見つけられなかった私の戦車道   作:ヒルドルブ

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書き直しを繰り返し、気付けば随分長くなっていたため分割。
……したものの切りのいいところで切っても過去最長。

今まで以上にキャラ崩壊注意です。
後流血描写ありなのでそちらも注意です。


悪夢

【角谷杏視点】

 

『もう泣くなよ、河嶋~』

『だ、だって……会長……。大洗が……私たちの学校が……』

 

 夜の帳が下りて他に誰もいない生徒会室。その中で私は涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにした河嶋に慰めの言葉を投げかけた。

 試合はとっくに終わって学園艦まで戻ってきたというのに、河嶋はいまだに泣き続けていた。

 そんな河嶋のことを小山が慰めていたけど、小山も小山でその暗い面持ちは隠せていなかった。

 無理もない。正直言えば私だって気持ちは同じだから。

 

『決勝まで来た時はきっといけるって思ったのにな~……』

 

 私は行儀悪く足を机に乗せながら天井を仰いだ。

 

 戦車道の全国大会で優勝したら廃校を撤回する。

 

 今年度限りで大洗女子学園は廃校だと告げる文科省の役人に対して、私はそんな約束を強引に取り付けた。相手の役人もそんなことはできるわけがないと高を括っていたのか、あっさりと受け入れた。

 実際無茶なことだとは理解していた。でも他に方法が思いつかなかったし、廃校を大人しく受け入れるなんて選択肢はなかった。ならやるしかないと自分を奮い立たせた。

 

 けど現実は予想以上に厳しかった。

 20年前までは戦車道が盛んだったらしいからもう少しいい戦車が残ってると思ったけど、実際にあったのは売れ残った戦車ばかり。

 そして戦車道の経験者なんて当然いる訳もなく。

 優勝どころか一回戦でボロ負けする未来しか見えなかった。

 

 そんな中一筋の希望の光が差し込んだ。

 4月になって新入生が入学してきたのに併せて、私たちは改めて全生徒の経歴を洗い出した。すると一人だけ、戦車道の経験者がいたんだ。

 

 西住みほ。

 

 あの西住流の娘で、去年は強豪黒森峰女学園で一年で副隊長を務めた、そんな逸材だった。

 戦車道を復活させると決めてその年に経験者が転校してくるなんてまさに渡りに船だった。

 

 けど一つの疑問が浮かんできた。そんな娘が何故戦車道が廃止されて久しい大洗に転校してきたのか、と。

 調べるとその答えはすぐに見つかった。

 昨年の戦車道全国大会決勝戦、10連覇を目指す黒森峰はしかしプラウダ高校に敗北した。そしてその原因が副隊長である西住ちゃんの行動にあったこと、それを散々に非難されたらしいことも知った。

 

 そこまでわかれば何故西住ちゃんが大洗に転校してきたのかはおおよそ察しがついた。きっと西住ちゃんは戦車道をやりたくなくてこの学校に転校してきたんだろう。そんな娘に戦車道を取るよう言っても断られるに決まっていた。

 ましてや負けたら廃校だから絶対に勝て、なんて言えるわけがない。

 

 私は悩んだ。

 何も人情だけの話じゃない。本人の意思を無視して無理矢理やらせたところで実力を十分に発揮できるとは思えない。正直気が引けた。

 しかし、なら他に方法があるのかと言われれば思いつくはずもなく。

 結局私は西住ちゃんを引き込むことに決めた。

 ただし廃校の件は伝えなかった。

 こちらの都合に巻き込むならせめて西住ちゃんにはプレッシャーを感じずに伸び伸びと戦車道をやってほしい。そう思ったから。

 

 西住ちゃんという経験者を得て、そこそこの人数と戦車も集まった。とはいえ苦しい状況に変わりはなかった。本当に上手く行くのか、私は不安に苛まれていた。

 でも西住ちゃんはそんな私の不安を吹き飛ばしてくれた。

 初めての練習試合、聖グロとの対戦は負けこそしたけど、あと一歩というところまで相手を追い詰めた。初試合としては上々の成果だった。

 続くマジノ女学院との練習試合では見事に勝利。そして本番の全国大会では強豪サンダース、それに続いてアンツィオを破った。

 

