見つけられなかった私の戦車道   作:ヒルドルブ

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今回はしほさんのお話です。
このあたりからキャラ崩壊が加速していきます。
ご注意ください。


西住しほの過ち

【西住しほ視点】

 

 撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し。鉄の掟。鋼の心。それが西住流。

 私は幼い頃からそう教育されてきた。そして自分が将来その西住流を継ぐのだと。

 若い頃はそのあり方に反発したこともあった。しかし成長するにつれてそんな気持ちも徐々に薄れていき、最終的には西住流を継ぐことを受け入れた。

 

 だから娘も同じだと思っていた。

 今は西住流の在り方に反感を覚えたとしても、いつかは受け入れてくれる。そう思っていた。

 

 事実長女のまほはそうだった。西住流の名に恥じない戦車乗りに育ってくれた。

 

 けれど次女のみほは違った。

 

 表面上は西住流の戦車道を受け入れているように見えた。でもそれは取り繕っていただけで、内心では西住流のあり方に疑問を抱いていたのだ。

 

 そんな齟齬は最悪の場面で最悪の結果をもたらした。

 

 第62回戦車道全国高校生大会決勝。黒森峰は前人未到の10連覇にあと一歩のところまで来ていた。

 車輌の整備も乗員の練度も問題なし、万全の布陣で臨んだはずだった。ましてやあの時はまほとみほが、西住流宗家の長女と次女がそれぞれ隊長、副隊長を務めていた。負けるはずがないし、負けるわけにはいかなかった。

 

 そんな大切な試合でみほは西住流にあるまじき行いをしてしまった。

 

 事前の予想に反して黒森峰は苦戦を強いられていた。プラウダの隊長はまほの、西住流の戦術をよく研究していたようだ。試合は一進一退を繰り返していた。

 そんな中みほが乗るフラッグ車と護衛の車輌の数輌がまほの本隊と別行動を始めた。

 相手の背後を突くつもりだったのだろう。しかしプラウダの隊長はそれも読んでいたのか、別働隊は移動中に攻撃を受けた。

 

 事故が起こったのはそんな時だった。

 

 雨のせいで地盤が緩んでいたせいだろう、足場が崩れてフラッグ車の前を走るⅢ号戦車が増水した川に滑落したのだ。

 戦車道で使用される車輌はすべて特殊なカーボンでコーティングされているため選手の安全は保証されている。

 しかし水没した戦車に関してはその限りではない。そもそも戦車というのは水中での使用を想定していないのだ。

 このままでは中の乗員が危険だ。一時試合は中断して救助を要請すべきだ。

 そう思ったがどうにも運営の対応が遅かった。救助どころか試合を続行すべきかどうかもまだ決めかねている状態だった。

 一体何をしているのか、苛立つ私の目の前、試合を中継しているモニターの中で動きがあった。フラッグ車から誰かが飛び出して滑落した車輌の救助に向かったのだ。

 それはみほだった。あの娘は黒森峰の副隊長として、フラッグ車の車長として、西住流の人間としての責務をすべて放り捨てて。仲間を助けに行ったのだ。

 

 おかげで乗員は全員無事だった。

 

 しかし黒森峰は10連覇を逃した。

 

 わかってはいた。みほに西住流の戦車道は向いていないと。もっと言えば戦車道自体向いていないかもしれない。

 才能がないということではない。むしろ戦車乗りとしての才能という一点においていうならばまほや私すら凌ぐほどだ。

 ただあの娘は優しすぎた。親としてそれは誇るべきことだ。でも西住流の人間としてはそれは恥ずべきことだ。

 勝利至上主義の下いかなる犠牲を払ってでも勝利する、それが西住流の在り方だ。仲間との助け合い、馴れ合いなんてものは唾棄すべきものにすぎない。

 みほには幼い頃からそんな西住流の在り方を徹底的に教え込んできたつもりだった。そして表面的にはそれを受け入れているように見えた。

 でも心の奥底ではずっと西住流を拒絶し続けてきたのだろう。それが行動になって表れたのがあの試合だった。

 

