見つけられなかった私の戦車道   作:ヒルドルブ

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お久しぶりです。
随分と間が空いてしまいましたが、何とか投稿できました。
さて今回は知波単組のお話になります。
何か突撃突撃言いすぎて突撃がゲシュタルト崩壊起こしそうな話です。


我らは知波単

【細見視点】

 

「まったく西の奴め! いつからあんな腑抜けになった!? 知波単の突撃精神を何処に置き忘れてきたんだ、あいつは!!」

 

 居酒屋の個室に玉田の怒声が響き渡る。

 今日の玉田は荒れに荒れていた。元々酒乱の気がある奴だが、今日は輪をかけて騒がしい。

 

「いい加減落ち着け、玉田」

 

 賑やかな店内でしかも個室であることを考えれば周りに迷惑を掛ける心配はないと思うが、それでも節度は守るべきだと思う。

 そんな思いからの言葉だったが、玉田は聞き入れてはくれなかった。

 

「これが落ち着いていられるか! あいつの、西の戦いを見ただろう!? あれは知波単の戦車道に対する冒涜だぞ! 細見、お前は何とも思わないのか!?」

「だから落ち着けと言うに……」

 

 全く声を抑える気がない玉田の様子に私は思わず溜息を吐いた。

 玉田がここまで荒れている原因は今日の昼に観戦した戦車道の試合にあった。高校時代の同級生である西絹代が出場した試合だった。

 私や玉田とは別の大学に進学した西は入学以来ずっと装填手を続けていた。それがこの度車長に復帰したと聞いて、その雄姿を一目見ようと私たちは観戦に赴いた。

 私たちは最初は試合を純粋に楽しみにしていた。かつての仲間の活躍が見られると期待に胸が膨らんでいた。

 

 しかしそれも試合が始まるまでのことだった。

 

 今日の試合で西が見せた戦い方は私たちが知るものとは全くの別物だった。

 一言で言えば突撃をしなかったのだ。

 いや、この言い方は正確ではない。全く突撃をしなかった訳ではなく、単に闇雲に突撃をしなかった、機を見計らって突撃を仕掛けていたのだ。

 それはよく言えば臨機応変に事態に対処していたと言えるのかもしれない。しかし知波単の突撃戦法に慣れ親しんだ我々からすればそれは受け入れ難いものだった。

 玉田は知波単でも特に突撃に拘っていたのもあって試合中に何度も叫んでいた。何故突撃しない、臆したか、と。試合の最後の方になると怒りが臨界点を越えたのか、黙って試合の行く末を見守っていた。もっともその視線には底知れない怒りが滲み出ていたが。

 

 試合は結局西の所属する大学が勝利を収めたが、とても祝福できるような雰囲気ではなかった。試合が終わると同時に玉田は苛立たし気に席を立って歩き始め、私は慌ててその後を追い掛けた。

 あのままだと西の所に殴り込みにでも行きそうだったので、私はそんな玉田を何とか宥めて試合会場から引き離すことには成功した。

 しかし時間が経てば落ち着くかとも思ったが、玉田はなおも憤懣遣る方無いといった様子だった。これはすぐに発散させないとまずいと考えた私は、飲みに行くから付き合えと半ば強引に適当な居酒屋に玉田を連れ込んだ。

 

 そして酒を飲みながらこうして愚痴を聞き続けている訳だが、玉田の怒りは一向に収まる気配を見せない。私としても延々と同じような内容の愚痴を聞かされ続けてうんざりしてきている。酔いが回ってきたのもあって自分でも相槌が段々と適当になってきているのが分かる。

 そんな私の態度がお気に召さなかったのか、玉田は手にした杯を一息で飲み干すとこちらを睨み付けてきた。

 

「おい、聞いているのか、細見!?」

「聞いている。……そうだな、私だって思うところはあるさ」

 

 そう、確かに私にも思うところはある。

 しかし実の所私は玉田とは違い西に対して怒りや反感を抱いてはいなかった。今私が抱いている感情はそういったものとはむしろ逆と言っていい。

 今日の西の戦い方は確かに知波単の戦車道とは別物と言って良かった。

 しかし何故だろうか。気付けば私はあいつの姿に魅せられていた。私は今のあいつの姿に真の知波単魂を見た気がしたんだ。

 あるいはそれは私がずっと思い悩み、そして未だに答えが出ない問いに対する答えを見たからなのかもしれない。

 

 私と玉田は大学に入学して早々に戦車道を辞めてしまった。

 知波単の突撃一辺倒の戦いは大学では受け入れられなかった。無謀な突撃を繰り返した挙句に何も出来ずに撃破されてばかりでは仕方がないが。

 知波単の先輩方からまで窘められたが私たちは聞く耳を持たなかった。むしろ裏切られたように感じた。私たちは先輩方から受け継いだ知波単の伝統に則っているだけだというのに、なぜ分かってくれないのかと。

 

 そして入部して一カ月程経ったある日、私と玉田は隊長から呼び出しを受けた。隊長は私たちに向かって、今のままでは私たちに車長は任せられない、退部するか装填手をやるか、どちらかを選べ、と告げた。

 結局私たちはその日のうちに退部届を出して、戦車道を辞めてしまった。突撃を、私たちがずっと信じてきた道を否定してまで戦車に乗り続ける気はない、むしろ清々した。あの時は本気でそんな風に思っていた。

 

 しかし数日もすると徐々に後悔の念が押し寄せてきた。あんなに簡単に辞めてしまって良かったのか。あれ程真摯に取り組んできた戦車道を簡単に捨ててしまって良かったのか。そんな風に思い悩む日が続いた。

 大学で戦車道の部員を見掛ける度に、戦車の姿が目に入る度に、その走行音や砲声を聞く度に。また戦車に乗りたいと、そう思う気持ちは強まっていった。

 とはいえ先輩方の忠告も無視して一方的に辞めておいて、おめおめと戻れるはずがない。仮に戻れたとしても、突撃一辺倒の戦い方を改めない限りまた同じことの繰り返しになるだけだ。

 

 そこまで考えて私は思った。私は、私たちは変わるべきではなかったのか、と。知波単の伝統を守ることに固執して考えることを放棄してはいなかったか、何か大切なものを見失ってはいなかったか。

