ザワザワと我らが瑞沢高校の噂をしている。
それもそのはず。瑞沢高校には我らが呉服の大江の歩く広告塔がいるのだ。
全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会団体戦東京都予選
長ったるい正式名称を覚えている人は…いたとしても話す時は高校選手権や近江神宮大会とか言うことの方が多い。
その団体戦に出場するための予選だ。
☆☆☆☆☆
「相変わらずよく分からん目立ち方してるじゃいか。まさか団体戦にエントリーしてくるとは思わなかったよ、千早。」
おカッパ頭(?)の目の細い…いや、体全体が細長い男子が話しかけていた。
「………………あっ!ヒョロくんだっ?」
「えっ!?待って?今ちょっと忘れてた!?」
「忘れてた!けど思い出した!久しぶりー!ヒョロくんの高校も出場してるの?ライバルだ!!」
府中白波会に所属するB級選手でもあるヒョロ。ちょっと変わった人物であるが、面白い人だと、曰く奏。
「ライバル?新設かるた部がバカ言っちゃ困るネ。我が北央学園はかるた伝統校で、5年連続全国出場だ。登録選手8人のうち2人がA級だぜ。すごいチームだろ?何を隠そう僕も1年ながら登録選手の一員―――」
「私のチームだってすごいもん!ヒョロくんなんて鼻息でとばせるもん!」
「にゃにおぅ!?」
捨て台詞的な言葉にいちいち反応する小物感溢れる2人。
千早は走ってメンバーのいる所へ向かう。
「あ、千早ちゃん。」
そして、その勢いのまま奏に突っ込む。
が、奏が体格差もあるのにガシッと千早の肩を掴むと万力のように動かなくなる。
「何をドタバタしてるんですか?」
「だって―――――!」
いつもの様に身体を大きく使って表現しようとするが、奏はテコでも動かん。
「千早ちゃん?女たるもの、雑巾がけしているときも、お布団干しているときも、美しくなければなりません。もちろん、闘う時も。」
真剣な面差しで語る奏に、そばにいたほかのメンバーも、千早も真剣な表情になる。
それほどまでに奏の今の姿は凛として美しかった。
☆☆☆☆☆
今回の予選は、出場校数12校で、決勝トーナメントと予選リーグに分かれている。机くん予測ドンピシャだ。
予選リーグは4校1グループ3リーグで行われる。
予選リーグの突破条件は各リーグ1位と、各リーグの2位の取得試合数・勝利数・主将の勝利数・副将の勝利数・3将の勝利数……と続く規定で1番優秀な1校が残り、突破となる。
決勝トーナメントは準決勝・決勝の2戦のみで、準決勝はくじ引きで対戦相手が決められる。
「とりあえず一安心だね。ぼくたちのAリーグは取り立てて注目校はないよ。もちろん油断は禁物だけど。せいぜい秀龍館は注意ってくらいかな。A級2人にB級2人。基本的に勝ち星3は上げられる相手だよ。ただ、女子にはあまりグイグイ攻めないタイプの高校みたいだから、逆にB級2人は気をつけて。」
情報担当の机くんのデータ収集能力は凄まじい。有力校のメンバーの取り方まで細かく統計化している。
『なにわづに、さくやこのはな、ふゆごもりー』
『あまつかぜ―――』
☆☆☆☆☆
午前中に各予選リーグ全6×3試合(同時に6会場でやるので、3試合分の時間)を終えて、予選1位で勝ち抜けた。
机くんも2枚差で初白星、しかもC級相手に上げた。
「決勝トーナメント初戦で北央に当たるべきか、あとに回すべきか…」
「いや、くじ引きだから。」
千早が若干アホなことを呟く隣で机くんが真顔でツッコミを入れる。
ガヤガヤと騒ぐ他の4人の横で、奏は自分の不調…いや、衰退を感じていた。
耳は聞こえているし、札も分かる。だが、身体がついてこない。今日は2桁の差をB・C級相手につけられなかった。A級に当たりでもしたら負けるかもしれない。元々A級でもそうそう負けなかったはずの自分が身体のせいで負けはじめる。しかも、原田先生の年齢よりも酷い理由だ。
「あれ?かなちゃんが素振り?珍しいね。」
「確かに見ないな。」「ああ。」
千早が気づくと、肉まんくんや太一も同意する。
「あはは…
