準決勝。
とうとうぶつかった新と奏。
「「よろしくお願いします。」」
互いに礼を交わし、読手に礼をする。
余計な言葉など要らない、強者同士のぶつかり合いだ。まだ完成していないとはいえ、綿谷永世名人のかるたそっくりな新のかるたはどんな相手にも引けを取らない。その自負が新を強くする。
自分の札25枚を並べていく。
(いい感じの配牌ですね。)
大山札が奏側と新側に上手く分かれている。
あさぼらけ、きみがため、わたのはら、の3組は分かれている。というか、一字決まりや二字決まりが多く空札になっていて、奏としてはありがたい組み合わせだ。
しかし、奏の教わる府中白波会は攻めがるただ。多文字決まりが多いこの環境は奏にとって嬉しくもあり、少し大変でもある。
決まり字が長ければ、それだけ囲い手になりやすい。新の囲い手は奏でも崩すのは困難と言える。どちらかと言うと老獪なかるたなのだ。
(歌の景色を―――掴む!)
―――難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花
『なげきつつ―――』
奏の右腕は素早く、でも優雅に敵陣右を突く。
(くっ…まだ足りんのか。大江さんの反応は呼吸とか感じとかそういうんちゃう。流れを理解している訳でもない。分からん。でも、完璧やない。次は抜く!後の先を!)
奏は自陣のしのぶれどを送る。
『おおえやま―――』
『わたのはら こ―――』
空札も交えつつ22-25。未だ新は抜けず。
『すみのえの―――』
空札。
『せをはやみ―――』
また空札。
会場は弛緩して再び緊張する。
さ行の音は送ったしのぶれど以外は空札だ。
『たごのうらに―――』
3連続空札。普通の小学生はこの時点で集中力をかなり削られて周りと話して笑ったりしてしまう。事実がやっとする。だが、3連続くらいならない訳では無い。フィフティフィフティなら8分の1の確率で3連続空札はありえる。
『しらつゆに―――』
4連続空札。しかもこれで“し”の札は残り1枚で一字決まりだ。
『寂しさに―――』
5連続空札。さ行はしのぶれどを残して使い切った。あとはsの音を聞きとったらしのぶれどだ。
新はsの音を狙う。そして、かるたにおいて、持ってる人間は狙った札が読まれる。
『しのぶれど―――』
新の濁流のような力強い払いで自陣左にあったしのぶれどを取る。
22-24。勝負は始まったばかりだ。
☆☆☆☆☆
新は先日の土日に福井に帰っていた。もちろんお金は無いので夜行バスで1人だ。
そこで、綿谷永世名人からとっておきを学んでいた。まだ安定して使えないけど、自分も意識次第でじいちゃんや大江さんのように取れるということを知った。体験した。
千変万化のかるた。それが新の綿谷永世名人の基本であり奥義だ。
(そして、自分のかるたに集中出来れば、音の感じと取りは張り合える。)
『あきのたの―――』
『ひさかたの―――』
『あしびきの―――』
(この間の詠みとは違う…澄んだ水?いや、清流?)
奏の中で、新の“詠み”歌が変わっていることに気づく。
奏が強い理由は相手の姿を歌として認識して戦い方を認識することが挙げられる。しかし、今の新からは今までの靄のような歌から透き通る綺麗な流れを詠んだ。
6-7。あの感覚は今もここにある。
(取れる!大敗した相手にここまで!おれはまだまだ成長出来る!)
2-2。
周りの組はほとんど終わっている。
1-2。
『なつのよは―――』
(もっと大江さんとかるたを続けたい!)
札が読まれる前に自陣2枚右下を払う。
お手つき覚悟でも奏より早く取る。
読まれたのは新の自陣。
1-1。運命戦。
(運命なんてない。読まれた歌を取るだけ。)
(流れはある。自陣死守基本に忠実に!)
