奏の家は豪邸では無いけど、古くからある呉服屋の娘の家である。家はそこそこの和風建築。まあ洋室なども存在しているが。
7DK+離れ3LDK+蔵と、なかなかな邸宅である。ちなみに、離れと蔵はほとんど使っていないので奏の城と化している。遮音性が高く、かるたにはピッタリな蔵は奏の練習場所として畳が一般的な競技場である大広間のように畳を敷いてある。合宿するにしても離れも奏の城なので、そこに泊まれる。
都内の23区外とはいえ、街の中に中々の広さだ。
「へぇー、お店とはちょっと離れてるんだー。」
「元々はここの離れと蔵が本店として使われてたんですけど、流通の都合上本店を街中の方に変えたんですよ。本店という割に大きくなくなっちゃいましたけど。横浜の方に大きい営業所があって、和の伝統製品を国内外に流通させる基点になってます。」
呉服の大江(元々の名前は大江呉服店)の本店の前に集合したかるた部メンバーを家に案内する。学校で待ち合わせの方が近い人もいたのだが、あいにく学校はこの土日に大学入試の模試をするらしく、遠慮した。
「く、蔵だ。」
「何年ものだよ…」
「150~160年といったところじゃないかな?」
「机くん、正解です。正確には154年です。」
「うわー!もしかしてここでかるたするの?」
「はい。一年中快適な温度に保たれてますし、畳も大会とかで使う敷き方で敷いてありますよ。輻射式冷暖房装置も備えていて、音を気にせず冷房が使えます。まあ私がエアコン嫌いなので家は全て輻射式冷暖房装置なんですけどね。」
エアコンのように風が出ないので、室内機の音は無音。室外機は蔵の厚い壁の向こう側だ。
「はい、ここです。」
まず案内したのは離れ。ここで荷物を置いたり着替えたりする。まあ蔵にも部屋の一つや二つあるが、あちらは泊まるには適さない。離れにはキッチンやお風呂場(結構立派な露天風呂)があるが、蔵にはせいぜい洗面所とトイレくらいしかない。
「……なあ、かなちゃん。この家って“離れ”なんだよな?」
肉まんくんが思わず聞いてしまうのも仕方ない。大きさは普通の家を超える。
「はい。元本店をリフォームしたので、この大きさなんです。私の家と言っても過言ではないです。」
この言葉に金持ち家系である太一もジト目+口半開きの、呆れと驚きが入り交じった表情を奏に向ける。
元本店をリフォームして奏の祖母が使う予定だったが、リフォームの起工段階で祖母が倒れて病院で寝たきりになってしまい、リフォーム途中で頓挫。それからしばらくしてから祖母が亡くなりその遺志で、リフォームの再開と、奏に古典の素晴らしさを教えこんだ師匠からの遺産として元本店の建物と土地は奏の所有権となっている。『私の家』はあながち間違いではない。もちろん未成年なので親権者である両親の助言の下にという形にはなってるが。
「大江さん。」
太一は離れで早めに着替えを終えて、奏がリビングに来るのを待っていた。
「
「もちろんです!」
☆☆☆☆☆
「おおー、涼しい!」
「気持ちいいー!」
五月雨をあつめて早し最上川。松尾芭蕉の句。
5月を終えて、そろそろ暑くなってくる。今はまだじめっとしているで済んでいるが。
「やっぱり蔵って凄いね。」
肉まんくんと千早は涼しさに驚く。
机くんは蔵の温度の維持力に驚く。
「飲み物冷やしておきたい人は棚に小さい冷蔵庫に入れてくださいね。今電源入れたので、しばらくしたら冷えますよ。」
奏は冷房を弱めに付けて、冷蔵庫の電源を入れる。
「さて、そろそろ始めよう!」
少し段になって、ステージつっぽくなってる場所に千早は立って、宣言する。
「瑞沢高校かるた部、第1回合宿!目標は――――」
「――――2日間で14試合でーす!」
満面の笑みでの宣言に肉まんくんと机くんの顔が青ざめる。
「肉まんくん、大会だと勝ち残ったら何試合しますか?」
「決勝まで残りゃあ5~6試合…か?」
「80人の大会で、不戦勝無しなら最大7回です。1日7試合。これが私たちに必要な試合数です。高校選手権の団体戦にしても、東京は激戦区。去年一昨年のデータから机くんの予測出場校数は11~13校。間とって12校として、予選リーグ3試合、決勝トーナメント2試合の合計5試合です。そして、最後に当たるのは勝ち残ってきた実力派の高校。余力を持って戦うためにもこれくらいの経験は必要です!」
「そ、そうなのか…?」
捲したてる奏に、丸め込まれる肉まんくん。
「対戦表も作ってきてあるよ!」
――――――――――――――――
いちにちめ!
1、読み:かなちゃん
太一VS机くん
千早VS肉まんくん
2、読み:肉まんくん
かなちゃんVS太一
机くんVS千早
3、読み:千早
肉まんくんVS太一
かなちゃんVS机くん
4、読み:太一
千早VSかなちゃん
机くんVS肉まんくん
(以下略)
―――――――――――――――――
「あの…ぼく出突っ張りなんだけど?」
「初心者からのB級促成栽培計画を私と千早ちゃんで作りました!」
太一と肉まんくんが頭を抱え、千早は胸を張る。ドヤ!
「机くんなら1年で今の真島くんや肉まんくんくらいの段位まで上がれますよ!まあ、2人なら来年机くんがB級に上がる頃にはA級昇格してるでしょうけどね?」
太一と肉まんくんは揃って目を背ける。
果たして、地獄の鬼合宿が始まる(?)。
☆☆☆☆☆
机くんのかるたは決して才能で取るかるたではない。だからこそ、太一と肉まんくんのかるたが1番吸収しやすい。
とはいえ……
「駒野、そこは突いたほうが早い。」
「だいたいの位置で全部払っちまえ!」
と、B級の粘り強い選手たちとの試合と長年の経験に磨かれたしぶといかるたを教えられる机くん。
しかも、千早も教えたくてうずうずしてて第4試合では奏相手に2桁取れず、16枚差で負けていた。
「机くん!もっとコンパクトだよ!」
(くっ…知るのとやるのとじゃあ!)
結局、机くんは5試合目でダウン。読み手をCDにバトンタッチして残り2試合を終えた。
「死ぬ……」
「大江さん…強すぎだ。」
男子3人がへばる中、千早と奏は将棋で言うところの感想戦を行っていた。
「やっぱりこの時は―――」
「でも、千早ちゃんの得意札は―――」
「かなちゃんの声―――」
「そうですか?―――」
千早の後ろで大の字になってる男子3人は、そろそろと立ち上がる。
「千早、終わりにしよう。さて、夜はどうする?」
「あ、安心してください。離れのキッチンにありますよ。今日はトンカツです。うちでパン粉から作ったんですよ?」
「よっしゃ!机くん、真島!行くぞ!」
「待ってよ!」「はぁ…駒野、行くぞ。」
得意げに胸を張る奏だが、お構いなしにダッシュの体勢に入る肉まんくん。
肉まんがトンカツを食べる、これ如何に。