 そもそも知波単の伝統とは何なのか。ただ闇雲に突撃を繰り返すことが知波単の伝統なのか。

 私たちは伝統に則っているつもりだったが、同じ知波単の先輩方にそれは否定された。ならば私は間違っていたのだろうか。だとすれば私はどうすればよかったのか。いくら考えても答えは出なかった。

 今日、西の戦いぶりを見て、私はそこにずっと抱き続けてきた疑問に対する一つの答えを見た気がした。だがそれを上手く言葉にできないでいる。あともう少しで何かが掴める気がするのだが……。

 玉田に相談したところで怒りを買うのは目に見えているし、他に相談できる知り合いもいない。ならば己の中で答えを見つけるしかないのだろう。

 

 内心でそう結論付けつつ、私はその後もひたすら玉田の文句を聞き続けた。

 そうして何杯目になるか分からない酒を飲み干したところでふと時計が目に入った。見ると時刻は既に十一時を回っている。気付かぬうちに随分と時間が経っていたようだ。

 玉田はまだ言い足りない様子だがあまり長居するのもよろしくない、ということで私たちは店を出た。

 

「まだ飲み足りん、もう一軒行くぞ」

「飲み過ぎだぞ。もう今日は帰って休んだ方が……」

「五月蝿い! 帰りたければ帰れ! 私は一人でも行くからな!」

 

 玉田は酔いに足をふらつかせながら怒鳴り散らした。そんな様子に私は溜息を吐きつつ肩を並べて歩き始めた。

 今の玉田に何を言っても聞きはしないだろうし、かと言って一人にするのは危なっかしい。酔い潰れるまで付き合うしかない、と私は覚悟を決めた。

 

「玉田? 細見?」

 

 横に並ぶ玉田を気に掛けつつ、どこかいい店はないかと周囲を見渡していると、不意に声を掛けられた。私はその声の主を確認して驚きのあまり固まってしまった。

 

 背中で綺麗に切り揃えられた艶やかな長い黒髪。

 背筋を伸ばした凛とした姿。

 意志の強い真っ直ぐな瞳。

 どれもこれも見覚えのあるものだった。

 その人物は私も玉田もよく知っている人物だった。

 

 そして今最も会いたくない人物だった。

 

「西?」

 

 その人物は、先程まで話題に上がっていた西絹代その人だった。

 

 ああ、何と間が悪い。

 恐らくは祝勝会か何かの帰りなのだろうが、よりによってこの瞬間に出くわすとは。

 

「何だ絹代、知り合いか?」

 

 そんな風に私が内心で頭を抱えていると、西の隣に立っている女性が西に声を掛ける。癖のある翡翠色の髪を後ろで束ねた女性。その顔には見覚えがあった。

 アンツィオ高校の元隊長で、西と同じ大学の戦車道部でもかつて隊長を務めていた、たしかアンチョビ殿。

 

「はい、アンチョビさん。こちらは高校時代の同級生で、戦車道では副隊長だった玉田と細見です。玉田、細見。こちらは私の大学の先輩で戦車道部の隊長を務めていたアンチョビさんだ」

 

 西に紹介された私と玉田はアンチョビ殿に対して揃って頭を下げる。アンチョビ殿も「よろしくな」と礼を返してくださった。

 アンチョビ殿は我々が大学に入ってからはずっと会えていないという話を聞くと、久しぶりの再会で積もる話もあるだろうし一緒に飲もう、とお誘い下さった。

 普段であればありがたい申し出だが、正直に言うと今は、今この時だけは遠慮したかった。今の玉田と西を同席させたりすれば一体どうなるか分かったものではない。

 とはいえ、せっかくのご厚意を無碍にするなどという選択肢はない。それは玉田も同様らしく特に反対はしなかった。

 もっとも不機嫌さは隠し切れていなかったが。

 その様子を見て私は不安で仕方なかった。

 

 どうか何事も起きませんように。

 

 そんな願いが叶うことはないと分かってはいたが、私は祈らずにはいられなかった。

 

 

          *

 

 

【アンチョビ視点】

 

 アンチョビですが、個室の空気が最悪です。

 

 思わずそう言いたくなるくらいに目の前の空間は居心地が悪かった。

 繁華街にある居酒屋にある個室。そこで私は後輩である西絹代と、絹代の高校時代の同級生だという二人と卓を囲んでいる訳だが、さっきから誰も一言も喋ろうとしない。運ばれてきた飲み物にも料理にも誰も手を付けようとしないし、一体どうしたらいいのかと内心頭を抱えている状態だった。

 

 そもそも何でこんなことになったのか。私は順を追って思い出す。

 

 今日はうちの大学の戦車道の公式戦がある日だった。それもただの試合ではなく私たち四年生が引退し、新体制になって初めての試合だった。そして絹代にとっては記念すべき車長復帰戦でもあった。

 後輩たちが自分抜きでもちゃんとやれているかとついつい心配になった私はこっそり観戦に訪れた。特に絹代については車長への復帰を強く勧めた身としては見届ける義務があると思っていた。

 幸い私の心配は杞憂に終わった。緊張か、あるいは自分の戦い方についての迷いのせいか、絹代の動きには若干硬さがあった。それでも復帰初戦としては充分に役割を果たしていたと言える。少なくとも突撃一辺倒で即撃破されていた頃からすれば見違えるようだった。

 新隊長のペパロニも、副隊長のカルパッチョも見事に隊員たちを統率していたし、試合も危なげなく勝利を収めることができた。

 これなら私がいなくても大丈夫だなと、安心したものだ。

 

 その後は帰ろうとしたところを撤収中の皆に見つかってしまい、せっかくだからと試合後の飲み会に誘われてノリと勢いで参加することになった。

 一次会、二次会と終わって、三次会は各自でということだったので、私はせっかくの機会だからと絹代を誘うことにした。本当ならペパロニたちも誘いたいところだったが、声を掛けようとしたその時には既に姿は見当たらなかった。

 一緒に飲めないのは残念だったが、絹代と二人でないと話しにくいこともあるしある意味ちょうどいい、とそう思うことにした。そのままいい店はないかと探しながら歩いていると、たまたま絹代の高校時代のチームメイトであるという二人と出くわした。

 二人は絹代が隊長の時に副隊長を務めていたらしく、今は別の大学に進学していて会うのは久しぶりということだった。それを聞いた私は積もる話もあるだろうし、せっかくだから一緒に飲もうと二人を誘って今に至る。

 

