魔法使いに憐れみを   作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ

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 劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel]III.spring song」は絶賛上映中!!




















映画がすごく良かったから気が付くと色々飛ばして桜編書いてた

 

 

 

 【 999837.2/January 1994 】

 

 

 

 暗い部屋だった。

 

 なにも見えない。

 

 光は届かない。扉は閉ざされている。

 ここには、なにもない。

 

 蟲の這いずる音だけが聞こえる。

 蟲の這いずる音だけは、消えてくれることはない。

 

 心の奥底で軋む誰かの悲鳴が、何千何万という細かくて小さな脚が肌の上を這いずり回るものたちの蠢きで掻き消されてゆく。

 蟲蔵を埋め尽くす蟲たちの蠢動に呑み込まれ、ココロとカラダが喰い削がれてゆく。

 

 瞳を閉じる。目蓋を開く。暗闇が常にそこにある。

 耳を塞ぐ。耳を澄ませる。嘲笑は常にそこにある。

 

 扉が開いた。

 

 現れた誰かが言う。――必ず君を助けるよ、と。

 

 扉が開いた。

 

 斃れた誰かを見下ろして思う。――ばかなひと、と。

 

 うそつき。

 

 うそつきばっかり。

 ばかな人たち。

 ばかな私。

 

 姉さんは現れない。私がこんな目に合っているのに、姉さんは私を助けてくれない。

 どうして私はこんな目に合っているのだろう。どうして私がこんな目に合わないといけないのだろう。

 姉さんも。お父さんも。お母さんも。誰も私に気づいてくれない。私はいらない子(・・・・・)なのだろうか。だから誰も助けてくれないのだろうか。

 

 御爺様が笑っている。蟲たちに犯される私を見下ろしてとても愉しそうに。

 

 扉は閉ざされている。

 

 考えなくなった。もがいても疲れるだけだから。濁ってゆく。穢れてゆく。

 

 抗いはしない。

 

 うるさい喉は、虚無で塞いだ。あたまのなかは、真空で埋めた。今日も。明日も。変わらない毎日。私は、蟲たちに犯され続ける。

 

 扉が閉ざされた。

 

 扉は閉ざされている。

 

 蟲たちの嘲笑を聞きながら、私は冷たい地面に横たわる。冷たさを感じないように「わたし」を投げ出して。肌に群がる蠢動を聞き流し、軋む奥底の悲鳴を押し殺そうとする。

 でも、私はまだ完璧ではなくて。

 

 ばかな私。

 よわい私。

 

 ――だれか、たすけて

 

 もはや意味すらもわすれた、意味のないことばを。

 わたしは誰にも気づかれないと知りながら。

 

 今日も。明日も――

 

 

「【融かす舌(ファイラ)】」

 

 

 扉が開かれた(・・・・・・)

 

 蟲の這いずる音しか聞こえないはずの牢獄に、悲鳴が響く。

 陽光など届くはずもない暗い奥底に、眩いほどの光が輝く。

 

 【融かす舌(ファイラ)

 【融かす舌(ファイラ)

 【招け睡惰の深淵(スリプガ)

 

 誰かの透き通るような声。

 蟲たちではない。御爺様のものでもない。

 

 足音が聞こえる。

 

 私は期待しない。誰も私に気づいてはくれなかったのだから。

 

 足音が近づいてくる。

 

「【元柱固具】。【急急如律令】……こいつはひどいな。【剥落せよ病魔(リブート)】【呪を以て魔を破す(デスペル)】【魔を以て呪を却す(エスナ)】」

 

 何処からか吹き込んだ清浄な風が、濁っていたものを打ち消してゆく。こごっていたものが、脱皮するように内側から剥離してゆく。

 

 誰かの気配。

 

「起きているか」

 

 声に、意識を繋ぎ留められて。結び引き上げられてゆく。

 いつもならありえないことなのに、私は、目蓋を開いた。

 

 知らない人。姉さんではない。お父さんでも。その人の目の前で、ひらひらと蝶々が蒼い光を放っていた。その光は男の足元まで照らし出し影を作り出せるほどに明るいはずなのに、決して強過ぎる印象はなく、まるでランプのように男の顔を浮かび上がらせている。どこか皮肉めいていて、憂鬱そうな顔を。

