ポケットモンスター 異界の少年   作:PP0

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REPORT:2 異界漂流者と迷いポケモン

「……」

「……」

「……?」

 

 それはさながら漫才がスベった際に流れる冷風と同等か、それ以上の寒さだった。

 唯でさえシンオウ地方は寒冷地であるというのに、さらに温度を数十度引き下げたかの様な空気に春斗は内心冷や汗を垂れ流していた。

 

「――ええっと、何ですかこの空気?」

 

 意を決してナナカマドに声を掛ける。

 冷凍マグロの様に口を開けたまま硬直していた強面男性は、氷解した様に意識が現実へと回帰した。

 

「あ、ああ、スマン。君の返答が私の想像を超えていたものだからな」

 

 見ず知らずの世界に迷い込み、明日の衣食住でさえ分からないというのに、ポケモントレーナーになると宣言した春斗。現実的に物事を考えるナナカマドからしてみれば、彼の発言は想定外の事だった。

 

「(無鉄砲な少年だな)」

 

 気を取り直す為に、ごほんと咳払いをした。

 

「しかし、ポケモントレーナーになるには国に申請しなければならんぞ? 君は戸籍を持っていないだろう?」

「……ええっ!? 戸籍が必要なんですか!?」

 

 ――知らなかった事とはいえ、この少年は後先の事をしっかりと考えているのだろうか。

 

 手助けなど必要ないと啖呵を切ったと思えば、ものの数分でこの有様だ。

 ナナカマドが彼の未来を気掛かりに思うのも、無理のない事である。

 

「ならば私がどうにかしよう。……ポケモントレーナーとなるからには勿論ポケモンが必要となるが…………手配しておこう」

 

 重病を抱えた患者の様に生気を失っていた少年は蛍光灯に光が灯る様に、表情がパッと明るく染まった。

 

「何から何まで、ありがとうございます!! よっしゃ、ポケモンキターーーッ!!」

「アリアケさんっ、センター内ではお静かに!」

「すいませんっ!!」

 

「(……この人、大丈夫かな)」

 

 女医に叱られながらも笑みを隠し切れていない春斗を見て、ダイヤは悩ましげに溜息を零した。

 何処かで野垂れ死んでニュースで顔を拝むのは御免だからだ。

 

「それでは、我々はそろそろ帰るとしよう。ハルト君、無理のない範囲で体調を整えておくのだぞ」

「はい! 態々ありがとうございましたっ!!」

 

 ナナカマドは後ろで両手を組んで病室を去って行った。ダイヤも「お大事に」と一言残し、ナナカマドの背を追って行く。

 嵐が去った後の様な、シンと静まり返った白塗りの病室。春斗はギプスに包まれた足に一瞥をくれると、

 

「そうと決まれば明日からリハビリ開始だ!!」

 

 固く握った拳を天井に突き付けた。

 

「――駄目です」

 

 午後の回診で春斗の話を聞いた担当医――ジョーイ・ユリコの言葉は非情だった。

 

「えー、少し位なら」

「少しも駄目です。いいですか? アリアケさんの骨は通常なら全治に三ヶ月掛かる程砕かれているんです。ラッキーの卵や最新の医療機器を兼ね揃えているこのセンターならば全治に一ヶ月半と短縮は出来きるでしょう」

「科学の力ってすげーっ!」

 

 しかし春斗が元いた世界より科学技術が発展しているとはいえ、限界というものがある。

 

「し・か・し、だからといってトレーナー修行になんか行かせませんからね! 下手に怪我をしたら歩けなくなるかもしれないんですよ?」

 

 両手を組み、嗜めるユリコに患者の少年は渋々引き下がるしかなかった。

 

「…………仕方ないか〜」

「分かれば良いんです」

 

 回診を終えたユリコが視界から消えてから春斗は「はぁっ」とテンションがマイナスまで落ちた溜息を漏らした。

 看護師ラッキーに貰った卵の殻を破り、生卵を喉へ流し込む。ほんのりとした甘さが口に広がり、身体の芯がじんわりと暖かくなった。

 

「お腹に良いのかな、コレ……ぅん?」

 

 ふと視線を感じてスライド式ドアを見る。目測0.5m前後の未確認生物が身体の左半分を扉に隠す様にして此方を伺っていた。

 二足歩行の小型犬を連想させる生物に、春斗は見覚えがあった。

 

「リオル、か?」

 