 ……うん。思い出してみてもやはりこうなる原因が分からない。

 おかしいな。三人は知波単時代の同級生らしいし、てっきり自然と話も弾むものだと思っていたのに。店まで歩いている間も、店に入ってからも、三人の間には終始重苦しい空気が漂っていた。

 その中で一際重苦しい雰囲気を放っているのが髪を三つ編みにした女性――たしか玉田だったか――だった。言葉こそ発していないがどうにも絹代に対する敵意のようなものを感じる。

 もしかして二人は仲が悪かったりするのだろうか。しかし絹代からはそんな話は聞いていない。むしろ知波単時代の仲間は皆仲が良かったと聞いていたんだが。

 絹代もそんな玉田に対して何と声を掛けていいか分からないらしい。

 

「西」

 

 このままじゃ埒が明かない。ここは強引にでも雰囲気を変えるべきかと思って声を上げようとしたところで、口を開いたのは玉田だった。

 

「観たぞ、今日の試合。……何だ、あの腑抜けた戦い方は」

 

 静かな口調だった。だがそこには隠し切れない怒りが滲み出ていた。

 どうやら玉田は私と同じく今日の絹代の試合を観ていたらしい。そして絹代の戦い方に反感を抱いた。それがこの重苦しい雰囲気の原因だったということか。

 確かに今日の絹代の戦い方は高校時代のものとは全くの別物だ。玉田からすれば昔との違いに戸惑うのも仕方がない。

 

 私としては。

 絹代が車長に復帰するのに、突撃一辺倒の戦い方を捨てるのにどれだけ悩んだかを知っている身としては。

 絹代の今日の戦いぶりは誇らしくすらあった。

 しかし玉田からすれば、絹代の戦い方はどうやら受け入れられないものだったらしい。

 

「腑抜けた、か。お前にはそう見えたのか」

「当たり前だ! 見損なったぞ、西! 何時如何なる時も恐れずに敵に向かって突撃する、それこそが知波単の戦車道だろうが! 貴様、知波単の伝統を何と心得る!?」

 

 なるほど。絹代から話は聞いていたし、知波単の試合は観たことがあるから知波単の突撃好きは知っていたつもりだった。

 けどこれは想像以上だ。「突撃馬鹿」などと揶揄されるのも分かる。まあ、玉田が特別そういう傾向が強いという可能性もあるが。

 

「知波単の戦車道を否定する気などない」

 

 玉田の非難の言葉に対して絹代もただ黙ってはいなかった。毅然とした態度で負けじと言い返す。

 

「よく言う! 知波単の伝統たる突撃戦法を捨てておいて、知波単の戦車道を否定する気はないだと!? ふざけるのも大概にしろ!」

「突撃を捨てた訳ではない。お前の言う通り、突撃は我ら知波単に根付いた伝統だ。簡単に捨てられる訳がない。それに私自身突撃は好きだ。今でも気が抜くとすぐにでも突撃してしまいそうになるくらいにはな。だが闇雲に突撃するだけでは勝てるものも勝てはしない」

「勝てないから何だと言うのだ!? たとえ何度敗れようとも、我ら知波単は己の道を貫き通すのみだ! 突撃をやめて、美学を捨ててまで勝利に固執するくらいならば、突撃して潔く散るべきだろうが!」

「勘違いするな、玉田。私は何も突撃をやめるべきだと、突撃は一切しないと言っているのではない。突撃だけではいけないと言っているんだ」

「突撃だけではいけない? 何を言っている!? 突撃以外に一体何が必要だと言うのだ!? 突撃こそ知波単の伝統! 我らの戦車道に突撃以外のものなど必要ない!」

「突撃だけが知波単の伝統なのか? 突撃に拘ることが伝統を守ることなのか? そうではないはずだ。どんな状況でもとにかく前に進めばいいというものではない。戦いは機を見て時を掛けて戦うものだ。だからこそ、勝利のためには時には退くことも必要――」

「黙れ黙れ黙れ!!」

 

 絹代の言葉を遮って、聞きたくないとばかりに頭を振って玉田は声を張り上げた。

 

「臆病者が! 私は認めん、認めんぞ! 勝利のためだと!? 欲に目が眩んで志を忘れたか!? この知波単の面汚しが!! 貴様などに知波単の戦車道を語る資格はない!!」

「ちょっと待て」

 

 部外者の私が口出ししても拗れるだけだと思って静観していたが、流石に黙っていられなくなって私は口を挟んだ。

 

「玉田、だったよな。お前の言い分も分かるけどな、今のは言い過ぎだ。お互い熱くなっている上に酒も入っているから言葉遣いが荒くなるのは仕方がない。それでも言っていいことと悪いことがあるぞ」

「アンチョビ殿! どうか部外者は口出し無用に願いたい! これは我々知波単の問題です!」

「そうはいかん。確かに私は知波単の卒業生じゃない。けど絹代は私の大切な後輩で、仲間だ。仲間を侮辱されて黙っていられるか」

 

 ヒートアップする玉田に対して私は声を荒らげたりはせずに努めて冷静に返した。ここでこちらまで熱くなれば収拾がつかなくなってしまう。話をするにしてもまずは一度相手の気持ちを落ち着かせる必要があった。

 そんな私の態度に気圧されたのか、玉田はさっきまでの勢いが嘘のように口を噤むとバツが悪そうに目を逸らした。

 

「……貴方も。貴方も西と同じで、私の言っていることは間違っていると、そう仰るのですか」

「いいや」

 

 私は玉田の発言に対して首を振った。

 

「私はお前の言うことも間違っていないと思うぞ」

「アンチョビさん!?」

 

 絹代は驚いたように声を上げる。私の言葉が予想外だったらしい。それは玉田も同様だったみたいで、同じく驚いたように目を見開いていた。

 

「言っただろう、お前の言い分も分かるって。私は絹代を侮辱するような発言が許せないとは言ったが、お前の考え自体を否定する気はない。

 絹代、お前の言うことも勿論分かるさ。突撃だけでは勝てない、勝つためには時に退くことも必要。全くもってその通りだ。でもな、勝敗だけが戦車道のすべてじゃない。それはお前だって分かってるだろう?」

「それは、そうですが……」

 

 そう、絹代だってそれは分かっているはずだ。だからこそ今もずっと悩み続けているんだから。

 