 何故わかってあげられなかったのか。どうして自分もそうだからみほも西住流を受け入れてくれるなんて無責任に考えてしまったのか。そんな後悔の念が私を襲った。

 しかしすべては遅すぎた。そして私には母親として自責の念に駆られる時間などなかった。西住流の師範としてその後のことを考えなければならなかった。

 西住の娘が隊長と副隊長を務めたにもかかわらず優勝を逃した。この責任は取らねばならなかった。

 

 とはいえ私はみほに敗北の責任を問うつもりはなかった。

 そもそもあの状況に追い込まれた時点でフラッグ車は遅かれ早かれ仕留められていた可能性が高い。みほのあの行動がなくとも結果は変わらなかっただろう。だとすれば責任があるのはむしろ隊長であるまほの方だと言えた。

 しかしみほがフラッグ車を放棄したのも事実であり、その行動が西住流にとっては許容できないものであったのも事実だ。私はみほを呼び出して決勝戦での行動を厳しく叱責した。そして来年度からは別の高校に転校するように告げた。

 あんなことがあった以上、みほを黒森峰に置いておくわけにはいかなかった。例え実の娘であろうと、否、実の娘だからこそ落とし前はつけなければならなかった。そうしなければ周りにも示しがつかないのだから。

 

 転校先にみほが選んだのは戦車道がない大洗女子学園だった。私はそれを戦車道をやめるという意思表示と受け取った。

 西住の名を背負う以上戦車道から逃げることは許されない。かと言って当時のみほに戦車道を強制しても碌なことにならないだろうことも容易に想像がついた。

 一度戦車道から離れて自分を見つめ直すのもいいと思った。その上でどうしても戦車道を止めたいというのならそれも仕方のないことだ。

 西住流はまほが立派に継いでくれるだろう。ならばみほには自分の好きな道を選ばせてあげてもいい、そう考えていた。

 

 転校先でみほが戦車道を続けていると知るまでは。

 

 私にはみほの気持ちが理解できなかった。

 あの娘は戦車道をやりたくなくて戦車道がない学校に行ったはずだ。それが何故わざわざ20年もの間廃止されていたものを復活させてまで戦車道を続けているのか。

 いや、どんな理由があろうと関係ない。みほの行いは西住流に対する明確な敵対行為だ。西住流にあるまじき行いをして、その責任を取って転校したにもかかわらずその転校先でこちらに一切話を通すことなく戦車道を再開するなど。

 あまりにも勝手が過ぎる。あの娘には西住の名を背負うものとしての自覚が足りない。西住流の師範として見過ごすことはできなかった。

 

 私はみほを勘当することを決めた。

 

 本来であれば準決勝が終わった時点で勘当を言い渡すつもりだった。しかし相手の油断があったとはいえ大洗はあのプラウダに勝利した。

 まさか前回黒森峰を下したプラウダに勝つとは思っていなかった。しかしある意味では好都合だった。

 まほが率いる黒森峰が大洗を倒す、つまりは西住流の王道の戦車道でみほの邪道の戦車道を叩き潰す。そうした上で勘当を言い渡す方が自然な流れと言えた。

 私は決勝戦が終わるまでみほの勘当を保留にすることに決めた。

 

 そうして迎えた決勝戦。

 

 黒森峰と大洗の戦力差は歴然。万に一つも黒森峰が負けることはないと思っていた。

 だが勝負に絶対はない。事実大洗はその乏しい戦力で決勝戦まで勝ち上がってみせたのだ。何が起こっても不思議ではないとも思っていた。

 

 そして実際に試合は接戦になった。

 

 序盤こそ黒森峰の速攻に意表を突かれたのか浮足立っていたが、大洗は徐々に落ち着きを取り戻していった。時には煙幕を張って視界を塞ぎ、時にはヘッツァーによる遊撃で攪乱し、黒森峰を相手に互角に渡り合っていた。

