思った。
中々いい案が出なくて三人でどうしたものかと頭を悩ませていると、私は唐突に閃いた。
『ならこういうのはどう? 私とアズサが一対一で戦うの。それでもしアズサが私に勝ったら一軍入りを認める、負けたら一軍入りは当分の間見送る。どう? シンプルでいいでしょ?』
私の提案に二人は驚いていたけど、確かにそれなら分かりやすくていいということで納得してくれた。その後はそれまで悩んでいたのが嘘のようにすぐに話はまとまって、卒業式の前日に勝負をするということに決まった。
そして卒業式の前日、私とアズサの勝負の日がやって来た。
『卒業試験よ。見せてみなさいアズサ。貴方の実力を。貴方の覚悟を!』
アズサは最初明らかに困惑していたけど、私の言葉にすぐに気持ちを引き締めて戦車に乗り込んだ。
アズサは強かった。
それまで指導を通してアズサの成長を間近で見続けてきたし、実際に対戦したことも何度もあった。だからアズサの実力は知っていたつもりだった。
でもあの時のアズサの強さはそれまでとは段違いだった。序盤こそ私の方が有利に試合を進めていたし、惜しい場面は何度もあった。そこを凌がれてからは逆に私がやられそうになる場面も何度もあった。
やっぱり私じゃ、ダメなの?
そんな風に諦めそうになる自分を私は必死に鼓舞した。
私はあの日、自分なりに覚悟を決めて試合に臨んでいた。
もしアズサに負けたら戦車道をやめる、そう決めていた。
だからこそ私は必死だった。今までの人生であれほど本気で勝ちたいと思ったことはなかった。
絶対に負けられない。
何が何でも勝つ。
そんな気持ちで戦って戦って。
そして最終的に白旗を上げたのはアズサが乗るシャーマンだった。
勝った?
私が勝ったの?
私は目の前の光景が信じられなくて呆然としてしまった。
何をどうしたかまるで記憶になかった。気付いたら勝負は終わっていた。それくらい集中していた。練習でも試合でも手を抜いたことなんて一度もなかったけど、あの時の私はこれまでの人生で一番集中していたと思う。
『ありがとうございました!!』
試合後の挨拶で頭を下げるアズサを見て、私はようやく自分の勝利を実感できた。
『やっぱりケイさんは強いです』
負けたのにアズサは晴れやかに笑っていた。私は同じように笑みを返した。
『見せてもらったわ、アズサ。貴方の実力も覚悟も本物よ。これなら私がいなくなっても安心ね』
そう言って私が差し出した手をアズサは握り返した。
その瞬間、周りから一斉に拍手が沸き起こった。
予想外のことにアズサはおろおろしていたけど、私はそんなあの子の肩を抱いて手を振って拍手に応えた。それを見てアズサもぎこちなく笑いながら手を振っていた。
そして拍手が鳴り止むとそれを待っていたように一歩進み出てきた子がいた。
アリサだった。
アリサはその場でアズサを一軍入りさせることを告げた。
負けたら一軍入りは見送るという約束ではあったけど、アリサを始めとした一軍入りに反対していた子もアズサの戦いぶりを見て考えを改めたらしい。私としても反対する理由はなかった。
ただ一人、当のアズサだけが自分にはまだ早いなんて言って断ろうとしていたけど、あの戦いぶりを見ればアズサの実力に疑問を抱く人間はいなかった。
最終的には私から「皆貴方のことを認めてる、もっと自信を持ちなさい。貴方なら大丈夫よ」と説得してようやく納得してくれた。
『えと、その……ありがとうございます! どうかこれからもよろしくお願いします!!』
アズサが挨拶とともに頭を下げると、また拍手が起こった。
アズサの一軍入りを巡って対立していたのが嘘みたいに誰もが笑顔でアズサのことを祝福していた。
その光景を見て私はこれなら安心して卒業できると、そう思えた。
卒業後もアズサの活躍はたびたび耳にした。
二年生の時には黒森峰に、三年生の時には前年に敗れたプラウダにそれぞれ勝利して二年連続で決勝進出を果たした。
最後は聖グロに負けて優勝こそ逃したけど、アズサはサンダースの中心選手として活躍していた。
大学に入学した後も順調に結果を出し続けて、そして今回は大学選抜にも選ばれた。後輩の活躍を聞いて私は素直に嬉しかった。