「戦車道に限らず“道”とつく競技は他にも色々ある。それらすべてに共通しているのは、競技を通して肉体だけでなく精神を練磨することを目的としていることだ。道を極めるためには試合の勝ち負けよりも重視すべきことがある。そういう意味では常に己の道を貫き通す知波単の戦車道こそが本来の戦車道のあるべき姿じゃないのか、とすら思うんだ」

 

 美学を捨ててまで勝とうとは思わない。玉田はそう言った。アンツィオの戦車道が勝ち負けよりも楽しむことを優先したように、玉田もまた自分の美学を貫き通すことを選んだということだろう。それが間違っているとは私には思えなかった。

 

「貴方はどちらの味方なのですか? 西を擁護するのかと思えば、貴方は私の意見を肯定するようなことを仰る。私が間違っていないと、正しいと仰るならば、誤りを正すべきは西の方、ということになりますが……」

 

 玉田は私の言葉に困惑しているようだった。まあ無理もない。ただどうにも勘違いをしているようなのでそこは訂正する。

 

「お前の言うことは間違いじゃないさ。だからと言って絹代の言うことが間違ってるということにはならない。戦車道は勝ち負けがすべてじゃない。負けても得るものはあるだろうし、とにかく勝てばいいってものじゃない。でもな、勝つことでしか味わえない喜びってものも確かにあるんだ」

 

 思い出すのは高校最後の大会の一回戦。私たちアンツィオ高校がマジノ女学院に勝って二回戦進出を決めた時のことだ。

 あの時はそれはもうお祭り騒ぎだった。お祭り騒ぎなのはいつものことだったが、初めての勝利の味はやっぱり格別だったのか、皆が皆これ以上ないくらいに喜びを爆発させていた。

 あの試合以降、皆の意識は明らかに変わった。それまで以上に熱心に訓練に取り組むようになった。まあ食事のことを何よりも優先するのは変わらなかったが、それでも食事の次に戦車道を優先するくらいには戦車道の楽しさを知ってくれたんだと思う。

 

「すべては勝ったからこそだ。勝ったからこそ皆に戦車道の楽しさを知ってもらえた。勝ったからこそ、それが励みになってより真剣に戦車道に取り組むようになった。それは紛れもない事実だ。だから、勝利を求めることも必要なんだ。勝敗がすべてじゃないからと言って、勝敗を蔑ろにしちゃいけないんだよ」

「……私とて勝敗を蔑ろにしているつもりは――」

「いや、お前さっき美学を捨ててまで勝利に固執するくらいなら突撃して潔く散るべきだ、とか言ってたろ」

「そ、それは……」

 

 私の反論に対して玉田は言葉に詰まった。口を挟まれたので思わず言い返してしまったが、別に玉田を言い負かすのが目的じゃない。私は構わず言葉を続けることにした。

 

「いや、いい。私としても別にお前の考えを否定したい訳じゃないからな。ただ絹代は別に志を忘れてしまった訳じゃない。それだけは分かってやってほしいんだ。勝利を取るか美学を取るか、こいつもどうすべきかずっと悩んでるんだ。そしてそれはとても難しい問題で、そう簡単に答えが出るものじゃない」

 

 私の言葉に何か思うところがあったのか、玉田はそのまま押し黙った。

 

「ではアンチョビ殿はどうお考えなのですか」

 

 そんな中それまで黙って成り行きを見守っていた、頭の上で髪を渦巻きみたいにまとめた女性――たしか細見だったか――がここに来てようやく口を開いた。

 

「戦車道において最も重んじるべきことは何なのか。貴方の答えをお聞かせ願いたい」

 

 細見は真剣な瞳でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。その真っ直ぐな視線に私は細見の本気を感じ取った。だから私は自分の心の内を正直に話すことにした。

 私はグラスの中身を飲み干して、ただ一言。

 

「分からん」

 

 と、きっぱりと言い放った。

 

 細見は私の言葉を聞いて思い切り額をテーブルにぶつけていた。見ると玉田と絹代もそうだった。

 

「いや、分からんって……」

「分からないものは分からないんだから仕方ないだろう?」

 

 赤くなった額を擦りながら戸惑うように言う細見に対して私は苦笑いを返す。我ながら情けないとは思うが事実なんだからしょうがない。

 

「昔の私なら、中学時代の私なら迷うことはなかった。戦車道において最も大切なものは勝利だと、そう即答していただろうな。戦車道をやるからには勝たなきゃ意味がない、当時の私はそう信じていた。それが間違いだとは思わない。さっき言ったように勝つことでしか得られないものはあるし、私自身勝つことで手に入れてきたものは数え切れない。

 一方で勝つことに執着して、その結果失ってしまったものも多い。それは仕方のないことだ。何も失うことなくすべてを手に入れることなんてできない。何かを得るためには何かを犠牲にする必要がある。でも私が失ってしまったものは、絶対に無くしちゃいけないものだったんだ」

 

 私の場合は幸いにも無くしたものを取り戻すことができた。だがそれは本当に運が良かっただけだ。一度無くしたものは二度と取り戻せないことも多い。

 実際に取り戻せずにすべてを失った人間を私は知っている。この場でそのことを口にする気はないが。

 

「少なくとも同じチームで戦う仲間には私のようにはなってほしくないと思う。何よりも戦車道を楽しむことを優先してほしいと思ってる。勝つことに執着しすぎて大切なものを失うことだけはしないでほしいと、そう思ってるよ」

「ならばそれが答えではないのですか? 勝ち負けよりも楽しむことを優先する。何よりも戦車に乗るのを楽しむ。それこそがアンチョビ殿が、戦車道において最も尊ぶものではないのですか? 少なくとも今お話を聞いた限りでは、私にはそう思えましたが」

 

 細見の反論に対して私は首を振る。確かに細見の言いたいことも分かる。けど違うんだ。私が皆に求めるものと私自身に求めるものはまた別物なんだ。

 

「私にはもう楽しむことだけを追い求めることなんてできない。今までは隊長として、そして今後はプロとして。私は私だけの都合で戦車に乗ることはできない。私の勝利と敗北は私一人だけのものじゃない。私の一存で勝ち負けなんてどうでもいいなんて言えないよ」

 

 楽しんだ上で勝てればそれが一番いいんだろうが、そんな旨い話は残念ながらない。

 楽しい戦車道と勝てる戦車道は違う。何も戦車道に限った話じゃない。楽しむことと勝つことは中々両立できるものじゃない。勝つこと自体が無上の喜びで、それ以外はすべて下らないことだと考えるような奴なら別だろうが。

