見つけられなかった私の戦車道   作:ヒルドルブ

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この話には以下の要素が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

・百合
・性格悪いモブキャラ一名登場
・グロテスクな表現


角谷杏の罪②

【角谷杏視点】

 

 口から紫煙を吐き出し、グラスに入った酒をがぶ飲みする。

 チョビ子と別れた後、宣言通りに講義をサボって部屋に帰って、そして何をしているかと言えばこうして昼間から酒を飲んでいるというわけだ。

 

「……我ながらダメ人間の鑑だね」

 

 ふとさっきのチョビ子との会話を思い出す。

 

 ……何が「死んで逃げるなんて許されない」だ。本当は死ぬのが怖いだけだ。

 

 西住ちゃんが自殺した数日後私は死のうとした。

 剃刀で手首を切った、でも死ねなかった。手首に薄く線が走って血が滲んだ、それだけだ。ちっとも死ねやしない。もっと深く切らなきゃ死ねないってわかっているのに、いざやろうとしたら手が震えて、結局できなかった。

 

「河嶋の方が私よりよっぽど勇気があるじゃないか……」

 

 河嶋は死んだ。西住ちゃんの自殺から一カ月くらい経った日だったろうか。学園の屋上から飛び降り自殺した。

 遺書も見つかった。そこには西住ちゃんを自殺に追いやったことに対する懺悔と、私と小山を残して逝くことに対する謝罪の言葉が書かれていた。

 

「西住ちゃん。どうしてあの時私を罵倒してくれなかったの? どうして私を刺してくれなかったの?」

 

 いや、西住ちゃんだけじゃない。

 西住ちゃんが自殺したことについて、誰も私たちを責めなかった。西住ちゃんの戦車道勧誘の現場に居合わせ、事情を把握しているであろう武部ちゃんや五十鈴ちゃんでさえそうだった。

 それどころか西住ちゃんの母親と姉まで私に責任はないと言った。

 

『すべてはあの娘が自分で選んだことです。貴方に非はありません』

『みほを殺したのは私だ。貴方は何も悪くない』

 

 二人の言葉は私の胸に深々と突き刺さった。

 

 どうして誰も私を責めてくれないのか。

 

 どうして私を罰してくれないのか。

 

 どうして。

 

 誰も罪を償わせてくれないのか。

 

 そんな周りの反応は余計に私たちの罪悪感を煽った。元々メンタルが弱いところがあった河嶋はそれに耐えられなかったんだろう。

 おかしな話だ。心が弱いから自殺する。でも自殺するには勇気がいる。何とも矛盾した話じゃないか。

 

 小山とは高校を卒業してからは会っていない。お互い顔を見ると辛くなるから。西住ちゃんや河嶋のことをどうしても思い出してしまうから。示し合わせたわけでもないけど、お互いに連絡を取らなくなった。

 今はどうしているのやら。すべてを吹っ切って気持ちも新たに日常を送っているのか、私のように罪の重さに押し潰されて酒に溺れた毎日を送っているのか。

 

 ……それとも、河嶋みたいに……。

 

 そこまで考えたところでグラスを一気に呷った。

 タバコを吸いながら酒を浴びるように飲んで、酔い潰れて寝る。最近はずっとそんな生活だ。成人して酒とタバコを覚えてからというもの、こうしないと眠れなくなってしまった。

 グラスが空になったので新しく注ごうと思って瓶を手に取ると、玄関のチャイムが鳴った。今の私には訪ねてくるような友人などいない、セールスか何かだろうか。面倒なので無視した。

 しかしチャイムは鳴り続ける。2回、3回、4回、5回……。しつこいやつだ、いい加減諦めればいいのに。

 

「おい、角谷! いるんだろう!? 開けろ!」

「……チョビ子?」

 

 予想外の来客だ。何であいつが? そう思っている間に乱暴にドアノブを回す音に続いて、ガチャリとドアが開く音が聞こえた。

 荒い足音とともに部屋に飛び込んできたのは誰あろうチョビ子だった。

 

「おい何で鍵をかけてないんだ!? 女の一人暮らしで不用心にもほどがあるぞ! 泥棒でも入ったらどうするんだ!」

 

 余計なお世話だ。普段から鍵はかけていない、別に盗られて困るものもない。いやいっそ強盗でも入ってきて、私を殺してくれないかな。ああでも痛いのはやだから、酔い潰れて寝てるところをサクッとやってくれたらありがたいな。

 

