ポケットモンスター 異界の少年   作:PP0

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駄文ですが、暇潰しにでもなれば幸いです。


REPORT:1 ダイヤモンド

 背に掛かる長さの艶やかな黒髪はピンク色の髪留めで留められている。ミニスカート丈の赤色コートを身に纏い、そこから伸びた白い脚はモデル顔負けの美しさだ。

 ガラス細工の様に整った、この15歳前後の少女は可愛らしいと言うよりも、雪の様な繊細な美しさを醸し出していた。

 

 少女の名はダイヤモンド――知人にはダイヤと呼ばれている。

 そんな彼女は北の大地――シンオウ地方を二つに隔てる山脈、テンガン(ざん)内部にやって来ていた。というのも、白髪に白髭、鷹の様に鋭い目で地質を調査する――ナナカマド博士の助手として付いて来ただけであるが。

 

「うむぅ……ダイヤ君、見給え」

 

 強面博士と名高いナナカマドはダイヤを手招きする。

 

「なんでしょう?」

 

 ナナカマドは石ころを手に、

 

「テンガン山の地質は特殊なエネルギーを秘めている事は知っておるね?」

 

 と問い掛ける。

 

「はい。ある特定のポケモンのみに作用する、と聞いた事があります」

「私はこれが進化エネルギーだと思うのだよ」

「……進化、エネルギーですか?」

 

 確かに、このテンガン山の鉱物が放つエネルギーはポケモンの細胞を活性化させる、と近年の研究で分かっている。

 ダイヤが首を傾げると、ナナカマドは満足気に頷いた。

 

「うむ。現にレアコイルはこのテンガン山周辺でしか進化しない、という説もある程だ」

 

 ナナカマド博士。ポケモンの進化について研究する、その道の第一人者だ。

 「ポケモンは90%進化する」と唱えた事でも有名だろう。

 

「レアコイル以外にも、この山周辺でしか進化しないポケモンが居るかもしれないという事ですか?」

「その通り。これを解明すれば、私の研究は飛躍的に――」

 

 喜色を帯びた声音を発するナナカマドは、パラパラと天井から舞い落ちてくる土を視界に収めると言葉を止めた。

 

「――ダイヤ君! 伏せろッ‼︎」

 

 刹那、大気が震えた。

 岩に罅が入り、大地がさながら悲鳴を上げているかの様に軋む。数m先の天井が音を立てて崩れた。落石に巻き上げられた土煙がもうもうと視界を奪う。

 数十秒に渡る地震に、寿命が縮まる思いであったが、幸いダイヤとナナカマドに外傷は無かった。

 ナナカマドはゆっくりと立ち上がり、パンパンと服に付着した土汚れを払った。そして腰に着けたモンスターボールに手を伸ばす。

 

「ムクバード! ――『ふきとばし』!」

 

 ボールから放たれた光から一羽の鳥が現れる。

 ムクバード――体長0.6m程の「むくどりポケモン」だ。

 けたたましい鳴き声を挙げ、翼を羽ばたかせる。生じた突風は容易に土煙を払った。

 

「ふむぅ……いつまた地震が発生するか分からない。此処にいるのは危険だ。一度、コトブキシティに戻ろう」

 

 ――と踵を返そうとしたナナカマドを、ダイヤの悲鳴染みた声が止めた。

 

「博士っ、人が倒れています!」

 

 ダイヤが指差す先に、黒い学生服を着た少年がぐったりと倒れていた。

 生温い血溜まりに沈む重傷者にナナカマドは駆け寄る。自身のシャツを破り取り、応急処置を施す。

 

「先程の地震に巻き込まれたのだろう。急いでポケモンセンターに運ばなければ」

 

 浅い息遣いの少年を背負い、近くの病院へと駆け出した。

 

 

 

   ▱▱▱

 

 

 

 鈍い痛みにうめきながら春斗が重い瞼を開くと、見慣れぬ天井が網膜に写し出された。

 