 勝利を目指す、自分の美学を追求する、楽しむことを優先する。全部正しいけど全部を同時に満たすなんていうのは無理だ。

 だからこそ選ばなければいけない。そして選んだもの以外は捨てなければいけない。私だってそれは分かっているのに。我ながら優柔不断だとは思うが、そんな簡単には選べないし捨てられないんだ。

 

「お前は強いよ、玉田。試合に負け続けても美学を貫くことを選ぶ。それは並大抵のことじゃできない。お前は勝利よりも美学を追求することを選んだ。それは悪いことじゃない。

 けど絹代の気持ちも分かってやってほしいんだ。隊長ともなれば、試合の勝敗は自分だけのものじゃない、仲間全員の想いを背負わなきゃいけない。時には自分の気持ちを押し殺してでも、仲間に勝利を齎すことが隊長としての責務なんだから」

 

 私は細見から視線を移して再び玉田に声を掛ける。玉田は何か言いたげに口を開いたが、言うべき言葉が見つからなかったのかそのまま口を閉じて顔を逸らした。

 その様子を見て私は溜息を吐きそうになった。やはり所詮は部外者に過ぎない私の言葉では玉田の心には届かないのだろうか。

 

「玉田。細見」

 

 どうしたものかと言葉を探していると、それまでずっと口を閉じていた絹代がようやく口を開いた。

 

「すまない」

 

 絹代は二人に向かってその場で深々と頭を下げる。

 

「私は、本当に駄目な隊長だった。隊長としての責務を果たすことができなかった。知波単の隊員たちは誰もが素直で実直、勤勉で、私は本当に隊長として恵まれていたと思う。にもかかわらず、私は結局お前たちをただの一度も勝たせてあげられなかった。すべては私の至らなさが招いた結果だ。本当に、すまない」

 

 絹代の発言に私は自身の失言を悟った。私としては絹代を責める気はなかったが、確かにさっきの言い様では嫌味を言っているようにしか聞こえなかっただろう。己の迂闊さを呪わずにはいられないが、言ってしまったことは取り消せない。

 

「やめろ」

 

 何とかフォローしなければ、と思い口を開こうとすると先に声を上げたのは玉田だった。

 

「何故謝る? お前は立派に、隊長としての務めを果たしたはずだ。確かに試合には負けた。だがそれが何だ? 私は勝ち負けなんてどうでもよかった。負けても満足だった。最後まで知波単の戦車道を貫き通すことができて本望だったんだ。お前はそんな私の気持ちを否定するのか!?」

「よせ、玉田」

 

 細見が肩を掴んで制止するが、玉田はそれを振り払って逆に細見の顔を睨み付けていた。

 

「放せ、細見! なあ、お前もか? お前も勝ち負けの方が大事だったのか? 私はただお前たちと一緒に戦車に乗れるだけで、一緒に突撃ができるだけで楽しかったのに。そう思っていたのは私だけだったのか!? お前は、お前たちは違ったのか? お前たちにとって知波単の戦車道は、突撃は重荷でしかなかったのか? 答えろ。答えて、くれよ……」

 

 玉田はどこまでも頑なだった。だがそれは彼女がそれだけ突撃を愛していたという証左でもあるのだろう。頑固で融通が利かないと非難するのは簡単だが、何かを堪えるように歯を食い縛る玉田を見ると、とてもそんなことを言う気にはなれなかった。

 

「私だって」

 

 私も細見も何も言えなかった。そんな中、絹代は恐れずに口を開いた。

 

「私だって楽しかった。お前たちと一緒に戦車に乗るのが楽しくて仕方がなかった。知波単の皆と戦場を駆け抜けた日々は決して忘れられない思い出だ」

「なら!」

「だからこそ!」

 

 絹代は玉田の言葉を遮って叫んだ。

 

「だからこそ、私は少しでも長くお前たちと戦車道を続けたかった」

 

 それはきっと、今まで絹代がずっと胸に秘めていた気持ちなんだろう。言いたくてもずっと言えなかった、嘘偽りのない本音なんだろう。

 そんな絹代の言葉に玉田も反論を忘れて呆然としていた。

 

「ああそうだ。玉田、私だってお前と同じ気持ちだった。私も最初は勝ち負けなんてどうでもよかったんだ。お前たちと一緒に戦車に乗れる、それだけで満足だったんだ」

 

 ただ楽しいから戦車に乗る。

 絹代だけじゃない。きっと世の戦車乗りのほとんどが最初はそんな純粋な気持ちで戦車に乗り始めるものなんだと思う。

 西住流や島田流のような戦車に乗ることを宿命づけられた家系でもない限りは。

 あるいはそういう人間も含めて。

 

「だがいつからだろうな、それだけでは満足できなくなったのは。真剣にやればやるほど勝ちたい、結果が欲しい、そういう気持ちが強くなっていった。楽しいからこそ、好きだからこそ、勝ちたいと」

 

 それは別に戦車道に限った話じゃない。好きだからこそ真剣になり、真剣になればなるほど結果が欲しい。そう思うのは自然なことだ。悪いことなんかじゃない。

 

「隊長になってその思いはより一層強くなった。分不相応にも隊長に選ばれたからには皆を勝利に導く義務があると。……いや、違う。別に義務感からそう思ったんじゃない。私はただお前たちと、皆と一緒に勝ちたかったんだ。一緒に勝利の喜びを分かち合いたかったんだ。それはいけないことなのか?」

 

 ましてや隊長ならば、部隊を率いる者ならば。それに加えて責任というものが付いて回る。それを抜きにしても、仲間を大切に思えばこそ共に勝ちたい、勝たせてあげたいとそういう気持ちを抱くものだ。

 

「私は知波単の皆がどれだけ努力してきたかを知っている。その努力が正しく報われてほしい、そう思うのは間違いなのか? 余計なお世話だったのか? 知波単は突撃するしか能がない、ただの突撃馬鹿だと蔑まれるのを良しとするべきだったのか? 私の仲間たちがどれだけ優秀なのか知ってほしいと、そんな風に思ってはいけなかったのか?