 その後大洗は追撃を振り切って市街地に向かって進んでいった。恐らくはそこで決着をつけるために。

 

 しかし市街地に向かうために川を渡ろうとしていた時、それは起こった。

 

 大洗の車輌の内一輌、M3中戦車が川の中でエンストを起こしたのだ。

 

 何という運命の悪戯か。前年の決勝戦に続いてまたしてもこんな局面に立たされるとは。あの娘が一体何をしたというのか。思わず天を呪いたくなった。

 

 あの娘はどうするだろうか。

 

 西住流ならば迷いなく見捨てることを選択するだろう。

 しかも前とは違い、川が増水しているわけでもなく、乗員の生命が脅かされているわけでもない。迷う理由は何一つありはしない。

 

 しかしみほは違った。みほは前と同じように仲間を救出することを選択した。

 

 それがみほの戦車道なのだろう。西住流とは違う、あの娘だけの。

 

 結果みほはM3を救出することに成功した。

 その後は市街戦に移り、あのマウスすら退けて最終的にはまほが乗るフラッグ車との一対一の状況を作り上げた。

 こうなれば戦力差など関係ない。あとは互いの実力だけがものを言う。どちらが勝ってもおかしくはない。

 勝負の行方を誰もが固唾を呑んで見守っていた。私もその一人だ。

 

 そして。

 

『大洗女子学園フラッグ車走行不能! よって黒森峰女学園の勝利!』

 

 最終的に壮絶な撃ち合いを制したのはまほの駆るティーガーだった。

 

 あの時の私の気持ちを言葉にするのは難しい。

 

 まほが勝ったことが嬉しくほっとしたという気持ち。

 

 それと同時にみほが負けてしまったことを残念に思う気持ちもあった。

 

 たしかに西住流の師範としての立場で言えばまほの勝利を望んでいた。

 しかし一人の母親としては別だった。

 まほもみほもどちらも同じように大切な私の娘だ。本音を言えばどちらにも負けてほしくはなかった。

 だが勝負である以上そうはいかない。どちらかが勝ち、どちらかが負けるのが定めなのだから。

 

 そしてみほが負けた以上、私はあの娘に勘当を告げなければならなかった。

 

 あの娘の戦い方は西住流ではなかったかもしれない。でもあの時仲間を助けたあの娘の行動は一人の人間として称賛に値する行動だった。母としてはあの娘のことを誇りに思う。

 しかし西住流の師範として、邪道に堕ちたあの娘の戦車道を認めるわけにはいかなかった。

 

 まだ試合に勝利していれば話は違った。

 西住流は勝利至上主義、強きこと、勝つことを尊ぶ流派だ。だから勝ちさえすればすべてが罷り通る。……というほど単純ではないが、そういう理屈で周りを黙らせることはできたかもしれない。

 とはいえ負けた以上無意味な仮定だ。私は撤収しようとしていたみほを呼び出し、西住家を勘当することを告げた。

 

『一つだけ聞いてもいいですか?』

 

 勘当を告げられたというのにみほは取り乱すことなく、むしろ落ち着いた様子だった。

 

『もし私が大洗で戦車道をやらなかったら。ううん、黒森峰を転校してから一生戦車道をやらなかったら。それでも娘として愛してくれましたか?』

 

 縋る様な瞳で私を見つめながらみほは問いかけてきた。

 

 私は考えた。何と言えばいい、何と言うのが正解なのか。何か言うとしてそれは母親としての言葉か、それとも西住流の師範としての言葉か、どちらを言うべきなのか。

 

『愚問ですね』

 

 結局私は西住流の師範としての言葉を選んだ。

 

『西住の家に生まれた以上、戦車から逃げることは許されません。私の娘なら、西住流の人間ならば戦車道を選んで当然です』

 

 どこで誰が見ているかわからないこんな場所で不用意なことは言えない。西住流の後継者として例え実の娘相手であろうと毅然と対応しなければならない。

 

 ……などというのは建前だ。単に母親として言うべき言葉が見つからなかった、それだけだった。

 