でも同時に罪悪感も覚えた。何故なら私はあの時、アズサとの勝負を提案した本当の理由を誰にも言えていないからだ。
戦って実力を証明する、それが一番手っ取り早くていい。そう思ったのは事実だし、個人的にアズサの実力と覚悟を確かめたかったのも嘘じゃない。
けど本当の理由は別にあった。
私が本当に確かめたかったのはアズサじゃなく自分の実力だった。
もしアズサに勝てたら、私だってやれるとそう思える、これから先も戦車道を続けていく自信を持てる。
そんな身勝手な考えを私はずっと隠し続けていた。
アズサは私のおかげで今も戦車道を続けていられると言ってくれた。
確かに結果だけ見ればそうかもしれない。でも結果良ければすべてよし、なんて考えは私の良心が許さなかった。
いっそすべてを打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。けど私は必死にその衝動を抑え付けた。だって事実を明かして何になるのか。私の罪悪感が解消される以外に意味があるとは思えなかった。
アズサに悪いことをしたと思っているなら、真実は誰にも言わずに墓場まで持って行くべきだ。これからもアズサにとっての“いい先輩”であり続ける、それこそが私がアズサに対してできる罪滅ぼしだと、そう思ったから。
「お礼を言わなきゃいけないのは私の方よ、アズサ」
代わりに口にしたのはそんな言葉だった。
さっきアズサは私にずっとお礼を言いたかったと言っていた。でもそれは私も同じだ。
「貴方がいなかったら私はここまで来れなかった」
それはあの一騎討ちの話だけじゃない。アズサと出会えなかったら私はきっと挫折していた。
大学を卒業してプロに入って一年でレギュラーに選ばれる。そこだけ見れば順風満帆に見えるのかもしれない。
でもそこに至るまでの道のりは決して平坦じゃなかった。
プロの厳しさは私が想像していた以上のものだったし、周りのレベルの高さに圧倒されて何度も挫折しかけた。
けどその度にアズサの顔が脳裏に浮かんできた。私の指導に何度も心が折れそうになりながらも立ち上がって前に進み続けたアズサの姿を思い出した。
ここで私が折れたりしたらアズサに対して申し訳が立たない。意地でも食らい付いていかなきゃいけない。そうやって自分を奮い立たせてこれまで頑張ってきた。
「貴方の存在がずっと私の支えになってた。私がプロになれたのも、レギュラーに選ばれるまで頑張れたのも、全部貴方のおかげよ。本当にありがとう。
貴方と出会えてよかったわ、アズサ」
『ケイさん……』
……改めて言うと何だか照れ臭いわね。それは言われた側のアズサもそうだったみたいでお互いに無言になってしまった。
「……いけない! もうこんな時間! そろそろ切るわね! グッドナイト、アズサ!」
その沈黙にいたたまれなくなって私はわざとらしく慌てたふりをして電話を切ろうとする。
『ケイさん!』
そこをアズサに呼び止められた。
『明日は応援に行きます。私だけじゃなくて、サンダースの戦車道部員皆で応援しますから。だから、頑張ってください!』
「ありがとう。私の活躍、楽しみにしてなさい!」
『はい! それじゃあおやすみなさい、ケイさん』
そこで通話は終わった。
私は自分の気持ちが少し軽くなったように感じた。
アズサとの会話を振り返る。罪悪感がなくなった訳じゃないけど、自分の気持ちに一応の決着はつけられたと思う。これからはアズサともっと真っ直ぐに向き合えるんじゃないかと、そう感じた。
……さて、アズサとの会話のおかげか緊張も解れたことだし早く寝ないとね。寝不足で力を出せずにレギュラー落ちなんて笑えないもの。
ベッドに入ると私はそのまま朝までぐっすりと眠った。
*
そして一夜明けて試合の日がやってきた。
「まさかデビュー戦で貴方のチームと当たるなんてね、ヤイカ」
今私は試合前の挨拶で相手チームの下に出向いて、サンダース大学でチームメイトだったヤイカと顔を合わせている。
「ええ、それもお互い今日がデビュー戦なんて、こんな偶然ってあるのね。けど嬉しいわ、私は貴方と戦えるのをずっと楽しみにしていたの」
「私と?」