 答えてくれ、玉田。私は、どうすればよかったんだ?」

 

「私は……私、は……」

 

 玉田は先程の勢いが嘘のように声を震わせて、そのまま押し黙ってしまった。絹代の言葉に、そこに込められた想いに対してどう答えを返せばいいか分からないのだろう。

 重苦しい沈黙が流れる。玉田も絹代も、お互いに言葉が見つからないようだった。

 

 私としても口を出した以上は責任を持ってこの場を収めなければならないとは思う。

 その一方で私では駄目だという気持ちもあった。

 それは単に何を言えばいいのか分からない、というだけの話じゃない。

 これは我々知波単の問題だと玉田は言った。ああ、全く以てその通りだ。そして所詮私は部外者に過ぎない。

 助言はするし、拗れるようなら仲裁には入る。でも結局の所、最後は当事者たちで解決するしかないんだ。

 

 とはいえ絹代と玉田の二人だけではこれ以上事態は進展しないだろう。

 ならばと私はもう一人の当事者である細見に視線を向ける。

 

「私は」

 

 私の気持ちが通じた訳でもないだろうが、黙りこくる二人に代わって今度は細見が口を開いた。

 

「私も同じだった。ただ戦車に乗れるだけで楽しかった。ただ突撃ができるだけで楽しかった。突撃こそ知波単の伝統だと、突撃こそが私が求める戦車道だと、そう信じて疑わなかった。大学に入って知波単の先輩方に突撃一辺倒の戦いを否定されても私は考えを改めなかった。

 そんなことだから訓練中の紅白戦でもすぐに撃破されてばかりいてな。それで玉田共々車長を降りるか退部するかを選べと言われて、迷わず退部届を出して戦車道部を辞めてしまった。突撃を捨ててまで戦車道を続ける気はない、と。後悔などするはずがないと思っていた」

 

 それはつまり細見は玉田と同じ気持ちということだろうか。絹代もそう思ったのか悲し気に目を伏せる。

 

「……だが今では後悔している」

「細見!?」

 

 しかし予想に反して細見はそんなことを言い出した。玉田は恐らく裏切られたような気持になっただろう。そんな玉田に構わず細見は続けた。

 

「勢いで戦車道部を辞めたはいいものの、それ以来私は胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちで日々を過ごしていた。また戦車に乗りたいという気持ちは日増しに強まっていった。

 ……お前はどうなんだ玉田。戦車道を辞めて物足りなさを感じたことはないのか。また戦車に乗りたいと、そう思ったことはないのか?」

 

 突撃を捨てるかどうかは別として、と付け加える細見に対して玉田はバツが悪そうに目を逸らしつつ答えた。

 

「……仮にそうだとしてどうしろというのだ。もう我々の学生生活は一年しか残っていない。何よりあんな風に一方的に辞めておいて、今更どの面下げて戻れと言うのだ」

 

 玉田は細見の言葉を否定はしなかった。つまりは玉田もまた細見と同じく戦車道を辞めたことを、戦車を降りたことを後悔しているこということだろう。

 

「そうだな。今更だ。だが私は辞めた直後、何度も考えた。まだ間に合うんじゃないか、今からでも恥を忍んで頭を下げるべきじゃないのか、とな」

「なら何故そうしなかったんだ。まさか私に気を遣って言い出せなかった、とでも言うつもりか?」

 

「ないとは言わないがな」と前置きしてから細見は続けた。

 

「仮に戦車道部に戻れたとしてだ。突撃一辺倒の戦いを改めない限り結局は同じことの繰り返しになるだけだ。そこで思ったんだ。私は、私たちは変わるべきではなかったのか、と。高校時代は知波単の突撃一辺倒の戦い方に疑問を持つことはなかった。戦車道を辞めて初めて疑問を抱くとは何とも皮肉な話だがな」

 

 苦笑する細見に対して、玉田は拗ねたように顔を背ける。

 

「お前も……やはりお前も西と同じなのか。突撃を捨てるべきだと、そう言いたのか」

「事はそう単純ではない。ただ戦車に乗りたいから、じゃあ突撃をやめます、などというのはそれこそ志を捨てる行為だ。突撃を捨てるにしても、それは明確な信念によるものでなければならない。

 今までずっと考えていたよ。知波単の戦車道とは、知波単魂とは何なのか、と。いくら考えても答えは出なかった。だが今日、西の戦いぶりを見て、ようやく答えが見えた気がするんだ」

「わ、私か!?」

 

 急に話を振られて絹代は面食らっていた。そんな絹代に対して頷いてみせてから細見は続ける。

 

「私は今日のお前の姿に知波単魂を見た。何を以ってそう感じたのか、というと漠然としていて上手く言葉にできずにいた。だがこうしてお互いに胸の内をさらけ出して、ようやく理解できた気がするのだ。すなわち知波単の戦車道の真髄は戦術ではなく、精神にあるのではないかと」

「精神、だと?」

「そうだ。知波単学園の名は『知恵の波を単身渡れるような進取の精神に溢れる学生になるように』という思いが込められたものだ。その思いこそが、我々が最も尊ぶべき知波単魂ではないか。そして今のお前の戦車道は、そんな知波単の精神を体現していると、私は思う」

「……買いかぶり過ぎだ。確かに私も突撃ばかりではいけないとは思っているし、変わらなければいけないとは思っている。だが具体的に何をどうすべきかはまるで分からない。何もかも手探りの状態だ」

 

 細見の真っ直ぐな言葉に対して絹代は恥じ入るように目を伏せる。

 

「今日の試合だってそうだ。私は大学に入ってからずっとアンチョビさんの車輌で装填手を続けていた。そこで学んだことを私なりに実践しただけに過ぎない。勝ちこそしたが、本当にこれでいいのかと、今でも自信を持てずにいるんだ」

「そう自分を卑下するな、西。少なくともお前は己の意志で変わろうとしているし、実際に変わるべく行動することができたんだ。それがどれ程困難なことか、私は身を以て知っている。お前は自分を誇っていいんだ」

「細見……」

「胸を張れ、西。そんなことでは知波単の仲間たちに顔向けできんぞ」

 

 細見は笑顔で言った。

 そんな細見の言葉に何か思うことがあったのか、絹代は押し黙って何事かを考え込んでいるようだった。自分の気持ちを、言いたいことを整理しているように見える。

 細見も、玉田も、勿論私も、何も言わずに絹代が言葉を発するのを黙って待ち続けた。

 

「……そう、だな。変わろうとすることそれ自体が、己の意志で自分を変えていくことが肝要、そういうことなのだろうな」

 

 自分で自分の言葉を確かめるように何度も頷きながら絹代は言葉を続ける。

 