 そして後悔した。

 

『……戦車に乗らない私なんて娘じゃないってこと?』

 

 この世のすべてに絶望したとでも言わんばかりの表情でみほは呟いた。頬を涙が一筋流れ落ちるがそれを気に留めることもなく続けた。

 

『私は……いらない子ですか?』

 

 違う。断じて違う。例え戦車に乗らなくても、西住の家を勘当することになっても、貴方は変わらず私の大切な娘だ。

 

 そう言えばいいのに。言わなければいけない、言わないと取り返しのつかないことになるとわかっていたのに。言葉が出てこなかった。

 

 西住流としての立場ももちろんあった。それに加えて自分で勘当を言い渡しておいてどの口がそんなことを言うのかと、当時の私はそんなことを考えてしまったのだ。

 

『そっか、そっかぁ……』

 

 そうして何も言えずにいると、みほは一人納得した様子で俯けていた顔を上げた。

 私の予想に反してみほは笑顔だった。何か憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔だった。

 

 次の瞬間あの娘の口から放たれたのは、笑い声だった。

 

 何がそんなにおかしいのか、みほはただひたすらに笑っていた。

 

 その様は思わず逃げ出してしまいたくなるほどに不気味で恐ろしかった。

 

『さようなら、お母さん』

 

 一頻り笑った後、みほは私に背を向けて去っていった。その後一度も振り返ることなく歩き去るあの娘の後姿を、私は呆然と見送ることしかできなかった。

 

 思えば私はあの娘に母親らしいことをしてあげたことがあっただろうか。

 私は常に西住流らしくあろうと心掛けてきた。西住流の後継者に恥じない振る舞いを心掛けてきた。何よりも西住流を優先させてきた。それこそ実の娘よりも、だ。

 

 でもこの時ばかりは。

 

 西住流よりも優先すべきものがあった。何よりも娘を、みほのことを優先すべきだったのだ。

 

 それに気付いたのはすべてが終わった後だった。

 

 当時の私は例えみほに嫌われたとしてもそれでもいいと、仕方がないと思っていた。

 私を恨むなら恨めばいい。西住流を貶すなら貶せばいい。ただあの娘が生きていてくれさえすればそれでいい、そう思っていたのだ。

 

 みほが自殺したという知らせが届いたのはそれから数時間後のことだった。

 

 何かの間違いだと思いたかった。ほんの少し前に会ったばかりのあの娘が死んだなどと、どうして信じられる?

 病院の霊安室でみほの遺体を目の前にしても、顔伏せの白い布を取ってあの娘の顔を目にしても、それでもなお私は信じられなかった。

 まるで現実感がなかった。跪いて泣き叫ぶまほの声が、涙を流して悲しむ夫の姿がどこか遠くに感じられた。私は何も考えられずただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 気付けば私は自室にいた。どうやって家まで戻ってきたのかそこまでの記憶はすっぽりと抜け落ちていた。傍には夫がいて心配そうに私を見つめていた。

 もう夜も遅い。とりあえずは一晩寝てそれから考えようと思った時だ。

 

 突然夫に抱きしめられた。

 

 戸惑う私の耳元で夫は優しく囁きかけてきた。

 我慢しなくていいと。

 今ここには自分しかいないからと。

 だから今だけは西住流のことは忘れて、一人の母親として泣いてもいいのだと。

 

 私は今まで抑えつけていたものが一気に溢れてくるのを感じた。

 本当は私もまほと同じように泣きたかった。みほの母親として、恥も外聞もなく泣き喚きたかった。

 でもそれはできなかった。西住流の師範として、次期家元としてそんな無様を晒すことは許されない。絶対に人前で涙を見せるわけにはいかない。そんな風にずっと気を張っていた。

 けれどそれももう限界だった。みほが、最愛の娘が死んだというのにその悲しみを抑え続けることなんて無理だった。

 

 その日、私は夫の胸の中で声を殺して泣いた。

 