「それに何だこんな真昼間から飲んだくれて、ていうか臭っ! 換気をしろ換気を! タバコまで吸って一体何本吸ってるんだ!? こんな生活をしていたらいつか体を壊すぞ!」

 

 知ったことか。いっそ肺でも肝臓でも壊れてしまえばいいのに、そう思ったことは数知れない。直接的な自殺ができないから、間接的な自殺を選ぶ。言ってみれば今の私はそんな状態だった。

 

「私なんかにかまけてていいのか?」

 

 チョビ子は大学に入っても戦車道を続けていた。地道に実績を積み重ね、今ではうちの大学のエースだと噂で聞いた。それどころかあの大学選抜にも選ばれ、中心選手として活躍しているというのだから大したものだと思う。そんなスター選手が私のような人間に一体何の用なのか。

 

「こんな状態を見せられて放っておけるわけがないだろうが」

 

 カーテンと窓を開け放ちながらチョビ子は言った。澱んでいた空気が換気されて気持ちいい。ついでにそれで心まで晴れてくれればいいのに、と思うのは贅沢だろうか。

 こんな私を構ってくれるなんて、面倒見がいいのは相変わらずらしい。昔からそうだった。彼女の下には人が集まる。カリスマというやつだろうか。今も後輩からさぞかし慕われていることだろう。

 

 ……私とは大違いだ。

 

「ていうか何で私の部屋の場所知ってんの?」

 

 教えた覚えはないし、他に知っている人間もいない。サークルには所属していないし、今日チョビ子と会うまで大学では知り合いらしい知り合いもいなかった。

 

「ああ、お前と別れた後尾行したからな」

 

 事もなげにそんなことを宣った。思わず「は?」と間の抜けた声が漏れた。そんな私に構わず、チョビ子は我が物顔で部屋を歩き回っていた。

 灰皿に溜まった吸い殻やら、転がっている酒瓶、脱ぎ散らかされた服、隅に放置されているゴミ袋を見て盛大に顔を顰めている。

 次いで廊下に出ると、冷蔵庫を開けて中身を確認していた。

 

「何だ、碌なものが入ってないじゃないか。どうせ酒のつまみばっかりでちゃんとした食事もとってないんじゃないのか?」

 

 図星だった。以前は料理が趣味でよく作っていたが、最近はそんな気力も湧かなくて出来合いのものばかりで済ませていた。

 惣菜やコンビニ弁当を食べているうちはまだマシだった。酒を覚えてからというもの家では酒を飲んでばかりで、食べるのは軽くつまめるものくらいだった。

 

「いいか、角谷。アンツィオに3年通っていた私が断言するぞ。食事は人生の活力剤だ。美味しいものをお腹一杯食べればそれだけで幸せな気持ちになれる。逆に食べることを疎かにすると体も心も調子が悪くなっちゃうんだ」

 

 アンツィオ出身としてこんな食生活をしているやつを見過ごすわけにはいかない。今日は私がご飯を作ってやる。

 そう言ってチョビ子は渋る私の手を強引に引っ張って近くのスーパーに連れてきた。

 

「何か食べたいものはあるか?」

「……何でもいいよ」

「そういうのが一番困るんだよな~」

 

 チョビ子はぶちぶちと文句を言いながらもあれこれと食材を籠に放り込んでいた。

 別に食べるものなんて何でもいい。どうせ何を食べても美味いなんて感じられないんだから。

 そんな私の内心を知らずにチョビ子は買い物を進めていた。

 

 部屋に戻るとチョビ子は早速調理を開始した。思わず惚れ惚れする手際の良さだった。私も料理には自信があったが、チョビ子の腕はそれ以上だった。

 流石は元アンツィオ生ということか。……料理してる暇があったら戦車に乗ればいいのにっていうのは禁句かな?

 

「よ~し、できたぞ!」

 

 そんな益体のないことを考えている間に料理は出来上がっていた。目の前に次々と並べられる料理はどれもこれも美味そうだった。その香りに食欲をそそられて、私は思わず生唾を飲み込んだ。

 その反応に私自身が驚いた。今まで何を食べようが味なんてしなかったのに。

 私は恐る恐る手近な皿を取って口を付ける。

 

「美味い」

「ふふん、そうだろうそうだろう!」

 

 チョビ子は得意気に胸を反らすが、私の方はそれどころじゃなかった。

 

「美味い、美味いな……」

 