「(なんで僕はこんな所に……そうだ、ゴローンにやられて)」

 

 ポケモンが現実に居る訳がないというのに、怖い程にリアルな夢だった。思い出すだけで心臓の鼓動が早くなる。

 嫌な思い出を頭から振り払い、改めて自身の現状を確認する。

 春斗の両足は包帯でギプスで固定され、吊るされていた。

 白い病衣を身に付けている自分に驚きはしたものの、この服のおかげで此処が病院だと理解出来た。

 

「……てか何で僕はこんな所に?」

 

 その時だ。機械音と共にスライド式の扉が開かれ、一人の女性が病室に入ってきた。

 ピンク色の髪をリボンで留め、赤十字マークが付いたナースキャップを被っている。薄い桃色を基調とした上下一体のナース服に身を包み、白のエプロンをした美人だ。

 春斗が疑問に口を開く前に、入室者は普段から言い慣れている様な自然さで言った。

 

「あら、気が付いたんですね。此処はコトブキシティポケモンセンターです。私は貴方の主治医を務めさせて頂く、ジョーイ・ユリコと言います。よろしくお願いします」

「こちらこそ、僕は有明春斗です」

 

 女医、ユリコはハルトの瞳をまじまじと見詰めると、小脇に抱えたクリップボードが挟んだ用紙にボールペンを走らせた。

 

「(意識の混濁は無し……と)」

「あの、何で僕はこんな所に?」

「貴方は5日前、野生のポケモンにより発生したマグニチュードに巻き込まれ、此処に運ばれたんです」

「……はあ?」

 

 素っ頓狂な声を挙げた。

 

「(ポケモン? マグニチュード? 何言ってんだ、この人?)」

「幸い、マグニチュードは5から6相当で命は勿論、後遺症の心配もありませんよ。一様、体温を測っておきますか――ラッキー」

 

 ユリコに呼ばれ、卵体型の未確認生物が春斗の目の前に現れた。柔らかそうな腹にはカンガルーの様な袋があり、白く形の整った卵がスッポリと収まっている。赤十字マークの付いたナースキャップを被り、未確認生物が病室に入って来る。

 この未確認生物を春斗は知っていた。

 

「……ラッ、キー?」

 

 ラッキー。名前の通り、人やポケモンに幸せを分け与える優しい「たまごポケモン」。

 ラッキーは、絶句する患者の目の前で大丈夫かと手を振った。

 

 ――てことは……なんだ、あれか?

 

「夢じゃなかったぁああああッ!?」

「ラ、ラキッ!?」

「ア、アリアケさん! 落ち着いてください!?」

 

 赤い屋根が、夕焼けでより茜色に染まる。そんなポケモンセンターに、絶叫が響き渡った。

 その後、10分に渡って混乱状態に陥った春斗を落ち着かせ、ジョーイ・ユリコは問いを投げ掛けた。

 

「それで、アリアケさんは本当にポケモン恐怖症ではないんですね?」

「……はい、そうです」

 

 では、とユリコは本題へと移る。

 

「テンガン山で気絶していたハルトさんを見付け、此処まで運んで来たのはナナカマド博士という有名な携帯獣学研究者なんです。どうしても貴方に会いたいと今朝連絡がありまして……どうです? 無理にとは言いませんが」

 

 ナナカマド博士とは、ゲームに登場するキャラクターだ。主人公が旅に出るキッカケを作り、確か「ポケモンの進化に関する研究」をしている人物だ。

 

「(――間違いなく、ここはポケットモンスターの世界だ)」

 

 確信した途端、背筋をゾクゾクとした感覚が這い上がってきた。意図せずに拳に力が篭り、気のせいか心臓の鼓動が速くなっている。

 

 

 

 ――ワクワクしてきた……ッ!!