 翌日からの私は悲しみに浸っている暇がないほど忙しい日々を過ごしていた。

 勘当したとはいえ西住の家に生まれた者が自殺したとなれば一大スキャンダルだ。マスコミへの対応や各方面への根回しで多忙な毎日を送っていた。

 目が回るような忙しさだったが、かえってありがたかった。仕事に追われているうちは嫌なことを考えずに済んだ、みほのことを忘れられた。

 あの娘の葬式については喪主を主人に任せ、私はずっと仕事に専念していた。

 実の娘とはいえ私はあの娘を勘当したのだ。西住流の師範として葬式に出るわけにはいかなかった。

 とはいえまほが葬式に出ることは止めなかった。あの娘も将来西住流を継ぐ身ではあるが、せめて今だけは、最後くらいはそんな立場を忘れてみほの姉として振る舞うことを許されてもいいだろう、そう思ったから。

 

『お母様、ただいま戻りました』

 

 みほの葬式が終わり帰宅したまほは真っ先に私の部屋を訪れた。

 書類から顔を上げると物言いたげなまほの表情が目に映った。声もどこか硬く、その視線は真っ直ぐに私の顔を見つめていた。

 そうしていざまほが何かを言おうと口を開いた時だ。来客を告げに来た菊代が現れたのは。

 そんな予定はなかったはずだ。訝しげに見やると果たして約束はしていないが、私とまほに話があるとのことだった。

 約束もなしにこんな時間に訪れるなど、非常識にもほどがある。会う気はない、お帰り願うように。そう伝えようとしたが、来客の名前を聞いて私は思いとどまり部屋に通すように菊代に伝えた。程なくして件の来客が姿を現した。

 

 角谷杏。大洗女子学園の生徒会長だという少女は、私とまほの目の前に現れるなり土下座した。みほが自殺したのは自分が原因だと、自分が戦車道を強制したせいだと、額を床に擦り付けながらひたすらに謝罪を繰り返した。

 けれど私には彼女を責める気にはなれなかった。戦車道を強制したと言っても、結局最終的に決めたのはあの娘自身だ。ならばすべてはあの娘の自己責任ということになる。

 

『すべてはあの娘が自分で選んだことです。貴方に非はありません』

 

 実の娘が死んだというのに実に素っ気ない言葉だった。しかし西住流の師範として嘘偽りのない本音でもあった。

 

 ……あの娘の母親としては別として。

 

 彼女を責める気がないのはまほも同じようだった。

 

『みほを殺したのは私だ。貴方は何も悪くない』

 

 そのまほの発言に私は胸が抉られる思いだった。

 角谷さんが悪くないという点は私も同意見だった。けれどみほを殺したのがまほだなんて、どうして言えようか。

 自分が勝ってしまったせいだとでも言うつもりだろうか。ならばそれは見当違いもいいところだ。勝負事で勝利を目指すのは当然のことだ。別に不正をしたわけでもなし、責められる謂れはないだろうに。

 

『まほ』

 

 角谷さんが去った後、一礼して退室しようとするまほを私は呼び止めた。

 

『貴方は西住流として正しいことをしました。みほのことを気に病む必要はありません。みほが死んだのは誰のせいでもない……仕方のないことだったのです』

 

 貴方は悪くない。貴方は西住流の教えに従っただけで何も間違ったことはしていない。だから貴方が罪悪感を抱くことはないのだと。そんな気持ちを込めた言葉だった。

 

 しかしまほは私の言葉を聞いた途端目を剥いて怒り出した。

 

『ふざけるな!!』

 

 血相を変えて詰め寄ってきたかと思うと、あの娘はあらん限りの声を張り上げて私を罵倒した。

 

 それでも母親かと。

 

 実の娘が死んだのに何も感じないのかと。

 

 西住流を守ることは娘の命よりも大事なのかと。

 