 

 肌の上から、蟲たちが消えていた。

 

「貴様」

 

 部屋の四隅に闇が滲みだし、きしきしと蟲たちが湧き出した。「何奴――」けれど、私に近づくことはない。

 蟲たちの塊が、御爺様のかたちになった。

 

「初めは干渉するつもりはなかったんだが。気が変わってね」

 

「目的は桜か。さては雁夜めの」

 

 男は私を見下ろしながら、口元を歪めた。「会ったこともなければ話したこともない」嘲笑とも憐憫とも違う、しいて言うなら呆れるような笑みを浮かべて。

 

「だが用が無けりゃわざわざこんなところまで出向かないのも事実だ。お嬢さん。俺はね、君に用があって来たのさ」

 

 どうする? 男が言う。気安い口調で。

 

助けてほしいか(・・・・・・・)

 

 ――うそ

 

「何処の者とも知れぬが、愚かな」

 

 御爺様が杖を鳴らす。蟲が翅を鳴らして一斉に飛び掛かろうとするけれど、男を中心に四方の床に張り付けられたお札を境に透明な壁が生じたかのように、蟲たちは近づこうとして弾き飛ばされている。

 

「お嬢さん」

 

 気にしたふうもなく、男は私を見続けていた。

 私は意識が不思議にはっきりした状態で、初めて見る御爺様の普段と違う様子を知覚しながら、けれど男だけを視界に捉えて、男のことばの意味が染み込んでくるのを感じた。

 

「俺は、君を助けることができる。この蟲蔵から連れ出して、この地獄を終わらせることができる……だが俺は魔術師の例に漏れず外道でね。慈善活動家じゃないんだ、対価を要求する。たとえ君が、虐待で衰弱しきった幼女だとしても」

 

 これは取引だ、と男は言った。悪魔のように誠実でアンフェアな契約さ、と。

 

「俺の手を取るのなら、俺は君に比較的安全で成長できる環境を提供しよう。君が失った居場所の代わりに君の帰るべき家を作り、そこで温かな食事と健やかに安眠できるベッドを与えよう。少なくとも此処にいるよりかは遥かに衛生的だしまし(・・)な環境だと自負しているよ。そしてそこでの生活と身分を与える代わりに、君には、俺の願いを叶えるための手伝いをしてもらうことになる」

 

 私だけを見つめる男の声は、私のがらんどうな奥底にまで響き渡ってくる。

 

「どうだろう。もし君が俺を選ばなくとも、君はそのうち救われるかもしれない。そのために一〇年近い歳月がかかるかもしれないが、このままでいても君は、君に仕組まれた運命を知ることができるだろう。しかし君が運命に選ばれる保証はどこにもない。運命というやつは……とても気まぐれで、残酷だからな。だがもし君が俺を選ぶのなら、俺もまた君を選ぼう。――お嬢さん、俺には君が必要だ」

 

「たわ言を。これしきで防いだつもりか」

 

「【滾々と溢れよ暗黒(ダーガ)】」

 

 暗がりよりも昏い常闇が、御爺様を包み込む。喚く御爺様の躰を押し潰し、常闇が晴れると御爺様は消えていた。

 

 蟲の声も聞こえない。男の声だけが聞こえている。蝶々が蒼く羽ばたいている。

 

「もう一度聞くぞ。助けてほしいか」

 

 喉が震えた。男の声とことばは、私が作った私を擦り抜けて「わたし」を引き上げようとする。

 

 乾いていた傷口から血が滲み出すように。傷口が、血を流すことを思い出すかのように。

 虚無で塞いでいた喉が、押し殺されていた意志を発しようと、消えかけのことばを紡いだ。

 

「おじ、さんは」

 

 ひどい声。男は目を丸くすると、苦笑しながら肩をすくめた。

 

「ホウヅキだ」

 

「……たすけて、くれるの?」

 

「ああ。君が望むのなら」

 

 溢れそうになる。奥底に封じ込めていたものが、一気に表出しそうになる。

 

 ほんとうに此処から出られるのなら。

 

 ――このひとがうそつきでないのなら

 

 地獄で私を見つけてくれて、私を必要としてくれるのなら(・・・・・・・・・・・・・)

 

 私は、叫んでいた。

 

