熊野と世界の果てで 優しさの場所   作:あーふぁ

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摩耶が来た日

 2階の開けた窓から朝日が入り込み、セミの声がじりじりとうるさいぐらいに響き始めた朝の7時。

 今日から8月の第3週となり、カレンダーの上では少しずつ秋が近づいていく。時々夜でも涼しくなることもあるが、まだ夜も蒸し暑い。夏はまだ終わらない。

 ベッドの上で目を覚ました俺は喉の渇きを感じて体を起こす。

 短パンとTシャツ姿の状態から普段着ているラフな格好に着替えようとしたが、今日は制服を着る必要があったのを思い出す。

 小さなチェストを間に置いて、隣にあるベッドには熊野の姿はない。

 耳を澄ますと1階からはフライパンを使った、じゅぅっという何かを焼く耳に心地のいい音が聞こえる。

 その音で起きたばかりでもすぐに腹が減り、着替えるのは後でいいかと思って下へと降りていく。

 1階では熊野は髪を降ろしたままの制服姿で、ピンク色のエプロンを付けて料理をしていた。

 

「おはよう、熊野」

「あ、おはようございます、提督」

 

 返事をする一瞬だけ俺に顔を向けた熊野だが、すぐにまた料理へと集中する。

 何を作っているのか気になった俺はそっと近づいていく。

 フライパンの上で焼かれているのは目玉焼きだ。

 熊野はその音に集中しながら持っている箸で撫でるようにさわりながら固さを確認している。

 その様子を確かめたあと、邪魔しないよう静かにあとずさり、髭剃りをしに行く。

 洗面台にて顔をさっぱりさせると、テーブルの上にはできあがった料理が皿に乗せられて並べられていた。

 今日の朝食は野菜サラダに焼鮭と目玉焼き。あと白いご飯だ。

 朝は手軽なトーストでいいとよく言っているが、熊野は朝こそ米を食べなきゃいけませんと譲らなかった。

 そんな熊野と朝食をテーブルで向かい合って一緒に食べ、歯磨きをした後に俺は海軍の真っ白な第二種軍装を着る。ただし、暑いために帽子はなしで。もちろん熊野の承諾済だ。

 俺が自分の身だしなみを整えたあとは、椅子に座ってもらった熊野のポニーテールを結う。そのあとは待つだけだ。

 こんな正装をする必要があるのは今日の昼に補給が来るため、来たときにラフな格好は相手に印象が悪くなってしまうために仕方のないことだ。

 用意が終わったあとは、それぞれ好きなことをするが髪を結い終わった瞬間に熊野は窓の方へと顔を向けた。

 

「車のエンジン音が聞こえますわ」

「補給の予定なんてのは大体適当なものだからな」

 

 時間はいい加減だが、物資の補給がやってくるだけマシというものだろうか。最もここは内地だから日が合うぐらいは当然か。

 

「白杖だ。あとは腕を取ってくれ」

「あら、今日は紳士的ですのね」

「俺はいつでも紳士的じゃないか」

 

 熊野は俺の言葉に返事をせず、熊野は『そういうことにしてあげます』というような笑みを浮かべ、俺から白杖を受け取って立ちあがると俺のヒジを掴んで一緒に外へと歩いていく。

 軍のトラックが来るときはいつも一緒に迎えをしている。

 最初にどっちからやろうと言ったかは覚えていない。自然と一緒に行くのがいつのまにか当たり前となっていた。

 雲が少なく、空から痛いほどに太陽の光が降り注ぐ外に出た俺と熊野は監視所の扉前で一緒に並んで車が来るのを待つ。

 ちょっと時間が経ってからやってきたのは乗用車のジープを改造したオリーブ色の小型トラック。車体はフロントの窓枠から黒っぽい布の幌で覆われている。

 運転席にはいつも来ている迷彩服を着た白髪混じりのおっちゃんと、助手席には普段見たことがない女性の姿があった。

 今日はいつもと違う様子を不思議に思っていると、小型トラックが俺たちのそばで止まった途端、助手席のドアが開いて女性が笑顔で出てきた。

 

「よっ! 新しい戦い方を考えてこいって言われたから教育担当の重巡洋艦、摩耶さまがやってきたぜ! あ、住むところはテント持ってきたから安心してくれよな。そんなわけで2週間か3週間はよろしく!」

 

