皆様の夢が叶いますように。
東大里小学校、校内かるた大会前編
和歌。
たった31音で表現される歌。
和歌とは違うが、とある歌人によると『短歌は人の体温に一番近い表現形式』だと言われる。
たいへん自由な詩の形式で、唯一守るべきルールは五七五七七の31音で作ること。
元は襖の装飾のために選ばれた100首、小倉百人一首は現代において和歌を歌として楽しむ以外の使い道もされている。
競技かるた。
小倉百人一首を用いて全日本かるた協会の定めるルールの下で行う競技で、文化活動や伝統文化という側面もあるものの、ひとつのスポーツであると言える。
高度な瞬発力・記憶力・精神力が必要な競技で、それは頭と身体の両立が基本である。
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『史上最年少A級選手現る』
3月17日、競技かるたの大会、東京多摩大会B級で府中白波会所属の大江奏選手(10)が優勝しました。昇段規定により三段から四段に昇段し、A級選手となります。たった数日差となりますが、今まで最年少記録を保持していた若宮詩暢四段を塗り替えました。また、同大会B級決勝戦にて惜しくも2枚差で敗れた翠北かるた会所属の―――
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(……この人も……この人も歌を理解していない!)
『なにはがた―――』
葦の節の短さと会いに来てくれない激情を感じた。
あはてこのよをすくしてよとや、と書かれた札を相手が取ろうとした時には音もなく手が札を抑えている。
「ありがとうございました。」
「あ、ありがとう、ございました……」
普通の大会で袴で来ている彼女は相手と読手にそれぞれ礼をする。とても美しく。とても小学校6年生とは思えない姿。
その勝ちに、見学していた人はザワつく。
「嘘だろ…A級上がって初めての試合で優勝かよ…」
「まだ10歳なのに五段か…末恐ろしいな。」
「てかなんだよあの感じの良さは。」
「てかあれって感じとかそんなことじゃないだろ。一字決まり何枚あるんだよ。」
「たしかどっかの高校生だか中学生だかも自分にとって一字決まりは28枚あるとかほざいてたな。」
「ありえねぇな。」
「確か誕生日の差で史上最年少を奪われた若宮詩暢も同じ世代だろ?B級も同じ世代が多々いるし楽しみだな。」
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「あのぉ、もしかして、大江さんって、A級選手の大江奏五段ですか?」
少し訛りの聞いたイントネーションで話しかけられた奏。
「はい、そうですよ。綿谷くん、かるたやってるんですか?」
「…じいちゃんに教えて貰って。今はB級三段。」
「…あ、もしかして!毎年全国大会で優勝してる?」
「そうやで。」
「……なるほど、それは知ってるわけですね。」
小学校に転校生が来た。1週間くらい前の朝の会で紹介があったが、あまり人と関わらない(正確には小学校特有の余所者ハブとか方言をからかったりしたため遠ざかったというのが正確だが)子だった。
「良かったら、うちでかるたやって貰えませんか?こっち来てから相手がいのうくて。」
「はい、ぜひ!」
元々、奏はこの東大里小学校に入る予定はなかった。だが、学区の見直しでたまたま今年から隣の小学校になり、たまたま綿谷新と出会った。
『ふくからに―――』
12-19で奏の優勢だ。
対戦相手に植えていたのか新のテンションが高かったこともあり、序盤は互角だったが、徐々に差が開いた。
確かに、小学生離れした新の力は小学校の大会くらいなら余裕でとは言わないが確実に優勝は出来るレベルにある。彼から5枚以上抜ければ同学年としては強者の中の強者と言えるレベルだ。1枚抜けるだけでも強い。でも、そんな新でも、奏のかるたは抜けない。
結局、0-14で奏の勝ち。
「ありがとうございました。」
「ありがとう、ございました。」
同学年に負け無しでも、流石にA級選手に勝てるとは思ってなかった新だが、同学年にA級選手がいるということにショックを覚えていた。そして、その力の差にも。
祖父から受け継いだかるたが奏には通じない。まだまだ、足りない。努力も、経験も、感じの磨きも。
「大江さんはどないしてそんなに強い?」
「色とか温度とかで、札が、歌が、教えてくれるんです。私はここだよって。」
「もしかして、和歌と繋がってるイメージ?」
「そう…なのかな?私の中では歌の声が情景を浮かべてくれる感じです。」
「そっかぁ。やっぱり、大江さんはクイーン目指すん?」
「ううん。私が目指すのは専任読手。今はA級読手なんです。」
「そうなんか!」
奏は微笑む。A級になった以上、ある程度の実績を定期的に残しつつ読手の練習を中心にした方がいいと思いつつ、奏は問いかける。
「綿谷くんは名人ですか?」
「もちろん!僕はじいちゃんみたいな名人になるんが夢や!」
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「また、ですか…」
クラスの中心、真島太一の言葉でクラスは動く。
綾瀬千早の机は片隅に持っていかれていた。
「あのよそもんと話すのやめんならハブ解除してやってもいーけどー?」
「あたしはいいから綿谷くん解除してよ。」
「なんだよ千早。クラスみんなでハブって決めたんだぜ?」
「も、もういいって、綾瀬さん―――」
「こいつチビだしビンボーだし田舎者じゃん。」
「でも、綿谷くんかるただったらここの誰にも負けないよ!」
千早が啖呵切った瞬間、奏はなるべく影を薄めるように務める。この間大勝したばかりだ。
「あー、綾瀬さん?おれ、この間大江さんに負けたばっかりやで?大江さんは日本でも指折りの強さや。」
「え?そうなの?」
千早は隅っこに影を消していた奏に向き直る。
「え!?…ま、まあ、同学年なら負けない自信はありますけど……」
「そないな事ない!大江さんなら、A級でも、十分戦える!この間だって多摩大会で優勝して五段に昇段したばかりやん!」
奏は消極的に肯定すると、新はそれを否定し、誇大する。
「で、でも、大江さん去年も一昨年もかるた大会出てないよね?」
近くの女の子が奏に聞く。
「……」
「な、なら今年は出ろよ!お前たちどっちかがどっちかを倒す以外に負けたら2人とも卒業までハブだかんな!」
「よろしくお願いします。」
かるた大会はそれぞれ学年別トーナメントになっていて、1回戦、2回戦、とそれぞれ全て同時に行われる。
バン!
と札の上の句の決まり字が読まれる度に響く音。
空札には反応せず、大山札は囲い手に。
観客として来ている父兄や不参加の生徒たちの視線は2人の生徒に注がれていた。
1人は綿谷新。ほかのクラスの女の子相手に手加減無しに払って突いて囲む。もはや囲い手崩しなんて使わないような一方的な蹂躙。大人でもそうそう出来ないようなかるたと気迫が視線を集める。
対して反対に大江奏。一際目立つ衣装は店の宣伝も兼ねてかなり良い着物を身に纏い、決して美少女では無い外見でも和服の美しさを借りた美しい所作と音のしない優雅に見えていつの間にか取られているかるたに魅了されている。
「「ありがとうございました。」」
相手に頭を下げ、読み手に頭を下げる。礼に始まり礼に終わる。基本の基本を綺麗に“同時に”行う奏と新。
どちらもノーミス。0-25(相手のお手つきすら認めない速さで取っていたため)で勝利した。
読み手の少し年配の先生は読みに集中しながらも驚きを隠せない。彼女も翠北かるた会でC級初段・B級読手である。新が自分より強いことは感じていた。しかし、大江奏五段のかるたの異常性は感じ取ることは出来なかった。