「たす、けて」

 

 

「――交渉成立だ」

 

 

 男の手に、十字を模したレイピアのような剣が何処からともなく現れる。しゃがみ込んだ男の大きな手が、そっと私の額に触れた。

 

「よく頑張ったな」

 

 泣きたくなるほど、やさしい声だった。

 

 【参列せよ睡惰の徒(スリプル)

 

「……今は眠れ。次に目覚めたときには、すべて終わってるさ」

 

「貴様はっ」

 

 御爺様の声。しかし今は、それすらも遠い。

 意識が、穏やかに薄らいでゆく。

 

「早いな。それにしぶとい。悲願のために積み重ねてきたものを、まったく関係のない部外者に台無しにされる。ま、報いだよな。ただ客観的な指摘になるが、遅かれ早かれ、どうせあんたは失敗していただろうよ。自分が何をしたかったのか、肝心なところさえ、忘れちまってるんだから」

 

「な、なにを」

 

 剣が、私の心臓を貫く。

 痛みはなかった。恐怖も。するりと引き抜かれた剣の刃先で、何か醜いものがじたばたしていたけれど、瞼が重かった。

 

「【心は肉を離れず(レイズ)】【啜れ火鳥の涙珠(ケアルダ)】」

 

「まてっ、なぜ……」

 

「あんたの魂に用はない。濁り過ぎてて質が悪いからな。毒された聖杯の破片も必要ない。正直に言うと、あんたの志は尊敬していたよ。嘘じゃないさ、皮肉でもない。人類救済を本気で考えるなんざ、大したもんだよ。俺は、自分ひとりを救うだけでも、これだけ苦労してるっていうのにな。本当に立派だと思う」

 

 【我が祝福を注げ血潮(オイル)

 

「さようなら、マキリ・ゾォルケン。次はうまくやることだ。まあ、あんたに来世(つぎ)があればの話だが」

 

「やめ――」

 

 

「【絶尽せよ霊柩(アーダー)】」

 

 

 炎。

 光。

 

「■■■■■」

 

 嘲笑う声が燃え去り、柔らかな時間が満たされてゆく。

 暗がりに色彩が差し、暖かな空気が取り戻されてゆく。

 

「さて。行こうか、お嬢さん。――桜」

 

 怪物は消えた。

 寒くて苦しい場所に閉じ込められている理由も、もう、なかった。

 

 扉は開かれている。

 

 

「サクラ。起きてください」

 

 

 ――そんな声が聞こえて。

 

 私は、夢から目を覚ました。

 

 

 

 【 999837.3/February 1998 】

 

 

 

 覗き込まれている。

 

 鳶色の瞳。紅色の髪。

 綺麗な人。

 

 ぜんぜん御師(おし)さま――では、ない。

 

「ダメットさん……はっ」

 

 何故かわからないけれど、顔の正面にあって反射的に口にしてしまったのは御師さまが前にぼそりと言っていた彼女の呼び方で、咄嗟に出たのは日本語であったから意味は通じなかったようだけど、男装の麗人は「ふざけんな(ダミット)……?」と別の意味に受け取ったらしく、眉をひそめている。

 

 私は慌てて身体を起こすと、彼女に謝った。

 

「ご、ごめんなさい。何でもないです、バゼットさん」

 

「……大丈夫ですか、サクラ。うなされていましたが」

 

 大丈夫ですと答えながら、私はどうして客間のソファーで横になっていたのかを考える。さっきまでは、そうだ、私たちは屋敷地下の鍛錬場で訓練していたはずなのに。

 

「魔力切れで気を失ったんですよ。少し追い込み過ぎましたね」

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツ。魔術協会の凄い人で、御師さまにも本気で接近戦はやりたくないと言わしめるほどの武闘派。ルーン使い。私の七つ年上。そして私の戦いの先生でもある。

 

 身体からは、訓練で負ったかすり傷も消えていた。服も、いつの間にか普段着に変わっている。

 

「はい。どうぞ、桜」

 

「ありがとう、藤乃姉さん」

 

 姉弟子の、藤乃姉さんが紅茶を入れてくれる。バゼット師の前にも置かれ、テーブルには茶菓子が並んでいた。

 