 元気がいい摩耶は高校生のような顔をしている。熊野よりも身長が高く、俺よりほんのちょっとだけ背が低い。

 首筋まであるまっすぐな髪で、髪留めがひとつだけついていて、ノースリーブの制服で首元には赤いスカーフが巻かれ、ミニスカートと小さな靴を履いている。

 摩耶が言う新しい戦い方とはいったいなんだろうか。

 2週間前に熊野が戦える方法を考えようとして、空中聴音機の書類を頼んだのは覚えている。

 だけど摩耶を呼ぼうとしたことはなく、来るのも今初めて知った。

 軍に送った手紙には要求の他に『目が見えない艦娘用のために新しい装備を考えたい』ということを書きはした。

 それがわざわざ人をよこしてくれるのだから、軍も障害を持つ艦娘について気にはしているらしい。

 まぁ、突然来てしまったのは仕方がない。なるようになるか。

 

「こちらこそよろしくお願いするよ。熊野、俺は荷物を受け取るから摩耶の相手をしてくれ」

「はい、この場所の素晴らしさをとくと語ってあげますわ!」

 

 とても楽しそうに言っては俺から離れ、熊野に挨拶の声をかけている摩耶の前へと歩いていった。

 こんな何もない場所に素晴らしいところなんて自然ぐらいしかないものだが、それを語られた摩耶の気分が悪くならないといいが。

 もし悪くなったとしても、そこはあとで謝って許してもらおう。ここに来てから、熊野は若い女性と話す機会がない。そのために今回はなんでもない会話でもきっと楽しく感じるだろう。

 熊野が摩耶と会話を始めたのを見届けてから、俺は小型トラックの後ろに行って荷物を取りに行く。

 車に積まれていたのは米や缶詰といった食料に紙やペンなどの消耗品、それと俺が頼んだ空中聴音機の資料が詰まっている小さな段ボール箱だ。

 その荷物に混じって摩耶の荷物が入っているバッグと、私物らしい大きなテントが入った袋が1つある。

 それらを運転手であるおっちゃんと一緒に監視所の中まで運んでいく。ただし、扱いがわからない摩耶の荷物は監視所の入り口に置いた。

 荷物を運び終わると、熊野と摩耶は炎天下の中でも汗を流しながら続けていた。

 中に入ればいいのにと思いつつも声をかけて邪魔をするのもよくないと思い、声をかけると熊野は『気にしなくてもいい』と手を振ってそのまま話を続けていく。

 熊野と違って体が弱い俺はおっちゃんと一緒に小型トラックの影に入ってしゃがみ込むと、近頃の国内や軍の情勢についての話をする。

 公式の発表では海外の艦娘が応援にやってきて戦線も順調に拡大しているということだ。海外艦娘が来た理由は自分たちの国が安定したから日本に援軍としてきてくれたということらしい。

 だが、おっちゃんが言うには軍の公式発表の割には海外からの輸入が安定せず、輸入がなくなった国もあるとのことだ。

 民間への物資配給制限も強まり、一般家庭でもプランター栽培の推奨が強くなったとのこと。

 以前から農業には力を入れていたが、それでも足りなくなってきたらしい。

 まぁ、農業に力を入れていたといっても使える油が限られていて機械はあまり動かせず、薬品も限定されたのしか使用できないために収穫量は少ない。

 明るいニュースといえば、深海棲艦の動きが鈍ったということだ。おっちゃんも詳しくはないが、太平洋海域では占領されていた島を奪還してインドネシアあたりまで進出して一進一退といった様子らしい。

 そんな話をしている途中、何かを思い出したおっちゃんは小型トラックの中に戻ると、封筒に入った手紙を4つ渡してくる。

 そのうち3つは俺がいた鎮守府から出された艦娘たちで、もう1つは差出人が鈴谷と書かれた熊野宛ての手紙だ。

 もう忘れたい場所からの手紙に表情をゆがませ、見たくない気持ちでいっぱいだ。まぁ、それは後で読むことにし、自分宛ての手紙をポケットにねじ込んだあと鈴谷からの手紙を持ち、話を続けている熊野のそばへ行く。

 話している内容はさきほどから聞こえてきたのも合わせると、この場所の過ごしやすさと自由という素晴らしさ。あとはなぜか俺が健康的な食事をしないとか子供を持つ親のような愚痴に展開してしまっている。

 

「暑いのに外で話し込まなくてもいいだろうに。中で話してくるといい。摩耶も言いたいことがあったら言っていいからな」

「確かに私が悪かったですわ。提督と違って華のある会話ができたことに嬉しくて……」

「おい」

 