 

 

 

 テンガン山で味わった恐怖心が好奇心という名の一陣の風により払拭された。

 今まで過ごして来た世界ではどれだけ金を積もうと経験出来ない非日常が待っている。

 

「はい、僕こそ会いたいです」

 

 明晰夢、白昼夢、空想なら悔しいが仕方がない。しかし今この瞬間が現実だとしたら? 何か原因があったから此処に居るんだ。

 時空を操るポケモン、異世界から来たポケモン、異世界へと繋がるゲートを作り出すポケモン……摩訶不思議な能力を持ったポケモンなんて幾らでもいる。

 春斗はポケモン研究の第一人者ならば何か手掛かりを持っているかもしれない、と考えたのだ。

 

「そうですか。明日の朝には来ると言っていましたが……体調が優れなければ後日でも」

「いえ、明日でも大丈夫です」

「ではその様に連絡しておきますね」

 

 にっこりと柔和な笑みを浮かべ、ユリコと看護師・ラッキーは病室を去って行く。春斗は帰り際、ラッキーから手渡された栄養満点卵を撫でながら彼女等が出て行ったドアから窓外の景観に視線を移した。

 「むくどりポケモン」――ムックルの群れが夕日に照らされながら飛んで行く。

 

 ――たったそれだけの事なのに、春斗は溢れ出す歓喜に身体を震わせた。

 

「――ポケモントレーナーに僕はなる!!」

 

 世界中のポケモンへ向けて、声高々に宣言した。

 

「アリアケさん! センター内ではお静に!!」

「すみませーーんっ!!」

 

 

 

   ▱▱▱

 

 

 

 興奮で眠れぬ夜を跨いで翌日の朝。

 春斗は部屋に入って来た初老の男性を見て、数cm身を引いた。

 ナナカマドの猛禽類の様に鋭い瞳が彼を射抜いていたからだ。

 

「(うわあっ……黒服を着ていたら完全にマフィアのボスだな)」

 

 失礼な事を考えながら春斗は挨拶をする。

 

「有明春斗です。助けていただいて、ありがとうございました」

 

 カットシャツの強面男性は軽く会釈を返した。

 

「うむ、よろしく。私はナナカマド、ポケモンの進化について研究している。……それと――」

 

 そんなに畏まらなくても良いよ、とナナカマドは続けた。

 

「私は唯運んで来ただけだ。礼なら君を見つけた私の助手に言っとくれ――ダイヤ君」

 

 ナナカマドの威厳に満ちた声音で呼ばれ、一人の少女が「失礼します」と一言断って入室する。

 同い年位だろうか。艶のある長い黒髪を揺らしながら少女はペコリと頭を下げた。

 

「(……ヒカリ?)」

 

 春斗はこの少女の容姿や服装に見覚えがあった。

 ヒカリ。春斗の記憶が正しければ、彼女の名前はそうだった筈だ。

 性別を女と設定した際にプレイヤーキャラとなる人物――つまり原作の主人公の一人。男と選択した場合は、ナナカマド博士の助手として登場する事になる。

 

「初めまして、私はダイヤモンド――長いので、ダイヤと呼んでください」

 

 鈴の音の様に透き通った声で彼女は自己紹介した。

 

「(……ヒカリじゃない? 大まかな容姿や服装は面影があるケド……でも彼女の名前はあくまでもデフォルトネーム……違くても可笑しくない?)」

 

 どこか表情の薄い少女を見て、

 

「(それにしても――)」

 

 綺麗だ、と素直に評価する。歳不相応に落ち着きがあり、百合の花を思わせる清楚な美しさを醸し出している。

 ゲームの画面越しや公式イラストで見るより、遥かに美少女だ。天と地程の差がある。

 

「(全てがゲームを基準にしている訳ではないって事か)」

 

 一人思考を巡らしては納得する春斗。心此処に在らず、を体現していた彼の意識は、ナナカマドの一声で現実に回帰した。

 

「――ハルト君、大丈夫かね?」

「え! あっ、はい、すみません」

「いやいや君は病み上がりだ。体調が優れないのであれば出直すが?」

「いや、全然大丈夫です」

 