 ああ……。

 食事が美味いって感じられるのは何年ぶりだろうか。

 いや、味覚だけじゃない。

 西住ちゃんが死んだあの日から。

 私を取り巻く世界の全てが色褪せて見えていた。

 きっと私はこの先も永遠にこの灰色の世界で生き続けるんだろうって思ってた。

 そんな諦めにも似た気持ちが一瞬で吹き飛んだ。

 チョビ子の言う通りだ。美味いものを食べればそれだけで幸せな気持ちになれるんだな。

 嬉しさのあまり涙が零れてきた。私はそれを拭うこともせずに一心不乱に目の前の料理を頬張り続けた。

 

「ごちそうさま」

 

 結局私は出された料理を一人ですべて平らげた。

 

「……まさか一人で全部食べるとは思わなかったぞ」

 

 呆気に取られたようなチョビ子の声に我に返った。今更気付いたけど、これもしかしてチョビ子の分まで食べちゃった? 言われてみれば一人分にしては量が多かった気がする。

 

「ご、ごめん」

「いいって。そんなに喜んで食べてもらえると作った甲斐がある」

 

 慌てて謝るとチョビ子は笑って許してくれた。

 その後は洗い物までしてくれた。後は私がやるからいいって言ったのに、ここまでやったらついでだからって。

 

「じゃあそろそろ帰るよ。ちゃんと栄養のあるもの食べろよ。部屋もきれいに掃除して。あと酒とタバコは程々にな」

 

 まるでお母さんみたいなことを言ってチョビ子はそのまま部屋を出て行こうとする。

 それを見て私は急に心細さを覚えて。

 行ってほしくなくて。

 

「角谷?」

 

 気付けばチョビ子の服の裾をつかんでいた。

 

 はっとしてすぐに手を放す。

 何をしてるんだ私は。チョビ子は私と違って忙しい身のはずだ。戦車道の練習だってあるし、私なんかに構ってる余裕はない。そんなことわかりきってるはずなのに。

 

「……あ~、しかし汚い部屋だな~」

 

 わざとらしく部屋を見回しながら明らかな棒読みでそんなことを言うチョビ子を私は訝しげに見やった。

 

「こんなに汚れてるのを見たら放っておけないな~。掃除もしなきゃだし、洗濯物も溜まってるみたいだし、気になって仕方ないな~。でも今日はもう夜だし、今からじゃ無理だよな~。

 うん、だからさ」

 

 一通り部屋を見渡して最後に私の方を向くとチョビ子は優しく微笑んだ。

 

「また来るよ」

 

 また来る。

 たったそれだけの言葉を脳が理解するのに随分と時間を費やしてしまった。

 そして理解した途端、頭の中が歓喜で埋め尽くされた。

 

「うん、待ってる」

 

 我ながら単純すぎるとは思うけど本当に嬉しくて堪らなかった。世界がまた少し色を取り戻した気がした。

 

 その日。私は久しぶりに悪夢を見ずに眠ることができた。

 

 

          *

 

 

 アパートを出て大学への道のりを歩く。その足取りは前とは比べようもなく軽かった。以前まで色褪せていた世界はすっかり色彩を取り戻していた。

 

 それもこれも全部安斎のおかげだった。

 

 再会したあの日から安斎は頻繁に私の部屋に来るようになった。

 料理を作ってくれて、部屋の掃除をしてくれて、部屋に籠ってばかりじゃ気が滅入るからと外に連れ出してくれた。

 安斎と再会してからは悪夢に悩まされることもなくなった。おかげで酒もタバコも減ったし、気怠さもなくなった。

 

 あと変わったことと言えば名前の呼び方だ。

 チョビ子と呼ぶたびに訂正されるので、「じゃあ、安斎」と言ったら安斎は驚いたように目を見開いて固まってしまった。

 その後目を逸らして溜息をつくと、「もういいよ、それで」と言うので以来安斎と呼ぶようになった。

 ……あの反応は一体何だったんだろう? 気にならないわけじゃないがそんなのは些細なことだ。

 私は安斎と一緒にいられればそれでいいんだから。

 

 ああ、早く安斎に会いたい。逸る気持ちを抑えつつ私は歩みを進めた。

 

「ちょっといいですか」

 

 そんな時だった。

 

 大学の構内で見知らぬ女の子に声をかけられたのは。

 

 見覚えのない顔だ。そもそも大学には知り合いなんて安斎くらいのものだ。一体何の用だろうか。

 

「単刀直入に言います。これ以上ドゥーチェを誑かさないでください」

 

 ……なるほど、やはり安斎は慕われているようだ。さしずめ私は純朴な女の子を騙して寄生するヒモ男ってところかね?