 これはもしかしたらいけるんじゃないか。私の中で希望が芽生えた。

 

 しかしそんな私の考えはただの慢心に過ぎなかった。

 

 準決勝のプラウダ戦ではその慢心故に追い詰められてしまった。

 もう負けを認めるしかない。そんな状況にまで追い込まれた。

 そこで私はとうとう大洗女子学園が廃校になることを告げた。

 本来なら最後まで隠し通せれば一番だったけど、おかげでみんなは奮起してくれて、圧倒的な劣勢を覆して何とか勝利を収めることに成功した。

 

 そして迎えた決勝戦は今まででもっとも厳しい戦いだった。流石に今度こそダメかと思った。

 車輌数だけでも20対8と倍以上、それに加えて戦車の性能も、乗員の練度も、何もかも絶望的なまでの差があった。

 でも西住ちゃんはそんな戦力差を見事にひっくり返してみせた。あれこれと策を練って黒森峰の重戦車部隊を翻弄した。途中でアクシデントはあったものの予定通り無事市街戦に持ち込んだ。

 マウスが出てきた時は絶望しかけたけど何とか撃破に成功し、最終的には作戦通りにフラッグ車同士の一騎打ちにまで持ち込んだ。

 

 勝てる。きっと大丈夫だ。あんこうチームのみんななら、西住ちゃんならきっとやってくれる。そう信じていた。

 

 でも現実はどこまでも非情だった。

 

『大洗女子学園フラッグ車走行不能! よって黒森峰女学園の勝利!』

 

 最後の最後、壮絶な撃ち合いを制したのはⅣ号ではなく黒森峰のティーガーだった。私はしばらく白旗を上げるⅣ号戦車を呆然と見つめていた。

 

 あと一歩だったのに。

 

 ここまで来て、最後の最後で負けるなんて。

 

 私は思わず神様を呪った。

 

 廃校の撤回は全国大会での優勝が条件だった。それを逃してしまった以上、本来なら大人しく廃校を受け入れるしかないんだろう。

 

 でも、だ。

 

『諦めるにはまだ早いよね~』

『会長? で、でも廃校の撤回は全国大会の優勝が条件だって……』

『ま、そうだな』

 

 小山の反論に対して私は頷く。

 

『たしかに優勝はできなかった。けど準優勝でも十分な実績だ。まだ手はあるはずだ。それとももうダメだ~、って大人しく諦める?』

『そんなの嫌です! 私は、この学校を無くしたくなんてない!』

 

 涙ながらに訴える河嶋に私は不敵な笑みを返した。

 

『そうだな、私もだよ。私もこの学校が好きだ。絶対に廃校になんてさせない、させてたまるもんか。そのためにもさ、最後までやれることをやろう』

 

 私が自信満々に言うと、それまでボロボロ泣いていた河嶋も涙を拭って顔を引き締めた。

 

『やりましょう、会長! 絶対に大洗を廃校になんてさせません!』

『そうだよ! 泣いてる暇なんてないよ、桃ちゃん!』

『桃ちゃん言うな!』

 

 そのやり取りを見て私は笑みを浮かべた。河嶋もようやく調子が戻ってきたようだ。

 やっぱり湿っぽいのは好きじゃない。例え可能性が限りなく0に近くても、最後の最後まで足掻く。その方が私の性に合ってる。

 ……本当は自信なんてない。勢いで言ったはいいけど何をしたらいいか見当もつかない。けどそれを顔に出すことはしなかった。

 例え内心でどんなに不安が渦巻いていても、絶対にそれを悟らせちゃいけない、大丈夫だって笑ってろ。それが長たる者の務めだ。

 そんな風に自分に言い聞かせていると、ノックの音が響いた。

 

『西住ちゃん?』

『よかった、皆さんまだ残ってらしたんですね』

 

 ドアを開けて入ってきたのは誰あろう西住ちゃんだった。

 珍しいこともあるものだ。こちらから呼び出したことは何度もあるけど、西住ちゃんの方からこちらを訪ねてくることなんて今までにないことだった。

 

『どったの、こんな時間に?』

『あ、はい』

 

 私の問いに西住ちゃんはにっこりと笑った。

 

『実は会長たちに報告したいことがありまして。居ても立っても居られなくてこうして来ちゃいました』

 