 俺の恥ずかしいことを吹きこまれる前に話を止めたが、熊野はそんなに俺をからかいたいのか。

 でも熊野は楽しそうに笑うし、摩耶は俺たちの会話を感心した様子で眺めているから悪印象は持たれていないはずだ。

 2人の会話を止めたあと、俺たち3人はおっちゃんが運転して帰るのを曲がり角で見えなくなるまで見送った。

 

「熊野、鈴谷から手紙が来てるぞ」

「鈴谷からですの!?」

 

 興奮する熊野の手を取り、手紙を握らせる。だが、この手紙は読めるのだろうかと気になる。誰もが点字を勉強しているわけではないだろうし。

 

「読めるか?」

「鈴谷のことですから、きっと点字の手紙にしてくれていますわ! そうでなかったら提督を呼びます!!」

 

 そう元気よく叫ぶようにして言うと普段よりも急ぎ足で中へと入っていく。あんなに元気な熊野を見るのは新鮮で、ああいう姿もかわいいなと思いながら後ろ姿を見送る。

 

「暑いから俺たちも中に入ろうか」

「あー、あたしは朝飯がまだなんだ。ここで作るから中で待っていてくれよ」

「外で食うのか?」

「おう。キャンプ道具を持ってきているからな!」

 

 そう言って摩耶は親指を立てて笑顔になると、自分の荷物の中から料理に必要な道具や食材を出し始める。

 その時間がかかりそうな様子を見て、俺は中へと戻る。

 摩耶の食事が終わるあいだ、小型トラックから運んできた荷物を片付けることにしたが、外で摩耶がどんな料理をするのか気になって耳を澄ませてしまう。

 

「見に行っても構いませんよ?」

 

 ソファに座り、点字の手紙に指を置いていた熊野が俺に気づき、窓の外に顔を向けてから声をかけてくる。

 手紙に集中していたはずなのに、俺を気遣ってくれることに嬉しくなりながらも今の仕事を投げ出すのに戸惑いがある。

 

「……片付けに集中しろって言わないのか」

「何度も手を止めて気にしている提督にそんな辛いことを言いませんわ。片付けは後でもできますし。それに摩耶さん1人だとなにか困ることもがあるかもしれません」

 

 そわそわして落ち着かない様子を熊野に感じられて少し恥ずかしいが、好奇心を満たすために後で片付けをすることにして任せて外へと行く。

 摩耶は建物の影に行き、地面の上に座って料理を始めていた。

 地面の上にはコンパクトストーブが置いてあった。それは小さいカセットコンロのようなもので、燃料もカセットコンロに使うガスボンベのタイプだ。

 コンパクトストーブの上にある小さめのフライパンには、コンビニのおにぎりを3つ入れて箸で崩し、その中身である梅干しとツナの缶詰も入れている最中だ。

 

「お、どうした。あたしに用事か?」

「摩耶がどうしているかと思ったんだ」

「どうって言われても、ただ飯を作っているだけなんだけど」

「見てもいいか?」

「楽しいとは思わないけどなぁ」

 

 首を傾げて不思議そうに返事をする摩耶の前へコンパクトストーブを挟んで座ると、料理を始める姿を見ていく。

 フライパンの中でツナと一緒に混ぜられた米に塩コショウを振りかけ、コンビニおにぎりについてきたノリを手でちぎっていれ、少し炒めたあとに料理は完成した。

 摩耶はバッグから紙皿をふたつ取り出すと、そのうちのひとつにスプーンと料理を乗せて俺に差し出してくれる。

 

「これは料理名があるのか?」

「名前? あー……ツナ缶のおにぎりチャーハンだな」

「わかりやすくていいな。じゃあ、それをありがたく食べさせてもらうよ」

「あぁ、食べてくれ。引っ越しそばみたいな扱いかな、これって」

 

 差し出してきた皿を受け取ってスプーンを持つと、そのチャーハンを口に入れる。

 その味は梅の酸味とツナ缶の油とツナが絶妙に絡み合い、さっぱりとした味で感激する。

 いつも熊野の作る健康的すぎる料理とは違い、このジャンクフード的とまではいかないものの、コンビニの味とツナ缶の組み合わせにはつい涙が出てしまう。

 

「おい、なんで涙流すんだよ。あたしが変なことしたか?」

「いや、熊野と暮らしていると、体にいい料理しか出してくれなくて。肉すら自由に食えないんだ」

 