 っていうか安斎のやつ大学でもドゥーチェって呼ばれてるのか。あれはてっきりアンツィオ特有の呼び名かと思ってたんだけど。あるいはそう呼んでいるのはこの娘だけかもしれないが。

 何にせよ面倒なことになった。思わず溜息が漏れた。

 

「誑かしてなんかないよ。ていうか部外者にどうこう言われる筋合いなんてないね。何も知らないくせに勝手なこと言わないでくれる?」

 

 ついつい喧嘩腰になってしまったが言ったこと自体は本心だった。

 そんな私の物言いが気に食わなかったのか、目の前の女はキッと私を睨みつけてきた。

 

「貴方、大洗女子学園の生徒会長だった人ですよね」

 

 その一言に私の心臓がドクンと跳ねた。

 

「知ってるんですよ。貴方が自分の身勝手で一人の生徒を死に追いやったってこと」

 

 心臓の鼓動がバクバクとうるさい。

 

「最低ですね。人を一人死なせておいて罰も受けずにのうのうと生き続けて、その上今度はドゥーチェの人生まで台無しにする気なんですか」

 

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろ聞きたくない聞きたくない聞きたくない――

 

 そう思っているのに。

 

「この人殺し!」

 

 目の前の女の言葉ははっきりと私の耳に届いた。

 

 

          *

 

 

「この人殺し」

 

 血塗れの西住ちゃんが目の前に立っている。

 

「この人殺し」

 

 頭がザクロみたいに潰れた河嶋が背後に立っている。

 

「人殺し」

 

 二人はゆっくりと私に近づいてくる。

 

「人殺し」

 

 私の体は金縛りにあったみたいに動かない。

 

「人殺し」

 

 それどころか瞬きすらできない。

 

「人殺し」

 

 まるで自分の罪から目を逸らすなとでも言わんばかりに。

 

「人殺し」

 

 西住ちゃんが前から私の顔を掴む。

 

「人殺し」

 

 河嶋が後ろから私の肩を掴む。

 

「「この人殺し」」

 

 まるで自分の罪からは逃げられやしないとでも言わんばかりに。

 

 

          *

 

 

 ……久しぶりに悪夢を見た。最近は安斎のおかげかご無沙汰だったがその分インパクトも強烈だった。

 目を開けると見覚えがある布団が視界に入った。どうやらベッドに寄りかかって寝ていたらしい。周囲を見渡すとこれまた見覚えのある光景が目に入ってくる。自分の部屋だ。

 はてどうして私はこんな体勢で寝ているのか。寝起きではっきりしない頭で考える。

 

『この人殺し!』

 

 ……ああ、ようやく思い出してきた。たしか安斎の後輩だって娘に因縁付けられたんだった。

 あの後どうやって家に戻ったかは覚えていない。何か喚き散らしていたような気もするし、何も言わずに一目散に逃げ出したような気もする。

 何にせよこうして家までは辿り着いた。そして目の前の布団が湿っていて私の服装が部屋着じゃないところを見るに、そのままベッドに突っ伏して大泣きしてそのまま泣き疲れて寝てしまったというところか。

 

「それにしても」

 

 思わず私は苦笑してしまう。

 何て無様。誰かに責めてほしいなんて思っていながら、いざ言われてみればこの様だ。我ながら随分と弱くなったものだ。生徒会長をしていた頃はこんなんじゃなかったのに。

 いやあるいは元々私は強くなんてなかったのかもしれない。会長をしていた時は誰にも弱みを見せられないと気を張っていただけで、実際にはただ強がっていただけなのかもしれない。メッキが剥がれて地金が出た、ただそれだけのことなんだろう。

 

 そこまで考えたところで玄関のチャイムが鳴った。立て続けに2回鳴った後にノックの音が3回響いたかと思うと、ドアが開く音が聞こえた。

 安斎だ。今のは安斎が来たと私に教えるための合図だ。別に好きに出入りしていいと言っているのに毎回毎回律儀なことだ。

 

「角谷~? いるか~?」

 

 いるよ~と返事をするとドアが閉まる音、パタパタとした足音の後、安斎がドアの陰からひょっこりと姿を覗かせた。

 

「泣いてたのか?」

 