 笑顔、そう笑顔だ。

 何の敵意も害意も感じられない優しい表情のはずなのに。

 何でだろう、さっきから変な汗が止まらない。

 

『さっきお母さんから言われたんです。今日限りで私のことを勘当するって』

 

 あまりにもあっけらかんと言われたので最初理解が追い付かなかった。

 

 そして理解するにつれて愕然とした。

 

『どうして……』

『どうして、ですか?』

 

 私の呟きに対して西住ちゃんは何を当たり前のことを聞くんだとばかりに首を傾げていた。

 

『だって敗北の責任を取って戦車道をやめるつもりで他所の学校に転校しておいて、のうのうと戦車道を続けているなんて知られたらそうもなりますよ』

 

 言外に私たちのせいだと責められているように感じた。というよりも実際に責めているんだろう。自分自身責められても仕方がないことをしたという自覚はある。

 私がショックを受けたのは、あの西住ちゃんがそんな悪意に満ちた物言いをしたことだった。信じられなかったし、信じたくなかった。

 

『だから私は嫌だ、やりたくないって言ったんです。それなのに私の言い分を無視して無理矢理戦車道をやらせて。その結果がこれです。しかも大洗女子学園は廃校になるんですよね? 困りました、私住む場所も帰る家ももうないんです。何もかも全部無くしちゃいました。私どうすればいいんですかね?』

 

 淡々と。まるで他人事みたいに笑顔で言葉を並べる西住ちゃんのその様子はただただ不気味だった。

 あの河嶋ですら西住ちゃんの異様な雰囲気に当てられて黙り込んでいた。

 

 ……いや、違う?

 見るとその肩は震えていた。まるで怒りを押し隠すように。

 

『ふざけるなよ、西住』

 

 マズい。そう思った時には手遅れだった。

 

『お前があそこで勝っていれば優勝できたんだ』

『やめろ、河嶋』

『大洗は廃校にならずに済んだんだ』

『桃ちゃん、やめて!』

『お前のせいで、この学園艦はなくなるんだぞ!? 全部! 全部お前のせいだっ!!』

『河嶋!!!』

 

 河嶋の言葉を遮るように私は声を振り絞って叫んだ。

 私の叫びに河嶋はハッとして、すぐに狼狽え出した。自分が何を口走ってしまったのかを理解したのだろう、見る見る顔を青ざめさせた。

 

『あ、いや、ちがっ、に、西住! い、今のは違う、違うんだ!』

 

 必死に言い繕うがもう手遅れだった。

 慌てて西住ちゃんの方を見ると先程までとは打って変わって能面のような無表情だった。

 けれどまたすぐに笑顔を貼り付けた。そう、貼り付けた、という表現がピッタリの空虚な表情だった。

 

『そうですね、河嶋先輩の言う通りです。廃校になるのは私の力が足りなかったから、私がお姉ちゃんに勝てなかったからです』

『そんなことないって。西住ちゃんは本当によくやってくれたよ。本当に感謝してる。河嶋もついカッとなって言っちゃっただけで本気で言ったわけじゃないって』

『そうだよ、西住さんのせいなんかじゃないよ!』

『そ、そうだ西住! あれはつい口が滑ったというか、とにかく違うんだ!』

『何が違うんですか!?』

 

 私たちは矢継ぎ早に否定の言葉を紡ぐが、西住ちゃんの叫び声にかき消されてしまった。

 私たちは押し黙った。西住ちゃんが声を荒らげるのなんて見たことがなかったから。

 

『本当は会長だって、小山先輩だって思ってるんでしょう? 全部私のせいだって。ええ、そうですよ、悪いのは全部私です。でもね、私だって頑張ったんです。頑張って頑張って頑張って……それでもどうしようもなかったんですよ。私は嫌だって言ったのに無理矢理やらせておいて、負けたら全部私のせいですか? どうしてそこまで言われなきゃいけないんですか? 去年の黒森峰でもそうでした。何でみんな私のせいにするんですか? どうして私ばっかりこんな目に遭わないといけないんですか!?』

 

 髪をかきむしりながら、まるで癇癪を起こした子供のように叫ぶ西住ちゃんの姿に私は何も言えなかった。それは河嶋も小山も同じようだった。

 けど西住ちゃんは不意にピタリと動きを止めると、さっきまで騒いでいたのが嘘のようにぼそりと呟いた。

 