 思い切り感情を込めて言うと、「うわぁ……」というあきれと恐れおののく摩耶の声が聞こえてくる。

 この油を直接感じる料理はとてもいい。あぁ、摩耶が来てくれたことにとても感謝する。全部食べてしまいたいが、熊野にもこういうのを作って欲しいと訴えるために少しだけ残しておく。

 

「……あたしはテント張って住むから、時々メシを食いに来てもいいからな?」

「熊野に野菜責めされたら行くよ。お礼として返せるものはないが……」

「いいって。気にすんなよ」

 

 爽やかな笑顔を浮かべ、肩をばしばしと叩いてくる摩耶。

 そんな人のいい摩耶と一緒にお互い料理を食べながら話をする。

 摩耶はアウトドアが趣味で、キャンプ料理を作るのが特に好きだということ。俺がここに来てから、いかにして熊野の尻に敷かれているかなどを。

 そうして楽しく話をしていると、白杖を振りながら穏やかな微笑みを浮かべた熊野がやってくる。

「あら、賑やかですわね」

「摩耶にメシを作ってもらってたんだ。熊野も摩耶手作りのチャーハンを食べるといい。ほら、口開けて」

 

 俺のすぐ隣に座ってきた熊野にそう声をかけると、口を開けた熊野へとスプーン1杯分の量を運んでいく。

 

「あー……んっ」

 熊野は舌にスプーンの感触を感じると口を閉じ、俺はスプーンをゆっくりと引き抜いていく。そうしたあとは熊野が食べていく様子を見て、不健康度が少しある食事を気に入って作ってくれると嬉しいという期待をする。

 

「うまいだろ?」

 何も言わず、ゆっくりと味わった熊野はおいしいともまずいとも取れない微妙な表情を向けてくる。

 

「摩耶さんには悪いですけど、少々不健康な味がいたしますわね」

 

 微妙な表情をしたことに、俺はひどく落ち込んでしまう。ここで一言でもいい味と言ってくれれば、交渉の余地はあったのだが。

 もう体に悪そうな食事は町でこっそり食べたいとこだ。でも、実際に食べると町の人たちから熊野へ伝わってしまい怒られることになるだろう。そうなったら、きっと俺の食事を減らすとか、話をしてくれなくなるかもしれない。

 熊野は俺にとって癒しであり、生きる理由でもある。嫌われたらと思うと、どうしても強引に肉やジャンクフードを食べるという選択肢はなくなってしまう。

 

「材料は米に海苔、ツナと梅だぞ? ほら、もう1度」

 

 熊野が気にいってない味だが、この味を覚えてもらっていつの日か似たような料理を作ってもらいたくて熊野の口へとまた入れていく。

 親鳥が雛鳥にエサをあげるような気分で楽しく思っていると、ふと摩耶から視線を感じて振り向く。

 

「お前ら、いつもそんな恥ずかしいことやってんのか?」

「仲が良ければ普通だろ」

「そのとおりですわ。それにこうしないと、私は味見をするのも苦労しますので。提督、あなたもあーんをしてくださいな」

 

 話をしながら俺の手をさわり、俺が持つ皿とスプーンを取った熊野は楽しそうにチャーハンをすくっては俺へとスプーンを向けてくるので、熊野の手をそっと掴んで自分の口元に誘導して食べさせてもらう。

 摩耶があきれたような、それでいてうらやましいような、なんともいえない表情で「提督と艦娘がこんな仲がいい関係でいいのかよ」と呟くように小さく言った。

 それから料理を食べ終えて腹が膨れた俺たちは建物に背を預け、夏の空を見上げて静かな時間を過ごす。

 それが10分か続いたあとに、ふと熊野が力強くはっきりと声を出す。

 

「先ほど摩耶さんがおっしゃったことですが、こんな関係だからこそできるものがあります。私はもう誰かを守ることができないのかと落ち込んでいましたが、今の提督と出会ってから変わりました。そしてこの場所です。ここの人たちは優しくしてくれました。だからわたくしは信頼してくれる、信頼している人のために戦うのです」

「なぁ熊野、艦娘ってーのは人類を守るために戦うって教わらなかったか?」

「確かにそう教わりました。ですが、わたくしの短い人生でもわかったことがあります。そういう希薄な意識で戦う艦娘は総じて早く死にます。ですが、個人的な理由で戦う子たちは長く生きています」

「そういうことを言ってると減給や階級を下げられるとか、もっとひどい目になるぞ。国は国家のために戦わせたいんだからな」

「別にひどくなっても何も問題ありませんわ。なぜならわたくしと提督は一蓮托生ですもの。楽しいときも苦しいときも一緒です」

 