「私は今までずっと迷っていた。迷ったままではいけないと思っていた。そんな中途半端なことでは皆に申し訳が立たないと、そう思っていた。

 だが違ったんだな。迷ってもいいんだ。いや、迷いながら進むのがいいんだ。歴史や伝統に囚われることなく、常に自分で考え己の進むべき道を模索する。それこそが知波単魂であり、私の、知波単の戦車道なんだ」

 

『いつの日か、これこそが私の戦車道であると、そう胸を張って言えるようになってみせます!!』

 

 以前二人で話した時の絹代の言葉を思い出す。

 絹代ならきっといつか自分の戦車道を見つけられるはずだと思っていたので心配はしていなかった。けどまさかその日がこんなに早く来るとは。

 私は嬉しくなって思わず笑みが零れた。見ると細見も同様だった。どうやら西の答えに満足しているようだった。

 

「……だが、それでは突撃は……知波単の伝統はどうなる?」

 

 しかしここにまだ一人納得していない人間がいた。玉田だ。とはいえその声にも力がない。玉田自身、絹代と細見の言葉に、そこに込められた想いに何か感じるものがあったんだろう。

 だからと言って今までずっと拘ってきたことをいきなり捨てろと言われてすんなりと納得できるはずもない。

 

「玉田。重ねて言うが、私は決して突撃を捨てる気などない。突撃は知波単の戦車道の中に深く根付いたもので、切り離すことなどできはしないだろう」

 

 何か言おうとした細見を手で制して絹代は言葉を紡いだ。

 

「だがな、だからと言ってただ突撃だけしていればいい、というのは違うのではないか。そんな風に思考停止してしまってはいけないのではないかと思うのだ。確かに先人の教えを学び実践することは大切だ。だがそこで終わってはいけない。そこに何かを、私たちなりの新しい何かを付け加えなければならない。温故知新。故きを温ねて新しきを知る、というやつだ。伝統とはただ物真似をすればいいというものではない。変えるべきところは変えていかなければいけない」

「……変えるべきではないことも、あるだろう」

「勿論変えることなく受け継ぐべきものもあるだろう。だがそれは突撃では、ただひたすらに突撃を繰り返すことではないはずだ。今細見が言った進取の精神、知波単魂こそがそれだと私は思う」

 

 淀みなく答える絹代の言葉に細見が頷く。玉田は何も言わない。ただ黙って顔を俯けて何かを考え込んでいるようだった。

 そんな玉田に対して絹代も細見も何も言わない。玉田が言葉を発するのを黙って待ち続ける。

 

「私は、何をやっていたんだろうな……」

 

 永遠にも思える長い長い沈黙の果てに玉田は重い息を吐き出した。

 

「ただ突撃が好きだから、兎に角突撃がしたいから、そんな自分の気持ちを正当化するために伝統という言葉を言い訳にして考えることを放棄していた。千恵の波を渡る? 進取の精神? 何もかも私には欠けていた。これでは知波単の面汚しは私の方じゃないかっ!!」

「玉田……」

「西」

 

 玉田は絹代に向きう合うとその場で勢いよく頭を下げる。

 

「すまなかった。今更詫びたところで遅すぎるということは理解している。もっと早くお前の気持ちに気付いていれば、私が副隊長としてしっかりしていれば、そうすればお前をここまで苦しめることはなかった。本当に、すまない」

「顔を上げてくれ、玉田。至らぬ点があったのは私も同じだ。お前だけのせいではない」

「いいや、お前は悪くない。悪いのは私だ。変わるべきだったのは私だ。何故もっと早く気付けなかったんだろうな……。過去は変えられないし、戦車を降りた今となってはやり直すことも叶わない。分かっているのに、それでも後悔の念を禁じ得ない。本当に、余りにも遅すぎる……」

「玉田……」

 

 玉田は心から悔いるように声を絞り出す。そんな玉田に対して絹代も二の句が継げずにいた。

 

「西、お前に頼みがある」

「何だ?」

「どうかお前には、お前にだけはこれからも戦車に乗り続けてほしい。そしてお前の知波単魂を、知波単の戦車道を、これからも見せてほしいのだ。私にはもう、お前と共に戦車に乗ることはできない。だから頼む。私や細見の分も、いや、知波単で共に戦った皆の分の想いもすべてお前に託す。押し付けに過ぎないが、それでも、どうか……」

 

 床に頭を擦り付けて懇願する玉田。絹代はそんな彼女の手を取って顔を上げさせる。そしてその顔を正面から見据えてはっきりと言い切る。

 

「誓おう。私は、これからもお前たちの分まで戦車に乗り続ける。そして知波単の戦車道ここにありと、そう言われる選手になってみせよう。知波単の名を汚さぬためにも、何よりも共に戦ったお前たち仲間のためにも」

 

 そんな絹代の手を握って、玉田はありがとう、と震える声で口にした。表情こそ分からなかったがその声の震えから涙を懸命に堪えているのが分かった。

 絹代はそんな玉田を慰めるように肩に手を置く。細見は二人の様子を温かな目で見つめていた。

 そこにはさっきまで存在していた険悪な雰囲気はどこにもなかった。

 

 どうやら一件落着のようだ。一時はどうなることかと思ったが、丸く収まったようで良かった。良かったんだが……。

 何か私、空気だな。いや、むしろ空気の方がいいというか、空気であるべきというか。むしろここで存在感出したら空気が読めていないにも程があるというか。

 うん、これ私完全にお邪魔だよな。このままフェードアウトしてもいい、というかした方がいいんじゃなかろうか。お代だけ置いてこっそり帰ろうかな。ああでも入り口から一番遠い席だし、気付かれずに部屋を出るのは無理だよな。どうしよう。

 

「アンチョビさん」

「アンチョビ殿」

 

 なんてことを考えていると絹代と玉田の二人は揃ってこちらを振り向いた。

 

「お、おう。何だ、どうした?」

 

 考えを読まれた訳でもないだろうが、あまりにタイミングよく声を掛けられたものだからつい声が上擦ってしまった。

 そんな私に構うことなく二人は揃って頭を下げる。

 