「私、怪我していたはずなのに。もしかして、藤乃姉さんが?」

 

「ううん。先生です」

 

 御師さまが治してくれた。ということは屋敷に帰ってきているということで、もうそんな時間ということになる。

 

「……この恰好」

 

「安心して。そっちは先生じゃなくて、私が着替えさせました」

 

 私は安堵しながらも、同時に羞恥を覚えてカップに口をつける。魔力切れで意識を失うだなんて、半人前もいいところ。魔術を本格的に習い始めて三年が経つというのに。

 レモン・ティーは、疲れていた身体に染み入るようだった。

 

「落ち込む必要はありません。私と対峙しても心が折れなくなった、打ち返すことができるようになった――それだけでも進歩と言えるでしょう。こう言っては何ですが、初めの頃は、立ち続けることすらままならなかったのだから」

 

 それはそうかもしれない。本気の圧力(プレッシャー)を放つバゼット師はとっても恐ろしくて夢に見るくらいで、最初の一週間はこんな修行法を課した御師さまを虚数の闇に落としてやりたいくらいには恨んだほどだったのだし。

 

「私もまだまだ未熟です、虚数の壁を貫けないとは。鍛えが足りないと実感しました。精進します」

 

 凛とした風貌に、外見の想像からは懸け離れた「破壊」――コンクリート柱を殴るだけで倒壊させる力――を誇るバゼット師は今でもじゅうぶん恐ろしいというのに、切り分けられたケーキを一口で食べながら背筋が寒くなるような決意を固めている。

 

 客間の扉が開いた。メイドのオルテミリヤが台車を押しながら入ってくる。中身は追加のケーキだった。最近は、バゼット師が屋敷に来るたびに大量の甘味が振舞われるのが恒例になっている気がする。「ケーキは脳の補給に役立ちますから」と師は言うけれど、やっぱり甘いものが好きなのだろうか。師の味覚がおんち(・・・)なのは知っているけれど。

 

 私が二つ目のケーキに舌鼓を打っていると、御師さまが入ってきた。

 

「起きたか」

 

「はっ、はい」

 

「立たなくていい」手で制しながら、四つあるソファーの一つに腰を下ろす。藤乃姉さんが入れた紅茶を受け取ると、御師さまはそっと肩を緩めた。それから、バゼット、と言う。

 

「鍛えてくれと雇ったのは俺だが。流石に何度も弟子がぶっ飛ばされるのを見るとな。重症ではないし、加減は、してくれているんだろうが」

 

「もう少し優しくしろと? 難しいことを言いますね、ホウヅキ。敵に懐まで踏み込まれた場合の戦い方を教えてくれと依頼したのはあなただ。羽毛のように軽い打撃では何も学ぶことなどできない、死を意識してこそ――」

 

「クライアントの要望を受け入れるのもプロだぜ。そしてこの場合のクライアントってやつは、俺さ」

 

 バゼット師の目が細くなる。御師さまは気づいているだろうに、涼し気な顔だった。

 

「……私にはこのやり方しかできない」

 

 呟くように言う。

 

「あの、御師さま。バゼットさんはだいぶ手加減してくれていますし、私は大丈夫ですから」

 

 怖いのは相変わらずだけれども。もしバゼット師が本気を出したら、私は今頃ブルドーザーに押し潰されるプラスチック・トイみたいに原型をとどめていないだろう。じゅうぶんに配慮されているとも言える。

 あ、これしんじゃうかも、と思ったことは何度もあったけれど。というか、両手両足の指で足りないくらいにはあった気がする。弟子入りしたのはここひと月のことだというのに。

 ……いや、さすがに多すぎなのでは? 私はまだ一〇歳にもなっていないのに。それでもじゃっかん落ち込んでいるバゼット師を見ると、あまり強いことは言い出せなかった。私がよわいから戦えないのは、悔しいけれど事実なのだし。

 

「やり方を任せると言ったのは、俺か」

 

 悪かったな、と御師さまが言った。バゼット師は視線を逸らすけど、小さく頷いていた。

 

「まあ、これからも頼むよバゼット。お前のことはなんだかんだで信頼している」

 

「なんだかんだとは何ですか。……努力します。サクラは、私にとって初めての教え子ですから。死なせたくはない」

 