 「はもんポケモン」リオル。

 小柄で可愛らしい姿形からは想像出来ない様な強靭な肉体を持っており、たった一晩で山3つと谷2つを超える事が出来る――小さな身体で大きな事をやってのける「小さな巨人」だ。

 そんなリオルの赤い瞳がじっと春斗に突き刺さる。視線の先を追ってみれば少年の手元に行き着いた。即ち、ラッキーの栄養満点で甘味な卵だ。

 

「(これが欲しいのかな……?)」

 

 しかし残念、中身は己の腹の中だ。

 春斗は見せつける様に卵をひっくり返した。当然黄身が零れ落ちる事はなく、軽々とした殻の重みをその手に感じるだけだ。

 そんな様子にリオルは興味を失ったのか視線を外し、そそくさとドアの向こうに身を消した。

 なんだか此方が悪い気分になり、その晩の食事は美味しいとは言いがたいものとなった。

 

 翌朝。春斗は両足を吊るされたままという不便な体勢で朝食を摂っていた。

 パンを千切って野菜スープに浸し、染み込んだ旨味と共にかぶり付く。ラッキーの卵はココヤシジュースの様に割った殻の隙間からストローを刺し、飲む。

 

「毎日飲んでると飽きる味だな……ってまたかよ」

 

 はもんポケモンの物欲しそうな視線が穴でも開ける勢いで春斗に集中していた。

 しょうがないな、と黄身を少量小皿に流し込み、床に置いた。

 

「僕は今歩けないから、食べたいんならコッチ来なよ」

 

 春斗が投げ掛けた言葉に、ビクッと一瞬電気が流れた様に肩を震わせ、リオルは早足で逃げ去った。

 

「あれ、コレが食べたいんじゃないのか?」

 

 この出来事のせいで、今日は人間の言葉で物を言わないポケモンに何処か壁を感じた日となった。巻き上がった沼底の泥みたく、もやもやとした心中のせいで、その日の晩御飯の味を春斗は覚えていなかった。

 

 

 

   ▱▱▱

 

 

 

 リオルの不可思議な行動はその後も続き、今日で七日目となった。

 入院生活など面白味の欠片もなく、春斗の日課といえば、

 

 ・朝食に舌鼓を打つ。

 ・ポケモン関連の雑誌を読み漁る。

 ・昼食を小腹が空いた胃に流し込む。

 ・手を握ったり、広げたりを繰り返して握力を鍛える。

 ・夕食をしっかりと噛んで食す。

 ・窓外に広がるコトブキの夜景をダンディに眺める。

 

 といった具合だ。内心こんな暮らしも良いもんだ、と思い始めているが、外の世界への好奇心とを天秤に乗せれば、やはり後者が勝る。

 リオルの存在はいつしか春斗の退屈な日常に良いスパイスとなっていた。

 

「――ほい。いらないんなら良いけどさ」

 

 黄身と白身が混ざり合い、柔らかな香りが鼻腔を擽る。ベッドの足元に置かれた小皿には溶かれた生卵がなみなみと注がれていた。

 春斗がポケモンセンターのベッドの上で目を覚ましてから七日目。雲一つない青空の天辺で太陽が輝いている時間帯。

 

 その日もリオルはやってきた。

 

「(ま、直ぐ帰っちゃうんだろうけど)」

 

 七日間で築いた半ば確信じみた予想だ。

 

 そして結論から言って、今日は違った。

 

 恐る恐る、身を深く沈めながら小さな巨人は小皿を手に取り、啜る。コクコクと喉を鳴らし、ぷはぁと息を吐いた。

 

「美味しい?」

 

 その微笑ましい光景に頬を緩めた春斗の問い掛けに、今度は肩を震わせる事はなく、リオルは上目遣いで頷いた。

 

「ずっと聞きたかったんだけどさ、お前は誰のポケモンなんだ? いつもこんな所に来て大丈夫なのか?」

 

 気さくに問いを投げたその時。リオルの房がぴんと水平に立ち、何かを警戒する様に部屋の入口を凝視した。

 身軽な身のこなしでベッドに飛び乗った「はもんポケモン」は、隠れる様に春斗の掛け布団に潜り込んだ。

 

「おいリオル? どうした――」

「アリアケさん?」

 

 春斗が言い切る前に、スライド式ドアが開きジョーイ・ユリコが顔を見せた。

 

「――此方こちらの方にポケモンが来ませんでしたか? 青い体色の、子犬みたいな子です」

「ああ、そいつなら――」

 

 リオルがベッドの中で震えているのに気が付いた。

 その数拍後、

 

 ――「拒否」!!