「ありがとうございます。アンチョビさんのおかげで私は己の道を見つけることができました。アンチョビさんにはいくら感謝してもしきれません」

「誠に申し訳ございませんでした! アンチョビ殿は私のことを思って仰って下さったというのに、生意気にも口答えをしてしまって。数々の非礼、どうか御容赦下さい!」

「い、いや、気にするな。というか私は何もしてないぞ。むしろ部外者の癖に余計な口出しをしてしまって私の方こそ申し訳ないというか何と言うか……」

「何を仰いますか。こうして西と玉田が和解できたのもすべてはアンチョビ殿が二人の間に立ってくれたからこそです。あのまま二人で言い合いを続けていればきっと玉田のこと、西の言い分など碌に聞きもせずに喧嘩別れしていたに違いありません」

「おいおい、細見、何てことを言うんだ。私はそこまで狭量な人間ではないぞ」

「どうだか。実際アンチョビ殿が間に入って下さるまでは、お前は西が何を言っても聞く耳持たんとばかりに怒鳴り散らしていたじゃないか」

「い、いや、それはだな……」

「まあまあ、玉田も細見もそれくらいにしておけ。ともかく今こうして我々が分かり合えるようになったのも、すべてはアンチョビさんのおかげなのです。本当にありがとうございます!」

「「ありがとうございます!!」」

「そ、そうなのか?」

「「「はい!!!」」」

 

 息ピッタリだな、お前ら。仲がいいのはいいことなんだけど、流石に切り替えが早すぎやしないか。

 ……いや違うか。きっとさっきまでのいがみ合っている状態がおかしかっただけで、これがこいつらの本来の姿なんだろう。単に気持ちがすれ違っていたのが解消されて元の関係に戻った、それだけの話なんだ。

 そしてどうしてすぐに元の関係に戻れたのかと言えば、お互いが本気でぶつかり合ったからこそだ。お互いに本音をさらけ出して、お互いに納得するまで話し合った。だからこそ蟠りもないということか。談笑する三人の姿を見て私は微笑ましい気持ちになった。

 

 そしてふと思った。

 

 私もこんな風にいつかペパロニと仲直りできる日が、元の関係に戻れる日が来るんだろうか、と。

 

『すみません、姐さん。本当に、すみません……』

 

 杏が死んだのは自分のせいだ。そう言って私に頭を下げるペパロニの姿を思い出す。

 私はペパロニを責めることはしなかった。あいつが私のためを思ってくれていたのは分かっていたし、あいつのせいで杏が死んだなんて思っていなかったから。その考えは今も変わりはしない。

 

 だがあの日以来、私はペパロニとの間に精神的な距離を感じていた。

 あいつは私が戦車道部にいた頃は表面上は前と変わらずに接してくれていたから周囲の人間はそれに気付かなかっただろう。私自身、考え過ぎじゃないかと思ったくらいだ。

 けど私が引退してからは、部活で顔を合わせることがなくなってからはほとんど話す機会はなくなった。私が高校を卒業してからあいつが大学に入学してくるまでの一年間は、お互いにしょっちゅう連絡を取り合っていた。それを考えればペパロニが私を避けているのは明らかだった。

 

 ……いや、あいつだけのせいにするのはよくないな。ペパロニが私を避けているように、私もあいつと正面から向き合うのを恐れているんだ。

 結局今日だって碌に話もできなかった。もっとも、仮に話ができたとしてもそれであいつとのギクシャクした関係が改善されたとも思えない。

 私は確かにペパロニを許した。だがその一方でずっと割り切れない思いを抱えている。それを解消できないことには、きっとあいつとの仲が元通りになることはないだろう。

 私も絹代たちと同じように、自分の胸の内を正直に告白してあいつとちゃんと向き合うべきなんだろう。

 そうすれば――

 

「アンチョビ殿、飲み物が空ではありませんか! 気が利かずに申し訳ありません! ささっ、どうぞどうぞ!」

「あ、ああ、ありがとう」

 

 そこまで考えたところで玉田の声に現実に引き戻された。

 いかんいかん、ペパロニのことは今は置いておこう。あいつとはいつかちゃんと話し合わなきゃいけないとは思うが、今は考えてもしかたがない。

 もっともそうやって問題を先送りにし続けた結果が今なのかもしれないが。

 

「そういえば宴の席だというのにまだ乾杯をしていなかったな」

「そうだな。では、アンチョビさん、乾杯の音頭をお願いできませんか?」

「え? 私?」

 

 絹代に話を振られて私は思わず聞き返した。

 この場において誰が音頭を取るべきかといえば、年長者である私が適任なのは分かる。分かるが。

 さっきも言ったように私は場違いな存在な訳で、そんな私が仕切っていいものなのかと不安になる。

 だが既に雰囲気が出来上がってしまっているし、ここであれこれ言うのも無粋というものだろう。私が観念してグラスを持って立ち上がると、三人もそれに倣った。

 さて、乾杯の音頭というが何に乾杯するべきだろう。

 考えて思い付いたのは一つしかなかった。私が言っていいものかは疑問だが、この場に相応しいのはこれしかない。

 

「知波単魂に!」

 

 三人は一瞬意表を突かれたような顔をしていたが、すぐに笑顔を浮かべて、グラスを掲げる。

 

「「「知波単魂に!」」」

「乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」




最初は西さんと玉田がメインで細見は割と空気だったんですが、気付けば出番が増えまくってました。
一人だけ仲間外れは可哀想、というのもありますが、西さんと玉田の二人だけだと話がまとまりそうになかったというのもあります。

しかし、あれですね。
四人もキャラがいると会話のキャッチボールが中々大変ですね。
最初細見が空気だったのも二人で延々と会話させた方が楽だから、というのもあったんですよ、実は。
一つの場面で二人までなら比較的楽に書けるんですが、三人以上はきつい。

こういう話を書いておいて何ですが、個人的には原作アニメの玉田には最後まで突撃馬鹿でいてほしいという気持ちがあります。
「我々は変わらなければならない」という西さんの言葉には同意するし、最終章第2話のラストを見る限りきっと福ちゃんと西さん以外の知波単の面々も変わっていくのだろうとは思います。
でも一人くらい変われない、変わらない人がいてもいいじゃないかと思うのです。

あと樅鉄の最新話を読んで果たしてこの話を投稿していいものかと正直悩みました。しかし周りが何と言おうとも己が信ずる道を貫き通せばそれも一つの真理、とかそういう感じで行くことにしました、はい。

さあ、次は。
ようやくエリカの話だ。
今回の話と同時進行で進めてきましたが……逸見エリカって難しいね、本当!
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