『ごめんなさい。本当はこんなこと言っちゃいけないってわかってるんです。でももう頭の中がぐちゃぐちゃで。訳が分からなくて。言わずにはいられなくて。私は、私は……』

 

 私は椅子から立ち上がって西住ちゃんの前まで移動すると、深々と頭を下げた。

 

『ごめん。私たちの都合に無関係な西住ちゃんを巻き込んで、重荷を背負わせて、辛い思いをさせて、本当にごめん』

 

 私はこの時になって初めて自分の罪の重さを自覚した。

 

 覚悟はしていたつもりだった。西住ちゃんの事情は知っていた。その上で戦車道を強制する以上西住ちゃんを傷つけることになるのは分かり切っていた。すべてが終わった後で償いはしなきゃならない、私にできることならなんだってやる。そう思っていた。

 

 でも結局のところ私は何もわかっていなかったんだ。

 償いはする? 償ったところでどうなる? いくら償ったところで西住ちゃんの失ったものは取り戻せないのに。

 何故西住ちゃんがわざわざ戦車道のない大洗に転校してきたのか、少しでも考えたのか? その転校先で戦車道をやることがどういう結果を生むか、想像できなかったのか?

 そもそも償いといったところで私に何ができるのか。今でこそ生徒会長としての権力を使ってある程度の融通は利く。しかし学園が廃校になってしまえば、会長でなくなってしまえば私はただの一学生に過ぎないのに。

 

 勝てば官軍。優勝さえすればどうにかなると思っていた。でも負ければただの賊軍でしかない。そして賊軍の末路がどうなるかなんて考えるまでもないことだ。

 私は学園艦を救うためなら何でもやるし、いくらでも犠牲になるつもりだった。でも実際には犠牲になったのは西住ちゃんだった。

 やりたくもない戦車道を無理矢理やらされて精神を擦り減らして、実家を勘当されて、住む場所もなくなって、大切なものを何もかも無くしてしまった。

 本当なら戦車道とは無縁な楽しい学園生活を送るはずだったのに、私はその輝かしい未来を奪ってしまった。その結果が今目の前にいる西住ちゃんの姿だ。

 

 謝って済む問題じゃない。それでも謝らずにはいられなかった。そしてただ謝ることしかできない自分が心底情けなかった。

 

 私は、こんなにも無力だったのか。

 

『顔を上げてください』

 

 無力感に打ちひしがれる私にかけられた声は思いのほか優しかった。

 

『私もうわからないんです。会長たちを恨めばいいのか、感謝すればいいのか、謝ればいいのか』

 

 顔を上げると西住ちゃんは言葉の通り困惑の表情を浮かべていた。

 

『最初は無理矢理戦車道をやらされたことを恨んでいました。私は戦車道をやりたくなくてこの学校に来たのに、どうしてわかってくれないのかって』

 

 私の脳裏に武部ちゃんと五十鈴ちゃんと手を繋いで顔を俯ける西住ちゃんの姿が思い浮かぶ。

 

『最初は戦車に乗るのも嫌で嫌で堪らなかった。でも次第にそんな気持ちも薄れていきました。だってここの戦車道は黒森峰にいた頃じゃ考えられないことばかりだったから。戦車の中にクッションを敷いたり、芳香剤を置いたり。戦車をカラフルに塗装したり、幟を立てたり。今までじゃ考えられないことばかりだったけど、それが楽しくて』

 

 見る影もなく変わり果てた戦車たち。頭を抱える秋山ちゃんの隣で楽し気に笑う西住ちゃんの姿が思い出される。

 

『黒森峰にいた頃は毎日が苦痛でした。勝たなきゃって思ってばっかりで、戦車道を楽しいなんて思ったことは一度もありませんでした。でも大洗はそんな雰囲気は全然なくて、みんなが戦車に乗るのを楽しんでいました。そして気付いたら私も戦車道が楽しいって思っていたんです』

 

 最初こそ如何にも気が進まないという風情だった西住ちゃんも、気付けばあんこうチームのみんなと楽しそうに笑い合っている姿をよく見かけるようになった。

 