 私の顔を見た途端眉を顰めて問いかけてくる安斎に私は苦笑を漏らす。鏡は見てないけどたぶん目の周りは真っ赤に腫れてるんだろうな~。

 そんな私の反応を見て安斎は神妙な顔つきのまま私の隣に腰を下ろす。

 

「話は聞いた。……うちの後輩が迷惑を掛けた。すまなかった」

「……何で安斎が謝るのさ」

 

 安斎は何も悪くない。

 安斎の後輩だというあの娘も悪くない。

 彼女はただ本当のことを言っただけじゃないか。

 悪いのは私だ。全部私だ。

 

 ……私は……人殺しなんだ。

 

「なあ、安斎」

「何だ?」

「……私が悪足搔きしないでおとなしく廃校を受け入れていたら、あんなことにはならなかったのかな……」

 

 安斎が驚いたように私の顔を凝視する。無理もない。それは私の口から初めて漏れた弱音だったからだ。今まで心の中で何度思っても誰にも決して漏らさなかった。

 

 廃校を言い渡された時も。

 

 プラウダ戦で絶体絶命の状況まで追い詰められた時も。

 

 黒森峰に負けて廃校が決まってしまった時も。

 

 ……西住ちゃんや河嶋が死んだ時でさえ……。

 

 一度口を衝いて出てしまえばもう止められない。言葉が次々と堰を切ったように溢れ出す。

 

「西住ちゃんは武部ちゃんや五十鈴ちゃんと楽しい学園生活を送って。

 河嶋は私や小山と一緒の大学に入ってキャンパスライフを満喫して。

 他のみんなも残り少ない学園艦での生活を最後まで楽しんで。

 悪夢に魘されるたびに考えるんだ。廃校を大人しく受け入れていれば。戦車道以外の方法を選んでいれば。戦車道を選ぶにしても西住ちゃんを、みんなを傷つけずに済む方法があったんじゃないかって。

 全部全部私が台無しにしちゃったんじゃないかって!」

「杏!」

 

 安斎に名前を呼ばれたかと思うと私の体が温かいものに包まれた。ほのかな甘い香りが鼻をくすぐる。

 一瞬何が起きたのか理解できなかったけどすぐに気付いた。

 

 もしかして私、今安斎に抱きしめられてる?

 

「お前はよくやった」

 

 やめろよ、やめてくれ……。

 

「最善の方法じゃなかったかもしれない。でもな、お前はお前にできることを精一杯やったんだ。誰にでもできることじゃない」

 

 そんな優しい言葉をかけるな。私にそんな資格なんてないんだ。私のせいでみんな不幸になったんだ。

 西住ちゃんも、河嶋も、小山も、学園艦に住んでた人たちもみんなみんな……。

 

「だからそんな風に自分を責めるな。お前は悪くない、悪くなんてないんだ」

 

 そんな風に優しくされたらもう……。

 

「私はお前を尊敬するぞ」

 

 我慢できなくなっちゃうだろ。

 

 限界だった。

 私は安斎の胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。

 安斎は何も言わない。ただただ私を受け入れて優しく背中をさすってくれている。それが温かくて嬉しくて、そしてそんな風に思ってしまう自分の浅ましさが情けなくてまた涙が零れてくる。さっきあれだけ泣いたのにまだ涙は枯れていなかったらしい。

 

 思えばこうして誰かの前で泣いたのはいつ以来だろう。少なくとも大洗の生徒会長になってからは一度も泣いたことがなかった。

 当時の私は一組織の長として常に気を張っていて、誰にも弱みを見せられなかった。それこそ小山や河嶋にも。

 けど今の私には何もない。見栄を張る相手も、守るべき威厳もプライドも何もない。だから誰憚ることもない。

 

 私は罪を犯した。絶対に許されるものじゃないし、許されていいなんて思わない。きっとそれは私が一生背負わなければならない十字架だろう。

 

 でもお願いします。

 

 どうか今だけは。

 

 今だけはこの温もりに縋ることを許してください。

 

 そう願いながら私は安斎の胸で泣き続けた。

 




最終章第2話を観た後だと桃ちゃんのこの扱いは流石に……とは思いました。
けど原作主人公を初っ端でいきなり自殺させておいて今更すぎる、ということで押し通しました。

個人的にはアンチョビのカップリングではまほチョビが一番好き。
しかしあえてここは杏チョビで。

この小説に望むのは?

  • 救いが欲しいHAPPY END
  • 救いはいらないBAD END
  • 可もなく不可もないNORMAL END
  • 誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
  • 書きたいものを書けばいいTRUE END

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