「ええ。前にも言ったでしょう? 私がここまで来れたのは貴方のおかげだって。今日はその恩返しをさせてもらうわ。貴方に勝つことで、ね」
まったく、アズサといいヤイカといい。私のことをそんなに持ち上げないでほしい、照れるじゃない。
「残念だけど勝つのはウチよ。後輩の前でカッコ悪いところは見せられないもの」
昨日アズサが話していた通り今日はサンダース大学の後輩たちも皆応援に来てくれている。先輩として後輩には良いところを見せたい、勝って笑顔で結果を報告できるようにしたいから。
「それは私もよ。後輩が応援に来てくれているのは私も同じだもの」
ヤイカは私と同じサンダース大学出身だ。私の後輩はすなわちヤイカの後輩でもある。その中でもヤイカと同じボンプル高校出身の子たちはきっと私よりもヤイカのことを応援しているだろう。
「なるほど。負けられないのはお互い様ってことね」
「そういうこと。勝つのは私たちよ。精々頑張りなさい。無様を晒して後輩に幻滅されないようにね」
「言ってくれるじゃない」
挑発ともとれる言葉だけど、この程度のことは大学時代もしょっちゅうあった。特に雰囲気が険悪になることもないし、むしろおかげで少し緊張もマシになった気がする。
試合開始時間が近づいてきたため、私たちはそれぞれお互いのチームへと戻った。そして今私は自分の車輌に乗り込んで試合開始を待っている。
私はふと気付かないうちにきつく握り締めていた手を開く。
そこには汗がじっとりと滲んでいた。
私は慌てて汗をジャケットで拭う。どうやら自分で思っている以上に私は緊張しているらしい。
さっきのヤイカとのやり取りで少し肩の力が抜けたとはいえ、今日は私にとってプロとしての初試合だ。緊張しない訳がない。
大丈夫。
いつも通りにやればいいだけ。私は私にできることをすればいい。
私はゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせようとする。
「ヘイ、ルーキー。な~に、怖い顔してんのさ」
不意に声を掛けられたて私は我に返った。
声を掛けてくれたのは装填手のマヤさんだった。
細かいことは気にしない豪快な性格で初めて会った時から意気投合した。面倒見がよくて私がミスをして迷惑を掛けた時はいつもフォローしてくれた。
「いつもの笑顔はどうしたの? せっかくのデビュー戦なのに、楽しまなきゃ勿体ないよ」
通信手のミアさん。
いつも明るいチームのムードメーカー。私が落ち込んでいた時にはいつも励ましてくれた。この人の明るさに私は何度も救われた。
「貴方ならやれるわ。自信を持ちなさい」
砲手のサラさん。
クールな性格で普段は最低限の事務的な会話しかしないけど、本当は優しくて仲間思いの人。私がレギュラーに選ばれた時は笑顔で祝福してくれた。
「私たちはチームだ。一人で抱え込もうとするな」
操縦手のアンナさん。
普段は寡黙で多くを語らないけど、本当は誰よりも情に篤い人。私が一人で落ち込んでいた時にくれたコーラの味はたぶん一生忘れられない。
皆プロに入ってからずっと私を支えてくれた、大切な仲間だ。そんな人たちがこちらを振り返って私を安心させるかのように笑い掛けてくれていた。
「はい!」
私はそれまでの緊張が嘘みたいに心が軽くなっていくのを感じた。
そうだ。私は一人じゃない。こんなに頼もしい仲間がいてくれるんだ。一体何を思い悩む必要があるのか。
戦車道は一人じゃできない。一人で何でもやろうとする必要なんてない。チーム皆で一丸となって勝利を目指す。それが私の戦車道なんだから。
そして私が落ち着くのを待っていたかのように、試合開始を告げる号砲が鳴った。
「さあ、行くわよ! ゴーアヘッド!!」
これが私の、未来への第一歩だ。
別名「私たちの戦車道はこれからだ」ルート。
ご愛読ありがとうございました!
……とはなりませぬ。
正規ルートからの分岐条件はケイさんが澤ちゃんに勝つことです。
たぶんこのルートが2番目に平和なルートです。
特に澤ちゃんにとっては。
つまり正規ルートの澤ちゃんは……。
それはともかくそろそろエリカの話が書きたい。
けど先にもう一話挟んでから。