新の札は“わすら”。大山札のわたのはら こが読まれて、空札にわび、わがい、わたのはら やが読まれた。残る札はわがそ、わすれ、そして待札のわすら。
対して、奏の札は“めぐりあひて”。空札ばかりの今回の取り札の中で少ない最初からの一字決まりだ。
『はるのよの―――』
『ほととぎす―――』
残り2枚なのに、わの空札が多く残っている。
『わがそでは―――』
これが新の対戦相手が大江奏ではなく、高校生の真島太一ならば取りに行くモーションを取るのだろうが、大江奏にとってそれは優雅でなく、今の和服姿に似合わず美しくない。
『わすれじの―――』
これでわの空札は消えた。
『――――――――』
(来る!)(………)
『よのなかよ―――』
「ありがとうございました。」
奏は着物の袖をキュッと握りしめながら礼をして読手に礼をした。
結局、新は奏という“強大な相手”とかるたを取っていた。だから間違えるようなことの無い最後の空札にお手つきをして負けたのだ。
綿谷永世名人ならこう言うだろう。『自分のかるたを貫けなかったからだ』と。
☆☆☆☆☆
奏は綿谷新という人間を多少見直していた。
みんな歌ではなく音として競技かるたをしているのが気に入らなかった。でも、綿谷新のかるたはかるたを愛していた。その中に和歌も含まれていた。
正直、A級選手でも和歌に造詣が深い人はそう多くない。そんな人相手に負けたくない。それが奏がA級にまで上り詰めた理由だ。
でも、だからこそ、最後の運命戦だけは許せなかった。勝つために歌ではなく音として見ていた。そんなかるたをする綿谷新を許せなかった。
今の自分は帯をしめている。美しくない行いは許されない。それでも、袖を握りしめるなんてことまでしてしまった。
そして、その後悔と激情は決勝戦、真島太一を相手怒りをそのままぶつけて29-0で圧勝した…いや、してしまったことでさらに加速してしまった。
その日から大江奏五段は府中白波会の練習にも、どこの大会にも顔を出すことをやめてしまった。
☆☆☆☆☆
「ねえ、大江さん。原田先生が心配してたよ?」
夏が過ぎ、冬になる頃には綿谷新を始めとして、綾瀬千早、真島太一の3人は府中白波会所属となり、かるたをしていた。
「…ごめんなさい。今の私はかるたを取れない。」
奏はよく千早に話しかけられた。
内科・小児科医として20年以上働いている原田先生にとって、見過ごせない状況なのだ。
「ほんとにごめんなさい。」
奏は動きを止めていた足を再び動かして家に足先を向ける。
「新が!」
奏の足は再び止まる。
「新が福井に帰っちゃうんだ!」
「…」
奏はそのまま立ち去った。
☆☆☆☆☆
「大江さん……」
ついに卒業式まで触れることのなかったかるた。
帰ろうとした所を新は呼び止めた。
「この半年。色んなこと考えた。大江さん、
「違います。私が勝手に綿谷くんがそんな人じゃないって思い込んで、いざそうなったら自分から勝手に怒って、真島くんに八つ当たりじみたかるたを、
「本当にそうかい?」
「原田先生……」
卒業式に来賓できていたことは知っていた(かるた会責任者として東大里小学校のかるた大会の後援者でもあり、地元の小児科医の医院長でもある)が、わざわざこの話をしに来るとは奏には予想できなかった。
「君はただメガネくんとまつ毛くんとの戦い方の中で芽生えた“勝ちたい”という気持ちを否定したかっただけだろう?負けたくないから勝ちたいに変わったことを。否定してはダメだ。かるたは闘いだ。勝つことに意味がある…とは言わないが、勝ちを目指す過程に意味があるのだと思うのだよ。私は。だからこそ私は府中白波会を作ったし、後進育成に力を注いでいる。かるたは芸術なのだよ、勝ちに行くその競技者を含めて。」
――――闘いなさい。
原田先生はそれだけ言うと、踵を返した。