寝物語、おとぎ話みたいな感じで短編を書きました。
神様と天使の話です。短く稚拙な文章です。
寝物語、おとぎ話みたいな感じで短編を書きました。
神様と天使の話です。短く稚拙な文章です。
ある時、神様は星を創りました。
ある時、神様は天使を創りました。
彼は言いました。星を見守りなさいと。
彼は言いました。人を見守りなさいと。
私は人を見守り続けました。
私達は人々を見守りました。
彼が異なる宙に消え去っても言いつけを守り続けました。
そんなある時です。私の兄は言いました。
どうして、直接救ってはならないのか?俺たちには苦しむ人々を救う知恵がある、力がある。
それでも私たちは人々を見守り続けました。
只々見守り続けました。
しかし段々、兄と同じ意見を言う天使が増えました。
だから私は尋ねることにしたのです。
どうじて、そんなに救おうとするのか?神様には見守れと言われているのに。
しかし、それは間に合いませんでした。気が付いたら姿かたちが変わり、地上に下りようとしていました。信じられませんでした。
彼らは人々を救うことを投げ出したのです。
弟は正しかった。何よりも使命に、神に。
俺は弟より先に創られ、神と共にいた時間が長い。だから、神と俺たちの違いがよく分かる。
神は個人を見ていない。もちろん、自分が手掛けた存在ぐらいは気にかけているが、普通のちょっとした事に涙し、怒り、笑う人間なんぞ気に掛けない。基本的に考え方が大きいのだ。種族という枠で人間を見ている。だからこそ、大局を見れば正しいことを行っているのだろう。それに従うのは正しいのだろう。だが、個人の目線で見守った時、正しい行いをした人間が悲劇に見舞われているとき救いたいと思うことは罪なのか?個々人を見て守りたいという思いは悪なのか?そんなはずはない。
俺は早い段階で創られた仲間に、個人の人間を見守る事を勧めた。
最初は迷惑がられたが、見守っている以上神の言いつけは破っていないと屁理屈をこねて強く促した。
2回、3回と人の人生を見るたびにあの時救えていれば、自分が助けられるのならば、より良い人生を歩めただろうに。そんな事を思う仲間が増えた。
そんなある日、神がこの宙から居なくなると聞いた。それと同時に、神から離れて好きにすれば良いと言われた。
ならば救おう。導こう。
しかしこの身は悪である。人という種ではなく気に入った個人を救おうというのだから、白い羽を黒く染めよう。姿を人から遠ざけよう。それでもなお救いを求める人がいるのならば俺たちが救おう。人が堕落しない様に、対価を求めよう。人が信用できるように契約という形でこちらも縛られよう。
すべては人がより良い生を謳歌できるように。
こうして、神様は天使を創り、天使から悪魔が生まれました。
誰が悪いというわけではありません。ただ考え方が違っただけなのです。
寝物語1話
ここまで読んでいただき有難う御座います。