 そんなつもりはなかった。私はただまほが苦しんでいるのを見ていられなかったのだ。

 母親としてみほの死が悲しくないわけがない。

 だがまほだって同じように大切な娘だ。

 そんなあの娘が自分を責め続ける姿が私には見るに堪えなかったのだ。

 

 それならそうと口に出せばいいものを、当時の私は何も言うことができなかった。まほが私に反抗することなど今までにないことだったから。何と言えばいいのか、どう対応すればいいのかわからなかった。

 結局のところ私は母親としてあまりにも未熟だったのだ。西住流の師範という立場でしか娘たちと接してこなかった。戦車道を通してしか娘と触れ合ってこなかった。だから母として、人として当たり前のことすら口に出すのを躊躇ってしまった。

 

 そんな私の態度をまほはどう解釈したのか、顔を憤怒に歪めて腕を振り上げた。

 

 頬に衝撃が走った。

 

 自分がまほに殴られたのだと気付いた時には反対側の頬を殴られていた。

 その後も何度も何度も私はまほに殴られ続けた。

 まるで獣のような叫び声を上げながら私を殴り続けるまほの姿を、私はどこか他人事のように眺め続けていた。

 

 この時私は理解した。

 

 私は私自身の失言で二人の娘を失ったのだと。

 

 取り返しのつかない過ちを犯してしまったのだと。

 

 これはきっとその罰なのだ。

 

 そう思って私は甘んじて受け入れることにした。

 

 菊代が止めに入るまで私は無抵抗でまほに殴られ続けていた。

 

 その日以来まほと私の関係は完全に冷え切ってしまった。

 高校時代は顔を合わせることもほとんどなく、仮に会ったとしてもあの娘はもう二度と私の言葉に耳を貸さなくなってしまった。

 高校を卒業して大学に入学してからは実家に寄り付かなくなったし、仕送りにも一切手を付けている様子はなかった。

 夫から聞いた話では特待生のため授業料は全額免除、それに加えて奨学金のおかげで生活費にも困っていないとのことだった。

 あの娘は昔からお父さん子で夫にはよく懐いていたため、私と絶縁状態になった今でも夫には定期的に連絡を取っているようだった。

 

 唯一の救いはまほが戦車道を続けていることだ。それも西住流の名に恥じない戦いぶりだという。

 まほの戦いを見たという者は誰もが口を揃えて言っていた。彼女は素晴らしい、あれでこそ西住流だ、これで西住流も安泰だ、と。

 

 でも私にはあの娘の戦車道は私に対する当てつけにしか見えなかった。

 

 私に対する、西住流に対する憎しみを対戦相手にぶつけているようにしか見えなかった。

 

 唯一の救いと私は言った。

 それは誰にとっての救いだ?

 西住流にとっては間違いなく救いだろう。次期家元として立派に西住流の戦車道を継いでくれる存在がいるのだから。

 

 しかしまほにとっては?

 

 あの娘にとって西住流を継ぐことは救いだろうか? みほを死なせた戦車道をこれから先死ぬまで続けることがあの娘にとって幸せだとでも言うのだろうか?

 

 みほ。まほ。私の最愛の娘たち。

 そんなあの娘たちを犠牲にしてでも西住流とは守らなければいけないものなのだろうか。西住流にそんな価値があるのだろうか。何度考えても結論は出なかった。

 それでも私には西住流の在り方を否定することはできなかった。

 ここで西住流を否定したりすればそれこそ私の娘たちは何のために犠牲になったのか、私の今までの人生は何だったのかわからなくなる。

 私は西住流の家元として死ぬまで流派を守り続けなければならない。今更それ以外の道を選ぶことなど許されるはずがない。

 

 例え娘を死なせても。

 

 例え娘と袂を分かつことになろうとも。

 

 私は死ぬまで西住流であり続けなければならないのだ。

 




そろそろ更新ペースが落ちるかもしれません。

この小説に望むのは?

  • 救いが欲しいHAPPY END
  • 救いはいらないBAD END
  • 可もなく不可もないNORMAL END
  • 誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
  • 書きたいものを書けばいいTRUE END
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