「ならばどうだろう? リオルの――トレーナーになってくれないだろうか?」
急な展開過ぎて訳が分からない、と春斗は当惑の表情を浮かべた。
「すまない、言葉が足らなかった。このリオルは君の事を大層気に入った様なんだ。だからどうだろう?」
「……まだ全然言葉が足りないんですけど」
改めて、春斗は混乱の最中にいた。
突然青ずくめの不審人物がベッドの側に立っていたと思ったら、今度はポケモンを育ててくれだなんて、当人でなくとも狼狽するだろう。
そもそもリオルに気に入ってもらえる様な事をした覚えがない。
ゲンは顎に手を当て考え込む素振りを見せた後、口を開いた。
「リオルから聞いたのだよ。彼の波導は自分に似ている、とね」
ゲンはリオルを春斗の隣に寝かせ、言葉を続けた。
「――波導が似ている者同士なら、リオルにとっても君にとっても良い経験になると思うんだ」
「波導が、似てる……?」
先程の疲れ果てた姿は何処へやら。スヤスヤと心地の良い寝息を立てるリオルを視界に収め、春斗は呟く。
はっきり言って、まだ意味が分からなかった。
なぜ春斗の名前を知っているのか、とか。
なぜポケモンと話せるのか、とか。
なぜリオルの体調がこんなにも回復しているのか、とか。
そもそも波導とはなんなのか、とか。
疑問が尽きないが、春斗はなぜか確信している事があった。
――この人は、嘘を言っていない。
あくまでも春斗の主観的な話であるのだが、それでも警戒の1ランク引き下げるには十分な理由だった。
「この世界は表と裏で構成されている」
「(え!? いきなり何の話!?)」
春斗の心中など何処吹く風で、ゲンは意味深に語る。
「――しかし、君はそのどちらにも属していない希有な存在だ。そんな君が、リオルにどんな影響を与えるのか……今から楽しみだよ」
「何言って……ってうわ!?」
ゲンは懐から赤と白、二色を基調とした掌サイズの球体――モンスターボールを取り出すと春斗に向かって放り投げた。
ボールを中空で弧を描き、春斗の手の中にストンと収まる。
「まだトレーナーなるとか決めた訳ではな……い……あれ?」
ボールからゲンへと向けた視線は、行き場を失いキョロキョロと辺りを見回す。
フッと始めからいなかったかの様に、自然に不自然に、春斗が視界から外した一瞬でゲンの姿が消え去ったのだ。
「な、なんだ今の人……まさか幽霊!?」
「――くぅ、くぅ」
突飛な結論に向かおうとした春斗は隣で穏やかな寝息を立てて眠るリオルに気が付くと、荒んだ心を鎮めようと深呼吸をする。
肌寒い空気が緊張で火照った身体を冷やしていく。
――ポケモンと共に一緒に成長していく旅、か。
心踊り、魂が震える響きだ。別にリオルと旅をしたくない、なんて欠片も思っていない春斗の決断は早かった。
「……ま、別にいっか」
半ば強制的に押し付けられた最初のポケモン――リオル。彼との旅はさぞかし楽しく、有意義な物になるだろう。
「そうと決まればニックネームを考えなきゃね」
どうせ足が治るまでは暇で仕方ないのだ。
とびっきり良い名前を考えてみよう、と春斗は冷えた夕飯を食べながら潜考に沈んでいった。
▱▱▱
リオルが目を覚ました時、すでにゲンの姿はなく、いるのは新たなトレーナーである有明春斗と彼の担当医であるジョーイ・ユリコだった。
「まさかその子がアリアケさんのポケモンだったとは知りませんでした」
「い、いやぁ~、ウチのリオルが心配を掛けてしまい、すみませんでした」
口元を引き吊らせながら不器用に笑う。
春斗が異世界人である、などと夢にも思わないユリコは「春斗が実はポケモンなんて持っていない」などと知るはずもなく、また預け主のリストがゲンからハルトへと書き換えられていた為、あっさりと信じたのだ。
「はい、これがアリアケさんの新しいトレーナーカードです。今回は致し方ありませんが、これからは紛失しない様に気を付けてくださいね?」
「は、はい」
にっこりと柔らかいユリコの微笑みに、良心が深刻なダメージを受けながらも自分の顔写真が印刷されたカードを受け取った。