『だから会長たちには感謝していました。ここに来てようやく私の戦車道を見つけられたって思いました。勝ち負けよりも大事なことがあるって。私は間違っていないって思えたんです』

 

 お礼を言いたいのは自分の方だ。今までとは違う戦車道を知ることができた。西住ちゃんは私にそう言ってくれた。

 

『でも負けたら廃校だって言われて。やっぱり勝たなきゃダメなんだって、楽しいだけじゃダメなんだって思い知らされて。やっぱり私の戦車道なんてないんじゃないかって。気持ちが揺らいでしまって』

 

 全国大会で優勝しなければ廃校になる。そう告げた時の西住ちゃんの顔は今でも忘れられない。

 

『負けたら廃校なんだから、そんなことを考えてる暇なんてないって。今はとにかく勝つことを考えようって。そう自分に言い聞かせました。でもそんな半端な状態で勝てるほど黒森峰は甘くなくて。それでも食い下がったけど最後の最後で負けて。学校を守れなくて、仲間の居場所を奪ってしまって、会長たちにも申し訳が立たなくて……』

 

 西住ちゃんは白旗を上げるⅣ号を虚ろな瞳で見つめ続けていた。

 

『勘当されたのは会長たちのせいだなんて言いましたけど、あれ嘘なんです。だってお母さんは戦車に乗らない私は娘なんかじゃないって言ってたから。きっと大洗に転校した時点で私はもう見捨てられてたんですよ』

 

 今の西住ちゃんはあの時と同じ目をしていた。

 

『もう何もかもわからないんです。誰に何を言えばいいのか、何処へ行けばいいのか、何をすればいいのか、何も、何も……。ねえ、会長。私どうしたらいいんですか?』

 

 先程と同じセリフだけどその声音はまるで縋る様なものだった。しかし私はすぐに言葉を返すことができなかった。

 

 原因は西住ちゃんが右手に持っている物体にあった。

 

 いつの間にかそこにはナイフが握られていた。

 

 背後で河嶋と小山の息を呑む音が聞こえた。

 

『……そんなもの持ってどうする気? 私たちを刺すとか?』

 

 それ以外に目的があるとは思えないのに我ながら間の抜けたセリフだった。

 西住ちゃんは首を傾げると自分の右手に視線を向けて、その手に握られたナイフを見て呆然としていた。

 

『……そうですね。それもいいかもしれませんね』

 

 西住ちゃんはどこか他人事のように呟いて力なく笑った。

 その反応には違和感があったが、今はそれどころじゃない。

 

『お願いできる立場じゃないのは理解してるけどさ、一つだけいいかな?』

『何ですか?』

 

 私は一度呼吸を整えてから西住ちゃんの目を真っ直ぐ見つめて懇願した。

 

『やるなら私だけにしてくれないかな。河嶋と小山は私に従っただけで何も責任なんてないからさ』

『か、会長!?』

『そんな!? だめだよ、杏!!』

 

 河嶋と小山は目を剥いて叫ぶが、私は無視して一歩進み出た。

 

『お願い西住さん! こんなことやめて!』

『そうだ、西住! 殺すなら、私にしろ! 悪いのは私だ! 会長は何も悪くない!!』

 

 そんな二人を手で制して私は付け加えた。

 

『私を刺して、それで西住ちゃんの気が済むならいくらでもやればいい。私にはもう、こんなことくらいしかできないからさ……』

 

 西住ちゃんが一歩こちらに近づくのを見て、私はぎゅっと目をつむる。

 カッコつけてはみたもののやっぱり怖かった。当たり前だ。誰だって死ぬのは怖いに決まってる。

 それでも甘んじて受け入れなきゃいけない。それが西住ちゃんの人生を台無しにしてしまった私に対する罰なんだから。そう覚悟を決めて痛みに備える。

 

 が。

 

 いつまで経っても痛みは襲ってこない。

 恐る恐る目を開けると、西住ちゃんは私の目の前で黙って俯いていた。手はだらりと垂れ下がり、今にもナイフを落としてしまいそうだった。

 

『会長、聞いていいですか?』

 

 どうしたのか、私が尋ねるよりも前に西住ちゃんの方から口を開いた。

 