 少し雰囲気が悪くなりかけたところで、藤乃姉さんが明るい声を出した。

 

「私の時は、そんなふうに心配はしてくれませんでしたよね、先生?」

 

「そうだったか?」

 

「そうです。別に格闘戦のことだけじゃなくて……術式の構成を間違えていたのに先生は気づいておきながら何も言ってくれなくて、そのせいで私、何度も危ない目に合いました。私だけじゃなくて他の子も近くにいたのに。バゼットさんを言えませんよ」

 

「そうだったかな」

 

 困惑気味の御師さまだったけれど、ふと思い出したように懐に手をやると、しまっていたらしい小箱を取り出した。

 

「土産があったんだ。桜に」

 

「あら、お話を逸らすつもりですか?」

 

 苦笑しながら、私に手渡してくれる。綺麗に包装のされた、縦に長い小箱。それほど重くはない。

 

「これは?」

 

「開けてみろ」

 

 促されて開くと、中には――

 

「あ……、」

 

 シルバーのチェーンに吊られた、海のような色の宝石。

 アクアマリンだった。

 

「お、御師さま。どうして」

 

 綺麗で、吸い込まれそうになるけれど、これってまさか。もしかして。慌てる私を見ながら、御師さまは肩を揺らした。

 

「三月の誕生石。これから伸び盛りのお前に似合うと思ってな、ようやく準備が整った。まじない(・・・・)が掘ってある。お前を守ってくれるだろう」

 

「よかったですね、桜」

 

 藤乃姉さんの胸元では、エメラルドのペンダントが揺れている。

 

 御師さまから贈られたペンダント。秘蔵の、世に二つとない宝石らしい。確かに、そのことを羨ましく思うことはあった。だけど藤乃姉さんは、御師さまの手伝いを色々とさせてもらっている。御師さまに助手として頼りにされているのだから、当たり前のことではあった。

 なのに、役に立つどころか迷惑しかかけていない立場の私が同じものを欲しがるのは、浅ましいことだと思っていたのに。

 

「私、……ぜんぜん、だめなのに」

 

 違う。言うべき言葉はそうじゃない。ありがとう、と伝えるべきなのに。

 

 言えずに俯いてしまうと、御師さまが立ち上がった。

 

「お前は、よくやっているよ」

 

 ふわり、と頭を撫でられた。

 大きな手。

 

 御師さまが、私を見つめている。優しい顔で。

 いつもは皮肉ばかりで、無茶な訓練もさせるし、愚痴もこぼすし、意地悪もするし、大音量でデスメタルを聞くし、よくわからない実験を思いついて被験体にさせられたりもするし、こわい顔なのにものすごく甘党だし――なのにこんなときだけ、いつも優しくしてきて。ずるい。

 

 ――あんな夢を見たからだろうか。

 

 たぶん。きっと、そうだ。

 

「ありがとう、ございます。……大事にします」

 

 ぜったいに。

 いっしょう、大事にします。

 

「ああ。そうしてくれ」

 

「……でも」

 

「うん?」

 

 私は、前までの私ならば泣いてしまったかもしれないけれど。

 今は、強くなろうと努力していて、確かに前に進めているから。

 

 せめて、と顔を上げて、笑顔で言った。

 

「どうせなら、誕生日に欲しかったです」

 

 

 御師さまが声を上げて笑う。「言うようになったな、桜」

 藤乃姉さんも、バゼット師も。オルテミリヤも。

 もちろん私も。

 

 楽しくて、嬉しくて。

 自然と笑みがこぼれるのを感じながら、今日も私は、日本ではないところで生きている。

 

「ああ。考えておこう」

 

 

 それから五日後、一〇歳になった私が学校の友だちと家族からもらったプレゼントのなかには、“誕生日おめでとう。桜”――御師さまからの手書きのバースディ・カードと一緒に普通に可愛いぬいぐるみが入っていて、私が驚かされたのは言うまでもない。

 

 

 

「バゼット、夕食はどうする。近場のチェーンで済ませるくらいなら、食べて行けよ」

 

「……そうですね。ではお願いします。何でもいいので。量は多めで」

 

「「「知ってる」」」

 

 バゼット師が大食漢なのは、みんなが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ライダーさん最高過ぎでは???(桜もだけど
















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