 

 拒絶する、マイナスの感情が春斗の頭の中に濁流の様に流れ込んできた――より正確に言い表すのならば波として伝わってきた。

 

「(なんだ……今の?)」

 

 体感した事のない感覚に春斗はこめかみを抑えた。視界がグルグルと回り、不快感が身体の底から湧き上がる。

 

「アリアケさん?」

 

 挙動不審な患者に女医は心配そうに伺う。

 

「――……えっと、見た事ないです」

「……そうですか。体調が悪くなったらナースコールで呼んでくださいね?」

 

 お食事中に失礼しました、と頭を下げる。ユリコの足音が遠ざかると、リオルは布団から顔を出した。

 

「さっきのはお前がやったの?」

「――くぉっ」

 

 鳴いた。春斗はそれを肯定と解釈した。

 

「はもんポケモンの名は伊達じゃないって事か」

 

 はもん――恐らく「波紋」。リオルは怒りや恐怖、悲しみといった感情を波として視認する力があるという。

 

「確か『波導』とかって言ったっけ?」

 

 ネットで知ったってだけで、詳しい事は分からないが。

 思考を巡らせる春斗を余所にリオルはフラフラと危うげな足取りで立ち上がった。しかし、糸が切れたマリオネットの様に膝から崩れ落ち、春斗の上に倒れ伏した。

 腹にめり込むポケモンに思考を乱される。

 

「ぐはぁ……ッ! 意外と重いぃ……ッ!!」

 

 20kg前後はありそうな重圧にうめきながら、春斗はリオルの様子を伺った

 荒く、感覚の短い呼吸を繰り返す姿は、さながらマラソンを完走した人の様に疲労しきっている。

 

「おい、リオル! 大丈夫か!?」

 

 小さな体躯を揺らし、呼び掛けるが反応はない。

 

「(なんかジョーイさんに見つかるのが嫌だったみたいだけど)」

 

 仕方がない、とナースコールのスイッチに手を伸ばし、

 

「その必要はないさ」

 

 春斗は動きを止めた。

 ベッドの脇に20歳前後の青年が気付かぬ間に立っていたからだ。

 

「!?」

 

 1テンポ遅れた動揺に、春斗は息を詰まらせた。

 

「失礼、驚かしてしまったかな。私はゲン、そこのリオルのポケモントレーナーだ」

 

 静かに、それでいて舞台俳優の様に洗練された動きで会釈する。

 青い鍔付き帽子を深く被り、高級感漂う青いスーツを着た青年――ゲンはリオルを抱え上げた。

 腕の中でリオルが弱々しく声を挙げた。

 

「……? リオル、彼の波導がどうかしたのか?」

 

 ミステリアスな雰囲気をかもし出す青年は腕の中で荒い息遣いを繰り返すリオルに語り掛けた。

 

「(なんだこの人? ポケモンと話してんのか?)」

 

 元いた世界でも、そんな能力は聞いた事がない。

 馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑えればそれまでだが、冗談なんさではない雰囲気に春斗は唯呆然と見守る事しか出来なかった。

 

「ふむ……成る程な。……これは賭けてみても良いかもしれない」

 

 一瞬哀れむ様な視線を春斗に向け、一人頷き、勝手に話を進めていくゲン。

 

「ハルト君、君はまだポケモンを連れていない様だね?」

「えっ、はい……そうですけど」

 

 春斗が絞り出したゲンへの第一声は上擦った情けない声だった。

 

「(……ってあれ? 僕、名乗ったっけ!?)」

 

 目の前の人物への警戒心が最大にまで引き上がると同時にドッと脂汗が流れ出た。

 それでこそ異世界に飛ばされたと自覚した時と同じ位頭の中が混乱する。

 

 

 

「ならばどうだろう? リオルの――トレーナーになってくれないだろうか?」




春斗の原作知識はミオシティに行く前まで、という事になってます。


TRAINER CARD

NAME:アリアケ・ハルト
BIRTHPLACE:コトブキシティ(仮)
GENDER:男
AGE:14
MONEY:0円
BADGE:0個
Pokémon TEAM:
 リオル Level.5
 性別:♂
 性格:いじっぱり
 特性:せいしんりょく
 技:でんこうせっか、みやぶる、こらえる
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