『会長は私の事情を全部知ってたんですか?』

『知ってたよ。知った上で西住ちゃんを巻き込んだんだ』

『廃校を阻止するために?』

『うん、戦車道で全国大会で優勝する。それ以外に方法がなかったからね。そのためには少しでも確率を上げたかったんだよ。例えそれが限りなく0に近い可能性だとしてもね』

『会長にとってはこの学校がそれだけ大事だったってことですか?』

『そうだよ。私はこの学校が、学園艦のことが大好きだ。それを守るためなら何だってやってやる。その結果西住ちゃんを犠牲にすることになっても、ね』

 

 最後の台詞は挑発に聞こえたかもしれないけど、事実なんだから仕方がない。実際私は西住ちゃんを犠牲にしてしまったんだから。

 けれど西住ちゃんはというと怒り出すこともせずにむしろ冷静なままだった。

 

『なら私には会長を責めることなんてできません』

 

 私の目を真っ直ぐに見つめて西住ちゃんははっきりと言った。

 

『だって私も会長と同じだから』

『同じ?』

『はい』

 

 私の疑問に対して西住ちゃんは頷いてみせた。

 

『去年の決勝も今日の試合でも。私は試合の勝敗よりも仲間を助けることを優先しました。私がやりたいから、仲間を助けたいと思ったから、周りのことなんて考えずに自分の都合を押し通したんです』

『でもその結果仲間は助かったじゃないか。ウサギさんチームのみんなは西住ちゃんに感謝してた。黒森峰の仲間もきっとそうだよ』

『でも試合には負けました』

『試合に負けたのは西住ちゃんのせいじゃないでしょ。去年の試合も。今日の試合も。西住ちゃんの行動のせいで負けたなんて私は思わないけどね』

 

 西住ちゃんの自虐に対して私は反論した。

 西住ちゃんには自分の行動を後悔してほしくなかった。だって西住ちゃんは間違ったことなんて何一つしていないんだから。

 試合の勝敗なんてものは時の運に過ぎない。少なくとも西住ちゃんが一人で背負うものじゃないと思う。

 

『負けたのは私のせいです。去年の試合は私が自分の役割を放棄したから、今日の試合は私の力が足りなかったから、それで負けたんです』

 

 けど西住ちゃんは私の言葉にふるふると首を振った。

 

『それにね、会長。会長は私が仲間を助けたって言いましたけど、私は本当は誰一人救えなかったんですよ。黒森峰で助けた戦車の乗員はみんな戦車道をやめてしまいました。ウサギさんチームのみんなだって、大洗が廃校になったら全員バラバラになってしまうかもしれない。私の行動は所詮ただの自己満足だったんです』

 

 そう言って西住ちゃんは皮肉げに唇を歪めた。まるで自分自身を嘲るかのように。

 

『……ああ、でもそうですね。一人だけ助けられた人がいたんでした』

 

 ふと思い出したように西住ちゃんは言った。

 

『その人は私が黒森峰を去ってからも戦車道を続けていて。きっと辛いこともたくさんあったはずなのにそれを乗り越えて。今日久しぶりに会った私にお礼を言ってくれたんです』

 

 そこまで言って西住ちゃんは嬉しそうに微笑んで。

 

 けどすぐにその表情を泣きそうに歪めた。

 

『でも、そんな人に対して、私は……』

 

 最後の方は声がかき消えて聞き取れなかった。

 でも表情を見るに西住ちゃんが何かを悔いているということだけははっきりとわかった。

 

『これが私です。自分の身勝手で周りに迷惑ばかりかけて、挙句の果てに誰も救えなかった。……逸見さんの言う通りです。私は無神経で最低の人間なんです』

 

 逸見? たしか黒森峰の副隊長がそんな名前だったような……。

 

『会長は自分の大切なものを守るために私を犠牲にした。私も自分が信じるもののために他の人間を犠牲にした。そこに何の違いがあるんですか?