(太一くん…?)「どこか怪我したの?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと不調なだけ。」
「そう言えば今日の相手にあまり差付けてなかったなぁ。」
「おお、確かに。」
「かなちゃんのデータが、5月中少しづつ枚数差が下がってたのってスランプだったのか。」
「そうですね。とりあえず北央の須藤さんに当たらなければ多分勝てますよ。あの人、読手講習会によく来てるんですけど、相性…というか苦手で…」
奏はあのドSはグイグイ来るから嫌いだ。実力なら負けはしないだろうが(今ではどうだか分からないが)、イヤらしい“全てを使う”かるたをするのだ。正直、黄金世代の一角に数えられてもおかしくない『準黄金世代』の1人だ。
「瑞沢高校、来てくださーい!トーナメントはじまりまーす!」
☆☆☆☆☆
『なにわづに―――――』
「西高勝つぞ!!」
「「「「オウ!!!!」」」」
『いまをはるべと、さくやこのはな――――――』
『ありあけの―――』
バン!という音とともに、札が抑えたり払ったりされる。
「抜きましたー!」
「えっちゃんナイス!」
「こっちもキープ!」
「いーかんじいーかんじ!さあ乗ってくよ!」
西高の圧力は大きい。A級2人を擁する瑞沢高校だが、太一と肉まんくん以外の3人は抜かれていた。
その時、千早の右隣の奏が声を発した。
「もっと詩を聞いてください、千早ちゃん、机くん!」
(私と違って“取れるんだから”。)
『ちh――――』
スッ
千早の得意札、ちは。こういう時に読まれるんだから、千早は持っている。
誰よりも早く、札を抑えていた。
友人の得意札は意外と覚えているもので、4人はキープ。
「連取!」
「とった!…綾瀬、まだ連取じゃねぇ!」
「やった!キープ!」
「いいぞ、駒野!みんな声出していこう!深呼吸して、落ち着いて!…大江さん?」
奏を除いて。
(不味い…この
元々、奏の振りは遅い。詩を聞いて取る。それが今までのスタイルだ。多分一般的には周防名人と同じくくりのはずだ。感じの良さ…と言っていいのかは分からないが。
「不味い…」
12-23。
約2倍の差をつけられていた。
この日、奏は絶望した。
「たった半月で2サイズ変わるって嘘でしょう?」
☆☆☆☆☆
『黄金世代四強
先日行われた、激戦区東京の高校選手権団体戦予選*1の決勝トーナメントにて、事件は起こった。黄金世代と呼ばれる四強の一角、最年少A級選手で最年少専任読手である大江奏5段は瑞沢高校かるた部として団体戦予選に出場。予選リーグでは全勝と力を見つけたが、午後の決勝トーナメントにおいて、東京西高校のB級選手相手に20枚差と大差で敗北。チームは辛くも勝利し、迎えた伝統校北央学園との決勝。同じA級選手である甘糟那由太4段に24枚差で敗北。チームは3-2で歴史的な勝利を挙げたものの、その勝利は影がチラつく結果となった。
決勝での対戦者と枚差を以下に記す。
瑞沢高校 北央学園
西田優征〇4 竜ヶ崎透也
大江奏 甘糟那由太〇24
真島太一〇8 木梨浩
駒野勉 宅間翔〇15
綾瀬千早〇2 須藤暁人
なお、北央学園の須藤暁人5段も『準黄金世代』と呼ばれる黄金世代四強に1歩及ばないまでも高い能力を持つ同世代の選手だが、綾瀬千早4段に敗れていることも黄金世代の陰りに拍車を掛けている。
黄金世代四強の他の一角であった綿谷新6段もここ1年間姿を表しておらず、専任読手山城今日子9段の孫娘である山城理音3段に至っては黄金世代と呼ばれ始めた頃こそ有力選手であったものの10年ほどB級で昇段が止まっている。
黄金世代でも衰えを見せない現クイーン若宮詩暢7段を除いて、黄金世代に違和感を残す状況を競技かるた界に起こしている。
なお、感じの良さが異常に良いとされる現名人3連覇中の周防久志8段はついこの間発売された大江奏5段の『専任読手の百人一首読み上げCD』について、「読みの方は全然変わってない」と評価していることから、専任読手としては変わらぬ実力を保持していることは伺える。