「……それで、僕の足の方はどうなんですか?」
急な話題転換に、ユリコは嫌な顔一つせずに対応した。
「順調ですよ。このまま行けば後2週間程で退院出来ます」
「そうですか、良かった」
安堵の溜め息をこぼしたのも束の間、春斗は「あっ」と声を挙げた。
「それと、ナナカマド博士と連絡を取りたいんですけど出来ますか?」
テレビ電話が設けられたエントランスまで、車椅子で行く。この2週間、ベッドから一歩も動かなかった春斗はリハビリも兼ねてユリコの助力は断ったが、
「ぜぇっ、はぁっ、ぜぇっ、はぁっ」
なんとも情けない姿を晒していた。
「ぜぇっ、ありが、はぁっ、とう、ぜぇっ、リオ、はぁっ、ル」
「くおぅっ!」
リオルに車体を押してもらいながら辿り着いたエントランスで、春斗は思わず感嘆を漏らした。
吹き抜けの天井、豪華絢爛なシャンデリア、広大なエントランスは高級ホテルを連想させた。
人々は備え付けられたソファに身を沈める者、自動ドアから出たり入ったりとせわしなく動く者と十人十色だ。
テレビ電話の元へと(リオルが)車体を押して行く。
タッチパネルに映し出された数字をユリコから聞いたマサゴポケモン研究所の電話番号順に打ち込んだ。
自分の顔が反射されていた真っ黒の画面から、見覚えのある少女、ダイヤモンドの整った顔へと切り替わった。
『はい、こちらマサゴポケモン研究所』
「あっ、ダイヤ?」
画面の向こう側にいるダイヤは、目を少し見開き驚くが、それは一瞬の事だった。
『アリアケ君? 足はもう大丈夫なの?』
「車椅子に乗れる位にはね。順調に行けば後2週間で退院出来るってさ」
『そう。それで、何の様かしら?』
「ナナカマド博士に伝えなきゃいけない事が出来たんだ」
『博士は今手が離せない状況なの。伝言なら私が聞くわ』
「ああ、そう、んじゃ頼むよ。『トレーナーカードが無事に届きました、ありがとうございました』と『ポケモンは用意しなくても大丈夫です』って事を伝えてくれる?」
ダイヤの薄い表情が僅かに動揺に揺れた。
『トレーナーカードの件は分かったけど、次のポケモンの件はどういう事かしら?』
聞かれる事をあらかじめ予想していた春斗は、足元のリオルをダイヤに見える様に持ち上げた。
「くおっ!」
『……どうしてアリアケ君がリオルを持っているの?』
「これには深い……かどうかは良く分からないけど、けして浅くはない事情があるんだ。第一、僕も良く理解出来てない状況でさ」
『そう。なら2週間後に退院祝いを持ってコトブキに行くから、その時にでも聞かせて頂戴』
「うん、分かった。じゃ、2週間後にね」
ブツッと音を立てて画面が切れた事で、淡々とした会話は終了した。
「さてと無料ドリンクバーもあるみたいだし、ジュースでも飲んで帰ろうか?」
「くわんっ!」
そしてジュースを片手にリオルと優雅な午後の一時を過ごし、いつしか時計の長針が「1」を差した時、
「おっ、やっと良い名前を思い付いたよリオル!」
満面の笑みを浮かべながらリオルに向き直った。
5歳児様のコップでミックスオレを啜るリオルは「何事か?」と頭上に疑問符を浮かべた。
「お前のニックネームだよ。リオルなんて種族名じゃ友達って感じしないだろ?」
「くうっ!」
コクコクと嬉しそうに何度も頷き、期待の籠った眼差しで春斗を見つめる。
そして春斗はわざとらしく咳払いをした。
「えー、では発表します! リオル、今日から君の名は――」
もったいぶって間を開ける春斗、今か今かと春斗を凝視するリオル。二人を暖かな昼の日差しが包み込んでいた。
ガラス張りのエントランスから覗くその大空は――
「シアンだ!」
――大層、晴れ渡っていたという。
次回、初バトルです。
TRAINER CARD
NAME:アリアケ・ハルト
BIRTHPLACE:コトブキシティ
GENDER:男
AGE:14
MONEY:0円
BADGE:0個
Pokémon TEAM:
シアン(リオル) Level.5
性別:♂
性格:いじっぱり
特性:せいしんりょく
技:でんこうせっか、みやぶる、こらえる