 私には、貴方達のことを恨む資格なんてないんです……』

 

 今にも消えてしまいそうなくらい弱弱しい声音だった。

 私はそんな西住ちゃんに対して何と声をかければいいのかわからなくて。

 それでも何とかしなくちゃと西住ちゃんに向かってそっと手を伸ばす。

 

『だから死ぬのは私だけでいいんですよ』

 

 けどその伸ばした手は空を切った。

 

 どん、と衝撃が走って私はその場に尻餅をついた。

 

 西住ちゃんに突き飛ばされたんだと理解して、私は思わず西住ちゃんの顔を見上げる。

 

 そして目に飛び込んできたのは。

 

 持っていたナイフを自分の首筋に当てる西住ちゃんの姿だった。

 

『西住ちゃ――』

『来ないで!』

 

 西住ちゃんは叫んだかと思うと私たちから逃げるように一歩後退った。

 

 まさか。

 

『最初から死ぬ気だったの?』

 

 果たして西住ちゃんは私の問いににっこりと微笑んでみせた。

 

『だって私の居場所なんてもうどこにもないじゃないですか。

 大洗女子学園は廃校になる。黒森峰にはもう戻れない。実家も勘当された。一体何処に行けばいいって言うんですか?』

 

 絶句する私に構わず西住ちゃんは続けた。

 

『西住の家に生まれたから仕方なく西住流の戦車道をやってきて。でもやっぱり耐えられなくて自分のしたいようにしたら失敗して追い出されて。転校してきた大洗で友達や仲間ができて。ようやく自分の戦車道を見つけられたと思ったのに大洗は廃校になって。また自分の行動のせいで大切なものを全部無くして。

 それで気付いたんですよ。私は生きてるだけでみんなに迷惑をかけちゃうんだって。

 だったら。

 こんな私なんてもう、死ぬしか、ないじゃないですか』

 

 そんなことない!

 私も河嶋も小山も叫ぶが西住ちゃんは聞く耳を持たなかった。

 西住ちゃんを止めようにも距離があって、取り押さえる前に事に及ぶのは明らかだった。

 

『会長、ありがとうございました。短い間だったけど、それでも大洗に来て私は初めて戦車道を楽しめたから』

『お礼を言うのは私の方だよ。西住ちゃんのおかげでここまで来れた。西住ちゃんがいなかったら私はただ不安に押し潰されて何もできずに終わっていたかもしれない。全部西住ちゃんのおかげだ』

『そしてごめんなさい。私は貴方達の大切な学校を守れませんでした』

『違うよ。西住ちゃんが謝ることなんてない。謝らなきゃいけないのは私の方だ。西住ちゃんの都合も考えずに私の事情に巻き込んで、西住ちゃんのすべてを奪って、こんなにも追い詰めてしまった。全部私が悪いんだ。だから西住ちゃんが死ぬことなんてないんだ』

『本当にごめんなさい。こんなことで罪滅ぼしになるなんて思いません。でももう疲れちゃったんです。もう生きていく希望もなくて。だから』

 

 私は必死で西住ちゃんを説得した。

 

 でも西住ちゃんは私の声なんて聞こえていないかのように一方的に言葉を並べるだけだった。

 

 そうして言うだけ言って西住ちゃんは――

 

『さようなら』

 

 首筋に当てたナイフを一気に引いた。

 

 噴水みたいなんて表現があるけど本当にそうだと思った。

 

 西住ちゃんの首から勢いよく血が噴き出している。

 

 それは私の顔にも降り注いだ。

 

 生温かい、生臭い。

 

 誰かの悲鳴が聞こえる。

 

 河嶋か、小山か、それとも私か。

 

 脳が目の前の現実を受け止められない。

 

 そうしているうちに西住ちゃんの体が力を失ってゆっくりと倒れていく。

 

 目の前の光景がまるでスローモーションのようにゆっくりと流れていく。

 

 私はそれを呆然と眺めているしかできなくて。

 

 それでも無意識のうちに私は懸命に手を伸ばして――

 

 そこで視界が暗転した。

 




会長たちにも事情があったのは理解しているけど、みほも少しくらい会長たちに文句言っても罰は当たらないと思う。
そんな気持ちを込めた結果最初は恨み節全開だったんですが、それだとみほっぽくないかなと今の形に落ち着きました。
桃ちゃんにあのセリフを言わせるかは迷いました。けど愛里寿・ウォー! の「お前が転校しろ!」発言を見るに、カッとなったら桃ちゃんはこれくらい言うなと思い押し通しました。

この小説に望むのは?

  • 救いが欲しいHAPPY END
  • 救いはいらないBAD END
  • 可もなく不可もないNORMAL END
  • 誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
  • 書きたいものを書けばいいTRUE END
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