血。
血を吸い続けている。自分の流血も、殺した人の血も、何もかもを。
…悍ましい。なぜ、そんなことができる。
…力を求めた代償か、自らの矮小さを認めぬ心の弱さか
「どちらにせよ、観れたものではないね。」僕はため息をつくしかなかった。この街を喰い物にしたのだ。今すぐ、打倒しなければ。
「能力開眼(スキル・アンロック)[コード:パラノイア]」
少女の声が、濁んだ水面を伝う。男の目に映る美しい容貌が、ぶれる。一となく二となく三となく…数多の影になる。
「原始能力(ファーストスキル)発動(アンファー)」
「パラノイア、ただ今戻りました。」「オォー、お疲れ様だよねぇ。」「何が『お疲れ様だよねぇ』ですか。アンタの担当区域だろうがウワバミ。」
「ノイちゃんには何もおねがいしてないけどねぇ。」
「…あなたのそういう所も大嫌いです。パラダイム。」
乱暴に扉を閉める。なんといっても腹がたつ、あの無責任な態度、見透かしたような言動、何を取っても。
アルコールがかなり入った老年の男-パラダイムは今回事件が起こったδ地区の地区長である。
もっとも、今の状況では本来の力の2割も出せないだろうが。
(主任にきつくいってもらわねば。)
主任であるパラドクスのことを思いながら、今回の事件のことを打電する。嫌が応にも、先ほどの胸くそ悪い光景が脳に戻ってくる。
「δ-2の切り裂き魔」、その正体はクトーニアンの降霊者であった。といっても、劣化の劣化。本来のクトーニアンの強大さとは程遠い物だったが。
(むしろ降霊したのは吸血鬼ではないのか?クトーニアンはそこまで吸血を好む生物ではない。)
数度かの化け物と対面してきた彼女にとって、先ほどの異常なまでの吸血行動は違和感があった。先程は彼の言動やほかの要因…姿形や行動様式からそのように判断したが、さらに調べる必要がありそうである。
報告書を書き上げ、そのままベットに横になる。
…何かとぶつかる。ああまったく、いつになったら懲りるのか。
「おかえり、お姉ちゃん。」「…勘弁してくれ。」
クマのぬいぐるみを抱きかかえ、ネグリジェに身を包んだ幼女-パラサイトは艶めかしく彼女にすり寄る。
「さあお姉ちゃん!早速あたしとの子供を「はいはいわかったから子供は寝ようねー」
じたばたと抵抗するパラサイトをつまみ上げ部屋から出す。
(最初はあんなんじゃなかったのになぁ…)
しかもどこで覚えてきたのか性的なことまでよく知っている。パラノイアよりも知っているかもしれない。
彼女は自らの胸に手を置いた。そして、パラサイトの先ほどのスケベな姿を思い出す。
(あの子があるんじゃなくて、僕がないんだよなぁ)
どっと疲れが出てきた。さっさと寝てしまおう。
「起きろ、ノイア。おーきーろー。」
「んっ…なんだ、まだ5時にもなってないじゃないか。」「俺はもうすぐ仕事なんだよ。」「…勝手だな君は。」
低く澄んだ響きのある声に、彼女は目を覚ます。
爽やかで快活そうな青年-パラディンは、γ地区のエージェントとして裏で動いているのとは別に、降霊、霊視を「生命エネルギー」という観点から分析する学者もしている。彼にとって、昨日の案件は非常に興味深い一件なのだ。
「何が飲みたい?コーヒーか紅茶か」「アメリカンコーヒーをくれ。話はそれからだ。」「O.K. 待ってな。」
彼は慣れた手つきでコーヒーを淹れる。喫茶店のバイトでもしたことがあるのだろうか。
「綺麗な手だな。」「朝から口説きにかかるとはお盛んだなお前。」「思ったことを言っただけだよ。」
彼女は無愛想にコーヒーをすする。そして、昨日のあらましを話し始める。
「ほー、クトーニアンとは。なかなかいい趣味してるな。」「彼の行動は悪趣味そのものだぞ。」「そんなことは百も承知だ…うちの学生でその研究をする奴がいたら、って話。」
ついでとばかりに昨日の疑問点もぶつけてみる。
「彼は本当にクトーニアンの降霊者と思うか?」
「間違いねぇだろ。」パラディンは即答した。
「…じゃああの異常な吸血行動は。」「そいつそのものが吸血鬼だったんだろ。」「なんだって?」
「お前は担当地区以外もしっかり知っといた方がいい。今のδ-2の異界混入率は最悪に近い。α-3の次くらいだ。正直、原種の吸血鬼がころっといた所で何もおかしくはない。」
「パラダイムの職務怠慢か?」「んなわけねぇだろ。オヤジが対処できない問題なんてねぇよ。」
「…君はパラダイムを買いかぶりすぎだよ。」「ババアにぞっこんのあんたに言われたくないね。」
少し険悪なムードが流れる。パラディンは息をついて
「まあここでその話をしたってしょうがない。結論、そう言うことだ。」「…なるほど、筋が通っている。報告書に付け足しておこう。」
パラディンはまたため息をついて、
「まぁいいけどよ、あんまり仕事ばっかりのめり込んでもしょうがねーぞ?今日は昨日ので非番になるだろうし、好きに出かけたらどうだ?」「その辺は僕が勝手に決める。」「あいあい、お前はそーゆー奴だったな。」
諦めたような調子で彼は吐き捨てると、スーツに袖を通す。
「んじゃ、行ってきます。」「…気をつけて」