 春斗はヒカリ――否、ダイヤモンドに向き直ると頭を下げた。

 

「助けてくれてありがとう」

「いえ、私は唯見付けただけですので――お礼ならばナナカマド博士に」

「じゃあ、改めて。助けていただいて――」

「いやいや、私は唯運んできただけだ。礼ならダイヤ君に――」

「ええっと、助けてくれて――」

「ですから、私は唯見付けただけですので――お礼ならばナナカマド博士へ」

「いやいや、私は唯運んできただけだろう。礼なら君が――」

 

「――あーもう、二人共ありがとうございました!!」

 

 呆れを含んだ感謝の言葉にナナカマドとダイヤは苦笑いを浮かべた。

 ナナカマドは話を軌条に戻す為に、ごほんと咳を吐く。

 

「――さて、と。ハルト君も疑問に思っておるだろう。なぜ我々が君の元に来たのか、と」

 

 先程の軽い口調は何処へやら。打って変わって真剣な面持ちでナナカマドは春斗の顔を見た。

 

「簡単な話、知的好奇心だ。君の無事をこの目で確かめたかった……というのもあるが、最大の理由は――君が何故こんな所にいるのかじゃな」

 

 意味深な言い回しに春斗は首を傾げた。

 

「2日前……つまり君が目覚める前日に私の元へ訪ねて来た者達がいた。君が倒れていた時と同じ格好をした23人の少年少女だ」

 

 皆まで言わずとも春斗は理解した。クラスメート達だ、と。

 

「(でも23人? 僕のクラスは全員で27人だった筈だけど……逸れたか、それともポケモンに襲われて――)」

 

 ナナカマドは壁に設けられたハンガーに目を移し「やはりな」と一人頷いた。

 春斗の通う市立中学の学ランが掛けられていたからだ。

 

「――その者達は、自分達が異世界から来た、と話した。到底信じられるものではなかったが、彼等が持つ携帯獣学知識は今だ解明されていない未知の領域にまで達していた」

 

 ポケモンは世界的にも人気が高いゲームだ。事実、春斗以外にもポケモンに詳しいクラスメートがいたのだから。

 

「彼等は元の世界に帰りたいと言う。しかし……新人トレーナー用ポケモンを用意して渡す事位しか、私に出来る事はなかった」

 

 ナナカマドは一息吐いて、重苦しく問う。

 

「君も、異世界からテンガン山に飛ばされた者達の一人なのだろう?」

 

 

 

 ――帰る場所がない。拠り所もない。聞く所にはポケモンの居ない安全な世界から来たと言う。

 

 

 

 辛かろう。どうにかしてあげたい、とナナカマドは大人として思ったのだ。

 

「幸い自分にはコネクションがある。タマムシ大学携帯獣学科の後輩が居るオーキドポケモン研究所、かつて助手として働いていたプラターヌ博士、ポケモンリーグ、ポケモンジム、ポケモン大好きクラブ……君達の知識を売り込めば衣食住やちょっとした贅沢だって出来る筈だ」

 

 君も彼等と同じ境遇ならば、大人として、人間として、私が手を貸そう――

 

 

 

「いや、別にいいです」

 

 

 

 あっさりと、悲観の感情なんて一片も見せずに、春斗は言った。

 想像していなかった返答に、ナナカマドとダイヤはピシリと凍り付いた。

 

「僕はポケモントレーナーとして自由気ままにやっていきたいんで」

 

 冒険心に心を躍らせ、玩具を前にした子供の様に瞳を輝かせた。

 ナナカマドは一瞬耳を疑った。が、

 

「目指せ、ポケモンマスター‼︎ ……なんちゃって」

 

 幻聴ではない。耳が老いた訳でもなかった。

 それはナナカマドが知る異界の少年達とは一味も二味も違う、有明春斗の意思表明だった。

 

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