 気分よく、堂々と摩耶に言ってくれたがそんなことは初耳だ。いったい、いつからそういう事になったんだ。

 そういうのは俺だけでよく、もしそんなことになったら身体障害に理解がある友人の提督へと無理やり熊野を送り付けてやる。

 

「あー……お前ら恋人、いや結婚してんのか」 

「してないが」

「していませんわ」

 

 摩耶の疑問に対し、同時に答える俺たち。

 俺と熊野が同時に言った言葉に摩耶はきょとんとし、深く大きな息をつくと、摩耶は立ちあって食器や道具を片付けはじめる。

 

「特別な関係でもないのに、そんな仲がいいのは珍しいな」

 

 その言葉を聞いてから熊野の顔を見るとおだやかな表情があり、それを見て思ったことを摩耶へと言う。

 

「わがままな妹だからな」

「手のかかる兄ですわね」

 

 俺がそう言うと、熊野も続けて言うがどうやらお互いに同じような認識を持っていたらしい。

 

「まぁ、今では妹の熊野のために提督をやっているだけだからな、俺は」

「私を褒めても料理とコーヒーしか出ませんよ?」

「……あたしが世界平和のために戦ってることが正しいのか疑問に思ってきたよ」

 

 あきれた声を出し、ひどく大きなため息をつきながら摩耶は道具をバッグへしまっていく。

 そうしたあとは立ち上がると、監視所の壁へもたれかかり、俺たちにうらやましいという感情がこもった視線を向けられる。

 

「俺も以前は世界平和のために頑張っていたが疲れたんだ。今では大事な熊野のために仕事をしているな」

 

 どれだけ頑張っても部下である艦娘は怪我をするし、死ぬこともある。個人で頑張れる範囲にも限界があり、その頑張りは上からの指示で簡単に消えてしまうことも。

 あとで手紙を読む必要があるのは気が重くなってしまう。読まないが最も精神安定につながるが、鎮守府を離れたあとも部下だった艦娘からの手紙は読む必要があるだろう。

 その時は精神安定のために熊野のそばへいき、髪をさわりながら読むことにしよう。

 心の中は暗くなっていると、熊野が口持ちに手を当て、上品に笑い声を出す。

 

「ふふっ、提督は口がお上手ですのね」

「2人にはそういう関係があっているかもな。さて、あたしはテント作りを始めるとするか

「いえ、その前に少しわたくしの用事につき合ってください」

 

 立ちあがる熊野に近づこうとすると、俺へ手の平を向けて来るなと伝えてくる。

 杖を使い、摩耶の声がしている場所へと熊野が歩いていく。

 

「少し顔を触らせていただきたいのです。これから同じ時間を一緒に過ごすわけですから」

「あー、そっか。顔がわかってないと落ち着かないもんな」

 

 納得と言った声を出す摩耶だが、その考えていることは違う。熊野にとって、相手の顔を知りたいというのは『信頼したい』ということだ。

 相手が触らせてくれるなら『良い人』、ダメなら……どうだったか聞いたことはない。俺も初めて会った2日後には同じことを言われた。

 熊野が摩耶へと手を伸ばすと摩耶はじっと黙ったままで、熊野に顔をなでられ始めた。それから少しのあいだ、摩耶の顔をさわって理解したのか手をそっと離していく。

 摩耶から一歩後ろに下がると、熊野は自分の頬や顎に手をあてて考え込む。

 

「私のほうが美人ですわね」

「……あん?」

「顔の形は私のほうが―――」

「いやいやいや、肌のツヤならあたしのほうが綺麗だから、形だけで美人とかって」

「綺麗なのは重要ですが、やはり形こそが1番だと思います。提督も私のほうが美人と思いますわよね?」

「肌ってのは大事じゃないか。あたしみたいな女でもきちんと手入れはしてるんだぜ? 形だけが美人じゃないよなぁ!?」

 

 熊野の肯定を求める声と、摩耶の助けを求める視線を受けるが、俺は無言で目をそらす。

 今までは熊野とふたりきりで静かな日を過ごしてきたが、今日からしばらくはとても賑やかになりそうだ。

 熊野も生き生きと摩耶と会話しているし、からかうことができる関係が気にいったらしい。

 ふたりの言い合いを聞きながら俺は摩耶のテントを作り始める。

 楽しく過ごし、お互いに自分のためになる生活を過ごしていけたらいいとそう思った。




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